説明

水素貯蔵体の製造方法

【課題】複雑なプロセスを必要とせず、溶媒への溶解度に限定されない高い充填量で多孔質材料の細孔内へ水素貯蔵材料LiBHを充填できる水素貯蔵体の製造方法を提供する。
【解決手段】水素貯蔵材料であるLiBHを融解させて多孔質材料に充填して水素貯蔵体を製造する方法であって、
LiBHの熱分解反応式の平衡水素圧力に基づいて決定される水素圧力下で上記融解を行なうことを特徴とする水素貯蔵体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素貯蔵材料を多孔質材料の細孔内に充填して水素貯蔵体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素はクリーンなエネルギー材料として注目されており、水素を安全に貯蔵する材料として種々の水素貯蔵材料が提案されている。中でもLiBHは水素貯蔵量が大きいため特に有望な水素貯蔵材料として期待されている。
【0003】
実際の使用に際しては、水素貯蔵材料であるLiBHを多孔質材料の細孔内に充填して水素貯蔵体とする必要がある。これは、水素貯蔵材料の分解反応が細孔内ではより低温でかつ高速で起こることを利用するためである。
【0004】
すなわち、非特許文献1には、水素貯蔵材料としてLiBHを多孔質カーボンの細孔内に充填することで、LiBHの分解がより低温かつ高速で起きることが報告されている。また、特許文献1には、水素貯蔵材料としてNHBHをSiOの細孔内に充填することで、やはり分解がより低温かつ高速で起きることが開示されている。
【0005】
非特許文献1および特許文献1の充填方法は、水素貯蔵材料を溶媒に溶かし、この溶液中に多孔質材料を浸漬することで、毛管現象により溶液を細孔内に充填した後、乾燥させて溶媒を除去する方法である。
【0006】
しかし、この方法では、溶媒への溶解限があるため、細孔内への水素貯蔵材料の充填量にも限界があった。また、水素貯蔵材料自体を融解して充填しようとしても、融解過程において水素貯蔵材料が熱分解されてしまうという問題が発生する。
【0007】
特許文献2には、組成式Li(B,N,Al)Hxから成る水素貯蔵材料が開示されているが、細孔内への充填量を高めることは特に配慮されていない。
【0008】
特許文献3には、水素貯蔵材料としてLiNHを利用するときに、細孔内に充填する方法として、Liを融解して細孔内に充填させ、空気中の窒素と反応させた後に、水素と反応させる方法が開示されている。しかし、充填処理のプロセスが複雑であり実用的でない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−528834号公報
【特許文献2】特開2005−081326号公報
【特許文献3】特開2007−330903号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】SiCahn, J.-B.Evmery, R.Janot, J.-M.Tarascon, "Improvement of the LiBH4 hydrogen desorption by inclusion into carbon", Journal of Power Sources, vol.189, pp.902-908.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、複雑なプロセスを必要とせず、溶媒への溶解度に限定されない高い充填量で多孔質材料の細孔内へ水素貯蔵材料LiBHを充填できる水素貯蔵体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するために、本発明によれば、水素貯蔵材料であるLiBHを融解させて多孔質材料に充填して水素貯蔵体を製造する方法であって、
LiBHの熱分解反応式の平衡水素圧力に基づいて決定される水素圧力下で上記融解を行なうことを特徴とする水素貯蔵体の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、LiBHの熱分解を抑止するのに十分な水素圧力下でLiBHの融解を行なうので、分解させることなくLiBH自体を融解させて細孔内に充填できるので、溶媒へのLiBHの溶解度に限定されず高い充填量が実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、水素貯蔵材料LiBHを融解して多孔質材料SiOの細孔内に充填する手順を示すフローチャートである。
【図2】図2は、多孔質材料Alの細孔容積に対するLiBH容積と細孔容積及び比表面積の関係を示すグラフである。
【図3】図3は、LiBHの分解反応に対する温度と平衡水素圧力との関係を示すグラフである。
【図4】図4は、SiOとLiBHとの混合物を各温度で加熱保持した後のXRDプロファイルである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
LiBHは、下記の式(A)または(B)により結合・分解する。
【0016】
LiBH→LiH+B+(3/2)H・・・(A)
(LiBH→LiH+B+(3/2)H)in pore・・・(B)
開放された状態での反応Aに比べて、細孔内に充填された状態での反応Bのほうが反応温度が低下するという利点があるため、本発明ではBの状態を採用した。細孔によるこの効果は細孔が微細なほど顕著であり、細孔径がナノオーダー(数nm〜数十nm)の微細な場合に特に有利である。
【0017】
本発明は、LiBHを融解させて多孔質材料に充填して水素貯蔵体を製造する際に、
LiBHの熱分解を抑止するのに十分な水素圧力下で上記融解を行なう。
【0018】
典型的には、上記水素圧力は、融解させる温度において、下記式(1)で表されるLiBHの分解反応について下記式(2)で表される平衡水素圧力PH2より大きい。
【0019】
(2/3)LiBH→(2/3)LiH+(2/3)B+H・・・式(1)
H2=exp(−ΔH/RT+ΔS/R)・・・式(2)
式(2)において、温度T〔K〕における、
ΔH:分解に伴うエンタルピー変化〔kJ・molH2−1
ΔS:分解に伴うエントロピー変化〔J・K−1・molH2−1
R:気体定数〔J・K−1・mol−1
H2:平衡水素圧力〔atm〕。
【0020】
望ましい形態においては、上記水素圧力は0.01MPa以上である。
【0021】
望ましい形態においては、上記融解させる温度が290℃以下である。そうすることによって、多孔質材料とLiBHとの反応を最小限に抑えることができる。
【実施例】
【0022】
本発明にしたがって、下記の条件および手順で、LiBHを融解して多孔質材料の細孔内に充填した。
【0023】
<用いた材料>
LiBH:Aldrich社製、純度95%
バルク材料SiO:ナカライテスク社製(粉末)
多孔質材料Al:BAM社製、ERM−FD122
バルク材料と多孔質材料の特性を下記の表1に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
図1に本実施例のフローチャートを示す。
【0026】
(1)前処理
まず、多孔質材料(Al)を300℃にて2時間ターボ分子ポンプを用いて真空にて保持することにより、付着した水分などの吸着ガス除去した。
【0027】
(2)混合
その後、表2に示す割合で多孔質材料(Al)とLiBHをメノウ乳鉢により手混ぜを5分間行なった。
【0028】
【表2】

【0029】
(3)細孔内へ充填(融解法)
混合後の試料をステンレス容器に入れ、290℃にて1.0MPaの水素圧力下で1時間保持することにより、LiBHを融解させてAlの細孔内に充填した。
【0030】
(4)充填の確認
充填を確認するために、窒素ガス吸着法により細孔容積および比表面積を測定した。窒素ガス吸着法には、ユアサ アイオニクス社製AUTOSORB−1を用いた。
【0031】
<融解処理温度の検討>
本実施例に用いたLiBHの融点は287℃であった。多孔質材料としてAlを用いて、細孔容積に対するLiBHの容積が33.33vol%LiBH4となるように両者を秤量し、メノウ乳鉢で混合した。次に、試料をステンレス製の容器に入れて、温度285℃、290℃とし、1.0MPa水素雰囲気下で1h保持して、充填の可否を調査した。
【0032】
窒素ガス吸着法により細孔容積を測定した。図2に、細孔容積に対するLiBHの容積と細孔容積および比表面積の関係を示す。
【0033】
図2の結果から、285℃では細孔容積が変化していないことから、細孔内に充填はできておらず、290℃では細孔容積が減少していることから充填できていると考えられる。したがって、細孔内に水素貯蔵材料を充填するには、少なくとも融点以上の温度が必要であることが分かる。
【0034】
<融解処理圧力の検討>
LiBHの融点(287℃)に比べ、分解生成物であるLiHの融点(680℃)およびBの融点(2180℃)は高温であるため、LiBHの融解前に分解反応が起こると融解を利用した充填はできなくなるので、LiBH→LiH+B+(3/2)H(式(1))の分解反応を抑止する必要がある。
【0035】
平衡状態における温度と水素圧力の関係式は、PH2=exp(−ΔH/RT+ΔS/R)(式(2))で表すことができ、反応式(1)の各温度におけるΔH、ΔSを代入することで、図3に示す平衡水素圧力と温度との関係が得られる。例えば、反応式(1)の290℃における熱力学的な値(ΔH290℃=−67kJ/mol、ΔS290℃=−98J/mol)より、290℃における式(1)の分解反応の抑止には、0.01MPa以上の水素圧力が必要であることが分かる。
【0036】
このように、水素貯蔵材料の分解を回避しながら融解による充填を行なうには、水素貯蔵材料の融点以上の温度Tmにおいて、水素貯蔵材料の分解を抑止できる水素圧力(>平衡水素圧力PH2)をかけることが必要である。
【0037】
<LiBHと多孔質材料との反応温度の検討>
本発明により水素貯蔵材料の融解を利用して多孔質材料の細孔内に充填する方法を行なうには、LiBHと多孔質材料との反応を極力抑制することが重要である。
【0038】
LiBHとSiOとの反応する温度を調査するために、LiBHとSiO(バルク:*)とをメノウ乳鉢で5min間手混ぜした試料を、290℃、320℃、380℃でそれぞれ3h保持した。(*:反応性のみを調べるため多孔質ではないSiOを用いた。)図4に、反応生成物のXRDチャートを示す。
【0039】
図4に示すように、290℃保持の場合は、LiBHの分解生成物であるLiHおよびBのピークが観測されたが、320℃以上で保持した場合は、SiOとLiBHの反応生成物であるLiSiOの生成が確認できた。LiBHとSiOとは320℃以上の温度で反応しているので、多孔質のSiOを用いてその細孔内にLiBHを充填する場合の温度は、少なくとも320℃より低温とする必要がある。温度が高くなるほど反応性は高まるから、融解による充填処理の温度は、少なくとも290℃以下とすることが望ましく、融点287℃とすることが最も望ましい。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明によれば、複雑なプロセスを必要とせず、溶媒への溶解度に限定されない高い充填量で多孔質材料の細孔内へ水素貯蔵材料LiBHを充填できる水素貯蔵体の製造方法が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素貯蔵材料であるLiBHを融解させて多孔質材料に充填して水素貯蔵体を製造する方法であって、
LiBHの熱分解反応式の平衡水素圧力に基づいて決定される水素圧力下で上記融解を行なうことを特徴とする水素貯蔵体の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、上記水素圧力は、融解させる温度Tにおいて、下記式(1)で表されるLiBHの分解反応について下記式(2)で表される平衡水素圧力PH2より大きいことを特徴とする水素貯蔵体の製造方法。
(2/3)LiBH→(2/3)LiH+(2/3)B+H・・・式(1)
H2=exp(−ΔH/RT+ΔS/R)・・・式(2)
式(2)において、温度T〔K〕における、
ΔH:分解に伴うエンタルピー変化〔kJ・molH2−1
ΔS:分解に伴うエントロピー変化〔J・K−1・molH2−1
R:気体定数〔J・K−1・mol−1
H2:平衡水素圧力〔atm〕
【請求項3】
請求項1または2において、上記水素圧力は0.01MPa以上であることを特徴とする水素貯蔵体の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項において、上記融解させる温度が290℃以下であることを特徴とする水素貯蔵体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−50940(P2012−50940A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−196309(P2010−196309)
【出願日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】