説明

海藻類増殖体の製造方法、海藻類増殖体、及び海藻類の増殖方法

【課題】育成に適当な条件が調った際に、海藻類の前駆体等を容易かつ安価に海中に植えることができるとともに、海中に植えた前駆体が自然繁殖以上に生育する海藻類増殖体、その製造方法、及びそれを利用した海藻類の増殖方法を提供する。
【解決手段】この発明の海藻類増殖体の製造方法は、(1)生殖、生育によって海藻類の葉体となりうる前駆体を基材に塗布する塗布工程と、(2)一定期間静置して前駆体を基材に付着させる付着工程と、(3)特定の粘度条件及び濁度条件を満たす水溶性高分子の水溶液を、基材の前駆体が付着している部分に塗布して被覆層を形成する被覆工程と、をこの順番で含む方法である。また、この発明の海藻類増殖体は前記製造方法により製造されたものであり、この発明の海藻類の増殖方法は前記増殖体を、乾燥を防止しながら保存し、好天時に海中に設置する方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ホンダワラ類、コンブ類など海藻類の増殖方法に関し、特に海藻類の発生や生育を容易かつ安価に実施することができ、磯焼けの回復に寄与することのできる海藻類増殖体、その製造方法、それを利用する海藻の増殖方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ホンダワラ類、コンブ類などの海藻が群生する藻場は、沿岸海域における海中の動植物の生産の場であり、有用魚介類の生息、産卵、生育、摂餌などのために不可欠な場である。また、海藻類は海水中の窒素やリンを藻体内へ取り込むため、藻場が海水の水質浄化にも影響を与えている。
【0003】
しかし、海水温が大きく変動している影響を受け、海藻類からの遊走子の放出、配偶体への分離、受精、幼胞子体、胞子体への成長などの生活史が不安定になり、海藻類の前駆体の着床や育成が不十分な年が増えている(非特許文献1を参照。)。
【0004】
また、海藻類が生育しても、カジメ・アラメ・ワカメ・ヒロメなどのコンブ目植物は、10月から12月の間の海水温が18℃以上で好天の明るい時間帯に、ブダイやアイゴなどの暖海域生息の藻食魚類によって、葉体や幼胞体が摂食されるか、喰い千切られてしまう被害、いわゆる食害を受けることが多い(非特許文献2を参照。)。
【0005】
さらに、埋め立てを伴う臨海部の開発により藻場に適した海域の減少や、排水による海水の透明度低下に伴う水中の光量不足によって、海藻類の生育が妨げられていることも多い。
【0006】
このように、藻場は、生態系において非常に重要な役割を荷なっているものの、近年では急速に消失、衰退(いわゆる「磯焼け」)している。この「磯焼け」は多くの海域で起こっており、自然に回復するには非常に長い時間を必要とするようになってきている。そのため、近年、藻場を人工的に回復する方法が注目されている。
【0007】
例えば、(1)コンクリートブロックなどを海底に設置して、基材面に凹凸や溝をつけ、境界層を設けるという方法(特許文献1及び特許文献2を参照。)、(2)着床促進を目的として、基質面に特別な栄養塩や、水膨潤性合成樹脂や硬化性アミノ樹脂やフェノール樹脂により固定する方法(特許文献3及び特許文献4を参照。)、などが試みられている。
【0008】
ただ、これらの方法は遊走子や配偶体などの前駆体が付着する足場を提供するだけであって、積極的に前駆体を育成するものではなかった。また、藻場の回復には前駆体を植える時期・温度が重要であるにもかかわらず、これらの方法では直ぐに海中に設置するのは困難であった。そのため、これらの方法では効果があまりなかった。
【0009】
そこで、成熟した海藻から予め採取した遊走子・卵などの生殖、生育によって海藻類の葉体となりうる前駆体を基材等に付着させておき、海藻類の育成に適当な条件が調った際に直ぐに海中に設置することができる方法も検討されている。
【0010】
例えば、(3)網状シート物に藻類の前駆体溶液を散布し、静置して付着させ、育成してから、それを海水温が適切な低温時に現地に運び、主として潜水作業により、海底に水中接着剤やボルトで固定していく方法(特許文献5を参照。)、(4)基板や繊維藻礁に藻類の前駆体を散布し、静置・付着させ、デンプンやアルギン酸ナトリウムなどの水溶性高分子からなる被覆層で被覆してから、海水中に設置する方法(特許文献6及び特許文献7を参照。)がある。
【0011】
しかし、(3)の方法には、潜水作業のために設置面積などの効率が限られること、高温で(もしくは海藻に適さない水温)運ぶために沖出し・展開までの時間を長く取れないことなどの問題点があった。また、(4)の方法には、被覆層が硬質で不溶性であるため、海流によって被覆層が前駆体ごと剥離・流出してしまい、前駆体が定着せずに死滅してしまうという問題点があった。さらに、(4)の方法には、前駆体が定着したとしても被覆層の透明度や通気量が低いため、前駆体に十分な光と炭酸ガスや栄養塩が充分供給されず、前駆体が死滅又は十分に生育できないという問題点もあった。
【特許文献1】特開2001−275506号公報
【特許文献2】特開2004−173521号公報
【特許文献3】特公昭55−34186号公報
【特許文献4】特開昭57−177628号公報
【特許文献5】特開2004−65号公報
【特許文献6】特開平02−86717号公報
【特許文献7】特開平02−86718号公報
【非特許文献1】「藻場の海藻と造成技術」、120頁、能登谷正浩編著、成山堂書店、平成15年
【非特許文献2】「海藻を食べる魚たち−生態から利用まで」、137頁、藤田ら編著、成山堂書店、平成18年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
この発明は、育成に適当な条件が整った際に、海藻類の前駆体等を容易かつ安価に海中に植えることができるとともに、海中に植えた前駆体が自然繁殖以上に生育する海藻類増殖体、その製造方法、この海藻類増殖体を利用する海藻の増殖方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
発明者らは、鋭意検討の結果、基材の表面に、海水にゆっくりと溶け、透明度の高い(濁度の低い。)水溶性高分子により被覆層を形成すれば、前駆体の流出を抑制し、定着した前駆体の生育を促進できると考えた。そして、ある特定範囲の粘度及び濁度を有する水溶性高分子の水溶液を利用すれば前記被覆層が形成できることを見出し、本発明の海藻類増殖体、その製造方法、それを利用する海藻類の増殖方法を完成させた。
【0014】
すなわち、この発明の海藻類増殖体の製造方法は、(1)生殖、生育によって海藻類の葉体となりうる前駆体を基材に塗布する塗布工程と、(2)一定期間静置して前駆体を基材に付着させる付着工程と、(3)下記(a)及び(b)の条件を満たす水溶性高分子の水溶液を、基材の前駆体が付着している部分に塗布して被覆層を形成する被覆工程と、をこの順番で含む方法である。
【0015】
ここで、条件(a)とは、水溶性高分子の1重量%海水溶液の20℃、回転数1rpmにおける定せん断速度測定による粘度が、8,000〜33,000mPA.sであることである。また、(b)とは、水溶性高分子の1重量%海水溶液の550nmにおける積分球式光電光度法による濁度が、40%以下であることである。
【0016】
なお、前記水溶性高分子としては、具体的には、グルコマンナン、コンニャク精粉、これらとアルギン酸ナトリウム又はグアガムとの混合物、及びキサンタンガムとローカストビーンガムとの混合物が挙げられる。なお、コンニャク精粉はアルカリで中和したものであってもよい(アルカリで中和しながら溶解する場合も含む。)。ここで、コンニャク精粉のpH調整に使用するアルカリは、炭酸ナトリウムや水酸化カルシウムなどである。
【0017】
また、この発明の海藻類増殖体は前記海藻類増殖体の製造方法により製造したものであり、この発明の海藻の増殖方法は前記海藻類増殖体を、乾燥を防止しながら保存し、好天時に海中に設置する方法である。
【発明の効果】
【0018】
この発明の海藻類増殖体の被覆層は、海水中で一気に剥離することなく、時間をかけてゆっくりと溶解するので、海藻類の前駆体も基材上から一気に剥離、流出することなく基材上に定着する。また、溶け残った被覆層は光等をよく通し、定着した前駆体がよく生育するため、効率よく藻場を再生して磯焼けを解消することができる。さらに、この発明の海藻類増殖体は、乾燥を防止しながら保存することができるので、天候や作業予定などに応じて海中に設置することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
この発明の海藻類増殖体の製造方法は、(1)塗布工程、(2)付着工程、(3)被覆工程をこの順番で含む方法である。そこで、これらの各工程について以下に詳説する。
【0020】
(1)塗布工程
塗布工程とは、生殖、生育によって海藻類の葉体となりうる前駆体を基材に塗布する工程である。なお、生殖、生育によって海藻類の葉体となりうる前駆体としては、具体的には、海藻類の遊走子、卵、胞子(果胞子、殻胞子など)、幼芽、葉体などが挙げられる。
【0021】
また、基材としては、岩石、木、天然繊維、プラスチック(アクリル樹脂などの合成樹脂やポリ乳酸などの生分解性プラスチック)、クレモナなどの合成繊維、金属等の素材からなり、人工漁礁、人工藻礁、網、ロープ等の公知の形状を有するものを特に制限することなく使用することができる。なかでも、海藻類の遊走子・卵・胞子を塗布し易いため、微細な溝構造や凹凸のある板状の基材が好ましい。
【0022】
前駆体の塗布は、例えば、前駆体を海水やASP12NTAなどの人工海水に懸濁して前駆体懸濁液を調製し、この前駆体懸濁液をスポイト、刷毛等によって基板上に滴下、塗布することによって行う。
【0023】
(2)付着工程
付着工程とは、一定期間静置して前駆体を基材に付着させる工程である。なお、一定期間とは、具体的には、遊走子であれば、3時間以上から24時間、配偶体であれば3日から5日間、又は前駆体が基材上で幼胞体として10mm程度に育成するまでの期間のことである。なお、静置する期間が前記の期間よりも短い場合には前駆体が定着し難くなり、前記の期間よりも長い場合には栄養塩や溶存酸素が不足して種苗が枯死する。
【0024】
(3)被覆工程
被覆工程とは、特定の(a)粘度と(b)濁度を満たす水溶性高分子の水溶液を、基材の前駆体が付着している部分に塗布して被覆層を形成する工程である。
【0025】
水溶性高分子が満たすべき(a)粘度の条件は、水溶性高分子の1重量%海水溶液の20℃、回転数1rpmにおける定せん断速度測定による粘度が、8,000〜33,000mPA.sであることである。これよりも粘度が低い場合には前駆体が早く流出しすぎて被覆による効果が得られず、これよりも粘度が高い場合には先行技術と同様に、被覆層とともに前駆体が一気に剥離・流出してしまう。
【0026】
なお、定せん断速度測定による粘度は、JIS-Z8803「液体の粘度-測定方法」での分類上における円錐平板型開転粘度計を使用して、JIS-K7117-2「プラスチック-液状、乳濁状又は分散状の樹脂-回転粘度計による粘度測定方法」に準じ、温調系において回転速度を一定にして測定した値である。
【0027】
また、水溶性高分子が満たすべき(b)濁度の条件は、水溶性高分子の1重量%海水溶液の550nmにおける積分球式光電光度法による濁度が40%以下であることである。これよりも濁度が高い場合には光の透過量が不足して、前駆体の生育が妨げられる。なお、濁度は1%海水溶液の550nmにおける吸光度をT、イオン交換水の550nmにおける吸光度をT0としたときに、濁度=(T-T0)/(100-T0)×100で算出した値である。
【0028】
なお、このような水溶性高分子の水溶液として、具体的には、グルコマンナン、コンニャク精粉(pH調整を行ったコンニャク精粉を使用する場合、アルカリで中和しながら溶解する場合も含む。)、これらとアルギン酸ナトリウム又はグアガムとの混合物、及びキサンタンガムとローカストビーンガムの混合物などの水溶液が挙げられる。なお、水溶性高分子は、コンニャク精粉のようにその純度があまり高くなくても使用できるが、純度が高ければ高いほど、光の透過量が増えて、更に細菌の混入による汚染を防ぐ事ができるために、海藻類の生育がよくなる。
【0029】
被覆層の形成は、水溶性高分子の水溶液をスポイト、刷毛等によって基板上に滴下、塗布して、乾燥することによって行う。なお、塗布の回数、その間隔、乾燥時間や乾燥の程度などは用途などに応じて自由に設定すればよい。
【0030】
(4)海藻類増殖体の海水中への設置
前記(1)から(3)の各工程を経て海藻類の前駆体を固定した基材(海藻類増殖体)は、海中の適当な場所に設置して海藻類を増殖させることにより、磯焼けを解消することができる。なお、この海藻類増殖体は、完成後直ぐに海中に設置してもよいが、調温、調湿及び調光した容器に入れて乾燥を防止しながら保存し、好天時に海中に設置してもよい。
【0031】
海藻類増殖体の海中への設置には、公知の方法、例えば基材を海岸や海底に存在する岩、石、鋳鉄やコンクリート製の人工漁礁に接着剤やボルトで固定する方法、人工藻礁の形状を有する基材を海底に静置する方法、ロープ状又は網状の基材を海底に静置したアンカーに固定する方法など、を特に制限することなく使用できる。
【0032】
また、海藻類増殖体の海中への設置には、図1に示すような海中設置装置1を使用してもよい。この海中設置装置1は板状の海藻類増殖体2を取り付ける増殖体固定枠11と、増殖体固定枠11の上端に取り付けられた吊上用ワイヤ12と、増殖体固定枠11の外周を保護する外枠13と、増殖体固定枠11の外周に取付けられ、外枠13を挿入するスリーブ14と、外枠13に設けられた固定穴(図示せず。)に挿入され、スリーブ14を外枠13に固定するノックピン15と、を備えている。
【0033】
この海中設置装置1は、藻類増殖体2を増殖体固定枠11にネジ等によって取り付け、小型船舶に設けられたクレーンを使用して船上から海中に移動させ、海底にあらかじめ設置された重量藻礁3のL型アングル31に取付けることによって、海中に設置することができる。なお、潜水者を配置して、所定位置への誘導、吊上用ワイヤ12の回収、重量藻礁への取付け等の補助をすれば、より効率的に設置することができる。
【0034】
以下、この発明について実施例に基づいてより詳細に説明するが、以下の実施例によって、この発明の特許請求の範囲は如何なる意味においても制限されるものではない。
【実施例1】
【0035】
1.カジメ遊走子の耐乾燥試験
カジメ(コンブ類)の遊走子を人工海水(ASP12NTA)に分散させた遊走子分散液を、5mm境界線入りのスライドガラス(自作)にスポイトで滴下した(塗布工程)。滴下したのち24時間静置し、遊走子をスライドガラスに付着させた(付着工程)。水溶性高分子の2重量%水溶液をスライドガラスの上からスポイトで滴下し、スライドガラスを直径9cmの滅菌シャーレに入れて蓋で覆い、21日間干出状態とし、20℃、光量5,000lux、光周期は12時間明期、12時間暗期で保存した(被覆工程)。対照試験としては人工海水による通常の静地培養とし、乾出期間中(21日間)に換水はしなかった。
【0036】
なお、遊走子の被覆にはグルコマンナン、又はアルギン酸ナトリウムを使用した。グルコマンナンによる被覆は、グルコマンナンを人工海水に添加してから、マグネチックスターラー(RP-1D、AS ONE社製)を使用して回転数500rpmで攪拌し、6分後にスライドガラスの上からスポイトで滴下することによって行った。またアルギン酸ナトリウムによる被覆は、アルギン酸ナトリウムをCa Freeの人工海水(ASP12NTA)に溶解し、これをスライドガラスの上からスポイトで滴下したのち、Ca Freeの人工海水(ASP12NTA)に2重量%濃度でCaCl2・2H2Oを溶解した水溶液に20〜30分浸漬して凝固させることによって行った。
【0037】
被覆開始から、3日、6日、14日、21日目に遊走子の成長と生残率とを顕微鏡により調べた。生残率の結果を表1、生長の結果を表2及び図2に示す。なお、表1に記載の生残率は、5mm方眼枠あたりの個体数をスライドガラス3枚について測定して平均した値であり、表1は、被覆前の個体の数を100%として、各観察日ごとの生存率を相対的に示している。また、表2は、各条件下で最も多い細胞数と、その細胞数の個体が無作為に抽出した100個体に占める割合とを示している。さらに、図2は、各条件下で生育した15個体の長軸部の長さの平均値の推移を示している
【0038】
【表1】

【0039】
表1に示すように、水溶性高分子としてグルコマンナンを使用した場合には、塗布後3日目に65.4%、21日目に51.5%の固体が生残していた。一方、水溶性高分子としてアルギン酸ナトリウムを使用した場合には、塗布後3日目に24.6%、21日目に17.3%でグルコマンナンに比べ低い生残率を示した。
【0040】
【表2】

【0041】
表2及び図2に示すように、水溶性高分子としてグルコマンナンを使用した場合には、対照試験と比べて、雌雄性分化、生長は概ね1週間遅れた。またグルコマンナンを使用した場合には、21日目に最大82細胞の個体が認められた。これに対して、水溶性高分子としてアルギン酸ナトリウムを使用した場合には、2細胞の個体がごく僅かに認められたが大部分は発芽体のままで成長および雌雄の性分化は認められなかった。
【実施例2】
【0042】
2.カジメのフリー配偶体の耐乾燥性試験
保存株であるカジメフリー配偶体を細断して、人工海水(ASP12NTA)に分散させたのち、スライドガラスに散布した。散布して3日間静置し、細片をスライドガラスに付着させた。2重量%のアルギン酸ナトリウム、グルコマンナンの人工海水溶液をスライドガラスに滴下して被覆層を形成した。被覆層を形成したのち、配偶体の生残率の変化を、被覆層を形成した日から順次、顕微鏡により調べた。その結果を図3に示す。なお、図3に記載の生残率は、5mm方眼枠あたりの個体数をスライドガラス3枚について測定して平均した値であり、被覆前の個体の数を100%として、各観察日ごとの生存率を相対的に示している。
【0043】
なお、培養条件は20℃、光量5,000lux、光周期は12時間明期、12時間暗期とした。水溶性高分子としてアルギン酸ナトリウムとグルコマンナンを用いた場合には16日目まで干出状態とし、対照実験としては人工海水により静置培養を行い、乾間出期間中(16日間)には換水しなかった。
【0044】
図3に示すように、フリー配偶体は、被覆層の形成(0日)によって流失或いは枯死し、1日目の生残率はグルコマンナンでは50%、アルギン酸ナトリウムでは35.1%と大きく減少した。
【0045】
ただ、水溶性高分子にグルコマンナンを使用した場合には、枯死により5日目に約40%まで減少したものの、その後は16日目まで個体の減少は見られなかった。これに対して、水溶性高分子にアルギン酸ナトリウムを使用した場合には、被覆層を形成したのち、個体数が減少し干出状態を終了した16日目には生残率1.5%と非常に低くなった。なお、対照試験でもガラス平板に対する付着力の個体差により、付着力の弱い個体が流失したために個体数は減少し、16日目の生残率は約48%まで低下した。しかし、特に枯死した個体は認められなかったため、実質的な生存率は100%であった。
【0046】
以上の結果から、水溶性高分子にグルコマンナンを使用した場合には、被覆層を形成しない場合(対照試験)に近い生残率が得られたが、アルギン酸ナトリウムを使用した場合には生残率が大きく低下したことが分かった。
【実施例3】
【0047】
3.ヒロメ遊走子の耐乾燥性試験
ヒロメの遊走子を人工海水に分散させ、分散液をスポイトによりスライドガラス上に滴下した。滴下してから4日間静置して、遊走子をスライドガラスに付着させた。アルギン酸ナトリウム、グルコマンナン又は寒天の人工海水溶液をスポイトでスライドガラスに滴下して、被覆層を形成した。そして、使用した水溶性高分子による生残率の違いと、成長(配偶体の直径)の違いを比較した。生残率の違いを表3に示すとともに、成長の違いを図4に示す。
【0048】
なお、対照試験としては人工海水を再度滴下したものを使用した。また、アルギン酸ナトリウムとグルコマンナンの人工海水溶液の濃度は2%重量であり、寒天の人工海水溶液の濃度は1.2重量%であり、寒天を水に分散させてオートクレーブにより溶解したのち、46℃まで冷却してから滴下した。さらに、被覆層による被覆は、培養開始を採苗した0日目として、培養開始後4日目に被覆してから11日目までの一週間の間だけ行い、その後は人工海水を加えてピンセットにより静かに剥離した。
【0049】
【表3】

【0050】
なお、表3には5mm方形枠あたりの個体数をスライドガラス3枚について被覆前、被覆直後、剥離直後に個体数を計数して平均した値を示し、括弧内は被覆前の個体の数を100%として、各観察日ごとの生存率を相対的な割合を示している。表3からも明らかなように、水溶性高分子としてグルコマンナンを使用した場合には、塗布直後及び剥離直後の両方で水溶性高分子としてアルギン酸ナトリウムを使用した場合よりも高い生残率を示した。また、水溶性高分子として寒天を使用した場合には、グルコマンナンを使用した場合と同様に良好な生残率を示した。しかし、後述するように、図3の成長の測定結果から、塗布時に全て枯死したと考えられるため、実質的には0%である。
【0051】
図4に示すように、被覆層により被覆した期間は1週間であったが、グルコマンナン、アルギン酸ナトリウム、寒天の何れの水溶性高分子を使用した場合でも、対照試験よりも成長が遅かった。しかし、グルコマンナンを使用した場合は、培養50日目には平均長径が約1.7mmに達し、対照試験と同等の大きさにまで成長した。
【0052】
これに対して、アルギン酸ナトリウムを使用した場合は、グルコマンナンに比べて成長がやや遅く、培養50日目の平均長径は約1.4mmまでしか成長しなかった。また、寒天を使用した場合は、被覆層の剥離後にも成長が認められなかった。そのため、細胞壁のみが付着したまま残存しており、塗布時に全て枯死したものと判断した。
【0053】
以上の結果から、実施例2に記載したカジメ配偶体における結果と同様、水溶性高分子としてアルギン酸ナトリウムよりもグルコマンナンを使用するほうが、生残率が高くなり、生残した配偶体の成長もより速くなることが分かった。
【実施例4】
【0054】
4.カジメ遊走子の成長試験
(1)水溶性高分子の水溶液の調整
イオン交換水にNaCl2 26.5g/L、及びMgSO4・7H2O 6.82g/Lとなるように溶解し、人工海水を調整した。この人工海水49.5mlとマグネチックスターラー(Rexim RSH-1A、AS ONE社製)をビーカーに入れ、水溶性高分子0.5gを少量ずつ継粉ができないように添加した。その後、マグネチックスターラーの回転数をできるだけ上げた状態で2時間ほど攪拌し、表4に示す水溶性高分子を人工海水に溶解して水溶性高分子の水溶液とした。
【0055】
(2)粘度の測定
水溶性高分子の1重量%水溶液の温度を恒温機により20℃に保ちつつ、円錐平板型回転粘度計(Visconic EHD粘度計、東機産業株式会社(前株式会社東京計器製造所)製)により、1rpmにおける粘度を測定した。その結果を表4に示す。
【0056】
(3)濁度の測定
水溶性高分子の1重量%水溶液を、泡を巻き込まないように透過セルに入れて、セルを紫外・可視分光光度計(UV-2550 株式会社島津製作所製)にセットし、550nmにおける吸光度Tを測定した。つぎに、イオン交換水の550nmにおける吸光度T0を測定し、濁度=(T-T0)/(100-T0)×100の式に基づいて濁度を算出した。その結果を表4に示す。
【0057】
(4)生残率の測定
カジメ葉状体成熟部位から遊走子を放出させ、これをガラスカッターにより5mm四方の界線を引いたスライドガラス(自作)に散布した。1日間静置して遊走子の付着を確かめてから、水溶性高分子の1重量%水溶液をスポイトにより塗布して遊走子を被覆した。種苗を付着させ、水溶性高分子により被覆したスライドガラスは、直径9cmのプラスチック製滅菌シャーレに入れ、パラフイルムにより密閉して5日間干出状態とした。
【0058】
5日後に人工海水を注ぎ込み、ピンセットを使用して水溶性高分子からなる保護物質を静かに取り除いた。水溶性高分子1種に付き5mm方形枠当たりの個体数を3枠計数して平均し、採苗時の個体数を100%として、保護物質の剥離後の個体数の変化を調べた。この結果を表4に示す。
【0059】
(5)成長試験
カジメの遊走子を人工海水(ASP12NTA)に分散させた遊走子分散液を、ガラスカッターにより5mm四方の界線を引いたスライドガラス(自作)にスポイトで滴下した。滴下したのち24時間静置し、遊走子をスライドガラスに付着させた。水溶性高分子の1重量%水溶液をスライドガラスの上からスポイトで滴下し、スライドガラスを直径9cmの滅菌シャーレに入れて蓋で覆って14日間干出状態とし、室温で保存した。被覆開始から10日後の細胞数と、14日後の雌雄分化について調べた。この結果を表4に示す。
【0060】
【表4】

【0061】
表4に示すように、請求項1に示す水溶性高分子を使用した場合、すなわち、表4中のNo.2、3、4、5、17、18、21、22、23の場合には細胞数が増加するとともに、雌雄性分化まで生じていた。このことから、数ある水溶性高分子の中でも、グルコマンナン、コンニャク精粉、これらとアルギン酸ナトリウム又はグアガムとの混合物、キサンタンガムとローカストビーンガムの混合物によって被覆することにより、海藻類が増殖することが分かった。
【実施例5】
【0062】
5.クロメ前駆体板による海中増殖試験
クロメの遊走子を海水に分散した分散液をスレート板(10X10cm)に塗布して、78 X 48 X 20cmの角型水槽の中に静置し、遊走子をスレート板に付着させて、3ヶ月の間に幼胞子体(平均10mm)まで培養した。
【0063】
このスレート板にグルコマンナン処理したもの(A)、アルギン酸ナトリウム処理したもの(B)、及びなんら処理しない対照試験(C)を、和歌山県の比井崎沖の4mの海底に沈埋済みの重量藻礁に、図1に示すような海中設置装置を使って、船上から3月初めに設置して沖出した。そして、40日後の4月中旬にクロメの生育状況を観察した。その結果を図5に示す。
【0064】
なお、Aのグルコマンナン処理とは、グルコマンナンが2重量%となるように人工海水(ASP12NAT)に溶解して、これをスレート板に塗布し、室温、光量5,000lux、中日条件で3日間干し出し状態で保存することである。また、Bのアルギン酸ナトリウム処理とは、アルギン酸ナトリウムが2重量%となるようにカルシウムを含まない人工海水(ASP12NAT)に溶解して、これをスレート板に塗布したのち、このスレート板に塩化カルシウムを2重量%含む人工海水溶液を塗布してアルギン酸ナトリウムを固めたのち、室温、光量5,000lux、中日条件で3日間保存することである。
【0065】
また、図5(a)は沖出し直後の状態を示す写真であり、図5(b)は沖出しから40日後の状態を示す写真である。そして、図中のAは水溶性高分子としてグルコマンナンを使用した結果であり、図中のBは水溶性高分子としてアルギン酸ナトリウムを使用した結果であり、図中のCは対照試験である。
【0066】
これらの写真から、水溶性高分子としてグルコマンナンを使用した場合(A)には、対照試験(C)とほぼ同様にクロメが増殖したものの、アルギン酸ナトリウムを使用した場合(B)にはクロメの増殖がほとんど認められなかった。このことは、グルコマンナンが被覆層の材料に適していることを示している。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】海中設置装置の構造を模式的に示す図である。
【図2】カジメの遊走子を種苗として、水溶性高分子の違いがカジメ配偶体の成長に与える影響を調べた結果を示す図である。
【図3】カジメのフリー配偶体を種苗として、水溶性高分子の違いがカジメ配偶体の生残率に与える影響を調べた結果を示す図である。
【図4】ヒロメの遊走子を種苗として、水溶性高分子の違いがヒロメ配偶体の成長に与える影響を調べた結果を示す図である。
【図5】水溶性高分子の違いが、沖出したヒロメの成長に与える影響を調べた観察写真である。なお、図5(a)は沖出し直後の状態を示す写真であり、図5(b)は沖出しから40日後の状態を示す写真である。
【符号の説明】
【0068】
1 海中設置装置
11 増殖体固定枠
12 吊上用ワイヤ
13 外枠
14 スリーブ
15 ノックピン
2 海藻類増殖体
3 重量藻礁
31 L型アングル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)生殖、生育によって海藻類の葉体となりうる前駆体を基材に塗布する塗布工程と、
(2)一定期間静置して前駆体を基材に付着させる付着工程と、
(3)下記(a)及び(b)の条件を満たす水溶性高分子の水溶液を、基材の前駆体が付着している部分に塗布して被覆層を形成する被覆工程と、
(a)水溶性高分子の1重量%海水溶液の20℃、回転数1rpmにおける定せん断速度測定による粘度が、8,000〜33,000mPA.sであり、
(b)水溶性高分子の1重量%海水溶液の550nmにおける積分球式光電光度法による濁度が、40%以下である、
をこの順番で含む海藻類増殖体の製造方法。
【請求項2】
水溶性高分子が、グルコマンナン又はコンニャク精粉である請求項1に記載の海藻類増殖体の製造方法。
【請求項3】
水溶性高分子が、グルコマンナン又はコンニャク精粉と、アルギン酸ナトリウムとの混合物である請求項1に記載の海藻類増殖体の製造方法。
【請求項4】
水溶性高分子が、グルコマンナン又はコンニャク精粉と、グアガムとの混合物である請求項1に記載の海藻類増殖体の製造方法。
【請求項5】
水溶性高分子が、キサンタンガムとローカストビーンガムとの混合物である請求項1に記載の海藻類増殖体の製造方法。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれかに記載の海藻類増殖体の製造方法によって製造した海藻類増殖体。
【請求項7】
請求項6に記載の海藻類増殖体を、乾燥を防止しながら保存し、好天時に海中に設置する海藻の増殖方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−225667(P2009−225667A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−71165(P2008−71165)
【出願日】平成20年3月19日(2008.3.19)
【出願人】(591023594)和歌山県 (62)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】