説明

洗浄農法、イチゴ苗木の生産方法およびイチゴの栽培方法

【課題】消毒工程を採用することなく、農作物が雑菌および病原菌に汚染あるいは感染しないようにした安全なイチゴの栽培方法を提案すること。
【解決手段】洗浄農法によるイチゴの栽培方法では、人工的に制御可能な環境下で、親株をランナー増殖して定植用のイチゴ苗木を育成するに当たり、親株をランナー増殖してランナー取りを行う親株生育期間中においては6時間以内に1回の頻度で前記定期洗浄を行い(工程ST1)、ランナー取り後の子株の育苗期間においては4時間〜24時間に1回の頻度で前記定期洗浄を行う(工程ST2)。育成したイチゴ苗木を定植用の培地に移植してイチゴを栽培するに当たっては、移植後の初期定植育苗期間では1日〜7日に1回の頻度で定期洗浄を行い(工程ST3)、その後の安定期の定植育苗期間では7日〜14日に1回の頻度で定期洗浄を行う(工程ST4)。各工程では洗浄液として次亜塩素酸水を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農業の生育管理における病害虫管理体系(防除暦体系ポジティブリスト管理)の一部として、生育に合わせた定期洗浄工程管理を採用して病気感染を回避するようにした洗浄農法に関する。
【背景技術】
【0002】
農業は長い歴史の中で現在の生産方法が確立してきており、病害虫管理体系(防除暦体系ポジティブリスト管理)は農薬などの消毒液を散布して防除を行う消毒工程を基本としている。しかしながら、農業の大敵である病気、害虫は年々農薬より強くなり、環境に対しても対応力をつけてきており、農業の生産継続が危ぶまれる状況も発生している。また、消費者は無農薬への要望を強めており、遺伝子組み換え農産物の出現、植物工場などの農業現場は難しい対応を迫られている。
【0003】
例えば、イチゴ生産においては、炭疽菌が耐性菌化してきており、消毒工程を基本とする現在の病害虫管理体系の下では苗生産が困難になってきている。この対策として、苗生産の生産拠点を北海道等の寒冷地に移す対策、病気に強い品種の改良を含む様々な研究が進められている。しかしながら、効果的な方法が無く、イチゴ農家向け苗の供給メーカーは事業から撤退し殆ど無くなっているのが現状である。
【0004】
なお、特許文献1には、雑菌、病原菌の侵入を防止可能な植物の栽培方法が提案されており、ここでは、洗浄した後の種子の表面を乳酸菌で被覆することで、雑菌、病原菌の侵入、繁殖を防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−164987号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、上記の点に鑑みて、消毒工程を用いることなく、農作物が雑菌および病原菌に汚染あるいは感染しないようにした安全な洗浄農法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の洗浄農法では、人工的に制御可能な環境下で農作物を生産するに当たり、農業の生育管理における病害虫管理体系(防除暦体系ポジティブリスト管理)の少なくとも一部として、農作物の生育に合わせた定期洗浄工程管理を行うことにより、病気感染を確実に回避できるようにしている。
【0008】
すなわち、本発明の洗浄農法は、農作物を人工的に制御可能な環境下で生産するに当たり、前記農作物および当該農作物の生産設備を、当該農作物の生育段階に応じた頻度で洗浄液を用いて定期洗浄して、当該農作物が雑菌および病原菌に汚染あるいは感染しないように管理することを特徴としている。ここで、農薬、消毒液は、農作物に散布した場合にその効果が所定の期間に亘って継続する残留効果がある。これに対して、洗浄液には残留効果が無く、農産物から流れ落ちた後においても土壌などに悪影響を及ぼすことがない。
【0009】
一般的には、農作物の生育段階を、少なくとも、初期生育段階、中期生育段階および後期生育段階の3段階に分け、農作物の成長に伴って定期洗浄の頻度を少なくして行けばよい。例えば、初期生育段階における定期洗浄を時間単位で行い、中期生育段階における定期洗浄を週単位で行い、後期生育段階における定期洗浄を週単位〜月単位で行うようにすればよい。
【0010】
また、洗浄液としてはオゾン水、温水、塩素系水など各種のものを用いることができるが、食品洗浄の実績が高い次亜塩素酸水を用いると効果が高いことが確認された。
【0011】
さらに、農作物の生育段階に応じて使用する洗浄液を変えることも可能である。例えば、浸漬洗浄が可能な生育段階の農作物に対しては45℃前後の温水を用いて浸漬洗浄を行うことができる。温水を用いることにより殺虫効果も得ることができる。
【0012】
さらには、農作物の生育段階に応じて最も適した洗浄方法を採用すればよい。噴霧器を用いた噴霧洗浄、ハウスの天井から洗浄液をミストの状態で散布するミスト洗浄、プール洗浄などの浸漬洗浄、携帯用の噴霧器、散布具を用いた手動洗浄などを、生育段階に応じて使い分けることが望ましい。
【発明の効果】
【0013】
農薬は病原菌に対して治療および効果が所定期間に亘って継続して残留効果が期待できるが、洗浄管理はこのような効果の継続(残留)が無い。本発明では、農作物の生育に合わせて、換言すると、農作物の周辺の菌密度、付着した菌が農作物を侵食するのに要する時間などに応じて、定期洗浄の頻度を管理して、農作物の病気感染を防止するようにしている。農薬による消毒工程に代えて、農作物の生育に合わせた定期洗浄工程管理を行うことで病気感染を防止するという本発明の洗浄農法は従来にはない斬新なものである。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の洗浄農法を適用したイチゴの栽培方法における定期洗浄工程管理を示す概略フローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、図1を参照して本発明の洗浄農法を適用したイチゴの栽培方法における定期洗浄工程管理を説明する。
【0016】
イチゴ栽培においては、人工的に制御可能な環境下、例えば、ビニールハウス内において温度、湿度、採光などが管理された状態での高設栽培床などの栽培床に、親株を植えてランナー増殖を行う。
【0017】
ランナー取り作業の期間においては例えば6時間単位で定期洗浄を行う(工程ST1:親株生育期間中の定期洗浄管理)。イチゴ苗木の生産においては炭疽病菌が大きな問題であり、炭疽病菌は苗木に付着してから6時間以内に植物体に侵食する。したがって、6時間を単位として定期洗浄を繰り返すことにより、炭疽病菌による病害を未然に防止できる。
【0018】
定期洗浄に用いる洗浄液としては、温水、オゾン水、塩素系水など一般に洗浄液として用いられているものを用いることができる。本発明者等の実験によれば、次亜塩素酸水の洗浄効果が高いことが確認された。また、洗浄対象は、苗木、栽培床、環境制御用の各種機器を含む栽培設備、施設の全体である。さらに、洗浄方法(洗浄機)としては各種のものを採用することができるが、ハウス天井に配置されている多数の噴霧器から洗浄液をミスト状に散布するミスト洗浄を行うことが望ましい。
【0019】
ランナー増殖により得られた子株を、例えば、別の栽培床に移植して栽培する。移植に際しては、子株を温水によりプール洗浄(浸漬洗浄)することができる。45℃前後の温水洗浄を行うことにより、雑菌、病原菌に加えて害虫を駆除することもできる。
【0020】
子株移植後の育苗期間においては、例えば4時間〜24時間に1回の頻度で定期洗浄を行う(工程ST2:育苗期間の定期洗浄管理)。これにより、苗木が病原菌に汚染、感染することを未然に防止できる。この期間における定期洗浄に用いる洗浄液および洗浄方法(洗浄機)は上記の親株生育期間中の定期洗浄の場合と同一のものを用いることができる。
【0021】
子株を、その生体を維持可能な十分な根量および葉数を確保できるまで肥培管理し、この後は環境(温度、日照量、日照時間等)を制御して花芽を分化させる。そして、第1花房の分化後のイチゴ苗木を定植用の栽培床に移植する。
【0022】
次に、初期の定植育苗期間においては、例えば1〜7日に1回の頻度で定期洗浄を行う(工程ST3:初期の定植育苗期間の定期洗浄管理)。この期間における定期洗浄に用いる洗浄液および洗浄機は上記の親株生育期間中の定期洗浄の場合と同一のものを用いることができる。例えば、本発明者の発明に係る特許第3864935号公報に記載の噴霧器を用いた噴霧洗浄を行うことができる。
【0023】
この後の安定期の定植育苗期間においては、例えば7日〜14日に1回の頻度で定期洗浄を行う(工程ST4:安定期の定植育苗期間の定期洗浄管理)。この期間における定期洗浄に用いる洗浄液および洗浄方法(洗浄機)は上記の親株生育期間中の定期洗浄の場合と同一のものを用いることができる。この場合においても、上記の特許公報に記載の噴霧器を用いた噴霧洗浄を行うことができる。
【0024】
[実験例]
本発明者等は、イチゴの栽培において、炭疽病を出さないことを目的として栽培実験を行った。この結果、以下に定める最低使用条件を満たすことが確認された。
(1)イチゴ苗に障害を与えないこと
(2)イチゴ苗の成長に影響がないこと
(3)イチゴの花に障害を与えないこと
(4)ミツバチへの影響がないこと
(5)果実に汚れや障害を与えないこと
(6)人体に影響を与えないこと
(7)周辺に残留して障害を発生させないこと
(8)イチゴ苗に炭疽病以外の病気を発生させないこと
【0025】
本発明のイチゴの栽培方法(イチゴ苗木の生産方法)によれば、農薬を用いることなく、定期洗浄工程管理によって、雑菌、病原菌に汚染あるいは感染せずにイチゴの栽培を行うことができるので、従来に比べて極めて安全なイチゴの栽培方法(イチゴ苗木の生産方法)を実現できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
農作物を人工的に制御可能な環境下で生産するに当たり、
前記農作物および当該農作物の生産設備を、当該農作物の生育段階に応じた頻度で洗浄液を用いて定期洗浄して、当該農作物が雑菌および病原菌に汚染あるいは感染しないように管理することを特徴とする洗浄農法。
【請求項2】
請求項1において、
前記農作物の生育段階を、少なくとも、初期生育段階、中期生育段階および後期生育段階の3段階に分け、
前記初期生育段階における前記定期洗浄を第1頻度で行い、
前記中期生育段階における前記定期洗浄を前記第1頻度よりも低い第2頻度で行い、
前記後期生育段階における前記定期洗浄を前記第2頻度よりも低い第3頻度で行うことを特徴とする洗浄農法。
【請求項3】
請求項2において、
前記初期生育段階における前記定期洗浄を時間単位で行い、
前記中期生育段階における前記定期洗浄を週単位で行い、
前記後期生育段階における前記定期洗浄を週単位〜月単位で行うことを特徴とする洗浄農法。
【請求項4】
請求項1ないし3のうちのいずれかの項において、
前記洗浄液として次亜塩素酸水を用いることを特徴とする洗浄農法。
【請求項5】
人工的に制御可能な環境下で、親株をランナー増殖して定植用のイチゴ苗木を育成するに当たり、
前記イチゴ苗木の生育段階に応じた頻度で、当該イチゴ苗木、当該イチゴ苗木の培地、および当該イチゴ苗木の育成設備を、洗浄液を用いて定期洗浄して、前記イチゴ苗木が雑菌および病原菌に汚染あるいは感染しないように管理することを特徴とする洗浄農法によるイチゴ苗木の生産方法。
【請求項6】
請求項5において、
前記親株をランナー増殖してランナー取りを行う親株生育期間中においては、6時間以内に1回の頻度で前記定期洗浄を行い、
ランナー取り後の子株の育苗期間においては4時間〜24時間に1回の頻度で前記定期洗浄を行うことを特徴とする洗浄農法によるイチゴ苗木の生産方法。
【請求項7】
請求項5または6において、
前記洗浄液として次亜塩素酸水を用いることを特徴とする洗浄農法によるイチゴ苗木の生産方法。
【請求項8】
請求項5ないし7のうちのいずれかの項に記載の生産方法によって生産されたイチゴ苗木を定植用の培地に移植してイチゴを栽培するに当たり、
移植後の初期定植育苗期間においては、1日〜7日に1回の頻度で前記定期洗浄を行い、
その後の安定期の定植育苗期間においては、7日〜14日に1回の頻度で前記定期洗浄を行うことを特徴とする洗浄農法によるイチゴの栽培方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2012−244947(P2012−244947A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−119757(P2011−119757)
【出願日】平成23年5月27日(2011.5.27)
【出願人】(503228192)こもろ布引いちご園株式会社 (7)
【Fターム(参考)】