説明

海水の二酸化炭素フガシティーセンサー

【課題】海水の二酸化炭素フガシティーを安価な材料で簡便かつ高精度に測定するセンサーを提供する。
【解決手段】 pH電極の感応部をアルカリ度の調整された人工海水で浸し気体透過性の隔膜を挟んで外部の測定対象の海水と接触させる。二酸化炭素は隔膜を通して外部の海水と内部の人工海水との間を行き来することができるため、内部のfCOは外部と等しくなる。このとき内部人工海水の炭酸系の平衡が移動しpHが変化する。一方で溶液やイオンは膜を行き来することが出来ないため、内部の人工海水のアルカリ度が変化することは無い。この構造によって、内部人工海水のpHを測定することで内部pHとアルカリ度の値から平衡計算によって高精度で二酸化炭素フガシティーを求めることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海水中の二酸化炭素フガシティーの測定に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化炭素濃度の増加による地球規模の温暖化が懸念されている。海水の二酸化炭素フガシティー(fCO)の簡便かつ高精度に測定する技術は、二酸化炭素固定量や放出量を正しく評価するうえで非常に重要である。また、海洋の動植物の光合成量や呼吸量、石灰化量といった代謝量を測定する上でもfCOの測定は重要な項目として挙げることが出来る。
【0003】
海水の溶存二酸化炭素濃度もしくはfCOを簡便に計測する方法として、二酸化炭素選択性電極が存在する。これはpH電極のまわりをNaHCO溶液で覆い、二酸化炭素の選択性が高いシリコンなどの隔膜をはさんでサンプル溶液と接する構造となっている(非特許文献1)。
【0004】
高精度なfCOの測定は現在のところ主に平衡器と非分散型赤外線分析計(NDIR)を連結させた装置がしばしば用いられている。この装置は、装置内部の気体のfCOを平衡器によって海水と等しくし、脱水した後にその気体をNDIRに通してfCOを計測する方式が一般的である。なお、平衡器にはフロースルー型(バブル法+スタテックミキサー法)や気体透過膜型(非特許文献2)のものなどが用いられている。
[非特許文献1]
Ross J.W.,Riseman J.H.,Krueger J.A.(1973)Potentiometric gas sensing electrodes.Pure and Applied Chemistry 36,473−487.
[非特許文献2]
Saito H.,Tamura N.,Kitano H.,Mito A.,Takahashi C.,Suzuki A.,Kayanne H.(1995)A

nondispersive infrared gas analyzer.Deep−Sea research I 42,2025−2033.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上に述べた二酸化炭素選択性電極は溶存二酸化炭素濃度の対数値と出力電圧との直線関係を使うために簡便に計測できるものの、出力電圧に対して濃度の対数値と直線関係が崩れる範囲において正確な測定が困難であった。NDIRを用いた装置は、非常に高価であり測定のためには大きな電力も必要とする上、小型化が難しいため、野外等で簡便に測定することが困難である。
【0006】
本発明は、海水の二酸化炭素濃度を安価な材料で簡便かつ精度良く計測することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
海水のfCOは、pH、アルカリ度(A)、全炭酸(C)のうちのいずれか2つを知ることで平衡計算によって求めることができる。このうちpHとAまたはpHとCの組み合わせは高い精度でfCOを求めることが出来ることが知られている(非特許文献3)。
【0008】
本発明はpH電極の感応部をAの調整された人工海水で浸し気体透過性の隔膜を挟んで外部の測定対象の海水と接触させる構造の二酸化炭素フガシティーセンサーである。二酸化炭素は隔膜を通して外部の海水と内部の人工海水との間を行き来することができるため、内部のfCOは外部と等しくなる。このとき内部人工海水の炭酸系の平衡が移動しpHが変化する。一方で溶液やイオンは膜を行き来することが出来ないため、内部の人工海水のAが変化することは無い。よって内部人工海水のpHを測定し、内部pHとAの値からfCOを平衡計算によって求める方式をとることで、高精度な測定が可能となる。
[非特許文献3]
Millero F.J.(1995)Thermodynamics of the carbon dioxide system in the oceans.Geochimica et Cosmochimica Acta 59,661−677.
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明はpH複合電極1(フランスRadiometer社:pHC2401−8)と気体透過膜7が主な構成部品である。pH複合電極は主に、pH電極2とそのガラス感応部6、参照電極3と参照電極を浸す内部溶液4、セラミック製の液絡部5からなる。本発明はpH電極2の感応部6を気体透過膜7で覆い、その内部をAの調整された人工海水8で満たした構造となっている(図1)。この先端部を測定対象の海水に浸漬させることで対象のfCOを測定する。気体透過膜には孔径の1.0μmの多孔質PTFE膜(日本 東洋濾紙会社:J100A090C)を用いた。内部溶液8はNaCl、KCl、MgCl、CaCl、NaSOを海水の組成にあわせて調合したものを用いる。また、内部溶液8のアルカリ度(ATin)はNaHCOを加えATinが2,000〜2,400μmol kg−1(標準的な海水のアルカリ度)程度になるように調節する。内部溶液8の組成の一例を図2に示した。この例では塩分S=35、アルカリ度ATin=2250μmol kg−1−HO(=2171μmol kg−1−soln)に設定されている。通常、参照電極3の内部溶液4には飽和KCl水溶液を用いることが多いが、液絡部5からKCl溶液が内部溶液8の方へ流れ出ることによって内部溶液8のATinが変化してしまう恐れがある。このことを防ぐため、参照電極の内部溶液4にも人工海水を用いる。なお、海水のfCOを求める際の平衡計算に用いる各平衡定数は温度と塩分の関数として与えられ、また、pH電極の応答も温度の関数となっている。そのため、測定の際には温度を一定に保つか温度の計測も同時に行う必要がある。
【0010】
海水のfCOを求めるためには、まず炭酸アルカリ度(A)を求める。Aは以下のように定義される。
=[HCO]+2[CO2−] (1)
Tinはその内部溶液の組成から
Tin=[HCO]+2[CO2−]+[OH]−[H−[HSO] (2)
である。よって内部溶液の炭酸アルカリ度(ACin)は、
Cin=ATin−[OH]+[H+[HSO] (3)
となる。ここで、
[OH]=K/[H] (4)
[H=[H]/(1+S/K) (5)
[HSO]=S/(1+K/[H) (6)
また、

であり、pH電極2によって測定された内部人工海水8のpH値(pHin)を用いることで計算できる。Kは海水のイオン積、Kは海水中の硫酸解離定数であり、それぞれ以下の関係式より塩分(S)と絶対温度(T)を用いて計算する(非特許文献4、非特許文献5)。なお、このSは内部人工海水8の塩分値である。


は硫酸イオンと硫酸水素イオンの総濃度であり、内部溶液8のNaSO濃度と等しい。
ここから、内部溶液の[CO]は

により求めることが出来る。ここでK、Kはそれぞれ炭酸の第一、第二解離定数であり、それぞれ以下の関係式から求める(非特許文献6)。

次にfCOは、
fCO=[CO]/K (13)
と計算される。ここで、KはCOの溶解定数であり、以下の関係式から計算する(非特許文献7)。

内部溶液と外部の海水とは気体透過膜で接しているため、ここで計算されたfCOは外部の海水のfCOと等しい。
【0011】
次に、pH電極からの応答電圧の測定方法について説明する。pH電極からの応答は非常にインピーダンスが高いため、既存のpHメーターを用いるか、高入力インピーダンス(1GΩ以上)の電圧計や電圧ロガーを用いる、または高入力インピーダンスのOPアンプによってインピーダンス変換を(場合によっては増幅も)行ったのち電圧計や電圧ロガーに接続する。
【0012】
pH電極からの応答電圧(E)とpHとは以下の関係がある

ここでRは気体定数、Tは絶対温度、Fはファラデー定数、Eは標準電位である。Eはキャリブレーションファクターであるため、この値を求めpH値を校正する必要がある。それにはまず、fCO値が既知の海水を用意し本センサーを浸してEを測定する。次に、fCO値を基に式(3)−(14)を連立しpHの値を求める。なお、この連立方程式は解析的に解くことは難しくNewton−Raphson法などの数値計算法を用いて解く必要がある。このようにして得られたEとpHから、式(15)を用いてEの値を求める。校正用のfCO既知の海水は、二酸化炭素分圧のわかっている標準ガスを海水に吹き込んでバブリングを行うか、海水のpHとAを測定し、そこから平衡計算によってfCOを求めることで入手できる。
[非特許文献4]
Millero F.J.(1995)Thermodynamics of the carbon dioxide system in the oceans.Geochimica et Cosmochimica Acta 59,661−677.
[非特許文献5]

to 318.15 K.Journal of Chemical Thermodynamics 22,113−127.
[非特許文献6]
Roy R.N.,Roy L.N.,Vogel K.M.,Porter−Moore C.,Pearson T.,Good C.E.,Millero F.J.,Cambell D.J.(1993)Determination of the ionization constants of carbonic acid in seawater in salinities 5 to 45 and temperatures 0 to 45 ℃.Marine Chemistry 44,249−267
[非特許文献7]
Weiss R.F.(1974)Carbon dioxide in water and seawater:the solubility of a non−ideal gas.Marine Chemistry 2,203−215.
【発明の効果】
【0013】
本発明により,海水のfCOを安価な材料で簡便かつ高精度に測定することが出来るようになる。また、構成部品であるpH電極に型のものを用いることによって、このセンサー自体をさらに小型化することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の概観である。
【0015】
【図2】内部溶液4、8に用いた人工海水の組成である。
【符号の説明】
1 pH複合電極
2 pH電極
3 参照電極
4 参照電極の内部溶液(人工海水)
5 液絡部
6 ガラス感応部
7 気体透過膜
8 内部溶液(人工海水)
9 ゴムバンド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
pH複合電極またはpH電極の感応部をアルカリ度の調整された人工海水で満たし、気体透過膜を挟んで人工海水と測定対象の海水が接触する構造の、二液間の二酸化炭素フガシティーが等しくなることを利用して人工海水のpHとアルカリ度から平衡計算によって二酸化炭素フガシティーを求める方式の海水の二酸化炭素フガシティーセンサー。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−292437(P2008−292437A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−161898(P2007−161898)
【出願日】平成19年5月23日(2007.5.23)
【出願人】(507203799)