説明

浸炭解析方法及び浸炭解析装置

【課題】被浸炭処理物への浸炭量を数値解析によって計算する場合における解析精度を向上させる。
【解決手段】流体解析により被浸炭処理物との境界領域における浸炭ガスの状態量を計算する状態量計算工程と、状態量から被浸炭処理物の表面の炭素濃度を計算する表面炭素濃度計算工程と、被浸炭処理物の表面の炭素濃度に応じた被浸炭処理物への炭素流入量を設定し、当該炭素流入量に基づいて浸炭量を計算する浸炭量計算工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被浸炭処理物への浸炭量を数値解析によって計算する浸炭解析方法及び浸炭解析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、特許文献1に示すように、従来から、鋼材からなる被浸炭処理物を、浸炭ガスが供給される処理空間に載置することによって、被浸炭処理物の表層に炭素を拡散浸透させる浸炭処理が行われている。
このような浸炭処理によれば、被浸炭処理物の表層が硬化し、被浸炭処理物の表面の耐摩耗性を向上させたりすることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−59959号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、被浸炭処理物への炭素の含浸速度は、処理空間へ供給される浸炭ガスに含まれる炭素含有化合物の濃度や被浸炭処理物の形状等の様々な要件によって異なってくる。
このため、実際の浸炭処理に先立ち、被浸炭処理物への浸炭量を数値解析により計算し、この数値計算の結果から最適な浸炭条件を設定する試みがなされている。
【0005】
このような従来の数値解析で用いられる手法は、被浸炭処理物の表面の炭素濃度が鋼材の炭素固溶限界濃度であると仮定し、この表面からの炭素の拡散を、拡散方程式を解くことによって浸炭量を求めるものである。
ところが、実際の浸炭処理では、被浸炭処理物の表面の炭素濃度は、炭素固溶限界濃度になっておらず、徐々に炭素固溶限界濃度に向かう。また、炭素固溶限界濃度に向かう速度も、被浸炭処理物の表面の近傍に存在する浸炭ガスの濃度分布(密度)に依存して変化する。さらには浸炭ガスの濃度分布は、処理空間の形状や被浸炭処理物の形状に依存して変化する。
【0006】
つまり、実際の浸炭処理においては被浸炭処理物の浸炭量が、浸炭ガスの状態量によって変化するにも関わらず、従来の数値解析においては、これを無視して計算を行っている。
このため、従来の数値解析によれば、被浸炭処理粒の大まかな浸炭量を計算することはできるものの、より実現象に近い浸炭挙動を求めることは難しかった。
例えば、従来の数値解析においては、上述のように被浸炭処理物の表面の炭素濃度を炭素固溶限界濃度であると仮定しているため、炭素固溶限界濃度に至るまでの被浸炭処理物の表面における炭素濃度のムラを求めることができない。
【0007】
本発明は、上述する問題点に鑑みてなされたもので、被浸炭処理物への浸炭量を数値解析によって計算する場合により実現象に近い浸炭量を計算可能とする、すなわち解析精度を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するための手段として、以下の構成を採用する。
【0009】
第1の発明は、被浸炭処理物への浸炭量を数値解析によって計算する浸炭解析方法であって、流体解析により上記被浸炭処理物との境界領域における浸炭ガスの状態量を計算する状態量計算工程と、上記状態量から上記被浸炭処理物の表面の炭素濃度を計算する表面炭素濃度計算工程と、上記被浸炭処理物の表面の炭素濃度に応じた上記被浸炭処理物への炭素流入量を設定し、当該炭素流入量に基づいて上記浸炭量を計算する浸炭量計算工程とを有するという構成を採用する。
【0010】
第2の発明は、上記第1の発明において、上記表面炭素濃度計算工程にて計算された上記被浸炭処理物の表面の炭素濃度が炭素固溶限界濃度より小さい場合に、上記浸炭量計算工程にて、実験により求められる反応速度係数と上記浸炭ガスの濃度とを用いて単位時間当たりの水素発生量を求め、上記水素発生量から上記炭素流入量を算出するという構成を採用する。
【0011】
第3の発明は、上記第1または第2の発明において、上記表面炭素濃度計算工程にて計算された上記被浸炭処理物の表面の炭素濃度が炭素固溶限界濃度以上である場合に、上記浸炭量計算工程にて、上記被浸炭処理物の表面の炭素濃度が上記炭素固溶限界濃度であるとして上記炭素流入量を算出するという構成を採用する。
【0012】
第4の発明は、被浸炭処理物への浸炭量を数値解析によって計算する浸炭解析装置であって、流体解析により上記被浸炭処理物との境界領域における浸炭ガスの状態量を計算する状態量計算手段と、上記状態量から上記被浸炭処理物の表面の炭素濃度を計算する表面炭素濃度計算手段と、上記被浸炭処理物の表面の炭素濃度に応じた上記被浸炭処理物への炭素流入量を設定し、当該炭素流入量に基づいて上記浸炭量を計算する浸炭量計算手段とを備えるという構成を採用する。
【0013】
第5の発明は、上記第4の発明において、上記表面炭素濃度計算手段にて計算された上記被浸炭処理物の表面の炭素濃度が炭素固溶限界濃度より小さい場合に、上記浸炭量計算手段が、実験により求められる反応速度係数と上記浸炭ガスの濃度とを用いて単位時間当たりの水素発生量を求め、上記水素発生量から上記炭素流入量を算出するという構成を採用する。
【0014】
第6の発明は、上記第4または第5の発明において、上記表面炭素濃度計算手段にて計算された上記被浸炭処理物の表面の炭素濃度が炭素固溶限界濃度以上である場合に、上記浸炭量計算手段は、上記被浸炭処理物の表面の炭素濃度が上記炭素固溶限界濃度であるとして上記炭素流入量を算出するという構成を採用する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、流体解析により被浸炭処理物との境界領域における浸炭ガスの状態量が計算され、この状態量から被浸炭処理物の表面の炭素濃度が計算され、被浸炭処理物の表面の炭素濃度に応じた被浸炭処理物への炭素流入量が設定されると共に当該炭素流入量に基づいて浸炭量が計算される。
つまり、本発明によれば、予め被浸炭処理物の表面の炭素濃度を炭素固溶限界濃度と仮定せず、流体解析を行うことによって、炭素固溶限界濃度に至るまでにおける被浸炭処理物の表面の炭素濃度が計算される。このため、被浸炭処理物の表面の炭素濃度の分布を、実際に浸炭処理を行った場合に合うように計算することができる。そして、この被浸炭処理物の表面の炭素濃度に応じて炭素流入量が設定されるため、実際に浸炭処理を行った場合に近づけて浸炭量を計算することができる。
したがって、本発明によれば、被浸炭処理物への浸炭量を数値解析によって計算する場合により実現象に近い浸炭量を計算することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態における浸炭解析装置の概略構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の一実施形態における浸炭解析装置の数値解析対象である鋼材と処理空間とを示す概念図である。
【図3】本発明の一実施形態における浸炭解析装置の動作(本発明の一実施形態における浸炭解析方法)を説明するためのフローチャートである。
【図4】本発明の一実施形態における浸炭解析装置及び浸炭解析方法を実証するための実験装置である。
【図5】本発明の一実施形態における浸炭解析装置及び浸炭解析方法による計算結果と実験結果とを比較するグラフであり、時間とモル分率との関係を示すグラフである。
【図6】本発明の一実施形態における浸炭解析装置及び浸炭解析方法による計算結果と実験結果とを比較するグラフであり、時間と浸炭重量との関係を示すグラフである。
【図7】本発明の一実施形態における浸炭解析装置及び浸炭解析方法による計算結果と実験結果とを比較するグラフであり、鋼材Xの表面からの距離と固体内炭素濃度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照して、本発明に係る浸炭解析方法及び浸炭解析装置の一実施形態について説明する。
【0018】
図1は、本実施形態の浸炭解析装置Sの概略構成を示すブロック図である。
浸炭解析装置Sは、図2に示すような浸炭処理を行う処理空間K内に載置された鋼材X(被浸炭処理)に対する浸炭量を数値解析により計算するものであり、パーソナルコンピュータやワークステーション等のコンピュータ装置から構成されている。そして、図1に示すように、浸炭解析装置Sは、CPU1と、記憶装置2と、入力装置3と、出力装置4と、通信装置5とを備えている。
【0019】
CPU1は、本実施形態の浸炭解析装置Sの全体を制御するものであり、記憶装置2、入力装置3、出力装置4及び通信装置5と電気的に接続されている。
そして、CPU1は、記憶装置2に記憶された数値解析プログラムPに基づいて当該制御を行う。
【0020】
より詳細には、本実施形態の浸炭解析装置SにおいてCPU1は、例えば有限体積法に基づく流体解析を実行することにより処理空間Kの一部であって鋼材Xとの境界領域における浸炭ガスY(図2参照)の状態量を計算する。具体的には、CPU1は、当該状態量として、流体密度、温度、圧力、流速、質量分率、モル分率を計算する。
つまり、本実施形態の浸炭解析装置SにおいてCPU1は、本発明の状態量計算装置として機能する。
【0021】
なお、本実施形態の浸炭解析装置Sにおいては、浸炭ガスYとして、例えば、メタン、エタン、プロパン、ブタン、アセチレン、エチレン、ベンゼン、トルエン等の炭化水素ガス、あるいはこれらの炭化水素ガスを窒素、水素、アルゴン、ヘリウム等と混合したガスを用いることができる。
【0022】
また、本実施形態の浸炭解析装置SにおいてCPU1は、上述の状態量から鋼材Xの表面の炭素濃度を計算する。
つまり、本実施形態の浸炭解析装置SにおいてCPU1は、本発明の表面炭素濃度計算手段として機能する。
【0023】
また、本実施形態の浸炭形成装置SにおいてCPU1は、鋼材Xの表面の炭素濃度に応じて炭素流入量を設定し、さらには炭素流入量に基づいて浸炭量を計算する。
つまり、本実施形態の浸炭解析装置SにおいてCPU1は、本発明の浸炭量計算手段として機能する。
【0024】
ここで、CPU1は、計算により求めた鋼材Xの表面の炭素濃度が炭素固溶限界濃度より小さい場合には、記憶装置2に記憶された反応速度係数及び水素発生量計算式を用いて水素発生量を計算する。そして、CPU1は水素発生量と、記憶装置2に記憶された第1の炭素流入計算式とを用いて炭素流入量を算出する。
なお、反応速度係数をα、水素発生量を[H2]、炭素含有化合物の濃度を[CX]とした場合に水素発生量計算式は、下式(1)で示される。また、炭素流入量をd[C]/dtとした場合に上述の第1の炭素流入量計算式は、下式(2)で示される。
【0025】
【数1】

【0026】
【数2】

【0027】
つまり、CPU1は、計算により求めた鋼材Xの表面の炭素濃度が炭素固溶限界濃度より小さい場合には、反応速度係数、水素発生量計算式(1)及び第1の炭素流入量計算式(2)に基づいて炭素流入量を算出する。
【0028】
なお、反応速度係数αは、実験によって予め与えられる値である。具体的には、実際に処理空間に浸炭ガスを供給して浸炭処理を行い、炭素流入速度と炭素含有化合物ガス(例えばアセチレンガス)分圧(すなわちモル分率)の時間履歴を実験で計測する。続いて炭素含有化合物ガスのモル分率を質量分率に換算する。その後、上記時間履歴から炭素流入速度と炭素含有化合物ガスの質量分率との関係式を算出し、この関係式の傾きを反応速度αとする。
【0029】
一方、CPU1は、計算により求めた鋼材Xの表面の炭素濃度が炭素固溶限界濃度以上である場合には、鋼材Xの表面の炭素濃度が記憶装置2に記憶された炭素固溶限界濃度であるとして、記憶装置2に記憶された第2の炭素流入計算式を用いて炭素流入量を算出する。
なお、第2の炭素流入計算式は、もともと炭素が鋼材Xの内部に拡散して浸透することによって鋼材Xの表面から失われた炭素が補充される際に必要となる炭素流入量を算出する式であり、拡散係数をDs、表面からの位置をxとした場合に、下式(3)で示される。
【0030】
【数3】

【0031】
そして、CPU1は、上述のようにして算出した炭素流入量と、記憶装置2に記憶された拡散方程式とを用いて、微小な領域に分割された鋼材Xの各領域における浸炭量を計算する。
なお、CPU1は、各領域における浸炭量から、浸炭分布や浸炭重量を算出することもできる。
【0032】
記憶装置2は、メモリ等の内部記憶装置及びハードディスクドライブ等の外部記憶装置によって構成されており、CPU1から入力される情報を記憶すると共にCPU1から入力される指令に基づいて記憶した情報を出力するものである。
そして、本実施形態の浸炭解析装置Sにおいて記憶装置2は、図1に示すように、入力データD1と、計算データD2と、上記数値解析プログラムPとを記憶している。
【0033】
なお、入力データD1は、浸炭解析装置Sの外部から入力されるデータであり、流入流量、質量分率、処理空間温度、処理空間圧力、メッシュデータ、初期炭素濃度、最大計算時間、炭素固溶限界濃度、反応速度係数、拡散係数、水素発生量計算式、炭素流入量計算式及び拡散方程式を含むデータ群である。
ここで、流入流量は、処理空間に供給する浸炭ガスYの流量である。また、質量分率は、浸炭ガスYを構成する物質の質量の割合である。また、メッシュデータは、処理空間K及び鋼材Xの形状を示すものであり、微小な複数の領域の集まりとして形状を表すものである。また、メッシュデータには、これらの各分割領域同士における物理量のやり取りを規定するための条件等も含まれている。また、初期炭素濃度は、浸炭処理が行われる以前から鋼材Xが含んでいる炭素の濃度である。最大計算時間は、浸炭解析を行う時間を示すものである。
【0034】
また、計算データD2は、CPU1による処理の結果として得られるデータであり、処理空間の各位置における流体密度、温度、圧力、流速、質量分率、及びモル分率を含み、また鋼材Xの表面の炭素濃度、水素発生量、炭素流入量、浸炭量、計算時間を含むデータ群である。
【0035】
入力装置3は、本実施形態の浸炭解析装置Sと作業者とのマンマシンインターフェイスであり、ポインティングデバイスであるキーボード3aやマウス3bを備えている。
出力装置4は、CPU1から入力される信号を可視化して出力するものであり、ディスプレイ4a及びプリンタ4bを備えている。
通信装置5は、本実施形態の浸炭解析装置Sと外部装置との間においてデータの受け渡しを行うものであり、社内LAN(Local Area Network)等のネットワークNに対して電気的に接続されている。
【0036】
次に、このように構成された本実施形態の浸炭解析装置Sの動作(本実施形態の浸炭解析方法)について、図3のフローチャートを参照しながら説明する。
なお、以下の説明においては、上記入力装置3や通信装置5を介して、既に記憶装置2に入力データD1が入力された状態であるとする。
【0037】
まずCPU1は、流体解析を行うことによって、処理空間K全体における浸炭ガスYの状態量を計算する(ステップS1)。
このように処理空間K全体における浸炭ガスYの状態量を計算することによって、CPU1は、処理空間Kの一部であって鋼材Xとの境界領域における浸炭ガスYの状態量を得る。
なお、ここでは、周知の有限体積法を用いて浸炭ガスYの状態量を計算するため、計算方法の詳細については省略するが、CPU1は、例えば入力データD1のうち流入流量、質量分率、炉内温度、炉内圧力及びメッシュデータを用い、メッシュデータを構成する各分割領域における流体密度、温度、圧力、流速、質量分率、モル分率を計算する。そして、CPU1は、これらの値を計算データD2として記憶装置2に記憶させる。
また、本ステップS1は、本発明の状態量計算工程に相当する。
【0038】
続いて、CPU1は、鋼材Xの表面の炭素濃度を計算する(ステップS2)。
より詳細には、CPU1は、ステップS1で算出した浸炭ガスYの状態量を示すデータから、上記境界領域の状態量を示すデータを抽出し、この抽出したデータや記憶装置2に予め記憶された初期炭素濃度に基づいて鋼材Xの表面の炭素濃度を計算する。ここで、鋼材Xの表面は、メッシュデータとして複数の分割領域に分かれて定義されており、CPU1は、各分割領域の炭素濃度を計算することによって鋼材Xの表面の全体の炭素濃度を得る。そして、CPU1は、計算により求められた鋼材Xの表面の炭素濃度を計算データD2として記憶装置2に記憶させる。
なお、本ステップS2は、本発明の表面炭素濃度計算工程に相当する。
【0039】
続いて、CPU1は、ステップS3において算出した鋼材Xの表面の炭素濃度が、予め記憶装置2に記憶された炭素固溶限界濃度より小さいか否かを判定する(ステップS3)。
ここで、CPU1は、ステップS3において炭素濃度を計算した分割領域の各々について、炭素濃度が炭素固溶限界濃度より小さいか否かを判定する。
【0040】
そして、本実施形態の浸炭解析方法においては、各分割領域の炭素濃度に応じて、当該分割領域への炭素流入量を設定し、当該炭素流入量に基づいて浸炭量を計算する。
【0041】
より詳細には、CPU1は、炭素濃度が炭素固溶限界濃度より小さい場合には、記憶装置2に記憶された反応速度係数、水素発生量計算式(1)及び第1の炭素流入量計算式(2)に基づいて炭素流入量を算出して設定する。
具体的には、CPU1は、反応速度係数及び水素発生量計算式(1)を用いて単位時間あたりの水素発生量を計算し、この値を計算データD2として記憶装置2に記憶させる(ステップS4)。さらにCPU1は、ステップS4で算出した水素発生量と第1の炭素流入量計算式(2)とに基づいて炭素流入量を計算し、この値を計算データD2として記憶装置2に記憶させる(ステップS5)。
なお、本ステップS4と本ステップS5とを合わせたステップが本発明の浸炭量計算工程に相当する。
【0042】
一方、CPU1は、炭素濃度が炭素固溶限界濃度より小さくない場合、すなわち炭素濃度が炭素固溶限界濃度以上である場合には、記憶装置2に記憶された第2の炭素流入量計算式(3)に基づいて炭素流入量を算出して設定する(ステップS6)。
なお、本ステップS6は、本発明の浸炭量計算工程に相当する。
【0043】
そして、CPU1は、ステップS5あるいはステップS6において設定された炭素流入量に基づいて浸炭量を計算する(ステップS7)。
より詳細には、CPU1は、ステップS5あるいはステップS6において、鋼材Xの表面を構成する各分割領域に設定された炭素流入量を用いて記憶装置2に予め記憶された拡散方程式を解くことによって、各分割領域からの炭素の拡散量を算出し、鋼材Xの内部を構成する各分割領域における浸炭量を算出する。そして、CPU1は、当該浸炭量を計算データD2として記憶装置2に記憶させる。
【0044】
続いて,CPU1は、解析時間が記憶装置2に記憶された最大計算時間に到達したか否かを判定する(ステップS8)。
この結果、解析時間が最大計算時間に到達している場合には、CPU1は浸炭解析を終了する。一方、解析時間が最大計算時間に到達していない場合には、CPU1は、解析時間を1ステップ進めて再度ステップS1に戻る。
【0045】
なお、CPU1は、全てのステップが完了した後、入力装置3等を介して指示が入力された場合には、当該指示に基づいて計算データD2を纏めたり演算処理して、出力装置4に出力する。この結果、出力装置4において、計算データD2が視覚化されて出力される。
【0046】
以上のような本実施形態の浸炭解析装置S及び浸炭解析方法によれば、流体解析により鋼材Xとの境界領域における浸炭ガスの状態量が計算され、この状態量から鋼材Xの表面の炭素濃度が計算され、鋼材Xの表面の炭素濃度に応じた鋼材Xへの炭素流入量が設定されると共に炭素流入量に基づいて浸炭量が計算される。
つまり、本実施形態の浸炭解析装置Sによれば、予め鋼材Xの表面の炭素濃度を炭素固溶限界濃度と仮定せず、流体解析を行うことによって、炭素固溶限界濃度に至るまでにおける鋼材Xの表面の炭素濃度が計算される。この計算は、流体解析の性質上、鋼材Xの表面を構成する分割領域ごと計算することができるため、鋼材Xの表面の炭素濃度分布を、実際に浸炭処理を行った場合に合うように計算することができる。そして、鋼材Xの表面の炭素濃度に応じて炭素流入量が設定されるため、実際に浸炭処理を行った場合に近づけて浸炭量を計算することができる。
したがって、本発明によれば、鋼材Xへの浸炭量を実現象に近づけて計算する、すなわち数値解析の精度を向上させることが可能となる。
【0047】
次に、本実施形態の浸炭解析装置S及び浸炭解析方法についての検証を行うための実験結果について説明する。
本実験においては、図4に示す実験装置Aを用いて実験を行った。実験装置Aは、図4に示すように、石英管A1と、加熱炉A2と、マスフローコントローラA3と、真空ポンプA4と、温度計A5と、熱電対A6と、ガス分析計A7(4重極マスフィルタ)とを備えている。
そして、本実験においては、加熱炉A2によって加熱される石英管A1の途中部位に鋼材XとしてSCM420を載置し、マスロフーコントローラA3によって石英管A1に流入する浸炭ガスYの流量を調節し、真空ポンプA4で排気したガスの分析をガス分析計A7で行い、温度計A5で石英管A1の温度を測定し、さらに熱電対A6によって石英管A1内部の温度を測定した。
なお、本実験では、浸炭ガスとしてアセチレンとアルゴンとの混合気体を用いた。また、本実験においては、ガス分析の結果、アセチレン熱分解反応は見られなかった。
【0048】
本実験においては、以下の表に示すように、実験条件を変えた2つのケース(case1〜case4)について実験を行った。
【0049】
【表1】

【0050】
図5は、ガス分析計A7で計測したアセチレンモル分率と、アセチレンモル分率から算出した水素モル分率の時間変化と、上記実施形態の浸炭解析装置S及び浸炭解析方法による計算結果とを比較したグラフである。なお、図5において、calが付されたグラフが上記実施形態の浸炭解析装置S及び浸炭解析方法による計算結果を示し、expが付されたグラフがcase1に相当する実験結果を示し、exp(2)が付されたグラフがcase2に相当する実験結果を示す。
【0051】
そして、図5に示すように、浸炭初期についてはアセチレンガスの流入に起因する圧力変動によって実験値が振動するものの、浸炭初期の反応を除いた領域で、上記実施形態の浸炭解析装置S及び浸炭解析方法による計算結果と、実験結果とが定量的に一致することが確認された。
【0052】
図6は、鋼材Xの同一箇所における浸炭重量の時間変化を示すグラブである。
この結果からも分かるように、上記実施形態の浸炭解析装置S及び浸炭解析方法による計算結果は、実験結果と良い一致を示すことが分かる。
【0053】
図7は、深さ方向における鋼材X内の炭素濃度分布(固体内炭素濃度分布)の変化を示すグラフである。なお、実験においてはEPMAを用いて画像解析と3点のライン分析とを行った。
この結果からも分かるように、上記実施形態の浸炭解析装置S及び浸炭解析方法による計算結果は、実験結果と良い一致を示すことが分かる。
【0054】
以上、図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。上述した実施形態において示した各構成部材の諸形状や組み合わせ等は一例であって、本発明の主旨から逸脱しない範囲において設計要求等に基づき種々変更可能である。
【0055】
例えば、上記実施形態における数値解析装置の構成は一例である。本発明の数値解析装置の構成は、上記実施形態において説明した構成に限られるものではなく、一般的にコンピュータ装置が備える他の構成(DVDドライブ装置やBDドライブ装置等)を備えることもできる。
【符号の説明】
【0056】
S……数値解析装置、1……CPU(状態量計算手段、表面炭素濃度計算手段、浸炭量計算手段)、2……記憶装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被浸炭処理物への浸炭量を数値解析によって計算する浸炭解析方法であって、
流体解析により前記被浸炭処理物との境界領域における浸炭ガスの状態量を計算する状態量計算工程と、
前記状態量から前記被浸炭処理物の表面の炭素濃度を計算する表面炭素濃度計算工程と、
前記被浸炭処理物の表面の炭素濃度に応じた前記被浸炭処理物への炭素流入量を設定し、当該炭素流入量に基づいて前記浸炭量を計算する浸炭量計算工程と
を有することを特徴とする浸炭解析方法。
【請求項2】
前記表面炭素濃度計算工程にて計算された前記被浸炭処理物の表面の炭素濃度が炭素固溶限界濃度より小さい場合に、
前記浸炭量計算工程にて、実験により求められる反応速度係数と前記浸炭ガスの濃度とを用いて単位時間当たりの水素発生量を求め、前記水素発生量から前記炭素流入量を算出することを特徴とする請求項1記載の浸炭解析方法。
【請求項3】
前記表面炭素濃度計算工程にて計算された前記被浸炭処理物の表面の炭素濃度が炭素固溶限界濃度以上である場合に、
前記浸炭量計算工程にて、前記被浸炭処理物の表面の炭素濃度が前記炭素固溶限界濃度であるとして前記炭素流入量を算出することを特徴とする請求項1または2記載の浸炭解析方法。
【請求項4】
被浸炭処理物への浸炭量を数値解析によって計算する浸炭解析装置であって、
流体解析により前記被浸炭処理物との境界領域における浸炭ガスの状態量を計算する状態量計算手段と、
前記状態量から前記被浸炭処理物の表面の炭素濃度を計算する表面炭素濃度計算手段と、
前記被浸炭処理物の表面の炭素濃度に応じた前記被浸炭処理物への炭素流入量を設定し、当該炭素流入量に基づいて前記浸炭量を計算する浸炭量計算手段と
を備えることを特徴とする浸炭解析装置。
【請求項5】
前記表面炭素濃度計算手段にて計算された前記被浸炭処理物の表面の炭素濃度が炭素固溶限界濃度より小さい場合に、
前記浸炭量計算手段は、実験により求められる反応速度係数と前記浸炭ガスの濃度とを用いて単位時間当たりの水素発生量を求め、前記水素発生量から前記炭素流入量を算出することを特徴とする請求項4記載の浸炭解析装置。
【請求項6】
前記表面炭素濃度計算手段にて計算された前記被浸炭処理物の表面の炭素濃度が炭素固溶限界濃度以上である場合に、
前記浸炭量計算手段は、前記被浸炭処理物の表面の炭素濃度が前記炭素固溶限界濃度であるとして前記炭素流入量を算出することを特徴とする請求項4または5記載の浸炭解析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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