説明

水系農薬組成物

【課題】従来の方法より水希釈液を散布後の風雨等による有効成分の剥離、流亡を合理的、且つ高効率に防ぎ、保持性を高めることを可能とした水系農薬組成物の提供。
【解決手段】アルコールと脂肪酸のエステル化物を含む融点40〜110℃の固形物、界面活性剤及び有効成分を含有する事を特徴とする水系農薬組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原液もしくは水希釈液を散布する際に、対象物に対する有効成分の保持性を高めることを可能とした水系農薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
原液のまま、もしくは原液を水に希釈して散布し、マーキング剤や農薬などの有効成分を対象物に保持させる場合に問題となるのが散布後の風雨による剥離、流亡である。マーキング剤であれば当然ながら必要期間マーキング効果を保持させる必要があり、また農薬などの有効成分、特に浸透移行性を有さないものについては十分な効果を得るためには一定期間、固体表面に保持させる必要性がある。したがって、必要な効果を得る為に、施用者は、過剰な量、回数の散布を行なうこととなり、その結果として多大の労力、経済的負担、環境問題を引き起こす要因となる。
【0003】
動植物体上での有効成分の保持性を高める目的で、水希釈散布液に添加する展着剤がある。このような展着剤は、散布液の表面張力を下げ、濡れ難い動植物体表面に、均一に拡がり易くする事で、保持性を高めるものが一般的であるが、これら展着剤の主成分には、親水性の高いポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルやポリオキシエチレンアルキルエーテル等が使用されている為、降雨等による流亡を抑える事が出来ないばかりか、むしろ逆効果となる場合もある。また、特定の界面活性剤を配合する事で、有効成分の植物体への浸透移行性を高める展着剤も市販されているが、効果が得られる有効成分が限定される事や、非浸透移行性の農薬有効成分、補助成分等には効果が期待できない。更には、ポリオキシアルキレン樹脂酸エステルやパラフィン等を主成分とする展着剤もあるが、製造の容易さから乳化剤を比較的多く含んでいたり、溶剤を用いている場合があり、降雨により乾燥後の展着剤が簡単に再乳化してしまい、有効成分とともに流亡してしまう。この様な展着剤は、降雨による流亡を防ぐ効果は必ずしも十分とは言えず、薬害、残留等の観点からも使用上の制約を受けてしまう場合がある。また、実際の使用場面ではその煩雑さからあらかじめ製剤中に保持性を高める成分を組み込むことが求められる場面が多い。しかしながら市販されている展着剤をそのまま製剤中に組み込んで製品化する事は同様に、種々の問題を有しており適当ではない。
【0004】
一方、製剤に第三物質を組み込む形で、有効成分の保持性を高める為の様々な製剤設計上の工夫が研究され、既に報告されている。例えば、2%水溶液の粘度が10〜2,000mPa・sのカルボキシメチルセルロースもしくはその塩を含有させた顆粒水和剤(特許文献1参照)、特定の水溶性物質で表面を表衣した顆粒水和剤(特許文献2参照)等がある。顆粒状水和剤の場合、同時に粒の崩壊性能も要求される為水溶性物質が用いられるが、水溶性物質は降雨等による流亡を抑制できず、最適な物質とは言えない。また、部分けん化型のポリビニルアルコール水溶液を含有させた水和剤(特許文献3参照)、ソルビタントリオレートを含有させた乳剤、水和剤、フロアブル剤、顆粒水和剤(特許文献4参照)、HLB2〜13のポリオキシエチレン樹脂酸エステルもしくは流動パラフィンを配合させたフロアブル剤(特許文献5参照)等の記載があるが、ポリビニルアルコール等には耐雨性の性能限界があり、また、ソルビタントリオレートやポリオキシエチレン樹脂酸エステルのようなHLBの低い親油性の界面活性剤、もしくは流動パラフィンでは、水性製剤中での相溶性に欠け、添加量によっては物性上問題のある分離、増粘を引き起こす恐れがある。また、適当な乳化剤を用いて、これらの非水溶性物質を乳化状態で製剤中に安定に組み込む事も可能であるが、乳化剤を多く使用しないと安定な乳化物が得られ難い。そもそも、付着乾燥後も、耐雨性を発揮する物質が液状であると再乳化し易いが、安定な乳化物を得るために使用した乳化剤は、降雨による再乳化を更に助長する為、活性成分の動植物体での保持性は不十分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−132741公報
【特許文献2】特許第2694926号公報
【特許文献3】特開平8−217604公報
【特許文献4】WO97/46092公報
【特許文献5】WO2005/006863公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は従来の方法より水希釈液を散布後の風雨等による有効成分の剥離、流亡を合理的、且つ高効率に防ぎ、保持性を高めることを可能とした水系農薬組成物を得る方法を見出す事を目的とする。また、この組成物は取り扱い上、及び環境負荷の面においても優れている必要を有する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、アルコールと脂肪酸のエステル化物を含む融点40〜110℃の固形物を、固形分に対して通常より少ない界面活性剤使用量で水系分散体とする事で、水系農薬組成物への配合を簡便にする事に成功し、且つ、驚くべき事に、既存の展着剤を組成物中に配合した場合と比較して、有効成分の動植物体表面への保持性に明らかな優位性を有する事を見出した。
【0008】
すなわち、本発明はアルコールと脂肪酸のエステル化物を含む融点40〜110℃の固形物、界面活性剤及び有効成分を含有する事を特徴とする水系農薬組成物に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、対象物に対する有効成分の保持性を高める事が出来るため、長期期間にわたる効果の継続が期待され、散布回数、散布量、散布濃度の低減に繋がり、施用者の労力、コスト、環境負荷、薬害などの問題を解決する事が出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明で使用されるアルコールと脂肪酸のエステル化物を含む融点40〜110℃の固形物の具体例としては、蜜蝋、木蝋、白蝋、カルバナワックス、キャンデリアワックス、モンタン蝋、ヌカ蝋、ライスワックス、ラノリンワックス、牛脂硬化油、牛脂極度硬化油、菜種極度硬化油、パーム極度硬化油、硬化ひまし油、ヤシ硬化油等が挙げられる。前記固形物は高い保持性を得る点で酸価0.1〜50、ケン化価50〜250の天産動植物由来のワックスである事が好ましく、酸価3〜20、ケン化価50〜150である事がより好ましく、酸価5〜20、ケン化価70〜150である事が特に好ましい。前記アルコールは一価アルコールであっても多価アルコールであってもよいが、一価の高級アルコール、中でも炭素数8〜40の高級アルコールが好ましい。また、前記脂肪酸は高級脂肪酸、中でも炭素数8〜40の高級脂肪酸が好ましい。なお、前記固形物は、エステル化物に、例えば遊離脂肪酸や、遊離アルコール、炭化水素等を含むものであってもよいが、当該固形物中にエステル化物を5〜100質量%含んでいることが好ましく、20〜95質量%含んでいることがさらに好ましく、60〜90質量%含んでいることが特に好ましい。
【0011】
本発明で使用されるアルコールと脂肪酸のエステル化物を含む融点40〜110℃の固形物は、機械乳化機を使用して、少量の界面活性剤で水系分散体とし、水系農薬組成物中に組み込むことができる。使用できる機械乳化機は、バッチ式、連続式のどちらでもよく、市販されている超高速乳化分散機、メディア式乳化分散機、高圧噴射式乳化分散機等が挙げられるが、これらの限りではない。前記水系分散体のメディアン径は、高い保持性と分散安定性が得られる点で1nm〜1μmであることが好ましく、10nm〜500nmであることがより好ましく、30nm〜300nmであることが特に好ましい。
【0012】
水系分散体作製時に使用される界面活性剤の具体例を挙げると、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル、ポリオキシアルキレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタンエステル、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン樹脂酸エステル、ポリオキシアルキレングリコール、ポリオキシアルキレンスチリル(1〜3モル)フェニルエーテル、ポリオキシアルキレンアルキルアリールエーテル、ポリオキシアルキレンひまし油エーテル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルアミン、ポリオキシアルキレン硬化ひまし油エーテル、多価アルコール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン多価アルコール脂肪酸エステル等の非イオン界面活性剤、ポリオキシアルキレンアルキル硫酸塩、アルキル硫酸塩、(モノ及びジ)アルキルスルホコハク酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、ポリオキシアルキレンアルキルアリールエーテル硫酸塩、ポリオキシアルキレンスチリル(1〜3モル)フェニルエーテル硫酸塩、脂肪酸塩、脂肪酸アルキルタウリン塩、ポリオキシアルキレンアルキルエーテルリン酸塩、ポリオキシアルキレンアルキルアリールエーテルリン酸塩、アルキルリン酸塩、ポリオキシアルキレンスチリル(1〜3モル)フェニルエーテルリン酸塩、ポリカルボン酸塩、ロート油、ポリアルキレングリコール硫酸エステル塩等の陰イオン界面活性剤、アルキルトリメチルアンモニウムクロライド、塩化ベンザルコニウム、等の陽イオン界面活性剤、ジアルキルアミノエチルベタイン、アルキルベタイン、脂肪酸アミドアルキルベタイン、アルキルスルホベタイン等の両性界面活性剤等が挙げられるが、これらの限りではない。水系分散体作製時に使用される界面活性剤の使用量は、固形分に対して0.1〜3質量%が好ましく、0.2〜2質量%が更に好ましく、0.3〜1.5質量%が特に好ましい。
【0013】
本発明に係わる有効成分とは、農薬殺菌成分、農薬殺虫成分、農薬除草成分等、農薬全般に使用される成分、マーキング(着色)成分等が挙げられ、液体、固体にかかわらず特に制約されるものではない。
【0014】
本発明の農薬水系組成物には、この他に、分散剤、乳化剤、拡展剤、防腐剤、消泡剤、増粘剤、凍結防止剤、分解防止剤等を必要に応じて用いる事も出来る。
【0015】
次に、実施例により、本発明を実施する為の最良の形態を説明する。尚、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0016】
実施例1
精製ミツロウ(横関油脂工業株式会社製 融点64℃、酸価17、ケン化価91)200gを溶解後、ソルポール7509(東邦化学工業株式会社製アニオン系界面活性剤ai20%)10g、イオン交換水290gを加えプレミックス後、高圧噴射式乳化分散機にて蜜蝋水系分散体(ai40%,Median径290nm)を作製した。作製した水系分散体を12.5部(固形純分5部)と、マーキング成分(着色剤リオフレッシュ)3.75部、ペグノールST−9(東邦化学工業株式会社製ノニオン系界面活性剤)1部、水82.75部を混合し、水系組成物を得た。
実施例2
実施例1の蜜蝋水系分散体を12.5部(固形純分5部)と、マーキング成分(着色剤ローダミンB)0.38部、ペグノールST−9(東邦化学工業株式会社製ノニオン系界面活性剤)1部、水86.12部を混合し、水系組成物を得た。
実施例3
実施例1の蜜蝋水系分散体を43.75部(固形純分17.5部)と、農薬成分(殺菌剤キノンドーフロアブル)50部、ペグノールST−9(東邦化学工業株式会社製ノニオン系界面活性剤)1部、水6.25部を混合し、水系組成物を得た。
実施例4
実施例1の精製ミツロウを硬質ラノリン(日本精化株式会社製 融点48℃、酸価0.3、ケン化価102)に変え、同様の方法で水系分散体(Median径400nm)とした後、作製した水系分散体を12.5部(固形純分5部)と、マーキング成分(着色剤リオフレッシュ)3.75部、ペグノールST−9(東邦化学工業株式会社製ノニオン系界面活性剤)1部、水82.75部を混合し、水系組成物を得た。
実施例5
実施例1の精製ミツロウをキャンデリラワックス(横関油脂工業株式会社製 融点71℃、酸価18、ケン化価58)に変え、同様の方法で水系分散体(Median径340nm)とした後、作製した水系分散体を12.5部(固形純分5部)と、マーキング成分(着色剤リオフレッシュ)3.75部、ペグノールST−9(東邦化学工業株式会社製ノニオン系界面活性剤)1部、水82.75部を混合し、水系組成物を得た。
実施例6
実施例1の精製ミツロウをカルナバワックス(横関油脂工業株式会社製 融点80℃、酸価4、ケン化価80)に変え、同様の方法で水系分散体とした後、作製した水系分散体を12.5部(固形純分5部)と、マーキング成分(着色剤リオフレッシュ)3.75部、ペグノールST−9(東邦化学工業株式会社製ノニオン系界面活性剤)1部、水82.75部を混合し、水系組成物を得た。
比較例1
マーキング成分(着色剤リオフレッシュ)3.75部、ペグノールST−9(東邦化学工業株式会社製ノニオン系界面活性剤)1部、水96.25部を混合し、水系組成物を得た。
比較例2
アビオンE(アビオンコーポレーション製 パラフィンエマルション系展着剤ai24%)20.8部(固形純分5部)と、マーキング成分(着色剤リオフレッシュ)3.75部、ペグノールST−9(東邦化学工業株式会社製ノニオン系界面活性剤)1部、水74.45部を混合し、水系組成物を得た。
比較例3
実施例1の精製ミツロウを菜種油(昭和化学株式会社製試薬 融点−5℃、酸価0.1以下、ケン化価175)に変え、菜種油水系分散体(ai40%)を作製した。作製した水系分散体を12.5部(固形純分5部)と、マーキング成分(着色剤リオフレッシュ)3.75部、ペグノールST−9(東邦化学工業株式会社製ノニオン系界面活性剤)1部、水82.75部を混合し、水系組成物を得た。
【0017】
水系分散体の粒子径測定は、動的光散乱式粒度分析計 マイクロトラックUPA(HONEY WELL社製)にて行なった。次に、得られた組成物の保持性の評価方法を試験例により、説明する。
【0018】
試験例1
実施例1、2、4及び比較例1、2、4で得られた組成物を、融点52℃の白蝋でコートしたプレート上に塗布し、40℃で72時間保持した。プレートを水に5分間浸漬後、プレートを取り除き、浸漬させた水の吸光度を測定した。サンプル毎の塗布した量とマーキング成分の濃度を考慮し、予め作製した検量線からプレート上の有効成分の保持率(%)を算出した。結果を表1に示す。
保持率(%)= 100−(測定着色剤濃度
/塗布した量が全て浸漬させた水に流亡した場合の着色剤濃度)*100
試験例2
実施例3で得られた組成物を、試験例1と同様の方法で浸漬させた水を得て、原子吸光にて銅イオン濃度を測定した。サンプル毎の塗布した量と銅イオン濃度を考慮し、予め作製した検量線からプレート上の有効成分の保持率(%)を算出した。結果を表1に示す。
保持率(%)= 100−(測定銅イオン濃度
/塗布した量が全て浸漬させた水に流亡した場合の銅イオン濃度)*100
【0019】
【表1】

【0020】
表1から、水系分散体作製時の界面活性剤使用量を極力少なくしたアルコールと脂肪酸のエステル化物を含む融点40〜110℃の固形物の水系分散体を水系農薬組成物に配合する事が、有効成分の保持性を高める事は明らかである。その中でも特にパルミチン酸ミリシルエステルに代表される、主成分が炭素数8〜40の高級アルコールと炭素数8〜40の高級脂肪酸エステルを含有する酸価5〜20、ケン化価70〜150の固形物である蜜蝋の水系分散体を配合する事による効果が著しい。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルコールと脂肪酸のエステル化物を含む融点40〜110℃の固形物、界面活性剤及び有効成分を含有する事を特徴とする水系農薬組成物。
【請求項2】
前記アルコールと脂肪酸のエステル化物が、高級アルコールと高級脂肪酸のエステル化物である事を特徴とする請求項1の水系農薬組成物。
【請求項3】
前記固形物の酸価が0.1〜50、ケン化価が50〜250である事を特徴とする請求項1又は2の水系農薬組成物。

【公開番号】特開2010−275262(P2010−275262A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−131458(P2009−131458)
【出願日】平成21年5月29日(2009.5.29)
【出願人】(000221797)東邦化学工業株式会社 (188)
【Fターム(参考)】