説明

液体クロマトグラフ用カラムフィルタ

【課題】金属焼結フィルタを備えたカラムを使用する場合に必要であった、使用前に蛋白質等をカラムに注入するか、又は、シリコン等によって金属焼結フィルタを被覆する等してフィルタ中に存在する非特異的相互作用点(吸着点)を封止する操作を省略し得るフィルタ及びカラムを提供する。
【解決手段】金属焼結フィルタに対して撥水処理を施したフィルタ又は撥水処理を施した金属焼結フィルタを装備したカラムにより、前記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフ用カラムフィルタに関するものである。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフィーは種々の成分の分析に利用されている。例えば血中に存在する生体高分子である蛋白質の分析等が例示でき、更に代表的な例として、主に糖尿病の診断指標である糖化ヘモグロビン(HbA1c)や胎児性ヘモグロビン(HbF)を分析する方法がよく知られている。
【0003】
液体クロマトグラフィーによって上記のような生体高分子等を短時間に、かつ、正確に分析するためには、高い分離性能を有する液体クロマトグラフ用カラムを用いる必要がある。液体クロマトグラフ用カラムには、分析対象である生体高分子の分離のために適切な分離剤を充填するが、カラムからの分離剤が漏れることを防止するため、カラムの端にはフィルタを設ける。カラムフィルタとして、従来、SUSやチタン等の金属を焼結して製造した金属焼結フィルタや樹脂製のフィルタが利用されているが、液体クロマトグラフィーでは、カラム圧力が高いためフィルタには高い耐圧性が求められるとともに、通液性が良好であること等も求められる。かかる観点から、高い耐圧性と良好な通液性を有する金属焼結フィルタが液体クロマトグラフ用フィルタとして、従来多用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許3990503号
【特許文献2】特許3315657号
【特許文献3】特開平5−60742
【特許文献4】特開平7−260763
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、金属焼結フィルタは耐圧性や通液性においては上記要求を満たすものの、金属表面性が大きいことによってヘモグロビン等の生体高分子と非特異的な相互作用を生じてしまう(非特異的に吸着してしまう)、又は、その製造過程で発生するカーボン残留物がヘモグロビン等の生体高分子非特異的に相互作用してしまう(非特異的に吸着してしまう)という課題がある。この課題を解決するために、金属焼結フィルタを備えたカラムを使用する場合は使用前に蛋白質等をカラムに注入するか、又は、シリコン等によって金属焼結フィルタを被覆する等してフィルタ中に存在する非特異的相互作用点(吸着点)を封止する操作を行う必要があった。
【0006】
ところが、使用前に蛋白質等をカラムに注入して非特異的相互作用点(吸着点)を封止する操作を行うと、この蛋白質等の変性による充填剤の劣化を防止するためにカラムを冷所保存する必要が生じ、またそのように保存したとしても、実際の分析によって蛋白質等の変性が生じるためカラム(充填剤)の交換を頻繁に行う必要がある。シリコン等によって金属焼結フィルタを被覆する等してフィルタ中に存在する非特異的相互作用点(吸着点)を封止する操作を行った場合、シリコンは塩基性溶離液に腐食されやすいことから、かかるフィルタを備えたカラムを使用する場合は塩基性溶離液を使用できない。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、金属焼結フィルタに代表される従来の液体クロマトグラフ用カラムフィルタの課題を解決すべく、鋭意検討を行った結果、本発明を完成した。即ち本発明は、上記従来技術の課題を解決し、ヘモグロビン等の生体高分子と非特異的な相互作用を生じない、液体クロマトグラフ用カラムフィルタであり、金属焼結フィルタに対して撥水処理を施したことを特徴とする、液体クロマトグラフ用カラムのカラムフィルタである。また本発明は、撥水処理を施した金属焼結フィルタを装備したことを特徴とする、液体クロマトグラフ用カラムである。以下、本発明を詳細に説明する。
【0008】
本発明の液体クロマトグラフ用カラムフィルタ(以下、単に「フィルタ」ということがある)は、液体クロマトグラフ用カラムの端に取付け、カラムに充填した充填剤がカラム外に漏れることを防止すると共に、異物を含む試料が注入された場合にこの異物がカラム内部に入り込まないようにするためのものである。撥水処理を施す金属焼結フィルタは、従来使用されているSUS製、チタン製で、細孔径が0.1〜20μm程度のものを使用すれば良い。金属焼結フィルタは、液体クロマトグラフ用カラムの端部の形状・寸法、カラムを使用する条件(分析対象や送液圧力等)に応じて適切なサイズ(形状、厚みを含む寸法等)や材質のものを選択すれば良い。
【0009】
ここで記載する撥水処理とは、フッ素化合物を含有するフッ素含有液を表面に塗布することで、被撥水処理物の表面に厚さ5〜200nmのフッ素を含有する皮膜を形成することである。撥水処理に利用されるフッ素化合物としては、フルオロアルキル基含有化合物が挙げられ、その代表的なものとしてフルオロアルキルシランがある。
また撥水処理に使用する薬剤は撥水処理されれば特に制限はないが、フッ素化合物としては、撥水処理する金属焼結フィルタの表面に単分子膜を形成し得るものであれば良く、市販されているフッ素コーティング剤を使用することができる。市販されているフッ素コーティング剤として例えば、住友3M製フッ素系撥水処理剤 ノベックEGC−1720を例示することができる。そして、当該フッ素化合物を用いる撥水処理は、例えばフッ素化合物の溶液を塗布後、室温で乾燥させることを例示できる。またフッ素化合物の溶液中に金属焼結フィルタを常温下で5分程度浸漬後、室温乃至60℃程度で乾燥させるなどの方法がある。フィルタの細孔内部に渡って撥水処理を十分に行うために、フッ素化合物の溶液中に金属焼結フィルタを浸漬した状態で5分程度超音波処理することが特に好ましい。
【0010】
本発明は、更に、フッ素系化合物を用いる撥水処理を施した金属焼結フィルタを装備した液体クロマトグラフ用カラムである(以下単に「カラム」ということがある)。本発明のカラムは、単にカラムの端にフィルタを取り付けただけで、後に使用者が分析対象に応じて適宜選択した充填剤を充填し得る状態のカラム(即ち内部が空のもの)に限られず、その内部に充填剤を充填した状態のものも含む。充填剤は分析対象に応じて適宜選択することが可能であり、生体高分子である蛋白質を分析に用いられる、陽イオン交換クロマトグラフィ−、陰イオン交換クロマトグラフィ−又はサイズ排除クロマトグラフィ−に利用される充填剤を充填することが例示できる。また例えば分析対象がヘモグロビン(糖化ヘモグロビン)である場合には、例えば陽イオン交換樹脂といった充填剤を充填することが例示できる。なお、カラムへのフィルタの取付は、カラムエンドと呼ばれる金具を用いる通常の方法に従えば良い。
【発明の効果】
【0011】
本発明において、金属焼結フィルタに対してフッ素系化合物を用いる撥水処理を施す、という構成によって、金属焼結フィルタが本来有している有益な特性、即ち、高い耐圧性と良好な通液性を保持させたまま非特異的相互作用点(吸着点)を封止することが可能となる。そして本発明のカラムにおいては、フッ素系化合物を用いる撥水処理を施した金属焼結フィルタを装備するという構成によって、使用前に蛋白質等をカラムに注入する必要がある、またその使用に際して塩基性溶離液を使用できない、という従来の課題を解決することが可能となる。
【0012】
このように本発明によれば、使用前に蛋白質等をカラムに注入する等という、従来実施していた手間のかかる作業を省くことができ、更に、かかる作業のために費やしていた貴重な生体高分子である蛋白質等を節約することも可能である。また、使用前に蛋白質等をカラムに注入した場合には保存や搬送を冷所で行うという注意が必要であったが、本発明では特に冷所で保存や搬送を行う必要はなく、使用や搬送に際しての制限を軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、参考例及び実施例の結果のうち、HbFの分析結果を示す図である。縦軸は結果(HbFの割合(%))を示し、横軸はカラムに注入した回数を示す。図中、白の四角形は参考例1の結果を、黒の四角形は参考例2の結果を、白丸は実施例1の結果を、そして黒丸は実施例2の結果をそれぞれ示す。
【図2】図2は、参考例及び実施例の結果のうち、HbA1cの分析結果を示す図である。縦軸は結果(HbA1cの割合(%))を示し、横軸はカラムに注入した回数を示す。図中、白の四角形は参考例1の結果を、黒の四角形は参考例2の結果を、白丸は実施例1の結果を、そして黒丸は実施例2の結果をそれぞれ示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。この実施例では、本発明のカラムとして、本発明のフィルタを備えたカラム内部にスルホン基をイオン交換基として有する非多孔性イオン交換樹脂を充填したカラムを使用した。この本発明のカラムを、市販の糖化ヘモグロビン分析装置(東ソー(株)製造、HLC−723G7)に取り付けて実施例に示した操作を行った。この市販の装置は、定流量ポンプ、サンプル注入器(インジェクタ)、検出器等に加えて、脱気装置、グラジエント制御可能なポンプ、ミキサ、カラムオーブンを備え、3種類の溶出液(東ソー(株)製、G7 Elution Buffer No.1、No.2及びNo.3)を用い、これらを定流量ポンプによって混合して分離カラムに供することでリニアグラジエント法又はステップグラジエント法によって経時的に溶出液の溶出力を高めるものである。
【0015】
なお、実施例においてカラムに供した試料は、市販ヘモグロビン精度管理用試薬(東ソー(株)製、東ソーHbA1cコントロール HSi)を蒸留水0.5mlに溶解したヘモグロビン溶解液1に対し、蒸留水を50の割合で加え、10秒間攪拌して溶血した試料である。
【実施例】
【0016】
実施例1
SUS製焼結フィルタ(細孔径1μm)にフッ素系撥水処理剤(住友3M製フッ素系撥水処理剤ノベックEGC−1720)1mlを通液し、大気中60℃で乾燥させた。乾燥後、当該フィルタをサイズが4.6mmI.D.x2cmのカラムに取り付け、陽イオン交換樹脂(東ソー(株)製)を充填し、多量ヘモグロビンの注入などの吸着点の封止処理なしに、上記装置に装着し、装置の操作マニュアルに従って胎児性ヘモグロビン(HbF)及び糖化ヘモグロビン(HbA1c)の分析を行った。分析は、連続して20回、試料をカラムに注入する方式とした。図1に胎児性ヘモグロビン(HbF)の結果を、図2に糖化ヘモグロビン(HbA1c)の結果をそれぞれ示す。
【0017】
実施例2
SUS製焼結フィルタ(細孔径1μm)に実施例1と同じフッ素系撥水処理剤(友3M製フッ素系撥水処理剤 ノベックEGC−1720)1mlを通液したのち、さらに上記、フッ素系撥水処理剤溶液中に浸し、5分間超音波処理後、大気中60℃で乾燥させた。乾燥後、当該フィルタをサイズが4.6mmI.D.x2cmのカラムに取り付け、陽イオン交換樹脂(東ソー(株)製)を充填し、多量ヘモグロビンの注入などの吸着点の封止処理なしに、上記装置に装着し、装置の操作マニュアルに従って胎児性ヘモグロビン(HbF)及び糖化ヘモグロビン(HbA1c)の分析を行った。分析は、連続して20回、試料をカラムに注入する方式とした。図1に胎児性ヘモグロビン(HbF)の結果を、図2に糖化ヘモグロビン(HbA1c)の結果をそれぞれ示す。
【0018】
参考例1
実施例1及び実施例2で使用したSUS製焼結フィルタを、各実施例で実施した撥水剤処理を施すこと無くカラムに取り付け、同一の充填剤を充填後、0.2wt%のヘモグロビン水溶液を500μL注入し、カラム内の吸着点を封止した後、上記同様の分析を行った。図1に胎児性ヘモグロビン(HbF)の結果を、図2に糖化ヘモグロビン(HbA1c)の結果をそれぞれ示す。
【0019】
参考例2
実施例1及び実施例2で使用したSUS製焼結フィルタを、各実施例で実施した撥水剤処理を施すこと無くカラムに取り付け、同一の充填剤を充填後、多量ヘモグロビンの注入などの吸着点の封止処理なしに、上記同様の分析を行った。図1に胎児性ヘモグロビン(HbF)の結果を、図2に糖化ヘモグロビン(HbA1c)の結果をそれぞれ示す。
【0020】
図1に示したように、HbF分析では参考例1で示したヘモグロビン水溶液による吸着点封止処理を行ったものが分析開始当初から安定した分析結果を示す一方で、参考例2で示した一切処理をしていないものでは不安定な分析結果となった。これに対し、実施例1のものでは、分析開始当初こそ分析結果は不安定であるものの、3回目の分析以降は安定した結果が得られた。実施例2のものは、分析当初から一貫して安定な分析結果を示し、しかもその結果は参考例1の場合よりも高い値となっている。これは、実施例2のフィルタでは、参考例1のフィルタと比較しても、フィルタへのHbFの吸着がより抑止されていることを示している。
【0021】
図2に示したように、HbA1c分析では参考例1で示したヘモグロビン水溶液による吸着点封止処理を行ったものが分析開始当初から安定した分析結果を示す一方で、参考例2で示した一切処理をしていないものでは不安定な分析結果となった。これに対し、実施例1のものでは、参考例1のものには及ばないものの、参考例2のものと比較すると、より安定的な分析結果が得られた。実施例2のものは、参考例1のものと同様、分析当初から一貫して安定な分析結果を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属焼結フィルタに対して、撥水処理を施したことを特徴とする、液体クロマトグラフ用カラムのカラムフィルタ。
【請求項2】
フッ素系化合物を用いる撥水処理を施したことを特徴とする、請求項1の液体クロマトグラフ用カラムのカラムフィルタ。
【請求項3】
撥水処理を施した金属焼結フィルタを装備したことを特徴とする、液体クロマトグラフ用カラム。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−252878(P2011−252878A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−128527(P2010−128527)
【出願日】平成22年6月4日(2010.6.4)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)