説明

溶融金属用セラミックス部材及びその製造方法

【課題】溶融金属に対する濡れ性が小さい材料を含む厚い複合層を表面に有する溶融金属用セラミックス部材の製造方法を提供する。
【解決手段】母材セラミックスの原料粉末を加圧成形することにより圧粉体を作製する第1の加圧成形工程(S5)と、この圧粉体の表面の少なくとも一部の領域と成形型との間に、溶融金属に対する濡れ性が母材セラミックスよりも低い材料である低濡れ性材料の粉末と母材セラミックスの原料粉末との混合粉末を充填させる第2の型充填工程(S6)と、加圧成形することにより成形体を作製する第2の加圧成形工程(S7)と、当該成形体を焼結する焼結工程(S10)と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム溶湯のような溶融金属との接触環境下で使用される溶融金属用セラミックス部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、低圧鋳造装置において、溶融金属るつぼから溶融金属(代表的にはアルミニウム溶湯)を排出するための給湯管路を構成するストークなど、溶融金属との接触環境下で使用される溶融金属用部品が知られている。
【0003】
近年、このような溶融金属用部品としてセラミックスが用いられている。特に、耐熱性や耐蝕性と共に、強度や熱的・機械的衝撃に対する抵抗性も高く、構造材料としての安定性にすぐれる窒化ケイ素(Si)系セラミックス焼結品が多くの用途に実用されている。
【0004】
しかしながら、窒化ケイ素系セラミックス焼結品で形成された溶融金属用セラミックス部材であっても、長期間使用されると、表面に溶融金属の地金やその酸化物、スラグ等が付着し、その付着堆積物により使用できなくなるという問題が発生する。例えば、溶融金属るつぼの蓋に形成された穴に挿通される、管状の溶融金属用セラミックス部材である場合、その外周面の付着堆積物により穴から抜き取れなくなるというような問題などがある。
【0005】
このような問題の対策として、溶融金属に対する濡れ性の小さい材料(例えば、窒化硼素)により表面層を形成する技術が知られている(非特許文献1)。また、特許文献1には、窒化ケイ素系セラミックス成形体を窒化硼素(BN)粉末中に埋没させておき、この成形体を焼結することで、表面に窒化硼素を主体とする層を形成する技術が記載されている。また、特許文献2には、サイアロン系セラミックスの成形体に窒化硼素を含有するセラミックス粉末を有機バインダーとともにスプレー又は刷毛塗りし焼結させることで、窒化硼素を主成分とする表面層を形成する技術が記載されている。
【0006】
ただし、特許文献1・2では、窒化硼素を含む表面層は、加圧成形されることなく焼結することで得られている。そのため、断続的な使用により表面層が剥がれ易く、その効果を長期間安定に持続させることができない。
【0007】
そこで、特許文献3では、成形型を構成する型部材の所要領域表面に窒化硼素と母材セラミックスとの混合粉末の塗膜を形成した後に、成形型に母材セラミックスの粉末を充填させ、冷間静水等方圧プレスにより加圧成形している。そして、成形体を焼結することで窒化硼素を含む表面層が形成された溶融金属用セラミックス部材を製造している。
【0008】
図13は、特許文献3に記載の製造方法の流れを示す図である。まず、図13の(a)で示されるように、成形型を構成する芯金112の表面に、窒化硼素と母材セラミックスとの混合粉末を含むスラリーを塗布して、窒化硼素と母材セラミックスとが混合された混合塗膜134を形成する。図13の(b)は、混合塗膜134が形成された状態を示している。
【0009】
次に、図13の(c)で示されるように、芯金112と軸心が一致する円筒形状のゴム型111を配置する。その後、図13の(d)で示されるように、芯金112とゴム型111との間に母材セラミックス原料の造粒物121を充填し、ゴム蓋114により密閉する。そして、冷間静水等方圧プレス(CIP)により加圧することにより、図13の(e)で示されるように、造粒物121が加圧成形された圧粉体122と、その内周面上に形成され、混合塗膜134が加圧成形された圧粉層135とからなる成形体が得られる。
【0010】
その後、図13の(f)で示されるように、圧粉体122の外径が所定寸法になるように表面を切削する。そして、焼結することにより、母材セラミックスの原料粉末の焼結体である基体部102と、基体部102の内周面上に形成された、窒化硼素と母材セラミックスとの混合粉末の焼結体である複合層103とを備える溶融金属用セラミックス部材を製造している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開昭63−190786号公報(1988年8月8日公開)
【特許文献2】特開平1−176289号公報(1989年7月12日公開)
【特許文献3】特開平5−301757号公報(1993年11月16日公開)
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】土田二朗、他2名、「窒化けい素セラミックス表面の濡れ特性の改善」、クボタ技報、株式会社クボタ、No.29、P82-91、1995年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献3の技術では、冷間静水等方圧プレスにより加圧成形された圧粉層を焼結することにより複合層を形成しているため、複合層の密度が比較的高く、また基体部と複合層との密着性も高い。そのため、複合層が剥がれ落ちることを防止できる。ただし、複合層は、長期間の使用により磨耗するという問題がある。そのため、耐用年数を長くするためには複合層の厚みを厚くすることが望まれる。しかしながら、特許文献3の技術では、窒化硼素と母材セラミックスとの混合粉末を含むスラリーを型部材に塗布することにより混合塗膜を形成しているため、窒化硼素を含む複合層を厚くすることが困難であった。
【0014】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、溶融金属に対する濡れ性が小さい材料を含む厚い複合層を表面に有する溶融金属用セラミックス部材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係る溶融金属用セラミックス部材の製造方法は、溶融金属と接触する溶融金属用セラミックス部材の製造方法であって、母材セラミックスの原料粉末を加圧成形することにより第1成形体を作製する第1成形工程と、上記第1成形体の表面の少なくとも一部の領域と成形型との間に、上記溶融金属に対する濡れ性が上記母材セラミックスよりも低い材料である低濡れ性材料の粉末と上記母材セラミックスの原料粉末との混合粉末を充填させ、加圧成形することにより第2成形体を作製する第2成形工程と、上記第2成形体を焼結する焼結工程と、を含むことを特徴とする。
【0016】
上記の構成によれば、第1成形体と成形型との間に、低濡れ性材料の粉末と母材セラミックスの原料粉末との混合粉末を充填させ、加圧成形することにより第2成形体を作製している。そのため、第2成形体は、第1成形体と、第1成形体の表面に接合された、上記混合粉末の圧粉層とを含むこととなる。そして、第2成形体を焼結することにより、母材セラミックスを原料とする第1成形体が焼結された基体部と、基体部の少なくとも一部の表面を被覆する、低濡れ性材料と母材セラミックスとを含む圧粉層の焼結体である複合層とが一体となった溶融金属用セラミックス部材を製造することができる。
【0017】
ここで、圧粉層の厚みは、第1成形体と成形型との間の距離に依存するため、成形型の形状を適宜設定することにより、圧粉層の厚みを厚くすることができる。そのため、厚い複合層を表面に有する溶融金属用セラミックス部材を製造することができる。
【0018】
なお、第1成形体および第2成形体の形状は成形型を適宜選択することにより、様々な形状にすることができる。例えば、第1成形工程において中空円筒形状の成形型を用いた場合、第2成形工程においても、第1成形体の外周面との間に空間が形成されるような中空円筒形状の成形型を用いれば、中空円筒形状の基体部の外周面にも厚い複合層が形成された溶融金属用セラミックス部材を製造することができる。
【0019】
また、本発明に係る溶融金属用セラミックス部材の製造方法は、溶融金属と接触する溶融金属用セラミックス部材の製造方法であって、母材セラミックスの原料粉末を加圧成形することにより第1成形体を作製する第1成形工程と、上記第1成形体を成形対象とし、当該成形対象の表面の少なくとも一部の領域と成形型との間に、上記溶融金属に対する濡れ性が上記母材セラミックスよりも低い材料である低濡れ性材料の粉末と上記母材セラミックスの原料粉末との混合粉末を充填させ、加圧成形することで中間成形体を作製する低濡れ性材料成形処理を行う第2成形工程と、上記中間成形体を成形対象として上記低濡れ性材料成形処理を少なくとも1回行うことにより第2成形体を作製する第3成形工程と、上記第2成形体を焼結する焼結工程と、を含み、複数回の上記低濡れ性材料成形処理の各々において、上記混合粉末における低濡れ性材料の重量比率を、前回の低濡れ性材料成形処理で用いた混合粉末における低濡れ性材料の重量比率よりも大きくすることを特徴とする。
【0020】
上記の構成によれば、複数回の低濡れ性材料成形処理を行うために、第1成形体を焼結させた基体部の表面の少なくとも一部の領域に、低濡れ性材料と母材セラミックスとの複合層を複数積層することができる。
【0021】
さらに、低濡れ性材料成形処理の各々において、混合粉末における低濡れ性材料の重量比率を、前回の低濡れ性材料成形処理で用いた混合粉末における低濡れ性材料の重量比率よりも大きくしている。そのため、第1成形体とそれに隣接する複合層との間の焼結時の収縮率や焼結後における熱膨張率の差を小さくすることができる。また、同様に、隣接する複合層間でも、焼結時の収縮率や焼結後における熱膨張率の差を小さくすることができる。その結果、第1成形体とそれに隣接する複合層との間の界面、および、隣接する複合層間の界面に生じる応力を緩和することができ、溶融金属用セラミックス部材の品質を向上させることができる。
【0022】
また、本発明に係る溶融金属用セラミックス部材の製造方法は、溶融金属と接触し、中空円筒形状の溶融金属用セラミックス部材の製造方法であって、円柱形状芯金の外周面に、母材セラミックスの原料粉末と、上記溶融金属に対する濡れ性が上記母材セラミックスよりも低い材料である低濡れ性材料の粉末との混合粉末の塗膜を形成する塗膜形成工程と、上記円柱形状芯金と、当該円柱形状芯金と軸心が一致する、弾性体からなる中空円筒形状型とを有する成形型の中に、上記母材セラミックスの原料粉末を充填し、冷間静水等方圧プレスにより加圧成形することにより第1成形体を作製する第1成形工程と、上記第1成形体を上記成形型の中に再度配置する配置工程と、上記第1成形体と上記中空円筒形状型との間に上記混合粉末を充填し、冷間静水等方圧プレスにより加圧成形することにより第2成形体を作製する第2成形工程と、上記第2成形体を焼結する焼結工程と、を含むことを特徴とする。
【0023】
上記の構成によれば、母材セラミックスの焼結体である中空円筒形状の基体部の内周面に、上記塗膜の圧粉層を焼結させた、低濡れ性材料と母材セラミックスとの複合層を形成できる。さらに、基体部の外周面にも、第1成形体と型部材との間に充填された混合粉末の圧粉層を焼結させた、低濡れ性材料と母材セラミックスとの複合層を形成できる。そして、外周面に形成された複合層は、成形型の寸法を適宜選択することにより厚くすることができる。外周面は、他の部品と接触する可能性が高く、耐磨耗性が要求されるが、上記の構成により、厚い複合層を外周面に形成することで、溶融金属用セラミックス部材の耐用年数を長くすることができる。
【0024】
また、第1成形工程と第2成形工程とで同じ成形型を用いることができるため、製造コストを抑えることができる。
【0025】
さらに、本発明に係る溶融金属用セラミックス部材の製造方法において、上記第2成形工程における加圧成形の圧力P2は、上記第1成形工程における加圧成形の圧力P1以上であることが好ましい。
【0026】
上記の構成によれば、第2成形工程において、低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末にも十分に圧力を加えることができ、混合粉末の圧粉層をより確実に成形することができる。
【0027】
なお、P2=P1であってもよいが、P2>P1である方が好ましい。P2>P1であれば、第2成形工程において第1成形体はさらに収縮することとなる。そのため、第2成形工程において、低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末の一部が第1成形体に侵入し、第1成形体と、当該混合粉末の圧粉層との接合性を向上させることができる。
【0028】
また、P2>P1であれば、第1成形工程および第2成形工程において、内部空間が中空円筒形状の成形型を用い、第2成形工程において第1成形体の内周面と成形型との間に、低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末を充填させている場合であっても、混合粉末に圧力が適切に加わり、成形することができる。
【0029】
さらに、本発明に係る溶融金属用セラミックス部材の製造方法において、上記母材セラミックスが窒化ケイ素系セラミックスであり、上記低濡れ性材料が窒化ホウ素であり、上記混合粉末に対する上記低濡れ性材料の重量比率が5〜50重量%であることが好ましい。
【0030】
上記の構成によれば、混合粉末に対する低濡れ性材料の重量比率を5重量%以上にすることで、低濡れ性材料と母材セラミックスとの混合粉末を焼結させた複合層において、低濡れ性の効果を発揮することができる。また、低濡れ性材料の重量比率を50重量%以下にすることで、強度において問題がなく、焼結時の割れも発生しにくい溶融金属用セラミックス部材を提供できる。
【0031】
さらに、本発明に係る溶融金属用セラミックス部材の製造方法において、上記第1成形工程及び第2成形工程における加圧成形は、冷間静水等方圧プレスによる成形であることが好ましい。
【0032】
上記の構成によれば、第1成形工程及び第2成形工程において粉末に均一に圧力を印加することができる。その結果、均質な溶融金属用セラミックス部材を提供できる。
【0033】
さらに、本発明に係る溶融金属用セラミックス部材の製造方法は、上記第1成形工程において、加圧成形により得られた圧粉体の表面を削ることにより、所定寸法の上記第1成形体を作製してもよい。
【0034】
上記の構成によれば、第1成形工程の加圧成形により得られた圧粉体の表面に凹凸があったとしても、所定寸法の第1成形体を得ることができる。
【0035】
また、本発明に係る溶融金属用セラミックス部材は、溶融金属と接触する溶融金属用セラミックス部材であって、母材セラミックスの原料粉末を加圧成形することにより得られた圧粉体を焼結させた基体部と、上記基体部の表面の少なくとも一部の領域の上に形成された、上記溶融金属に対する濡れ性が上記母材セラミックスよりも低い材料である低濡れ性材料と上記母材セラミックスとを含む複合層とを備え、上記複合層は、上記低濡れ性材料の粉末及び上記母材セラミックスの原料粉末の混合粉末と上記圧粉体とを加圧成形することにより形成された上記混合粉末の圧粉層を焼結することにより形成されることを特徴とする。
【0036】
上記の構成によれば、複合層は、上記低濡れ性材料の粉末及び上記母材セラミックスの原料粉末の混合粉末と上記圧粉体とを加圧成形することにより形成された圧粉層を焼結することにより形成される。そのため、加圧成形する際に、圧粉体と成形型との間に混合粉末を充填させることで圧粉層を形成することができる。また、この間隔を大きくすることにより、圧粉層の厚みを厚くすることができる。そのため、複合層の厚みを厚くすることができる。
【0037】
また、本発明に係る溶融金属用セラミックス部材は、アルミ溶湯と接触する溶融金属用セラミックス部材であって、窒化ケイ素系セラミックスで形成された中空円筒形状の基体部と、上記基体部の表面のうちの上記アルミ溶湯と接触する部位の少なくとも一部の領域の上に形成された、窒化ケイ素系セラミックスと窒化ホウ素とを含む複合層とを備え、上記複合層の厚みが0.5mmより大きいことを特徴とする。
【0038】
上記の構成によれば、厚い複合層を有する溶融金属用セラミックスを提供することができる。
【発明の効果】
【0039】
本発明に係る溶融金属用セラミックス部材の製造方法は、母材セラミックスの原料粉末を加圧成形することにより第1成形体を作製する第1成形工程と、上記第1成形体の表面の少なくとも一部の領域と成形型との間に、上記溶融金属に対する濡れ性が上記母材セラミックスよりも低い材料である低濡れ性材料の粉末と上記母材セラミックスの原料粉末との混合粉末を充填させ、加圧成形することにより第2成形体を作製する第2成形工程と、上記第2成形体を焼結する焼結工程と、を含む。
【0040】
また、本発明に係る溶融金属用セラミックス部材は、母材セラミックスの原料粉末を加圧成形することにより得られた圧粉体を焼結させた基体部と、上記基体部の表面の少なくとも一部の領域の上に形成された、上記溶融金属に対する濡れ性が上記母材セラミックスよりも低い材料である低濡れ性材料と上記母材セラミックスとを含む複合層とを備え、上記複合層は、上記低濡れ性材料の粉末及び上記母材セラミックスの原料粉末の混合粉末と上記圧粉体とを加圧成形することにより形成された圧粉層を焼結することにより形成される。
【0041】
また、本発明に係る溶融金属用セラミックス部材は、複合層の厚みが0.5mmより大きい。
【0042】
それゆえ、溶融金属に対する濡れ性が小さい材料を含む厚い複合層を表面に有する溶融金属用セラミックス部材及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の一実施形態に係る溶融金属用セラミックス部材を示す斜視図である。
【図2】第1の製造方法の工程の流れを示すフローチャートである。
【図3】第1の製造方法の第1の型充填工程から第2の型充填工程における成形型及び圧粉体を示す断面図である。
【図4】第1の製造方法の第2の型充填工程から焼成工程における成形型、圧粉体及び完成品を示す断面図である。
【図5】第2の製造方法の工程の流れを示すフローチャートである。
【図6】第2の製造方法により製造された溶融金属用セラミックス部材の一例を示す斜視図である。
【図7】第3の製造方法の工程の流れを示すフローチャートである。
【図8】第3の製造方法における成形型、成形体及び完成品を示す断面図である。
【図9】実施例1の溶融金属用セラミックス部材の断面を示す図である。
【図10】実施例2の溶融金属用セラミックス部材の外観写真を示す図である。
【図11】実施例2の溶融金属用セラミックス部材における、基体部と複合層との界面付近の外観写真を示す図である。
【図12】実施例2の溶融金属用セラミックス部材に対するアルミニウムの付着結果を示す図である。
【図13】従来の溶融金属用セラミックス部材の製造方法における成形型、成形体及び完成品を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
【0045】
本実施形態に係る溶融金属用セラミックス部材は、溶融金属との接触環境下で使用される部品である。ここで、溶融金属とは、例えば、アルミニウム溶湯やアルミ合金溶湯などである。以下、アルミニウムを主成分とする溶融金属をアルミ溶湯という。
【0046】
(溶融金属用セラミックス部材の構造)
図1は、本実施形態に係る溶融金属用セラミックス部材の一例を示す斜視図である。図1に示されるように、溶融金属用セラミックス部材1は、耐熱性や耐蝕性等に優れた母材セラミックスの原料粉末の焼結体である基体部2と、基体部2の表面の少なくとも一部の領域の上に形成され、溶融金属に対する濡れ性が低い低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末の焼結体である複合層3とを備える。
【0047】
基体部2の材料となる母材セラミックスは、耐熱性、耐蝕性、熱的・機械的衝撃に対する抵抗性などを考慮して適宜選択すればよい。
【0048】
母材セラミックスとしては、例えば、窒化ケイ素(Si)系セラミックスを用いることができる。窒化ケイ素系セラミックスは、アルミ溶湯のような高温下であっても機械的強度に優れ、急熱急冷にも耐えることができ、腐食にも強いことで知られている。なお、窒化ケイ素系セラミックスは、窒化ケイ素を主成分とする多結晶体であり、YやMgO等の各種の焼結助剤を含んでいてもよい。また、窒化ケイ素のケイ素と窒素の一部をそれぞれアルミニウムと酸素で置換したサイアロンも窒化ケイ素系セラミックスに含まれる。
【0049】
複合層3に含まれる低濡れ性材料としては、溶融金属に対する濡れ性が基体部2を構成する母材セラミックスよりも小さい材料を適宜選択すればよい。
【0050】
ここで、濡れ性とは、一般に、液体(ここでは溶融金属)が固体表面に接触しているときの、液体の自由表面が、その接触する固体表面となす角度である接触角の大きさにより評価され、接触角が大きいほど濡れ性が低い。
【0051】
例えば、1000℃のアルミ溶湯に対して、窒化ケイ素の接触角は126°であるのに対し、窒化硼素の接触角は157°であることが知られている(非特許文献1参照)。そのため、溶融金属がアルミ溶湯であり、母材セラミックスが窒化ケイ素系セラミックスである場合、低濡れ性材料として窒化硼素を用いることが好ましい。
【0052】
なお、以下の理由から、母材セラミックスが窒化ケイ素系セラミックスであり、低濡れ性材料が窒化硼素である場合、複合層3を構成するセラミックス原料(すなわち、窒化ケイ素系セラミックスと窒化硼素との混合粉末)における、窒化硼素の重量比率は、5重量%〜50重量%であることが好ましい。
【0053】
窒化硼素の濡れ性が低い効果を発揮するためには、複合層3の表面に窒化硼素をある程度露出させる必要がある。窒化硼素と母材セラミックスの原料との混合粉末の圧粉体を焼結させた焼結体をアルミ溶湯へ浸漬させ、焼結体へのアルミニウムの付着を評価したところ、複合層3における窒化硼素の重量比率が5重量%以上であれば、アルミニウムの付着量の低下効果を発揮することが確認された。そのため、窒化硼素の重量比率は、5重量%以上であることが好ましい。
【0054】
また、窒化硼素は難焼結材であり、機械的強度が低い。そのため、窒化硼素の重量比率を増やしすぎると強度が低下してしまう。また、母材セラミックスである窒化ケイ素系セラミックスとの熱膨張率の差により、焼結時に割れが発生する可能性が高くなる。複合層3における窒化硼素の配合比率が50重量%以下であれば、強度において問題がなく、焼結時の割れも発生しにくいため、窒化硼素の重量比率は50重量%以下であることが好ましい。
【0055】
複合層3は、後述する製造方法により従来よりも厚く形成されており、具体的には0.5mmより厚い。これにより、多少磨耗したとしても複合層3がなくなることがなく、耐用年数を長期化することができる。なお、複合層3の厚みは、0.5mmより大きいことが好ましく、より好ましくは0.8mm以上、さらに好ましくは1.0mm以上である。
【0056】
なお、上述したように窒化硼素は母材セラミックスよりも強度が低いため、複合層3における窒化硼素の重量比率Aが小さいほど複合層3の厚みを厚くすることができる。つまり、複合層3における窒化硼素の重量比率Aの大きさに反比例して、複合層3の厚みの上限値Dmaxを設定すればよい。具体的には、Dmaxは、α×(1/A) (αは基体部2の形状等を考慮して設定される定数) で設定することができる。
【0057】
ここで、基体部2が図1に示されるように中空円筒形状であり、その表面に複合層3を形成する場合、複合層3の曲率半径が大きいほど強度が高くなる傾向にある。そのため、複合層3が形成される基体部2の表面の曲率半径をRとしたとき、αがRに比例した値に設定することができる。
【0058】
なお、図1では、基体部2の形状を中空円筒形状としたが、基体部2の形状はこれに限定されない。例えば、熱電対保護管やヒータ保護管である場合には、有底中空円筒形状となる。また、箱状や皿状、板状であってもよい。
【0059】
(第1の製造方法)
次に、本実施形態に係る溶融金属用セラミックス部材の第1の製造方法について説明する。図2は、第1の製造方法の各工程の流れを示すフローチャートである。なお、以下では、基体部2を構成する母材セラミックスを窒化ケイ素系セラミックスとし、低濡れ性材料を窒化硼素として説明する。また、中空円筒形状の溶融金属用セラミックス部材を製造する場合を例として説明する。
【0060】
<S(STEP)1:原料秤量工程>
まず、基体部2及び複合層3の各々を構成するセラミックスの原料を秤量する。基体部2については、窒化ケイ素系セラミックスの原料となる、窒化ケイ素、Yなどの焼結助剤等の粉末を所定比になるように秤量する。一方、複合層3については、低濡れ性材料である窒化硼素と、窒化ケイ素系セラミックスの原料となる窒化ケイ素、Yなどの焼結助剤等との原料粉末を所定比になるように秤量する。窒化硼素の粒子は主として凝集粒であり、その粒径は例えば5〜20μmである。
【0061】
<S2:混合粉砕工程>
次に、基体部2及び複合層3の各々の原料について、S1の原料秤量工程で得られた粉末を混合粉砕する。混合粉砕の方法としては、各種の乾式粉砕機、湿式粉砕機を用いればよい。これにより、基体部2を構成する母材セラミックスの原料粉末と、複合層3を構成するセラミックスの混合粉末とのそれぞれを得ることができる。
【0062】
<S3:造粒工程>
続いて、基体部2及び複合層3の各々について、S2で得られた粉末を顆粒状に造粒する。この際、粉末を顆粒状にするために、バインダー樹脂を添加する。造粒の方法としては、例えば、スプレードライヤーを用いることができる。ただし、造粒方法はこれに限定されるものではなく、公知の技術を用いることができる。
【0063】
<S4:第1の型充填工程>
加圧成形用の成形型の中に、S3で得られた、基体部2を構成する母材セラミックスの原料粉末の造粒物を充填する。
【0064】
図3の(a)は、母材セラミックスの原料粉末の造粒物21が充填された成形型の一例を示す断面図である。図3の(a)に示す例では、成形型は、中空円筒形状を有するゴム型(中空円筒形状型、成形型)11と、ゴム型11と軸心が一致するように配置された円柱形状の芯金(成形型)12と、ゴム型11の一方の開口端面に取り付けられた金型13と、ゴム型11の他方の開口端面に取り付けられたゴム蓋14とを有している。そして、成形型の内部の中空円筒形状の空間に、母材セラミックスの原料粉末の造粒物21が充填されている。
【0065】
なお、ここでは、中空円筒形状型としてゴム型11を用いる場合を例として説明するが、中空円筒形状型の材質はゴムに限定されるものではなく、弾性体であればよい。
【0066】
<S5:第1の加圧成形工程>
次に、母材セラミックスの原料粉末の造粒物21が充填された成形型に圧力を加え、母材セラミックスの原料粉末を成形する。
【0067】
例えば、図3に示す例では、冷間静水等方圧プレス(CIP)により加圧することで、母材セラミックスの原料粉末の造粒物21を成形することができる。CIPを用いた場合、高い圧力の均一な作用により、均一な密度を有する圧粉体(第1成形体)22を形成することができる。なお、CIPを用いた場合、例えば、圧力 約50〜150MPa,保持時間 約10〜60秒で成形することができる。
【0068】
なお、一軸プレス成形法を用いて加圧成形してもよい。
【0069】
<S6:第1の表面加工工程>
母材セラミックスの原料粉末の造粒物21を加圧成形して得られた圧粉体22を成形型から取り出し、所定の寸法になるように表面加工を行う。特に、図3の(a)に示すようなゴム型11を用いてCIPによる加圧成形を行った場合、ゴム型11と接していた表面に凹凸ができる。図3の(b)は、図3の(a)に示す成形型から取り出した圧粉体22を示す断面図である。図示されるように、ゴム型11と接していた外周面に凹凸があることがわかる。そこで、所定の寸法になるように、外周面を平滑化する表面加工を行う。具体的には、旋盤等を用いて表面を切削すればよい。
【0070】
なお、ゴム型を用いず、金型だけを用いた一軸プレス成形法を用いる場合、S6の表面加工工程を省略してもよい。
【0071】
<S7:第2の型充填工程>
S6の工程により得られた圧粉体22を再度成形型の中に配置する。そして、圧粉体22と成形型との隙間に、S3で得られた、複合層3を構成するセラミックス原料の混合粉末の造粒物を充填する。
【0072】
例えば、図3の(a)と同じ成形型を用いる場合、図3の(d)に示されるように、圧粉体22の外周面と、ゴム型11との間に隙間が形成されるため、低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末の造粒物をこの隙間に充填すればよい。
【0073】
また、図4(a)に示すように、第1の加圧成形工程で用いた芯金12の代わりに、当該芯金12よりも外径の小さい芯金12’を用いてもよい。これにより、圧粉体22の内周面と芯金12’との間にも隙間が形成されるため、この隙間にも低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末の造粒物31を充填させることができる。なお、この場合、圧粉体22と芯金12’との軸心が一致するように圧粉体22を成形型の中に配置する。
【0074】
<S8:第2の加圧成形工程>
そして、再度成形型に圧力を加え成形する。これにより、母材セラミックスの原料粉末の圧粉体22の表面の少なくとも一部の領域の上に、低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末が加圧成形された圧粉層32が接合された成形体を作製することができる。
【0075】
例えば、図4に示す例では、CIPにより加圧することで成形することができる。図4の(a)に示す成形型を用いた場合、母材セラミックスの原料粉末からなる、中空円筒形状の圧粉体22の外周面及び内周面に、低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末の圧粉層32が接合された成形体(第2成形体)を得ることができる。
【0076】
また、図3の(d)に示す成形型を用いた場合、中空円筒形状の圧粉体22の外周面に、低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末の圧粉層32が接合された成形体を得ることができる。
【0077】
CIPを用いた場合、例えば、圧力 約50〜150MPa ,保持時間 約10〜60秒で成形することができる。
【0078】
なお、第2の加圧成形工程における圧力P2は、第1の加圧成形工程における圧力P1と同じであってもよいし、圧力P1よりも大きくてもよい。
【0079】
圧力P2を圧力P1よりも大きな値に設定する場合、第1の加圧成形で得られた圧粉体22は、第2の加圧成形時においてさらに収縮することになる。そのため、第2の加圧成形工程において、低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末の一部が第1の加圧成形で得られた圧粉体22に侵入し、圧粉体22との接合性をより向上させることができる。
【0080】
例えば、窒化ケイ素系セラミックスの原料粉末をCIPにより加圧成形する場合、成形圧が80MPaのとき成形体の相対密度が約57.0%、成形圧が100MPaのとき成形体の相対密度が約58.5%、成形圧が150MPaのとき成形体の相対密度が約60.0%と、成形圧が上がるにつれ成形体の密度も上がることが確認されている。そのため、例えば、圧力P1を80MPaとし、圧力P2を例えば100MPaと設定すればよい。
【0081】
また、図4の(a)に示す例のように、第1の加圧成形工程で得られた中空円筒形状の圧粉体22の内周面と芯金12’との間にも、低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末を充填させている場合も、圧力P2を圧力P1よりも大きな値に設定することが好ましい。これにより、第2の加圧成形工程において、第1の加圧成形工程で得られた圧粉体22の内周面と芯金12との間に充填された混合粉末にも圧力が適切に加わり、成形することができる。
【0082】
<S9:第2の表面加工工程>
第2の加圧成形工程を終えると、成形型から成形体を取り出し、再度所定の寸法になるように表面加工を行う。上述したように、CIPによる加圧成形を行った場合、ゴム型11と接していた表面に凹凸ができるため、表面を平滑化するために表面加工を行う。これにより、図4の(b)で示されるように、母材セラミックスの原料粉末の圧粉体22と、圧粉体22の表面の少なくとも一部の領域の上に形成された、低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末の圧粉層32とが一体となり、所望の形状を有する成形体を得ることができる。
【0083】
なお、ゴム型11を用いず、金型だけを用いた一軸プレス成形法を用いる場合、成形型から取り出した成形体の表面は平滑であるため、S9の表面加工工程を省略してもよい。
【0084】
<S10:焼成工程>
S9で得られた成形体を焼結させる。具体的には、まず最初に、S3の造粒工程で添加したバインダー樹脂を除去するために、焼結温度よりも低い温度で脱脂焼成を行い、その後に、成形体を焼結させるための本焼成を行う。本焼成では、常圧焼結法を適用し、非酸化性雰囲気において、温度 約1600〜1800℃に適当時間(例えば、約1〜3Hr)保持すればよい。そして、最後に、焼成工程により得られた焼成品のばり等を除去する加工を行うことで、溶融金属用セラミックス部材の製造が完了する。
【0085】
図4の(c)は、焼結後の製品を示す図である。図4の(b)及び(c)に示されるように、母材セラミックスの原料粉末の圧粉体22が焼結することで形成された基体部2と、低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末の圧粉層32が焼結することで形成された複合層3とが一体化された溶融金属用セラミックス部材1が完成される。
【0086】
(第2の製造方法)
次に、本発明の別の実施形態に係る溶融金属用セラミックス部材の第2の製造方法について説明する。図5は、第2の製造方法の各工程の流れを示すフローチャートである。なお、説明の便宜上、第1の製造方法にて説明した図面と同じ工程については、同じ符号を付記し、その説明を省略する。
【0087】
図5に示されるように、第2の製造方法は、第2の型充填工程、第2の加圧成形工程、及び第2の表面加工工程を複数回(N回、Nは2以上の整数)繰り返す点で第1の製造方法と異なる。なお、第2の型充填工程、第2の加圧成形工程、及び第2の表面加工工程は、低濡れ性材料を圧粉体22の表面上に成形する低濡れ性材料成形処理である。
【0088】
第2の製造方法では、1回目の第2の型充填工程〜第2の表面加工工程(第2成形工程)は、第1の表面加工工程で得られた圧粉体(第1成形体)22を成形対象として行う。一方、2回目以降の第2の型充填工程〜第2の表面加工工程(第3成形工程)は、前回の第2の表面加工工程で得られた中間成形体を成形対象として行う。これにより、N層の複合層3を積層させることができる。なお、以下では、基体部2に近い順に1〜N層目の複合層と呼ぶ。すなわち、基体部2に最も近い複合層を1層目の複合層と呼び、n層目の複合層の上であり、基体部2と反対側に形成された複合層を(n+1)層目の複合層と呼ぶ。
【0089】
図6は、第2の製造方法により製造された溶融金属用セラミックス部材1の一例を示す斜視図である。図6は、2層の複合層3を積層した例であり、1層目の複合層3−1と、2層目の複合層3−2とを有している。
【0090】
本製造方法では、n回目の第2の型充填工程で充填する、低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末における低濡れ性材料の重量比率を、(n−1)回目の第2の型充填工程で充填する混合粉末における低濡れ性材料の重量比率よりも大きくする。例えば、2層の複合層3を積層させる場合、1回目の第2の型充填工程での低濡れ性材料の重量比率を5重量%とし、2回目の第2の型充填工程での低濡れ性材料の重量比率を10重量%とする。これにより、1層目の複合層3での低濡れ性材料の重量比率を小さくし、基体部2から離れる方向に沿って順に低濡れ性材料の重量比率を大きくすることができる。
【0091】
母材セラミックスと低濡れ性材料とは、その組成の違いにより、焼結時の収縮率や焼結後における熱膨張率に差がある。焼結時の収縮率の差が大きい場合には、焼結工程において基体部2と複合層3との界面において割れが発生する可能性がある。また、熱膨張率の差が大きい場合には、基体部2と複合層3との界面に比較的大きな熱応力が加わり、溶融金属用セラミックス部材の耐用年数が短くなる可能性がある。
【0092】
しかしながら、本製造方法によれば、複数(N層)の複合層3を形成し、基体部2から離れるに従って、各複合層3における低濡れ性材料の重量比率を徐々に大きくすることができる。そのため、母材セラミックスと低濡れ性材料との焼結時の収縮率や熱膨張率の差が大きい場合であっても、基体部2と1層目の複合層3との焼結時の収縮率や焼結後における熱膨張率の差を小さくすることができる。また、n層目の複合層3と(n+1)層目の複合層3との焼結時の収縮率や焼結後における熱膨張率の差も小さくすることができる。その結果、基体部2と1層目の複合層3との界面、及び、隣接する複合層3間の界面において、焼結時の収縮率に起因する応力、及び、熱膨張率の差に起因した応力を緩和することができ、溶融金属用セラミックス部材の品質を向上させることができる。
【0093】
(第3の製造方法)
次に、本発明のさらに別の実施形態に係る溶融金属用セラミックス部材の第3の製造方法について説明する。図7は、第3の製造方法の各工程の流れを示すフローチャートである。なお、説明の便宜上、第1の製造方法にて説明した図面と同じ工程については、同じ符号を付記し、その説明を省略する。
【0094】
上記の第1の製造方法では、中空円筒形状であり、その内周面に複合層が形成された溶融金属用セラミックス部材を作製する場合、図3の(a)及び図4の(a)に示すように、第2の加圧成形工程で用いる成形型の芯金12’の径を、第1の加圧成形工程で用いる成形型の芯金12の径よりも小さくした。そのため、芯金を2つ用意する必要があり、コストが高くなる。
【0095】
このような中空円筒形状であり内周面及び外周面のいずれも溶融金属と接触する溶融金属用セラミックス部材としては、低圧鋳造装置における給湯管路を構成するストークがある。溶融金属が貯蔵された容器に対してストークを脱着する作業時に、ストークの外周面が他の部材と擦れることが考えられる。そのため、外周面は、内周面よりも磨耗しやすく、厚い複合層を形成することが望まれる。
【0096】
そこで、第3の製造方法では、内周面については特許文献3に記載の技術を用いて複合層3を形成し、外周面については別の方法を用いて複合層3を形成する。これにより、耐摩耗性が要求される外周面に厚い複合層3を形成することができる。以下、図7を参照しながら第3の製造方法について説明する。なお、図7に示されるように、第3の製造方法は、スラリー調合工程(S12)及び塗膜形成工程(S13)を有する点で第1の製造方法と異なるため、この点を主に説明する。
【0097】
<S12:スラリー調合工程>
本製造方法では、S3の造粒工程とは別に、内周面側の複合層3を形成するために、低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末を含むスラリーを作製するスラリー調合工程を行う。このスラリーの作製方法は次の2つに大別される。1つは、母材セラミックスの原料粉末(主として造粒物)と低濡れ性材料の粉末とを、所望の配合割合で、分散媒に混合懸濁することでスラリーを作製する方法である。この場合、S3で作製した母材セラミックスの原料粉末の造粒物21を用いることができる。他の1つは、S3と同様の方法で作製した、母材セラミックスの原料粉末と低濡れ性材料の粉末とを所望の配合割合で混合した混合粉末の造粒物31を作製し、これを分散媒に懸濁することでスラリーを作製する方法である。なお、スラリーはエチルアルコール等を分散媒とし、塗布に適した濃度(例えば、固形分10〜40%)に調整すればよい。
【0098】
例えば、母材セラミックスとして窒化ケイ素系セラミックス(焼結助剤成分10重量部含む)の粉末100重量部に対し、低濡れ性材料として窒化硼素の粉末(平均粒径:6μm)20重量部を混合し、さらにエチルアルコール130重量部を加えてスラリーとする(固形分濃度:48%)。
【0099】
<S13:塗膜形成工程>
次に、図8の(a)で示されるように、S12で作製したスラリーを、スプレーまたは刷毛塗り等で、型部材の芯金(円柱形状芯金)12の表面に塗布することにより、低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末を含む混合塗膜34を形成する。なお、S12で作製したスラリーを芯金12の上部から芯金表面に流し塗布することで混合塗膜34を形成してもよい。その塗膜厚さは、例えば200〜500μmである。
【0100】
<S4以降の工程について>
その後、図8の(b)及び(c)に示されるように、ゴム型(中空円筒形状型)11を設置し、母材セラミックスの原料粉末の造粒物21を成形型の中に充填してから、ゴム蓋14により密閉する(S4)。そして、S5の第1の加圧成形工程を行う。なお、混合塗膜34が形成された成形型内への母材セラミックスの造粒物21の充填及び加圧成形は、その混合塗膜34が湿潤状態を有している間に行うことが望ましい。これにより、母材セラミックスの原料粉末の造粒物21を成形型の中に充填する際に、混合塗膜34が剥がれて落ちることを防止できる。また、混合塗膜34と母材セラミックスの原料粉末の造粒物21との接合性を高めることができる。
【0101】
このように低濡れ性材料と母材セラミックスとの混合塗膜34を型部材に塗布して母材セラミックス粉末の加圧成形を行う場合は、その混合塗膜34は、成形型内に充填された母材セラミックス粉末とのなじみが良く、加圧成形により混合塗膜34と成形型内の母材セラミックス粉末とが一体化し、その混合塗膜34は、得られる成形体の表面層となる。
【0102】
このようにして、第1の加圧成形工程(S5)を行うことにより、図8の(d)に示されるように、母材セラミックスの原料粉末が加圧成形された、中空円筒形状の圧粉体22と、圧粉体22の内周面に形成された、混合塗膜34が加圧成形された圧粉層35とが一体化された成形体(第1成形体)を得る。
【0103】
その後、図8の(e)に示されるように、第1の表面加工工程(S6)を行うことで、所定寸法の圧粉体22を形成する。そして、第1の製造方法と同様に、第2の型充填工程(S7)を行う。図8の(f)は、第2の型充填工程における成形型の断面を示す図である。図示されるように、混合塗膜34が加圧成形された圧粉層35を内周面上に有する圧粉体22の外周面と成形型との間に、低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末の造粒物31が充填される。これをCIPによる第2の加圧成形工程(S8)及び第2の表面加工工程(S9)を行うことで、図8の(g)に示されるように、圧粉体22と、圧粉体22の外周面上に形成された、低濡れ性材料と母材セラミックスの原料との混合粉末の圧粉層32とが一体となった成形体(第2成形体)を得ることができる。そして、焼結工程を経ることで、図8の(h)に示されるように、中空円筒形状の基体部2と、その内周面を被覆する複合層3と、その外周面を被覆する複合層3とを有する溶融金属用セラミックス部材1を製造することができる。
【0104】
本製造方法によれば、外周面に形成される複合層3は、圧粉体22と成形型との間に充填された造粒物31を加圧成形することにより得られるため、厚くすることができる。その結果、他の部材との接触による磨耗があっても耐用年数を長くすることができる。
【0105】
<適用例>
上記第1から第3の製造方法で製造された溶融金属用セラミックス部材1は様々な用途で使用される。例えば、低圧鋳造装置において、溶融金属るつぼから溶融金属(代表的にはアルミ溶湯)を排出するための給湯管路を構成するストークである。すなわち、アルミ溶湯が貯蔵された容器内に挿入され、容器内の気圧を高めることにより当該容器内のアルミ溶湯を外部に送るための給湯管として用いることができる。この場合、内周面及び外周面の両方が溶融金属と接触する。ただし、上述したように外周面は内周面よりも耐摩耗性が要求される。そのため、少なくとも、外周面上の複合層3は、低濡れ性材料及び母材セラミックスの原料の混合粉末と、焼結することで基体部2となる圧粉体22とを加圧成形することにより形成されることが好ましい。
【0106】
その他、溶融金属の温度を測定するための熱電対を保護する熱電対保護管や、溶融金属に熱を供給するためのヒータを保護するヒータ保護管(ヒータチューブ)にも適用することができる。さらに、溶融金属が貯蔵された容器内に挿入され、溶融金属中に不活性ガスを供給し、溶融金属中の微細気泡等を取り除くための脱ガス用シャフト(パイプ)としても適用することができる。
【0107】
なお、ストークやヒータ保護管に比べ、熱電対保護管や脱ガス用シャフトは、使用中に加わる機械的及び熱的な繰り返し応力が相対的に小さい。そのため、熱電対保護管や脱ガス用シャフトにおける複合層3の厚みの上限値は、ストークやヒータ保護管における複合層3の厚みの上限値よりも大きく(例えば2倍)設定することができる。
【0108】
例えば、ストークやヒータ保護管として中空円筒形状の本実施形態の溶融金属用セラミックス部材1を用いる場合、複合層3が形成される基体部2の表面の径をRmm、複合層3における窒化硼素の重量比率をA重量%とした場合、当該複合層3の厚みを、R/Amm以下にすることが好ましい。一方、熱電対保護管や脱ガス用シャフトとして中空円筒形状の本実施形態の溶融金属用セラミックス部材1を用いる場合、複合層3の厚みを、2×R/Amm以下にすることが好ましい。
【実施例】
【0109】
上記の第1の製造方法により製造した溶融金属用セラミックス部材の実施例について説明する。
【0110】
<実施例1>
(1)原料秤量工程〜(2)混合粉砕工程〜(3)造粒工程
基体部2となる母材セラミックスの原料粉末の造粒物21として、以下のようなものを作製した。
【0111】
原料:窒化ケイ素系セラミックス KN−101(株式会社クボタ製)
造粒物の平均粒径:約70μm
また、複合層3となる混合粉末の造粒物31として、以下のようなものを作製した。
【0112】
混合粉末:窒化硼素粉末(平均粒径:6μm)20重量%、窒化ケイ素系セラミックス(焼結助剤10重量%を含む)80重量%
造粒物の平均粒径:約50μm(スプレードライヤーで造粒)。
【0113】
(4)第1の型充填工程〜(5)第1の加圧成形工程
図3に示す成形型を使用した。なお、芯金12の外径は96mmである。成形型の中に、基体部2を構成する母材セラミックスの原料粉末の造粒粉21を充填し、CIPにより加圧成形を行った。
【0114】
圧力:100MPa、保持時間:30秒。
【0115】
(6)表面加工工程
旋盤により、フランジ部以外の外径が120mmになるように、圧粉体22の外周面の切削加工を行った。
【0116】
(7)第2の型充填工程〜(8)第2の加圧成形工程
図4に示す成形型を使用した。なお、外径が92mmの芯金12’を用いた。成形型の中に、表面加工工程後の圧粉体22を、芯金12’と軸心が一致するように配置し、成形型と圧粉体22との間の隙間に、複合層3となる混合粉末の造粒粉31を充填させた。その後、CIPにより加圧成形を行った。
【0117】
圧力:120MPa、保持時間:30秒。
【0118】
(9)表面加工工程
旋盤により、外径が124mmになるように、成形体の外周面の切削加工を行った。
【0119】
(10)焼成工程
雰囲気ガス:窒素ガス
温度:1750℃、時間:2Hr。
【0120】
上記の工程を経ることにより、図9に示すような、基体部2の外周面の一部及び内周面に複合層3を有する低圧鋳造用ストークを実施例1として製造した。実施例1の低圧鋳造用ストークは、基体部2の厚みが10mm、複合層3の厚みが1.5mmであった。また、基体部2の相対密度が99%、複合層3の相対密度が72%であった。
【0121】
<実施例2>
第2の型充填工程において外径96mmの芯金12を用い、第2の加圧成形工程における圧力を100MPaとした点以外の条件を実施例1と同じとし、実施例2を作製した。すなわち、第1の型充填工程と第1の型充填工程において、同じ外径の芯金12を用いているため、内周面には複合層を形成していない。
【0122】
図10は、実施例2の溶融金属用セラミックス部材1の外観写真を示す図である。また、図11は、複合層3と基体部2との界面付近を拡大した写真を示す図である。図示されるように、約2mmの複合層が外周面に形成されていることが確認された。また、複合層3と基体部2との界面において割れがなく、接合性においても問題ないことが確認された。
【0123】
次に、実施例2の断片を試験片として、溶融金属の付着試験を行った。付着試験は、下記の溶融金属浴に、試験片を垂直の向きに浴中に3分間浸漬した後、浴上に引上げ、3分後再び浴中に浸漬(反復回数:260回)させた。
【0124】
溶融金属浴:アルミ合金(JIS H5202 AC−4B)
浴温:720℃。
【0125】
図12の上部は、浸漬直後の試験片の複合層3上の様子を示す図である。図示されるように、アルミニウムが剥離しかけていることがわかる。その後、図12の下部のように、アルミニウムが全て剥離し、複合層3の表面にはアルミニウムが全く付着されていないことが確認された。このように、付着防止効果が優れていることがわかった。
【0126】
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。すなわち、請求項に示した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0127】
本発明は、溶融金属と接触環境下で使用される、溶融金属の給湯配管であるストーク、熱電対保護管、ヒータ保護管、脱ガス用シャフトなどの用途に適用することができる。
【符号の説明】
【0128】
1 溶融金属用セラミックス部材
2 基体部
3 複合層
11 ゴム型(中空円筒形状型、成形型)
12・12’ 芯金(成形型)
13 金型
14 ゴム蓋
21 造粒物
22 圧粉体
31 造粒物
32 圧粉層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融金属と接触する溶融金属用セラミックス部材の製造方法であって、
母材セラミックスの原料粉末を加圧成形することにより第1成形体を作製する第1成形工程と、
上記第1成形体の表面の少なくとも一部の領域と成形型との間に、上記溶融金属に対する濡れ性が上記母材セラミックスよりも低い材料である低濡れ性材料の粉末と上記母材セラミックスの原料粉末との混合粉末を充填させ、加圧成形することにより第2成形体を作製する第2成形工程と、
上記第2成形体を焼結する焼結工程と、を含むことを特徴とする溶融金属用セラミックス部材の製造方法。
【請求項2】
溶融金属と接触する溶融金属用セラミックス部材の製造方法であって、
母材セラミックスの原料粉末を加圧成形することにより第1成形体を作製する第1成形工程と、
上記第1成形体を成形対象とし、当該成形対象の表面の少なくとも一部の領域と成形型との間に、上記溶融金属に対する濡れ性が上記母材セラミックスよりも低い材料である低濡れ性材料の粉末と上記母材セラミックスの原料粉末との混合粉末を充填させ、加圧成形することで中間成形体を作製する低濡れ性材料成形処理を行う第2成形工程と、
上記中間成形体を成形対象として上記低濡れ性材料成形処理を少なくとも1回行うことにより第2成形体を作製する第3成形工程と、
上記第2成形体を焼結する焼結工程と、を含み、
複数回の上記低濡れ性材料成形処理の各々において、上記混合粉末における低濡れ性材料の重量比率を、前回の低濡れ性材料成形処理で用いた混合粉末における低濡れ性材料の重量比率よりも大きくすることを特徴とする溶融金属用セラミックス部材の製造方法。
【請求項3】
溶融金属と接触し、中空円筒形状の溶融金属用セラミックス部材の製造方法であって、
円柱形状芯金の外周面に、母材セラミックスの原料粉末と、上記溶融金属に対する濡れ性が上記母材セラミックスよりも低い材料である低濡れ性材料の粉末との混合粉末の塗膜を形成する塗膜形成工程と、
上記円柱形状芯金と、当該円柱形状芯金と軸心が一致する、弾性体からなる中空円筒形状型とを有する成形型の中に、上記母材セラミックスの原料粉末を充填し、冷間静水等方圧プレスにより加圧成形することにより第1成形体を作製する第1成形工程と、
上記第1成形体を上記成形型の中に再度配置する配置工程と、
上記第1成形体と上記中空円筒形状型との間に上記混合粉末を充填し、冷間静水等方圧プレスにより加圧成形することにより第2成形体を作製する第2成形工程と、
上記第2成形体を焼結する焼結工程と、を含むことを特徴とする溶融金属用セラミックス部材の製造方法。
【請求項4】
上記第2成形工程における加圧成形の圧力P2は、上記第1成形工程における加圧成形の圧力P1以上であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の溶融金属用セラミックス部材の製造方法。
【請求項5】
上記母材セラミックスが窒化ケイ素系セラミックスであり、上記低濡れ性材料が窒化ホウ素であり、
上記混合粉末に対する上記低濡れ性材料の重量比率が5〜50重量%であることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の溶融金属用セラミックス部材の製造方法。
【請求項6】
上記第1成形工程及び第2成形工程における加圧成形は、冷間静水等方圧プレスによる成形であることを特徴とする請求項1、2、4、及び5の何れか1項に記載の溶融金属用セラミックス部材の製造方法。
【請求項7】
上記第1成形工程において、加圧成形により得られた圧粉体の表面を削ることにより、所定寸法の上記第1成形体を作製することを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載の溶融金属用セラミックス部材の製造方法。
【請求項8】
溶融金属と接触する溶融金属用セラミックス部材であって、
母材セラミックスの原料粉末を加圧成形することにより得られた圧粉体を焼結させた基体部と、
上記基体部の表面の少なくとも一部の領域の上に形成された、上記溶融金属に対する濡れ性が上記母材セラミックスよりも低い材料である低濡れ性材料と上記母材セラミックスとを含む複合層とを備え、
上記複合層は、上記低濡れ性材料の粉末及び上記母材セラミックスの原料粉末の混合粉末と上記圧粉体とを加圧成形することにより形成された上記混合粉末の圧粉層を焼結することにより形成されることを特徴とする溶融金属用セラミックス部材。
【請求項9】
アルミ溶湯と接触する溶融金属用セラミックス部材であって、
窒化ケイ素系セラミックスで形成された中空円筒形状の基体部と、
上記基体部の表面のうちの上記アルミ溶湯と接触する部位の少なくとも一部の領域の上に形成された、窒化ケイ素系セラミックスと窒化ホウ素とを含む複合層とを備え、
上記複合層の厚みが0.5mmより大きいことを特徴とする溶融金属用セラミックス部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図13】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−168424(P2011−168424A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−32279(P2010−32279)
【出願日】平成22年2月17日(2010.2.17)
【出願人】(000001052)株式会社クボタ (4,415)
【Fターム(参考)】