説明

水素発生用電極

【課題】電気化学プロセスに用いる水素発生用電極に関し、アルカリ、酸性水溶液での水素発生、イオン交換膜を用いた純水電解などの工業電解、水素吸収材などのプロセスにおける水素発生用電極であり、大電流密度での電解槽にもゼロギャップでも使用可能であり、かつ安価な貴金属触媒を有する活性化水素発生用陰極を提供する。
【解決手段】導電性基材表面に形成した触媒層に、Pd、Ta、Nb、Ti、Ni、Zr及びランタン系金属から選択される少なくとも1種類の元素を含む酸化物又はカーボンから成る水素吸着性層を形成した水素発生用電極。水素吸着性層が水素の吸着及び脱離を促進して水素発生が効率良く起こる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電気化学プロセスに用いる水素発生用電極に関し、特にアルカリ、酸性水溶液での水素発生、イオン交換膜を用いた純水電解などの工業電解、水素吸収材などのプロセスにおける水素発生用電極に関する。
【背景技術】
【0002】
工業用原料として重要である水酸化ナトリウム及び塩素は、主として食塩電解法により製造されている。この電解プロセスは、水銀陰極を使用する水銀法及びアスベスト隔膜と軟鉄陰極を使用する隔膜法を経てイオン交換膜を隔膜とし、過電圧の小さい活性化陰極を使用するイオン交換膜法に移行してきた。この改良により、苛性ソーダ1トンの製造の電力原単位は2000kWhまで減少した。
現在、最も一般的に行われている活性陰極を用いた食塩電解法では、カチオン交換膜の陰極側に接するか、3mm以下のギャップで陰極が配置される。触媒層で水が反応して水酸化ナトリウムを生成する。陽極、陰極反応はそれぞれ次の通りで、理論分解電圧は2.19Vとなる。
2Cl- = Cl2 + 2e- (1.36V)
2H2O + 2e- = 2OH- + H2 (-0.83V)
【0003】
陽極であるDSAは水銀法で200〜300A/dmまでの運転実績があるが、イオン交換膜法における陰極として、過電圧が低いこと、膜との接触において膜を傷めないこと、陰極からの金属イオンなどの汚染が少ないことが重要である。実績のある活性陰極としては、酸化ルテニウム粉をNiめっき浴に分散させて複合めっきすることにより活性な電極を得る方法、酸化ルテニウムと酸化ニッケルからなる複合触媒電極、SやSnなどの第2成分を含むNiめっき、NiOプラズマ溶射、ラネーニッケル、Ni-Mo合金、Pt-Ru置換めっき、逆電流耐性を与えるために水素吸蔵合金を用いたものなどがある。参考文献として、Electrochemical Hydrogen Technologies p.15-62, 1990、米国特許明細書第4801368号、J. Electrochem. Soc., 137,1419(1993)及びModern Chlor-Alkali Technology, Vol.3, 1986などがある。
【0004】
最近のイオン交換膜電解技術において、生産能力の増大と投資コスト低減のために電流密度を高くできる電解セルが考案されつつあり、また、低抵抗膜の開発により、大電流の負荷が可能になってきた。この場合、陰極をイオン交換膜と密着させて配置(ゼロギャップ)した方が電圧が低下でき望ましいが、従来の表面形状の荒れた陰極では機械的に膜を破壊する可能性があり、問題があった。
これを解決するために、平滑な表面でありながら活性の高い貴金属を触媒として用いた陰極が注目されている。このような陰極としては次の文献に開示されている。
【特許文献1】特開2006−104502号公報
【特許文献2】特開2006−193768号公報
【特許文献3】特開2003−277966号公報
【特許文献4】特開2003−277967号公報
【特許文献5】特開2000−239882号公報
【特許文献6】特開2006−299395号公報
【特許文献7】特開2006−118022号公報
【特許文献8】特開2006−118023号公報
【特許文献9】特開2003−268584号公報
【特許文献10】特開平7−90664号公報
【0005】
各特許文献には次のような記載がある。
[特許文献1]
導電性基体、導電性酸化物を含む中間層、銀及び銀酸化物から選択される少なくとも一種と、白金族金属、白金族金属酸化物及び白金族金属水酸化物から選択される触媒層を含んで成る電解用陰極。
[特許文献2]
陰極基体上に、触媒層を形成した水素発生陰極で、触媒層がセリウム、白金及びルテニウムを含むことを特徴とする水素発生用陰極。
[特許文献3及び4]
白金族化合物(好適にはルテニウム化合物)とランタン、セリウム、イットリウム化合物から選ばれた少なくとも1種類を含む水溶液を導電性の基材上に塗布した後、空気中で焼成して水溶液を熱分解させて基材上に触媒層を形成させる水素発生用陰極。
【0006】
[特許文献5]
基体と触媒層の間にニッケル酸化物を主成分とする中間層を設け、密着性が向上した陰極。
[特許文献6]
白金族化合物と、ランタン化合物、セリウム化合物、イットリウム化合物からなる群より選ばれた少なくとも1種類と、ニオブ化合物、マンガン化合物からなる水素発生用電極。
【0007】
[特許文献7及び8]
導電性基材上に、ニッケル、コバルト、銅、銀及び鉄の群から選ばれる一種の金属と白金からなる白金合金が担持され、白金合金中の白金含有量が、モル比で0.40〜0.99の範囲である水素発生用電極。
[特許文献9]
ニッケル基材上にルテニウム化合物を含む触媒。
[特許文献10]
白金族金属を担持した活性炭粒子を分散したニッケルめっき浴中において電気めっきを行って、電極基体上に白金族の金属を担持した活性炭粒子を含有および表面層に付着したニッケルからなる電極活性層を形成した低水素過電圧陰極。
【0008】
電気化学用電極で、水(水素イオン)の水素原子への放電が主触媒上で進行すると、一部の水素原子がスピルオーバーにより水素吸着性層に移動する報告がある。例えば非特許文献1では、Pt−C(カーボン基材上に白金被覆)において、水素のスピルオーバー現象が生じることを報告されている。更に非特許文献2では、Pt-TiO2電極において水素の吸着電流の増大を報告されている。
しかしながら水電解により水素を発生させる目的において、これらの物質が利用された報告はない。つまり水素発生用陰極で水素発生効率を向上させるために水素吸着を利用することは知られていない。
【非特許文献1】Electrochimica. Acta, vol18, (1973), 473
【非特許文献2】Russian J.Electrochem., vol32, (1996) 1298
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記各特許文献記載の技術では、貴金属の使用により、従来の活性陰極の過電圧は大幅に減少することができる。しかしながら貴金属の価格は非常に高いため、その使用量を最低限に減らす必要があった。また、触媒は電解液、セルから生じる不純物の析出による性能低下がしばしば起こり、十分な性能が出ない、電解により触媒が脱落する、消耗するなどの欠点があり、実用上課題を残していた。
従って本発明は前述の従来技術の問題点を解消し、大電流密度での電解槽にもゼロギャップでも使用可能であり、かつ安価な貴金属触媒を有する活性化水素発生用陰極を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、中間層を介しあるいは介さずに、導電性基材表面に形成した触媒層に、水素吸着性層を形成した水素発生用電極である。
前記触媒層を構成する物質は、Pt、Ir、Ru、Pd、Rhなどの白金族金属やその化合物、又はそれの白金族金属と化合物に、ランタン系金属、弁金属、鉄系金属、銀から選択される1種類の金属及び/又は金属酸化物とすることができる。
又前記水素吸着性層に含まれる物質は、Ta、Nb、Ti、Ni、Zr、ランタン系金属から選ばれる少なくとも1種類の元素を含む酸化物やカーボンであり、この水素吸着性層は平均付着量が元素として0.1mmol/m2から10mmol/m2となるように形成することが望ましい。
【0011】
以下本発明を詳細に説明する。
本発明では、触媒層の表面に水素吸着性層を形成する。
本発明者らは、電極の水素ガス発生の活性を向上させる目的で、鋭意検討の結果、従来の触媒層の上に少量の水素吸着性を有する層を形成させることにより、前記水素ガス発生の活性が大幅に向上することを見出したものである。
この水素吸着性層は前記触媒層と比較してごく少量で良く、前記触媒層における水素イオンや、水の酸化還元反応を妨害することのない程度の量とする。そのための前記水素吸着性層には空隙も存在している。
【0012】
本発明の反応機構は完全には解明されていないが、スピルオーバー現象(spillover)によるものと推察され、以下の文献に詳細に紹介されている。
石油学会誌、38、(1995)291
触媒、45、(2003)321
Spillover and Migration of Surface Species on Catalysts,1997, Elsevier B.V.
【0013】
次に参考として水素ガスの活性化について簡単に述べる。
水素原子、酸素含有基の触媒−担体上の移動現象は1950年代に発見され、もともとは、気体の分子が担体上の金属を介して担体に流れ出すことを指して命名されたものであり、現在でも、石油精製工業における触媒開発において重要な技術要素となっている。
水素分子を活性化する能力は、第8〜11族の金属が優れており、Pt、Pdが特に優れているが、金属に限らず、酸化物や硫化物でも同様の効果が知られている。水素の受容体(水素吸着性物質と同義語)として、たとえば触媒担体であるアルミナ(Al2O3)、シリカ(SiO2)、ゼオライト、活性炭、MoO3、V2O5、Fe2O3、TiO2、WO3、ヘテロポリ酸、有機高分子でも、同様の現象が確認されている。
これら複合触媒において、脱水素反応、水素化、異性化、不均一分解が単体触媒に比較して促進される。また、炭化水素化合物からの水素ガスの脱離反応への促進効果も報告されている(逆スピルオーバー現象)。
【0014】
X:触媒、M:水素吸着性層とすると、本発明の水素ガス発生機構は次の式で説明できる。
まず酸性域及びアルカリ域では、水素は次のように発生する。
酸性域:X + H+ + e- = X-H
アルカリ域:X + H2O + e- = (X-H) + OH-
2(X-H) = H2 + 2X
水素吸着性層が存在すると、一部の触媒層吸着水素は、水素吸着性層に移動(スピルオーバー)し、水素ガスとして次のように離脱する。
X-H + M = X + M-H
2(M-H) = H2 +2M
【0015】
このようにして触媒層表面に水素吸着性層を形成することで、水素発生がより促進される。
本発明の水素発生用電極は主として水素発生用陰極として使用されるが、これ以外に、水素イオンから水素原子を生成し、これを吸収したり、脱離したりする材料としても使用可能である。
【発明の効果】
【0016】
貴金属を主な触媒成分とする本発明の水素発生用電極で、触媒層の上に少量の水素吸着性層を形成させることにより、電極活性が大幅に向上(過電圧の低下)し、大きい電流密度でも触媒量を低減でき、少量の触媒でも同等の活性を発現できる。触媒の損失が減少し、例えば電解液不純物成分による触媒金属の被毒を防ぐこと、膜との接触において膜を傷めないことなど工業的価値を有し、投資、電力コストが低減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
次に本発明の水素発生用電極の各要素について詳細に説明する。
【0018】
[基材]
電極基材としては、電気導電性と化学的安定性からステンレス、チタン、ニッケル、カーボン系材料が好ましく、厚さは0.05〜5mm、空隙率は10〜95%が好ましい。
触媒層の密着力を高めるために、粗面化処理を行うことが好ましいが、方法としては従来の粉末を吹き付けるブラスト処理、可溶性の酸を用いたエッチング、プラズマ溶射などがある。表面の金属、有機物などの汚染粒子を除去するために化学エッチング処理を行う。代表的な基材金属であるニッケルの場合、その消耗量は5〜500g/m2程度が好ましい。
【0019】
[中間層]
本発明では、触媒層を形成する前に前記導電性基材表面に酸化物の中間層を形成しても良い。
中間層の形成方法としては単に導電性基材を熱処理するだけでも空気中の酸素と基材のニッケルが反応しNi(1-X)Oを生成させることができる。酸化物は製造条件にもよるが、酸素欠陥があるため一般にp型の半導性を有している。熱処理温度は350〜550℃で、焼成時間は5〜60分が好ましい。酸化物の厚みが大きすぎると抵抗損失が増大し、小さいと不均一な表面層しか得られない。最適な厚さは0.1〜100μm程度であり、基材の金属が電解液であるアルカリ水溶液と接触しないように表面に均一に形成されることが好ましい。
【0020】
ニッケルイオンを含む溶液を塗布し、同様に熱処理することでも安定に酸化物を得ることができるが、基材を腐食するような溶液組成が好ましく、ニッケル原料としては、硝酸ニッケル、硫酸ニッケルなどがあり、これを硝酸、硫酸に添加し、適当な濃度にした水溶液を塗布液として利用できる。乾燥後熱分解を行う。
基材がニッケルの場合でも他の成分からなる導電性酸化物中間層を被覆する事もできる。例えばn型の酸化チタン(TiO2-x)などアルカリで安定であり、水素発生の能力が表面の触媒のそれよりも無視できる程度小さい化合物が使用できる。
【0021】
[触媒層]
触媒層はPt、Ir、Ru、Pd、Rhから選択される少なくとも1種類以上の金属又はその化合物を含み、前記導電性基材上に形成される。具体例としては、Pt単独、Ru-Pt、Ru酸化物などがある。
また、触媒層はPt、Ir、Ru、Pd、Rhから選択される少なくとも1種類の白金族金属及び/又は金属酸化物およびランタン系金属、バルブ金属、鉄系金属から選択される少なくとも1種類の金属及び/又は金属酸化物を含んでいても良い。具体例としては、Pt-Ag、Pd-Ag 、Ru-Ni酸化物、Pt-Ce酸化物、Ru-Ce酸化物、Pt-La酸化物、Ru-La酸化物などがある。
【0022】
[触媒形成法]
食塩電解で汎用されている陽極(DSE)と同様に、触媒金属の塩溶液を基体表面に塗布し焼成することにより、触媒層を形成することが好ましい。
焼成後の乾燥は40〜150℃で5〜20分行い、その後熱分解する。熱分解温度は200〜550℃で、焼成時間は5〜60分が好ましい。
【0023】
焼成に代えて、対応する塩溶液を作製し電気メッキするか還元剤を用いて無電解メッキすることにより形成しても良い。ルテニウムを触媒層原料として用いる場合では、使用する塩は、ルテニウム、酸化ルテニウム、塩化ルテニウム、硝酸ルテニウム、酢酸ルテニウム、ルテニウムアルコキシドなどがあり、これを硝酸、塩酸、水に添加し、適当な濃度に溶解した水溶液を塗布液として利用できる。白金の場合は、塩化白金酸、ジニトロジアンミン白金塩などがあり、これを硝酸、塩酸、水に添加し、適当な濃度に溶解した水溶液を塗布液として利用できる。イリジウム、パラジウム、ロジウムでも同様の原料が利用できる。
全触媒量は1〜15g/m2程度が最良であり、最適な厚さは0.1〜10μm程度である。
【0024】
[水素吸着性層]
水素吸着性層は水素吸着性を有する任意の物質で構成できるが、Pd、Ta、Nb、Ti、Ni、Zr、ランタニド系金属(Ceなど)から選ばれる少なくとも1種類の元素を含む酸化物を使用することが好ましい。この他にカーボンも好適に使用できる。
水素吸着性層の平均付着量が元素として0.1mmol/m2から10mmol/m2であることが好ましい。10mmol/m2以上であると電解の進行の妨げになり、0.1mmol/m2以下であると水素吸着性層の水素吸着促進という特異的な効果が低下する。
【0025】
[水素吸着性層の製法]
水素吸着性層は熱分解法で製造することが適しているが、前記元素からなる粉末状の原料を触媒表面に適切な樹脂を用いて固定し、コーティングするか、圧着することにより製造することも可能である。また、次に示す6種のうちのいずれかの形成技術を用いることも可能であり、2以上の手法を組み合わせることも可能である。
これらの技術を使用して、直接的に金属酸化物を形成するか、金属層を形成した後、400〜800℃の酸素雰囲気中にて焼成し酸化物とすると、一部の金属酸化物は脱落し、下地の触媒層が露出した水素発生用電極が得られる。
カーボン層も同様の手法により形成することができる。
【0026】
(溶融めっき)
溶融金属中に基材を浸漬し、溶融金属を基材表面に付着させる方法である。必要に応じて付着過程において電流を流す。
Taの場合、たとえばLiF-NaF(mol%として60:40)の溶融塩にK2Ta2F7を添加し、電気炉にてAr雰囲気下800℃に維持し、電流を流すことによりTa 層を形成した後、400〜800℃の酸素雰囲気中にて焼成し、Ta2O5 から成る水素吸着性層が得られる。
【0027】
(化学蒸着法)
CVDと呼ばれ、半導体製造工程で汎用されている成膜技術である。低温で気化した金属塩と高温に加熱された固体との接触において、熱分解反応、水素還元反応、高温不均化反応等によって目的とする金属或いは金属化合物を析出させる方法である。例えば、無機塩の水素還元反応を利用する場合、Nbは水素によるNbCl5から低次のNb3Cl8の生成とその高温不均化反応による分解を繰り返しながら析出される。一方、TaはTaCl5から水素によって直接還元される。
【0028】
(物理蒸着法)
PVDと称され、真空蒸着、スパッターリング、イオンプレーティングなどの手法があり、既存の市販装置を用いることができる。真空度、基板温度、ターゲットの組成、電力を制御し、目的の薄膜を得ることができる。
【0029】
(真空蒸着法)
物理蒸着法の一態様であり、減圧された空間の中で、蒸着すべき金属を加熱し基材表面に付着させる。通常10-1〜10-2Paの範囲で制御する。
【0030】
(スパッターリング)
物理蒸着法の一態様であり、真空蒸着に比較して、低温で高融点物質の膜が得られる、大面積にわたって均一な膜が成形できる、合金組成に対応できる、応答性が速く制御しやすい、などの特徴を有し普及が進んでいる。通常10-0〜10-2Pa程度の真空中で、Arなどの希ガスをグロー放電させ、生じたイオンを電場中で加速してターゲット金属に衝突させ、ターゲット金属原子を対象基材に付着させる。前述の通り、10-0〜10-2Paの範囲で制御する。直流スパッター、高周波スパッター、マグネトロンスパッターやプラズマを生成しないイオンビームスパッターなども知られている。
【0031】
(イオンプレーティング)
物理蒸着法の一態様であり、減圧したガス中の放電状態下でプラズマ化した金属イオンを電場で加速させ、負に分極した基材に蒸着させる方法である。スパッターリングより付き回り、均一性の点で品質良好な膜を得ることが可能である。
【0032】
[電気化学セル]
食塩電解で本発明の電極を使用する場合、イオン交換膜としてはフッ素樹脂系の膜が耐食性の面から最適である。陽極はDSE、DSAと呼ばれる貴金属酸化物を有するチタン製の不溶性電極であり、膜と密着して用いることができるよう多孔性であることが好ましい。
本発明の陰極と膜を密着させる必要がある場合には前もってそれらを機械的に結合させておくか、或いは電解時に圧力を与えておけば十分である。圧力としては0.1〜30kgf/cm2が好ましい。電解条件としては、温度は60-95℃が好ましく、電流密度としては10-100A/dm2が好ましい。
アルカリ水電解、イオン交換膜を用いた純水電解における陰極としても、また燃料電池用アノード(陰極)としても利用価値がある。これらの電解条件については、Electrochemical Hydrogen Technologies p.15-62, 1990に記載がある。
【0033】
次に本発明による水素発生用電極の製造及び使用等に関する実施例を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0034】
[参考例1]
LiF-NaF(mol%として60:40)の溶融塩にK2Ta2F7を添加し、電気炉にてAr雰囲気下800℃に維持した。この溶融塩に浸漬させた白金板上に、電流密度8A/dm2、10分間電流を流し、Ta層を形成させた。これを600℃にて空気中で焼成し、酸化物とした。一部のTa酸化物は脱落し、下地の白金が露出した。XRDにてTa2O5が生成していることを確認した。
【0035】
[比較例1]
参考例1で使用した溶融塩浸漬前の白金板を比較として評価した。
【0036】
[実施例1]
陰極基体としてはニッケル板(幅2cm、高さ3cm)表面をアルミナ粒子(60番)で十分に粗面化し、20wt%の沸騰塩酸でエッチングしたものを用いた。
塩化白金酸を含む2%塩酸水溶液に、ニッケル板を浸漬して5分後に取り出し、これを60℃で乾燥後、電気炉内で500℃、10分の焼成を行った。これを3回繰り返し、最終的な全触媒量が3g/m2であるPt皮膜を有する触媒層を作製した。
【0037】
塩化タンタル溶液を5wt%溶解した液を作製し、これに上記触媒層を形成したメッシュを浸漬してからゆっくり引き上げ、これを60℃で乾燥後、電気炉内で500℃、10分の焼成を行った。これを2回繰り返し、最終的なTa2O5触媒量が0.6g/m2である水素吸着性層を有する水素発生用陰極とした。
【0038】
[実施例2]
実施例1と同様のPt電極(触媒を形成したメッシュ)を作製した。塩化チタンを5wt%溶解した液を作製し、これに上記Pt電極を浸漬してからゆっくり引き上げ、これを60℃で乾燥後、電気炉内で500℃、10分の焼成を行った。これを2回繰り返し、最終的なTiO2触媒量が0.3g/m2である水素吸着性層を有する水素発生用陰極とした。
【0039】
[実施例3]
実施例1と同様のPt電極(触媒を形成したメッシュ)を作製し、硝酸セリウム溶液(濃度)を5wt%溶解した液を作製し、これに上記触媒を形成したメッシュを浸漬してからゆっくり引き上げ、これを60℃で乾燥後、電気炉内で500℃、10分の焼成を行った。これを2回繰り返し、最終的なCeO2触媒量が0.5g/m2である水素吸着性層を有する水素発生用陰極とした。
【0040】
[実施例4]
実施例1と同様のPt電極(触媒を形成したメッシュ)を作製し、塩化ニッケル溶液(濃度)を5wt%溶解した液を作製し、これに上記触媒を形成したメッシュを浸漬してからゆっくり引き上げ、これを60℃で乾燥後、電気炉内で500℃、10分の焼成を行った。これを2回繰り返し、最終的なNiO触媒量が0.2g/m2である水素吸着性層を有する水素発生用陰極とした。
【0041】
[比較例2]
実施例1と同様の方法でPt皮膜のみを有する活性陰極を作製した。
【0042】
[実施例5]
Pt及びRu(モル比1:1)を含む2%塩酸水溶液に、実施例1のニッケル板を浸漬して5分後に取り出し、Pt-Ru金属皮膜を有する活性陰極を作製した。これに実施例1と同様にTa2O5層を形成した。
【0043】
[比較例3]
実施例4と同様の方法でPt-Ru金属皮膜のみを有する活性陰極を作製した。
【0044】
[実施例6]
硝酸セリウム、ジニトロジアンミン白金塩を原料として、組成で濃度が5wt%の塗布液を作製した。実施例1のニッケル板を前記塗布液に浸漬してからゆっくり引き上げ、これを60℃で乾燥後、電気炉内で500℃、10分の焼成を行った。これを3回繰り返したところ、最終的な全触媒量は3g/m2であった。
塩化タンタル溶液(濃度)を5wt%溶解した水溶液を作製し、これに上記触媒を形成したメッシュを浸漬してからゆっくり引き上げ、これを60℃で乾燥後、電気炉内で500℃、10分の焼成を行った。これを2回繰り返し、最終的なTa2O5触媒量が0.6g/m2である水素吸着性層を有する水素発生用陰極とした。
【0045】
[比較例4]:
実施例5と同様の方法でPt−Ce酸化物皮膜のみを有する活性陰極を作製した。
【0046】
[実施例7]
硝酸ランタン、ジニトロジアンミン白金塩を原料として、組成で濃度が5wt%の塗布液を作製した。実施例1のニッケル板を前記塗布液に浸漬してからゆっくり引き上げ、これを60℃で乾燥後、電気炉内で500℃、10分の焼成を行った。これを3回繰り返したところ、最終的な全触媒量は3g/m2であった。
塩化タンタル溶液(濃度)を5wt%溶解した水溶液を作製し、これに上記触媒を形成したメッシュを浸漬してからゆっくり引き上げ、これを60℃で乾燥後、電気炉内で500℃、10分の焼成を行った。これを2回繰り返し、最終的なTa2O5触媒量が0.6g/m2である水素吸着性層を有する水素発生用陰極とした。
【0047】
[比較例5]
実施例7と同様の方法でPt−La酸化物皮膜のみを有する活性陰極を作製した。
【0048】
[実施例、比較例及び参考例の比較]
実施例、比較例及び参考例で得られた各陰極について吸着特性等の比較を行った。その結果を添付図面に示した。
図1に、参考例1と比較例1について、硫酸50mM、室温にてポテンシャルスイープにより得られた水素の吸着波、脱離電流を示した。それらの酸素含有種の吸着電流(Ag/AgCl基準電極にて0.5V付近)は同等であったが、水素原子の吸着、脱離着電流(-0.1V付近)は10倍程度の増加があり、水素原子のスピルオーバーが観察された。図には参照のため、Ta板での特性も示してある。
【0049】
図2に、実施例1〜3と比較例2について、32wt%NaOH溶液、室温での100mV/secでの同様の結果を示した。実施例はいずれも比較例より大きい水素吸着、脱離電流が観察された。
図3に、実施例5と比較例3について、32wt%NaOH溶液、室温でのポテンシャルスイープの結果を示した。実施例は比較例より大きい水素吸着、脱離電流が観察された。
図4に、実施例6と比較例4について、32wt%NaOH溶液、室温でのポテンシャルスイープの結果を示した。実施例は比較例より大きい水素吸着、脱離電流が観察された。
【0050】
図5に、実施例7と比較例5について、32wt%NaOH溶液、室温でのポテンシャルスイープの結果を示した。実施例は比較例より大きい水素吸着、脱離電流が観察された。
図6に実施例2、6と比較例2、4について、32wt%NaOH溶液、90℃での水素発生の電流−電位関係を示した。実施例において低い水素発生電位が測定された。
【0051】
[実施例8]
電解面積が100cm2(幅5cm、高さ20cm)のセルを用いた、陰極基体としてはNiメッシュ(8mmLW、6mmSW、1mmT)とし、表面をアルミナ粒子(60番)で十分に粗面化し、20wt%の沸騰塩酸でエッチングしたものを用いた。500℃の空気雰囲気焼成炉に、20分入れてその表面にNi酸化物を形成させた。硝酸セリウム、ジニトロジアンミン白金塩を原料として、組成で濃度が5wt%の塗布液を作製した。前記ニッケルメッシュを塗布液に浸漬してからゆっくり引き上げ、これを60℃で乾燥後、電気炉内で500℃、10分の焼成を行った。これを3回繰り返したところ、最終的な全触媒量は3g/m2であった。
【0052】
塩化タンタル溶液(濃度)を5wt%溶解した水溶液を作製し、これに上記触媒を形成したメッシュを浸漬してからゆっくり引き上げ、これを60℃で乾燥後、電気炉内で500℃、10分の焼成を行った。これを3回繰り返し、最終的なTa2O5触媒量が0.9g/m2である水素吸着性層を有する水素発生用陰極とした。
陽極としてはチタン製のDSE多孔性陽極、イオン交換膜にナフィオン981(デュポン製)を用い、その両側にそれらの電極と多孔性部材を密着させた電解セルを構成した。陽極液として飽和食塩水を毎分4mlで供給し、陰極には純水を毎分0.4ml供給した。温度を90℃とし、50Aの電流を流したところ、75mVの陰極過電圧であった。1日に1時間電解を停止させながら10日間の電解後において電流効率は96%で低下はなく、陰極過電圧の上昇はなかった。セルを解体後、電極の分析を実施したが、付着物はなかった。触媒の減耗は1%以下であった。
【0053】
[比較例6]
Ta皮膜を形成させなかった以外は実施例8と同様に作製した電極で、同様の電解評価を行ったところ、85mVの陰極過電圧であった。効率は94%に減少した。陰極過電圧の上昇が10mV発生した。セルを解体後、電極の分析を実施したところ、鉄の付着が確認された。触媒の減耗が5%発生した。
【0054】
[実施例9]
実施例8で、Taの水素吸着層を形成する代わりに、PVDによりカーボンを触媒層のごく表面のみに0.05g/m2付着させた電極で同様の電解評価を行ったところ、80mVの陰極過電圧であった。電流効率は96%で低下はなく、陰極過電圧の上昇はなかった。セルを解体後、電極の分析を実施したが、付着物はなかった。触媒の減耗は2%以下であった。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】参考例1と比較例1の陰極の水素の吸着波及び脱離電流-電位特性を示すグラフ。
【図2】実施例1〜3と比較例2の水素の吸着波及び脱離電流-電位特性を示すグラフ。
【図3】実施例5と比較例3の水素の吸着波及び脱離電流-電位特性を示すグラフ。
【図4】実施例6と比較例4の水素の吸着波及び脱離電流-電位特性を示すグラフ。
【図5】実施例7と比較例5の水素の吸着波及び脱離電流-電位特性を示すグラフ。
【図6】実施例2、6と比較例2、4における水素発生の電流−電位関係を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性基材、当該導電性基材上に形成されたPt、Ir、Ru、Pd、Rhから選択される少なくとも1種類の白金族金属を含む触媒層、及び当該触媒層上に形成された水素吸着性層を含んで成ることを特徴とする水素発生用電極。
【請求項2】
導電性基材、当該導電性基材上に形成されたPt、Ir、Ru、Pd、Rhから選択される少なくとも1種類の白金族金属及び/又は白金族金属酸化物と、ランタン系金属、弁金属、鉄系金属、銀から選択される少なくとも1種類の金属及び/又は金属酸化物を含む触媒層、及び当該触媒層上に形成された水素吸着性層を含んで成ることを特徴とする水素発生用電極。
【請求項3】
水素吸着性層がTa、Nb、Ti、Ni、Zr及びランタン系金属から選択される少なくとも1種類の元素を含む酸化物である請求項1又は2記載の水素発生用電極。
【請求項4】
水素吸着性層がカーボン製である請求項1又は2記載の水素発生用電極。
【請求項5】
水素吸着性層の平均付着量が、元素として0.1mmol/m2から10mmol/m2である請求項1から4までのいずれか1項に記載の水素発生用電極。
【請求項6】
導電性基材と触媒層の間に中間層を形成した請求項1から5までのいずれか1項に記載の水素発生用電極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−240001(P2008−240001A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−77596(P2007−77596)
【出願日】平成19年3月23日(2007.3.23)
【出願人】(390014579)ペルメレック電極株式会社 (62)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】