説明

湿式潤滑剤の特性測定方法及び特性測定装置

【課題】湿式潤滑剤の潤滑特性の測定に使用されるサンプル部材の微小な変化を測定してその摩耗をより正確に検出し、湿式潤滑剤の潤滑特性の測定精度を向上させる。
【解決手段】湿式潤滑剤4中で、サンプル部材2を一対の挟付部材3により挟み付けて荷重を負荷し、サンプル部材2を回転させつつ負荷荷重を順次増加させる。その間にサンプル部材2から発生するAE波(弾性波)をAE波測定手段50により測定して、制御手段40及びPC53により波形解析し、その波形の変化等に基づいて、サンプル部材2の表層に生じた微小な変化を測定してサンプル部材2の摩耗を判別する。これにより、サンプル部材2に発生した初期摩耗等の摩耗を検出し、その検出結果に基づき、湿式潤滑剤4の潤滑特性を把握する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばスチールワイヤの伸線加工時等に使用される湿式潤滑剤の潤滑特性を測定する特性測定方法及び装置に関し、特に、潤滑特性の測定精度を向上させた湿式潤滑剤の特性測定方法及び特性測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
線材、例えばスチールコードの製造に際しては、素線(スチールワイヤ)を、引き抜きダイス(線材の外径仕上げ用工具)により伸線し、所定の外径に形成する伸線加工が行われている。この伸線加工時には、線材とダイスとの間の滑り等をよくするため、各種の潤滑剤が使用されており、中でも、取り扱いの容易性や性能の高さ等から、例えば水溶性の潤滑剤等の湿式潤滑剤が広く普及している。この湿式潤滑剤は、線材とダイスとの焼付きやダイスの摩耗を防止して、伸線加工を円滑化し、又はダイスの寿命を長くする等、重要な役割を有しており、従って、その線材との相性や潤滑効果の程度等の潤滑特性を把握することは、操業上極めて重要である。
【0003】
そこで、従来から、このような湿式潤滑剤中で、伸線加工する線材に対応するサンプル部材を用いて摩擦試験を行い、予め潤滑特性を測定して湿式潤滑剤を評価することが行われている(特許文献1参照)。
【0004】
図4は、このような従来の潤滑特性の測定に使用される装置の一例を示す要部模式図であり、図では、説明のために各部を分解して示している。
この特性測定装置100は、図示のように、略円柱状(ピン状)のサンプル部材(サンプルピン)110を下端に装着して回転させる回転軸101と、サンプル部材110を回転軸101に固定するロックピン102と、サンプル部材110を挟み付けて所定の荷重を負荷するための一対の挟付部材(ここではV溝が形成された円柱状ブロック)103とを備えた、いわゆるファレックス試験機である。
【0005】
この特性測定装置100で湿式潤滑剤の試験を行うときには、回転軸101に固定されたサンプル部材110と、これをV溝部で挟み付ける挟付部材103とを、容器に収容された評価対象の湿式潤滑剤中(図示せず)に浸漬してサンプル部材110を回転させ、その負荷荷重を徐々に増加させる。そのときのサンプル部材110に作用するトルクと負荷荷重、及び直径の変化等を、トルクメータやロードセル、及び変位センサ等の測定手段(図示せず)により測定して、サンプル部材110の摩耗量や摩耗状態、及び焼付荷重等を測定し、それらに基づいて、湿式潤滑剤の潤滑特性を把握する。
【0006】
ところが、近年、このような湿式潤滑剤は、高性能化に伴い成分組成等が非常に複雑化しており、上記した従来の特性測定装置100では、その潤滑特性を充分に、かつ精度よく測定して評価するのが難しくなっている。特に、この特性測定装置100では、サンプル部材110の摩耗に関して、トルクの変化や直径の変化等から摩耗状態及び摩耗量等を測定するため、その測定結果は、主にサンプル部材110の直径の変化等に結びつく凝着摩耗等の、負荷荷重が比較的大きくなってから発生する明確な測定が可能な摩耗に関するものに限定されている。即ち、この特性測定装置100では、試験開始直後等の摩耗初期にサンプル部材110の表層に生じる微小な変化を測定できず、負荷荷重が低いときにも発生するアブレッシブ摩耗等の、主に摩耗初期に発生する摩耗量としての測定が困難な初期摩耗を検出するのが難しい等、サンプル部材110の摩耗を正確に検出して把握できないという問題がある。
【0007】
その結果、この従来の特性測定装置100では、湿式潤滑剤の評価結果と、それを実際に伸線加工等に使用したときの使用結果(評価結果)とが一致しないことがある等、潤滑特性を、実際の使用に対応して、充分な精度で正確に測定して評価できないことがあり、伸線加工等の湿式潤滑剤を使用した加工や生産等に不都合が生じる恐れがある。
【0008】
【特許文献1】特開平5−223811号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、前記従来の問題に鑑みなされたものであって、その目的は、湿式潤滑剤の潤滑特性の測定に使用されるサンプル部材の微小な変化を測定できるようにし、その摩耗をより正確に検出して、湿式潤滑剤の潤滑特性の測定精度を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1の発明は、湿式潤滑剤中で、サンプル部材を挟付部材により挟み付けて荷重を負荷した状態で回転させて、前記湿式潤滑剤の潤滑特性を測定する湿式潤滑剤の特性測定方法であって、前記回転するサンプル部材に負荷する前記挟付部材による荷重を順次増加させる工程と、該回転するサンプル部材から発生するAE波を連続して測定する工程と、該測定したAE波を解析する工程と、該AE波の解析結果に基づいて、前記サンプル部材の摩耗の発生を検出する工程と、を有することを特徴とする。
請求項2の発明は、請求項1に記載された湿式潤滑剤の特性測定方法において、前記摩耗の発生を検出する工程は、前記測定したAE波の波形に基づき、前記サンプル部材の摩耗の種類を判別して検出することを特徴とする。
請求項3の発明は、請求項2に記載された湿式潤滑剤の特性測定方法において、前記摩耗の発生を検出する工程では、少なくとも前記サンプル部材の初期摩耗を検出することを特徴とする。
請求項4の発明は、サンプル部材を回転させる回転手段と、該サンプル部材を挟み付ける挟付部材とを備え、湿式潤滑剤中で、前記サンプル部材を前記挟付部材により挟み付けた状態で回転させて、前記湿式潤滑剤の潤滑特性を測定する湿式潤滑剤の特性測定装置であって、前記挟付部材を前記サンプル部材に押し付けて荷重を負荷し、かつ該負荷する荷重を変更可能な荷重負荷変更手段と、前記回転するサンプル部材から発生するAE波を測定する測定手段と、該測定手段が測定したAE波を波形解析し、前記サンプル部材の摩耗の発生を検出する波形解析手段と、を備えたことを特徴とする。
請求項5の発明は、請求項4に記載された湿式潤滑剤の特性測定装置において、前記波形解析手段は、前記測定したAE波の波形に基づき、前記サンプル部材の摩耗の種類を判別して検出することを特徴とする。
請求項6の発明は、請求項5に記載された湿式潤滑剤の特性測定装置において、前記波形解析手段により、少なくとも前記サンプル部材の初期摩耗を検出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、湿式潤滑剤の潤滑特性の測定に使用されるサンプル部材の微小な変化を測定でき、その摩耗をより正確に検出して、湿式潤滑剤の潤滑特性の測定精度を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照して説明する。
本実施形態の湿式潤滑剤の特性測定装置(摩擦試験装置)は、例えば伸線加工に使用される水溶性の潤滑剤等の湿式潤滑剤の潤滑特性を測定して評価するためのものであり、上記した従来の特性測定装置100(図4参照)と同様に、測定対象の湿式潤滑剤中で、加工等する部材の材質等に対応するサンプル部材の摩擦試験を行い、その潤滑特性の測定等に使用される。
【0013】
図1は、本実施形態の湿式潤滑剤の特性測定装置の要部を模式的に示す概略構成図である。
この特性測定装置1は、図示のように、略円柱状(ピン状)のサンプル部材(サンプルピン)2と、その外周面の所定位置を挟み付ける一対の対向配置された挟付部材3(ここでは略円柱状又は角柱状等の超硬合金製のブロック)とを備えており、各挟付部材3の対向する端面に、サンプル部材2の外径や形状等に応じた大きさ及び形状の略V字状の凹溝(図示せず)を形成している。本実施形態では、このサンプル部材2を、湿式潤滑剤4中で挟付部材3により挟み付けて互いに接触させ、その状態でサンプル部材2を回転させて各種の測定を行い、その測定結果に基づいて、少なくともサンプル部材2に発生する摩耗を検出して湿式潤滑剤4を評価する。
【0014】
従って、この特性測定装置1は、サンプル部材2を回転させる回転手段10と、両挟付部材3をサンプル部材2に押し付ける荷重負荷変更手段20と、湿式潤滑剤4を収容可能な恒温槽30と、装置各部に接続されて特性測定装置1全体の制御や摩耗量の算出等を行う制御装置40と、各種の測定を行う複数の測定手段27、28、29、50等を備えている。
【0015】
回転手段10は、湿式潤滑剤4中でサンプル部材2を軸線周りに所定速度で回転させるための回転駆動機構であり、軸線周りに回転可能な回転軸11と、回転軸11にサンプル部材2を固定するためのロックピン12と、回転軸11を回転自在に支持する支持部材13と、回転軸11の一端(ここでは上端)に固定されたプーリ14と、回転速度が変更及び調節可能なモータ15と、モータ15及び制御装置40に接続された速度コントローラ16と、モータ15の回転軸の先端に固定されたプーリ17と、各プーリ14、17間に架け渡された無端状の伝動ベルト18と、を有する。
【0016】
回転軸11は、下端面の略中心から軸線に沿って延びる、サンプル部材2の端部が挿入可能な所定長さの略円形の挿入孔(図示せず)と、それと直交する方向に交差して延びる横孔(図示せず)とを有しており、挿入孔に挿入されたサンプル部材2を、横孔から挿入されたロックピン12により固定し、サンプル部材2を略同芯状に装着・固定して軸線周りに回転させる。支持部材13は、回転軸11が挿入可能な貫通孔を有する部材であり、装置1の固定フレーム(図示せず)等に取り付けられて、回転軸11の軸線方向の略中央部を、ベアリング等の軸受部材等を介して回転自在に支持する。速度コントローラ16は、制御装置40により制御され、そこからの制御信号等に基づいてモータ15をコントロールして所定速度で回転させる。このモータ15の回転力は、プーリ17、伝動ベルト18、及びプーリ14を介して回転軸11に伝達され、回転軸11及びサンプル部材2を軸線周りに所定速度で回転させる。
【0017】
荷重負荷変更手段20は、一対の挟付部材3の凹溝部を、サンプル部材2に沿って押し付けて所定の荷重を負荷し、かつ負荷する荷重を変更可能に構成され、サンプル部材2に対して略対称に配置された一対のプレッシャーアーム21と、その各一端部に取り付けられた挟付部材3を固定する固定手段(固定チャック)22と、両プレッシャーアーム21の長手方向の中間部に連結された連結部材23と、両プレッシャーアーム21の他端部(ここでは上端部)間に取り付けられた駆動手段24と、駆動手段24及び制御装置40等に接続された圧力制御弁25と、を有する。
【0018】
プレッシャーアーム21は、略L字状をなし、そのサンプル部材2に向かって延びる水平部分の先端面に固定手段22が取り付けられ、そこに固定された各挟付部材3の凹溝部を、サンプル部材2の外周面の所定位置に向けて、かつ互いに対向させて配置する。連結部材23は、装置本体(図示せず)等に、略水平方向に回転可能に取り付けられた略板状の部材であり、プレッシャーアーム21の略垂直方向(図では上下方向)に延びる部分の中間の下端側に近い位置に回転自在に連結され、その連結位置を中心に各プレッシャーアーム21を揺動させて、一対の固定手段22(挟付部材3)を、互いに接近及び離間する方向(図では左右方向)に移動させる。
【0019】
駆動手段24は、プレッシャーアーム21を上記のように揺動させるための、例えば空気圧式や油圧式のピストン・シリンダ機構等の駆動源であり、両プレッシャーアーム21の上端部間の距離を変化させて、それらを同期して揺動させ、他端部側の挟付部材3間の距離を変化させるようになっている。
【0020】
この荷重負荷変更手段20では、駆動手段24として空気圧式のピストン・シリンダ機構を使用し、そのエアシリンダ24A及びピストンロッド24Bの各端部を、各プレッシャーアーム21の上端部付近に回転自在に取り付け、空気圧でピストンロッド24Bをエアシリンダ24Aから出し入れして、プレッシャーアーム21を揺動させる。また、荷重負荷変更手段20は、エアシリンダ24Aからピストンロッド24Bに所定の空気圧を作用させ、これにより、一対の挟付部材3をサンプル部材2に押し付けて挟み付け、サンプル部材2に所定の荷重を負荷する。更に、この荷重負荷変更手段20では、エアシリンダ24Aに圧力制御弁25を介してエアコンプレッサ等の空気源26を接続しており、制御装置40からの制御信号等により圧力制御弁25を制御してエアシリンダ24Aに供給する空気圧を調節し、挟付部材3がサンプル部材2を挟み付ける力を変化させて、その負荷荷重を変更する。
【0021】
また、本実施形態の特性測定装置1では、この荷重負荷変更手段20の各部に、荷重測定手段27、変位測定手段28、及びトルク測定手段29を設けている。荷重測定手段27は、駆動手段24(ピストンロッド24B)の先端とプレッシャーアーム21との間に設けられた、ロードセルや半導体圧力センサ等の圧力センサ等からなり、駆動手段24とプレッシャーアーム21との間に作用する圧力を測定して、挟付部材3からサンプル部材2に負荷されている荷重を測定する。変位測定手段28は、例えばプレッシャーアーム21の上端部に取り付けられ、その端部間の距離の変化(変位)を測定して挟付部材3間の変位(サンプル部材2の直径の変化量)等を測定するものであり、レーザ式や渦電流式等の変位センサ等からなる。トルク測定手段29は、サンプル部材2と挟付部材3との間に生じる摩擦力によりプレッシャーアーム21に作用する回転軸11の回転方向の力を測定して、サンプル部材2に作用する回転(摩擦)トルクを測定するものであり、同方向に回転しようとするプレッシャーアーム21の回転を止めつつ、その圧力を測定するロードセル等からなる。
【0022】
恒温槽30は、プレッシャーアーム21の下端部側やサンプル部材2等が収容可能な大きさに形成されて所定量の湿式潤滑剤4を収容するとともに、収容した湿式潤滑剤4の温度を測定するための熱電対等の温度センサ31と、湿式潤滑剤4の温度を設定された温度に維持するためのヒータ等からなる温度維持手段32と、温度維持手段32の温度を調節するための温度調節器33と、を有している。この温度センサ31は制御装置40と温度調節器33に、温度維持手段32は温度調節器33に、それぞれ接続されており、温度センサ31が測定した湿式潤滑剤4の温度データを制御装置40及び温度調節器33に出力し、その測定結果に基づいて温度調節器33により制御して温度維持手段32の温度等を調節することで、湿式潤滑剤4を一定温度に維持するようになっている。また、恒温槽30は、サンプル部材2等を内部に収容して湿式潤滑剤4中に浸漬する上方位置と、それらを湿式潤滑剤4から離す下方位置との間で、上下動可能に構成されている。
【0023】
制御装置40は、例えば、各種のデータ処理や解析、演算等を行うマイクロプロセッサ(MPU)等の演算処理手段42や、各種プログラムを格納したROM、処理のための一時的なデータの保存等を行うRAM等の記憶手段43等を備えたマイクロコンピュータ41、及び上記した各部等の外部機器との接続のためのインターフェース44等からなる。この制御装置40は、インターフェース44を介して接続された各部との間で、湿式潤滑剤4の試験に必要な駆動・停止指令等の各種データを送受信し、上記したサンプル部材2の回転速度や負荷荷重の変更等を含む装置全体の制御を行う。
【0024】
また、この制御装置40は、上記した各測定手段27、28、29が、アンプ(図示せず)等を介してインターフェース44に接続されており、それらから出力されたトルク等の各測定データを受信し、その記憶や所定の解析プログラムに基づく演算処理等を実行して、湿式潤滑剤4の評価等に用いられる各種データの算出等を行う。例えば、制御手段40は、トルク測定手段29の測定結果から、サンプル部材2と挟付部材3との間の摩擦力を求め、その結果と荷重測定手段27の測定結果から、負荷荷重に対する摩擦力の変化や摩擦係数を求め、或いは、トルクが急激に変化するときの荷重から焼付荷重を算出する。また、制御装置40は、変位測定手段28が測定した変位量に基づき、サンプル部材2の直径の変化量を求めて、その摩耗量を算出する。
【0025】
更に、この特性測定装置1では、制御装置40に、回転手段10の支持部材13に取り付けたアコースティックエミッション波(本発明ではAE波という)を測定するAEセンサであるAE波測定手段50を、プリアンプ51、電源ユニット52等を順次介して接続している。AE波は、固体が変形や破壊等するときに、内部組織や構造の微小変化等に伴って歪エネルギーが解放され、それにより弾性振動の波が生じるアコースティックエミッション現象により発生する弾性波であり、ここでは、サンプル部材2が摩耗等するときに発生するAE波を、AE波測定手段50により測定する。即ち、挟付部材3と回転接触するサンプル部材2から発生した摩耗等に伴うAE波は、回転軸11及び支持部材13を介してAE波測定手段50に伝達し、これをAE波測定手段50により測定して電気信号に変換する。この信号は、プリアンプ51に出力されて増幅処理やフィルタリング処理によるノイズ成分の除去等が行われた後、電源ユニット52等を介して制御装置40に出力される。
【0026】
制御装置40は、このAE波測定手段50が測定したAE波のデータを収集して記憶するとともに、所定の波形解析プログラム等に基づいて演算処理を行い、サンプル部材2に発生した摩耗を判別して検出する。即ち、この制御装置40は、測定したAE波を波形解析してサンプル部材2の摩耗を検出する波形解析手段でもあり、ここでは、主に、サンプル部材2への負荷荷重に対するAE波の波形に基づき、サンプル部材2の摩耗を検出して判別し、少なくともサンプル部材2の初期摩耗を検出する。
【0027】
ここで、本発明において、サンプル部材2の初期摩耗とは、例えば試験開始後の比較的初期(摩耗初期)等の負荷荷重が低いときにも発生するアブレッシブ摩耗等、摩耗初期に発生してサンプル部材2の直径や摩擦トルクの変化等に大きく結びつかない摩耗であり、主に摩耗初期にサンプル部材2の表層に生じる微小な変化(摩耗現象)のことである。
【0028】
また、この特性測定装置1では、各種の波形解析プログラムを備えたPC(パーソナルコンピュータ)53を、インターフェース44を介して制御装置40に接続しており、AE波の測定結果をPC53に出力して、より詳細なAE波の波形解析等を行うようになっている。このPC53では、例えば測定したAE波のグラフ数値化や、波形成分の周波数の算出及びサンプル部材2に発生した摩耗の判別、又はAE波のフィルタリング処理等による主要な波形成分の抽出等を行う。このように、PC53は、上記した制御手段40と同様に、測定したAE波を波形解析してサンプル部材2の摩耗を検出する波形解析手段であり、以下では、これらをまとめて波形解析手段という。
【0029】
次に、以上説明した特性測定装置1による、湿式潤滑剤4の潤滑特性の測定試験の手順等について説明するが、以下の各手順等は、制御手段40により、所定のプログラムや予め設定された条件等に基づいて、接続された各部を所定のタイミングで作動させる等、装置各部を連動して作動させて実行される。
【0030】
試験は、まず、恒温槽30を下降させた状態で、サンプル部材2と挟付部材3を、それぞれ回転軸11及びプレッシャーアーム21(固定手段22)に取り付けて固定し、駆動手段24によりプレッシャーアーム21を揺動させて、挟付部材3の凹溝部をサンプル部材2の所定位置に接触させて挟み付ける。その状態で恒温槽30を上昇させて、サンプル部材2と挟付部材3を、所定温度に維持された湿式潤滑剤4中に浸漬し、それらが一定温度になるまで待機する。
【0031】
次に、モータ15を回転させて回転軸11及びサンプル部材2を所定の速度で回転させた後、荷重負荷変更手段20(駆動手段24)により挟付部材3をサンプル部材2に押し付けて所定の荷重を負荷する。続いて、荷重負荷変更手段20により挟付部材3をサンプル部材2に徐々に強く押し付け、回転するサンプル部材2に負荷する挟付部材3による荷重を予め設定された速度で順次増加させ、この荷重の増加を、所定の荷重やトルクに達するまで、又は所定時間が経過するまで続行する。
【0032】
以上のサンプル部材2の回転開始時から、各測定手段27、28、29による測定を連続して行い、それら各測定結果に基づいて、サンプル部材2に作用する摩擦力やトルクの変化、焼付荷重、及びサンプル部材2の直径の変化量(摩耗量)等を測定する。同時に、回転するサンプル部材2から発生するAE波を、AE波測定手段50により連続して測定し、その測定結果に基づいて、波形解析手段によりサンプル部材2に生じた摩耗を検出する。
【0033】
図2は、このサンプル部材2に負荷される荷重の変化(図2A)と、その間に測定したAE波の波形(図2B)の例を示す線図(グラフ)であり、それぞれ図2A、2Bの横軸は試験開始からの経過時間、図2Aの縦軸は荷重、図2Bの縦軸は検出したAE波の強さ(振幅の大きさ、単位V)である。また、図3は、図2BのAE波の一部を拡大して示す線図であり、それぞれ図3Aは図2BのXで示す範囲を、図3Bは図2BのYで示す範囲を、主に横軸方向に拡大している。なお、図2B及び図3A、3Bの縦軸は、AE波をRMS値(Root Mean Square値、平均2乗値)で示している。
【0034】
ここでは、図2Aに示すように、サンプル部材2に負荷する荷重を、試験開始から直線的に増加させ、時間の経過とともに徐々に大きくなるようにして試験を行ったときの例を示す。その際、AE波は、図2Bに示すように、試験開始後の比較的初期には、局部的に大きくなる(図のS)ものの、全体としては同程度の小さな振幅で細かく変化し、その後、大きな振幅のものが連続して発生(図のG)するように変化している。
【0035】
波形解析手段は、このAE波の波形やその変化等に基づき、波形解析によりサンプル部材2の表層に生じた微小な変化を検出(測定)し、AE波が大きくなるピーク位置及びその間隔等から、サンプル部材2に発生した摩耗を判別して少なくとも前記初期摩耗を検出する。具体的には、波形解析手段は、AE波に所定値以上の変化(波形変化)が生じた場合に、サンプル部材2に摩耗が発生したと判定し、その大きなAE波の発生が、図3Aに示すように、試験開始後の比較的初期(低荷重時)であり単独的(図のS)なもの(所定間隔(時間)を隔てて複数回発生したものを含む)であるときに、アブレッシブ摩耗等の初期摩耗であると判別する。また、波形解析手段は、このAE波の最初の大きな変化に続いて、又は、このような変化が生じずに、図3Bに示すように、大きなAE波が連続的に短い間隔で発生(図のG)した場合には、サンプル部材2に大きな摩耗が発生したと判定し、その摩耗が、サンプル部材2の直径の変化等に結びつき、変位測定手段28による摩耗量としての測定が可能な凝着摩耗等であると判別する。
【0036】
なお、この摩耗の検出に加えて、波形解析手段(PC53)により、例えばAE波のピーク位置等の特定の波形部分(成分)の周期(秒)やその逆数である周波数(Hz)を算出し、その算出値やAE波の波形を、予め記憶した各種の摩耗現象に対応する特徴的なAE波の周波数や波形等と比較する等して、サンプル部材2に発生した摩耗の種類を判別するようにしてもよい。また、各ピーク位置の振幅(信号の大きさ)や変化量からサンプル部材2に発生した摩耗の種類を判別し、例えば信号が大きい(例えば0.4〜0.5V程度)ときには凝着摩耗等が発生し、信号が小さい(例えば0.10〜0.15V程度)ときには初期摩耗が発生した等と判別してもよい。更に、この振幅や変化量及び、大きな波形変化の数や発生時間等から、発生した初期摩耗や凝着摩耗等の程度(大きさ)を判定し、例えば小さなAE波が単独で発生したときには軽度の初期摩耗が、逆に、そのAE波が大きいときには重度の初期摩耗が発生したと判定し、或いは、大きなAE波が連続して長時間(多数回)発生したときには大きな凝着摩耗等が発生したと判定するようにしてもよい。
【0037】
このように、本実施形態では、サンプル部材2に作用する荷重や摩擦力及びトルクの変化や、焼付荷重、及びサンプル部材2の摩耗量に加えて、AE波測定手段(AEセンサ)50により、サンプル部材2に発生する摩耗(特に初期摩耗)を検出し、その検出結果に基づいて、湿式潤滑剤4(潤滑特性)を評価する。
【0038】
従って、本実施形態によれば、従来は測定が困難であった試験開始後の比較的初期や低荷重時のサンプル部材2の表面状態の変化等、試験中にサンプル部材2の表層に生じる微小な変化を測定でき、その摩耗をより正確に検出して把握することができる。これにより、摩耗量としての測定が困難なアブレッシブ摩耗等の初期摩耗の発生を精度よく検出できるとともに、サンプル部材2の他の摩耗や表面状態変化等に関しても、より正確に把握できるため、湿式潤滑剤4の潤滑特性を適切かつ精度よく測定して評価できる等、潤滑特性の測定精度及び、それに基づく湿式潤滑剤4の評価精度を向上させることができる。その結果、湿式潤滑剤4の評価結果と実際の使用による評価結果との差を小さくすることができ、伸線加工等の湿式潤滑剤4を使用した加工や生産等に不都合が生じるのを抑制することができる。
【0039】
なお、本実施形態では、略円柱状(ピン状)の部材をサンプル部材2としたが、サンプル部材2は、略円盤状や円筒状、多角柱状等、他の形状のものであってもよい。また、挟付部材3も、略円柱状や角柱状ブロック以外に、例えば略直方体状やT字状の部材等、他の形状のものであってもよく、そのサンプル部材2に押し付ける面の凹溝を、矩形状や台形状又は半円状等の略V字状以外の断面形状に形成してもよい。更に、挟付部材3に凹溝を形成せずに、平面状の端面をサンプル部材2に押し付けるようにしてもよく、一対の挟付部材3以外に、3つ以上の挟付部材3によりサンプル部材2を挟み付けるようにしてもよい。
【0040】
一方、AE波測定手段50は、回転手段10の支持部材13(図1参照)以外に、例えば回転軸11等の回転手段10の他の位置や、荷重負荷変更手段20のプレッシャーアーム21等、サンプル部材2からのAE波を測定可能な他の位置に取り付けてもよい。加えて、この特性測定装置1では、AE波測定手段50にプリアンプ51と電源ユニット52を順次接続したが、プリアンプ51と電源ユニット52を、又は、それらと制御装置40とを一体化してもよく、或いは、制御装置40にPC53の機能を付加して、それらを一体に構成してもよい。
【0041】
また、本実施形態では水溶性の湿式潤滑剤4を評価する場合を例に採り説明したが、この特性測定装置1は、例えばグリース類やオイル類等の他の湿式潤滑剤4の潤滑特性の測定にも使用できる。
【0042】
(潤滑特性の測定試験)
本発明の効果を確認するため、以上説明したようにしてサンプル部材2の摩耗量(直径変化量)、トルク、焼付荷重、及びAE波による初期摩耗を測定又は検出して湿式潤滑剤4(潤滑特性)を評価し、それらと湿式潤滑剤4の実際の使用(この試験では伸線加工)による評価結果とを比較した。
【0043】
試験では、サンプル部材2としてスチール製のピン状部材にブラスメッキしたものを使用し、それを略V字状の凹溝を形成した超硬合金製の挟付部材3(Vブロック)により挟み付けて荷重を負荷し、0〜800kgf(0〜約7845N)まで負荷荷重を順次増加(図2A参照)させて各測定又は検出を行った。また、湿式潤滑剤4には、実機(伸線加工機)での使用による評価結果(実機伸線性)が異なる4種類(水準)のもの(以下、潤滑剤1〜4という)を使用した。試験結果は、従来と同様に摩耗量、トルク、及び焼付荷重による評価から湿式潤滑剤4の総合的な評価(以下、総合評価という)を判定し、これと本発明のAE波による評価(以下、AE評価という)、及び実機伸線性とを比較した。
【0044】
表1に、各試験による評価結果と実機伸線性の結果を示すが、この表では、潤滑特性が良好であると判定したものを丸印で、中程度のものを三角印で、悪いものをバツ印で、それぞれ示す。
【0045】
【表1】

【0046】
表1に示すように、潤滑剤1(潤滑特性)は、焼付荷重による評価は良好だが、摩耗量及びトルクによる評価が中程度であったため、総合評価は中程度と判定された。これに対し、潤滑剤1の実機伸線性は良好であり、これらは異なる結果となった。一方、AE評価では良好と判定され、実機伸線性と一致していた。
【0047】
潤滑剤2は、摩耗量による評価が悪く、トルク及び焼付荷重による評価が中程度であるため、総合評価は悪いと判定された。これに対し、潤滑剤2の実機伸線性は中程度であり、これらは異なる結果となった。一方、AE評価では中程度と判定され、実機伸線性と一致していた。
【0048】
潤滑剤3は、摩耗量、トルク及び焼付荷重による評価が良好であり、総合評価は良好と判定された。これに対し、潤滑剤3の実機伸線性も良好であり、これらの結果は一致していた。一方、AE評価でも良好と判定され、実機伸線性と一致していた。
【0049】
潤滑剤4は、摩耗量、トルク及び焼付荷重による評価が良好であり、総合評価は良好と判定された。これに対し、潤滑剤4の実機伸線性は悪く、これらは異なる結果となった。一方、AE評価では悪いと判定され、実機伸線性と一致していた。
【0050】
このように、AE評価では、従来の評価方法では困難である湿式潤滑剤4の実際の使用に対応した評価が可能であり、潤滑特性をより正確に測定して、その精度が極めて高くなることが分かった。
【0051】
以上の結果から、本発明により、湿式潤滑剤4の潤滑特性の測定に使用されるサンプル部材2の微小な変化を測定でき、その摩耗をより正確に検出して、湿式潤滑剤4の潤滑特性の測定精度を向上できることが証明された。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本実施形態の湿式潤滑剤の特性測定装置の要部を模式的に示す概略構成図である。
【図2】サンプル部材に負荷される荷重の変化と、その間に測定したAE波の波形の例を示す線図である。
【図3】図2BのAE波の一部を拡大して示す線図である。
【図4】従来の潤滑特性の測定に使用される装置の一例を示す要部模式図である。
【符号の説明】
【0053】
1・・・湿式潤滑剤の特性測定装置、2・・・サンプル部材、3・・・挟付部材、4・・・湿式潤滑剤、10・・・回転手段、11・・・回転軸、12・・・ロックピン、13・・・支持部材、14・・・プーリ、15・・・モータ、16・・・速度コントローラ、17・・・プーリ、18・・・伝動ベルト、20・・・荷重負荷変更手段、21・・・プレッシャーアーム、22・・・固定手段、23・・・連結部材、24・・・駆動手段、24A・・・エアシリンダ、24B・・・ピストンロッド、25・・・圧力制御弁、26・・・空気源、27・・・荷重測定手段、28・・・変位測定手段、29・・・トルク測定手段、30・・・恒温槽、31・・・温度センサ、32・・・温度維持手段、33・・・温度調節器、40・・・制御装置、41・・・マイクロコンピュータ、42・・・演算処理手段、43・・・記憶手段、44・・・インターフェース、50・・・AE波測定手段、51・・プリアンプ、52・・・電源ユニット、53・・・PC(パーソナルコンピュータ)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
湿式潤滑剤中で、サンプル部材を挟付部材により挟み付けて荷重を負荷した状態で回転させて、前記湿式潤滑剤の潤滑特性を測定する湿式潤滑剤の特性測定方法であって、
前記回転するサンプル部材に負荷する前記挟付部材による荷重を順次増加させる工程と、
該回転するサンプル部材から発生するAE波を連続して測定する工程と、
該測定したAE波を解析する工程と、
該AE波の解析結果に基づいて、前記サンプル部材の摩耗の発生を検出する工程と、
を有することを特徴とする湿式潤滑剤の特性測定方法。
【請求項2】
請求項1に記載された湿式潤滑剤の特性測定方法において、
前記摩耗の発生を検出する工程は、前記測定したAE波の波形に基づき、前記サンプル部材の摩耗の種類を判別して検出することを特徴とする湿式潤滑剤の特性測定方法。
【請求項3】
請求項2に記載された湿式潤滑剤の特性測定方法において、
前記摩耗の発生を検出する工程では、少なくとも前記サンプル部材の初期摩耗を検出することを特徴とする湿式潤滑剤の特性測定方法。
【請求項4】
サンプル部材を回転させる回転手段と、該サンプル部材を挟み付ける挟付部材とを備え、湿式潤滑剤中で、前記サンプル部材を前記挟付部材により挟み付けた状態で回転させて、前記湿式潤滑剤の潤滑特性を測定する湿式潤滑剤の特性測定装置であって、
前記挟付部材を前記サンプル部材に押し付けて荷重を負荷し、かつ該負荷する荷重を変更可能な荷重負荷変更手段と、
前記回転するサンプル部材から発生するAE波を測定する測定手段と、
該測定手段が測定したAE波を波形解析し、前記サンプル部材の摩耗の発生を検出する波形解析手段と、
を備えたことを特徴とする湿式潤滑剤の特性測定装置。
【請求項5】
請求項4に記載された湿式潤滑剤の特性測定装置において、
前記波形解析手段は、前記測定したAE波の波形に基づき、前記サンプル部材の摩耗の種類を判別して検出することを特徴とする湿式潤滑剤の特性測定装置。
【請求項6】
請求項5に記載された湿式潤滑剤の特性測定装置において、
前記波形解析手段により、少なくとも前記サンプル部材の初期摩耗を検出することを特徴とする湿式潤滑剤の特性測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−151690(P2008−151690A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−341067(P2006−341067)
【出願日】平成18年12月19日(2006.12.19)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)