水素吸蔵合金部材を備えた癌治療装置
【課題】癌細胞の増殖の抑制、死滅を可能にした癌治療装置を提供する。
【解決手段】本発明は、ニッケルを含むパラジウム合金を主成分とする水素吸蔵合金部材を備えていることを特徴とする。水素吸蔵合金部材のNiの含有量は、3原子%〜15原子%、好ましくは3原子%〜12原子%、より好ましくは5原子%〜11原子%とする。
【解決手段】本発明は、ニッケルを含むパラジウム合金を主成分とする水素吸蔵合金部材を備えていることを特徴とする。水素吸蔵合金部材のNiの含有量は、3原子%〜15原子%、好ましくは3原子%〜12原子%、より好ましくは5原子%〜11原子%とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素吸蔵合金部材を備えた癌治療装置に関する。
【背景技術】
【0002】
活性水素が豊富に存在するとされる電解還元水は、疾病の予防、老化進行の抑制に役立つとされて、利用が期待されている。活性水素は、活性酸素と反応して活性酸素を消去する働きがある。しかし、活性水素自体は非常に不安定な物質であり、単体として活性水素が存在する時間は極めて短い。そのため、電解還元水を例えば疾病の治療に用いた場合、多量の電解還元水を長期間にわたり飲用しなければ効果が得られないと云われている。そこで、電解還元水に活性水素のキャリアとして水素吸蔵金属のコロイドを含有させたコロイド含有電解還元水が提案されている。このコロイド含有電解還元水は、抗酸化作用を長期間安定的に保持するので、例えば癌細胞の増殖を抑制する効果が期待されるとしている(特許文献1,2参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2004−330146号公報
【特許文献2】特開2003−301288号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
水素吸蔵合金に水素が吸蔵される際には、合金表面で水素原子(活性水素)の状態を経由して合金の結晶格子内に吸蔵され、放出される際には合金表面で活性水素の状態を経由して水素分子となる。発明者は、水素を十分に吸蔵させた水素吸蔵合金を癌細胞に接触させることができれば、活性水素が直接癌細胞に働き、癌細胞の増殖を抑制する効果が高まると考えた。細胞分裂の頻度は24時間に1回であるから、上記目的に適合させるためには、生体内において長時間水素を放出することが可能な水素吸蔵合金を選定する必要がある。
【0005】
本発明者は、鋭意研究した結果、ニッケルを含むパラジウム合金(Pd−Ni合金)が最適であると結論した。そして、効果を確認するために観察用シャーレに癌細胞を敷き詰めた試料に水素を吸蔵させたPd−Ni合金を接触させたところ、癌細胞の増殖を抑制するだけでなく、癌細胞を死滅させる効果があることを発見し、本発明を完成させた。
【0006】
本発明は、上述の点に鑑み、癌細胞の増殖の抑制、死滅を可能にした癌治療装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る癌治療装置は、ニッケルを含むパラジウム合金(Pd−Ni合金)を主成分とする水素吸蔵合金部材を備えていることを特徴とする。
【0008】
体温の平熱は36〜37℃であるが、開心術(心臓手術)にて低温麻酔で使用する温度は28℃であり、癌温熱療法では42.5〜43℃であるので、体温の可能な範囲としては28〜43℃を考慮すれば良い。また、生体内における水素の分圧はほぼ0であるので、この条件で緩やかに水素を放出することが要求される。本発明で使用する水素吸蔵合金としては、Ni含有率が3原子%〜15原子%、好適には3原子%〜12原子%、より好適には5原子%〜11原子%であるPd−Ni合金が最適であるが、水素の放出特性に影響を与えない範囲で他の元素を含んでいても良い。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る癌治療装置によれば、生体内で長時間水素を放出する能力のあるニッケルを含むパラジウム合金による水素吸蔵合金部材に接触させた結果、癌細胞の増殖を抑制するだけでなく、癌細胞を死滅させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
【0011】
本発明者らは、生体内で長時間水素を放出する能力のある水素吸蔵合金部材を、様々な細胞に接触させたことによる影響について検証した。水素吸蔵合金に水素が吸蔵される際には、合金表面で水素原子(活性水素)の状態を経由して合金の結晶格子内に吸蔵され、放出される際には、活性水素の状態を経由して水素分子となる。そこで、水素を吸蔵させた水素吸蔵合金を、任意の箇所に直接配置して、水素を放出させることにより、任意の箇所の癌細胞などの様々な細胞に対してダメージを与えることができることを突き止めた。また、水素吸蔵合金は、その体積と比較して大量の水素を吸蔵することができるため、ごく少量の水素吸蔵合金をピンポイントに配置することにより、人体への影響を必要最小限にとどめることができる。
【0012】
水素吸蔵合金には、種々の合金が知られているが、本発明者らは、ニッケルを含むパラジウム合金(Pd−Ni合金)が好適であることを見出した。本発明の対象とする水素吸蔵合金としては、水素の吸蔵および放出の作業が比較的容易な合金組成を選ぶ必要がある。この条件に合うのがPd−Ni系合金であった。Pd合金の場合、化学的に安定な合金で、水素分子は乖離して原子になり易すく、活性水素の状態を経由して吸蔵される。また水素吸蔵合金としては、取り扱い上、生体内のように水素の分圧がほぼ0の環境で水素を放出させることが望ましい。Pd−Ni系合金では、Niの含有量を調整することにより、水素を、生体内のように水素の分圧がほぼ0の環境でゆっくり長時間にわたり放出することができ、しかも人体が取り得る温度範囲内で放出することができる。
【0013】
そこで、本発明の実施の形態に係る医療用の水素吸蔵合金は、ニッケルを含むパラジウム合金(Pd−Ni合金)から構成される。本実施の形態のPd−Ni水素吸蔵合金(以下、Pd−Ni合金という)は、後述の図2で明らかなように、Niの含有量が3原子%〜15原子%の合金組成とする。好ましくはNiが3原子%〜12原子%含む合金組成とする。さらに好ましくはNiが5原子%〜11原子%含む合金組成とする。
【0014】
Niの含有量が3原子%より少ないと、プラトー圧が低すぎて真空に近い気圧にしなければ、水素を放出することができない。このため、この合金組成では生体内で水素を放出させる目的では使用できない。Niの含有量が15原子%より越えると、プラトー圧が高くなり過ぎて生体内のように水素の分圧がほぼゼロの環境で使用したときに、急速に水素が放出され、放出の持続性が得られない。Niの含有量が3原子%〜15原子%の合金組成、好ましくはNiの含有量が3原子%〜12原子%の合金組成、さらに好ましくはNiの含有量が5原子%〜11原子%の合金組成であれば、生体内のように水素の分圧がほぼゼロの環境で使用する際に、時間をかけて水素を放出することができる。
【0015】
人体の取り得る温度(体温)としては、開心術(心臓施術)にて低温麻酔で使用する28℃(仮死温度)、癌温熱療法では42.5℃〜43℃、平熱は36〜37℃、病的温度を含めた体温は35〜40℃程度である。従って、本実施の形態のPd−Ni合金は、28℃〜43℃、好ましくは35℃〜40℃、さらに好ましくは36〜37℃の温度範囲で水素を放出できる合金組成である。
【0016】
図1に、本実施の形態のPd−Ni合金と比較例の純Pd金属の40℃における水素脱蔵(放出)曲線を示す。縦軸は平衡水素圧、横軸は水素吸蔵量を表す。曲線aはPd−11at%Ni合金、曲線bはPd−5at%Ni合金、曲線cは純Pd金属である。このときのPd−11at%Ni合金のプラトー圧は約2atm、Pd−5at%Ni合金のプラトー圧は約0.2atm、純Pd金属のプラトー圧は約0.02atmであった。図1の水素脱蔵特性から、合金/金属自体の温度が40℃において、純Pd金属(曲線c)では、真空に近い気圧状態にしないと水素が放出しないが、Pd−11at%Ni合金(曲線a)及びPd−5at%Ni合金(曲線b)では、大気圧下で水素が放出されることがわかる。
【0017】
図示しないが、これまでの水素吸蔵合金に関する研究から合金/金属自体の温度が高くなると、厳密には水素脱蔵のプラトー圧は高くなるが、28℃〜43℃の範囲ではその差は小さく、略同程度のプラトー圧となる。
【0018】
Pd−11at%Ni合金、Pd−5at%Ni合金では、図1に示すように、1気圧以下の水素圧下で水素の放出ができる。
【0019】
図2に、Ni含有量を変えたときのPd−Ni合金の組成と水素平衡圧の関係を示す。図2のグラフは、各組成のプラトー圧からファントホッフプロット(つまりプラトー圧と温度の逆数の関係を示したプロット)を利用して圧力―組成特性を表している。縦軸は対数表示の平衡水素圧P、横軸はNi含有量(at%)をそれぞれ示す。縦軸の「0」が1気圧に相当する。すなわち図2の直線dは313K(40℃)での水素放出圧力を示す。
【0020】
本実施の形態に係るPd−Ni合金としては、医療に用いる場合に、水素放出圧力が1気圧近傍にある組成が最適である。図2の曲線dから、Niの添加量を増加させるとプラトー圧が上昇することが認められる。そして。生体内のように水素の分圧がほぼゼロの環境で使う場合には、Ni含有量が3at%〜15at%、好ましくは3at%〜12at%、さらに好ましくは5at%〜11at%のPd−Ni合金を用いることができる。曲線dはプラトー領域におけるプラトー圧の平均値をプロットしたもので、プラトー領域における水素放出し始めと水素放出し終わりでは平衡水素圧力に差があるので、同じNi含有量でも、水素を放出する圧力には領域Dで示すように或る幅wが有る。従って、使用条件に応じて、上記の合金組成範囲からPd−Ni合金の最適組成を選択することができる。
【0021】
Pd−Ni合金からの水素の放出実験において、活性化させたPd−Ni合金を40℃で生理食塩水中に設置すると、合金表面に気泡が観察されるとともに図3(生理食塩水中でのPd−Ni合金からの水素放出によるpH変化)に示すようにpHの減少が見られる。これより、Pd−Ni合金から放出された水素が、活性水素の状態を経て一部分は水素イオンとして溶液中に溶出し、残りは水素分子を形成し気泡として放出されることが分かる。また、図3から純Pd金属(曲線g参照)からはほとんど水素が放出されず、Pd−5at%Ni合金(曲線f参照)およびPd−11at%Ni合金(曲線e参照)は約1時間から少なくとも約3時間にわたって水素を放出することがわかる。
【0022】
本実施の形態に係る医療用水素吸蔵合金、すなわちPd−Ni合金によれば、この合金部材を体内に配置して、直接、人体の所望の箇所(例えば患部「病巣部」、あるいは必要とする部位)に水素をゆっくりと放出することができる。これにより、疾病の治療を効率よく行うことができる。
【0023】
次に、本実施の形態に係るPd−Ni合金から放出される水素により、癌細胞が死滅する実験例について説明する。図4に、本実施の形態に係る水素を吸蔵した水素吸蔵合金(Pd−Ni合金)を用いて、この水素合金から放出された水素による癌細胞の死滅の状態を示す。図5に、比較例に係る水素を吸蔵していない水素未吸蔵合金(Pd−Ni合金)を用いたときの癌細胞の状態を示す。実験に用いた合金試料は、Pd−5at%Ni合金とした。
【0024】
実験に用いた本発明Pd−Ni合金(水素吸蔵合金)の作製方法の一例を説明する。純度99.9wt%の純Pdと純度99.9wt%の純Niを用い、これらの金属素材を所要の合金組成に配合したものを、Arガス雰囲気下でアーク溶解によって溶解してボタン状のPd−Ni合金を作製する。次に、この作製したボタン状の合金試料を、真空中で800℃、15時間保持して、均質化焼鈍を行った後、圧延機を用いて圧延する。その後、真空中(約1.5×10−5Torr)で850℃、2時間保持して歪みを取り、焼鈍を行う。この作業を、合金試料の厚さが80μmになるまで繰り返す。
【0025】
圧延した合金試料を、2mm×4mm×80μmの短冊状に切断し、再び歪みを取り焼鈍を行う。次に、合金試料の活性化処理を行う。活性化処理とは、試料表面の酸化膜を取り除き、合金が水素を吸蔵し易くするために行う処理である。作製した短冊状の合金試料を高圧ジーベルツ型平衡水素圧測定装置にセットし、真空度が2×10−5Torrになるまで排気する。その後、電気炉を用いて、450℃で3時間保持した後、室温まで炉冷して、脱ガス処理を行い、約10気圧の水素を導入し氷水中で反応させることによりPd−Ni合金の水素化を行う。この操作を数回繰り返し、活性化処理を行う。このようにしてPd−Ni合金を作製する。
【0026】
実験は次のようにして行った。培養細胞を直径35mmの培養用シャーレに前もって播種し、DMED(Dulbecoo’s Modifide Eagle’s Medium:SIGMA社)+10%子牛血清(FBS)のメディウムを入れ、温度37℃、湿度95%、CO25%の一定条件下の細胞培養器で培養した。細胞数はサブコンプルエント(定常期になる手前)の状態で用意する。Pd−Ni合金試料を99%のエタノールに浸漬し、30秒程度保持し、滅菌する。滅菌したPd−Ni合金試料を軽く乾燥した後に、メディウムで数回洗浄する。その後、Pd−Ni合金試料を、細胞を培養したシャーレ内に細胞に接触するように配置する。Pd−Ni合金試料は、L字に曲げてシャーレの中央にL字端部が細胞に接触した状態で配置する。温度37℃、湿度95%、CO25%の条件下で実験した。経時的観察は、オリンパス社製のLCV100の観察装置を用いて行った。
【0027】
図4Aは、MDCK:正常培養細胞(腎上皮細胞由来)に本実施の形態のPd−Ni合金試料(水素が吸蔵された合金)を接触させて正常培養細胞の状態を観察した顕微鏡写真である。図4Bは、HeLa培養細胞:子宮頸癌細胞由来に本実施の形態のPd−Ni合金試料を接触させて子宮頚癌培養細胞の状態を観察した顕微鏡写真である。図4Cは、H1299培養細胞:肺癌細胞由来に本実施の形態のPd−Ni合金試料を接触させて肺癌培養細胞の状態を観察した顕微鏡写真である。
【0028】
図5Aは、MDCK:正常培養細胞(腎上皮細胞由来)に比較例のPd−Ni合金試料(水素が吸蔵されていない合金)を接触させて正常培養細胞の状態を観察した顕微鏡写真である。図5Bは、HeLa培養細胞:子宮頸癌細胞由来に比較例のPd−Ni合金試料を接触させて子宮頚癌培養細胞の状態を観察した顕微鏡写真である。図5Cは、H1299培養細胞:肺癌細胞由来に比較例のPd−Ni合金試料を接触させて肺癌培養細胞の状態を観察した顕微鏡写真である。
図4、図5は、いずれも24時間経過後の細胞の状態を示している。黒い部分はPd−Ni合金試料の影である。図中に記載している「死細胞」はトリパンブルー排出試験で確認した。
【0029】
図6,図7,図8に、上記本実施の形態に係る図4A〜Cに対応した24時間連続観察結果を示す。図9,図10,図11に、上記比較例に係る図5A〜Cに対応した24時間連続観察結果を示す。いずれも、図Aは0時間後、図Bは8時間後、図Cは16時間後、図Dは24時間後の細胞状態を示す。
図6A〜Dは正常培養細胞、図7A〜Dは子宮頚癌培養細胞、図8A〜Dは肺癌培養細胞の観察結果である。図9A〜Dは正常培養細胞、図10A〜Dは子宮頚癌培養細胞、図11A〜Dは肺癌培養細胞の観察結果である。
【0030】
本実施の形態に係る水素吸蔵のPd−Ni合金試料によれば、図4A及び図6A〜Dに示すように、正常培養細胞に対しては、Pd−Ni合金試料の周辺の細胞にはダメージが少なく、ほとんど影響を及ぼしていないことが認められる。子宮頚癌培養細胞に対しては、図4Bに示すように、癌細胞の死滅(矢印参照)が認められる。図7A〜Dの時間経過でも、Pd−Ni合金の周囲から癌培養細胞が死滅し、時間が経つ程の試料を中心として癌培養細胞の死滅数が増加した。肺癌培養細胞に対しても、図4Cに示すように、癌細胞の死滅(矢印参照)が認められる。図8A〜Dの時間経過でも同じように、時間が経つ程、子宮頚癌培養細胞よりも癌培養細胞の死滅数が増加し、最終的にシャーレ全体の癌培養細胞が死滅した。活性水素は非常に活性が高いので、水素吸蔵合金の表面近傍にしか存在しないと考えられるが、シャーレ全体の癌培養細胞に効果が認められることから、活性水素の関与しないメカニズムが存在することも示唆される。
【0031】
一方、比較例に係る水素未吸蔵のPd−Ni合金試料によれば、図5A及び図9A〜Dに示すように、正常培養細胞に対しては、Pd−Ni合金試料の周辺の細胞にダメージがなく、影響を及ぼしていない。子宮頚癌培養細胞に対しては、図5B、図10A〜Dに示すように、癌培養細胞が死滅していないことが認められる。肺癌培養細胞に対しても、図5C、図11A〜Dに示すように、癌培養細胞が死滅していないことが認められる。したがって、Pd−Ni合金自体には癌培養細胞を死滅させる能力はなく、水素を吸蔵させることが必須であると認められる。
【0032】
本実験は、Pd−5at%Ni合金試料を用いたが、本発明の前述した他のPd−Ni合金組成(例えばPd−11at%Ni合金)についても、同様の結果が得られている。
【0033】
本発明は、上述の検証に基づき、Pd−Ni合金部材(水素吸蔵合金部材)を備えた癌治療装置を構成する。本発明の実施の形態に係る癌治療装置に用いるPd−Ni合金部材としては、上述したNiの含有量が3at%〜15at%の合金組成を有するものとする。好ましくは、Niの含有量が3at%〜12at%とした合金組成のPd−Ni合金を用いることができる。さらに好ましくは、Niの含有量が5at%〜11at%とした合金組成のPd−Ni合金を用いることができる。癌治療に際しては、大気圧下で行えることが好ましく、その場合には、Niの含有率が5〜11at%のPd−Ni合金部材を用いるのが好ましい。
【0034】
本実施の形態に係る癌治療装置としては、種々の形態を採り得る。特に、そのPd−Ni合金部材としては、種々の形態を採り得る。Pd−Ni合金部材の一形態としては、例えば、針状の合金部材とすることができる。針状の合金部材とする場合には、この針状のPd−Ni合金部材を直接、生体の癌患部に差し込むように配置する。生体内に差し込まれたPd−Ni合金部材は、平熱であれば合金部材自体の温度が36〜37℃程度になる。病的な温度を含めると合金部材自体の温度は35℃〜40℃程度になる。また、低温療法と組み合わせれば、合金部材自体の温度は28℃程度になる。温熱療法と組み合わせれば、合金部材自体の温度は42.5〜43℃程度になる。その他、上述したように、合金部材は、生体の取り得る温度である28℃〜43℃の温度範囲で水素を放出することができる。また、短冊状にして患部に接触させ、固縛することもできる。この他に周知の技術を使用して、Pd−Ni合金部材を患部に接触させるための固定方法を採用することができる。
【0035】
本実施の形態に係る癌治療装置によれば、直接癌細胞に合金部材を接触するように患部に配置することにより、Pd−Ni合金部材から放出された水素により、癌細胞を死滅させることができる。しかも、Pd−Ni合金は、癌細胞の周辺の正常細胞にほとんど影響を与えずに癌細胞に作用して死滅させることができる。本実施の形態の癌治療装置は、癌細胞の増殖を抑制することが可能である。また、本実施の形態のPd−Ni合金部材は、生体が取りえる温度範囲内で長時間安定して水素を放出することができる。
【0036】
上述の実施の形態に係る水素吸蔵合金では、Pd−Ni合金を例にした。しかし、本発明の水素吸蔵合金は、Pd−Ni合金に、水素吸蔵・放出特性に影響を与えない範囲で他の元素を含ませることができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】Pd−11at%Ni合金、Pd−5at%Ni合金および純Pd金属の40℃における水素脱蔵曲線を示すグラフである。
【図2】Pd−Ni合金の組成(Ni含有量)と、40℃における水素脱蔵時の水素平衡圧力との関係を示すグラフである。
【図3】Pd−11at%Ni合金、Pd−5at%Ni合金および純Pd金属からの水素放出によるpH変化を示すグラフである。
【図4】A、B及びC 本発明の水素を吸蔵したPd−Ni合金を用いたときに、正常培養細胞の状態、子宮頚癌培養細胞の状態及び肺癌培養細胞の状態を示す顕微鏡写真である。黒い物体は試料をしめす。「死細胞」とはトリパンブルー染色で陽性の細胞である。
【図5】A、B及びC 比較例の水素を吸蔵していないPd−Ni合金を用いたときに、正常培養細胞の状態、子宮頚癌培養細胞の状態及び肺癌培養細胞の状態を示す顕微鏡写真である。黒い物体は試料をしめす。
【図6】A〜D 図4Aの正常培養細胞における24時間連続観察した細胞状態を示す顕微鏡写真である。
【図7】A〜D 図4Bの子宮頚癌培養細胞における24時間連続観察した細胞状態を示す顕微鏡写真である。
【図8】A〜D 図4Cの肺癌培養細胞における24時間連続観察した細胞状態を示す顕微鏡写真である。
【図9】A〜D 図5Aの正常培養細胞における24時間連続観察した細胞状態を示す顕微鏡写真である。
【図10】A〜D 図5Bの子宮頚癌培養細胞における24時間連続観察した細胞状態を示す顕微鏡写真である。
【図11】A〜D 図5Cの肺癌培養細胞における24時間連続観察した細胞状態を示す顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0038】
a・・Pd−11at%Ni合金の曲線、b・・Pd−5at%Ni合金の曲線、c・・純Pd金属の曲線、d・・Pd−Ni合金の組成に対する40℃における水素脱蔵の平衡水素圧のグラフ
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素吸蔵合金部材を備えた癌治療装置に関する。
【背景技術】
【0002】
活性水素が豊富に存在するとされる電解還元水は、疾病の予防、老化進行の抑制に役立つとされて、利用が期待されている。活性水素は、活性酸素と反応して活性酸素を消去する働きがある。しかし、活性水素自体は非常に不安定な物質であり、単体として活性水素が存在する時間は極めて短い。そのため、電解還元水を例えば疾病の治療に用いた場合、多量の電解還元水を長期間にわたり飲用しなければ効果が得られないと云われている。そこで、電解還元水に活性水素のキャリアとして水素吸蔵金属のコロイドを含有させたコロイド含有電解還元水が提案されている。このコロイド含有電解還元水は、抗酸化作用を長期間安定的に保持するので、例えば癌細胞の増殖を抑制する効果が期待されるとしている(特許文献1,2参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2004−330146号公報
【特許文献2】特開2003−301288号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
水素吸蔵合金に水素が吸蔵される際には、合金表面で水素原子(活性水素)の状態を経由して合金の結晶格子内に吸蔵され、放出される際には合金表面で活性水素の状態を経由して水素分子となる。発明者は、水素を十分に吸蔵させた水素吸蔵合金を癌細胞に接触させることができれば、活性水素が直接癌細胞に働き、癌細胞の増殖を抑制する効果が高まると考えた。細胞分裂の頻度は24時間に1回であるから、上記目的に適合させるためには、生体内において長時間水素を放出することが可能な水素吸蔵合金を選定する必要がある。
【0005】
本発明者は、鋭意研究した結果、ニッケルを含むパラジウム合金(Pd−Ni合金)が最適であると結論した。そして、効果を確認するために観察用シャーレに癌細胞を敷き詰めた試料に水素を吸蔵させたPd−Ni合金を接触させたところ、癌細胞の増殖を抑制するだけでなく、癌細胞を死滅させる効果があることを発見し、本発明を完成させた。
【0006】
本発明は、上述の点に鑑み、癌細胞の増殖の抑制、死滅を可能にした癌治療装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る癌治療装置は、ニッケルを含むパラジウム合金(Pd−Ni合金)を主成分とする水素吸蔵合金部材を備えていることを特徴とする。
【0008】
体温の平熱は36〜37℃であるが、開心術(心臓手術)にて低温麻酔で使用する温度は28℃であり、癌温熱療法では42.5〜43℃であるので、体温の可能な範囲としては28〜43℃を考慮すれば良い。また、生体内における水素の分圧はほぼ0であるので、この条件で緩やかに水素を放出することが要求される。本発明で使用する水素吸蔵合金としては、Ni含有率が3原子%〜15原子%、好適には3原子%〜12原子%、より好適には5原子%〜11原子%であるPd−Ni合金が最適であるが、水素の放出特性に影響を与えない範囲で他の元素を含んでいても良い。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る癌治療装置によれば、生体内で長時間水素を放出する能力のあるニッケルを含むパラジウム合金による水素吸蔵合金部材に接触させた結果、癌細胞の増殖を抑制するだけでなく、癌細胞を死滅させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
【0011】
本発明者らは、生体内で長時間水素を放出する能力のある水素吸蔵合金部材を、様々な細胞に接触させたことによる影響について検証した。水素吸蔵合金に水素が吸蔵される際には、合金表面で水素原子(活性水素)の状態を経由して合金の結晶格子内に吸蔵され、放出される際には、活性水素の状態を経由して水素分子となる。そこで、水素を吸蔵させた水素吸蔵合金を、任意の箇所に直接配置して、水素を放出させることにより、任意の箇所の癌細胞などの様々な細胞に対してダメージを与えることができることを突き止めた。また、水素吸蔵合金は、その体積と比較して大量の水素を吸蔵することができるため、ごく少量の水素吸蔵合金をピンポイントに配置することにより、人体への影響を必要最小限にとどめることができる。
【0012】
水素吸蔵合金には、種々の合金が知られているが、本発明者らは、ニッケルを含むパラジウム合金(Pd−Ni合金)が好適であることを見出した。本発明の対象とする水素吸蔵合金としては、水素の吸蔵および放出の作業が比較的容易な合金組成を選ぶ必要がある。この条件に合うのがPd−Ni系合金であった。Pd合金の場合、化学的に安定な合金で、水素分子は乖離して原子になり易すく、活性水素の状態を経由して吸蔵される。また水素吸蔵合金としては、取り扱い上、生体内のように水素の分圧がほぼ0の環境で水素を放出させることが望ましい。Pd−Ni系合金では、Niの含有量を調整することにより、水素を、生体内のように水素の分圧がほぼ0の環境でゆっくり長時間にわたり放出することができ、しかも人体が取り得る温度範囲内で放出することができる。
【0013】
そこで、本発明の実施の形態に係る医療用の水素吸蔵合金は、ニッケルを含むパラジウム合金(Pd−Ni合金)から構成される。本実施の形態のPd−Ni水素吸蔵合金(以下、Pd−Ni合金という)は、後述の図2で明らかなように、Niの含有量が3原子%〜15原子%の合金組成とする。好ましくはNiが3原子%〜12原子%含む合金組成とする。さらに好ましくはNiが5原子%〜11原子%含む合金組成とする。
【0014】
Niの含有量が3原子%より少ないと、プラトー圧が低すぎて真空に近い気圧にしなければ、水素を放出することができない。このため、この合金組成では生体内で水素を放出させる目的では使用できない。Niの含有量が15原子%より越えると、プラトー圧が高くなり過ぎて生体内のように水素の分圧がほぼゼロの環境で使用したときに、急速に水素が放出され、放出の持続性が得られない。Niの含有量が3原子%〜15原子%の合金組成、好ましくはNiの含有量が3原子%〜12原子%の合金組成、さらに好ましくはNiの含有量が5原子%〜11原子%の合金組成であれば、生体内のように水素の分圧がほぼゼロの環境で使用する際に、時間をかけて水素を放出することができる。
【0015】
人体の取り得る温度(体温)としては、開心術(心臓施術)にて低温麻酔で使用する28℃(仮死温度)、癌温熱療法では42.5℃〜43℃、平熱は36〜37℃、病的温度を含めた体温は35〜40℃程度である。従って、本実施の形態のPd−Ni合金は、28℃〜43℃、好ましくは35℃〜40℃、さらに好ましくは36〜37℃の温度範囲で水素を放出できる合金組成である。
【0016】
図1に、本実施の形態のPd−Ni合金と比較例の純Pd金属の40℃における水素脱蔵(放出)曲線を示す。縦軸は平衡水素圧、横軸は水素吸蔵量を表す。曲線aはPd−11at%Ni合金、曲線bはPd−5at%Ni合金、曲線cは純Pd金属である。このときのPd−11at%Ni合金のプラトー圧は約2atm、Pd−5at%Ni合金のプラトー圧は約0.2atm、純Pd金属のプラトー圧は約0.02atmであった。図1の水素脱蔵特性から、合金/金属自体の温度が40℃において、純Pd金属(曲線c)では、真空に近い気圧状態にしないと水素が放出しないが、Pd−11at%Ni合金(曲線a)及びPd−5at%Ni合金(曲線b)では、大気圧下で水素が放出されることがわかる。
【0017】
図示しないが、これまでの水素吸蔵合金に関する研究から合金/金属自体の温度が高くなると、厳密には水素脱蔵のプラトー圧は高くなるが、28℃〜43℃の範囲ではその差は小さく、略同程度のプラトー圧となる。
【0018】
Pd−11at%Ni合金、Pd−5at%Ni合金では、図1に示すように、1気圧以下の水素圧下で水素の放出ができる。
【0019】
図2に、Ni含有量を変えたときのPd−Ni合金の組成と水素平衡圧の関係を示す。図2のグラフは、各組成のプラトー圧からファントホッフプロット(つまりプラトー圧と温度の逆数の関係を示したプロット)を利用して圧力―組成特性を表している。縦軸は対数表示の平衡水素圧P、横軸はNi含有量(at%)をそれぞれ示す。縦軸の「0」が1気圧に相当する。すなわち図2の直線dは313K(40℃)での水素放出圧力を示す。
【0020】
本実施の形態に係るPd−Ni合金としては、医療に用いる場合に、水素放出圧力が1気圧近傍にある組成が最適である。図2の曲線dから、Niの添加量を増加させるとプラトー圧が上昇することが認められる。そして。生体内のように水素の分圧がほぼゼロの環境で使う場合には、Ni含有量が3at%〜15at%、好ましくは3at%〜12at%、さらに好ましくは5at%〜11at%のPd−Ni合金を用いることができる。曲線dはプラトー領域におけるプラトー圧の平均値をプロットしたもので、プラトー領域における水素放出し始めと水素放出し終わりでは平衡水素圧力に差があるので、同じNi含有量でも、水素を放出する圧力には領域Dで示すように或る幅wが有る。従って、使用条件に応じて、上記の合金組成範囲からPd−Ni合金の最適組成を選択することができる。
【0021】
Pd−Ni合金からの水素の放出実験において、活性化させたPd−Ni合金を40℃で生理食塩水中に設置すると、合金表面に気泡が観察されるとともに図3(生理食塩水中でのPd−Ni合金からの水素放出によるpH変化)に示すようにpHの減少が見られる。これより、Pd−Ni合金から放出された水素が、活性水素の状態を経て一部分は水素イオンとして溶液中に溶出し、残りは水素分子を形成し気泡として放出されることが分かる。また、図3から純Pd金属(曲線g参照)からはほとんど水素が放出されず、Pd−5at%Ni合金(曲線f参照)およびPd−11at%Ni合金(曲線e参照)は約1時間から少なくとも約3時間にわたって水素を放出することがわかる。
【0022】
本実施の形態に係る医療用水素吸蔵合金、すなわちPd−Ni合金によれば、この合金部材を体内に配置して、直接、人体の所望の箇所(例えば患部「病巣部」、あるいは必要とする部位)に水素をゆっくりと放出することができる。これにより、疾病の治療を効率よく行うことができる。
【0023】
次に、本実施の形態に係るPd−Ni合金から放出される水素により、癌細胞が死滅する実験例について説明する。図4に、本実施の形態に係る水素を吸蔵した水素吸蔵合金(Pd−Ni合金)を用いて、この水素合金から放出された水素による癌細胞の死滅の状態を示す。図5に、比較例に係る水素を吸蔵していない水素未吸蔵合金(Pd−Ni合金)を用いたときの癌細胞の状態を示す。実験に用いた合金試料は、Pd−5at%Ni合金とした。
【0024】
実験に用いた本発明Pd−Ni合金(水素吸蔵合金)の作製方法の一例を説明する。純度99.9wt%の純Pdと純度99.9wt%の純Niを用い、これらの金属素材を所要の合金組成に配合したものを、Arガス雰囲気下でアーク溶解によって溶解してボタン状のPd−Ni合金を作製する。次に、この作製したボタン状の合金試料を、真空中で800℃、15時間保持して、均質化焼鈍を行った後、圧延機を用いて圧延する。その後、真空中(約1.5×10−5Torr)で850℃、2時間保持して歪みを取り、焼鈍を行う。この作業を、合金試料の厚さが80μmになるまで繰り返す。
【0025】
圧延した合金試料を、2mm×4mm×80μmの短冊状に切断し、再び歪みを取り焼鈍を行う。次に、合金試料の活性化処理を行う。活性化処理とは、試料表面の酸化膜を取り除き、合金が水素を吸蔵し易くするために行う処理である。作製した短冊状の合金試料を高圧ジーベルツ型平衡水素圧測定装置にセットし、真空度が2×10−5Torrになるまで排気する。その後、電気炉を用いて、450℃で3時間保持した後、室温まで炉冷して、脱ガス処理を行い、約10気圧の水素を導入し氷水中で反応させることによりPd−Ni合金の水素化を行う。この操作を数回繰り返し、活性化処理を行う。このようにしてPd−Ni合金を作製する。
【0026】
実験は次のようにして行った。培養細胞を直径35mmの培養用シャーレに前もって播種し、DMED(Dulbecoo’s Modifide Eagle’s Medium:SIGMA社)+10%子牛血清(FBS)のメディウムを入れ、温度37℃、湿度95%、CO25%の一定条件下の細胞培養器で培養した。細胞数はサブコンプルエント(定常期になる手前)の状態で用意する。Pd−Ni合金試料を99%のエタノールに浸漬し、30秒程度保持し、滅菌する。滅菌したPd−Ni合金試料を軽く乾燥した後に、メディウムで数回洗浄する。その後、Pd−Ni合金試料を、細胞を培養したシャーレ内に細胞に接触するように配置する。Pd−Ni合金試料は、L字に曲げてシャーレの中央にL字端部が細胞に接触した状態で配置する。温度37℃、湿度95%、CO25%の条件下で実験した。経時的観察は、オリンパス社製のLCV100の観察装置を用いて行った。
【0027】
図4Aは、MDCK:正常培養細胞(腎上皮細胞由来)に本実施の形態のPd−Ni合金試料(水素が吸蔵された合金)を接触させて正常培養細胞の状態を観察した顕微鏡写真である。図4Bは、HeLa培養細胞:子宮頸癌細胞由来に本実施の形態のPd−Ni合金試料を接触させて子宮頚癌培養細胞の状態を観察した顕微鏡写真である。図4Cは、H1299培養細胞:肺癌細胞由来に本実施の形態のPd−Ni合金試料を接触させて肺癌培養細胞の状態を観察した顕微鏡写真である。
【0028】
図5Aは、MDCK:正常培養細胞(腎上皮細胞由来)に比較例のPd−Ni合金試料(水素が吸蔵されていない合金)を接触させて正常培養細胞の状態を観察した顕微鏡写真である。図5Bは、HeLa培養細胞:子宮頸癌細胞由来に比較例のPd−Ni合金試料を接触させて子宮頚癌培養細胞の状態を観察した顕微鏡写真である。図5Cは、H1299培養細胞:肺癌細胞由来に比較例のPd−Ni合金試料を接触させて肺癌培養細胞の状態を観察した顕微鏡写真である。
図4、図5は、いずれも24時間経過後の細胞の状態を示している。黒い部分はPd−Ni合金試料の影である。図中に記載している「死細胞」はトリパンブルー排出試験で確認した。
【0029】
図6,図7,図8に、上記本実施の形態に係る図4A〜Cに対応した24時間連続観察結果を示す。図9,図10,図11に、上記比較例に係る図5A〜Cに対応した24時間連続観察結果を示す。いずれも、図Aは0時間後、図Bは8時間後、図Cは16時間後、図Dは24時間後の細胞状態を示す。
図6A〜Dは正常培養細胞、図7A〜Dは子宮頚癌培養細胞、図8A〜Dは肺癌培養細胞の観察結果である。図9A〜Dは正常培養細胞、図10A〜Dは子宮頚癌培養細胞、図11A〜Dは肺癌培養細胞の観察結果である。
【0030】
本実施の形態に係る水素吸蔵のPd−Ni合金試料によれば、図4A及び図6A〜Dに示すように、正常培養細胞に対しては、Pd−Ni合金試料の周辺の細胞にはダメージが少なく、ほとんど影響を及ぼしていないことが認められる。子宮頚癌培養細胞に対しては、図4Bに示すように、癌細胞の死滅(矢印参照)が認められる。図7A〜Dの時間経過でも、Pd−Ni合金の周囲から癌培養細胞が死滅し、時間が経つ程の試料を中心として癌培養細胞の死滅数が増加した。肺癌培養細胞に対しても、図4Cに示すように、癌細胞の死滅(矢印参照)が認められる。図8A〜Dの時間経過でも同じように、時間が経つ程、子宮頚癌培養細胞よりも癌培養細胞の死滅数が増加し、最終的にシャーレ全体の癌培養細胞が死滅した。活性水素は非常に活性が高いので、水素吸蔵合金の表面近傍にしか存在しないと考えられるが、シャーレ全体の癌培養細胞に効果が認められることから、活性水素の関与しないメカニズムが存在することも示唆される。
【0031】
一方、比較例に係る水素未吸蔵のPd−Ni合金試料によれば、図5A及び図9A〜Dに示すように、正常培養細胞に対しては、Pd−Ni合金試料の周辺の細胞にダメージがなく、影響を及ぼしていない。子宮頚癌培養細胞に対しては、図5B、図10A〜Dに示すように、癌培養細胞が死滅していないことが認められる。肺癌培養細胞に対しても、図5C、図11A〜Dに示すように、癌培養細胞が死滅していないことが認められる。したがって、Pd−Ni合金自体には癌培養細胞を死滅させる能力はなく、水素を吸蔵させることが必須であると認められる。
【0032】
本実験は、Pd−5at%Ni合金試料を用いたが、本発明の前述した他のPd−Ni合金組成(例えばPd−11at%Ni合金)についても、同様の結果が得られている。
【0033】
本発明は、上述の検証に基づき、Pd−Ni合金部材(水素吸蔵合金部材)を備えた癌治療装置を構成する。本発明の実施の形態に係る癌治療装置に用いるPd−Ni合金部材としては、上述したNiの含有量が3at%〜15at%の合金組成を有するものとする。好ましくは、Niの含有量が3at%〜12at%とした合金組成のPd−Ni合金を用いることができる。さらに好ましくは、Niの含有量が5at%〜11at%とした合金組成のPd−Ni合金を用いることができる。癌治療に際しては、大気圧下で行えることが好ましく、その場合には、Niの含有率が5〜11at%のPd−Ni合金部材を用いるのが好ましい。
【0034】
本実施の形態に係る癌治療装置としては、種々の形態を採り得る。特に、そのPd−Ni合金部材としては、種々の形態を採り得る。Pd−Ni合金部材の一形態としては、例えば、針状の合金部材とすることができる。針状の合金部材とする場合には、この針状のPd−Ni合金部材を直接、生体の癌患部に差し込むように配置する。生体内に差し込まれたPd−Ni合金部材は、平熱であれば合金部材自体の温度が36〜37℃程度になる。病的な温度を含めると合金部材自体の温度は35℃〜40℃程度になる。また、低温療法と組み合わせれば、合金部材自体の温度は28℃程度になる。温熱療法と組み合わせれば、合金部材自体の温度は42.5〜43℃程度になる。その他、上述したように、合金部材は、生体の取り得る温度である28℃〜43℃の温度範囲で水素を放出することができる。また、短冊状にして患部に接触させ、固縛することもできる。この他に周知の技術を使用して、Pd−Ni合金部材を患部に接触させるための固定方法を採用することができる。
【0035】
本実施の形態に係る癌治療装置によれば、直接癌細胞に合金部材を接触するように患部に配置することにより、Pd−Ni合金部材から放出された水素により、癌細胞を死滅させることができる。しかも、Pd−Ni合金は、癌細胞の周辺の正常細胞にほとんど影響を与えずに癌細胞に作用して死滅させることができる。本実施の形態の癌治療装置は、癌細胞の増殖を抑制することが可能である。また、本実施の形態のPd−Ni合金部材は、生体が取りえる温度範囲内で長時間安定して水素を放出することができる。
【0036】
上述の実施の形態に係る水素吸蔵合金では、Pd−Ni合金を例にした。しかし、本発明の水素吸蔵合金は、Pd−Ni合金に、水素吸蔵・放出特性に影響を与えない範囲で他の元素を含ませることができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】Pd−11at%Ni合金、Pd−5at%Ni合金および純Pd金属の40℃における水素脱蔵曲線を示すグラフである。
【図2】Pd−Ni合金の組成(Ni含有量)と、40℃における水素脱蔵時の水素平衡圧力との関係を示すグラフである。
【図3】Pd−11at%Ni合金、Pd−5at%Ni合金および純Pd金属からの水素放出によるpH変化を示すグラフである。
【図4】A、B及びC 本発明の水素を吸蔵したPd−Ni合金を用いたときに、正常培養細胞の状態、子宮頚癌培養細胞の状態及び肺癌培養細胞の状態を示す顕微鏡写真である。黒い物体は試料をしめす。「死細胞」とはトリパンブルー染色で陽性の細胞である。
【図5】A、B及びC 比較例の水素を吸蔵していないPd−Ni合金を用いたときに、正常培養細胞の状態、子宮頚癌培養細胞の状態及び肺癌培養細胞の状態を示す顕微鏡写真である。黒い物体は試料をしめす。
【図6】A〜D 図4Aの正常培養細胞における24時間連続観察した細胞状態を示す顕微鏡写真である。
【図7】A〜D 図4Bの子宮頚癌培養細胞における24時間連続観察した細胞状態を示す顕微鏡写真である。
【図8】A〜D 図4Cの肺癌培養細胞における24時間連続観察した細胞状態を示す顕微鏡写真である。
【図9】A〜D 図5Aの正常培養細胞における24時間連続観察した細胞状態を示す顕微鏡写真である。
【図10】A〜D 図5Bの子宮頚癌培養細胞における24時間連続観察した細胞状態を示す顕微鏡写真である。
【図11】A〜D 図5Cの肺癌培養細胞における24時間連続観察した細胞状態を示す顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0038】
a・・Pd−11at%Ni合金の曲線、b・・Pd−5at%Ni合金の曲線、c・・純Pd金属の曲線、d・・Pd−Ni合金の組成に対する40℃における水素脱蔵の平衡水素圧のグラフ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケルを含むパラジウム合金を主成分とする水素吸蔵合金部材を備えている
ことを特徴とする癌治療装置。
【請求項2】
前記パラジウム合金として、3原子%〜15原子%のニッケルを含む
ことを特徴とする請求項1記載の癌治療装置。
【請求項3】
前記パラジウム合金として、3原子%〜12原子%のニッケルを含む
ことを特徴とする請求項2記載の癌治療装置。
【請求項4】
前記パラジウム合金として、5原子%〜11原子%のニッケルを含む
ことを特徴とする請求項2記載の癌治療装置。
【請求項1】
ニッケルを含むパラジウム合金を主成分とする水素吸蔵合金部材を備えている
ことを特徴とする癌治療装置。
【請求項2】
前記パラジウム合金として、3原子%〜15原子%のニッケルを含む
ことを特徴とする請求項1記載の癌治療装置。
【請求項3】
前記パラジウム合金として、3原子%〜12原子%のニッケルを含む
ことを特徴とする請求項2記載の癌治療装置。
【請求項4】
前記パラジウム合金として、5原子%〜11原子%のニッケルを含む
ことを特徴とする請求項2記載の癌治療装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2009−196968(P2009−196968A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−43560(P2008−43560)
【出願日】平成20年2月25日(2008.2.25)
【出願人】(504205521)国立大学法人 長崎大学 (226)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年2月25日(2008.2.25)
【出願人】(504205521)国立大学法人 長崎大学 (226)
【Fターム(参考)】
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