説明

浮遊液滴を用いた材料の表面張力測定方法

【課題】形状振動の振幅の影響による形状振動数の低下を回避し、精度の高い形状振動数測定を可能とする、浮遊液滴を用いた表面張力測定方法を提供すること。
【解決手段】測定対象材料の液滴を、空中に浮遊させ保持する段階、空中に浮遊保持された前記液滴を、回転させると共に形状振動させる段階、回転及び形状振動している液滴のアスペクト比を求める段階、アスペクト比が1になったときの前記液滴の形状振動数を求める段階、及び求められた形状振動数を用いて、次式から前記液滴の表面張力を求める段階から成る。
Ts = (1/2)ρa3σ2π2
ここで、Tsは表面張力、ρは液滴の密度、aは液滴の半径、そして σは形状振動数である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に、高温の溶融材料の物性値が重要となる原子力関連、航空宇宙関連、地質関連の工学分野、金属加工、溶接等の工業分野、溶融材料や界面活性材料の物性値が重要となる材料分野において有用な、金属等の材料の表面張力を高精度に測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、高温の溶融金属や界面活性材料の物性を測定するために、表面活性が高い試料と容器との接触による影響を排除することができる浮遊液滴を用いた方法が提案されている。例えば、静電力や電磁力等により液滴を浮遊させ、その形状振動の周波数すなわち形状振動数から、線形理論に基づく関係式により表面張力が求められる(特許文献1、非特許文献1及び2を参照)。測定の観点から、振動振幅は大きいほうが望ましいが、形状振動数は振幅の増加とともに大きく低下することが知られている(非特許文献3を参照)。そのため、精度の高い測定は困難である。
【0003】
一方、遠心力と表面張力のバランスを仮定して、回転する液滴の表面張力を求める方法も提案されている(特許文献2を参照)。しかし、液滴の形状を回転楕円体と近似させる必要があるため、回転数及び扁平率はいずれも小さい必要があり、この方法でも精度の高い測定は困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003-106975号公報
【特許文献2】特開平06-003250号公報(特公平07-104258号公報)
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Journal of Non-Crystalline Solids, 250-252(1999)63-69
【非特許文献2】Journal of Colloid and Interface Science, 187(1997)1-10
【非特許文献3】Journal of Fluid Mechanics, 231(1991)189-210
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
振幅が小さくとも、振幅の影響をゼロにすることはできないため、形状振動数の測定には、振幅の大きさの影響が常に含まれている。このため、形状振動において振動数の低下を防ぐことができれば、精度の高い形状振動数の測定すなわち表面張力の測定が可能となる。
【0007】
従って、本発明の目的は、形状振動の振幅の影響による形状振動数の低下を回避し、精度の高い形状振動数測定を可能とする、浮遊液滴を用いた表面張力測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る浮遊液滴を用いた材料の表面張力測定方法では、基本的には、浮遊液滴の回転数と形状振動数を制御することによりアスペクト比を制御し、該アスペクト比が1になったときの、浮遊液滴の形状振動数から前記浮遊液滴の表面張力を測定するようにしている。ここで、より具体的には、前記浮遊液滴のアスペクト比の制御は、液滴の回転及び形状振動の振幅を制御することによって行われる。ここで、アスペクト比とは、液滴の垂直方向の径の水平方向の径に対する比である。また、形状振動とは、液滴全体形状の伸縮によって生ずる振動を言う。
【0009】
また、アスペクト比は、例えば、浮遊液滴を撮像し、撮像された画像信号から浮遊液滴の垂直方向と水平方向の径を求め、両者の最大径の比を演算することにより求めることができる。なお、上述のアスペクト比として、形状振動している液滴のある一瞬のアスペクト比ではなく、形状振動を或る一定期間測定し、その期間の液滴の平均アスペクト比を取っても良い。
【0010】
最も好適な浮遊液滴を用いた材料の表面張力測定方法は、測定対象材料の溶融液滴を、空中に浮遊させ保持する段階、空中に浮遊保持された前記液滴を、回転させると共に形状振動させる段階、回転、形状振動している液滴のアスペクト比を求める段階、アスペクト比が1になったときの前記液滴の形状振動数を求める段階、及び求められた形状振動数から前記液滴の表面張力を求める段階を有する。また、前記形状振動数から前記液滴の表面張力を求める段階は、前記形状振動数を下式に代入することにより行うことが好適である。
Ts = (1/2)ρa3σ2π2
ここで、Tsは表面張力、ρは液滴の密度、aは液滴の半径、そしてσは形状振動数であって、液滴の密度ρは測定された温度と圧力から物性値として与えられる。
【発明の効果】
【0011】
浮遊液滴の形状振動を測定し、表面張力を算出する従来の方法に対し、液滴に回転を与え、液滴形状のアスペクト比が1になるように、回転数及び形状振動振幅を制御することによって、振幅を大きくすると同時に、従来の方法では避けられなかった形状振動数への振幅の大きさの影響を排除でき、より正確な形状振動数の測定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明に係る表面張力測定方法を実施するための表面張力測定装置の概略構成図である。
【図2】液滴の形状振動の様子を示している図である。
【図3】液滴のアスペクト比と形状振動数変化である周波数変化の関係を示しているグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明に係る浮遊液滴を用いた材料の表面張力測定方法を実施するための一例である表面張力測定装置の概略構成について、図1を用いて説明する。図1において、10は、表面張力測定の対象である、例えば液体金属等の液滴であり、11は、液滴を電磁界によって所定の浮遊位置に保持しながら、液滴に形状振動を与えるための浮遊振動制御装置である。12は、所定位置に保持されている液滴に音圧を与えることで液滴を回転させるための回転駆動装置であり、13は、液滴の形状を記録するための、CCDカメラ等から構成された形状記録装置である。また、14は、浮遊振動制御装置11及び回転駆動装置12を適宜制御し、形状記録装置13から与えられる画像信号のデータを記憶し、処理するための制御用コンピュータである。これらの装置は、いずれも良く知られた装置(例えば、前述の先行技術文献を参照)であるので、個別の詳細な説明は省略する。
【0014】
次に、図1に示された装置を用いて、浮遊液滴の表面張力を測定する方法について詳細に説明する。まず、浮遊振動制御装置11を駆動させ、溶融材料等の試料液滴を浮遊させる。試料は、固体状態で浮遊位置に設置し、レーザー等の熱源(図示せず)により溶融させるか、または、注射器のような道具(図示せず)により液体状態で注入することができる。ただし、液滴を所定の位置に設置できる方法であれば、これ以外の方法で行っても良い。次に、浮遊振動制御装置11に周期的な電圧変動を印加することにより、液滴の鉛直軸に軸対称となる形状振動を誘発する。
【0015】
図2に、誘発された形状振動の状態を時間毎に示す。図2は、液滴10の形状振動状態の垂直断面図であり、この図から時間T(sec)を追う毎に赤道方向に垂直な極方向の径が電界強度に応じて伸縮し、極方向の径の伸縮に伴い赤道方向の径も伸縮している様子がわかる。液滴の形状振動は、CCDカメラ等から成る形状記録装置13を用い、画像信号として制御用コンピュータ14に取り込む。
【0016】
次に、形状振動と同時に、回転駆動装置12の音圧を制御し、液滴に鉛直軸周りの回転を与える。制御用コンピュータに取り込んだ液滴形状振動を示す画像信号のデータから、アスペクト比(液滴の垂直方向の径の水平方向の径に対する比)を算出する。液滴の回転数及び形状振動振幅を、アスペクト比が1になるように制御する。回転数及び形状振動振幅の制御は、制御用コンピュータを通して、手動、あるいは自動で行う。回転数及び形状振動振幅の制御により、アスペクト比が1となった状態で、形状振動数を測定し、線形理論式(Lamb, “Hydrodynamics”,Cambridge Univ Pres,1950)に基づく以下の関係式により、表面張力を算出する。
Ts = (1/2)ρa3σ2π2
ここで、Tsは表面張力、ρは液滴の密度、aは液滴の半径、そしてσは形状振動数である。
【0017】
この時、適宜、浮遊に用いた磁力の補正(Journal of Fluid Mechanics, 224(1991)395)、電場の補正(Proc. Royal Society London, A430(1990)133-150)等を行う。ただし、微小重力空間等で、浮遊に必要な外力が不要、または影響が無視しうるほど小さい場合は、これら補正は必要ない(Physical Review Letters, 75,22(1995)4043-4046)。なお、液滴の形状振動は、継続的なものでも、減衰的なものでもよい。
【0018】
液滴に回転を印加することにより、振動振幅の大きさが形状振動数に及ぼす影響を排除することができる。形状振動では、振幅が増加すると形状振動数が減少することが分かっている(Journal of Fluid Mechanics, 231(1991)189-210)。一方、回転数が増加すると形状振動数が増加することも知られている(Journal of Fluid Mechanics, 142(1984)1-8)。振動と回転を同時に印加した場合、振幅が大きくとも適切な回転数を与えることにより形状振動数の変化を起こさせなくすることが可能であり、液滴形状のアスペクト比が1であれば、振幅にかかわらず形状振動数がシフトしないことが明らかにされている(Physics Letters A373(2009)867-870)。
【0019】
この関係は、液滴径に対する振幅が0.02〜0.83、基本の形状振動数すなわち固有振動数に対する回転数が0〜0.6まで、すなわち固有振動数の0〜0.6倍の回転数までの広い範囲で確認され、さらに図3に示すように、液滴の粘性および表面張力が変化しても成立することが確認されている。図3において、横軸はアスペクト比、縦軸は形状振動数変化である周波数変化を示している。また、同図において、Reは粘性を、Weは表面張力を表すパラメータである。
【0020】
本測定方法は、このアスペクト比と形状振動数の関係を応用したものである。試料の温度や形状振動数などの条件は、測定する試料によって異なる。たとえば、従来の形状振動のみを与える方法で金の表面張力を測定した例では、温度1000から1700℃、液滴半径4mm、周波数(形状振動数)約16Hz(Physical Review Letters, 75,22(1995)4043-4046)、亜鉛の例では、0.9-1.2gの試料に対し、温度1600〜2100℃、周波数(形状振動数)約37Hzである(Surface Science, 443(1999)159-164)。
【符号の説明】
【0021】
10 液滴
11 浮遊振動制御装置
12 回転駆動装置
13 形状記録装置
14 制御用コンピュータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
浮遊液滴のアスペクト比を制御し、該アスペクト比が1になったときの浮遊液滴の形状振動数に基づいて前記浮遊液滴の表面張力を測定する、浮遊液滴を用いた材料の表面張力測定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の表面張力測定方法において、前記浮遊液滴のアスペクト比の制御を、液滴の回転数及び形状振動振幅を制御することによって行うことを特徴とする浮遊液滴を用いた材料の表面張力測定方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の表面張力測定方法において、前記アスペクト比は、液滴の形状振動を或る一定期間測定し、その期間の平均のアスペクト比であることを特徴とする浮遊液滴を用いた材料の表面張力測定方法。
【請求項4】
測定対象材料の液滴を、空中に浮遊させ保持する段階、
空中に浮遊保持された前記液滴を、回転させると共に形状振動させる段階、
回転及び形状振動している液滴のアスペクト比を求める段階、
アスペクト比が1になったときの前記液滴の形状振動数を求める段階、及び、
求められた形状振動数から前記液滴の表面張力を求める段階、
からなる浮遊液滴を用いた材料の表面張力測定方法。
【請求項5】
請求項4に記載の表面張力測定方法において、前記形状振動数から前記液滴の表面張力を求める段階は、次式の計算によって行うことを特徴とする浮遊液滴を用いた材料の表面張力測定方法。
Ts = (1/2)ρa3σ2π2
ここで、Tsは表面張力、ρは液滴の密度、aは液滴の半径、そしてσは形状振動数である。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−271234(P2010−271234A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−124247(P2009−124247)
【出願日】平成21年5月22日(2009.5.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年1月7日 Elsevier B.V.発行の「Physics Letters A(373(2009))」に発表
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)