説明

水系のバイオフィルムモニタリング方法

【課題】水系のバイオフィルムの付着状況を正確に、迅速に、しかも手軽に把握することのできるバイオフィルムモニタリング方法を提供する。
【解決手段】対象の該水系に所定の化合物を所定量添加し、該水を所定時間ごとに採取して、添加した化合物の濃度を分析することにより、その減少量の程度から、該水系内に生成したバイオフィルムのモニタリングを行う方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水系に発生したバイオフィルムのモニタリング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種プロセス用、空調用における冷却水や製紙工業における製造工程循環水など各種の水系に微生物が存在した場合、それらによる障害が生じることが知られている。
その一つとして、微生物が生成するバイオフィルムによる配管の閉塞、熱交換器における伝熱効率の低下、配管金属部分の腐食、または、バイオフィルムによる製品の汚損等の障害が挙げられる。
【0003】
このような障害を防止するために、水系に殺菌剤を添加する処理が行われたり、また、状況によっては、水系内に生成したバイオフィルムを除去するために、剥離剤等によるバイオフィルムの洗浄除去処理が行われたりする。
【0004】
以上のような処理を適切かつ効率よく行うためには、水系内のバイオフィルムの生成状況を正確に把握する必要がある。
【0005】
水系内のバイオフィルムをモニタリングする方法としては、水系へゴム板やガラス板等の付着板を浸漬して、そこに付着するバイオフィルムの量を定期的に測定する方法(非特許文献1)や、水系の水をチューブ内に導き、汚れ付着によるチューブ内の差圧変化から付着傾向を知る方法(非特許文献2)、微生物の付着によるステンレス鋼の自然電位の変化を測定して付着傾向を知る方法(特許文献1)、アクリル板、アクリルチューブなど透明素材への微生物付着による光の透過度の減少程度から、付着状況を知る方法(特許文献2)等が知られている。
【非特許文献1】エンジニアのための微生物腐食入門 腐食防食協会編
【非特許文献2】NACE Standard RP0189−2002 On−Line Monitoring of Cooling Waters (2002)
【特許文献1】特開2001−4590号公報
【特許文献2】特開平9−236546号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、水系に付着板を浸漬する方法は、水系のどこに付着板を設置するかで付着量が変わってしまい、水系全体のバイオフィルム付着量を把握することが困難であることや、付着板を水系から引き上げる際に、バイオフィルムを脱落させてしまう可能性があり、得られた結果の正確性に欠ける恐れがあること、また、付着板を設置してからバイオフィルムが形成されるまでに時間を要し、即座に結果を知ることが出来ない等の問題点がある。
【0007】
また、差圧の変化を測定する方法、ステンレス鋼の自然電位の変化を測定する方法、光の透過度の減少を測定する方法については、やはり、設置してから装置の測定部にバイオフィルムを形成させ、状況を把握できるようになるまでに時間を要すること、多くの装置が、水系からバイパスをとって装置に該水を導いてその装置内で測定するものであり、水系のバイオフィルムの付着状況を間接的に測定しているに過ぎず、水系全体の状況を正確に把握しているとは言い難い面があること、また、装置を設置するスペースの問題、設置後の装置のメンテナンスの必要性など維持管理に手間がかかること、装置自体のコストがかかることなどの問題点がある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明では、水系のバイオフィルムの付着状況を正確に、迅速に、しかも手軽に把握することのできるバイオフィルムモニタリング方法を提供することを目的とする。
【0009】
本発明は、対象の該水系に所定の化合物を所定量添加し、該水を所定時間ごとに採取して、添加した化合物の濃度を分析することにより、その減少量の程度から、該水系内に生成したバイオフィルムのモニタリングを行う方法を提供するものである。
【0010】
本発明に関して、水系に添加する化合物は、微生物に利用され得る水に可溶性の低分子化合物であり、それらの化合物は有機酸、アミノ化合物、アンモニウム塩、糖類であることが好ましい。具体的には、有機酸が、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸、マロン酸、リンゴ酸、クエン酸、コハク酸、シュウ酸、ピルビン酸であり、アミノ化合物が、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン、尿素であり、アンモニウム塩が塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、酢酸アンモニウムであり、糖類が、グルコース、フラクトース、ガラクトース、マンノース、マルトース、スクロース、ラクトースである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、対象の該水系に所定の化合物を添加し、該水を所定時間毎に採取して、添加した化合物濃度を分析することにより、その減少量の程度から、該水系内に生成したバイオフィルムのモニタリングの方法が提供される。
【0012】
本発明により、対象の該水系に新たに付着板や測定装置を設置することなく、該水を採取して分析するという簡単な方法で、該水系のバイオフィルム生成状況をモニタリングすることが出来る。特に装置のように設置場所の確保の問題や、設置後のメンテナンスの問題を生じることがない。
【0013】
また、付着板や測定装置を該水系に設置するような方法では、設置した付着板や装置の測定部に新たにバイオフィルムが付着し、それを測定するような方法であるので、バイオフィルムが新たに生成するまでの時間を要し、判定までに時間がかかるという欠点があったが、本発明ではすでに該水系内に生成しているバイオフィルムを直接測定する方法であるので、短時間で結果を知ることができる。
【0014】
さらには、付着板や装置を該水系に設置する方法では、設置した付着板や装置の測定部に新たに生成したバイオフィルムのみを測定する方法であり、該水系内全体のバイオフィルムを測定することは出来ない。本発明では、該水系に所定の化合物を添加して、その減少の程度を測定する方法であるので、該水系全体のバイオフィルム生成状況を正確にモニタリングすることが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の実施については、測定したい対象の該水系に所定の化合物を所定量添加することを行う。添加する化合物の形態は、どのような形態で用いても特に問題ないが、望ましくは水溶液製剤の形態で用いられたほうが、取り扱いが容易であることに加え、対象の該水系に添加した際に、速やかに溶解、均一化させるためにも好ましい。そして、化合物の添加後、所定の時間毎に該水の採取を行う。該水の採取を経時的に繰り返し、それらを添加した化合物に適した方法で分析を行い、化合物の濃度を求める。このようにして、対象の該水系における添加した化合物の経時的な濃度変化を求める。
【0016】
化合物の経時的な減少がほとんどない、または、経時的な減少の程度が非常に少ない場合は、該水系内のバイオフィルム量が少ないと判断でき、減少の傾きが大きいほど、バイオフィルム量が多いと判定する。
【実施例】
【0017】
本発明を以下の試験例により具体的に説明するが、本発明はこれらの試験例により限定されるものではない。
【試験例1】
【0018】
水槽内に試験片として炭素鋼(大きさ30mm×75mm、厚さ0.35mm)を設置して、下水処理場より採取した活性汚泥を微生物源として、それを
Glucose200mg/l、 Polypepton320mg/l、
NaHCO15mg/l、 KHPO15mg/lという組成の溶液で100倍に希釈した混合液を、前出の水槽に1リットル入れて循環流量800ml/分で7日間循環させた。このようにして、試験片表面にバイオフィルムを形成させた。
【0019】
このようにして得られたバイオフィルムの付着した試験片を別の水槽に移し、表1に示した化合物を20mg/lとなるように溶解させた水溶液をそれぞれ水槽に入れた。その水溶液を水槽に入れた時点を0時間として、以後3時間おきに水溶液の採取を行い、それぞれの化合物濃度を測定した。それぞれの化合物は表1に併せて示した手法により行った。以上の試験結果を表2に示した。表1に示した(1)ら(6)以外の化合物、すなわちフラクトース、ガラクトース、マンノース、マルトース、スクロースは(1)グルコース、(2)ラクトースと同じ糖類であり、微生物に容易に利用され得る水に可溶性の低分子化合物であるため、試験例への掲載を省いた。同じ理由により、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グルタミン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、トレオニン、チロシン、バリン、尿素、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、酢酸アンモニウムは(3)グリシン、(4)トリプトファンと同じアミノ基をもった化合物であり、ギ酸、プロピオン酸、酪酸、マロン酸、リンゴ酸、クエン酸、コハク酸、シュウ酸、ピルビン酸は(5)酢酸、(6)乳酸と同じ有機酸であり、それぞれ試験例への掲載を省いた。
【0020】
【表1】

【0021】
【表2】

【0022】
試験例から明らかなように、試験片に付着したバイオフィルムにより、添加したそれぞれの化合物が消費されていることが確認された。
【試験例2】
【0023】
モデル冷却塔装置を用いて、バイオフィルムによる化合物の消費を行った。
装置の概略を表3に示した。
【0024】
【表3】

【0025】
約1年間未洗浄となっていた前出のモデル冷却水系に、乳酸ナトリウムを乳酸イオンとして10mg/lとなるように添加し、添加した時点を0時間として、以下経時的に8時間まで循環冷却水の採取を行った。この操作により得られるのは、バイオフィルムとして付着状態の菌による乳酸の消費量+冷却水中に分散している菌による乳酸の消費量+冷却水のブローや蒸発による物理的な乳酸の損失量である。(=冷却水系全体の乳酸消費速度測定)
【0026】
また、循環している冷却水中に分散している微生物による乳酸の消費速度のみを調査するために、冷却水を別の容器に1L採取して、そこに同様に乳酸ナトリウムを乳酸イオンとして10mg/lとなるように添加し、添加した時点を0時間として、以下経時的に8時間まで循環冷却水の採取を行った。採取したいずれの冷却水とも、乳酸の濃度を高速液体クロマトグラフィーで測定し、その消費速度を求めた。(冷却水に分散状態の菌による乳酸の消費速度測定)
【0027】
(冷却水系全体の乳酸消費速度)から(冷却水に分散状態の菌による乳酸の消費速度)及び(冷却水の蒸発損失、ブローに伴う物理的な乳酸の損失量)を差し引くことにより、該冷却水系内に付着しているバイオフィルムによる乳酸の付着速度を求めた。試験結果は表4に示した。
【0028】
以上の操作を、(1)冷却水系洗浄前(2)冷却水系洗浄後の2回実施して、試験結果の比較を行った。冷却水系の洗浄は過酸化水素により行ない、バイオフィルムの完全な除去を確認した。洗浄後は装置内をよく水洗してから(2)試験を行った。また、洗浄時に該装置の配管の一部を開放して、バイオフィルムがどの程度付着していたかを確認した。直径20mm長さ1200mmの配管内に湿体積で200ccほどのバイオフィルムが採取できた。該装置のその他の箇所は構造上開放して確認できなかったが、前出の箇所の付着状況から推察して、該装置の洗浄前には相当量のバイオフィルムが付着していると考えられた。
【0029】
【表4】

【0030】
該冷却水系の洗浄前、つまり冷却水系にバイオフィルムが存在する状態と、洗浄後、つまりバイオフィルムが存在しない状態では、乳酸の消費速度に明らかな差が認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象の水系に所定の化合物を所定量添加し、該水を所定時間ごとに採取して、添加した化合物の濃度を分析することにより、その減少量の程度から、該水系内に発生したバイオフィルムのモニタリングを行う方法。
【請求項2】
対象の水系に添加する化合物が、微生物に利用され得る水に可溶性の低分子化合物である請求項1に記載のバイオフィルムのモニタリング方法。
【請求項3】
微生物に利用され得る水に可溶性の低分子化合物が有機酸、アミノ化合物、アンモニウム塩、糖類である請求項2に記載のバイオフィルムのモニタリング方法。
【請求項4】
有機酸が、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸、マロン酸、リンゴ酸、クエン酸、コハク酸、シュウ酸、ピルビン酸である請求項3に記載のバイオフィルムのモニタリング方法。
【請求項5】
アミノ化合物が、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン、尿素である請求項3に記載のバイオフィルムのモニタリング方法。
【請求項6】
アンモニウム塩が、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、酢酸アンモニウムである請求項3に記載のバイオフィルムのモニタリング方法。
【請求項7】
糖類が、グルコース、フラクトース、ガラクトース、マンノース、マルトース、スクロース、ラクトースである請求項3に記載のバイオフィルムのモニタリング方法。


【公開番号】特開2007−198869(P2007−198869A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−17019(P2006−17019)
【出願日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(591069709)三葉化工株式会社 (5)