説明

液体フローに含まれる生物学的粒子を分別する装置ならびにその方法

【課題】セルソータにおいて、所望の細胞粒子の回収率の増大、および分別試料中の細胞粒子の純度の改善を図る。
【解決手段】本願発明に係る液体フローに含まれる生物学的粒子を分別する装置は、前記生物学的粒子のそれぞれに光を照射して、該生物学的粒子からの光を検出する光学的機構と、前記生物学的粒子のそれぞれからの光に基づいて、前記液体フローにおける該生物学的粒子の移動速度を検出する制御部と、前記生物学的粒子のそれぞれの前記移動速度に基づいて、該生物学的粒子に電荷を与える荷電部とを備える。前記制御部は、ブレイク・オフ・ポイントで液体フローから分離する少なくとも1つの液滴フロー内における前記生物学的粒子のそれぞれの位置を、該生物学的粒子のそれぞれの前記移動速度に基づいてモニタし、該位置に基づいて該生物学的粒子に電荷を与えるように前記荷電部を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、液体フローに含まれる生物学的粒子(例えば、細胞、染色体)の識別情報を収集し、この識別情報に基づいて生物学的粒子を分析および分別する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオテクノロジの急速な発展に伴い、医学や生物学を含むさまざま分野で多数の細胞などを自動的に分析および分別するフローサイトメータおよびセルソータの需要がますます増大しつつある。フローサイトメータは、概略、生体(血液など)から採取された数多くの細胞粒子を蛍光標識試薬などで染色し、これらの細胞粒子をシースフロー内で一列に配列し、細胞粒子のそれぞれにレーザ光を照射して、細胞粒子から生じる散乱光(前方散乱光および側方散乱光)と蛍光標識試薬に依存するさまざまな多色蛍光を測定することにより、細胞を分析するものである。またフローサイトメータは、分析するために収集された散乱光および蛍光に関する識別情報を電気的信号に変換し、サンプルから採取された大量の細胞粒子についての電気的信号を統計的に評価することにより、生体の病変などの状態を診断することを可能にするものである。さらにセルソータは、散乱光と蛍光に関する識別情報を電気的信号に変換し、この電気的信号に基づいて、分取したい各細胞粒子を含む液滴を選択的に荷電し、この液滴が落下する経路上に直流電場を形成することにより、特定の細胞粒子を選択的に収集することを可能にするものである。
【0003】
図1は、セルソータ1の一般的な構成を説明するための模式図である。このセルソータ1は、概略、蛍光標識試薬などで染色された細胞粒子をシースフロー内で一列に配列するための流体フロー機構10と、各細胞粒子に波長の異なる複数のレーザ光を照射し、散乱光および蛍光を受光するための光学的機構40と、散乱光および蛍光から得られた信号を解析し、所定のタイミングで細胞粒子に電荷を与えることにより細胞粒子を分別するためのソータ機構60とを備える。
【0004】
流体フロー機構10は、図1に示すように、通常、シースフローを形成するための円筒状のフローチャンバ12と、蛍光標識された細胞粒子を含むサンプル懸濁液を収容するためのサンプル容器14と、シース液を収容するためのシース容器16と、サンプル容器14内の気圧を制御する圧力コントローラ18と、大量のシース液を貯蔵しシース容器16にシース液を供給するプレナム容器24と、サンプル容器14およびプレナム容器24に圧縮空気を供給するためのエアポンプ26,27備える。フローチャンバ12の下流側にはより断面積の小さいフローセル30が形成されている。こうして構成された流体フロー機構10において、エアポンプ26,27が作動すると、サンプル容器14およびシース容器16にそれぞれ収容されたサンプル懸濁液およびシース液がフローチャンバ12内に供給され、シース液がサンプル懸濁液を円筒状に包み込むシースフロー(層流)が形成され、フローセル30を通過した後、流路ブロック28のオリフィス34からジェットフローとして噴出される。このとき、フローセル30には所定の周波数の振動が与えられ、ブレイク・オフ・ポイントBPにおいてジェットフローから液滴Dが分離する。
【0005】
光学的機構40は、ジェットフロー内を整列して通過する細胞粒子に異なる波長の複数のレーザビーム(励起光)を順次照射し、細胞粒子で散乱して生じた前方散乱光および側方散乱光、ならびに各レーザビームが細胞粒子を励起して生じたさまざまな波長を有する複数の蛍光を検出し、各細胞粒子の識別情報をソータ機構60に供給する。
【0006】
ソータ機構60は、各細胞粒子の識別情報に基づいて、各細胞粒子の種類等を特定・同定し、フローセル30の下方に配置した電極を用いて、ブレイク・オフ・ポイントBPにある細胞粒子に識別情報に応じた極性を有する電荷を与え、帯電した細胞粒子を含む液滴Dが所定の電圧差を有する偏向板62の間を通過するときに所望のスライドグラス68の方へ偏向し、分取されるように構成されている。
【0007】
本願特許出願と同一の譲受人に譲渡された特許文献1に記載の発明においては、フローセル30内の細胞粒子は、フローセル30の中心に沿って移動することを前提とし、細胞粒子の移動速度は細胞粒子によらず一定であるものと仮定して、ソータ機構60を用いて移動速度には依存しない一定のタイミングでブレイク・オフ・ポイントBPにおける細胞粒子に電荷を与えていた。
なお、特許文献1に記載された内容は、参考にここに一体のものとして統合される。
【特許文献1】特開2005−315799号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところがフローセル30内の実際の細胞粒子は、その大きさや形状等によっては必ずしもフローセル30の中心Cに沿って移動するものではなく、図2に示すように、フローセル30の中心Cから逸脱して流れることがある。フローセル30内の細胞粒子は、一般に、側壁から中心Cに向かう方向の距離の2乗に比例した流速を有することが知られている(細胞粒子の流速は側壁においてゼロで、中心において最大流速vを有する)。図2では、一例として、フローセル30の中心Cに沿って移動し、最大流速vを有する細胞粒子A,A,Aと、フローセル30の中心Cから逸脱して、最大流速vより遅い速度vを有する細胞粒子B,B,Bが交互に流れたと仮定した場合(A,B,A,B,A,B)を図示したものである。このとき、細胞粒子B,B,Bは前掲特許文献1の発明で仮定した細胞粒子の位置(破線で示す)より遅れてシースフロー内を流れることになる(実線で示す)。したがって、細胞粒子B,B,Bの移動速度vによらない一定のタイミングで細胞粒子に電荷を与えたとき、所望の細胞粒子B,B,Bはブレイク・オフ・ポイントに到達しておらず、これらに適正に電荷を与えることができず、所望の細胞粒子の回収率が低減する場合があった。さらに、ブレイク・オフ・ポイントに遅れて到達した細胞粒子(たとえばB)と最大流速vを有する細胞粒子(たとえばA)が同時に荷電され、これらの異なる種類の複数の細胞粒子A,Bが単一の液滴内に包含されると、分別された細胞粒子の中に不要な細胞粒子が混入することになり、分別試料中の細胞粒子の純度が低下する場合がある。
【0009】
そこで本願発明に係る1つの態様によれば、それぞれの細胞粒子の移動速度に基づいてブレイク・オフ・ポイントBPに到達するまでの遅延時間を計算し、これに応じたタイミングで細胞粒子に電荷を与えることにより所望の細胞粒子の回収率を増大させるとともに、所望の細胞粒子と所望しない細胞粒子とを確実に分別して、分別試料中の所望の細胞粒子のサンプル純度を改善するセルソータを実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
具体的には、本願発明の第1の態様に係るセルソータ、すなわち液体フローに含まれる複数の生物学的粒子を分別する装置は、前記生物学的粒子のそれぞれに光を照射して、該生物学的粒子からの光を検出する光学的機構と、前記生物学的粒子のそれぞれからの光に基づいて、前記液体フローにおける該生物学的粒子の移動速度を検出する制御部と、前記生物学的粒子のそれぞれの前記移動速度に基づいて、該生物学的粒子に電荷を与える荷電部とを備えることを特徴とするものである。
【0011】
好適には、前記制御部は、前記制御部は、ブレイク・オフ・ポイントで液体フローから分離する少なくとも1つの液滴フロー内における前記生物学的粒子のそれぞれの位置を、該生物学的粒子のそれぞれの前記移動速度に基づいてモニタし、該位置に基づいて該生物学的粒子に電荷を与えるように前記荷電部を制御する。
【0012】
より好適には、前記制御部は、前記生物学的粒子のそれぞれからの光に基づいて、該生物学的粒子の識別情報を収集し、該識別情報に応じた極性を有する電荷を該生物学的粒子に与えるように前記荷電部を制御する。
【0013】
さらに好適には、前記制御部は、異なる前記識別情報を有する複数の前記生物学的粒子が少なくとも1つの液滴フロー内に含まれるとき、該生物学的粒子に電荷を与えないように前記荷電部を制御する。択一的には、前記制御部は、同一の前記識別情報を有する複数の前記生物学的粒子が少なくとも1つの液滴フロー内に含まれるとき、該生物学的粒子に電荷を与えるように前記荷電部を制御する。
【0014】
また、前記制御部は、前記生物学的粒子のそれぞれの前記移動速度が所定の閾値より遅いとき、該生物学的粒子に電荷を与えないように荷電部を制御してもよい。
【0015】
より具体的には、前記光学的機構は、第1の位置において光を照射する第1の光源と、該第1の光源で光を照射された前記生物学的粒子からの光を検出する第1の受光器と、第1の位置の下流側にある第2の位置において第2の光を照射する第2の光源と、該第2の光源で光を照射された前記生物学的粒子からの光を検出する第2の受光器とを有する。そして、前記制御部は、前記第1および第2の受光器で検出された光の信号に基づいて、前記生物学的粒子のそれぞれが第1の位置から第2の位置まで移動するために要した移動時間を計測して、該生物学的粒子の前記移動速度を検出する。
【0016】
好適には、この装置は、前記液体フローおよび前記ブレイク・オフ・ポイントを含む撮像領域の画像を撮像する固定撮像部をさらに備える。このとき、前記制御部は、前記固定撮像部で撮像された画像に基づいて、第1の位置から前記ブレイク・オフ・ポイントまでのフロー距離、および前記液体フローから分離して形成された隣接する液滴間の液滴間隔を求めるとともに、該フロー距離、該液滴間隔および前記移動時間に基づいて、該生物学的粒子が第1の位置からブレイク・オフ・ポイントまで移動するために要する遅延時間を求める。
【0017】
より好適には、第1および第2の光源で光を照射された前記生物学的粒子から検出された光は、該生物学的粒子からの側方散乱光または前方散乱光である。さらに好適には、前記生物学的粒子に照射する第1および第2の光は互いに波長の異なるレーザ光である。
【0018】
また本願発明の第2の態様によれば、液体フローに含まれる複数の生物学的粒子を分別する方法が提供され、この方法は、前記生物学的粒子のそれぞれに光を照射して、該生物学的粒子からの光を検出するステップと、前記生物学的粒子のそれぞれからの光に基づいて、前記液体フローにおける該生物学的粒子の移動速度を検出するステップと、前記生物学的粒子のそれぞれの前記移動速度に基づいて、該生物学的粒子に電荷を与えるステップとを有するものである。
【0019】
さらに本願発明の第3の態様によれば、液体フローに含まれる複数の生物学的粒子を分別する装置が提供され、この装置は、シース液を収容するシース容器と、延長導管を介して前記シース容器と流体連通するプレナム容器と、前記プレナム容器に接続された第1の圧力源と、前記生物学的粒子を含むサンプル液を収納するサンプル容器と、圧力制御部を介してシース容器に接続された第2の圧力源と、前記シース容器および前記サンプル容器と流体連通し、サンプル液を包囲するシース液からなる液体フローを形成するフローセルと、シース液の温度が安定するように制御するシース温度制御部とを備えたことを特徴とするものである。
【0020】
前記シース温度制御部は、延長導管の周囲に配設された保温材を含むことが好ましい。また、前記シース温度制御部は、前記シース容器の温度を安定させ、より好適には、前記シース容器の温度を4〜42℃の範囲に制御する。
【0021】
さらに好適には、この装置は、前記生物学的粒子が生存できる温度範囲にサンプル液の温度が安定するように制御するサンプル温度制御部をさらに備える。このとき、前記シース温度制御部は、前記生物学的粒子が生存できる温度範囲にシース液の温度を安定させるように構成されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0022】
本願発明に係る特定の態様によれば、所望の細胞粒子の回収率を増大させ、分別試料中の細胞粒子の純度を改善することができるセルソータを実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、添付図面を参照して本願発明に係るセルソータ1の実施形態を説明する。この説明において、理解を容易にするために方向を表す用語(例えば、「上方向」および「下方向」など)を適宜用いるが、これは説明のためのものであって、これらの用語は本願発明を限定するものでない。
【0024】
図1に示すセルソータ1は、概略、蛍光標識試薬などで染色された細胞粒子をシースフロー内で一列に配列するための流体フロー機構10と、各細胞粒子に波長の異なる複数のレーザ光を照射し、散乱光および蛍光を受光するための光学的機構40と、散乱光および蛍光から得られた信号を解析し、所定のタイミングで細胞粒子に電荷を与えることにより細胞粒子を分別するためのソータ機構60とを備える。
【0025】
1.流体フロー機構
まず流体フロー機構10について、図1、図3および図4を参照して以下説明する。
流体フロー機構10は、概略、シースフローを形成するための円筒状のフローチャンバ12と、蛍光染料や蛍光ラベルモノクロナール抗体などの蛍光標識試薬で蛍光標識された細胞粒子を含むサンプル懸濁液を収容するためのサンプル容器14と、シース液を収容するためのシース容器16とを備え、フローチャンバ12の中心軸に沿って配設されたサンプル管15にサンプル懸濁液が供給され、フローチャンバ12の周縁部に接続されたシース管17を介してフローチャンバ12内にシース液が供給されるように構成されている。
【0026】
また流体フロー機構10は、図3において、サンプル容器14内の気圧を制御する圧力コントローラ18と、圧力コントローラ18に圧縮空気を供給するためのエアポンプ26と、実質的な長さを有する延長導管20を介してシース容器16と流体連通し、大量のシース液を貯蔵するためのプレナム容器24と、プレナム容器24に圧縮空気を供給するための別のエアポンプ27とを備える。好適には、圧力コントローラ18は、シース容器16内の圧力をモニタして、サンプル容器14内の圧力がシース容器より所定の圧力だけ大きくなるようにサンプル容器14内の圧力を調整する。
【0027】
本願発明に係るフローサイトメータおよびセルソータは、後述のように画像処理技術を用いてジェットフローの長さおよび隣接する液滴の間隔を測定することにより、細胞粒子に電荷を与えるタイミング(遅延時間)を求めている。このとき、精度の高いソーティング処理を実現するためには、ジェットフローの長さおよび液滴間隔が安定していることが求められる。ところが、ジェットフローの長さおよび液滴間隔は、シース液の温度に依存して伸縮することが知られている。すなわち、シース液の温度が上がれば、液滴の粘性が下がり、ジェットフローおよび液滴間隔は長くなる。逆に、シース液の温度が下がれば、液滴の粘性が増大し、ジェットフローおよび液滴間隔は短くなる。
【0028】
そこで本願発明に係る流体フロー機構10によれば、プレナム容器24から供給されるシース液の温度を安定させる手段(シース温度制御部)が具備されている。具体的には、シース液は、プレナム容器24からシース容器16に向かって延長導管20を通過しているときに、室温に接近するように温度が変動するので、図3に示すように、延長導管20の周囲に保温材21を設けて、室温の影響を極力抑えるようにしてもよい。また、シース容器16を収容して一定温度に維持する温度安定器23(破線で示す)を配置して、シース液の温度を安定させてもよい。また、シース容器16の温度は、これに限定されるものではないが、4〜42℃の範囲に制御してもよい。こうして、シース液の温度(ひいては粘性)を一定に制御して、シース液およびこれに含まれる細胞粒子の速度、ならびにジェットフローの長さおよび液滴間隔を一定に制御することにより、細胞粒子の分別回収率および純度を安定させることができる。
【0029】
同様に、この流体フロー機構10は、サンプル容器14内のサンプル懸濁液に含まれる細胞粒子が温度に敏感で、限定的な温度範囲でのみ生存できる場合にも利用できるように、サンプル液の温度を安定させる不図示の手段(サンプル温度制御部)を備えることが好ましい。具体的には、サンプル温度制御部は、シース容器16を収容する温度安定器23と同様のものであってもよい。択一的には、サンプル容器14およびシース容器16の全体を1つのチャンバ(図示せず)の中に収容して、サンプル液およびシース液の両方の温度を安定させるように構成してもよい。
【0030】
さらに、とりわけ図4に示すように、フローチャンバ12の下端部には、水晶、ガラス、溶融シリカまたは透明プラスティックなどの透明部材を用いて漏斗状に形成された流路ブロック28が配設され、その下方に断面積の小さいフローセル30が構成されている。流路ブロック28の上方周辺部には、周波数可変(たとえばf=60kHz)のピエゾ圧電素子等を用いた振動器32が配設され、流路ブロック28の下方中央部にはオリフィス34と、シースフローに接触してシースフローに含まれる細胞粒子に所望の極性を有する電荷を与えるための荷電電極(荷電部)36とが設けられている。
【0031】
こうして構成された流体フロー機構10において、エアポンプ26,27が作動すると、サンプル容器14およびシース容器16にそれぞれ収容されたサンプル懸濁液およびシース液がフローチャンバ12内に供給され、シース液がサンプル懸濁液を円筒状に包み込むシースフロー(層流)が形成され、フローセル30を通過した後、流路ブロック28のオリフィス34からジェットフローとして噴出される。そして振動器32により流路ブロック28が所定の周波数で振動を与えられると、図4に示すように、ジェットフローの水平断面が鉛直方向に沿って振動器32の周波数に同期して変調し、ブレイク・オフ・ポイントBPにおいてジェットフローから液滴Dが分離する。
【0032】
詳細後述するが、分別すべき所望の細胞粒子がブレイク・オフ・ポイントBPに到達する直前と推定されるタイミングで、分別すべき細胞粒子の識別情報に応じた極性を有する電圧を荷電電極36に印加することによりシースフローに含まれる細胞粒子に荷電し、帯電した細胞粒子を含む液滴Dが形成される。そして荷電電極36の下方には、図1に示すソータ機構60の構成部品として、所定の電圧差を有する一対の偏向板62が配設され、落下する液滴Dが細胞粒子の帯電極性に応じて分別され、所定のスライドグラス68に収容される。なお、分別すべき細胞粒子の識別情報の収集方法については、たとえば前掲の特許文献1に記載された手法を用いることができ、その開示内容はここに参考に一体のものとして統合される。
【0033】
2.光学的機構
次に、図1および図5を参照して光学的機構40について以下説明する。
光学的機構40は、フローセル30内を整列して通過する細胞粒子に異なる波長を有する複数の励起光を順次照射する第1、第2および第3の光源41,42,43と、第1の光源41からの光が細胞粒子で散乱して生じた前方散乱光を検出する前方散乱光検出装置45と、第1、第2および第3の側方散乱光/蛍光検出装置51,52,53とを備える。
【0034】
より具体的には、第1、第2および第3の光源41,42,43は、レーザビームなどのコヒーレント光を生成することが好ましい。一例として、第1の光源41は、青色レーザビーム(ピーク波長:488nm,出力:20mW)を照射するDPSSレーザ(Diode Pumped Solid State Laser:半導体レーザ励起固体レーザ)であってもよい。第2の光源42は、赤色レーザビーム(ピーク波長:635nm,出力:20mW)を照射するダイオードレーザで、同様に、第3の光源43は、近紫外レーザビーム(ピーク波長:375nm,出力:8mW)を照射するダイオードレーザであってもよい。
【0035】
図5に示す前方散乱光検出装置45は、シースフロー内の細胞粒子からの前方散乱光(FSC)を検出する光検出器46を有し、青色レーザビームを選択的に透過させるバンドパスフィルタ(図示せず)を介して、青色レーザビームが細胞粒子で散乱して生じた青色前方散乱光だけを検出する。
【0036】
また、側方散乱光/蛍光検出装置51,52,53は、青色、赤色および紫外レーザビームが細胞粒子で散乱して生じた側方散乱光と、細胞粒子を励起して生じたさまざまな波長を有する複数の蛍光とを検出するものである。ただし、本願発明において、第3の光源43からのレーザビームによる側方散乱光を検出することは必ずしも必要ではないので、第3の検出装置43は蛍光のみを検出するものとして図示した。
【0037】
より詳細には、図5において、第1(青色)の側方散乱光/蛍光検出装置51は、青色レーザビームを受けた細胞粒子からの側方散乱光を検出する光検出器SSC1と、微弱な蛍光を電気的に増幅して検出する複数の光電子増倍管FL1〜FL4とを有する。また、第2(赤色)の側方散乱光/蛍光検出装置52は、赤色レーザビームを受けた細胞粒子からの側方散乱光を検出する光検出器SSC2と、細胞粒子からの蛍光を検出する光電子増倍管FL5〜FL6とを有し、第3(紫色)の蛍光検出装置53は、紫色レーザビームを受けた細胞粒子からの蛍光を検出する光電子増倍管FL7〜FL8を有する。さらに、各側方散乱光/蛍光検出装置51,52,53は、複数のハーフミラー54と、所望の波長帯の光だけを透過する複数のバンドパスフィルタ55を有する。
【0038】
さらに、第1、第2および第3の光源41,42,43は、フローセル30に対して固定位置に配置され、図4に示すように、シースフローのフロー方向(鉛直下方)に沿って等間隔dの位置にあるシースフローに各レーザビームを照射するように構成されている。同様に、第1、第2および第3の側方散乱光/蛍光検出装置51,52,53は、フロー方向に沿って等間隔dの位置に配置されている。したがって、シースフロー内の第1の位置にある細胞粒子からの光が第1の側方散乱光/蛍光検出装置51で検出された後、第1の位置より間隔dだけ下流側の第2の位置にある細胞粒子からの光が第2の側方散乱光/蛍光検出装置52で検出されるまでの時間がtであったとき、細胞粒子のシースフロー内に流れるときの移動速度vは、次式で表すことができる。
=d/t (1)
【0039】
すなわち、後述するソータ機構60のコントローラ66は、光検出器SSC1で細胞粒子からの側方散乱光(青色)を検出した後、光検出器SSC2で細胞粒子からの側方散乱光(赤色)を検出するまでの時間tを測定することにより、式(1)から細胞粒子がシースフロー内で移動するときの移動速度vを算出することができる。また、光電子増倍管FL1〜FL8で検出された蛍光は、細胞粒子に固有の波長スペクトルを有し、前掲特許文献1に記載されたように、コントローラ66は、これらの蛍光を分析することにより細胞粒子の識別情報を収集し、その種類を特定または同定することができる。
【0040】
なお、上述の実施形態では、細胞粒子の移動速度(流速)を測定するために、側方散乱光を用いたが、前方散乱光を用いて測定することもできる。すなわち、前方散乱光検出装置45に青色レーザビームおよび赤色レーザビームを選択的に透過させるバンドパスフィルタを設けて、細胞粒子からの青色および赤色の前方散乱光を検出する時間差により、式(1)のtを検出して、移動速度vを算出してもよい。
【0041】
3.ソータ機構
次に、図1および図6を参照してソータ機構60について以下説明する。
ソータ機構60は、図1に示すように、所定の電圧差を有する一対の偏向板62と、固定撮像部64と、コントローラ(制御部)66とを備え、コントローラ66は、偏向板62、固定撮像部64、および側方散乱光/蛍光検出装置51,52,53(光検出器SSC1,SSC2および光電子増倍管FL1〜FL8)に接続されている。
【0042】
図6は、フローセル30内のシースフローFと、フローセル30のオリフィス34から噴出されるジェットフローF(およびジェットフローFからブレイク・オフ・ポイントBPで分離する液滴Dを含む)とを簡略的に図示したものである。上述のように、流路ブロック28に取り付けられた振動器32が所定の周波数(たとえばf=60kHz)で振動すると、図6に示すようにジェットフローFの水平方向断面が鉛直下方に沿って振動器32の周波数fに同期して変調する。このときのジェットフローFの変調周期(隣接する極大点または極小点の間の距離および隣接する液滴Dの間の距離)λは一定となる。
【0043】
固定撮像部64は、CCDカメラなどの撮像部と点滅光源(図示せず)とを有し、フローセル30に対して固定された位置に配置され、ジェットフローFの下流側から下流方向に所定距離隔てた画像位置Pから、さらに下流側にあるPまでの撮像領域(破線で示す)70におけるジェットフローFおよび液滴Dの画像を撮像するように設計されている。また点滅光源は、撮像領域70にあるジェットフローFと液滴Dを、振動器32の周波数fと同一の周波数で点滅照明するように構成されている。したがって、固定撮像部64は、定常状態にあるジェットフローFおよび液滴Dを振動器32の周波数fで撮像するため、図6のように静止したように見える画像を得ることができる。
【0044】
このとき、固定撮像部64はフローセル30に対して固定されているので、図6において、第1(青色)の側方散乱光/蛍光検出装置41が細胞粒子からの側方散乱光(青色)を検出する位置Pから、画像位置Pまでの距離LB0は一定である。前掲の特許文献1に記載の発明によれば、固定撮像部64を用いてジェットフローFの変調周期λを常時モニタし、画像処理技術により位置Pからブレイク・オフ・ポイントBPまでの正確な距離L(=LB0+L)をリアルタイムで算出し、これに応じて荷電電極36がブレイク・オフ・ポイントBPで細胞粒子に電荷を与える遅延時間を補正していた。ただし、前掲の特許文献1においては、細胞粒子の移動速度は細胞粒子によらず一定であると仮定していた。
【0045】
ところが、上述したように、フローセル30内の実際の細胞粒子は、その大きさや形状等によっては必ずしもフローセル30の中心に沿って移動するものではなく、図2に示すように、フローセル30の中心から逸脱して流れるために、一般の細胞粒子の移動速度はフローセル30の中心に沿って移動する細胞粒子に比べて遅くなり、細胞粒子がブレイク・オフ・ポイントBPに到達するまでに要する遅延時間がより長くなり、実際には、ブレイク・オフ・ポイントBPで細胞粒子に適正に電荷を与えることができず、あるいは収集すべき細胞粒子の中に不要な細胞粒子が混入するといった問題があった。
【0046】
そこで本願発明は、光検出器SSC1および光検出器SSC2で検出された時刻または細胞粒子の移動時間tに基づいて、それぞれの細胞粒子に関する移動速度を求め、この移動速度に基づいて、各細胞粒子がブレイク・オフ・ポイントBPに到達するまでの遅延時間を正確に求めて、この遅延時間に基づいて個々の細胞粒子に電荷を与えようとするものである。
【0047】
ここで図1および図6を参照しながら、第1の側方散乱光/蛍光検出装置51が側方散乱光(青色)を検出する位置Pからブレイク・オフ・ポイントBPまでの距離L、および固定撮像部64を用いて画像処理技術により測定されたジェットフローFの変調周期λ(または隣接する液滴間隔)から各細胞粒子の遅延時間を求める方法について詳細に説明する。
【0048】
ステップ1 (標準ビーズを用いたLB0の事前測定)
固定撮像部64は、位置Pからブレイク・オフ・ポイントBPまでの距離Lが一定となるように、フローセル30に対して固定された位置に配置されるように構成されるが、固定撮像部64を流体フロー機構10に組み立てた後の組み立て誤差等に起因して、必ずしも高精度に位置決めできないことがある。そこで、固定撮像部64を流体フロー機構10に組み立てた後、実際にサンプル懸濁液に含まれる細胞粒子を分別する前に、位置Pから撮像領域70の画像位置Pまでの距離LB0を以下のように正確に測定して必要がある。
【0049】
粒子径サイズが均一で十分に小さく、ほぼ完全な球形形状を有し、フローセル30の中心に沿って移動することが知られている標準ビーズを含むサンプル懸濁液を用いて、予備的にソーティング処理を行う。具体的には、フローセル30に十分な間隔をあけて標準ビーズを流し、これを一例として第1の光検出器SSC1が検出した後適当な時間Tが経過した時点において、荷電電極36を用いて標準ビーズに所定極性の電荷を与え、所定の電圧が印加された一対の偏向板62の間を落下させることにより、標準ビーズを含む液滴Dを所定のスライドグラス68に分取する。そして、時間Tを変動させたときのスライドグラス68に分取された液滴Dの収量と時間Tとの関係をプロットすると、ピーク値Tを有するガウス分布のグラフが得られる。このときのピーク値Tが、標準ビーズが位置Pからブレイク・オフ・ポイントBPまでの距離Lを移動する遅延時間に相当する。こうして、コントローラ66は、標準ビーズの遅延時間Tを測定する。
【0050】
標準ビーズは、フローセル30内を移動するときには速度v0fを有し、ジェットフローFを移動するときには速度v0jを有する。そして、速度v0fとv0jは、フローセル30の断面積SとジェットフローFの断面積Sを用いて次式で表すことができる。
0j=k・v0f, k=S/S(>1) (2)
ここでフローセル30の断面積SおよびジェットフローFの断面積Sは、たとえば約20000μmおよび約3850μmである。
【0051】
したがって、標準ビーズが位置Pからブレイク・オフ・ポイントBPまでの距離Lを移動する遅延時間Tは、フローセル30内を移動する時間とジェットフローFを移動する時間の和であるから、次式が成り立つ。
=L/v0f+L/v0j=(k・L+L)/v0j (3)
【0052】
一方、振動器32の周波数fと同一の周波数で点滅照明されたジェットフローFおよび液滴Dの画像は、図6のように静止したように見え、ジェットフローFの極大点(または極小点)および液滴Dは、点滅光源の発光周期τで、変調周期λに相当する距離を移動するのであるから、移動速度v、発光周期τ(振動器32の発振周期fの逆数に一致)、および変調周期λには次の関係式が成り立つ。
0j=λ/τ (4)
【0053】
ここで、式(3)および式(4)から次式を得る。
/τ=(k・L+L)/λ (5)
式(5)の左辺(T/τ)は、細胞粒子が位置Pからブレイク・オフ・ポイントBPまでの距離Lを移動する遅延時間Tを、点滅光源の発光周期τで割ったものであり、位置Pからブレイク・オフ・ポイントBPまでの間に形成され得るシースフローFおよびジェットフローFの極大点(または極小点)の個数に対応するものである。ここで、この左辺(T/τ)をドロップ・ディレイDDと定義する。
DD=T/τ=(k・L+L)/λ=(L+LB0)/λ (6)
また、式(5)を変形して次式を得る。
=λ・T/τ−kL (7)
【0054】
固定撮像部64は、フローセル30に対して固定された位置に配置され、画像位置PからPまでの破線で示す撮像領域70におけるジェットフローFおよび液滴Dの画像を撮像するように配設されており、この撮像領域70の背景には適当なスケールまたは基準測定物が配置されている。こうしてコントローラ66は、前掲の特許文献1に記載されたような適当な画像処理技術を用いて、ジェットフローFの変調周期(および隣接する液滴Dの間隔)λと、画像位置Pからブレイク・オフ・ポイントBPまでの距離Lを測定する。
【0055】
距離Lおよび係数kはフローセル30に固有のものであり、点滅光源の発光周期τは既知であって調整可能であり、遅延時間Tおよび変調周期λは上述のように測定されるので、コントローラ66は、式(7)より距離Lを正確に算出し、算出されたLを式(6)に代入してドロップ・ディレイDDを一意的に決定することができる。同様に、図6から明らかなように、位置Pから画像位置Pまでの距離LB0を特定することができる(L=L−LB0)。こうして得られた距離LB0およびドロップ・ディレイDDは、移動時間tとともに、コントローラ66の図示しないメモリに記憶しておく。
【0056】
ステップ2 (サンプル懸濁液に含まれる細胞粒子の測定)
サンプル懸濁液に含まれる細胞粒子は、図2の細胞粒子B,B,Bのようにフローセル30の中心から逸脱した経路を移動するとき、標準ビーズの移動速度vより遅い移動速度vを有し、とりわけフローセル30内を移動するときには速度v1fを有し、ジェットフローFを移動するときには速度v1jを有する。このとき、式(2)および式(3)と同様、次式が得られる。
1j=k・v1f, k=S/S(>1) (8)
=L/v1f+L/v1j=(k・L+L)/v1j (9)
【0057】
式(8)および式(9)を変形して、次式を得る。
/τ=(k・L+L)/λ (10)
同様に、ドロップ・ディレイDDを次のように定義する。
DD=T/τ (11)
【0058】
上述のように、標準ビーズが移動速度v0fで第1の光検出器SSC1および第2の光検出器SSC2の検出位置の間の距離dを時間tで移動したとき、移動速度v0fは次式で与えられる。
0f=d/t (12)
同様に、細胞粒子が移動速度v1fで第1の光検出器SSC1および第2の光検出器SSC2の検出位置の間の距離dを時間tで移動したとき移動速度vは次式で与えられる。
1f=d/t (13)
したがって、式(12)および式(13)から、次式が得られる。
1f=(t/t)・v0f (14)
同様に、式(2)および式(8)から次式が得られる。
1j=(t/t)・v0j
=(t/t)・λ/τ (v0j=λ/τ 式(4)) (15)
これを式(9)に代入して次式を得る。
=(k・L+L)/(t/t)・τ/λ (16)
よってドロップ・ディレイDD(=T/τ)は次式で求めることができる。
DD=(k・L+L)/(t/t)/λ
=DD/(t/t) (17)
(DD=T/τ=(k・L+L)/λ 式(6))
【0059】
式(16)および式(17)において、距離Lおよび係数kはフローセル30に固有のものであり、距離LB0はステップ1で測定され、距離Lは固定撮像部64および画像処理技術を用いて測定可能であるから、距離L(=LB0+L−k・L)を測定することができる。また、点滅光源の発光周期τは既知であって調整可能であり、変調周期λおよび時間tおよび時間tも同様に測定することができる。したがって、コントローラ66は、それぞれの細胞粒子に対するドロップ・ディレイDDおよび遅延時間T/τを正確に求めることができる。
【0060】
次に、図7(a)〜図7(c)を参照しながら、各細胞粒子に対して求められたドロップ・ディレイDDおよび遅延時間Tを用いて、各細胞粒子の識別情報に基づいた所定の極性を有する電荷を荷電電極36から細胞粒子に与える方法(またはソーティングロジック)について説明する。
【0061】
遅延時間とは、上述のように、細胞粒子が位置Pからブレイク・オフ・ポイントBPに到達するまでの時間であるので、各細胞粒子の遅延時間が計算されると、ブレイク・オフ・ポイントBP付近にあるジェットフローFに存在する各細胞粒子の位置を任意の時刻において推定することができる。一例として、ブレイク・オフ・ポイントBP付近にあるジェットフローFの拡大図である図7(a)〜図7(c)に示すように、ジェットフローFは、通常、変調周期λで変動する水平断面を有し、断面積が極小となる複数の狭窄部DCを有する。すなわち、ブレイク・オフ・ポイントBP付近において、隣接する狭窄部DCの間にある一部のジェットフローFが分離して独立した液滴Dを形成する。ここで、隣接する狭窄部DCの間のジェットフローFの一部を「液滴フローDF」と定義する(図7(a)〜図7(c)では、5つの液滴フローDF〜DFが図示されている。)。すなわちジェットフロー(液体フロー)Fは、下流方向ブレイク・オフ・ポイントBPに近づくとき液滴フローDFを形成し、ブレイク・オフ・ポイントBPに直近の液滴フローDFは、ジェットフローFから独立した液滴Dを形成するものである。
【0062】
図7(a)に示すように、ある時刻において分取したい細胞粒子T(以下、「目的細胞粒子」という。図中、白丸で示す。)が液滴フローDFに含まれることが上記遅延時間に基づいて推定されるとき、液滴フローDFから液滴Dが分離するまでの時間(すなわち変調周期λに相当する時間)、荷電電極36を用いてジェットフローF全体に電圧を印加することにより、目的細胞粒子Tを確実に荷電することができる。換言すると、本願発明のコントローラ66は、各細胞粒子の移動速度(または上記遅延時間)に基づいて液滴フローDFにおける位置をリアルタイムでモニタし、目的細胞粒子Tが液滴フローDFの所定の適正位置に存在すると判断したとき、所定期間(変調周期λ)荷電電極36を用いて目的細胞粒子Tを確実に荷電するものである。
【0063】
択一的には、図7(b)に示すように、目的細胞粒子Tがブレイク・オフ・ポイントBPの直近にある2つまたは3つの液滴フローDF(たとえば液滴フローDF)に含まれることが認められる場合に、それぞれ変調周期λの2倍または3倍の時間、ジェットフローF全体に電圧を印加して、目的細胞粒子Tに電荷を与えてもよい。このときコントローラ66は、目的細胞粒子Tの識別情報に応じて、目的細胞粒子Tに与える電荷の極性を選択する。
【0064】
ところが、上述のように各細胞粒子の遅延時間(ブレイク・オフ・ポイントBPまで到達する時間)が互いに異なるので、図7(c)に示すように、荷電電極36から電圧が印加される液滴フローDFの中に、目的細胞粒子Tと、これとは種類の異なる細胞粒子F(以下、「非目的細胞粒子」という。図中、黒丸で示す。)が混在する場合がある。このとき、所望する細胞粒子Tの純度を高めるためには、本願発明に係るコントローラ66は、これらの細胞粒子T,Fに電荷を与えないように荷電電極36を制御する。あるいは、目的細胞粒子Tの純度を犠牲にしても、目的細胞粒子Tをより多く分取するためには、コントローラ66は、これらの細胞粒子T,Fを含む液滴フローDFに荷電するように荷電電極36を制御してもよい。目的細胞粒子Tの純度または収量のいずれを優先すべきか、ユーザが選択できるようにコントローラ66を構成することが好ましい。さらに図7(b)を参照して説明したように、目的細胞粒子Tがブレイク・オフ・ポイントBPの直近にある2つまたは3つの液滴フローDF〜DFに含まれる場合に、それぞれ変調周期λの2倍または3倍の時間、これらの液滴フローDF〜DFに電圧を印加して、目的細胞粒子Tを荷電してもよい。また、各細胞粒子の遅延時間が互いに異なることに起因して、荷電電極36から電圧が印加される液滴フローDFの中に、目的細胞粒子Tが複数個含まれる場合には、コントローラ66は、これらの目的細胞粒子Tを含む液滴フローDFに荷電するように荷電電極36を制御することが好ましい。
【0065】
また、目的細胞粒子Tの純度をさらに改善する例示的な方法について説明する。図7(b)に示すように、目的細胞粒子Tがブレイク・オフ・ポイントBPの直近にある連続する3つの液滴フローDF〜DFの中央に配置された液滴フローDF内に含まれ、かつ、その前後(上流側および下流側)にある液滴フローDFおよびDF内には非目的細胞粒子Fが含まれない場合にのみ、コントローラ66は、目的細胞粒子Tを含む液滴フローDFのみを荷電するように荷電電極36を制御してもよい。こうして予期しない要因により、非目的細胞粒子Fが目的細胞粒子Tを含む液滴フローDF内に混入するおそれをさらに低減することができる。また、詳細図示しないが、目的細胞粒子Tがブレイク・オフ・ポイントBPの直近にある連続する5つの液滴フローDF〜DFのうちの中央に配置された3つの液滴フローDF〜DF内に含まれ、かつ、その前後(上流側および下流側)にある液滴フローDFおよびDF内には非目的細胞粒子Fが含まれない場合にのみ、コントローラ66は、それぞれ変調周期λの3倍の時間、目的細胞粒子Tを含む中央に配置された液滴フローDF〜DFのみを荷電するように荷電電極36を制御してもよい。こうして、非目的細胞粒子Fをより精度よく(より確実に)排除して、目的細胞粒子Tの純度を改善することができる。
【0066】
さらに択一的には、コントローラ66は、式(14)で測定されたフローセル30内の移動速度v1fが所定の閾値vthより小さいと判断したとき(v1f>vth)、または式(16)で測定された遅延時間Tが所定の閾値Tthより長いと判断したとき(T<Tth)、その細胞粒子に対して電荷を与えないように荷電電極36を制御してもよい。
【0067】
本願発明によれば、ソーティングロジックは上記のものに限定されるものではなく、他の任意のものを用いることができるが、細胞粒子のそれぞれに対して遅延時間を正確に求め、さらにブレイク・オフ・ポイントBP付近にある液滴フローDFに含まれる目的細胞粒子Tの配置位置を正確に特定することにより、個々の目的細胞粒子Tの識別情報に基づいて高い精度で電荷を与えることができる。
【0068】
より具体的には、第1および第2の側方散乱光/蛍光検出装置51,52でそれぞれの細胞粒子から得られた光を検出する時間差から、ブレイク・オフ・ポイントBP付近にある液滴フローDFに存在する各細胞粒子の位置をモニタすることができる。また、図2で説明したような最大流速vより遅い速度vを有する細胞粒子BのドロップディレイDDは、標準ビーズAのドロップディレイをそれぞれDDを用いて、式(17)により算出し、上記のソーティングロジックに容易に適用することができる。たとえば、DD=30で、t/t=0.95の場合、DD=31.58となり、t/t=1.05の場合、DD=28.57となる。
【0069】
上記のように、細胞粒子のそれぞれを識別情報に基づいて正確に分別するためには、ブレイク・オフ・ポイントBPにおける各細胞粒子の位置を勘案して分別すべきか否かを判断する必要がある。たとえば、標準ビーズAの遅延時間Tが経過したときの、細胞粒子Bの到達位置Pは、ドロップディレイDDを用いて次式で表される。
=v1j/T/λ=(t/t)・λ/τ・T
=(t/t)・DD (18)
したがって、細胞粒子Bが標準ビーズAに対して遅延している距離ΔDは、ドロップディレイDDを用いて次式で表される。
ΔD=(t/t)DD−DD=(t/t−1)・DD (19)
このとき、細胞粒子Bは標準ビーズAより遅いので(t<t)、ΔDは負の値となる。たとえば、DD=30で、t/t=0.95のとき、細胞粒子Bは、DDの1.5倍の距離だけ遅れることになる。同様にして、標準ビーズAの遅延時間Tを含む任意の時間においてすべての細胞粒子の位置を、ドロップディレイDDを用いて特定することができる。こうして、各細胞粒子の位置をモニタして、目的細胞粒子Tが液滴フローDFの所定の適正位置に存在すると判断したとき、所定期間(変調周期λ)荷電電極36を用いて目的細胞粒子Tを確実に荷電することができる。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】セルソータの一般的な構成を説明するための模式図である。
【図2】シースフロー内に流れる細胞粒子がさまざまな移動速度を有し得る様子を示す概念図である。
【図3】本願発明に係る流体フロー機構の構成を示す概略図である。
【図4】図3に示すフローチャンバ、フローセル、およびジェットフローの拡大図である。
【図5】本願発明に係る光学的機構の構成を示す概略図である。
【図6】シースフロー、ジェットフロー、およびブレイク・オフ・ポイントで分離する液滴の拡大模式図である。
【図7】ブレイク・オフ・ポイント付近にあるジェットフローおよび液滴フロー、ならびに液滴の拡大図である。
【符号の説明】
【0071】
1:セルソータ、10:流体フロー機構、12:フローチャンバ、14:サンプル容器、15:サンプル管、16:シース容器、17:シース管、18:圧力コントローラ、20:延長導管、21:保温材、23:温度安定器、24:プレナム容器、26,27:エアポンプ、28:流路ブロック、30:フローセル、32:振動器、34:オリフィス、36:荷電電極(荷電部)、40:光学的機構、41:第1の光源(青色)、42:第2の光源(赤色)、43:第3の光源(紫色)、45:前方散乱光検出装置、46:光検出器、51:第1の側方散乱光/蛍光検出装置、52:第2の側方散乱光/蛍光検出装置、53:第3の蛍光検出装置、54:ハーフミラー、55:バンドパスフィルタ、60:ソータ機構、62:偏向板、64:固定撮像部、66:コントローラ(制御部)、68:スライドグラス、70:撮像領域、SSC1,SSC2:光検出器、FL1〜FL8:光電子増倍管、A〜A:標準細胞粒子(標準ビーズ)、細胞粒子B〜B:細胞粒子、BP:ブレイク・オフ・ポイント、F:シースフロー、F:ジェットフロー、D:液滴、DC:狭窄部、DF〜DF:液滴フロー、T:目的細胞粒子,F:非目的細胞粒子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体フローに含まれる複数の生物学的粒子を分別する装置であって、
前記生物学的粒子のそれぞれに光を照射して、該生物学的粒子からの光を検出する光学的機構と、
前記生物学的粒子のそれぞれからの光に基づいて、前記液体フローにおける該生物学的粒子の移動速度を検出する制御部と、
前記生物学的粒子のそれぞれの前記移動速度に基づいて、該生物学的粒子に電荷を与える荷電部とを備えることを特徴とする装置。
【請求項2】
前記制御部は、ブレイク・オフ・ポイントで液体フローから分離する少なくとも1つの液滴フロー内における前記生物学的粒子のそれぞれの位置を、該生物学的粒子のそれぞれの前記移動速度に基づいてモニタし、該位置に基づいて該生物学的粒子に電荷を与えるように前記荷電部を制御することを特徴とする請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記制御部は、前記生物学的粒子のそれぞれからの光に基づいて、該生物学的粒子の識別情報を収集し、該識別情報に応じた極性を有する電荷を該生物学的粒子に与えるように前記荷電部を制御することを特徴とする請求項2に記載の装置。
【請求項4】
前記制御部は、異なる前記識別情報を有する複数の前記生物学的粒子が少なくとも1つの液滴フロー内に含まれるとき、該生物学的粒子に電荷を与えないように前記荷電部を制御することを特徴とする請求項3に記載の装置。
【請求項5】
前記制御部は、同一の前記識別情報を有する複数の前記生物学的粒子が少なくとも1つの液滴フロー内に含まれるとき、該生物学的粒子に電荷を与えるように前記荷電部を制御することを特徴とする請求項3に記載の装置。
【請求項6】
前記制御部は、前記生物学的粒子のそれぞれの前記移動速度が所定の閾値より遅いとき、該生物学的粒子に電荷を与えないように前記荷電部を制御することを特徴とする請求項1に記載の装置。
【請求項7】
前記光学的機構は、第1の位置において光を照射する第1の光源と、該第1の光源で光を照射された前記生物学的粒子からの光を検出する第1の受光器と、第1の位置の下流側にある第2の位置において第2の光を照射する第2の光源と、該第2の光源で光を照射された前記生物学的粒子からの光を検出する第2の受光器とを有し、
前記制御部は、前記第1および第2の受光器で検出された光の信号に基づいて、前記生物学的粒子のそれぞれが第1の位置から第2の位置まで移動するために要した移動時間を計測して、該生物学的粒子の前記移動速度を検出することを特徴とする請求項1に記載の装置。
【請求項8】
前記液体フローおよび前記ブレイク・オフ・ポイントを含む撮像領域の画像を撮像する固定撮像部をさらに備え、
前記制御部は、前記固定撮像部で撮像された画像に基づいて、第1の位置から前記ブレイク・オフ・ポイントまでのフロー距離、および前記液体フローから分離して形成された隣接する液滴間の液滴間隔を求めるとともに、該フロー距離、該液滴間隔および前記移動時間に基づいて、該生物学的粒子が第1の位置からブレイク・オフ・ポイントまで移動するために要する遅延時間を求めることを特徴とする請求項7に記載の装置。
【請求項9】
第1および第2の光源で光を照射された前記生物学的粒子から検出された光は、該生物学的粒子からの側方散乱光または前方散乱光であることを特徴とする請求項7に記載の装置。
【請求項10】
前記生物学的粒子に照射する第1および第2の光は互いに波長の異なるレーザ光であることを特徴とする請求項7に記載の装置。
【請求項11】
液体フローに含まれる複数の生物学的粒子を分別する方法であって、
前記生物学的粒子のそれぞれに光を照射して、該生物学的粒子からの光を検出するステップと、
前記生物学的粒子のそれぞれからの光に基づいて、前記液体フローにおける該生物学的粒子の移動速度を検出するステップと、
前記生物学的粒子のそれぞれの前記移動速度に基づいて、該生物学的粒子に電荷を与えるステップとを有することを特徴とする方法。
【請求項12】
電荷を与えるステップは、ブレイク・オフ・ポイントで液体フローから分離する少なくとも1つの液滴フロー内における前記生物学的粒子のそれぞれの位置を、該生物学的粒子のそれぞれの前記移動速度に基づいてモニタし、該位置に基づいて該生物学的粒子に電荷を与えるステップを含むことを特徴とする請求項11に記載の方法。
【請求項13】
電荷を与えるステップは、前記生物学的粒子のそれぞれからの光に基づいて、該生物学的粒子の識別情報を収集し、該識別情報に応じた極性を有する電荷を該生物学的粒子に与えるステップを含むことを特徴とする請求項12に記載の方法。
【請求項14】
電荷を与えるステップは、異なる前記識別情報を有する複数の前記生物学的粒子が少なくとも1つの液滴フロー内に含まれるとき、該生物学的粒子に電荷を与えないステップを含むことを特徴とする請求項13に記載の方法。
【請求項15】
電荷を与えるステップは、同一の前記識別情報を有する複数の前記生物学的粒子が少なくとも1つの液滴フロー内に含まれるとき、該生物学的粒子に電荷を与えるステップを含むことを特徴とする請求項13に記載の方法。
【請求項16】
電荷を与えるステップは、前記生物学的粒子のそれぞれの前記移動速度が所定の閾値より遅いとき、該生物学的粒子に電荷を与えないないステップを含むことを特徴とする請求項11に記載の方法。
【請求項17】
第1および第2の位置における複数の生物学的粒子に光を照射し、該生物学的粒子からの光を検出するステップと、
前記第1および第2の位置で検出された光の信号に基づいて、該生物学的粒子のそれぞれが第1の位置から第2の位置まで移動するために要した移動時間を計測して、該生物学的粒子の前記移動速度を検出するステップとを有することを特徴とする請求項11に記載の方法。
【請求項18】
前記液体フローおよびブレイク・オフ・ポイントを含む撮像領域の画像を撮像するステップと、
前記画像に基づいて、第1の位置からブレイク・オフ・ポイントまでのフロー距離、および前記液体フローから分離して形成された隣接する液滴間の液滴間隔を求めるとともに、該フロー距離、該液滴間隔および前記移動時間に基づいて、該生物学的粒子が第1の位置からブレイク・オフ・ポイントまで移動するために要する遅延時間を求めるステップとを有することを特徴とする請求項17に記載の方法。
【請求項19】
液体フローに含まれる複数の生物学的粒子を分別する装置であって、
シース液を収容するシース容器と、
延長導管を介して前記シース容器と流体連通するプレナム容器と、
前記プレナム容器に接続された第1の圧力源と、
前記生物学的粒子を含むサンプル液を収納するサンプル容器と、
圧力制御部を介してシース容器に接続された第2の圧力源と、
前記シース容器および前記サンプル容器と流体連通し、サンプル液を包囲するシース液からなる液体フローを形成するフローセルと、
シース液の温度が安定するように制御するシース温度制御部とを備えたことを特徴とする装置。
【請求項20】
前記シース温度制御部は、延長導管の周囲に配設された保温材を含むことを特徴とする請求項19に記載の装置。
【請求項21】
前記シース温度制御部は、前記シース容器の温度を安定させることを特徴とする請求項19に記載の装置。
【請求項22】
前記シース温度制御部は、前記シース容器の温度を4〜42℃の範囲に制御することを特徴とする請求項21に記載の装置。
【請求項23】
前記生物学的粒子が生存できる温度範囲にサンプル液の温度が安定するように制御するサンプル温度制御部をさらに備え、
前記シース温度制御部は、前記生物学的粒子が生存できる温度範囲にシース液の温度を安定させることを特徴とする請求項19に記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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