説明

浮遊細胞の培養方法及び浮遊細胞の観察方法

【課題】培養液の交換時に浮遊細胞が除去されることを防止し、かつ培養容器から浮遊細胞を取り出すことなく浮遊細胞の観察を可能とする浮遊細胞の培養方法を提供する。
【解決手段】一対の透過プレート3、4をスペーサ6を挟んで対向配置することにより、それらの透過プレート3、4間に扁平なチャンバ7が形成され、チャンバ7の周囲には、チャンバ7に培養液51を導入する案内管10及びチャンバ7から培養液51を排出する案内管11が設けられ、先端がチャンバ7内に突出するようにして案内管11に挿入可能な第2ニードルを備えたセル1を利用した浮遊細胞52の培養方法であって、浮遊細胞52を含んだ培養液51をチャンバ7内に導入しつつ培養液を排出させ、浮遊細胞52をチャンバ7内に補足する捕捉工程と、培養液51をチャンバ7内に導入しつつ、培養液を逐次排出することにより、チャンバ7内の培養液を交換する培養液交換工程と、を備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養液中を浮遊する浮遊細胞の培養方法及び観察方法に関する。
【背景技術】
【0002】
浮遊細胞の培養では、培養中に培養液を交換する必要がある。浮遊細胞は培養液中に浮遊しており、交換時に培養液とともに容器から除去されてしまうことがあるため、対策が必要となる。例えば、培養容器を多孔性構造として培養液のみを通過させて浮遊細胞が除去されないようにしたものが知られている(特許文献1参照。)。また、試液中に存在する検体の観察に適した検体観察用セルとしては、特許文献2が周知である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−218967号公報
【特許文献2】特許第4203100号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の培養容器では、培養液の交換時に浮遊細胞もともに除去されるおそれはないが、浮遊細胞の観察時には容器から取り出す作業が必要となる。
【0005】
そこで、本発明は培養液の交換時に浮遊細胞が除去されることを防止し、かつ培養容器から浮遊細胞を取り出すことなく浮遊細胞の観察を可能とする浮遊細胞の培養方法及び浮遊細胞の観察方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の浮遊細胞の培養方法は、底板(4;83)と、浮遊細胞(52)の観察に使用される波長域を通過させる窓板(3;82)とがスペーサ(6;84)を挟んで対向配置されることにより、前記底板と前記窓板との間に扁平なチャンバ(7;85)が形成され、前記チャンバの周囲には、該チャンバに液体(51)を導入する導入路(10;88)及び前記チャンバから前記液体を排出する排出路(11;89)が設けられ、先端が前記チャンバ内に突出するようにして前記排出路に挿入可能な管状部材(13)をさらに備えた培養用セルを利用した浮遊細胞の培養方法であって、前記導入路から前記浮遊細胞を含んだ搬送液(51)を前記チャンバ内に導入しつつ、前記排出路から前記搬送液を排出させ、前記浮遊細胞を前記チャンバ内に補足する捕捉工程と、培養液(51)を前記導入路から前記チャンバ内に導入しつつ、前記排出路から前記培養液を逐次排出することにより、前記チャンバ内の培養液を交換する培養液交換工程と、を備えたことにより上記課題を解決する。
【0007】
本発明の浮遊細胞の培養方法によれば、浮遊細胞を含んだ搬送液をチャンバ内に導入すると、扁平なチャンバ内で搬送液が拡散して搬送液の流れに強弱が生じ、その流れの弱い部分に浮遊細胞が留まる。浮遊細胞の導入後は、搬送液を培養液に代えてチャンバ内に導入し、浮遊細胞が培養液の流れの弱い部分に留まったまま培養液のみを排出路から排出することができる。排出路に挿入可能な管状部材を備えているため、管状部材をチャンバ内に突出させることにより、チャンバの内周面に沿った液体の流れから管状部材の先端を隔離させることができる。これにより、チャンバの内周面に沿って移動する浮遊細胞の管状部材への流入が妨げられ、浮遊細胞がチャンバ内にさらに効率よく集められる。よって、チャンバ内への培養液の導入を継続しつつ、排出路から培養液を逐次排出することにより、チャンバ内の浮遊細胞に対して培養液を交換することができる。培養後は、導入路及び排出路を塞ぐことによりチャンバ内に浮遊細胞及び培養液を封じ込めて観察用の標本を作製することができる。培養液を交換可能な状態で浮遊細胞をチャンバ内に封じ込めているので、浮遊細胞を外部環境に晒すことなく、また、浮遊細胞に作用する物理力を極めて小さく押えることができる。よって、浮遊細胞を安定して培養しつつ、他の容器に移し替えることなく浮遊細胞の観察も可能となる。なお、ここで「液体」は、搬送液及び培養液を包含する概念の文言として用いており、「搬送液」は浮遊細胞を保持可能な液体であり培養液を包含する概念の文言として用いている。
【0008】
本発明の培養方法の一形態において、送液手段にて前記液体を前記導入路に向かって押し込むことにより、前記チャンバ内に前記液体の流れを形成し、前記送液手段による押し込み力を利用して前記チャンバ内の液体を前記排出路から流出させてもよい。この形態によれば、液体を排出路から押し出しているので、浮遊細胞の流出抑制効果が高い。
【0009】
本発明の培養方法の一形態において、送液手段にて前記排出路から前記液体を吸い出すことにより、前記チャンバ内に前記液体の流れを形成し、前記送液手段による吸い込み力を利用して前記導入路から前記チャンバ内に前記液体を吸い込んでもよい。この形態によれば、導入路側に送液手段を設けなくとも液体をチャンバ内に導入することができる。よって、送液手段にて発生する異物がチャンバ内に残るおそれを排除することができる。
【0010】
本発明の培養方法の一形態において、前記チャンバが前記窓板と対向する方向から見て多角形状に形成され、前記導入路及び前記排出路が前記チャンバの内周面に開口していてもよい。チャンバを多角形状に形成することにより、チャンバの隅部にて液体の流れによどみを生じさせて浮遊細胞を容易に集めることができる。
【0011】
さらに、前記チャンバの内周が描く多角形の同一の辺上に前記導入路及び前記排出路が開口していてもよい。この形態によれば、導入路からチャンバ内に導入された液体がチャンバを一周するように流れて排出路から排出される。その流れの過程において、チャンバの各隅部によどみが生じて浮遊細胞がチャンバ内に留まる。
【0012】
本発明の培養方法の一形態において、前記管状部材が前記排出路に対して抜き差し可能であってもよい。浮遊細胞の観察時には管状部材をチャンバから後退させることにより、管状部材が浮遊細胞の観察に与える影響を排除することができる。
【0013】
本発明の培養方法の一形態において、抜き孔(5)が形成されたセル基板(2)を有し、前記抜き孔の内周に前記スペーサが一体に形成され、前記底板及び前記窓板が前記スペーサと密着するようにして前記抜き孔内に嵌め合わされてもよい。底板及び窓板は浮遊細胞観察時の視野内に位置するため、観察の支障にならない材料にて形成する必要がある。しかし、上記の形態によれば、底板及び窓板をセル基板とは別の材料にて構成することができるので、材料選択の自由度が高まる。例えば、底板及び窓板と比較して安価な材料、加工適性に優れた材料等でセル基板を構成することが可能となる。
【0014】
さらに、前記セル基板が金属製であってもよい。セル基板を金属製とすれば、金属加工技術を利用してセル基板を形成することができる。抜き孔及びスペーサも容易かつ高精度に加工することができる。
【0015】
本発明の培養方法の一形態においては、前記検体の観察に使用される波長域を通過させる材料にて構成された一対の板材(3、4)が前記スペーサを挟んで対向配置されることにより、一方の板材を前記窓板としたときに他方の板材が前記底板として機能するように構成されてもよい。この形態によれば、培養用セルの表裏いずれの側からも浮遊細胞を観察することができる。また、透過型の観察装置も問題なく利用することもできる。
【0016】
本発明の浮遊細胞の観察方法は、底板(4;83)と、浮遊細胞(52)の観察に使用される波長域を通過させる窓板(3;82)とがスペーサ(6;84)を挟んで対向配置されることにより、前記底板と前記窓板との間に扁平なチャンバ(7;85)が形成され、前記チャンバの周囲には、該チャンバに液体(51)を導入する導入路(10;88)及び前記チャンバから前記液体を排出する排出路(11;89)が設けられ、先端が前記チャンバ内に突出するようにして前記排出路に挿入可能な管状部材(13)をさらに備えた培養用セルを利用した浮遊細胞の観察方法であって、前記導入路から前記浮遊細胞を含んだ搬送液(51)を前記チャンバ内に導入しつつ、前記排出路から前記搬送液を排出させ、前記浮遊細胞を前記チャンバ内に補足する捕捉工程と、培養液(51)を前記導入路から前記チャンバ内に導入しつつ、前記排出路から前記培養液を逐次排出することにより、前記チャンバ内の培養液を交換する培養液交換工程と、前記窓板を介して前記チャンバ内の浮遊細胞を観察する観察工程と、を備えたことにより上記課題を解決する。
【0017】
本発明の浮遊細胞の観察方法によれば、浮遊細胞がチャンバ内に導入された後も培養液を導入路から導入しつつ培養液のみを排出路から排出させ、チャンバ内に浮遊細胞を留めたまま培養液を交換することができる。従って、浮遊細胞を安定して培養することができる。そして、培養時の状態を損なわずにチャンバを形成する窓板から浮遊細胞を観察することができる。浮遊細胞が外部環境に晒されず、浮遊細胞に作用する物理力も極めて小さく抑えられるので、浮遊細胞の状態の変化が抑えられ正確な観察が可能となる。
【0018】
なお、以上の説明では本発明の理解を容易にするために添付図面の参照符号を括弧書きにて付記したが、それにより本発明が図示の形態に限定されるものではない。
【発明の効果】
【0019】
以上、説明したように、本発明の浮遊細胞の培養方法においては、チャンバ内における培養液の流れを利用して浮遊細胞をチャンバ内に留まらせつつ、培養液を交換することができる。従って、浮遊細胞が外部環境に晒されず、浮遊細胞に作用する物理力も極めて小さく抑えることができる。また、他の容器に移し替えることなく浮遊細胞の観察もできるので、浮遊細胞の状態の変化を抑え、正確な観察が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の第1の形態に係る培養用セルの平面図。
【図2】図1のセルの側面図。
【図3】図2のIII−III線に沿った拡大断面図。
【図4】図1のセルのチャンバ内で浮遊細胞を培養する様子を示す図。
【図5A】セル内における培養液及び浮遊細胞の流れを示す図。
【図5B】浮遊細胞の観察に備えてニードルをチャンバから後退させた状態を示す図。
【図6】浮遊細胞を収容したセルを観察装置に装着した状態を示す斜視図。
【図7】図4において送液手段を変更した構成を示す図。
【図8】本発明の第2の形態に係る培養用セルの平面図。
【図9】図8のセルの側面図。
【図10】図9のX−X線に沿った拡大断面図。
【図11】変形例に係るセルの要部を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
[第1の形態]
図1は本発明の第1の形態に係る培養用セル(以下、セルと略称することがある。)の平面図、図2はそのセルの側面図、図3は図2のIII−III線に沿ったセルの拡大断面図である。なお、本形態の培養用セルは表裏の向きに関係なく使用できるが、以下では、便宜上、図1に現れている面を表面、その反対側の面を裏面として説明を続ける。セル1は、セル基板2と、そのセル基板2の中央に設けられた一対の板材としての透過プレート3、4(図3参照)とを備えている。セル基板2は金属製であり、金属加工技術を利用して、表面2a及び裏面2bが互いに平行な矩形平板状に形成されている。
【0022】
セル基板2の中央には、概略正方形状の抜き孔5がセル基板2を厚さ方向(図2の上下方向)に貫くように形成されている。抜き孔5の内周にはスペーサ6が抜き孔5を一周するように設けられている。スペーサ6はセル基板2の表面2a及び裏面2bと平行であり、その厚さtは全周に亘って一定である。なお、抜き孔5の四隅には拡大部5aが形成されているが、スペーサ6はそれらの拡大部5aを上下に分断している。
【0023】
透過プレート3、4はスペーサ6と密着するようにして抜き孔5に嵌め込まれ、さらにセル基板2と接合されている。これにより、透過プレート3、4の対向面3a、4aの間には、透過プレート3、4に沿って扁平でかつ矩形状のチャンバ7が形成されている。チャンバ7の高さ(対向面3a、4a間の隙間量)はスペーサ6の厚さtに等しい。なお、厚さtは、培養対象の浮遊細胞を収容するに足りる程度でよく、チャンバ7の一辺の長さに対して十分に小さく設定される。一例として、チャンバ7の一辺が20mmのとき、厚さtは0.5mm程度である。なお、厚さtは10mm以下が好ましく、0.5〜3mm程度が望ましい。また、チャンバ7の一辺の長さも30mm以下が好ましく、20mm以下が望ましい。セル基板2と透過プレート3、4との接合面間は、チャンバ7からの液漏れを防止できるように全周に亘ってシールされている。
【0024】
透過プレート3、4はいずれも一定厚さの平板状に形成されている。透過プレート3、4のそれぞれの板厚は、抜き孔5に嵌め込まれた状態で透過プレート3、4がセル基板2の表面2a及び裏面2bと面一に連なるように定められている。透過プレート3、4は、浮遊細胞の観察時に使用される波長域を通過させる同一材料にてそれぞれ構成されている。例えば、セル1がラマン分光法による観察に用いられる場合には、観察時に使用される波長域を透過プレート3、4が透過することに加え、透過プレート3、4から蛍光やラマン散乱光が発生しないことが必要である。このため、透過プレート3、4を石英にて構成することが好ましい。可視光による観察に用いられる場合には、可視域において透過性を有するガラスにて透過プレート3、4を構成することができる。浮遊細胞に適した材質を選択すればよい。なお、透過プレート3は拡大部5aにも嵌め込まれている。
【0025】
セル基板2には、その長辺に沿った一側面2cからチャンバ7まで延びる第1連絡孔8及び第2連絡孔9が形成されている。連絡孔8、9の軸線は互いに平行である。また、連絡孔8、9はチャンバ7の奥行き方向(図1の上下方向)に延びるチャンバ7の内面から幾らか離れた位置に形成されている。セル基板2のスペーサ6は連絡孔8、9の延長上において切り欠かれている。連絡孔8、9には案内管10、11が固定されている。第1連絡孔8に固定された案内管10によって試液の導入路が形成され、第2連絡孔9に固定された案内管11によって試液の排出路が形成される。案内管10、11には、管状部材としての中空のニードル12、13がそれぞれ差し込まれている。ニードル12、13は案内管10、11に対して抜き差し可能である。ニードル12、13を最も深く差し込むと、それらの先端12a、13aはチャンバ7の内周面、すなわちスペーサ6の端面からチャンバ7の内部に適度な長さで突出する。ニードル12、13のそれぞれの後端には接続部12b、13bが設けられている。
【0026】
次に、セル1を利用した浮遊細胞の培養方法を説明する。図4は、セル1のチャンバ7内に培養液とともに導入された浮遊細胞を培養する様子を示している。容器50には通気管55及び送液管56が接続され、その送液管56は第1ニードル12の接続部12bと接続されている。容器50には、浮遊細胞52を含んだ培養液51が保持されている。容器50はCO2インキュベータ内に格納されていてもよい。培養液51として各種液体培地が用いられる。通気管55にはフィルタ57を介してコンプレッサ等の圧力源58が接続されている。一方、第2ニードル13の接続部13bには排液管59が接続され、その排液管59の先端はドレンタンク60に接続される。ニードル12、13はそれらの先端12a、13aがチャンバ7内に突出するようにしてセル基板2に装着されている。圧力源58から通気管55を介して容器50内に圧力を導入すると、その圧力で培養液51が浮遊細胞52とともに容器50から送液管56に押し出され、その押し出された培養液51が第1ニードル12を経てチャンバ7内に導入される。チャンバ7内が培養液51で満たされると、チャンバ7内の培養液51の一部が容器50からの圧力でニードル13へと押し出され、その押し出された培養液51が排液管59からドレンタンク60へと逐次排出される。
【0027】
図5Aは、チャンバ7内における培養液51の流れを示している。第1ニードル12からチャンバ7内に培養液が導入されると、図中に矢印Fで示したようにチャンバ7を周回するような流れが生じる。しかし、チャンバ7が扁平に広がっているため、チャンバ7内で培養液が拡散して培養液の流れに強弱が生じ、流れの弱い部分に浮遊細胞52が残留する。特に、チャンバ7の隅部では培養液の流れが弱くてよどみが生じ易い。そのようなよどみ領域に浮遊細胞52が残留し、捕捉される。加えて、第2ニードル13からの培養液の流出方向が図中の下向きとなるのに対して、第2ニードル13の外周付近では培養液が異なる方向に流れる。例えば、チャンバ7の内周に沿って流れてきた培養液は逆向き、すなわち図中の上向きに流れる。よって、浮遊細胞52がチャンバ7の内周に沿って第2連絡孔9の開口付近まで運ばれても、その浮遊細胞52の第2ニードル13への流入が妨げられる。この結果、チャンバ7内に浮遊細胞52を留まらせつつ、培養液を交換することができる。上述した形態では、容器50に浮遊細胞52を含んだ培養液51が保持されているが、容器50内の培養液51が不足したら培養液51のみを容器50に追加、あるいは培養液51のみを保持する別の容器と容器50を交換することができる。チャンバ7内に存在する浮遊細胞52が少ない場合には、浮遊細胞52を含む培養液51を上述の培養液51のみの場合と同様にして追加あるいは交換してもよい。チャンバ7内の状況に応じて、また、必要に応じて適宜培養液51を追加あるいは交換すればよい。その他にも、浮遊細胞52を含んだ培養液51を注射器を用いて予めセル1のチャンバ7内に導入し、その後、容器50から培養液51を導入するようにしてもよい。注射器を用いる場合には、ニードル12、13のいずれか一方を対応する案内管10、11から抜き取り、代わりに注射器のニードルを案内管10、11のいずれかに差し込めばよい。この場合には、浮遊細胞52を搬送する搬送液として培養液51の他、浮遊細胞52を保持可能な液体であれば搬送液として使用してもよい。
【0028】
チャンバ7内で浮遊細胞52を安定的に培養するために、培養液51を導入する流速はチャンバ7の容量に基づいて定められる。チャンバ7に導入する培養液の一分間あたりの導入量は、チャンバ7の容量の100%以内が好ましく、望ましくは5%以下程度である。また、第1ニードル12及び第2ニードル13の太さについても、チャンバ7の高さ、つまりスペーサ6の厚さtに基づく。厚さtの80%未満が望ましい。例えば、厚さtが1mmのチャンバ7では、21ゲージ(外径0.80mm、内径0.57mm)以上の針の使用は困難である。但し、厚さtが1.5mm以上のセル1を使用する際には、第1ニードル12の太さは特に問題ないものの第2ニードル13の太さは18ゲージ(外径1.20mm、内径0.94mm)を超えないことが好ましい。
【0029】
浮遊細胞52を観察する場合、培養液51の導入を停止する。次いで、図5Bに示すようにニードル12、13を案内管10、11から抜き取り、チャンバ7内が培養液51及び浮遊細胞52で満たされた状態で案内管10、11を塞ぐ。これにより、浮遊細胞観察用の標本を作製することができる。培養液及び浮遊細胞が封じ込められたセル1を、図6に示すように所定の観察装置70のステージ71に装着することにより、透過プレート3を介してチャンバ7内の浮遊細胞52を観察することができる。あるいは、培養液を交換可能な状態のまま、つまり、セル1から何らの部材も取り外さないまま観察装置70に装着させてもよい。
【0030】
以上の形態では、透過プレート3が窓板に、透過プレート4が底板にそれぞれ相当する。但し、上述したように、透過プレート3、4は同一材料で形成されているので、透過プレート4側から浮遊細胞52を観察してもよい。この場合には、透過プレート4が窓板に、透過プレート3が底板にそれぞれ相当する。上記の形態では、容器50の通気管55に送液手段としての圧力源58を接続することより、容器50に圧力を加えて培養液51をチャンバ7に押し込むようにしたが、チャンバ7に培養液51を導入するための構成はこれに限らない。例えば、図7に示すように、圧力源に代えて排液管59に送液手段としての送液ポンプ61を設けることにより、チャンバ7から培養液51を吸い出すようにしてもよい。この場合、チャンバ7に作用する吸い込み力で第1ニードル12から培養液51が吸い込まれるので、通気管55に圧力源を接続する必要はない。
【0031】
なお、上記の形態では、排出路のみならず導入路にも管状部材としてのニードル12を差し込んだが、検体の流出防止効果を高めるためには排出路に管状部材が差し込まれていればよい。また、排出路の位置によっては、管状部材を省略してもよい。また、上記の形態では、案内管10、11を省略して第1連絡孔8を導入路、第2連絡孔9を排出路として使用してもよく、第2連絡孔9にニードル13を差し込んでもよい。
【0032】
[第2の形態]
図8〜図10は本発明の第2の形態に係るセルを示す。セル81は、互いに等しい大きさの矩形平板状の透過プレート82、83を、それらの間にスペーサ84を挟んで対向配置し、これらの透過プレート82、83及びスペーサ84を相互に貼り合わせた構成を備えている。スペーサ84は透過プレート82、83の外周に沿った枠状の形状に形成されている。よって、透過プレート82、83の間には、それらの対向面82a、83aに沿って扁平でかつ矩形状のチャンバ85が形成されている。スペーサ84の厚さは第1の形態のセル1におけるスペーサ6と同様でよい。また、透過プレート82、83は第1の形態のセル1における透過プレート3、4と同一材料で構成すればよい。スペーサ84は透過プレート82、83と同一材料で形成されてもよいし、異なる材料で形成されてもよい。
【0033】
セル81の長辺に沿った一側面81aには、一対のボス86、87が接合され、それらのボス86、87の先端からチャンバ85の内周面まで導入路88及び排出路89が形成されている。なお、これらの導入路88及び排出路89には、上述した第1の形態と同様に中空のニードルが抜き差し可能に装着されてもよい。
【0034】
本形態のセル81においても、導入路88から培養液を導入しつつ、排出路89から培養液を排出することにより、チャンバ85内で培養液の流れに強弱を生じさせ、チャンバ85の特に四隅に流れのよどみを生じさせて浮遊細胞をチャンバ85内に留まらせることができる。浮遊細胞の観察時は、導入路88及び排出路89を塞いでチャンバ85内に浮遊細胞及び培養液を封じ込めることにより、浮遊細胞観察用の標本を作製することができる。培養液及び浮遊細胞が封じ込められたセルを第1の形態と同様に観察装置のステージに装着することにより、透過プレート82又は83を介してチャンバ85内の浮遊細胞を観察することができる。本形態では、透過プレート82、83のいずれか一方が底板に相当し、いずれか他方が窓板に相当する。
【0035】
以上の形態では、スペーサを挟んで一対の透過プレートを対向配置することにより、透過プレートの一方を底板、他方を窓板として機能させるようにしたが、本発明はそのような形態に限らない。例えば、反射型の顕微鏡を利用して浮遊細胞を観察する場合には、チャンバのいずれか一方の側のみに窓板を配置し、チャンバの他方の側には、観察に使用する波長域を通さない材料にて構成された底板を配置してもよい。チャンバは矩形状に限らず、適宜の形状に形成してよい。例えば、円形のチャンバとしてもよい。但し、浮遊細胞を培養するための流れのよどみをチャンバ内に生じさせるためには、窓板と対向する方向から見てチャンバを多角形状に形成することが望ましい。また、チャンバ7内に浮遊細胞を収容可能な凹みを単数又は複数設けてもよい。この場合、底板に相当する透過プレート4に凹みを設ければよい。あるいは、ハイスループットの観察や、顕微ラマン分光法による測定を行う場合には、内径が5〜10mm程度のチャンバ7を2〜96個配置するようにセル1を構成してもよい。
【0036】
上述した各形態のセル1、81はプレパラート作成に使用されるスライドガラスとしても使用可能である。このような用途に供する場合の便宜を図るため、例えばチャンバ7、85の一方の側に位置する透過プレートに、一対の貫通孔を追加してもよい。この場合、本発明に従って培養液をチャンバ内に導入して浮遊細胞を培養するときには透過プレート上の貫通孔を閉鎖し、透過プレート上の貫通孔を利用する場合にはセルの側面の導入路及び排出路を閉じればよい。
【0037】
また、チャンバ7内へ浮遊細胞52を導入するための浮遊細胞導入用の導入孔を設け、第1ニードル12を介さずに浮遊細胞を導入してもよい。図10は、変形例に係るセルの要部を示す図である。変形例に係るセル1Aは、連絡孔8、9の間に設けられる導入孔20と、導入孔20に挿入される第3ニードル21とを備えている。セル1Aにおけるその他の構成についてはセル1と同様の符号を付して説明を省略する。導入孔20は、連絡孔8、9と平行に形成され、導入孔20には、第3ニードル21が挿入される。第3ニードル21を介して培養液とともに浮遊細胞52をチャンバ7内に導入した後は、第3ニードル21を導入孔20から抜いて導入孔20を閉じる。培養液51の交換は、第1ニードル12及び第2ニードル13を介して行われる。第3ニードル21は、浮遊細胞52の導入に用いられるのみで培養液51の交換には用いられないので使用できる針の太さの自由度が高い。導入孔20に代えて、第1ニードル12又は第2ニードル13と同様の連絡孔及び案内管を設け、その案内管に第3ニードル21を差し込むようにしてもよい。浮遊細胞52の導入には、培養液51の他、浮遊細胞52を保持可能な各種液体を搬送液として用いることもできる。本形態においては、導入孔20及び第3ニードル21が導入路として機能する。
【0038】
本発明のセルは、光学顕微鏡、電子顕微鏡、ラマン分光装置、蛍光顕微鏡といった各種の観察装置に適用することができる。すなわち、本発明における観察の用語は、観察者が浮遊細胞の外観あるいは形状を視覚によって観察する例に限らず、成分分析といった内部構成又は組成の観察も含むものである。また、本発明のセルは、観察時においてセル内の浮遊細胞のラマン分光法や近赤外分光法等の培養液中の浮遊細胞の定性分析が可能である。吸着細胞に関しても培養液中に存在する細胞であれば浮遊細胞と同様に取り扱うことが可能であり、浮遊細胞又は吸着細胞から分泌される分泌物や、培養液中からこれらの細胞によって消費される物質のラマン分光法や近赤外分光法等による分析が可能である。
【符号の説明】
【0039】
1、1A 培養用セル
2 セル基板
3、4 透過プレート
5 抜き孔
6 スペーサ
7 チャンバ
10 案内管(導入路)
11 案内管(排出路)
12 第1ニードル
13 第2ニードル(管状部材)
50 容器
51 培養液
52 浮遊細胞
55 通気管
56 送液管
57 フィルタ
58 圧力源(送液手段)
59 排液管
60 ドレンタンク
61 送液ポンプ(送液手段)
70 観察装置
71 ステージ
81 セル
82、83 透過プレート
84 スペーサ
85 チャンバ
88 導入路
89 排出路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
底板と、浮遊細胞の観察に使用される波長域を通過させる窓板とがスペーサを挟んで対向配置されることにより、前記底板と前記窓板との間に扁平なチャンバが形成され、
前記チャンバの周囲には、該チャンバに液体を導入する導入路及び前記チャンバから前記液体を排出する排出路が設けられ、
先端が前記チャンバ内に突出するようにして前記排出路に挿入可能な管状部材をさらに備えた培養用セルを利用した浮遊細胞の培養方法であって、
前記導入路から前記浮遊細胞を含んだ搬送液を前記チャンバ内に導入しつつ、前記排出路から前記搬送液を排出させ、前記浮遊細胞を前記チャンバ内に補足する捕捉工程と、
培養液を前記導入路から前記チャンバ内に導入しつつ、前記排出路から前記培養液を逐次排出することにより、前記チャンバ内の培養液を交換する培養液交換工程と、
を備えた浮遊細胞の培養方法。
【請求項2】
送液手段にて前記液体を前記導入路に向かって押し込むことにより、前記チャンバ内に前記液体の流れを形成し、前記送液手段による押し込み力を利用して前記チャンバ内の液体を前記排出路から流出させる請求項1に記載の培養方法。
【請求項3】
送液手段にて前記排出路から前記液体を吸い出すことにより、前記チャンバ内に前記液体の流れを形成し、前記送液手段による吸い込み力を利用して前記導入路から前記チャンバ内に前記液体を吸い込む請求項1に記載の培養方法。
【請求項4】
前記チャンバが前記窓板と対向する方向から見て多角形状に形成され、前記導入路及び前記排出路が前記チャンバの内周面に開口している請求項1〜3のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項5】
前記チャンバの内周が描く多角形の同一の辺上に前記導入路及び前記排出路が開口している請求項4に記載の培養方法。
【請求項6】
前記管状部材が前記排出路に対して抜き差し可能である請求項1〜5のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項7】
抜き孔が形成されたセル基板を有し、前記抜き孔の内周に前記スペーサが一体に形成され、前記底板及び前記窓板が前記スペーサと密着するようにして前記抜き孔内に嵌め合わされている請求項1〜6のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項8】
前記セル基板が金属製である請求項5に記載の培養方法。
【請求項9】
前記検体の観察に使用される波長域を通過させる材料にて構成された一対の板材が前記スペーサを挟んで対向配置されることにより、一方の板材を前記窓板としたときに他方の板材が前記底板として機能するように構成された請求項1〜8のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項10】
底板と、浮遊細胞の観察に使用される波長域を通過させる窓板とがスペーサを挟んで対向配置されることにより、前記底板と前記窓板との間に扁平なチャンバが形成され、
前記チャンバの周囲には、該チャンバに液体を導入する導入路及び前記チャンバから前記液体を排出する排出路が設けられ、
先端が前記チャンバ内に突出するようにして前記排出路に挿入可能な管状部材をさらに備えた培養用セルを利用した浮遊細胞の観察方法であって、
前記導入路から前記浮遊細胞を含んだ搬送液を前記チャンバ内に導入しつつ、前記排出路から前記搬送液を排出させ、前記浮遊細胞を前記チャンバ内に補足する捕捉工程と、
培養液を前記導入路から前記チャンバ内に導入しつつ、前記排出路から前記培養液を逐次排出することにより、前記チャンバ内の培養液を交換する培養液交換工程と、
前記窓板を介して前記チャンバ内の浮遊細胞を観察する観察工程と、
を備えた浮遊細胞の観察方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−135826(P2011−135826A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−298306(P2009−298306)
【出願日】平成21年12月28日(2009.12.28)
【出願人】(508155930)株式会社イントロン (2)
【Fターム(参考)】