説明

活性酸素の作用を低下する物質のスクリーニング方法

【課題】活性酸素の作用を低下させる物質のスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】アミラーゼ分泌刺激剤、活性酸素発生剤を作用させる条件下において、被験物質の添加による耳下腺腺房細胞、または、膵臓外分泌細胞のアミラーゼ分泌能の変化を調べることによって、活性酸素の作用を低下させる物質をスクリーニングする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、活性酸素の作用を低下する物質のスクリーニング方法に関する。さらに詳しくは、耳下腺腺房細胞のアミラーゼ分泌を指標とする活性酸素の作用を低下する物質のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
活性酸素は、酸素が化学的に活性になったものであり、強い酸化力を有することが知られている。そのため、生体内において癌や生活習慣病等、さまざまな病気の原因とされ、活性酸素の作用機序の解明やその作用を低下させる物質のスクリーニング等を目的とする様々な研究が行われている。
【0003】
このうち活性酸素の作用を低下させる物質のスクリーニングにおいては、従来、DPPH法等の化学的方法、細胞の酸化度を直接測定する方法または電子スピン共鳴(ESR)で観察する方法等が行われてきた(例えば、特許文献1参照)。しかし、これらの方法は評価の対象とする分子が明らかではなく、生体内での作用メカニズムも不明であるため、生体に対する効果を直接反映することができないという問題があった。
【0004】
また、心疾患治療薬のスクリーニング方法として、酸化ストレスによる心筋細胞死が抑制されるか否かを調べる方法等も開発されているが(例えば、特許文献2参照)、この方法は細胞死を指標とするものであり、負荷した酸化ストレスの程度とその影響がわかりにくいという問題もあった。
そこで、細胞に対する影響やその生理作用を観察でき、かつ定量的に効果が判断できる活性酸素の作用を低下する物質のスクリーニング方法の提供が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2000−512740号公報
【特許文献2】特開2006−280213号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、活性酸素の作用を低下する物質のスクリーニング方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、被験物質の添加による耳下腺腺房細胞のアミラーゼ分泌への影響を指標として、活性酸素の作用を低下する物質がスクリーニングできることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は次の(1)〜(6)のスクリーニング方法等に関する。
(1)アミラーゼ分泌細胞に被験物質、アミラーゼ分泌刺激剤、活性酸素発生剤を作用させ、アミラーゼ分泌能の変化を調べることによる、活性酸素の作用を低下させる物質のスクリーニング方法。
(2)アミラーゼ分泌刺激剤および活性酸素発生剤を作用させた場合と比較して、被験物質、アミラーゼ分泌刺激剤、活性酸素発生剤を作用させた場合に、アミラーゼ分泌細胞のアミラーゼ分泌能が上昇しているときに、被験物質が活性酸素の作用を低下させる物質であると判断する上記(1)に記載のスクリーニング方法。
(3)アミラーゼ分泌細胞が耳下腺腺房細胞または膵臓外分泌細胞である上記(1)または(2)に記載のスクリーニング方法。
(4)アミラーゼ分泌刺激剤がカテコールアミン類である上記(1)〜(3)のいずれかに記載のスクリーニング方法。
(5)アミラーゼ分泌刺激剤がイソプレテノール(Isoproterenol;IPR、以下IPRとする)、アドレナリンまたはノルアドレナリンのいずれか1以上である上記(4)に記載のスクリーニング方法。
(6)活性酸素発生剤がジアミド、過酸化水素またはキサンチンオキシデースのいずれか1以上である上記(1)〜(5)のいずれかに記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のスクリーニング方法によって、活性酸素の作用を低下させる物質をスクリーニングすることができる。活性酸素の作用を低下させる物質による生きた細胞の生理的作用を直接観察でき、かつ定量的に評価できるスクリーニング方法であることから、本発明のスクリーニング方法を用いることにより、活性酸素による細胞障害等を原因とする疾病等の治療により有効な成分を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】DTT(Dithiothreitol;DTT、以下、DTTとする)を被験物質とした場合のスクリーニング結果を示した図である(実施例)。
【図2】グルタチオン(Glutathione;GSH、以下、GSHとする)を被験物質とした場合のスクリーニング結果を示した図である(実施例)。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の「スクリーニング方法」は、アミラーゼ分泌細胞に「被験物質」、アミラーゼ分泌細胞のアミラーゼ分泌を促進する「アミラーゼ分泌刺激剤」や、アミラーゼ分泌細胞のアミラーゼ分泌を抑制する「活性酸素発生剤」等を作用させることで、活性酸素の作用を低下させる物質をスクリーニングする方法であればいずれの方法も含まれる。
【0012】
本発明の「活性酸素の作用を低下させる物質」とは、活性酸素が生体等に与える影響を緩和する物質のことをいう。例えば、アミラーゼ分泌細胞に活性酸素が作用するとのアミラーゼ分泌能が低下するが、本発明の「活性酸素の作用を低下させる物質」が作用すると、アミラーゼ分泌細胞のアミラーゼ分泌能の低下を抑制することができるような物質のことである。本発明の「活性酸素の作用を低下させる物質」は天然物であっても混合物であってもよい。
【0013】
本発明の「活性酸素の作用を低下させる物質のスクリーニング方法」においては、「活性酸素の作用を低下させる物質」の候補物質を「被験物質」として用いる。そして、これをアミラーゼ分泌細胞に作用させた場合と作用させなかった場合を比較して、アミラーゼ分泌細胞に「被験物質」を作用させた場合に、アミラーゼ分泌能の低下が抑制または阻害されたときには、この「被験物質」を「活性酸素の作用を低下させる物質」と判断することが好ましい。
【0014】
さらに、アミラーゼ分泌細胞に(A)「被験物質」、「アミラーゼ分泌刺激剤」および「活性酸素発生剤」を作用させた場合と、(B)「アミラーゼ分泌刺激剤」および「活性酸素発生剤」を作用させた場合とを比較して、(A)「被験物質」、「アミラーゼ分泌刺激剤」および「活性酸素発生剤」を作用させた場合に、アミラーゼ分泌能の低下が抑制または阻害されたときには、この「被験物質」を「活性酸素の作用を低下させる物質」と判断することが好ましい。
【0015】
また、本発明の「スクリーニング方法」においては、比較する対象として、(D)アミラーゼ分泌細胞に「アミラーゼ分泌刺激剤」のみを作用させた場合や(C)「被験物質」と「アミラーゼ分泌刺激剤」を作用させた場合も含めることができる。
アミラーゼ分泌細胞に(A)「被験物質」、「アミラーゼ分泌刺激剤」、「活性酸素発生剤」を作用させた場合と、(D)「アミラーゼ分泌刺激剤」のみを作用させた場合とを比較して、アミラーゼ分泌細胞のアミラーゼ分泌能が同等であれば、本発明の「被験物質」によって、「活性酸素発生剤」の作用によるアミラーゼ分泌能の低下が抑制または阻害できたことが確認できる。
また、(A)アミラーゼ分泌細胞に「アミラーゼ分泌刺激剤」のみを作用させた場合と、(C)「被験物質」と「アミラーゼ分泌刺激剤」を作用させた場合とを比較して、「被験物質」自体の作用によって、アミラーゼ分泌細胞のアミラーゼ分泌能を低下するか否かも調べることができる。
【0016】
これらの本発明の「スクリーニング方法」は、アミラーゼ分泌細胞が分泌するアミラーゼの量を指標とすることができ、定量的に行うことができる。アミラーゼの量の測定は、例えば、バーンフェルド法(Bernfeld, P., Amylase: alpha and beta, In: Colowick SP, eds. Methods in Enzymology, Vol.1. AcademicPress, NY, 149−158(1955))、ヨウ素デンプン法等、従来知られているいずれの方法も用いることができる。
このような本発明のスクリーニング方法によって、「活性酸素の作用を低下させる物質」と判断されたものとして、DTT、GSH等が挙げられる。
これらの本発明のスクリーニング方法によって得られた「活性酸素の作用を低下させる物質」は、活性酸素による細胞障害を原因の1つとする疾患、例えば唾液分泌機能低下を症状とする口腔乾燥症等において、唾液分泌低下を予防する薬剤やサプリメント等の有効成分として用い得る。
【0017】
本発明の「アミラーゼ分泌細胞」には、アミラーゼ分泌能を有する細胞であればいずれの細胞も含まれる。例えば、耳下腺から従来知られている方法によって単離された腺房細胞や、膵臓外分泌細胞等が挙げられる。
これらの細胞は、β受容能およびアミラーゼ分泌能を有している状態で用いる必要があることから、生きた細胞であることが好ましく、例えば、単離後2時間以内の細胞等を用いることが好ましい。単離した細胞が腺房細胞であれば、単離後クレブス・リンゲル液中で4℃においておき、2時間以内に用いることが好ましい。
「アミラーゼ分泌細胞」が耳下腺腺房細胞である場合には、この細胞が分泌するアミラーゼは唾液の成分の1つであることから、本発明の「スクリーニング方法」によって「活性酸素の作用を低下させる物質のスクリーニング」とともに、唾液分泌に有効な成分のスクリーニングも合わせて行うこともできる。また、この場合、「アミラーゼ分泌能」を指標とし、定量的な評価ができる本発明のスクリーニング方法は、唾液分泌機能の測定等にも応用することができる。
本発明の「スクリーニング方法」に用いる「アミラーゼ分泌細胞」は、分泌するアミラーゼの量を定量的に測定できれば、いずれの細胞濃度のものを用いてもよく、例えば、10,000〜90,000cells/mlの細胞濃度のものを用いることもできる。
【0018】
本発明の「アミラーゼ分泌刺激剤」には、アミラーゼ分泌細胞のアミラーゼ分泌を刺激し、促進する剤であればいずれの剤も含まれる。カテコールアミン類の剤であることが好ましく、例えば、IPR、アドレナリン等が挙げられる。
【0019】
本発明の「活性酸素発生剤」には、活性酸素を発生する剤であればいずれのものも含まれる。アミラーゼ分泌細胞のアミラーゼ分泌を抑制する剤であることが好ましく、このような剤としてはジアミド(diamide)、過酸化水素、キサンチンオキシデース等が挙げられる。
【0020】
以下、実施例をあげて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0021】
<試薬・試料の調製>
1.耳下腺腺房細胞の単離
2個体のラット(Sprague−Dawley系統・日本エスエルシー社)(6〜7週齢・雄)からペントバルビツール麻酔下で手術によって摘出した耳下腺を、クレブス・リンゲル液にとり、液中で細切した。細切した耳下腺をトリプシン(シグマアルドリッチ社)液中で培養し(37℃、震盪、5分間)、次にコラゲナーゼ(ワーシントン社)液中で培養(37℃、震盪、10分間)した。耳下腺から分離した腺房細胞をナイロンメッシュでフィルトレーションし、ろ過画分を、4%牛血清アルブミンを含むクレブス・リンゲル液上に重層し遠心分離を行った。沈殿した細胞をクレブス・リンゲル液に分散させて洗浄した腺房細胞を、単離された耳下腺腺房細胞として、本発明のスクリーニング方法に用いた。
【0022】
2.試薬の調製
1)アミラーゼ分泌刺激剤
アミラーゼ分泌刺激剤としてIPRを用いた。IPR(東京化成社)はクレブス・リンゲル液で100μMにしたものを試薬とした。
2)活性酸素発生剤
活性酸素発生剤としてジアミドを用いた。ジアミド(MP biomedicals社)はクレブス・リンゲル液で100μMにしたものを試薬とした。
【0023】
3.被験物質の調製
1)ジチオトレイトール(Dithiothreitol;DTT)
DTT(和光純薬社)をクレブス・リンゲル液で50mMにしたものを被験物質とした。
2)還元型グルタチオン(Glutathione;GSH)
GSH(和光純薬社)をクレブス・リンゲル液で50mMにしたものを被験物質とした。
【0024】
<スクリーニング方法>
上記で調製した腺房細胞(90,000cells/ml)1mLを50mlポリプロピレンコニカルチューブ(コーニング社)に入れ、被験物質(50mM)を1mL添加し、10分間作用させた。作用後腺房細胞を遠心し、細胞をクレブス・リンゲル液に分散させて洗浄し、上記で調整した試薬、被験物質を添加し作用させ、アミラーゼの分泌を促した。
被験物質および試薬は次のように添加し作用させた。
(A)腺房細胞に被験物質(DTTまたはGSH)を添加し作用させた(10分間、37℃、震盪)後、ジアミド(5分間、37℃、震盪)作用後、IPRを添加し作用させた、
(B)腺房細胞にジアミド(5分間、37℃、震盪)およびIPRを添加し作用させた(ネガティブコントロール)、
(C)腺房細胞に被験物質(DTTまたはGSH)を添加し作用させた(10分間、37℃、震盪)後、IPRを添加し作用させた(バックグラウンド:被験物質自体によるアミラーゼ分泌能への影響を確認するもの)、
(D)腺房細胞にIPRのみを添加し作用させた(5分間、37℃、震盪)(ポジティブコントロール:正常なアミラーゼ分泌の程度を確認するもの)、
上記(A)〜(D)について、それぞれ最終試薬を添加5分後(刺激時アミラーゼ分泌量)および、20分後(全アミラーゼ分泌量)の腺房細胞が分泌したアミラーゼの量をバーンフェルド法により測定した。腺房細胞のアミラーゼ分泌に対する被験物質の影響を調べた。
【0025】
4.スクリーニング結果の検討
図1,2に結果を示した。
図1,2のグラフはいずれも、上記(A)〜(D)の場合におけるアミラーゼ分泌量(%)を示したものである。
アミラーゼの分泌量(%)は、最終試薬添加20分後のアミラーゼ量(全アミラーゼ分泌量)を100%として最終試薬添加5分後のアミラーゼ分泌量(刺激時アミラーゼ分泌量)を示したものである。
【0026】
1)DTT
図1(A)に示したように、DTTを作用させた場合には、(B)DTTを作用させていない場合と比べて、ジアミドの作用によるアミラーゼ分泌量の低下が阻害され、(D)ポジティブコントロールと同等のアミラーゼ分泌が確認された。
2)GSH
図2(A)に示したように、GSHを作用させた場合には、(B)GSHを作用させていない場合と比べて、ジアミドの作用によるアミラーゼ分泌量の低下が阻害され、(D)ポジティブコントロールと同等のアミラーゼ分泌が確認された。
以上の結果より、本発明のスクリーニング方法によって、被験物質であるDTTおよびGSHのいずれも、ジアミドによるアミラーゼ分泌低下の阻害に有用な物質であることを確認することができた。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明のスクリーニング方法によって、活性酸素の作用を低下させる物質による細胞の生理的作用を直接観察し、かつ定量的に評価することで、活性酸素による細胞障害等を原因とする疾病等の治療により有効な成分を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミラーゼ分泌細胞に被験物質、アミラーゼ分泌刺激剤、活性酸素発生剤を作用させ、アミラーゼ分泌能の変化を調べることによる、活性酸素の作用を低下させる物質のスクリーニング方法。
【請求項2】
アミラーゼ分泌刺激剤および活性酸素発生剤を作用させた場合と比較して、被験物質、アミラーゼ分泌刺激剤、活性酸素発生剤を作用させた場合に、アミラーゼ分泌細胞のアミラーゼ分泌能が上昇しているときに、被験物質が活性酸素の作用を低下させる物質であると判断する請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
アミラーゼ分泌細胞が耳下腺腺房細胞または膵臓外分泌細胞である請求項1または2に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
アミラーゼ分泌刺激剤がカテコールアミン類である請求項1〜3のいずれかに記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
アミラーゼ分泌刺激剤がイソプレテノール(Isoproterenol;IPR)、アドレナリンまたはノルアドレナリンのいずれか1以上である請求項4に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
活性酸素発生剤がジアミド、過酸化水素またはキサンチンオキシデースのいずれか1以上である請求項1〜5のいずれかに記載のスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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