説明

液体−液晶間相転移を利用した物体選別機構および物体選別方法

【課題】熱エネルギによって物体を移動させることができる液体−液晶間相転移を利用した物体選別機構および物体選別方法を提供する。
【解決手段】液体状態と液晶状態とを取り得る物質Mと、物質M中に、相転移温度Tcの相転移領域IFを形成させる相転移領域形成手段と、を備えており、温度勾配形成手段は、物質M中において相転移温度Tcの相転移領域IFを移動させる相転移領域調整機能と、相転移領域IFの移動速度を調整する移動速度調整機能とを有している。相転移領域形成手段によって、相転移温度Tcの相転移領域IFを液晶相LC側から液体相L側に向かって移動させれば、物質Mの液体相Lに位置する移動体mを、相転移領域IFが物体に対して液晶相LC側から液体相L側に移動するときに、相転移領域IFとともに液体相L側に移動させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体−液晶間相転移を利用した物体選別機構および物体選別方法に関する。
4-pentyl-4’-cyanobiphenyl等,液晶性の物質は、分子が等方(無秩序)となった液体状態と、分子が一定の方向に配向した液晶状態を取ることができ、所定の温度(相転移温度)において液体状態と液晶状態との間で状態が可逆変化する。そして、かかる物質中に、相転移温度が含まれる温度勾配が存在した場合には、物質中に、液体相と液晶相とが界面を挟んで同時に存在する状態となる。
本発明は、かかる内部に液体相と液晶相とが界面が存在する物質における液体−液晶間相転移を利用した物体選別機構および物体選別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から液晶は、液晶分子が配向することによってその光学的性質が変化するため、この性質を利用して液晶ディスプレー等の情報表示装置に使用されている。
また、液晶は、電界や磁界を加えて液晶分子の配向方向を変化させるとその粘性が変化する。つまり、液晶は、電気粘性流体としての性質も有しているので、この性質を利用した軸受やダンパー等が開発されている。
【0003】
一方、液晶分子が配向するときには、配向の際に回転するので、液晶中には液晶流動が発生する。この液晶分子の回転に起因した液晶流動を工業的に利用する技術、具体的には、液晶流動によって物体を移動させる技術が開発されている(特許文献1)。
【0004】
ところで、上記特許文献1の技術は、液晶が仕事をするためのエネルギとして、電磁力を利用しているが、熱エネルギを液晶に供給して物体移動などの仕事をさせることができれば有用であると考える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3586734号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記事情に鑑み、熱エネルギによって物体を選別することができる液体−液晶間相転移を利用した物体選別機構および物体選別方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1発明の液体−液晶間相転移を利用した物体選別機構は、 液体状態と液晶状態とを取り得る物質と、該物質中に、相転移温度の相転移領域を形成させる相転移領域形成手段と、を備えており、該相転移領域形成手段は、前記物質中において相転移領域を移動させる相転移領域調整機能と、前記相転移領域の移動速度を調整する移動速度調整機能とを有していることを特徴とする。
第2発明の液体−液晶間相転移を利用した物体選別機構は、第1発明において、前記相転移領域形成手段が、前記物質中に、相転移温度を含む温度勾配を形成させる温度勾配形成手段であることを特徴とする。
第3発明の液体−液晶間相転移を利用した物体選別機構は、第1または第2発明において、前記温度勾配形成手段は、前記物質を冷却する冷却手段と、該冷却手段に対して離間した位置に配設された、前記物質を加熱する加熱手段とを備えていることを特徴とする。
第4発明の液体−液晶間相転移を利用した物体選別機構は、第1または第2発明において、前記温度勾配形成手段は、前記相転移領域を静止させた状態で、液晶領域と液体領域を逆転させる機能を有することを特徴とする。
第5発明の液体−液晶間相転移を利用した物体選別機構は、第1、第2、第3または第4発明において、前記物質を収容する収容部材を備えており、該収容部材における前記物質と接触する面には、配向処理が施されていることを特徴とする。
第6発明の液体−液晶間相転移を利用した物体選別方法は、液体状態と液晶状態とを取り得る物質に対して、該物質中に、相転移温度の相転移領域を形成させ、前記物質中における相転移領域を移動させ、かつ、該相転移領域の移動速度を変化させることを特徴とする。
第7発明の液体−液晶間相転移を利用した物体選別方法は、第6発明において、前記物質中に相転移温度を含む温度勾配を形成させて、該物質中に前記相転移領域を形成させることを特徴とする。
第8発明の液体−液晶間相転移を利用した物体選別方法は、第6または第7発明において、前記相転移領域を静止させた状態で、液晶領域と液体領域を逆転させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
第1発明によれば、相転移温度の相転移領域を液晶相側から液体相側に向かって移動させれば、物質の液体相に位置する物体を、相転移領域が物体に対して液晶相側から液体相側に移動するときに、相転移領域とともに移動させることができる。しかも、相転移領域の移動速度を調整できるから、物質の液体相に位置する物体のうち、移動速度に追従できる物体のみを相転移領域とともに移動させることができ、移動速度に追従できない物体を液晶相側に残すことができる。よって、相転移領域の移動速度を調整すれば、液体層に存在する物体を選別することができる。
第2発明によれば、温度勾配形成手段によって物質に加える熱エネルギを調整すれば、物質中に相転移温度の相転移領域を形成することができるから、相転移領域を容易に形成することができる。
第3発明によれば、冷却手段が物質から奪う熱エネルギと、加熱手段から物質に供給する熱エネルギとを調整すれば、物質中に形成させる温度勾配を自由に調整することができる。よって、冷却手段と加熱手段との間に形成される相転移領域の位置及び移動速度の調整が容易である。
第4発明によれば、液晶相側と液体相側の位置を逆転させれば、相転移領域の移動方向を逆向きにすることができるから、選別した物体を互いに離間した位置に集めることができる。
第5発明によれば、物質が液晶になったときにおける液晶分子の配向を拘束する力が強くなるので、物体が相転移領域とともに移動しやすくなる。
第6発明によれば、相転移領域を液晶相側から液体相側に向かって移動させれば、物質の液体相に位置する物体を、相転移領域が物体に対して液晶相側から液体相側に移動するときに、相転移領域とともに移動させることができる。しかも、相転移領域の移動速度を調整できるから、物質の液体相に位置する物体のうち、移動速度に追従できる物体のみを相転移領域とともに移動させることができ、移動速度に追従できない物体を液晶相側に残すことができる。よって、相転移領域の移動速度を調整すれば、液体層に存在する物体を選別することができる。
第7発明によれば、物質に加える熱エネルギを調整すれば、物質中に相転移温度の相転移領域を形成することができるから、相転移領域を容易に形成することができる。
第8発明によれば、液晶相側と液体相側の位置を逆転させれば、相転移領域の移動方向を逆向きにすることができるから、選別した物体を互いに離間した位置に集めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本実施形態の物体選別機構によって物体を選別する作業の概略説明図である。
【図2】本実施形態の物体選別機構によって物体を選別する他の作業の概略説明図である。
【図3】物体移動機構の概略説明図であって、(A)は物質Mに移動体mが浸漬された状態の概略断面図であり、(B)は物質Mに移動体mが浸漬された状態の概略平面図であり、(C)は物質M中の温度勾配Tgを示した図である。
【図4】(A)は相転移領域IFを液晶相LC側から液体相L側へ移動させる状況の概略説明図であり、(B)は相転移領域IFを液体相L側から液晶相LC側へ移動させる状況の概略説明図である。
【図5】実施例の実験装置の概略説明図である。
【図6】相転移領域を移動させたときの状況を撮影した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
本発明の物体選別機構は、物質に熱エネルギを加えることによって物質中の物体を移動させて選別するものであり、物体の移動に、物質の液晶−液体間の界面の移動を利用し、かつ、界面の移動速度を利用して物体を選別するようにしたことに特徴を有している。
【0011】
まず、物体選別機構の前提となる、物体の移動に、物質の液晶−液体間の界面の移動する物体移動機構および物体移動方法について、説明する。
【0012】
図3において符号Mは、プレートP上に配置された物質Mを示している。この物質Mは、例えば、4-pentyl-4’-cyanobiphenylや4-methoxy-benzilidene-4-butyl-aniline等の温度を変えることによって液晶状態(図3中液晶層LCで示す)を液体状態(図3中液体層Lで示す)との間で状態を変化させることができる物質を示している。
なお、図3では、物質MがプレートP上に配置されている場合を示しているが、本発明の物体選別機構を適用する装置では、物質Mを配置する部材は特に限定されない。例えば、物質Mは、一対の平板間に配置したり箱状の部材内に収容したりしてもよく、とくに限定されない。
【0013】
図3において、符号mは物質Mに浸漬されている物体を示している。この物体m(以下、移動体mという)が、本発明の物体移動機構によって移動されかつ選別される対象、つまり、物体選別機構によって移動されかつ選別される対象である。
この移動体mは物質Mの液晶中や液体中を移動できるものであれば特に限定されないが、液晶状態の物質M中に存在した状態では、物質M中のエネルギーが増加するような物質が好ましい。例えば、移動体mがその表面上に分子配向勾配を有するものであれば 移動体mが液晶状態の物質M中に存在した時に、物質M中に発生する分子配向場のエネルギー増加が大きくなる点で好ましい。
【0014】
そして、図3に示すように、プレートPの下面には、ヒータなどの加熱手段Hと、チラー等の冷却手段Cが設けられている。
この加熱手段Hは、プレートPを介して物質Mを加熱することができるものであり、少なくとも、物質Mを、その液晶−液体間の相転移温度Tcよりも高い温度まで加熱できる機能を有するものである。
また、冷却手段Cは、プレートPを介して物質Mを冷却することができるものであり、前記加熱手段Hからある程度離間した位置に配置されている。この冷却手段Cは、少なくとも、物質Mを、その液晶−液体間の相転移温度Tcよりも低い温度まで冷却できる機能を有するものである。
そして、加熱手段Hおよび冷却手段Cは、両者の温度を調整して物質M中に形成される温度勾配を調整する制御手段に連結されている。
【0015】
以上のごとき構成であるので、物体移動機構では、加熱手段Hによって物質Mの一部(図3では左側の領域)を相転移温度Tcより高温に加熱し、冷却手段Cによって物質Mの一部(図3では右側の領域)を相転移温度Tcより低温に冷却することができる。すると、物質M内には、左側の領域から右側の領域に向かって温度が低下する温度勾配Tgが形成され、物質M内における左側の領域と右側の領域との間には、相転移温度Tcとなる領域が形成される。
物質Mは、相転移温度Tcより高温では液体、相転移温度Tcより低温では液晶となるので、物質M内には、左側に液体相Lの領域、右側に液晶相LCの領域が形成され、両領域の間に相転移領域IFが形成されるのである。
(物体を移動させる手順)
【0016】
つぎに、上記のごとき物体移動機構において、物質M中の移動体mを移動させる方法を説明する。
まず、加熱手段Hによって物質Mの一部を相転移温度Tcより高温に加熱し、冷却手段Cによって物質Mの一部を相転移温度Tcより低温に冷却して、物質M中に相転移領域IFが形成されるように調整する。そして、物質M中に移動させる移動体mを液体相Lに浸漬させる。
【0017】
ついで、加熱手段Hおよび冷却手段Cを制御して、物質M中の最高温度はそのままで、最低温度を低下させる。図4(A)であれば、右側の領域の温度を下げる。すると、物質M中の温度勾配はその傾きが大きくなり(Tg→Tg)、相転移温度Tcとなる位置が液体相L側に移動する。すると、液体相Lの領域では、相転移温度Tcとなる位置の移動にともなって相転移領域IFも液体相L側に移動する(IF→IF)。
【0018】
相転移領域IFは、最初に物体mが浸漬されていた位置を通過して、その位置よりも左側に移動するが、相転移領域IFが移動体mの位置まで到達すると、移動体mは相転移領域IFとともに相転移領域IFと接触したまま移動する(図4(A))。
つまり、物質Mに加える熱エネルギを調整して、物質Mの温度勾配Tgを変化させる、言い換えれば、相転移領域IFを移動させれば、物質M中の移動体mを移動させることができるのである。
【0019】
逆に、図4(B)に示すように、物質M中の最低温度はそのままで最高温度が高くなるように温度勾配Tgを変化させると(Tg→Tg)、相転移領域IFは、液体相L側から液晶相LC側に向かって移動する(IF→IF)。このときは、相転移領域IFは、最初に物体mが浸漬されている位置を通過して、その位置よりも右側に移動するが、この場合には、移動体mは移動せず、相転移領域IFだけが右側に移動する(図4(B))。
【0020】
したがって、上記のごとき物体移動機構では、物質M中に液体相Lの領域と液晶相LCの領域とを形成し、物質Mの温度勾配Tgを変化させて相転移領域IFを液体相Lに向かって移動させれば、液体相Lの領域に存在する移動体mを、相転移領域IFの移動する方向に相転移領域IFとともに移動させることができるのである。
【0021】
上記現象が生じるのは、以下の理由と考えられる。
液晶相LC中では、全液晶分子がある方向に配向した状態で存在しているのに対し、液体中では分子が無秩序な状態(等方状態)で存在している。すると、物質M中に移動体mが存在している場合、物質Mと移動体mを含む系全体では、移動体mが液晶相LC中に存在するよりも移動体mが液体相L中に存在する方がエネルギ的に低い状態をとることになる。なぜなら、液晶相LC中に存在する移動体mは、液晶分子の配向を乱すからである。
すると、相転移領域IFが液晶相LC側から液体相L側に移動する場合、液体相L中に存在する移動体mは、液晶LC中に存在したくない、言い換えれば、物質Mと移動体mを含む系がエネルギ的に低い状態を維持しようとするために、移動体mが液体相L中に存在し続けようとする。このため、相転移領域IFが液晶相LC側から液体相L側に移動する場合には、移動体mは相転移領域IFに押されているかのように、相転移領域IFとともに移動するのである。
一方、相転移領域IFが液体相L側から液晶相LC側に移動する場合、液晶相LC中に存在する移動体mは液体相L中に移動しようとする。このため、相転移領域IFが液体相L側から液晶相LC側に移動するときには、移動体mはその位置に停止したまま、相転移領域IFを通過させるのである。
【0022】
そして、上記のごとき原理によって相転移領域IFの移動にともなう移動体mが生じるので、物質Mが液晶相LCになったときにおける液晶分子の配向を拘束する拘束手段を設けておけば、液晶分子の配向を拘束する力が強くなり、転移領域IFの移動に伴う移動体mの移動が生じやすくなるので、好適である。
【0023】
また、上記の加熱手段Hおよび冷却手段Cが、後述する物体選別機構の温度勾配形成手段に相当し、加熱手段Hおよび冷却手段Cによって物質Mを加熱冷却して温度勾配Tgを変化させる機能が後述する物体選別機構の相転移領域調整機能および移動速度調整機能に相当する。
なお、上記例では、加熱手段Hや冷却手段CはプレートPの外面から物質Mを加熱冷却する場合を説明したが、物質Mを加熱冷却できるのであれば、加熱手段Hや冷却手段Cを設ける位置はとくに限定されない。例えば、加熱手段Hや冷却手段Cを物質Mに直接接触させて加熱冷却してもよい。
【0024】
さらに、温度勾配形成手段は、上記のごとき加熱手段Hおよび冷却手段Cを備えたものに限られず、物質M中に相転移温度Tcを含む温度勾配Tgを形成させることができるものであればとくに限定されない。
具体的には、物質Mを強制的に加熱冷却するなどして、物質M中に強制的に相転移温度Tcを含む温度勾配Tgを形成させることができるものや、室温との相対的な温度差によて相転移温度Tcを含む温度勾配Tgを形成させることができるもの等を温度勾配形成手段として採用することができる。
【0025】
例えば、図3における冷却手段Cに代えて加熱手段Hを設け、プレートPの両側に加熱手段Hを設けてもよい。この場合、一方の加熱手段Hだけで物質Mを加熱しても、物質M中に相転移温度Tcを含む温度勾配を形成させることができるし、また、両加熱手段Hによる加熱状態を調整しても、物質M中に相転移温度Tcを含む温度勾配を形成させることができる。
逆に、図3における加熱手段Hに冷却手段Cを設け、プレートPの両側に冷却手段Cを設けてもよい。この場合も、一方の冷却手段Cだけで物質Mを冷却しても、物質M中に相転移温度Tcを含む温度勾配を形成させることができるし、また、両冷却手段Cによる冷却状態を調整しても、物質M中に相転移温度Tcを含む温度勾配を形成させることができる。
【0026】
また、温度勾配形成手段として、図3におけるプレートPの下面全面に、物質Mを加熱冷却できる、例えば、ペルチェ素子等を複数設けてもよい。この場合、各ペルチェ素子等の温度を調整すれば、物質M中に所望の温度勾配を形成することができる。すると、物質M中に所望の形状を有する相転移領域IFを形成できるし、この相転移領域IFを所望の方向に所望の速度で移動させることも可能である。
【0027】
さらに、温度勾配形成手段として、所望の温度分布を表面に形成させることができる平板(例えば、銅板等)を、図3におけるプレートPの下面に設けてもよい。この場合、平板の表面と同等の温度分布を物質M内に形成させることができる。すると、平板の温度分布を調整すれば、物質M中に所望の温度分布、つまり、所望の温度勾配Tgを形成することができるから、物質M中に所望の形状を有する相転移領域IFを形成できるし、この相転移領域IFを所望の方向に所望の速度で移動させることも可能となる。
【0028】
さらに、物質M全体が同一相の状態から、物質M全体の温度を、急激に上昇させるまたは急激に低下させることによっても、相転移領域IFを形成させて移動させることができる。具体的には、全面液晶相LCの状態の物質Mを、温度勾配形成手段によって物質M全体を相転移温度Tc以上に急激に加熱した場合には、最初に液体相Lとなった場所から液体相Lが広がるにつれて相転移領域IFを移動させることができる。逆に、全面液体相Lの状態の物質Mを、温度勾配形成手段によって物質M全体を相転移温度Tc以下に急激に冷却した場合には、最初に液晶相LCとなった場所から液体相Lが広がるにつれて相転移領域IFを移動させることができる。
【0029】
さらに、温度勾配形成手段として、物質Mの全体を同じ温度で加熱または冷却するものを設けてもよい。この場合でも、物質Mが液晶相LCと液体層Lを有している場合、温度勾配形成手段によって物質Mの全体を相転移温度Tcとなるようにしておけば、相転移領域IFが移動しない状態かつ液晶相LCと液体層Lとが共存する状態に維持できる。そして、上記状態から、温度勾配形成手段によって、物質Mの温度が、相転移温度Tcより高くなるように、または、相転移温度Tcより低くなるように、物質Mを加熱又は冷却すると、物質Mの温度変化に伴って、相転移領域IFを移動させることができる。
【0030】
(物体選別機構の説明)
上述したように、相転移領域IFを移動させれば、物質Mに浸漬されている移動体mを移動させることができるが、相転移領域IFの移動速度が速くなれば、移動体mが相転移領域IFの移動に追従できない場合がある。具体的には、移動体mの質量が重い場合や移動体mの粒径が小さい場合など、相転移領域IFから移動体mに加わる力が小さい場合には、相転移領域IFの移動速度が速くなると、移動体mが相転移領域IFの移動に追従できなくなり、移動体mが液晶相LC側に残されることになる。
つまり、物質M中に複数の移動体mを浸漬しておけば、相転移領域IFの移動速度を調整することによって、複数の移動体mを、その移動に追従できる移動体mと、その移動に追従できない移動体mと選別することができるのである。
【0031】
例えば、図1に示すように、相転移領域IFを図中左側から右側に移動させる場合、まず、相転移領域IFの移動速度をV1とすれば、移動速度をV1に追従できない移動体m1は液晶相LC側に残される。つまり、そのままの位置に残されるのである。一方、移動速度V1に追従できる移動体m2〜m5は相転移領域IFとともに移動する。液晶相LC側に残される。
ついで、相転移領域IFの移動速度をV2とすれば、移動速度をV1には追従できたが移動速度をV2には追従できない移動体m2は液晶相LC側に残される。つまり、相転移領域IFの移動速度をV1からV2に変化させた位置に移動体m2は残される。一方、移動速度V2に追従できる移動体m3〜m5は相転移領域IFとともに移動する。
そして、相転移領域IFを右端まで移動させると、移動体m3〜m5を右端に集めることができるのである。
【0032】
以上のごとくであるから、相転移領域IFの移動速度を調整すれば、物質Mの液体相Lに位置する移動体mのうち、移動速度Vに追従できる移動体mのみを相転移領域IFとともに移動させることができ、移動速度Vに追従できない物体を液晶相LC側に残すことができる。
よって、相転移領域IFの移動速度Vを調整すれば、液体層Lに存在する複数の移動体mを、その性質によって選別することができる。
【0033】
しかも、移動速度Vを変化させる位置を調整すれば、移動体mが液晶層LCの残留する位置を調整することができるし、その位置で、相転移領域IFに沿った状態で配置することができる。すると、物質M中において、相転移領域IFの移動方向における所定の位置に、所定の移動体mを並べて配置することができるのである。
【0034】
なお、相転移領域IFの移動速度は、物質M中に形成させる温度勾配Tgの変化割合を調整すれば、自由に調整することができる。つまり、温度勾配Tgを短時間で変化させれば相転移領域IFの移動速度を速くできるし、温度勾配Tgをゆっくりと変化させれば相転移領域IFの移動速度を遅くすることができる。
また、物質Mの温度を急激に変化させた場合(つまり、物質Mを急激に加熱または冷却した場合)でも、相転移領域IFの移動速度を速くできるし、逆に、物質Mの温度を緩やかに変化させた場合(つまり、物質Mを緩やかに加熱または冷却した場合)でも、相転移領域IFの移動速度を遅くできる。
【0035】
そして、温度勾配形成手段として、物質M中の温度勾配Tgを迅速に逆転させることができる機能を有するものを採用すれば、相転移領域IFを静止させた状態で、液晶相LCの領域と液体相Lの領域を逆転させることが可能となる。すると、相転移領域IFの移動に伴って移動体mの移動方向させることができる領域を逆向きにすることができるから、移動体mを一方向だけでなく、双方向に移動させることが可能となる。
すると、液晶相LC側と液体相L側の位置を逆転させれば、相転移領域IFの移動方向を逆向きにすることができるから、選別した移動体mを互いに離間した位置に集めることができる。
【0036】
例えば、図2であれば、右側に液晶相LCの領域、左側に液体相Lの領域が形成されているので、相転移領域IFを移動速度V1で右側から左側に移動させれば、移動速度V1に追従できる移動体mを右側から左側に向かって移動させることができ、物質Mの左端に集めることができる。このとき、移動速度V1に追従できない移動体mは、液晶相LC中に残される。
この状態から、液晶相LCの領域と液体相Lの領域を逆転させて、左側に液晶相LCの領域、右側に液体相Lの領域が存在するようにして、左端に集められた移動体mが移動できない速度V2で相転移領域IFを右側に移動させたのち、移動速度V1に追従できなかった移動体mの位置において、これらの移動体mが追従できる速度V3に相転移領域IFの移動速度を落とせば、移動速度V1に追従できなかった移動体mを、物質Mの右端に集めることができる。
【0037】
さらに、物質M中に、相転移領域IFを挟んで液晶相LCと液体相Lの両方が形成されている場合において、液晶相LC側を冷却し、液体相L側を物質Mの相転移温度Tc以下となるように冷却すれば、液体相Lを挟むように一対の相転移領域IFが形成される。すると、一対の相転移領域IFは互いに接近するように移動するので、その移動速度を調整すれば、所定の物質mを物質Mの中央に集めることができる。
なお、液晶相LC側を物質Mの相転移温度Tc以上となるように加熱し、液体相L側を物質Mの相転移温度Tc以下となるように冷却すれば、物質M中に3つの相転移領域IFが形成される。すると、各相転移領域IFの移動速度を調整すれば、物質mを集める位置等の調整の自由度を高くすることができる。
【実施例】
【0038】
液体−液晶間相転移を利用した物体移動機構によって物体を移動させることを確認した。
実験は、図5(A)に示すような試験セル1を用い、試験セル1中の物質Mの温度勾配を変化させたときにおける物質M中の微粒子mの移動を確認した。
【0039】
試験セル1は、2枚のガラス平板2(18mm×18mm)と、このガラス平板2の対向する面に作成した配向膜3と、フィルム状のスペーサ4(厚さ50μm)とから構成されている。そして、2枚のガラス平板2間に、物質M(4-Cyano・41-n-penty)biphenll〔5CB〕)を配置し、この物質M中にSio2微粒子m(直径2.5μm)を混入している。
なお、2枚のガラス平板2は、両者の間の空間に物質Mを流し込みやすくするために、その位置を少しズラして配置している。
また、配向膜3には、垂直配向膜を使用した。
【0040】
図5(B)に示すように、前記試験セル1を用いた実験装置10は、試験セル1中の物質Mに温度勾配を与えるための2基のサーモモジュール11(80mmX80mm)と、この2基のサーモモジュール11に跨るように配設された銅板12と、この銅12上に配置されたスライドガラス13とを備えており、このスライドガラス13上に試験セル1を配置して実験を行った。
なお、外気温の影響を遮断するために、実験装置10を断熱ケース14内に配置した状態で実験を行った。
【0041】
また、試験セル1の温度勾配は、温度コントローラ(CELLシステムTDC-2000(分解能0.Ol℃))によって2基のサーモモジュール11を異なった温度に設定することによって調整した。温度コントローラには、スライドガラス13に取り付けられた2つの熱電対15(1.6mmX3.2mm)が接続されており、この2つの熱電対が測定する温度に基づいて温度コントローラは2基のサーモモジュール11の作動を制御している。
【0042】
また、試験セル1中の物質Mの状況および微粒子mの挙動は、断熱ケース14の上面に設けた観察穴から偏光顕微鏡映像をCCDカメラを用いて撮影した。
なお、CCDカメラによる撮影のための光を確保するために、銅板12および断熱ケース14の下面に孔を形成し、この孔から光を試験セル1に照射した。
そして、液晶相LC、液体相Lの両方を透過する光を受光するために、試験セル1に光を照射する光源と試験セル1との間には偏光子を配置しており、試験セル1とCCDカメラとの間には検光子を配置している。
【0043】
つぎに、実験結果を説明する。
図6において、黒い点は微粒子mであり、黒い帯状の部分が相界面(相転移領域)であり、図中相界面に対して、左側の領域が液体相Lであり右側の領域が液晶相LCである。 なお、図6(a)、(c)の状態では、2つの熱電対15によって測定される温度が、右側が29℃、左側が39℃(温度勾配0.33℃/mm)となるように2つのサーモモジュール11によって温度が調整されている。
【0044】
まず、図6(a)の状態(温度勾配0.33℃/mm)において、相界面を挟んで両側に微粒子mが存在していることが確認できる。この状態から温度勾配を変化させると(右側のサーモモジュール11をOFFにすると)、右側の温度が上昇するので、相界面が液体相側から液晶相側に向かって動くことが確認できる(図6(a),(b))。しかし、この場合には、白い2つの円で囲まれた微粒子mは相界面が通過する前後でほとんど移動していない。つまり、相界面が移動しても、微粒子mは移動されないことが確認できる。
【0045】
逆に、図6(c)の状態から温度勾配を変化させると(左側のサーモモジュールをOFFにすると)、左側の温度が下降するので、相界面が液晶相側から液体相側に向かって動くことが確認できる(図6(c),(d))。そして、相界面の移動に伴って、微粒子mも元の位置から相界面の移動方向、つまり、左側に向かって移動していることが確認できる。しかも、2つの微粒子mは、移動前は左右方向の位置がずれていたのであるが(図6(c))、移動後は相界面に沿って並んだ状態となっている(図6(d))。
以上のことから、2つの微粒子mは、相界面の移動に伴って、相界面に押されるように移動したこと考えられる。
【0046】
以上の実験結果からも、液体相と液晶相とを取り得る物質では、本発明の物体選別機構によって、相界面を移動させることによって物質中の物体を相界面とともに移動させることが確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の液体−液晶間相転移を利用した物体選別機構は、少ない熱エネルギによって微小な物体を移動し選別する装置に適用できる。
【符号の説明】
【0048】
L 液体相
LC 液晶相
M 物質
m 移動体
IF 相転移領域
Tc 相転移温度
Tg 温度勾配

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体状態と液晶状態とを取り得る物質と、
該物質中に、相転移温度の相転移領域を形成させる相転移領域形成手段と、を備えており、
該相転移領域形成手段は、
前記物質中において相転移領域を移動させる相転移領域調整機能と、
前記相転移領域の移動速度を調整する移動速度調整機能とを有している
ことを特徴とする液体−液晶間相転移を利用した物体選別機構。
【請求項2】
前記相転移領域形成手段が、
前記物質中に、相転移温度を含む温度勾配を形成させる温度勾配形成手段である
ことを特徴とする請求項1記載の液体−液晶間相転移を利用した物体選別機構。
【請求項3】
前記温度勾配形成手段は、
前記物質を冷却する冷却手段と、
該冷却手段に対して離間した位置に配設された、前記物質を加熱する加熱手段とを備えている
ことを特徴とする請求項1または2記載の液体−液晶間相転移を利用した物体選別機構。
【請求項4】
前記温度勾配形成手段は、
前記相転移領域を静止させた状態で、液晶領域と液体領域を逆転させる機能を有する
ことを特徴とする請求項1、2または3記載の液体−液晶間相転移を利用した物体選別機構。
【請求項5】
前記物質を収容する収容部材を備えており、
該収容部材における前記物質と接触する面には、配向処理が施されている
ことを特徴とする請求項1、2、3または4記載の液体−液晶間相転移を利用した物体選別機構。
【請求項6】
液体状態と液晶状態とを取り得る物質に対して、該物質中に、相転移温度の相転移領域を形成させ、
前記物質中における相転移領域を移動させ、かつ、該相転移領域の移動速度を変化させる
ことを特徴とする液体−液晶間相転移を利用した物体選別方法。
【請求項7】
前記物質中に相転移温度を含む温度勾配を形成させて、該物質中に前記相転移領域を形成させる
ことを特徴とする請求項6記載の液体−液晶間相転移を利用した物体選別方法。
【請求項8】
前記相転移領域を静止させた状態で、液晶領域と液体領域を逆転させる
ことを特徴とする請求項6または7記載の液体−液晶間相転移を利用した物体選別方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−71300(P2012−71300A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−188542(P2011−188542)
【出願日】平成23年8月31日(2011.8.31)
【出願人】(509093026)公立大学法人高知工科大学 (95)
【Fターム(参考)】