説明

澱粉製造排水の貯蔵方法

【課題】塩酸等の酸を添加することなく澱粉製造排水のpHを低下させ、MAP生成を防止することができる澱粉製造排水の貯蔵方法を提供する。
【解決手段】デンプン製造排水に乳酸菌を添加する。好ましくは、乳酸菌添加後4日目のpHが6.5以下であり、9日目のpHが7.0以下となるように乳酸菌を添加する。澱粉製造排水のpH上昇を抑制し、MAP生成を抑制することができる。これにより、排水処理設備のポンプや配管等にMAPが析出してトラブルが生じることが防止される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は澱粉製造排水を貯蔵する方法に関し、特に馬鈴薯から澱粉を製造する工程から排出される高濃度排水(デカンター排水)の貯蔵に適した方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
馬鈴薯から澱粉を製造する際に排出される排水は、未回収の微細澱粉粒子や破砕した薯滓、析出した蛋白質を主成分とするSSを500〜5000mg/L含み、BODは2000〜30000mg/Lの高濃度排水であり、BOD負荷量は1日当たり数千kg以上に達し、非常に汚濁負荷量の多い排水である。
【0003】
従来の澱粉製造排水の処理方法は、活性汚泥処理に代表される好気性処理のほか、UASB(上向流式嫌気性スラッジブランケット)方式、EGSB方式、流動床方式、固定床方式などに代表される高負荷型嫌気性処理がある(特許文献1)。これらの方法は嫌気性微生物をスラッジブランケット、固定床等に高密度で集積した汚泥に、主として溶解性BODを含む被処理液を高負荷かつ高流速で接触させることにより効率よく有機物を分解する方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−129590
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
デカンター排水は、馬鈴薯に含まれていた蛋白質を含有しており、含有窒素濃度はCODCr濃度の約10%に達し、澱粉製造工程の差にもよるが、全窒素として3000〜5000mg/Lである。この蛋白質態窒素(有機態窒素)の大部分は嫌気性条件下では分解されてアンモニア性窒素に転換する。
【0006】
このように有機態窒素がアンモニア性窒素に転じると、貯蔵槽内のpHが上昇することと相俟って、Mg2++NH+HPO+OH+5HO→MgNHPO・6HOによりMAP(リン酸マグネシウムアンモニウム)が生成し、後段の馬鈴薯澱粉排水処理設備の配管、ポンプ、脱水機等に析出し、トラブルを生じさせる。特に、貯留したデカンター排水を加熱処理してタンパク質を凝固させ分離した残液は、加熱による炭酸ガスの放出でpHが上昇しているため、MAPの生成が著しい。
【0007】
MAP生成を防ぐために、貯蔵槽に塩酸等の酸を添加して槽内のpHをMAPが析出しない領域まで下げることが考えられる。デカンター排水においては、pH7以下、望ましくは6.5以下にすることがMAP抑制の観点から必要となる。熱処理を行う場合は、熱処理後のpHを上記の値以下とする必要がある。しかし、槽内のpHを7以下に調整するには多量の酸を必要とする。また、酸として硫酸を用いた場合は、嫌気条件において硫化水素の発生原因となる。酸が塩酸である場合には、槽や配管等に腐食が生じるおそれもある。
【0008】
本発明は、このような問題点を解決し、塩酸等の酸を添加することなく澱粉製造排水のpHを低下させ、MAP生成を防止することができる澱粉製造排水の貯蔵方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明(請求項1)の澱粉製造排水の貯蔵方法は、デンプン製造排水を槽内に貯蔵する方法において、デンプン製造排水に乳酸菌を添加することを特徴とするものである。
【0010】
請求項2の澱粉製造排水の貯蔵方法は、請求項1において、乳酸菌添加後4日目のpHが6.5以下であり、9日目のpHが7.0以下となるように乳酸菌を添加することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明では、澱粉製造排水に乳酸菌を添加し、澱粉製造排水のpH上昇を抑制し、MAP生成を抑制する。この乳酸菌は、配管や槽を腐食させない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実験結果を示すグラフである。
【図2】実験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
【0014】
本発明で貯蔵対象となる澱粉製造排水は、澱粉を含む植物から澱粉を分離して製造する工程から排出される排水である。このような澱粉製造排水としては、馬鈴薯澱粉製造工程から排出される排水が典型的であるが、くず、その他の植物からの澱粉製造排水であってもよい。馬鈴薯澱粉製造工程から排出される排水としては、BOD30000mg/L付近、有機態窒素4000mg/L付近の高濃度のデカンター排水と、BOD2000mg/L付近、有機態窒素150mg/L付近のハイドロサイクロン排水に大別される。有機態窒素はほとんどが蛋白質であり、デカンター排水に多く含まれている。
【0015】
本発明ではこのうち高濃度のデカンター排水のみを貯蔵してもよく、また両者を混合して貯蔵してもよい。
【0016】
貯蔵槽の大きさは、特に限定されないが、通常は500〜10,000m程度である。澱粉製造排水のHRTは1〜10日程度である。
【0017】
本発明では、この貯蔵槽に乳酸菌を添加する。乳酸菌は培養したものであってもよく、購入したものであってもよい。乳酸菌には種々の種類があるが、いずれのものを用いてもよい。なお、乳酸菌に代えて、又は乳酸菌と共に酪酸菌を用いることも考えられるが、乳酸菌の方が入手が容易である。
【0018】
乳酸菌の添加量は、槽内のpHが添加後4日目で6.5以下であり、かつ9日目で7.0以下であることが満たされるような量であることが好ましい。さらには、加熱処理後のpHが上記の値以下であることが望ましい。このようなpHとするための乳酸菌添加量は、排水の性状や気温、乳酸菌種類によって異なるので、実験的に定めるのが好ましい。
【0019】
乳酸菌添加後に上記のpH上限値を超えそうになったときに、乳酸菌を追加添加するのが好ましい。
【0020】
このようにpHを低くすることにより、MAPが後段の馬鈴薯澱粉排水処理設備の配管、ポンプ、脱水機等に析出することが防止され、MAP析出による閉塞等のトラブルが防止される。
【0021】
なお、乳酸菌の培養槽を別途設けて、培養した乳酸菌をバッチ的または連続的に植種することも有効である。培養のための基質としては、デカンター排液の他、廃糖蜜などの、各種有機物が使用できる。
【0022】
また、操業開始時に乳酸菌の植種を行い、原水槽に乳酸菌を優勢にさせる運転方法が有効である。原水槽貯留液のpH、アンモニア濃度、乳酸濃度のいずれかまたは複数を指標にして、乳酸発酵が継続して行われるように追加の植種を行う運転管理方法も有効である。
【実施例】
【0023】
以下、実施例及び比較例について説明する。
【0024】
原水槽(貯蔵槽)→熱処理槽→熟成槽→遠心分離機→処理水槽の装置構成を有したデカンター排水処理設備(装置構成の詳細は下記[2]の通り。)の原水槽(貯蔵槽)に下記[1]の水質のデカンター排水を収容した。
【0025】
比較例1では乳酸菌無添加とし、原水槽のpH(ただし、熱処理槽での加熱処理後のpH)及びアンモニア濃度の経時変化を測定すると共に、後段設備におけるMAP生成の有無を観察した。
【0026】
実施例1〜5では、原水槽に下記[3]の要領で乳酸菌(ヨーグルト)を添加し、原水槽内のpH及びアンモニア濃度の経時変化を測定すると共に、後段設備におけるMAP生成の有無を観察した。
【0027】
[1]デカンター排水の水質
全CODCr:37,000〜60,000mg/L
溶解性CODCr:31,000〜49,000mg/L
BOD:17,000〜30,000mg/L
SS:3,000〜6,000mg/L
溶解性蛋白質:10,000〜19,000mg/L
全窒素(Nとして):3,000〜4,000mg/L
リン(Pとして):200〜600mg/L
マグネシウム:300〜400mg/L
【0028】
[2]装置構成
原水槽(貯蔵槽):200L
熱処理槽:通液量20L/h、電熱式オイルバス使用、95℃、一日一時間稼働
熟成槽:40L
遠心分離槽:20L/h連続式、3000rpm、1500G
処理水槽:20L
【0029】
[3]手順
1)原水槽にデカンター排水200Lをとり、乳酸菌の植種として市販のヨーグルトを添加して撹拌混合した。ヨーグルトの添加量は、表−1に示した通り、5〜5,000ppm(v/v)とした。原水槽の液温は、室温(15〜25℃)であった。
【0030】
2)定量ポンプを用いて原水槽から加熱器に20L/hの流量でデカンター排水を送水し、加熱処理を行った。加熱器として、らせん状に巻いた金属管を電熱式オイルバス中に浸漬させたものを用いた。加熱温度を95℃とし、処理液を熟成槽に貯留した。熟成槽での滞留時間は2時間とした。加熱処理は毎日一時間行い、10日間で合計200Lのデカンター排液を処理した。従って、N日目に処理した原水は、原水槽にN日間滞留していたことになる。
【0031】
3)熟成槽の熱処理液(凝固した蛋白質を含む懸濁液)を、連続式の遠心分離機で固液分離した。遠心分離機への通液量は、20L/h×1h/d=20L/dとした。
【0032】
4)MAP発生有無の判定方法として、遠心分離液(上澄水)に散気管を投入し、1L/hの空気で散気を行って、24時間後の散気管表面のMAPの生成有無を観察した。これは、実用上、MAPの析出が、ポンプのインペラ部分や、配管の屈曲部、散気管の表面などで多く見られるためである。
【0033】
結果を表1〜3及び図1,2に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】

【0036】
【表3】

【0037】
<考察>
1)pHの経時変化
原水槽に導入された直後のデカンタ排液の加熱後のpHは6.3であった。常温で原水槽に貯留している間に発酵が進み、比較例(ヨーグルトなし)では、1日目に酸発酵によるpH低下が見られた。その後、アンモニア生成によるpH上昇が見られ、9日目にはpH7.4に達した。
一方、ヨーグルトを添加した系では、比較例よりも低いpHで推移した。
【0038】
2)アンモニア濃度の経時変化
比較例では、デカンター排液に含まれるタンパク質が腐敗した結果、約2,000mg−N/Lのアンモニアが発生した。一方、ヨーグルトを添加した系では、比較例よりも低いアンモニア濃度で推移した。
【0039】
3)MAP生成の有無
比較例では、4日目以降の処理液にMAPの析出が観察された。一方、ヨーグルトを添加した系では、MAPが発生しにくかった。特に、ヨーグルト添加量が多い実施例3,4では9日目までの観察期間中にMAPは生成しなかった。
【0040】
4)原水槽滞留時間の影響について
原水槽の滞留時間が4日より短くても、MAPが発生する事例が見られた。腐敗によるアンモニア発生およびpH上昇の進行速度は、初期の原水槽の汚れや水温など多くの条件の影響を受けると考えられるので、本実施例によって原水槽の滞留時間を限定するものではない。特に、いったん腐敗菌が原水槽の中で優勢になると、滞留時間を短縮しても腐敗しやすく、MAPが発生しやすい傾向が見られた。
【0041】
なお、逆に滞留時間が短すぎると、MAPの問題は回避できるが、タンパク質の凝固粒子が細かくなり、脱水ケーキの含水率と粘性が上昇して取扱いが難しくなる傾向が見られた。その原因は明確ではないが、発酵によって発生する二酸化炭素が、熱処理によってガス化し、凝集核の働きをすることが考えられた。このため、原水槽の滞留時間は、2時間以上、10日間以下の範囲が良い。
【0042】
5)乳酸菌の添加量について
実施例の範囲内では、ヨーグルトが多いほど効果が高かった。従って、経済的に見合う範囲で、植種量をなるべく多くすることが望ましい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
デンプン製造排水を槽内に貯蔵する方法において、デンプン製造排水に乳酸菌を添加することを特徴とする澱粉製造排水の貯蔵方法。
【請求項2】
請求項1において、乳酸菌添加後4日目のpHが6.5以下であり、9日目のpHが7.0以下となるように乳酸菌を添加することを特徴とする澱粉製造排水の貯蔵方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−187509(P2012−187509A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−52935(P2011−52935)
【出願日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)
【Fターム(参考)】