説明

液体クロマトグラフ用フローセル

【課題】本発明は、液体クロマトグラフ用検出器の高感度化を実現するために必要な透過光量を確保できる長光路フローセルを提供することを目的とする。
【解決手段】フローセル流路の内壁面を、空気にて充満された微細な空隙を多数有し、水よりも低い屈折率をもつ多孔質膜にて被覆する。低屈折率材料の実現方法の1つに多孔質膜が挙げられる。これは空気で充満された微細な空隙を内部に多数もつ膜であり、屈折率が膜材料の屈折率と空気の屈折率との中間の値を持つことが特徴である。このため、膜材料の選択と全体に占める空隙の割合によって、水よりも低い屈折率を実現することが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフ用フローセルに関し、特に測定試料の高感度検出に好適な長光路長をもつフローセルに関する。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフは、移動相を送液する送液部、測定試料を流路に注入する試料注入部、測定試料を各成分に分離する分離部および分離された成分ごとに検出する検出部より構成される。このうち検出部は主に光学的検出方法が採用されており、中でも試料の吸光度を測定する方法が最も一般的である。液体クロマトグラフ用吸光度検出器は試料の吸光度を測定するためのフローセルが備えられており、これは通常円筒形の流路を有し、この流路の一端面より長手方向に光を入射し、他端面より出射された光を光検出器にて測定する構成となっている。入射光量と出射光量の比の対数を計算することにより、フローセル流路内に収容された試料成分の吸光度を求めることができる。試料成分の吸光度は成分濃度に比例するため、吸光度のクロマトグラムのピーク面積が当該成分の試料中に含まれる物質量に相当する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】米国特許3770350号
【特許文献2】特開平5−196565号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
液体クロマトグラフでは、その高感度化の要求より、フローセルの長光路化が志向されている。これは検出に吸光度検出器を用いた場合、得られる試料のピーク高さSが試料を透過する光の光路長に比例するため、フローセルの光路長Lを延長することにより検出器の検出感度を向上させることが可能であるからである。
【0005】
しかしながら、光路長を単純に延長した場合、これに比例してフローセルの光路容量も増加し、これによりクロマトピークのブロードニングが起こり、試料の各成分ピークの分離性能が悪化する。このため分離性能を維持したまま光路長を延長するには光路の断面積Aを光路長Lに反比例して小さくしなければならない。結果、フローセルの流路の形状は細く長くなり、これに光を透過させた場合の透過光量はおおむねフローセル流路の入射口中心から出射口を見込む立体角Ωに比例する。フローセル流路の立体角Ωは
Ω≒A/L2 …(1)
で表され、さらに上述の条件により
A∝1/L …(2)
が成り立つ。ベースラインノイズNは 透過光量Eに対し
N∝1/√E …(3)
が成り立つことが知られており、この透過光量Eについては上述のとおり
E∝Ω …(4)
が成り立つ。クロマトピーク高さSについては上述のとおり
S∝L …(5)
がなりたつため、(1)から(5)の関係式より、クロマトピークのS/N比について
S/N∝L×√E∝L×√Ω∝L×√1/L3=1/√L …(6)
となり、単純に光路長を延長しただけではクロマトピークのS/N比が却って悪化する結果となり、これがネックとなって吸光度検出器のフローセルの長光路化は実現が遅れていた。
【0006】
この問題の解決方法としてフローセル内壁を水よりも屈折率が低い材料にて被覆し、入射光をフローセル内壁面において全反射させ、フローセル流路自体を光導波路とすることにより、フローセル流路以上の広い立体角の入射光束を損失なく透過させることが可能となる。
近年になって特許文献2に見られるようにフローセル内壁にアモルファスフルオロポリマーを使用し、これによってフローセルの長光路化による高感度化に目途が立つようになった。アモルファスフルオロポリマーは屈折率が1.29と水やメタノールといった通常の液体クロマトグラフィーの移動相に使用する溶媒よりも低い値を持つことが特徴である。
しかしながら、この従来技術は下記の示す問題点を有する。
【0007】
アモルファスフルオロポリマーをフローセル内壁材料に用いる方法では内壁面の屈折率が材料固有の値にて規定されるため、現状以上の低屈折率化への余地がない。
【0008】
よって、フローセル流路に取り込むことができる光束の立体角も現状以上に拡大することが不可能である。
【0009】
移動相に水を用いた場合の入射光束の取込立体角は0.192srにとどまり、この値は従来の標準的なフローセル(例えば内径1.3mm、光路長10mm)にて取込可能な立体角0.133srと比較して拡大されているものの、フローセルの長光路化に伴う入射口径の縮小によって入射口に結像する光源像を従来よりも小さくする必要があるため、縮小系の照明光学系を使用せざるをえず、入射光束の立体角がより拡大することからフローセル側の取込可能な立体角も更に拡大することが望ましい。
【0010】
また、高速液体クロマトグラフィーでは移動相の送液にプランジャーポンプを使用するのが一般的であり、プランジャーの往復動作に同期した圧力リップルの発生が避けられない。この圧力リップルによって移動相の屈折率変動が生じ、これがフローセル内壁での全反射の臨界角が増減することとなり、最終的にはフローセルの透過光量変動によるベースラインノイズの増加につながる。
【0011】
この透過光量変動は移動相の屈折率とフローセル内壁の屈折率との差が小さいほど顕著となる。例えば移動相として水(屈折率1.33)、フローセル内壁にアモルファスフルオロポリマー(屈折率1.29)を使用した場合、水の屈折率が±0.1%変動した場合、フローセルに取込可能な光束の立体角の変動率は±3.3%となるが、フローセル内壁の屈折率を仮に1.25とした場合の同変動率は±1.6%と半減する。
【0012】
よって、移動相送液時の圧力リップルによるベースラインノイズを改善するためにはフローセル内壁の屈折率を可能な限り低く抑えることが効果的である。
【0013】
本発明は、液体クロマトグラフ用検出器の高感度化を実現するために必要な透過光量を確保できる長光路フローセルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、フローセル流路の内壁面を、空気にて充満された微細な空隙を多数有し、水よりも低い屈折率をもつ多孔質膜にて被覆する。
【0015】
低屈折率材料の実現方法の1つに多孔質膜が挙げられる。これは空気で充満された微細な空隙を内部に多数もつ膜であり、屈折率が膜材料の屈折率と空気の屈折率との中間の値を持つことが特徴である。このため、膜材料の選択と全体に占める空隙の割合によって、水よりも低い屈折率を実現することが可能である。
【0016】
上記多孔質膜は内部に空気を包含することにより低屈折率を実現するため、接液によって空隙が全て移動相に置換されると膜の屈折率が移動相より高くなり、全反射が起こらなくなってしまう。また、移動相への置換が経時的に進行すると膜の屈折率もこれに合わせて増加し、経時的なフローセルの取込立体角減少によるベースラインドリフトが発生してしまう。
【0017】
これらを防止するために多孔質膜の表面部には内部空隙への液体の浸入を防止する保護層を設ける必要がある。この際に保護層の厚さを入射光の波長よりも薄くしておけば保護層自体が持つ屈折率によって膜と移動相界面での全反射が阻害されないようにすることができる。
【0018】
前述のとおりアモルファスフルオロポリマーは現状以上の低屈折率化の余地が残されていないのに対し、この多孔質膜は低屈折率膜材料の採用と高空隙率化により更に低屈折率化することが可能である。
【0019】
また、材料選択と空隙率の調整によりフローセル内壁の屈折率を制御することも可能である。
【発明の効果】
【0020】
従来技術ではフローセル内壁の屈折率が材料の固有値によって1点に固定されていたのに対し、本発明では実現可能な屈折率の下限を下げることができ、かつ下限以上の範囲において任意の値に設定することができるため、下記の効果が期待できる。
(1)フローセルに取込可能な立体角を従来以上に拡大することができ、光検出系に到達する光量の増加によりベースラインノイズを低減することができる。
(2)取込立体角を拡大することにより照明光学系の倍率を縮小することができ、フローセルの長光路化に伴う入射口径の縮小に対応することができる。
(3)移動相とフローセル内壁の屈折率差を拡大することにより、送液系による移動相の屈折率変動に起因するベースライン変動を低減することができる。
(4)光学系全体の設計において、照明光学系または取込光学系の光学設計に対しフローセル内壁の屈折率を調整することにより、これらに最適化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】液体クロマトグラフの分析原理の説明図。
【図2】液体クロマトグラフ用ダイオードアレイ検出器の吸光度測定原理の説明図。
【図3】本発明の実施例である液体クロマトグラフ用フローセルの構成図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施例の詳細を述べる。
【0023】
〔実施例〕
本発明の実施形態の例として、液体クロマトグラフ用ダイオードアレイ検出器を挙げる。液体クロマトグラフの分析原理を図1の流路図を用いて示す。移動相2は送液ポンプ1により分離カラム5に送られる。分離カラム5はカラム恒温装置4により試料の分離に最適な温度に恒温される。分離カラム5の直前にあるオートサンプラ3には複数の試料がセットされ、一定時間ごとに自動的に分離カラム5に導入される。分離カラムにおいてそれぞれの成分に分離展開され時間差を伴い溶出される。その後、順次にダイオードアレイ検出器6に送られ、成分ごとの吸光度を測定し、PCデータ処理部7にとり入れられ、計算処理されてレポート出力される。
【0024】
液体クロマトグラフ用ダイオードアレイ検出器の吸光度測定原理を図2の構成図を用いて示す。光源11から放射された光源光を集光ミラー12にて集光してフローセル13に導入・透過させる。フローセル透過光を集光レンズ14にてスリット15に導入し、回折格子16にて各波長に分散された光をフォトダイオードアレイ検出器17にて検知し、各時点における透過光量スペクトルを得、これをPCデータ処理部18に格納する。試料成分導入前の透過光量スペクトルを基準として試料がフローセルに導入されたときの透過光量スペクトルを測定し、光量変化から各波長における吸光度を計算し、吸光度スペクトルを得る。
【0025】
本発明を適用したフローセルの構造を図3に示す。フローセル流路21の内壁部を多孔質膜22にて被覆し、移動相24を流路に流すと、多孔質膜の屈折率<移動相の屈折率の場合に入射光23の入射角が多孔質膜の屈折率と移動相の屈折率から定まる臨界角より大きい場合に界面にて全反射が起こる。反射された光は再びフローセル内壁面に到達し、入射角が臨界角よりも大きければ再び全反射を起こし、これを繰り返してフローセル流路の軸方向に伝搬し、流路の出射側端面から出射される。全反射は反射率100%のため、移動相での吸収や散乱以外は損失なく透過する。
【0026】
多孔質膜はSiO2の微粒子(粒径約10nmの球状粒子が数個数珠つなぎになったもの)を材料とし、これをバインダーとともに溶剤に溶かしたものを被覆面に塗布し、乾燥させて作製する。材料粒子が屈曲したひも状であるため、乾燥により凝集しても材料粒子間に空隙が形成される。この空隙の大きさは約数nmから数十nmであり、膜全体に占める全空隙の体積の割合は約42%となった。この膜の屈折率は膜材料と空気の屈折率およびそれぞれの体積比にて決定され、1.5×(1−0.42)+1.0×0.42=1.29となりアモルファスフルオロポリマーの屈折率とほぼ同一となった。
【0027】
この膜にてフローセル流路内壁を被覆し、移動相として水を送液した場合、低屈折率膜の屈折率(1.29)と水の屈折率(1.33)より臨界角は76°となり、この場合のフローセルに導入可能な光束の立体角は0.187srとなる。従来型のフォトダイオードアレイ検出器用フローセル(内径1.3mm、光路長10mm)における取込可能な光束の立体角は0.133srであり、入射可能な透過光束の立体角では従来型以上となる。光路長を従来比5倍の50mmとした場合、フローセル容量を従来型と同一とすると、内径は1.3×1/√5=0.58mmとなり、従来型のフローセルより導入できる光束が減少するが、照明光学系の倍率を小さくし、入射光の結像の大きさをフローセルの内径よりも小さくし、照明光を全てフローセルに導入すれば、光量にして約1.4倍、約0.84倍のベースラインノイズ改善となる。
【0028】
一方、光路長は従来比で5倍であり、クロマトグラムピーク高さは5倍となるため、クロマトグラムピークのS/N比は6.0倍となり、本発明によるフローセル部の改良のみで6倍の高感度化が実現可能となる。
【符号の説明】
【0029】
1 送液ポンプ
2、24 移動相
3 オートサンプラ
4 カラム恒温装置
5 分離カラム
6 ダイオードアレイ検出器
7、18 PCデータ処理部
11 光源
12 集光ミラー
13 フローセル
14 集光レンズ
15 スリット
16 回折格子
17 フォトダイオードアレイ検出器
21 フローセル流路
22 多孔質膜
23 入射光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
概円筒形の流路を有し、これに液体試料を格納し、この流路の一端面より流路の長手方向に光を入射し、他端面より出射された光を光検出光学系により液体試料の光の吸収を測定する液体クロマトグラフ用フローセルにおいて、流路内壁を多孔質膜にて被覆していることを特徴とする液体クロマトグラフ用フローセル。
【請求項2】
請求項1において、多孔質膜とは空気にて充満された微細な空隙を内部に有する膜であることを特徴とする液体クロマトグラフ用フローセル。
【請求項3】
請求項2において、多孔質膜の屈折率が膜材料の屈折率と空気の屈折率との中間の値を持つことを特徴とする液体クロマトグラフ用フローセル。
【請求項4】
請求項3において、多孔質膜の屈折率が水の屈折率よりも小さいことを特徴とする液体クロマトグラフ用フローセル。
【請求項5】
請求項4において、水とほぼ同じ屈折率を持つ液体試料を格納した場合に流路に入射した光が多孔質膜にて被覆された内壁面で全反射し、試料による吸収および拡散分以外は損失なく流路内を伝播することを特徴とする液体クロマトグラフ用フローセル。
【請求項6】
請求項2において、多孔質膜の表面に接触した液体が空隙に浸入することを防止するための保護層を有することを特徴とする液体クロマトグラフ用フローセル。
【請求項7】
請求項6において、保護層の厚さが100nm以下であることを特徴とする液体クロマトグラフ用フローセル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−88412(P2013−88412A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−232443(P2011−232443)
【出願日】平成23年10月24日(2011.10.24)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)