説明

油水界面でのレーザーイオン化による電気的中性物質の高感度電気化学分析法

【課題】環境汚染物質や生体関連物質には水に不溶の有機化合物が多くある。従来、これらの分析には質量分析法が用いられてきた。質量分析法は高感度で物質に対する優れた識別能力をもつが、大型の装置や設備が必要で、真空系や複雑な検出系を使用するために保守にも特別な配慮が必要である。本発明では、これらの問題を解決するために、高感度で小型の汎用的な有機化合物の分析法および分析装置を開発することである。
【解決手段】課題解決のために、被分析物質である有機化合物を水と溶け合わない有機溶媒に溶解し、この溶液に紫外線のレーザー光を照射することにより、有機化合物をイオン化あるいは光分解してイオンとし、このイオンを、油水界面イオン移動電気化学的測定法を用いて検出する。レーザーイオン化−油水界面イオン移動電気化学分析法は、質量分析法に比べて、装置も安価であることや通常の実験室でも使用できるため、電気的中性物質の高感度で汎用的な分析法となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気的中性物質のレーザーイオン化−油水界面イオン移動電気化学分析法に関するものである。
【従来技術】
【0002】
従来、電気的中性物質(主に環境汚染有機化学物や生体関連有機化合物)の高感度分析法に関して、レーザーイオン化質量分析法の技術、装置などが文献(特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献4)に提案、使用されている。質量分析法は極めて高感度であるが、装置や設備が大がかりで高価であること、真空系や複雑な検出系の保守や補修に特別な配慮が必要であること、また、通常の溶液中での光化学反応の研究が難しいことなどの問題点や課題がある。
【特許文献1】特開2001-249115
【特許文献2】特開2002-75267
【特許文献3】特開2003-35699
【特許文献4】特開2005-83784
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
環境汚染物質や生体関連物質には水に不溶の有機物質が多く存在する。これらの物質の分析は、従来、質量分析法によって行われてきた。質量分析法は高感度で、高選択性をもつが、大型の装置や設備が必要で、真空系や複雑な検出系を利用するために保守にも特別な配慮が必要である。また、通常の溶液中での光化学反応の研究が難しい。本発明では、質量分析法に関するこれらの問題を解決するために、原理的に全く異なる高感度でかつ汎用的な有機化学物の分析法および分析装置を開発することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明では、前述の課題を解決するために、被分析物質である電気的中性物質を紫外線レーザーでイオン化あるいは光分解してイオンとし、このイオンを、電位差を印加した油水界面を横切って移動させるイオン移動電気化学的測定を利用する。本発明のレーザーイオン化−油水界面イオン移動電気化学分析法は、物質量としてフェムトモルの検出も可能なため、高感度な分析法といえる。装置は、質量分析法に比べて小型であり、装置の製作も格段に安価である。また、装置は通常の実験室でも利用できる。以上のことから、本発明の電気化学分析法は、電気的中性物質の高感度で汎用的な高感度分析法となる。
【発明の効果】
【0005】
レーザーイオン化−油水界面イオン移動電気化学分析装置は比較的安価であり、また、通常の実験室でも容易に取り扱える。このため、一般の研究室でも環境や生体の有機化合物を容易に分析、研究することが可能となる。さらに、質量分析法では被分析物質は真空中で分析されるため、溶液中での光化学反応を調べることは難しいが、本電気化学分析法では、もともと試料が溶液であるため、環境中や生体内で進行する光化学反応の研究も可能であり、基礎的研究にも有用である。
【実施例】
【0006】
本発明のレーザーイオン化−油水界面イオン移動電気化学分析法を実施するための装置の概略を、図1に示す。この装置においては、レーザーとして紫外線レーザー1を用い、レーザー光を、油水界面イオン移動測定用電気化学セル2の水相3側から被分析物質を含む油相4に光学窓5を通して導入する。レーザー光を光学断続器6で適当な周波数の断続光とし、電位規制・電流測定装置7を用いて油水界面の電位差を規制するとともに断続光によって誘起されたイオン移動の電流を測定し、この電流をロック・イン増幅器8で増幅する。油水界面の電位差を、電位走査装置9を用いて走査し、ロック・イン増幅器8からの出力信号を電位差の関数としてX−Y記録計10に記録し、出力信号-電位曲線を得る。
【0007】
図2に油水界面イオン移動電気化学セルの断面図を示す。セルはダイフロン(登録商標)で作製し、右半分は水相3、左半分は試料溶液の油相4である。水相3と油相4の間に、厚さ16μmで、直径30μmの穴があるポリエステルファイル11を挟む。この穴に形成される微小な油水界面を通してイオンの移動が起きる。水相3は支持電解質として1.0 mMの硫酸マグネシウムなどを含み、油相4は被分析物質の他に支持電解質として0.5
mM ビス(トリフェニルホスホラニリデン)アンモニウム・テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレイトなどを含む。断続レーザー光12は、セルの光学窓5を通って水相3から入射し、ポリエステルファイル11の微小界面を通過したのち被分析物質が含まれる油相4に入射する。油水界面の電位差を規制・走査するために、またイオン移動の結果生じる電流を外部回路に取り出すために水相3には銀/塩化銀電極13、油相4にはビス(トリフェニルホスホラニリデン)アンモニウムイオン選択性電極14が挿入され、これらの電極が、図1の電位規制・電流測定装置7に接続される。
【0008】
被分析物質の1つの例として油相中では電気的に中性であるアゾ化学物、パラ−アミノジフェニルアミンを用いて、レーザーイオン化−イオン移動電気化学分析法によって得られたレーザー光誘起電流に起因する信号-電位曲線を図3に示す。紫外線レーザーとしてHe-Cdレーザー(波長325 nm、出力約15 mW)を使用し、レーザー光の断続周波数は10 Hzとした。また、電位の走査速度は5 mV/sとした。パラ−アミノジフェニルアミンの濃度は0.1 mMである。曲線15はレーザー光を照射しない場合のレーザー光誘起電流に起因する信号−電位曲線で、曲線16がレーザー光を照射した場合のレーザー光誘起電流に起因する信号−電位曲線である。2本の曲線を比較すれば明らかなように、照射した場合の信号−電位曲線(曲線16)だけに約0.61 V vs. ビス(トリフェニルホスホラニリデン)アンモニウムイオン選択性電極(BTPPAE)、に鋭い信号のピークが現れる。このピークは波長325 nmの紫外線のレーザー光をパラ−アミノジフェニルアミンが吸収して光分解し、その結果生じたイオンが、油水界面を移動したことによるものである。また、信号の符号から移動したイオンが陰イオンであることもわかる。これらのことから、レーザーイオン化−イオン移動電気化学分析法によって、油相に溶解した電気的中性物質の検出が可能であることが検証される。
【0009】
図3における約0.61 V vs. ビス(トリフェニルホスホラニリデン)アンモニウムイオン選択性電極(BTPPAE)、のレーザー光誘起電流に起因する信号を、異なったパラ−アミノジフェニルアミンの濃度で測定し、濃度に対して信号をプロットした検量線を図4に示す。測定は、紫外線レーザーとしてHe-Cdレーザー(波長325 nm、出力約15 mW)を使用し、レーザー光の断続周波数は10 Hzとした。また、電位の走査速度は5 mV/sとした。各点は5回の平均値を示し、エラーバーは標準偏差を示す。検量線は良好な直線性を示すため、油相中に溶解したパラ−アミノジフェニルアミンを定量することが可能である。この例では少なくとも0.01 mMまでの定量が可能である。実際、分析に利用される物質量は約2フェムトモルと計算される。レーザー光の強度を強めること、イオン移動電気化学測定用セルの試料溶液部の微小化及び油水界面の直径を現行の30μmより、より小さくすることによって高感度化への改善が期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0010】
レーザーイオン化−イオン移動電気化学分析法は簡便で高感度が期待できる環境・生体関連有機化合物の分析法である。したがって、装置が小型で比較的安価に商品化されれば、環境分析や臨床検査の分析機器として十分に利用価値はある。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】レーザーイオン化−油水界面イオン移動電気化学分析法を実施するための装置の概略図。
【図2】油水界面イオン移動測定用電気化学用のセルの断面図。
【図3】レーザーイオン化−イオン移動電気化学法によって得られたレーザー光誘起電流に起因する信号-電位曲線を示す図。
【図4】パラ−アミノジフェニルアミンの濃度とレーザー光誘起電流に起因する信号の関係(検量線)を示す図。
【符号の説明】
【0012】
1 紫外線レーザー
2 油水界面イオン移動測定用電気化学セル
3 水相
4 油相
5 光学窓
6 光学断続器
7 電位規制・電流測定装置
8 ロック・イン増幅器
9 電位走査装置
10 X-Y記録計
11 穴空きポリエステルフィルム
12 断続レーザー光
13 銀/塩化銀電極
14 ビス(トリフェニルホスホラニリデン)アンモニウムイオン選択性電極
15 レーザー光を照射しない場合のレーザー光誘起電流に起因する信号−電位曲線
16 レーザー光を照射した場合のレーザー光誘起電流に起因する信号−電位曲線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被分析物質である電気的中性物質を水と溶け合わない有機溶媒に溶解した試料溶液を油水界面イオン移動測定用電気化学セルに移したのち、紫外線レーザー光を照射することによって試料溶液中の電気的中性物質をイオン化もしくは光分解してイオンを生成させ、このイオンの、電位差を印加した油水界面での移動を電流として検出し、これを信号として電気的中性物質を分析するレーザーイオン化−油水界面イオン移動電気化学分析法。
【請求項2】
紫外線レーザー、光学断続器、イオン移動測定用電気化学セル、イオン移動電気化学測定装置、ロック・イン増幅器および記録計のすべての機器の組み合わせにより構成されたレーザーイオン化−油水界面イオン移動電気化学分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−71809(P2007−71809A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−261637(P2005−261637)
【出願日】平成17年9月9日(2005.9.9)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)