説明

漆を主成分とする接着剤

【課題】ウルシオールとアミノ基の反応のメカニズムに基づき、硬化反応や接着強度に関わらない化合物や分子構造を排除すると共に、適切な分子量に調製されている天然物を原料とした化合物を選択し、調製がし易く、取り扱いが容易で、保存性に優れ、接着効果の高い漆を主成分とする接着剤を提供するものである。
【解決手段】5〜50重量%のカゼインまたはコラーゲンペプチド水溶液に、同重量の1〜2倍の漆液を混合したことを特徴とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、漆および同様の機構で固化する漆類似化合物と、カゼイン類またはコラーゲンペプチドとを調製、混合して得られる漆を主成分とする接着剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
漆液はウルシノキから採取した樹液からつくられるもので、主成分はウルシオールやこれと一部構造の異なったウルシオール類似物であり、その他の成分としてはゴム質、含窒素化合物、酵素、水があり、その種類は産地によって異なる。
【0003】
漆液は古来より塗料をはじめとしていろいろなものに利用されてきた。そのため伝統的な添加剤としては亜麻仁油、荏ノ油、桐油、卵白、膠などが使われ、特に接着効果を目的とする場合は上新粉、飯米、小麦粉や膠を加えて使用されているのが一般的である。
【0004】
例えば陶磁器などの美術品や文化財等の修復をする際の方法の1つとして、漆を使った「金継ぎ」がある。この方法に従来から使用されているのは、小麦粉の麦漆、飯粒の糊漆などがある。漆液と混合する添加物は長い経験から選択されたもので、天然物原料からの加工の程度や、精製度合いが低いために、特に保存性が悪く調製してすぐに使用しないと腐敗等による強度の低下を生じたり、そもそも漆液への混合や溶解そのものが難しく取扱いが難しかったりという問題があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記問題を改善し、ウルシオールとアミノ基の反応のメカニズムに基づき、硬化反応や接着強度に関わらない化合物や分子構造を排除すると共に、適切な分子量に調製されている天然物を原料とした化合物を選択し、調製がし易く、取り扱いが容易で、保存性に優れ、接着効果の高い漆を主成分とする接着剤を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の請求項1記載の漆を主成分とする接着剤は、5〜50重量%のカゼインまたはコラーゲンペプチド水溶液を、同重量の1〜2倍の漆液に混合したことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る請求項1記載の漆を主成分とする接着剤によれば、漆液への添加剤として、カゼインまたはコラーゲンペプチドの天然物由来の化合物を選択し、有効に働くように調製することで、人体に対する有害性や廃棄等による環境負荷も少なく、漆液への溶解性を上げて大がかりな製造設備も不要で、調製や取り扱いが容易であり、保存性に優れ、硬化後は成分の溶出や表面への湧き出しがなく接着効果の高い漆を主成分とする接着剤を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下本発明の実施の一形態を詳細に説明する。本発明で用いるカゼインは、タンパク質としての精製が進んでおり、余分な成分が取り除かれ、分子量が数万以下と調製されている上に取り扱いやすい粒子構造を持っている。さらに本発明ではタンパク質を分子量が数千に小さく調製したコラーゲンペプチドも使用することができる。
【0009】
漆の硬化反応を阻害せず進行させるには、ウルシオールに対して活性なアミノ基が、分子構造上でその近傍に立体的な障害なく分子末端に持つことで達成される。これは、アミノ基がウルシオールと良好に反応するために必要であることによる。基本的にタンパク質は分子中に点在してこの構造を持っている。
【0010】
また天然物由来の化合物を利用する時の不具合を解決するには、反応に有効な分子構造を持つものに限定して利用することで達成される。小麦粉や膠の利用で問題となるのは、含まれるタンパク質以外の成分の存在、含まれるタンパク質自体が反応に関わらない官能基を多く持ち過ぎることや大きすぎる分子量等によるものである。このような条件を満たす化合物として、本発明ではカゼインとコラーゲンペプチドに限定した。
【0011】
このカゼインを使用するに当たって、カゼインは水や有機溶媒に不溶であるため溶解処理を行う必要がある。それにはアンモニア水を用いて溶解するのが最も良い。アンモニアは余剰分が揮発する残留成分がなく、最も効果的に化学反応をさせることができる。
【0012】
また水酸化アンモニウム、ホウ砂、リン酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、炭酸ナトリウム等のアルカリ塩を用いて溶解する方法や、消石灰とナトリウム塩を併用する方法は、残留するイオンにより漆の硬化反応が阻害される場合があるので注意が必要である。また中和に水酸化ナトリウムを用いる場合は、カゼイン自体を強く加水分解する場合があるので注意が必要である。
【0013】
また既製のカゼインナトリウム等の易溶処理したカゼインを利用してもよいが、製造段階の中和の履歴があるため同様な注意が必要である。また尿素、チオ尿素、ソーダ灰などのアミド化合物を用いる場合は、アミド化合物自体が漆の硬化反応を阻害する場合があるので注意が必要である。
【0014】
また漆液については、生漆をクロメ、ナヤシ等をすることにより含有成分の均質化を行う必要がある。
【0015】
このようにして得られた5〜50重量%のカゼインまたはコラーゲンペプチド水溶液を、同重量の1〜2倍の漆液に加え、常温で均一になるように混ぜ合わせることにより、粘調な褐色液体が得られる。漆液の主成分であるウルシオールとカゼインとの反応機構は化1に示すようになる。
【0016】
【化1】




【0017】
一般的なカゼインの分子量は23000程度で、1分子中に約200個のアミノ基を有するとされている。漆の主成分であるウルシオールが、これと当量で反応するとすれば理論的には対200モルが必要となるが、実際はこれよりも少ない量で調製する。
【0018】
これはカゼインが粒子状の分子構造を持ち、当座、外側に向いている反応に関与できるアミノ基の数に限りがあること、また漆液およびカゼインに含まれる反応に関与しない成分の反応阻害があること、さらにカゼインを十分に溶かすだけのアンモニア水の量が必要なことなどの化学反応的な要因や、接着剤として扱うのに適当な粘度範囲などの作業的な要因を考慮して、上記配合割合に規定した。
【0019】
本発明において、カゼインまたはコラーゲンペプチド水溶液の濃度が5重量%未満では、相対的に漆の割合が多くなり、漆単独の場合のように接着強度が低く、また50重量%を超えるとペースト状になって浸透性が悪くなり接着面の隙間に浸透しにくくなるからである。またカゼインまたはコラーゲンペプチド水溶液に添加する漆液が、カゼインまたはコラーゲンペプチド水溶液の重量の1倍未満であると、相対的に漆の割合が少なくなり接着性が低下し、また2倍を超えると、相対的に漆の割合が多くなり接着強度が漆単独の場合と同様になるからである。
【0020】
また使用方法では、接着面に漆接着剤を塗布した後、そのまま放置しても良く、さらに150〜200℃に加熱することにより高強度の接着が可能である。
【実施例】
【0021】
(実施例1)ミルクカゼイン(工業用)は一般的な性状および平均分子量のものを用いた。このミルクカゼイン10gに、ぬるま湯50mlを加えて撹拌する。これを湯煎して、かき混ぜながら少しずつアンモニア水(25%)を0. 4ml加えていき、溶解する。このカゼイン水溶液を脱気(アンモニア臭除去)しながら放冷する。また使用した漆は中国産の精製漆で、市販の生漆、すぐろめ漆である。製造過程において添加剤などは一切使っていない。次にカゼイン水溶液(約20重量%)3gを、漆液4gに加えて均一になるように混練し、実施例1の接着剤を得た。
【0022】
(実施例2)カゼイン(精製品)は一般品よりも不純物が少なく、操作履歴により平均分子量が若干小さくなっているものを用い、実施例1と同一のアンモニア水と漆液を用い、同一の方法により調整したカゼイン水溶液(約20重量%)3gを、漆液4gに加えて均一になるように混練して実施例2の接着剤を得た。
【0023】
(実施例3)コラーゲンペプチドにアンモニア水を極少量の1〜2滴を加えて溶解した。このコラーゲンペプチド水溶液(約20重量%)3gを、実施例1と同一の方法により漆液4gに加えて均一になるように混練して実施例3の接着剤を得た。
【0024】
次に実施例1の接着剤を代表して、赤外吸収スペクトルを測定した。また比較のために漆の硬化物とカゼイン単独の赤外吸収スペクトルを測定し、その結果を図1に示した。
【0025】
図1の赤外吸収スペクトルから、実施例1のカゼイン漆接着剤のスペクトルには、すぐろめ漆やカゼインのスペクトルにない吸収が現れた。それは、3545cm−1付近のショルダー、1454cm−1付近の大きな吸収、970〜804cm−1付近の細かな吸収である。また、すぐろめ漆にある1685、1440、1070cm−1付近の吸収が低波数側にシフトしたり、強度が減少したりしている。
【0026】
この漆接着剤のスペクトルは、単に漆とカゼインを混合したスペクトルとは異なるもので、アミン、一級アミン塩、アンモニウムイオンなどの存在の可能性を示すものであり、ウルシオールから生成する共役キノン、カテコール、アリール関与のエーテルの増減、周辺官能基からの影響が現れているもので、漆液とカゼインは良好に反応し、複雑な網目構造を取って硬化しているのが確認できる。
【0027】
[接着強度試験]圧縮剪断接着強さは、接着剤を使って2枚のセラミックのテストピースを貼り合わせてJIS K 6852−1994 にもとづく試験方法により行なった。
【0028】
テストピースの接着面に生漆を薄く塗って乾かす。この際、乾燥促進のために130℃で30分程加熱した。次に本発明の接着剤を同面に塗り、接着して2日間乾かした後、硬化不良によるバラツキをなくすために180℃で2時間加熱して焼き締めて完全硬化させ、これを放冷して試験片を得た。試験結果は表1のとおりである。
【比較例】
【0029】
対照サンプルとして、従来から使用されている接着用漆として、小麦粉の麦漆(比較例1)、飯粒の糊漆(比較例2)、水ガラス漆(水ガラス1:漆3)(比較例3)で同様に接着したものを用意し、これを用いてセラミックのテストピースを貼り合わせて、圧縮剪断接着強さを測定した。この試験結果は表1に併記した。
【0030】
【表1】





【0031】
表1の結果から本発明のカゼイン漆接着剤は、圧縮剪断接着強さが6.87[MPa]以上あり、またペプチド漆接着剤も6.30[MPa]あり、従来から使用されている比較例の接着用漆と比較してかなり高い強度を持つことが確認された。また実施例1、2からカゼイン漆接着剤は分子量が大きいほど接着強度が高いと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
また、漆を主成分とすることで、通常の高分子接着剤にはない、薄く、強靱で、堅牢性が高い特徴があることから、電子部品をはじめとする工業用部材やその接着剤としても利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】実施例1の漆接着剤と漆単独および、カゼイン単独の赤外吸収スペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
5〜50重量%のカゼインまたはコラーゲンペプチド水溶液に、同重量の1〜2倍の漆液を混合したことを特徴とする漆を主成分とする接着剤。



【図1】
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