説明

水素透過測定装置

【課題】試料の電解質溶液との接触面積が小さい状態でも、正確な水素透過測定が行えるようにする。
【解決手段】電解質溶液101の収容側の開口部107の開口端108と電解質溶液101が接触する金属試料105の接触面109との距離が、電解質溶液101の接触面積を無限大としたときの電解質溶液101の接触している作用電極(金属試料105)の電極反応が定常状態における電解質溶液101に溶解している酸素の拡散層の厚さ以下とされている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属への水素浸入(拡散)を測定するための水素透過測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属から構成された構造物をある条件下で使用している過程で、突然に破壊が起こる現象があり、遅れ破壊と呼ばれている。この遅れ破壊のメカニズムは十分に解明されていないが、原因の1つに水素がある。水素が金属に侵入して金属の延性が失われることで、上述した遅れ破壊が起こるとされ、水素脆化と呼ばれている(非特許文献1)。多くの研究者はこの水素脆化に着目し、初期過程である金属中への水素の侵入挙動を知るため、電気化学的水素透過法で水素の拡散係数の測定を行っている。
【0003】
電気化学的水素透過法では、例えば、図5に示すように、Hg/HgO参照電極およびPt対向電極を、1MのNsOH水溶液からなる電解質溶液とともに収容した電気化学セルを用いる。測定では、試料となる鉄シートのNiめっき面が、電解質溶液に接触する状態とし、この鉄シートを作用電極とする。この状態で、ポテンショスタットを用い、作用電極の電位を参照電極に対して一定に制御して作用電極と対向電極(対極)と間に流れる電流を測定することで、鉄シートに侵入した水素を測定する(非特許文献2参照)。この測定では、鉄シートのNiめっきがされていない面は、大気に接触した状態であり、大気環境で鉄シートが腐食するときに発生する水素が、どの程度鉄シートに侵入するのかを評価する。なお、この測定は、繰り返し腐食試験室(Cyclic Corrosion Test chamber)の中で行われている。
【0004】
また、試料表面で発生した水素の侵入を評価する装置もある(非特許文献3参照)。この測定では、図6に示すように、作用極となる試料を挟み、水素浸入側および水素検出側に、各々電気化学セルを設けている。各電気化学セル内には電解質溶液が収容され、また、参照極および対極が配置されている。水素浸入側のセルでは、Ag/AgCl電極を参照極とし、Pt線を対極としている。また、水素浸入側のセルでは、Arガスを導入して脱気している。一方、水素検出側のセルでは、Ir/IrO電極を参照極とし、Pt線を対極としている。また、試料の水素検出側には、Pdめっきを形成してある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】南雲 道彦、「鋼の力学的挙動に及ぼす水素の影響」、鉄と鋼、Tetsu-to-Hagane、Vol.90、No. 10、2004.
【非特許文献2】秋山英二 他、「大気腐食環境を模擬したサイクル腐食試験下での鉄への水素侵入特性」、第57回材料と環境討論会、B-310、2010年。
【非特許文献3】矢澤 眞 他、「弱酸性溶液中における鋼の水素発生反応機構および水素侵入効率」、第57回材料と環境討論会、B-305、2010年。
【非特許文献4】「金属の腐食・防食Q&A 電気化学入門編」、腐食防食協会編、丸善株式会社、第2刷、平成17年。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した水素透過測定では、燃料電池自動車や水素スタンドに用いられる機器の材料を対象としており、測定対象の試料片は、比較的大きく、数cm2以上の大きな面積を備えている。しかしながら、上述した水素透過測定を、建築物を構成している金属部材に適用する場合、次に示すような問題がある。
【0007】
例えば、鉄筋コンクリートの鉄筋に用いられている鋼棒や鋼線の水素脆化が報告されており、これらの金属材料についても水素透過測定が重要となっている。しかしながら、これらの金属材料は、例えば直径が1cm以下であり、測定において電解質溶液と接触させる面積を大きくすることができない。このような状態では、試料となる金属材料の表面近傍における電解質溶液中の溶存酸素の拡散が安定に起こらず、金属材料と電解質溶液との接触界面(反応場)における酸素濃度が低下しやすい状態となる。また、このように酸素濃度が低下すると、反応場においては金属材料における金属のイオン化が進行し、イオン化した金属イオンが加水分解反応により水素イオン濃度の低下を引き起こす。これらの結果、試験片の表面(反応場)における化学組成が変化し、正確な測定および評価を行うことができなくなる。
【0008】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、試料の電解質溶液との接触面積が小さい状態でも、正確な水素透過測定が行えるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る水素透過測定装置は、電解質溶液が収容された電気化学セルと、電気化学セルに電解質溶液とともに収容されている参照電極と、電気化学セルに電解質溶液とともに収容されている対極と、電気が各セルの一部に設けられて作用電極となる測定対象の金属試料が固定される試料固定部と、試料固定部の電気化学セルに形成されて試料固定部に固定された試料に電解質溶液を接触可能とする開口部と、作用電極の電位を参照電極に対して一定に制御して作用電極と対極と間に流れる電流を測定する測定手段とを少なくとも備え、電解質溶液の収容側の開口部の開口端と電解質溶液が接触する金属試料の接触面との距離は、電解質溶液の接触面積を無限大としたときの電解質溶液の接触している作用電極の電極反応が定常状態における電解質溶液に溶解している酸素の拡散層の厚さ以下とされている。例えば、拡散層の厚さは、0.5mmである。
【発明の効果】
【0010】
以上説明したように、本発明によれば、電解質溶液の収容側の開口部の開口端と電解質溶液が接触する金属試料の接触面との距離を、電解質溶液の接触面積を無限大としたときの電解質溶液の接触している作用電極の電極反応が定常状態における電解質溶液に溶解している酸素の拡散層の厚さ以下としたので、試料の電解質溶液との接触面積が小さい状態でも、正確な水素透過測定が行えるようになるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、本発明の実施の形態1における水素透過測定装置の構成を示す構成図である。
【図2】図2は、電解質溶液101に対して静止している金属試料105の表面における溶存酸素濃度の状態を示す説明図である。
【図3】図3は、本発明の実施の形態2における水素透過測定装置の一部構成を示す断面図である。
【図4】図4は、本発明の実施の形態2における水素透過測定装置の一部構成を示す斜視図である。
【図5】図5は、水素透過測定装置の構成を示す構成図である。
【図6】図6は、水素透過測定装置の構成を示す構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。
【0013】
[実施の形態1]
はじめに、実施の形態1について説明する。図1は、本発明の実施の形態1における水素透過測定装置の構成を示す構成図である。この装置は、電解質溶液101が収容された電気化学セル102と、電気化学セル102に電解質溶液101とともに収容されている参照電極103と、電気化学セル102に電解質溶液101とともに収容されている対極104とを備える。
【0014】
また、電気化学セル102の一部に設けられて作用電極となる測定対象の金属試料105が固定される試料固定部106と、試料固定部106の電気化学セル102に形成されて試料固定部106に固定された金属試料105に電解質溶液101を接触可能とする開口部107と、作用電極の電位を参照電極103に対して一定に制御して作用電極と対極104と間に流れる電流を測定する測定部110とを備える。試料固定部106は、電気化学セル102の側壁111の一部に形成されている。
【0015】
加えて、電解質溶液101の収容側の開口部107の開口端108と電解質溶液101が接触する金属試料105の接触面109との距離が、電解質溶液101の接触面積を無限大(理想系)としたときの電解質溶液101の接触している作用電極(金属試料105)の電極反応が定常状態における電解質溶液101に溶解している酸素の拡散層の厚さ以下とされている。この拡散層の厚さは、0.5mmとされている(非特許文献4参照)。
【0016】
このように、開口端108と接触面109との距離を、理想系としたときの電解質溶液101の接触している作用電極の電極反応が定常状態における電解質溶液101に溶解している酸素の拡散層の厚さ以下とすることで、電解質溶液101に溶解している酸素(溶存酸素)が、電解質溶液101と金属試料105とが接触している界面(反応場)にまで十分に供給されるようになる。この結果、反応場においては、侵入してきた水素と溶存酸素との反応が支配的となり、正確な水素透過測定が行えるようになる。これにより、想定した条件における金属柱への水素浸入挙動を再現した実験が行えるようになるものと期待される。
【0017】
以下より詳細に説明する。上述したように固定されて電解質溶液101に対して静止している金属試料105(作用電極)の表面(反応場)では、電気化学反応の結果により、図2に示すように、溶存酸素濃度の勾配(濃度勾配)が形成される。ここで、濃度勾配は、電極側からの距離の軸に対するものとしている。この濃度勾配が形成されている領域が、拡散層と呼ばれている。この濃度勾配は、前述した理想系において最大値を取り、この濃度勾配が最大値を取るときの拡散層の厚さが、上述した理想系としたときの電極反応が定常状態における拡散層の厚さである。言い換えると、理想系としたときの電極反応が定常状態において、酸素の拡散層の厚さは最小値となる。
【0018】
上述した濃度勾配が、一定値以上にならないと、酸素に関する電極反応が十分に起きず、別の電極反応が生じ、例えば、金属試料105より金属の溶出が発生する。濃度勾配は、電極反応が起きている接触面109(反応場)に十分な量の物質(溶存酸素)が輸送されれば、別の電極反応が抑制できる値以上にすることができる。ここで、濃度勾配は、開口端108と接触面109との距離に対する開口端108の開口面積の比が小さいほど、小さな値となる。従って、開口面積が小さい場合、これに対応して上記距離を小さくすれば、濃度勾配の減少が抑制できる。
【0019】
ところで、前述したように、理想系においても拡散層には厚さがあり、上述した濃度勾配には、90°より小さい範囲に最大値があり、これを超えて溶存酸素の輸送効率を向上させることはできない。言い換えると、開口面積を固定した場合、開口端108と接触面109との距離が、理想系における拡散層の厚さとなると、溶存酸素の輸送効率が最大となる。従って、開口端108と接触面109との距離が、理想系を考えたときの溶存酸素の拡散層厚さ以下となっていれば、十分な溶存酸素が存在する状態で電極反応が起こせるので、正確な水素透過測定が行えるようになる。なお、開口端108と接触面109との距離が、理想系を考えたときの溶存酸素の拡散層厚さとなっていれば、最大の効率が得られ、これ以上に小さくしても効率の向上は得られないものと考えられる。
【0020】
[実施の形態2]
次に、実施の形態2について、図3,4を用いて説明する。図3は、本発明の実施の形態2における水素透過測定装置の一部構成を示す断面図である。また、図4は、水素透過測定装置の一部構成を示す斜視図である。
【0021】
この水素透過測定装置は、電解質溶液301が収容された水素検出側セル(電気化学セル)302と、水素検出側セル302の一部に設けられて作用電極となる測定対象の金属試料305が固定される試料固定部306と、試料固定部306の水素検出側セル302に形成されて試料固定部306に固定された金属試料305に電解質溶液301を接触可能とする開口部307とを備える。試料固定部306(開口部307)は、水素検出側セル302の側壁311の一部に形成されている。
【0022】
また、電解質溶液301の収容側の開口部307の開口端308と電解質溶液301が接触する金属試料305の接触面309との距離が、電解質溶液301の接触面積を無限大としたときの電解質溶液301の接触している作用電極(金属試料305)の電極反応が定常状態における電解質溶液301に溶解している酸素の拡散層の厚さである0.5mmとされている。
【0023】
また、試料固定部306(開口部307)において、金属試料305が配置される側にOリング収容部312が形成され、Oリング収容部312に収容されたOリング313を備える。Oリング313により、金属試料305と開口部307との間を液密構造としている。Oリング313は、例えば、シリコーンゴムなどから構成されたものであればよい。
【0024】
また、水素検出側セル302と対向して配置された水素浸入側セル(電気化学セル)322を備える。水素浸入側セル322も、電解質溶液321を収容し、また、水素浸入側セル322の一部に設けられて作用電極となる測定対象の金属試料305が固定される試料固定部326と、試料固定部326の水素浸入側セル322に形成されて試料固定部326に固定された金属試料305に電解質溶液321を接触可能とする開口部327とを備える。試料固定部326(開口部327)は、水素浸入側セル322の側壁331の一部に形成されている。
【0025】
また、電解質溶液321の収容側の開口部327の開口端328と電解質溶液321が接触する金属試料305の接触面329との距離が、電解質溶液321の接触面積を無限大としたときの電解質溶液321の接触している作用電極(金属試料305)の電極反応が定常状態における電解質溶液321に溶解している酸素の拡散層の厚さである0.5mmとされている。
【0026】
また、試料固定部326(開口部327)において、金属試料305が配置される側にOリング収容部332が形成され、Oリング収容部332に収容されたOリング333を備える。Oリング333により、金属試料305と開口部327との間を液密構造としている。これらの液密構造は、前述した水素検出側セル302と同様であり、Oリング333も、例えば、シリコーンゴムなどから構成されたものであればよい。
【0027】
ここで、開口部307の電解質溶液301の収容側の壁部310の壁厚は0.3mm程度とすることできるので、直径0.2mm程度のOリング313を用いれば、開口端308と接触面309との距離を0.5mmとすることができる。同様に、開口部327の電解質溶液321の収容側の壁部330の壁厚は0.3mm程度とすることできるので、直径0.2mm程度のOリング333を用いれば、開口端328と接触面329との距離を0.5mmとすることができる。
【0028】
なお、図4の斜視図に示すように、側壁311および側壁331は、金属試料305を挟んで対向配置されている。側壁311および側壁331を、各々金属試料305の配置側に所定の力で押し付けることで、Oリング313およびOリング333が変形して密封機能が発揮されるようになる。側壁311および側壁331には、各々の延長部に穴314および穴334が形成され、対となる穴314および穴334にボルトなどを通して締め付けることで、側壁311および側壁331を、各々金属試料305の配置側に押し付けることができる。また、図3および図4には示していないが、水素検出側セル302および水素浸入側セル322の各々は、参照極および対極を備え、また、測定部を備えている。
【0029】
本実施の形態においても、前述した実施の形態1と同様に、このように、開口端308と接触面309との距離、および開口端328と接触面329との距離を0.5mmとしているので、電解質溶液301および電解質溶液321に溶解している溶存酸素が、金属試料305とが接触している界面にまで十分に供給されるようになる。この結果、界面においては、侵入してきた水素と溶存酸素との反応が支配的となり、正確な水素透過測定が行えるようになる。
【0030】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。例えば、電気化学セルに収容している電解質溶液を撹拌するようにしてもよい。この撹拌は、溶液内に配置したファンにより行うようにしてもよく、また、マグネティックスターラーにより行うようにしてもよい。また、酸素以外の電解質溶液中の溶質についても、電極表面における局所的な濃度の変化を抑制することが可能である。
【符号の説明】
【0031】
101…電解質溶液、102…電気化学セル、103…参照電極、104…対極、105…金属試料、106…試料固定部、107…開口部、108…開口端、109…接触面、110…測定部、111…側壁。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質溶液が収容された電気化学セルと、
前記電気化学セルに前記電解質溶液とともに収容されている参照電極と、
前記電気化学セルに前記電解質溶液とともに収容されている対極と、
前記電気が各セルの一部に設けられて作用電極となる測定対象の金属試料が固定される試料固定部と、
前記試料固定部の前記電気化学セルに形成されて前記試料固定部に固定された試料に前記電解質溶液を接触可能とする開口部と、
前記作用電極の電位を前記参照電極に対して一定に制御して前記作用電極と前記対極と間に流れる電流を測定する測定手段と
を少なくとも備え、
前記電解質溶液の収容側の前記開口部の開口端と前記電解質溶液が接触する前記金属試料の接触面との距離は、前記電解質溶液の接触面積を無限大としたときの前記電解質溶液の接触している作用電極の電極反応が定常状態における前記電解質溶液に溶解している酸素の拡散層の厚さ以下とされている
ことを特徴とする水素透過測定装置。
【請求項2】
請求項1記載の水素透過測定装置において、
前記拡散層の厚さは、0.5mmであることを特徴とする水素透過測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−159485(P2012−159485A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−21437(P2011−21437)
【出願日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)