説明

海草種子の採取方法

【課題】本発明が解決しようとする課題は、海草群落への影響を最小限とするとともに、海草種子の採取期間を長くすることである。
【解決手段】海中で栄養繁殖している株を海水を入れた水槽に移植し、移植後は水温を株採取時の温度から移植した海草の自生地における花株形成可能な水温範囲に徐々に近づけていきながら必要期間育成することで海草を根付かせ、さらにその後、水槽内の水温範囲を、移植した海草の自生地における花株形成可能な水温範囲に保つことによって、種子採取のための花株形成を継続的に行わせ、海草種子を採取する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海草種子の採取方法に関し、さらに詳しくは、水温調節により海草種子を継続して採取する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
海草の移植を行う場合、その地域に固有な海草を用いることが遺伝子多様性の観点から望ましいとされている。そのため他地域の海草は移植できず、わずかに残っている群落からどのように増やしていくかが近年問題となっている。
この問題に対しては、海草を水槽で生育して移植するという方法や組織培養により海草種苗を作成する技術、海草の移植に用いる装置・道具等についての研究報告・発明がいくつか見られるが、海草種子の採取に着目したものは非常に少ない。
【0003】
非特許文献1に記載の種子採取方法は、海草が生育している海域において海草が花株を形成した時期に花株ごと採取し、海水流水式の通気条件とした培養水槽に移して育成し、水槽内に放出された種子を採取するという方法である。
この方法は、海草が自生する環境を単に水槽内に再現したに過ぎず、種子の採取期間が限られることや、花株の採取量も年々の気象状態に左右されて安定しないこと、さらには種子を放出した花株は枯死してしまうため次の種子採取のために新たな花株採取を要し、貴重な天然の海草群落を少なからず傷つけてしまうことになる。
【0004】
海草の一種であるアマモ類の種苗生産において、水温に着目した発明としては、特許文献1が公知となっている。該文献には、アマモ類の苗の活性力を増大させる目的で水温を調節して採取したアマモ種子を越夏させるという工程を含む発明が記載されている。
この発明における水温の調節は、採取したアマモ種子を越夏させるために行うもので、種子採取を目的とするものではない。
【特許文献1】特開2005−65669号公報
【非特許文献1】国土交通省港湾局編「海の自然再生ハンドブック 第三巻 藻場編」,株式会社ぎょうせい,2003年11月10日発行,p.57―63
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、海草群落への影響を最小限とするとともに、海草種子の採取期間を長くすることである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に記載の発明は、水槽において海草の種子を採取する方法であって、海中で栄養繁殖している株を海水を入れた水槽に移植し、その後、必要期間育成して海草を根付かせ、ついで水槽内の水温範囲を、移植した海草の自生地における花株形成可能な水温範囲に保つことによって、種子採取のための継続的な花株形成を得る、海草種子の採取方法である。
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の海草種子の採取方法において、前記海草を根付かせるための必要期間の育成においては、水槽内の海水温を、該海草採取時の水温前後の略一定温度、すなわち該海草採取時の水温程度に制御するというものである。
請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載の海草種子の採取方法において、前記海草を根付かせるための必要期間の育成後、水槽内の海水温を、必要に応じて前記花株形成可能な水温範囲まで連続的に変化させるというものである。
海草は、地下に丈夫な茎(地下茎)があり、ここから葉を水中に出す。葉の付け根で地下茎とつながっている部分を葉鞘と言う。花株形成時期になり地下茎から花芽をもった枝を伸ばすものを花株と言い、伸ばした枝を花枝と呼んでいる。
花枝は受粉して種子を放出した後は枯れてしまうが、水槽に海草を移植して根付かせた後、水温を一定に保つことで、海草の地下茎から新たな花枝の形成が継続してなされる。
請求項4に記載の発明は、請求項1に記載の海草種子の採取方法であって、日本近海に自生する海草の種子採取のため、前記水槽内の水温範囲を8℃〜17℃とすることを特徴とする。
請求項5に記載の発明は、請求項1に記載の海草種子の採取方法であって、寒冷地海域自生の海草の種子採取のため、前記水槽内の水温範囲を8℃〜15℃とすることを特徴とする。
請求項6に記載の発明は、請求項1に記載の海草種子の採取方法であって、温暖地海域自生の海草の種子採取のため、前記水槽内の水温範囲を10℃〜17℃とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
自然に生育している海草から種子を採取できる期間は、花株が形成される3月から6月に限られるが、本発明によれば、継続して海草の花株の形成がなされるため、種子の採取も継続して可能となり、株あたりの種子の採取効率を高めるとともに、種子の確保が容易にできるという効果がある。
また、採取した種子を用いて個体を増やすことができるので、海草自生地からの株の採取は最初の株だけで済み、天然の海草群落に与えるダメージを最小限に抑えることができる。
さらには、自生している海草と同じ遺伝的特徴を有する海草を増やすことができるため、遺伝的系統の撹乱を防ぐことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は、水槽に移植した海草を、水温を一定に保つことで、継続して花株形成を行わせて海草種子の採取を行うものである。
以下に、図面を参照しながら、実施例を記す。なお、本発明の技術的範囲は、この実施例に限定されるものではなく、例えば、海域の一定区域を仕切って、水温制御装置等の方法によって海水温を一定に保てる環境があれば、実施可能である。
【実施例】
【0009】
<実施例1>
図1は、本発明に係る海草種子採取方法の実施状態を表す説明図である。
水温を一定にコントロール可能な温度制御装置を備えた水槽1の内底面に、海草が自生する海域の底質の砂と粒径分布が近似する砂7を厚み10cm〜20cm程度敷設し、その上に埋設海草6を1平方メートル当り400g〜500gとなるように敷く。この埋設海草6は、枯死した海草でもよい。この埋設海草6がゆっくりと分解し、長期にわたって移植した海草に栄養塩を供給することになる。
【0010】
埋設海草6の上に前述と同様の砂7を10cm程度敷設した後、移植対象海域より採取した海草4(葉及び地下茎5を具備する)を移植し、海水2を適宜注入する。この移植は、砂5を埋設海草6を埋設した深度まで堀り、そこに地下茎5を置き、砂を埋め戻して行う。このときの海水2の水温は、海草採取時の採取海域の海水温に合わせる。移植用に採取する海草4は、海草が栄養繁殖をする10月ないし4月に採取することが望ましい。この時期は海草が栄養繁殖をする時期であり花株はほとんど見られない時期である。また、移植後の水温管理を低温にて行える場合が多く、その後の花株形成のための水温範囲への移行には昇温制御を行えばよいため、水温制御を容易に行うことができる。
【0011】
海草の移植後、海草の育成に必要な光量を確保するための水中ランプ8を水槽内上方に取付け、12時間周期で点灯・消灯するように設定する。
移植後2ヶ月程度をかけて、海草4を根付かせるが、このとき、水槽1の海水温を、採取時の海水温にて略一定に保つようにすると、根付きには効果的である。その後、花株形成を促進させる水温とするために、必要な場合には水温を変化させる。この場合、さらに必要に応じて、海草を採取した海域における花株形成時期の海水温に徐々に近づけていくように設定することが望ましい。たとえば、陸奥湾などの寒冷地海域において真冬に採取した場合、水温は3℃程度であるが、ここから花株形成に必要な水温である15℃程度に上昇させる場合等は、かかる昇温制御が望ましい。
【0012】
その後、海水2の温度を、移植した海草4を採取した海域における花株形成時期の海水温に調節して一定に保つ。海水2の水温を一定に保つことで、花株形成を促進させる。
海草が花株を形成する時期の海水温は、日本の寒冷域では8℃〜15℃、温暖域では10℃〜17℃程度である。
【0013】
自然界では新芽から花枝が形成されるのは3月から5月くらいに限られるが、海水2の水温を前述温度に保つことによって、移植した海草4の地下茎5は常に成長を続け、継続して花株形成(地下茎から新芽が成長して花枝3となる)がなされる。花を咲かせた花枝は、種子を形成放出し、その後枯死する。このとき地下茎の一部も枯死するが、残った地下茎からは花株形成が継続してなされるため、海草種子の採取も継続して可能である。
【0014】
<実施例2>
下記により、本願発明を実験した。なお、記載のない条件等は、実施例1に則している。
高さ1.4m直径1.8mの円筒形閉鎖循環式水槽に、海草が生育している青森県陸奥湾のアマモ場と同じ粒径分布の砂を厚さ20cmになるように敷き、海草の肥料とするため枯死海草を乾燥重量で1163g敷き詰め(1平方メートルあたり400g〜500g)、その上に同じ砂を厚さ5cm〜10cmになるように埋設作業を実施した。この埋設作業を行ったのは、平成15年7月中旬である。
その後、水槽の海水を循環させながら放置し、同年11月下旬に、青森県陸奥湾で採取した栄養繁殖している海草の一種であるアマモの移植を行い、育成を始めた。アマモ採取時の取得海域の海水温は14℃〜15℃であった。なお、このときの海水温は採取海域における花株形成時期の海水温と近似の値であったため、上述の、水槽内の海水温を花株形成可能な水温範囲まで連続的に変化させる必要はほとんどなかった。つまり、採取時の海水温にて維持する海草の根付きのための一定期間経過後、ほぼその水温のままで、後述するような花株形成を得ることができた。
【0015】
移植では円形の水槽を放射状に8等分し、1区画に1ないし4株、合計で19株を移植した。 水温を15℃に保ち、2kwハロゲン水中ランプ1灯を水槽の中央に底面から50cmの位置に設置し、光周期は明期12時間、暗期12時間で育成を行った。
平成16年2月より、移植した株から、順次、花株が形成されはじめ、ほぼ総ての株で花株が形成された。受粉、種子放出後に花枝が枯死しても、一定期間経過後には次の花枝が形成され、このような花枝形成はその後も継続的になされ、16ヶ月後の平成17年6月時点でも、なお継続して花株形成が見られた(表1参照)。
【0016】
【表1】

【0017】
<比較例>
上記実施例とは別の水槽を用い、水温を陸奥湾のその月の水温に合わせて変化させる以外は、上記実施例と同様の条件にて実験を行った。その結果、水温を冬場の陸奥湾にほぼ相当する5℃から、春先、その時期に相当する10℃程度に上げた頃から、花株の形成が認められた。また、約15℃でほぼ全ての株において花株が認められた。また、夏場、その時期に相当する20℃程度に調節すると花株がなくなり、その後22℃にした時点で、すべての株が栄養繁殖の株になった。アマモは水温依存性が非常に高い生物であることが示され、また上記実施例において水温を制御する技術の有用性が確認された。
参考として、十符ヶ浦海水浴場地先(陸奥湾・青森県野辺地町)における2003年4月〜2004年3月の月別平均海水温データを表2に挙げる。
【0018】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施状態を表す説明図である。
【符号の説明】
【0020】
1 水槽
2 海水
3 花枝
4 海草
5 地下茎
6 埋設海草
7 砂
8 水中ランプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水槽において海草の種子を採取する方法であって、海中で栄養繁殖している株を海水を入れた水槽に移植し、その後必要期間育成して海草を根付かせ、ついで水槽内の水温範囲を、移植した海草の自生地における花株形成可能な水温範囲に保つことによって、種子採取のための継続的な花株形成を得る、海草種子の採取方法。
【請求項2】
前記海草を根付かせるための必要期間の育成においては、水槽内の海水温を、該海草採取時の水温前後の略一定温度に制御することを特徴とする、請求項1に記載の海草種子の採取方法。
【請求項3】
前記海草を根付かせるための必要期間の育成後、水槽内の海水温を、必要に応じて前記花株形成可能な水温範囲まで連続的に変化させることを特徴とする、請求項1または2に記載の海草種子の採取方法。
【請求項4】
日本近海に自生する海草の種子採取のため、前記水槽内の水温範囲を8℃〜17℃とすることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれかに記載の海草種子の採取方法。
【請求項5】
寒冷地海域自生の海草の種子採取のため、前記水槽内の水温範囲を8℃〜15℃とすることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれかに記載の海草種子の採取方法。
【請求項6】
温暖地海域自生の海草の種子採取のため、前記水槽内の水温範囲を10℃〜17℃とすることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれかに記載の海草種子の採取方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−82492(P2007−82492A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−277202(P2005−277202)
【出願日】平成17年9月26日(2005.9.26)
【出願人】(504338715)財団法人環境科学技術研究所 (2)
【Fターム(参考)】