説明

水難溶性薬理活性物質の薬理活性を維持しながら水溶性を付与する方法

【課題】実用上十分な水溶性を有するとともに薬理活性が維持された水難溶性薬理活性物質複合体を提供する。
【解決手段】水難溶性薬理活性物質と、β−1,3結合に対するβ−1,6結合の分岐度が50〜100%であるβ-1,3-1,6-D-グルカンとの複合体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水難溶性薬理活性物質を含む水溶性の複合体、その製造方法、及び水難溶性薬理活性物質の薬理活性を維持しながら水溶性を付与する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
優れた薬理活性を有していても水に難溶性であるために、医薬製剤化し難い物質が多く存在する。
例えば、チャビコール化合物の一つである1’-アセトキシチャビコールアセテート(ACA)は中国南部や東南アジア地域で胃薬や鎮痛薬、ショウガの代替品として用いられているLanguas galangaや Alpinia galangaといったショウガ科の根茎から単離された、抗腫瘍性(非特許文献1)、抗炎症性(非特許文献2)、コラーゲン産生促進(特許文献1)など様々な効果を有する生理活性物質である。これまでの研究でACAはFas及びミトコンドリアを介した二つのアポトーシス誘導経路を活性化するだけでなく(非特許文献3)、核移行転写因子であるNF-κB活性化の抑制効果を有することも報告されている(非特許文献4)。
ところが、ACAは難水溶性であり、通常、in vitroでの実験ではDMSOもしくはEtOH溶液として使用される。in vivoでの実験で難水溶性化合物を用いる場合、ひまし油あるいはその誘導体を用いて使用されるが、これら溶剤による毒性等も考慮する必要が生じる。そのため薬剤として用いるにはその水溶化が課題であるが、これまでに薬理活性を維持したままACAの水への可溶化に成功した報告例はない。
【0003】
また、クルクミンは、ウコンやターメリックに含まれるポリフェノールの一種であるクルクミノイド黄色色素成分であり、抗酸化作用、抗炎症作用を有することから、飲食品、健康食品等に利用されてきた。また、最近の研究では、クルクミンがアルツハイマ−病における神経系のダメ−ジの防御能(アミロイド形成阻害能)を有することが明らかになっている(非特許文献5)。さらに、クルクミンは、特異的にがん細胞のアポトーシスの誘導能などの生理活性があることが明らかとなり、抗腫瘍作用、抗ガン活性が注目されている(特許文献2、非特許文献6)。このように、クルクミンの生理活性と医学的有用性が盛んに研究されている。
しかし、クルクミンは難水溶性であるため、主に原料のウコン等から有機溶媒によって抽出される。しかし、この方法によって得られたクルクミンは有機溶媒の除去等が必要である上に、水に溶かすことができず、利用し難い。また、クルクミンは、水に溶けないため、そのまま摂取しても腸管ではあまり吸収されず、体外に排泄されてしまう。
【0004】
また、コエンザイムQ10等のユビキノンはミトコンドリア内膜や原核生物の細胞膜に存在する電子伝達体の1つであり、電子伝達系において呼吸鎖複合体IとIIIの電子の仲介を果たしているベンゾキノンの誘導体である。ユビキノンは、比較的長いイソプレン側鎖を持つので、その疎水性のために膜中に保持されることとなる。ユビキノンの抗酸化作用がマウスの老人性難聴の予防に効果があることが知られている(非特許文献7)。このように、ユビキノンは、抗酸化作用を有することから、飲食品、健康食品等に利用されてきた。
しかし、コエンザイムQ10等のユビキノンは難水溶性であり、発酵法によって生産されている。しかし、この方法によって得られたコエンザイムQ10は水に溶かすことができず、利用し難いという問題がある。また、コエンザイムQ10は、水に溶けないため、そのまま摂取しても腸管ではあまり吸収されず、体外に排泄されてしまう。そこで、コエンザイムQ10を溶媒、及び、キャリアオイルを含むソフトゲルカプセルとし、血漿中のコエンザイムQ10の吸収水準、及び、生物学的利用能水準を上昇させる方法が記載されている(特許文献3)。しかしながら、上記記載の方法では油脂等を用いるため、これら油脂による毒性等も考慮する必要が生じる。
【0005】
また、ビタミンD(vitaminD) は、ビタミンの一種であり、脂溶性ビタミンに分類される。ビタミンDは、ビタミンD2(エルゴカルシフェロール、Ergocalciferol)とビタミンD3(コレカルシフェロール、Cholecalciferol)に分けられる。ビタミンD2は植物に、ビタミンD3は動物に多く含まれ、ヒトではビタミンD3が重要な働きを果たしている。ビタミンDは、活性型ビタミンD(カルシトリオールまたは、1,25-ジヒドロキシコレカルシフェロール)として、血中のカルシウム(Ca2+)濃度を高める作用がある(非特許文献8)。また、ビタミンDは免疫反応などへの関与も示唆されている(非特許文献9)。
しかし、ビタミンDは難水溶性であり、利用し難いという問題がある。また、ビタミンD3は、水に溶けないため、そのまま摂取しても腸管ではあまり吸収されず、体外に排泄されてしまう。そこで、親油性の薬剤(ビタミンD)、非イオン性可溶化剤、親油性の酸化防止剤を含む組成物を水性溶媒中で可溶化する方法が記載されている(特許文献4)。しかしながら、上記記載の方法では、非イオン性可溶化剤や親油性の酸化防止剤を用いるため、ビタミンD本来の薬理活性を阻害してしまう恐れがある。
【0006】
また、パクリタキセル(タキソール)は、抗癌剤の一種であり、太平洋イチイ (Taxus brevifolia) の樹皮から分離された物質である。微小管に結合して安定化させ脱重合を阻害することで、腫瘍細胞の分裂を阻害する(非特許文献10)。
しかし、パクリタキセル(タキソール)は難水溶性であり、現在はエタノール溶液として、もしくはリポソーム化剤のような水溶化技術により抗癌剤として利用されており、投与方法に制限が存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009-079004号公報
【特許文献2】特開2009-195198号公報
【特許文献3】特開2007-297395号公報
【特許文献4】特表2006-502185号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Cancer Res. 2005, 65, 4417.
【非特許文献2】Bioorg. Med. Chem.Lett. 2003, 13, 3197.
【非特許文献3】Clin. Cancer Res. 2004, 10, 2120.
【非特許文献4】J. Immunol. 2005, 174, 7383.
【非特許文献5】J. Biol. Chem. 2005, 280, 5892.
【非特許文献6】Bioorg. Med. Chem.Lett. 2003, 13, 3197.
【非特許文献7】Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 2009, 106, 19432.
【非特許文献8】Voet, Donald; Voet, Judith G. (2004). Biochemistry. Volume one. Biomolecules, mechanisms of enzyme action, and metabolism, 3rd edition, pp. 663-664. New York: John Wiley & Sons.
【非特許文献9】Am. J. Clin. Nutr. 2004, 80, 1717S.
【非特許文献10】J. Natl. Med. Assoc. 1993, 85, 427.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、実用上十分な水溶性を有するとともに薬理活性が維持された水難溶性薬理活性物質複合体、及び水難溶性薬理活性物質の薬理活性を損なうことなく実用上十分な水溶性を水難溶性薬理活性物質に与えることができる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために研究を重ね、β-1,3-1,6-D-グルカンの中でも、特に主鎖のβ-1,3結合に対する側鎖のβ-1,6結合の比率(分岐度)が50〜100%であるβ-1,3-1,6-D-グルカンとの複合体にすることにより、水難溶性薬理活性物質の水溶性を著しく向上させることができることを見出した。また、驚くべきことに、複合体になっているにもかかわらず、水難溶性薬理活性物質の薬理活性が維持されていることを見出した。
本発明はこれらの知見に基づき完成されたものであり、以下の水難溶性薬理活性物質複合体、その製造方法、及び水難溶性薬理活性物質の薬理活性を維持しながら水溶性を付与する方法を提供する。
【0011】
項1. 水難溶性薬理活性物質と、β−1,3結合に対するβ−1,6結合の分岐度が50〜100%であるβ-1,3-1,6-D-グルカンとの複合体。
項2. 水難溶性薬理活性物質が分子量100〜3,000の物質である項1に記載の複合体。
項3. 水難溶性薬理活性物質が、下記一般式(1)
【化1】

(式中、2’-3’結合は単結合もしくは二重結合である。R1, R, R及びRは、同一または異なって、水素、メトキシ基、又はRCOO-基(Rは炭素数1〜4のアルキル基)を示す。)
で表される化合物である項1に記載の複合体。
項4. 水難溶性薬理活性物質が、クルクミンである項1に記載の複合体。
項5. 水難溶性薬理活性物質が、下記一般式(2)
【化2】

[式中、nは6〜10の整数を示す。]
で表されるユビキノンである項1に記載の複合体。
項6. 水難溶性薬理活性物質が、ビタミンDである項1に記載の複合体。
項7. 水難溶性薬理活性物質が、パクリタキセル(タキソール)である項1に記載の複合体。
項8. 水難溶性薬理活性物質と、β−1,3結合に対するβ−1,6結合の分岐度が50〜100%であるβ-1,3-1,6-D-グルカンとを固体状態のままで撹拌する工程と、この混合物に水を添加して撹拌する工程とを含む、水難溶性薬理活性物質の薬理活性を維持しながら水溶性を付与する方法。
項9. 水難溶性薬理活性物質と、β−1,3結合に対するβ−1,6結合の分岐度が50〜100%であるβ-1,3-1,6-D-グルカンとを極性溶媒中で混合する工程と、得られる混合物に水を加えて熟成する工程とを含む、水難溶性薬理活性物質の薬理活性を維持しながら水溶性を付与する方法。
項10. 水難溶性薬理活性物質と、β−1,3結合に対するβ−1,6結合の分岐度が50〜100%であるβ-1,3-1,6-D-グルカンとを固体状態のままで撹拌する工程と、この混合物に水を添加して撹拌する工程とを含む、水難溶性薬理活性物質とβ-1,3-1,6-D-グルカンとの複合体の製造方法。
項11. 水難溶性薬理活性物質と、β−1,3結合に対するβ−1,6結合の分岐度が50〜100%であるβ-1,3-1,6-D-グルカンとを極性溶媒中で混合する工程と、得られる混合物に水を加えて熟成する工程とを含む、水難溶性薬理活性物質とβ-1,3-1,6-D-グルカンとの複合体の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、水難溶性薬理活性物質の薬理活性を損なうことなく、この物質に水溶性を付与することができる。これにより、水難溶性薬理活性物質の製剤化、及び生体への吸収が可能となった。また、食品成分としても利用されるβ-1,3-1,6-D-グルカンを用いて水難溶性薬理活性物質を水可溶化しているため、本発明の複合体は安全性が高く、健康食品、機能性食品、化粧品、医薬などとして実用可能なものである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実験例で得たオーレオバシジウム・プルランス由来のグルカンのH NMRスペクトルである。
【図2】実験例で得たオーレオバシジウム・プルランス由来のグルカンの超音波照射したときの培養液の粒度分布を示す図である。
【図3】H NMRより算出したβ-1,3-1,6-D-グルカン/ACA複合体組成比を示す図である。
【図4】β-1,3-1,6-D-グルカンおよびそのACA複合体のRAW264.7細胞に対する細胞障害性を示す図である。グラフの縦軸は細胞生存率を示し、図中の濃度はACA濃度を示す。
【図5】マクロファージ細胞におけるLPS刺激後のIκBα分解に対するACA複合体の抑制効果を示す図である。
【図6】ヒト由来線維芽細胞の顕微鏡観察図、及びI型コラーゲン染色像図である。
【図7】β-1,3-1,6-D-グルカン(アクアβ)により水可溶化されたクルクミンの吸収スペクトルである。
【図8】β-1,3-1,6-D-グルカン(アクアβ)により水可溶化されたコエンザイムQ10の吸収スペクトルである。
【図9】β-1,3-1,6-D-グルカン(アクアβ)により水可溶化されたビタミンD3の吸収スペクトルである。
【図10】β-1,3-1,6-D-グルカン(アクアβ)により水可溶化されたパクリタキセル(タキソール)の吸収スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
(1)複合体
本発明の複合体は、水難溶性薬理活性物質と、主鎖のβ-1,3結合に対する側鎖のβ-1,6結合の比率(分岐度)が50〜100%であるβ-1,3-1,6-D-グルカンとの複合体である。
【0015】
(1−1)水難溶性薬理活性物質
水難溶性薬理活性物質とは、水に対する溶解度が10mg/ml以下の薬理活性物質を意味する。例えば、第15改正日本薬局方、通則で規定されている常温(15〜25℃)における溶解性が「極めて溶けにくい」及び「ほとんど溶けない」に該当する薬物が、水難溶性薬理活性物質に該当する。
本発明において、水難溶性薬理活性物質の種類は特に限定されない。
代表的には、下記一般式(1)
【化3】

(式中、2’-3’結合は単結合もしくは二重結合である。R1, R, R及びRは、同一または異なって、水素、メトキシ基、又はRCOO-基(Rは炭素数1〜4のアルキル基)を示す。)
で表される化合物が挙げられる。
【0016】
一般式(1)で示される化合物には、例えば、1’-アセトキシチャビコール アセテート(2’-3’: C=C, R1= R= CHCOO-, R= R= H-、以下ACAと称する)、ジヒドロ-1’-アセトキシチャビコール アセテート(2’-3’: C-C, R= R= CHCOO-, R= R= H-)、1’-アセトキシオイゲノール アセテート(2’-3’: C=C, R= R= CHCOO-, R= CHO-, R= H-)、1’,2-ジアセトキシチャビコール アセテート(2’-3’: C=C, R= R= R= CHCOO-, R= H-)などが含まれる。中でも、薬理活性が強く医薬として有用である点で、ACAが好適である。ACAの分子量は234である。
また、上記一般式(1)で示される化合物は光学異性体を包含し、例えばラセミ体、R体、S体を包含する。
【0017】
また、クルクミンも好適な水難溶性薬理活性物質である。クルクミンの構造式を以下に示す。
【化4】

クルクミンは、いずれの生物由来のものでも使用できる。例えば、ターメリック(Curcuma longa L.)のほか、マンゴージシジャー、インド産アロールート、ガジュツ、黄色ガジュツ、黒色ガジュツ、ガランガール等の植物由来のものを例示できる。クルクミンの分子量は368.38である。
【0018】
また、ユビキノンも好適な水難溶性薬理活性物質である。ユビキノンの構造式を以下に示す。
【化5】

[式中、nは6〜10の整数を示す。]
【0019】
上記の一般式(2)で表されるユビキノンの分子量は599〜863である。上記の一般式(2)で表されるユビキノンの中でも、n=10のもの(コエンザイムQ10)が好ましい。本発明で用いるコエンザイムQ10は、牛等の動物の心臓から抽出されるものでもよく、合成法、発酵法で得たものでもよい。また、市販品を購入することもできる。市販品としては、食品素材コエンザイムQ10(日清ファルマ(株)製、商品名)、カネカ・コエンザイムQ10(鐘淵化学(株)製、商品名)、CoEnzymeQ10(旭化成(株)製、商品名)、BioQ10(三菱ガス化学社製)、和光純薬工業社製コエンザイムQ10等が挙げられる。ユビキノンの純度は限定されないが、本発明の複合体は、医薬、サプリメント、飲料、食品、化粧料に適用されるものであるため、用途に応じて純度が高いものを用いることが望ましい。
【0020】
また、ビタミンDも好適な水難溶性薬理活性物質である。ビタミンDとしては、エルゴカシフェロール(ビタミンD2)、コレカルシフェロール(ビタミンD3)が挙げられる。エルゴカシフェロールの分子量は396.65であり、コレカルシフェロールの分子量は384.64である。ビタミンDの中でも、下記式(3)で表されるビタミンD3が好ましい。
【化6】

【0021】
また、パクリタキセル(Paclitaxel)(タキソール)も好適な水難溶性薬理活性物質である。パクリタキセルの構造を下記式(4)に示す。パクリタキセルの分子量は853.9である。
【化7】

【0022】
その他、水難溶性薬理活性物質として、脂溶性ビタミン及び補酵素、化学療法薬;抗真菌薬;経口避妊薬、ニコチン又はニコチン置換薬、ミネラル、鎮痛薬、制酸薬、筋弛緩薬、抗ヒスタミン薬、鬱血除去薬、麻酔薬、鎮咳薬、利尿薬、抗炎症薬、抗生物質、抗ウイルス薬、精神治療薬、抗糖尿病薬及び心臓血管薬、栄養補助食品及び栄養補助剤などを例示することができる。
脂溶性ビタミン及び補酵素は、特に限定されないが、ニコチン酸、ピリドキシン、コリン、パラアミノ安息香酸、ビタミンA及びカロテノイド、レチノイン酸、ビタミンE、ビタミンKなどを例示できる。カロテノイドとしては、αカロテン、βカロテン、γカロテン、δカロテン、リコピンのようなカロテン類;ルテイン、ゼアキサンチン、カンタキサンチン、フコキサンチン、アントラキサンチン、ビオラキサンチンのようなキサントフィル類が挙げられる。
また、上記例示した水難溶性薬理活性物質の中でも植物性のものが好ましく、例えば、ポリフェノール(ブドウ種子抽出ポリフェノールなど)、イソフラボン(ダイズイソフラボンなど)、レスベラトロール、エピゲニン、アロエベラ,エキナセア、カモミール、Hammamelis抽出物、フィーバーヒューパルテノライドのような抗炎症性植物抽出物;中国のzizipus jujubaのような抗乾癬薬;Hammamelisのような収斂剤;アルテミシア、カモミール、ゴールデンシールのような抗菌薬;エキナセアのような免疫調節薬;抗加齢薬;ドセタキセル、カンプトテシンのような抗癌薬;抗光障害薬;回春薬などを例示できる。
また、シロスタゾール、レバミピド、アリピプラゾール、シクロスポリン、ニフェジピン、セラミドなども挙げられる。
【0023】
主鎖のβ-1,3結合に対する側鎖のβ-1,6結合の比率(分岐度)が50〜100%であるβ-1,3-1,6-D-グルカンとの複合体にすることにより水溶化できるか否かには、水難溶性薬理活性物質の大きさも影響する場合がある。物質の大きさの一つの指標として分子量がある。本発明において、水難溶性薬理活性物質の分子量は、約100〜3,000が好ましく、約150〜2,000がより好ましく、約200〜1,000がさらにより好ましい。
【0024】
(1−2)β-1,3-1,6-D-グルカン
本発明に用いるβ-1,3-1,6-D-グルカンにおいて、主鎖のβ-1,3結合に対する側鎖のβ-1,6結合の比率である分岐度は、通常約50〜100%、好ましくは約75〜100%、より好ましくは約85〜100%であればよい。
β-1,3-1,6-D-グルカンが上記分岐度を有することは、β-1,3-1,6-D-グルカンをエキソ型のβ−1,3−グルカナーゼ(キタラーゼ M、ケイアイ化成製)で加水分解処理した場合に分解生成物としてグルコースとゲンチオビオースが遊離すること、及びNMRの積算比から確認できる(今中忠行 監修、微生物利用の大展開、1012-1015、エヌ・ティー・エス(2002))。
【0025】
(a)オーレオバシジウム属微生物が生産するβ-1,3-1,6-D-グルカン
上記の分岐度を有するβ-1,3-1,6-D-グルカンは、オーレオバシジウム属(Aureobasidium sp.)に属する微生物から得ることができる。
オーレオバシジウム属(Aureobasidium sp.)に属する微生物由来のβ-1,3-1,6-D-グルカンは、1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする溶液のH NMRスペクトルが約4.7ppm及び約4.5ppmの2つのシグナルを有する。NMRの測定値は条件の微妙な変化によって変化し、また誤差を伴うことは周知のことであることから、「約4.7ppm」「約4.5ppm」は、通常予測される範囲の測定値の変動幅(例えば±0.2)を含む数値を意味する。
上記の分岐度を有するβ-1,3-1,6-D-グルカンは、水溶液の30℃、pH5.0、濃度0.5(w/v%)における粘度が、好ましくは200cP(mPa・s)以下、より好ましくは100cP(mPa・s)以下、さらに好ましくは50cP(mPa・s)以下のものである。上記粘度の下限値は通常10cP(mPa・s)程度であり得る。
本発明において、粘度は、BM型回転粘度計を用いて測定した値である。
オーレオバシジウム属の微生物が産生するβ-1,3-1,6-D-グルカンは、菌体外に分泌されるため、キノコ類やパン酵母の細胞壁に含まれるβ-グルカンと比べて、回収が容易であり、また水溶性である点で好ましいものである。オーレオバシジウム属の微生物は、分子量が100万以上の高分子量のグルカンから分子量が数万程度の低分子のグルカンまでを培養条件に応じて産生することができる。
【0026】
中でも、オーレオバシジウム・プルランス(Aureobasidium pullulans)が生産するものが好ましく、オーレオバシジウム・プルランスGM-NH-1A1株、又はGM-NH-1A2株(独立行政法人産業技術研究所特許生物寄託センターにそれぞれFERM P-19285及びFERM P-19286として寄託済み)が産生するものが好ましい。GM-NH-1A1株及びGM-NH-1A2株は、オーレオバシジウム属(Aureobasidium sp.)K-1株の変異株である。オーレオバシジウム属K−1株は、分子量200万以上と100万程度の2種類のβ-1,3-1,6-D-グルカンを産生することが知られている。
また、オーレオバシジウム属微生物が産生するβ-1,3-1,6-D-グルカンは、通常、硫黄含有基を有するところ、K-1株の産生するβ−グルカンはスルホ酢酸基を有することが知られている(Arg.Biol.Chem.,47,1167-1172(1983)),科学と工業,64,131-135(1990))。GM-NH-1A1株、及びGM-NH-1A2株が生産するβ-1,3-1,6-D-グルカンもスルホ酢酸基を有すると考えられる。オーレオバシジウム属微生物の中には、リン酸基のようなリン含有基、リンゴ酸基などを含むβ-1,3-1,6-D-グルカンを産生する菌種、菌株も存在する。
【0027】
GM-NH-1A1株及びGM-NH-1A2株は、後に実施例において示すようにメインピークが見かけ上50〜250万の高分子量のβ−グルカン(微粒子グルカン)とメインピークが見かけ上2〜30万の低分子量のβ−グルカンの両方を産生する菌株である。この微粒子状グルカンは、一次粒子径が0.05〜2μm程度である。
β-1,3-1,6-D-グルカンの溶解度は、pH及び温度に依存する。このβ-1,3-1,6-D-グルカンは、pH3.5、温度25℃の条件で2mg/ml水溶液を調製しようとすると、その50重量%以上が一次粒子径0.05〜2μmの微粒子を形成し、残部は水に溶解する。本発明において粒子径は、レーザー回折散乱法により測定した値である。
【0028】
β-1,3-1,6-D-グルカンは、水溶液にしたときの粘度が、オーレオバシジウム属微生物が産生する天然型β-1,3-1,6-D-グルカンより低いものが好ましい。この低粘度β-1,3-1,6-D-グルカンは、水溶液の30℃、pH5.0、濃度0.5(w/v%)における粘度が、通常200cP(mPa・s)以下であり、より好ましくは100cP(mPa・s)以下であり、さらに好ましくは50cP(mPa・s)以下であり、よりさらに好ましくは10cP以下である。
この低粘度グルカンは、オーレオバシジウム属微生物が産生する天然型β-1,3-1,6-D-グルカンと同様の一次構造を有し得る。具体的には、1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする溶液のHNMRスペクトルが約4.7ppm及び約4.5ppmの2つのシグナルを有するものである。NMRの測定値は条件の微妙な変化によって変化し、また誤差を伴うことは周知のことであることから、「約4.7ppm」「約4.5ppm」は、通常予測される範囲の測定値の変動幅(例えば±0.2)を含む数値を意味する。
【0029】
β-1,3-1,6-D-グルカンは、金属イオン濃度が、β-1,3-1,6-D-グルカンの固形分1g当たり0.4g以下であることが好ましく、0.2g以下であることがより好ましく、0.1g以下であることがさらにより好ましい。原料β-1,3-1,6-D-グルカンが水溶液状態のものである場合は、金属イオン濃度は、水溶液の100ml当たり120mg以下であることが好ましく、50mg以下であることがより好ましく、20mg以下であることがさらにより好ましい。
ここでいう金属イオンには、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、第3〜第5族金属イオン、遷移金属イオンなどが含まれるが、混入する可能性のある金属イオンとしては、代表的には、低粘度β-1,3-1,6-D-グルカンの製造において使用されるアルカリ由来のカリウムイオン、ナトリウムイオンなどが挙げられる。金属イオン濃度は、限外ろ過や透析により調整できる。
金属イオン濃度が上記範囲であれば、水溶液状態で保存する場合や、水溶液状態で加熱滅菌する際に、β-1,3-1,6-D-グルカンのゲル化、凝集、沈殿が生じ難い。また、固形で使用する場合は、再溶解させる場合に凝集などが生じ難い。
【0030】
(b)オーレオバシジウム属微生物によるβ-1,3-1,6-D-グルカンの生産方法
分岐度50〜100%のβ-1,3-1,6-D-グルカンは、例えば、これを産生する微生物の培養上清に有機溶媒を添加することにより沈殿物として得ることができる。
また、オーレオバシジウム属の微生物を培養して、β-1,3-1,6-D-グルカンを産生させる方法は種々報告されている。培養培地に使用できる炭素源としては、シュークロース、グルコース、フラクトースなどの炭水化物、ペプトンや酵母エキスなどの有機栄養源等を挙げることができる。窒素源としては、硫酸アンモニウムや硝酸ナトリウム、硝酸カリウムなどの無機窒素源等を挙げることができる。場合によってはβ−グルカンの産生量を上昇させるために適宜、塩化ナトリウム、塩化カリウム、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩などの無機塩、更には鉄、銅、マンガンなどの微量金属塩やビタミン類等を添加するのも有効な方法である。
【0031】
オーレオバシジウム属微生物を、炭素源としてシュークロースを含むツアペック培地にアスコルビン酸を添加した培地で培養した場合、高濃度のβ-1,3-1,6-D-グルカンを産生することが報告されている(Arg.Biol.Chem.,47,1167-1172(1983));科学と工業,64,131-135(1990);特開平7−51082号公報)。しかし、培地は、微生物が生育し、β-1,3-1,6-D-グルカンを生産するものなら特に限定されない。必要に応じて酵母エキスやペプトンなどの有機栄養源を添加してもよい。
オーレオバシジウム属の微生物を上記培地で好気培養するための条件としては、10〜45℃程度、好ましくは20〜35℃程度の温度条件、3〜7程度、好ましくは3.5〜5程度のpH条件等が挙げられる。
効果的に培養pHを制御するためにアルカリ、あるいは酸で培養液のpHを制御することも可能である。更に培養液の消泡のために適宜、消泡剤を添加してもよい。培養時間は通常1〜10日間程度、好ましくは1〜4日間程度であり、これによりβ−グルカンを産生することが可能である。なお、β−グルカンの産生量を測定しながら培養時間を決めてもよい。
上記条件下オーレオバシジウム属の微生物を4〜6日間程度通気攪拌培養すると、培養液にはβ-1,3-1,6-D-グルカンを主成分とするβ−グルカン多糖が0.1%(w/v)〜数%(w/v)含有されており、その培養液の粘度はBM型回転粘度計(東機産業社製)により30℃では数百cP([mPa・s])から数千cP([mPa・s])という非常に高い粘度を有する。この培養を遠心分離して得られる上清に例えば有機溶媒を添加することにより、β-1,3-1,6-D-グルカンを沈殿物として得ることができる。
【0032】
<低粘度β-1,3-1,6-D-グルカンの製造方法>
上記の高粘度のβ-1,3-1,6-D-グルカンを含む培養液を、常温で攪拌しながら、これにアルカリを添加すると、急激に粘度が低下する。
アルカリは、水溶性で、かつ医薬品や食品添加物として用いることができるものであればよく、特に限定されない。例えば、炭酸カルシウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、炭酸アンモニウム水溶液などの炭酸アルカリ水溶液;水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液などの水酸化アルカリ水溶液;あるいはアンモニア水溶液などを使用できる。アルカリは、培養液のpHが12以上、好ましくは13以上になるように添加してもよい。例えば水酸化ナトリウムを使用して培養液のpHを上げる場合は、水酸化ナトリウムの最終濃度が好ましくは0.5%(w/v)以上、より好ましくは1.25%(w/v)以上になるように添加すればよい。培養液にアルカリを添加し、良く攪拌すると、瞬時に培養液の粘度が低下する。
次いで、アルカリ処理後の培養液から菌体などの不溶性物質を分離する。培養液の粘度が低いため、菌体を自然沈降させて上澄みを回収する方法(デカント法)、遠心分離、ろ紙あるいはろ布を利用した全量ろ過、フィルタープレス、更に膜ろ過(MF膜などの限外ろ過)などの方法で、容易に不溶性物質とグルカンとを分離できる。ろ紙あるいはろ布による全量ろ過の場合は、セライトなどろ過助剤を利用するのも一つの手段である。工業的にはフィルタープレスによる菌体除去が好ましい。また、不溶性物質除去前のβ−D−グルカン液は必要に応じて水で希釈しても良い。濃度が高すぎると不溶性物質除去が困難であり、低すぎても効率的でない。β−D−グルカン濃度は、0.1mg/ml〜20mg/ml程度、好ましくは0.5mg/ml〜10mg/ml程度、さらに好ましくは1mg/ml〜5mg/ml程度が良い。
次いで、グルカンを含む溶液に酸を添加して中和する。中和は、不溶物の除去前に行ってもよい。酸は、医薬や食品添加物として使用できるものであればよく、特に限定されない。例えば、塩酸、燐酸、硫酸、クエン酸、リンゴ酸などを使用できる。酸の使用量は、溶液又は培養液の液性が中性(pH5〜8程度)になるような量とすればよい。即ち、中和はpH7に合わせることを必ずしも要さない。
【0033】
pH12以上のアルカリ処理後、中和して得られるβ-1,3-1,6-D-グルカンは、30℃、pH5.0、濃度0.5(w/v%)における粘度が通常200cP以下、場合によっては、100cP以下、50cP以下、又は10cP以下である。粘度は製造方法ないしは精製方法によって変動する。
アルカリ処理された低粘度のβ-1,3-1,6-D-グルカンは、中和しても粘度が高くなることがない。さらに、常温(15〜35℃)では、液性をpHが4を下回るような酸性にしても、粘度が高くなることがない。
また、培養上清をアルカリ処理、及び中和した後に、菌体などを除去するのに代えて、培養上清から菌体などを除去した後に、アルカリ処理、及び中和を行うこともできる。
得られるグルカン水溶液からグルカンより低分子量の可溶性夾雑物(例えば塩類など)を除去する場合は、例えば限外ろ過を行えばよい。
また、アルカリ処理、除菌した後、中和せずに、アルカリ性条件下で限外ろ過することもでき、これにより透明性、熱安定性、長期保存性に一層優れる精製β−1,3−1,6−D−グルカンが得られる。アルカリ性条件は、pH10以上、好ましくは12以上であり、pHの上限は通常13.5程度である。
このようにして得られる水溶液に含まれるβ-1,3-1,6-D-グルカンは、乾燥させて固形製剤にする場合も、また水溶液のまま製剤として使用する場合も、一旦、水溶液から析出させることができる。β-1,3-1,6-D-グルカンの析出方法は、特に限定されないが、例えば、限外ろ過などにより濃縮してグルカン濃度を1w/w%以上にした水溶液に、エタノールのようなアルコールを、水溶液に対して容積比で等倍以上、好ましくは2倍以上添加することにより、β-1,3-1,6-D-グルカンを析出させることができる。この場合にpHをクエン酸などの有機酸によりpHを酸性、好ましくはpH4未満、さらに好ましくはpH3−3.7に調製して、エタノールを添加すると高純度のβ-1,3-1,6-グルカンの粉末を得ることができる。
β-1,3-1,6-D-グルカンを低粘度化することにより、限外ろ過などによる濃縮を容易に行えることから、アルコール沈殿に使用するアルコール量を少なくすることができる。
固形物として得る場合は、低粘度β-1,3-1,6-D-グルカン水溶液を直接乾燥させてもよく、析出させたβ-1,3-1,6-D-グルカンを乾燥させてもよい。乾燥は、噴霧乾燥法、凍結乾燥法等公知の方法で行うことができる。
【0034】
(1−3)水難溶性薬理活性物質とβ-1,3-1,6-D-グルカンとの比率
複合体における水難溶性薬理活性物質とβ-1,3-1,6-D-グルカンとの比率(水難溶性薬理活性物質:β-1,3-1,6-D-グルカン)は、乾燥重量比で、1:0.01〜1000程度が好ましく、1:0.1〜100程度がより好ましく、1:0.1〜50程度がさらにより好ましく、1:0.1〜20程度が特に好ましい。上記範囲であれば、十分な水溶性が得られる。
【0035】
(2)複合体の製造方法
(2−1)高速振動粉砕法
上記説明した本発明の複合体の製造方法は、特に限定されない。
例えば、水難溶性薬理活性物質と、β−1,3結合に対するβ−1,6結合の分岐度が50〜100%であるβ-1,3-1,6-D-グルカンとを固体状態のままで撹拌する工程と、この混合物に水を添加して撹拌する工程とを含む方法により、製造することができる。
水難溶性薬理活性物質とβ-1,3-1,6-D-グルカンとの混合比率(水難溶性薬理活性物質:β-1,3-1,6-D-グルカン)は、乾燥重量比で、1:0.01〜1000程度が好ましく、1:0.1〜100程度がより好ましく、1:0.1〜50程度がさらにより好ましく、1:0.1〜20程度が特に好ましい。
固体状態での撹拌は、水難溶性薬理活性物質とβ-1,3-1,6-D-グルカンとが充分に粉砕、混合されればよく、従来から知られた各種の混合・粉砕装置を用いて行うことができる。例えば、遊星式や遠心回転式のボールミルによる粉砕・混合法;混合される材料を硬球と共に容器内に入れ、この容器を高速で振動させる高速振動粉砕装置による高速振動粉砕法などが挙げられる。
中でも、高速振動粉砕法が好ましく、その振動数は、例えば約10〜120s−1(約10〜120Hz)とすることができる。
また、振動時間は、例えば約5〜60分間とすることができる。また、振幅は、例えば、容器中空部の底面直径12mm、容器中空部の長手方向長さ50mmである場合、通常約5〜100mmは、振動に付される容器が振動の中心点を基準にして最大に変位した場合において、中心点から最大変位点までの長さをいう。また、容器中空部の底面直径12mm、容器中空部の長手方向長さ50mmである場合、硬球直径は約1〜10mmとすればよい。硬球材料としては、メノウ、ステンレス、アルミナ、ジルコニア、タングステンカーバイド、クロム鋼、テフロン(登録商標)などが挙げられる。容器に供される硬球の数は、約1〜100個とすることができる。
【0036】
固体状態での撹拌は、室温下で行うことができる。
このようにして得られた水難溶性薬理活性物質とβ-1,3-1,6-D-グルカンとの混合物に水を添加して撹拌する。水は、複合体の形成を阻害しない範囲で、緩衝剤や塩などを含んでいてよい。水の量は、上記混合物1重量部に対して約10〜10,000重量部とすることができる。この工程での撹拌は、例えば、マグネティックスターラーを使用して行うことができる。この攪拌工程は、室温下に少なくとも2日間、例えば、4〜7日間行うことが好ましい。
これにより、水難溶性薬理活性物質とβ-1,3-1,6-D-グルカンとの複合体が溶解した液体が得られる。必要に応じて、約5,000〜20,000gで約5〜60分間の遠心分離などにより、水不溶性の夾雑物を除去すればよい。
【0037】
(2-2)極性溶媒中で混合、熟成する方法
上記説明した本発明の複合体は、水難溶性薬理活性物質と、β−1,3結合に対するβ−1,6結合の分岐度が50〜100%であるβ-1,3-1,6-D-グルカンとを極性溶媒中で混合する工程と、得られる混合物に水を加えて熟成する工程とを含む方法によっても製造することができる。
水難溶性薬理活性物質とβ-1,3-1,6-D-グルカンとの使用比率(水難溶性薬理活性物質:β-1,3-1,6-D-グルカン)は、乾燥重量比で、1:0.01〜1000程度が好ましく、1:0.1〜100程度がより好ましく、1:0.1〜50程度がさらにより好ましく、1:0.1〜20程度が特に好ましい。
極性溶媒の使用量は、β-1,3-1,6-D-グルカン1重量部に対して約10〜10,000重量部とすることができる。
極性溶媒は、水、酢酸、蟻酸、低級アルコールのようなプロトン性極性溶媒でもよく、ジメチルスルホキシド、アセトン、アセトニトリル、N,N-ジメチルホルムアミド、塩化メチレン、テトラヒドロフランのような非プロトン性極性溶媒でもよいが、特に、非プロトン性極性溶媒が好ましく、ジメチルスルホキシドがより好ましい。
【0038】
水難溶性薬理活性物質及びβ-1,3-1,6-D-グルカンを同時に極性溶媒と混合してもよく、一方を先に極性溶媒と混合しておき、次いでそこに他方を添加して混合してもよい。
混合は、例えば、マグネティックスターラーを使用して行うことができる。
次いで、この混合物1重量部に対して水を好ましくは約10〜10,000重量部添加し、通常、室温下に1〜3日間静置することにより熟成させればよい。水は、複合体の形成を阻害しない範囲で、緩衝剤や塩などを含んでいてよい。
これにより、水難溶性薬理活性物質とβ-1,3-1,6-D-グルカンとの複合体が溶解した液体が得られる。必要に応じて、約5,000〜20,000gで約5〜60分間の遠心分離などにより、水不溶性の夾雑物を除去すればよい。
上記説明した本発明の複合体の製造方法は、水難溶性薬理活性物質の薬理活性を維持しながら水溶性を付与する方法と捉えることもできる。
【実施例】
【0039】
以下、本発明を実施例を挙げてより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
実験例(精製β-1,3-1,6-D-グルカンの製造)
(1)低粘度β-1,3-1,6-D-グルカンの調製
(1-1)β−グルカンの培養産生
後掲の表1に示す組成を有する液体培地100mlを500ml容量の肩付きフラスコに入れ、121℃で、15分間、加圧蒸気滅菌を行った後、オーレオバシジウム プルランス(Aureobasidium pullulans)GM-NH-1A1株(FERM P-19285)を同培地組成のスラントより無菌的に1白金耳植菌し、130rpmの速度で通気攪拌しつつ、30℃で24時間培養することにより種培養液を調製した。
次いで、同じ組成の培地200Lを300L容量の培養装置(丸菱バイオエンジ製)に入れ、121℃で、15分間、加圧蒸気滅菌し、上記のようにして得られた種培養液2Lを無菌的に植菌し、200rpm、27℃、40L/minの通気攪拌培養を行った。なお、培地のpHは水酸化ナトリウム及び塩酸を用いてpH4.2〜4.5の範囲内に制御した。96時間後の菌体濁度はOD660nmで23ODで、多糖濃度は0.5%(w/v)で、硫黄含量から計算される置換スルホ酢酸含量は0.09%であった。
【0040】
<多糖濃度測定>
多糖濃度は、培養液を数mlサンプリングし、菌体を遠心分離除去した後、その上清に最終濃度が66%(v/v)となるようにエタノールを加えて多糖を沈殿させて回収した後、イオン交換水に溶解し、フェノール硫酸法で定量した。
【0041】
<置換スルホ含量測定>
同様にして菌体を除去した培養上清にエタノールを最終濃度が66%となるように添加し、β−グルカンを沈殿回収した。その後、再度イオン交換水に溶解し、再度遠心分離後、その上清に最終濃度が0.9%になるように食塩を加えた後、再度66%エタノールでβ−グルカンを回収した。このβ−グルカン回収精製操作を更に2回繰り返し、得られたβ−グルカン水溶液をイオン交換水で透析後、凍結乾燥によりβ−グルカン粉末を得た。
このβ−グルカン粉末を燃焼管式燃焼吸収後、イオンクロマト法で組成分析した結果、S含量は239mg/kgであり、この値から計算される置換スルホ酢酸含量は0.09%であった。
【0042】
【表1】

【0043】
(1−2)アルカリ処理
上記のようにして得られた培養液の粘度をBM型回転粘度計(東京計器製)を用いて、30℃、12rpmで測定したところ、1500cP((mPa・s))であった。測定に用いるロータは粘度にあわせて適当なものを選択した。
この培養液に水酸化ナトリウム最終濃度が2.4%(w/v)となるように25%(w/w)水酸化ナトリウムを添加し攪拌したところ(pH13.6)、瞬時に粘度が低下した。引き続いて50%(w/v)クエン酸水溶液でpH5.0となるように中和してから、濃度0.5(w/v%)における粘度を測定したところ、そのときの粘度(30℃)は20cP([mPa・s])であった。
次いで、この培養液にろ過助剤としてKCフロック(日本製紙社製)を1wt%添加し、薮田式ろ過圧搾機(薮田機械製)を用いて菌体を除去し、最終的に培養ろ液(約230L)を得た。その多糖濃度は0.5%(w/v)で、ほぼ100%の回収率であった。
【0044】
(1−3)β−グルカン水溶液の脱塩
上記のβ−グルカン水溶液(培養ろ液)を0.3%に希釈後、限外ろ過(UF)膜(分子量カット5万、日東電工社製)を用いて脱塩を行い、最終的にナトリウムイオン濃度を20mg/100mlに落とした後、50%(w/v)クエン酸水溶液によりpHを3.5に調整した。
引き続いて、ホット充填用加熱ユニット(日阪製作所製)を用いて95℃で、3分間保持することにより殺菌処理を行い、最終製品のβ−グルカン水溶液を得た。この時のβ−グルカンの濃度をフェノール硫酸法により測定したところ0.22%(w/v)であった。また、培養液からのトータル収率は約73%であった。
【0045】
<硫黄含有量の測定>
また、得られたβ−グルカン水溶液をイオン交換水で透析後、凍結乾燥によりβ−グルカン粉末を得た。本β−グルカンの組成分析結果からS含量は330mg/kgであり、これから計算される置換スルホ酢酸含量は0.12%であった。
<結合状態の確認>
また、脱塩を行った上記培養ろ液について、コンゴーレッド法によって、480nmから525nm付近への波長シフトを確認することができたのでβ−1,3結合を含むグルカンを含有していることが証明された(K. Ogawa, Carbohydrate Research, 67, 527-535 (1978)、今中忠行 監修, 微生物利用の大展開, 1012-1015, エヌ・ティー・エス(2002))。そのときの極大値へのシフト差分はΔ0.48/500μg多糖であった。
上記培養ろ液15mlを取り出し、30mlのエタノールを添加し、4℃、1000rpm、10minで遠心して、沈殿する多糖を回収した。66%エタノールで洗浄し、4℃、1000rpm、10分間遠心して、沈殿する多糖に2mlのイオン交換水と、1mlの1N水酸化ナトリウム水溶液を添加撹拌後、60℃、1時間保温して沈殿を溶解させた。次に-80℃にて凍結後、一晩、真空凍結乾燥を行い、乾燥後の粉末を1mlの1N水酸化ナトリウム重水溶液に溶解させ、2次元NMRに供した。
2次元NMR(13C−H COSY NMR)106ppmと相関関係を有するH NMRスペクトルを図1に示す。このスペクトルにおいて4.7ppmと4.5ppm付近との2つのシグナルが得られた。
この結果、本β−グルカンがβ-1,3-1,6-D-グルカンであることが証明された(今中忠行 監修、微生物利用の大展開、1012-1015、エヌ・ティー・エス(2002))。それぞれのH NMRシグナルの積分比から、β−1,3結合/β−1,6結合の比は1.15であることが判明した。従って、主鎖のβ−1,3結合に対する側鎖のβ−1,6結合の分岐度は、約87%である。
【0046】
<粒度測定>
次に、レ−ザ回折/散乱式粒度分布測定装置(HORIBA製LA−920)を用いて培養液の粒度を測定したところ、粒子としては0.3μmと100μm程度の大きさのところにピ−クが見られた。続いて、超音波を照射しながら、粒度測定を行うと、100μmのピ−クはみるみるうちに消失し、0.3μmのピ−クが増え、最終的に0.3μmのみとなった。超音波照射したときの培養液の粒度分布を図2に示す。
0.3μmのピークはβ-1,3-1,6-D-グルカンの一次粒子によるピークであり、100〜200μmのピークはβ-1,3-1,6-D-グルカンの一次粒子が凝集した二次粒子によるピークであると考えられる。
また、二次粒子はマグネチックスターラ−による攪拌、軽い振とうでも同じように消失し、容易に砕けて一次粒子になることが確認された。よって、二次粒子は非常に緩い凝集(緩凝集状態)と考えられる。
【0047】
<分子量測定>
また、東ソー社製のトーヨーパールHW65(カラムサイズ75cm×φ1cm、排除分子量250万(デキストラン))を用いて、0.1Mの水酸化ナトリウム水溶液を溶離液としてゲルろ過クロマトグラフィーを行い、溶解β−1,3−1,6−D−グルカンとβ−1,3−1,6−Dグルカンの1次粒子とを含む溶液の分子量を測定したところ、溶解β−1,3−1,6−D−グルカンに由来する2〜30万のピークの低分子画分と、1次粒子に由来する見かけ上50〜250万の高分子画分との二種類が検出された。分子量のマーカーとしてShodex社製のプルランを用いた。
水溶性β-1,3-1,6-D-グルカンと微粒子とを分離するため、上記の微粒子画分と可溶性画分とを含むβ-1,3-1,6-D-グルカン溶液をアドバンテック社製のフィルター(0.2μm)でろ過を行ったところ、50〜250万の高分子画分が消失した。このことから、高分子画分はβ-1,3-1,6-D-グルカンの一次粒子や一次粒子が凝集した二次粒子に相当することが判明した。よって、水溶性β-1,3-1,6-D-グルカンの分子量は2〜30万と考えられる。
【0048】
(2)粉末化β-グルカンの調製
(1−2)において、アルカリ処理および菌体除去処理により調製された微粒子β-1,3-1,6-D-グルカンを含むβ-1,3-1,6-D-グルカン水溶液に、最終濃度が66%(v/v)となるようにエタノールを添加して、多糖グルカンを沈殿させ、遠心分離法により回収した。次いで凍結乾燥法によりエタノールと水分を除去し、乾燥β-1,3-1,6-D-グルカンを得た。そのときの収率はエタノール沈殿前の全糖濃度と比較して95%以上であった。
次いで、得られた乾燥β-1,3-1,6-D-グルカンを最終濃度が0.3%(w/v)となるように水に溶解分散後、前述したと同様にして東ソー社製のトーヨーパールHW65(カラムサイズ 75cm×φ1cm、排除分子量250万(デキストラン))により0.1Mの水酸化ナトリウム水溶液を溶離液としてゲルクロマトグラフィーを行い、分子量を測定したところ、得られた多糖の分子量は2〜30万のピークの低分子画分と見かけ上50〜250万の高分子画分の二種類からなることが判明した。ここで、分子量のマーカーとしてShodex社製のプルランを用いた。
一方、水溶性β-1,3-1,6-D-グルカンと微粒子を分離するため、本法で調製したβ-1,3-1,6-D-グルカン水溶液(微粒子と可溶化グルカンを含むもの)をアドバンテック社製のフィルター(0.2μm)でろ過を行ったところ、50〜250万の高分子画分が消失した。よって、本法により得られたβ-1,3-1,6-D-グルカンを乾燥させても、再溶解させれば乾燥前のβ-1,3-1,6-D-グルカンと同様の物理的挙動を再現することが実証された。
【0049】
(3)高純度β-1,3-1,6-D-グルカン粉末の製造
(1)においてアルカリ処理を行い低粘度化した培養液(多糖濃度0.5%(5mg/ml))90Lを50%クエン酸水溶液9kgで中和後、濾過助剤(日本製紙ケミカル製粉末セルロ−スKCフロック)を1.8kgプレコートした薮田式濾過圧搾機40D-4を通して、菌体を取り除いた。ろ液を限外濾過スパイラルエレメント(日東電工製NTU3150−S4)で9Lまで濃縮した。本濃縮液を攪拌しながら、pHを3.0-3.5にクエン酸により調整して、エタノール18Lを加え、グルカン/エタノール/水スラリーを得た。スラリーの粘度はBM型粘度計で22mPa・s(30℃)であった。室温で3時間静置し、上澄み液(エタノール/水)約17Lを取り除いた。残ったスラリーの粘度は45mPa・s(30℃)であった。本濃縮スラリー10Lを坂本技研型の噴霧乾燥装置R-3を用いて噴霧乾燥し、360gのβ-1,3-1,6-D-グルカン粉末を得た(回収率80%)。得られたβ-1,3-1,6-D-グルカンの純度はNMRスペクトルの解析の結果、90%以上であった。
なお、得られたβ-1,3-1,6-D-グルカン粉末を1N水酸化ナトリウム重水溶液に溶解させ、NMRスペクトルを測定したところ、H NMRスペクトルが約4.7ppm及び約4.5ppmの2つのシグナルを得た。また、得られたβ-1,3-1,6-D-グルカン粉末の濃度0.5(w/v%)の水溶液の粘度は200cP以下であった(pH5.0、30℃)。上記記載の方法によって得られた精製β-グルカンを下記の試験に供した。
【0050】
実施例1〜4および比較例1
(1’-Acetoxychavicol acetateの高速振動粉砕法による水溶化)
1’-Acetoxychavicol acetate(ACA)はタイショウガ由来の抗潰瘍、殺虫活性を有する疎水性化合物である。β-1,3-1,6-D-グルカンとしてダイソー社製(アクアβ)、又は三井製糖社製シゾフィラン(SPG)を、「H. Azuma, K. Miyasaka, T. Yokotani, T. Tachibana, A. Kojima-Yuasa, I. Matsui-Yuasa, K. Ogino, Bioorg. Med. Chem., 14, 1811 (2006)」に記載の方法により合成したACA(ラセミ体)と、以下の表2に示す所定量で混合し、メノウ製粉砕ジャーにメノウ粉砕ボールと共に封入し、レッチェ社製ミキサーミル(MM200)にて25Hzで60分間高速振動粉砕した。
【0051】
【表2】

次いで、粉砕物1重量部に対して水10,000重量部を添加し、マグネティックスターラーを使用して2日間室温下にて撹拌した。さらに懸濁液を1時間ボルテックスミキサーで攪拌後、遠心分離(25℃,10,000g,10min)した上清を0.22μmメンブレンフィルターでろ過した。
ろ液の一部を凍結乾燥させ、残渣についてDO中でH NMRを測定し、グルコースのプロトン(CH X 4,CH X 1 計6H )とACAのアセチル基(3H X 2)またはベンゼン環(2H X 2)のプロトンの積分値を計算することによって、複合体における、β-1,3-1,6-D-グルカン/ACAの組成比(グルコース/ACA比)を計算した。組成比を以下の表3に示す。
【表3】

【0052】
供給するグルコース/ACAの比率に対する、複合体中のグルコース/ACAの比率を図3に示す。高速振動粉砕に用いるアクアβのグルコース1ユニット当たりのACA使用量を増やしていくと、H NMRより算出したグルコース/ACAモル比は低下していき、三重螺旋構造を形成するアクアβの内部疎水空孔により密にACAが取り込まれていくことが明らかとなった。
また、ACA使用量をグルコース1ユニット当たり0.33当量以上にしても複合体組成比はほぼ一定であり、算出されたグルコース/ACA=6がアクアβを用いた際の最満充填状態と推定される。なお、グルコース6個は三重螺旋繰り返し単位1ユニット分に相当する。
一方、仕込み比グルコース/ACA=5で調製したとき、複合体組成比(グルコース/ACA)はシゾフィランでは10、アクアβでは12の値となった。つまり、ACA一分子当たりが占有する三重螺旋繰り返し単位はシゾフィランでは2.5、アクアβでは2となり、同条件においてはシゾフィランよりもアクアβの方がより効率的に複合化することが分かった。
【0053】
実施例5(アクアβ/ACA複合体の細胞毒性評価)
96穴プレートに5×10cellsずつになるようにRAW264.7細胞(マウスマクロファージ細胞)の細胞懸濁液を播き、RPMI培地(牛胎児血清を10w/v%含む)を用い37度、5v/v%CO下で24時間培養した。アスピレーターで培地をとり除き、グルコース/ACA=12であるアクアβ/ACA複合体のACA濃度を所定濃度に調整した培地を100μLずつ加え、22時間培養し、WST試薬((株)同仁化学研究所製、Cell-counting Kit-8)(M. Ishiyama, Y. Miyazono, K. Sasamoto, Y. Ohkura, K. Ueno, Talanta, 44, 1299 (1997)参照)を10μL加えて更に2時間培養し呈色反応を行った。
プレートリーダー(ThermoLab Systems社製、MultiSkan Acent BIF)を用い、450nm(リファレンス650nm)の吸光度を測定し、細胞生存率を算出した(M. Ishiyama, Y. Miyazono, K. Sasamoto, Y. Ohkura, K. Ueno, Talanta, 44, 1299 (1997))。
結果を図4に示す。図4の縦軸は細胞生存率を示し、図中の各濃度はACAの濃度を示す。
ACAはアポトーシス活性を有することが既に知られている(K. Ito, T. Nakazato, A. Murakami, H. Ohigashi, Y. Ikeda, M. Kizaki, Biochem. Biophys. Res. Commun., 338, 1702 (2005))。RAW264.7細胞に対しても10μM で細胞生存率20%と著しい細胞障害性を示した。一方、アクアβ又はシゾフィランとの複合体は20μMでも有意な細胞毒性を示さず、β-1,3-グルカンと複合化することでACAの細胞障害性を抑制できることが明らかとなった。
【0054】
実施例6(アクアβ/ACA複合体のNF-κB抑制効果の確認 )
実施例1で調製したアクアβ/ACA複合体のサンプル(グルコース/ACA=1に)を用いて、ACAの活性であるNF-κB抑制効果の評価をウエスタンブロッティングにより行った。
35mm Dishに5×10cellsになるようにRAW264.7細胞懸濁液を1ml捲き、24時間培養後、最終ACA濃度が0, 1, 5μMになるように各サンプルを加え、30分培養した。さらにLPS(10mg/ml)を10μL加え15分培養後、細胞を回収した。LPSは使用前に5分間超音波処理した。
5%の2-メルカプトエタノール溶液を加え、95℃で5分間熱処理を行い、12%のゲルにてSDS-PAGE(20mA)、転写(70mA、90分)、ブロッキング、抗体(IκBα抗体)反応を行った。
結果を図5に示す。NF-κB は各種炎症性サイトカインの転写因子である。種々の炎症性シグナルが細胞に伝達された際、細胞質でNF-κB の抑制因子であるIκBαがリン酸化そして分解することでNF-κB は活性化され核内移行し転写因子として機能する。つまり、炎症性物質であるLPSでマクロファージ細胞を刺激すると、IκBαが分解され、NF-κB は活性化される(図5、左から2番目レーン)。マクロファージ細胞は刺激がない場合にはNF-κB を抑制するためにIκBαが存在し、検出される(図5コントロールcレーン)。既に、ACAはIκBα活性化を抑制することが知られているが(H. Matsuda, T. Morikawa, H. Managi, M. Yoshikawa, Bioorg. Med. Chem. Lett., 13, 3197 (2003))、今回5μM のACAでIκBαの分解を抑制することが確認できた(図5、左から3番目レーン)。
しかし、ACA を免疫抑制剤として使用する場合先に述べたように、細胞障害性が問題となる。一方、アクアβ/ACAでも濃度依存的にIκBαの分解つまりNF-κBの活性化を抑制していることが分かった(図5、左から4,5番目レーン)。アクアβ/ACA は細胞毒性も問題とならないことから、有用な免疫抑制剤として機能することが期待される。
【0055】
実施例7(コラーゲン産生促進作用の評価 )
実施例1で調製したアクアβ/ACA複合体の(グルコース/ACA=6)を用いて特開2009-079004号公報に開示された方法によりヒト線維芽細胞におけるコラーゲン産生亢進能評価を行った。
具体的には、ヒト正常皮膚由来線維芽細胞(CCD-1059SK、大日本製薬(株))を10%FBS(牛胎児血清)を含むEMEM培地で3〜6回継代培養した。次いで、細胞数が1 x 10cells になるようにカルチャースライド(Falcon社製)に調製し、10%FBSを含むEMEM培地で24時間培養して、細胞をスライドに固定させ、さらに、細胞周期を同調するためにEMEM培地のみ出に4時間培養した。次いで、10%FBSを含むEMEM培地に交換し、最終ACA濃度が0, 0.1, 1.0μMになるように各サンプルを加え、24時間培養した。コントロール実験として、ACA(ラセミ体)を用い、アクアβ/ACA複合体と活性を比較した。
カルチャースライドをPBS溶液で5分間計3回洗浄後、4%ホルマリン溶液を添加し4度で一晩静置し固定化した。0.1%Triton-Xを含むPBS溶液で5分間計3回洗浄後、3%H溶液で5分間、内在性ペルオキシダーゼのブロッキングを行った。次いで、10%標準ヤギ血清を用いて5分間非特異的反応のブロッキングを行った。そして、抗ラットI型コラーゲン抗体(Anti-rat type I collagen抗体(LSL社製)200倍希釈液)を用いて一次抗体の反応を60分間行った。PBS溶液で5分間計3回洗浄後、ビオチン標識ヤギ抗ウサギ免疫グロブリン抗体(Biotinylated Goat anti-rabbit immunogloblins抗体(DAKO社製)400倍希釈液)を用いて二次抗体反応を30分間行った。PBS溶液で5分間計3回洗浄後、酵素溶液(Horseradish peroxidase-labelled streptavidin-biotin complex(DAKO社製)400倍希釈液)による反応を30分間行った。PBS溶液で5分間計3回洗浄後、DAB (3,3-diaminobenzidine tetrahydrochloride)溶液を5分間反応させ、ペルオキシダーゼ発色反応を行った。PBS溶液で5分間計3回洗浄後、水溶性封入剤で封入し、標本を作製した。
得られた各サンプルの顕微鏡図および染色図を図6に示す。アクアβ/ACA複合体(グルコース/ACA=6)は低濃度(0.1μM)、及び高濃度(1.0μM)のいずれにおいてもACA単独時よりもより高いコラーゲン産生亢進能を有していることが明らかとなり、皮膚のコラーゲン量を増加させる化粧品や医薬品として期待される。
【0056】
実施例8(クルクミンの高速振動粉砕法による水溶化)
クルクミンは抗酸化作用、抗炎症作用そして抗腫瘍作用を有する疎水性化合物である。β-1,3-1,6-D-グルカンとしてダイソー社製(アクアβ)10mgと、和光純薬工業社製クルクミン 0.75mgとを混合し、メノウ製粉砕ジャーにメノウ粉砕ボールと共に封入し、レッチェ社製ミキサーミル(MM200)にて25Hz、60分間高速振動粉砕した。次いで、粉砕物1重量部に対して水10,000重量部を添加しマグネティックスターラーを使用して2日間室温下にて撹拌した。さらに懸濁液を1時間ボルテックスミキサーで攪拌後、遠心分離(25℃,10,000g,10min)して上清を得た。
上清の吸収スペクトルを測定した(図7(B))。また、クルクミンの21.7μM エタノール溶液の吸収スペクトルを測定し(図7(A))、極大吸収波長420 nmにおけるモル吸光係数 ε= 5.56 x 10 を用い、クルクミン/アクアβ複合体水溶液中のクルクミン濃度を算出した。その結果、[クルクミン] = 20μM(水溶化率9.8%)の水溶液を調製できた。この水溶化率はモル吸光係数より求めた値である。
【0057】
実施例9(コエンザイムQ10の高速振動粉砕法による水溶化)
コエンザイムQ10は抗酸化作用を有する難水溶性化合物である。β-1,3-1,6-D-グルカンとしてダイソー社製(アクアβ)14.1mgを用い、和光純薬工業社製コエンザイムQ10 3.67mgを混合し、メノウ製粉砕ジャーにメノウ粉砕ボールと共に封入し、レッチェ社製ミキサーミル(MM200)にて25Hz,20分間高速振動粉砕を行った。その後、粉砕物1重量部に対して超純水10,000重量部を添加した。さらに懸濁液を1時間ボルテックスミキサーで攪拌後、遠心分離(25℃,10,000g,10min)した上清を得た。
上清の吸収スペクトル、及びアクアβ非存在下で同様の処理を行った水溶液の吸収スペクトルをそれぞれ測定した(図8)。極大吸収波長275nmにおけるモル吸光係数 ε= 1.33 x 10 を用い、コエンザイムQ10/アクアβ複合体水溶液中のコエンザイムQ10濃度を算出した。その結果、[コエンザイムQ10] = 119μM(水溶化率28%)の水溶液を調製することに成功した。この水溶化率はモル吸光係数より求めた値である。
【0058】
実施例10(ビタミンD3の高速振動粉砕法による水溶化)
ビタミンD3(VD3)は種々の生理活性を有する難水溶性化合物である。β-1,3-1,6-D-グルカンとしてダイソー社製(アクアβ)13.9mgを用い、和光純薬工業社製ビタミンD3 3.62mgを混合し、メノウ製粉砕ジャーにメノウ粉砕ボールと共に封入し、レッチェ社製ミキサーミル(MM200)にて25Hz,20分間高速振動粉砕を行った。その後、粉砕物1重量部に対して超純水10,000重量部を添加した。さらに懸濁液を1時間ボルテックスミキサーで攪拌後、遠心分離(25℃,10,000g,10min)した上清を得た。
上清の吸収スペクトル、及びアクアβ非存在下で同様の処理を行った水溶液の吸収スペクトルをそれぞれ測定した(図9)。極大吸収波長271 nmにおけるモル吸光係数 ε= 1.50 x 10 を用い、ビタミンD3/アクアβ複合体水溶液中のビタミンD3濃度を算出した。その結果、[ビタミンD3] = 149μM(水溶化率16%)の水溶液を調製することに成功した。この水溶化率はモル吸光係数より求めた値である。
【0059】
実施例11 パクリタキセル(タキソール)の高速振動粉砕法による水溶化
パクリタキセル(タキソール)は抗腫瘍活性を有する難水溶性化合物である。β-1,3-1,6-D-グルカンとしてダイソー社製(アクアβ)15.0mgを用い、和光純薬工業社製パクリタキセル(タキソール)3.84mgを混合し、メノウ製粉砕ジャーにメノウ粉砕ボールと共に封入し、レッチェ社製ミキサーミル(MM200)にて25Hz、20分間高速振動粉砕を行った。粉砕物1重量部に対して超純水10,000重量部を添加した。さらに懸濁液を1時間ボルテックスミキサーで攪拌後、遠心分離(25℃、10,000g、10min)した上清を得た。
上清の吸収スペクトル、及びアクアβ非存在下で同様の処理を行った水溶液の吸収スペクトルをそれぞれ測定した(図10)。極大吸収波長230nmにおけるモル吸光係数 ε= 2.96 x 10 を用い、パクリタキセル(タキソール)/アクアβ複合体水溶液中のパクリタキセル(タキソール)濃度を算出した。その結果、パクリタキセル(タキソール)=186μM(水溶化率41%)の水溶液を調製することに成功した。この水溶化率はモル吸光係数より求めた値である。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の複合体は、難溶性薬理活性物質の薬理活性を維持しながら水溶性が付与されているため、健康食品、機能性食品、医薬、化粧品などとして実用可能なものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水難溶性薬理活性物質と、β−1,3結合に対するβ−1,6結合の分岐度が50〜100%であるβ-1,3-1,6-D-グルカンとの複合体。
【請求項2】
水難溶性薬理活性物質の分子量が100〜3,000である請求項1に記載の複合体。
【請求項3】
水難溶性薬理活性物質が、下記一般式(1)
【化1】

(式中、2’-3’結合は単結合もしくは二重結合である。R1, R, R及びRは、同一または異なって、水素、メトキシ基、又はRCOO-基(Rは炭素数1〜4のアルキル基)を示す。)
で表される化合物である請求項1に記載の複合体。
【請求項4】
水難溶性薬理活性物質が、クルクミンである請求項1に記載の複合体。
【請求項5】
水難溶性薬理活性物質が、下記一般式(2)
【化2】

[式中、nは6〜10の整数を示す。]
で表されるユビキノンである請求項1に記載の複合体。
【請求項6】
水難溶性薬理活性物質が、ビタミンDである請求項1に記載の複合体。
【請求項7】
水難溶性薬理活性物質が、パクリタキセル(タキソール)である請求項1に記載の複合体。
【請求項8】
水難溶性薬理活性物質と、β−1,3結合に対するβ−1,6結合の分岐度が50〜100%であるβ-1,3-1,6-D-グルカンとを固体状態のままで撹拌する工程と、この混合物に水を添加して撹拌する工程とを含む、水難溶性薬理活性物質の薬理活性を維持しながら水溶性を付与する方法。
【請求項9】
水難溶性薬理活性物質と、β−1,3結合に対するβ−1,6結合の分岐度が50〜100%であるβ-1,3-1,6-D-グルカンとを極性溶媒中で混合する工程と、得られる混合物に水を加えて熟成する工程とを含む、水難溶性薬理活性物質の薬理活性を維持しながら水溶性を付与する方法。
【請求項10】
水難溶性薬理活性物質と、β−1,3結合に対するβ−1,6結合の分岐度が50〜100%であるβ-1,3-1,6-D-グルカンとを固体状態のままで撹拌する工程と、この混合物に水を添加して撹拌する工程とを含む、水難溶性薬理活性物質とβ-1,3-1,6-D-グルカンとの複合体の製造方法。
【請求項11】
水難溶性薬理活性物質と、β−1,3結合に対するβ−1,6結合の分岐度が50〜100%であるβ-1,3-1,6-D-グルカンとを極性溶媒中で混合する工程と、得られる混合物に水を加えて熟成する工程とを含む、水難溶性薬理活性物質とβ-1,3-1,6-D-グルカンとの複合体の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2011−132223(P2011−132223A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−263089(P2010−263089)
【出願日】平成22年11月26日(2010.11.26)
【出願人】(000108993)ダイソー株式会社 (229)
【出願人】(506122327)公立大学法人大阪市立大学 (122)
【Fターム(参考)】