説明

炭素膜の改質方法および改質炭素膜

【課題】 膜厚方向における物性の均一性を向上させることができる炭素膜の改質方法とこの方法により得られた改質炭素膜とを提供する。
【解決手段】 1000eVを超えるエネルギを有しているフォトンが全体の80%を超えているシンクロトロン放射光3を炭素膜5に照射することによって炭素膜5を改質する方法である。また、この方法によって得られた改質炭素膜である。このようなシンクロトロン放射光3はフィルタ2の透過光であり得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は炭素膜の改質方法および改質炭素膜に関し、特に膜厚方向における物性の均一性を向上させることができる炭素膜の改質方法とその方法により得られた改質炭素膜に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、炭素膜は、その機械的特性および化学的安定性を利用して、たとえば工具、金型、機械部品、電気部品または光学部品などの被覆材料として主に用いられていた。しかしながら、近年、炭素膜の応用分野は多岐にわたっており、それぞれの応用分野に応じて、様々な物性を有する炭素膜の開発が進められている。
【0003】
たとえば、特許文献1には、DLC膜(ダイヤモンドライクカーボン膜)からなる炭素膜の一部にイオンビーム、電子線、陽子線、α線若しくは中性子線などの粒子線または光線、X線若しくはγ線などのエネルギ線を照射することによって炭素膜の一部を改質した偏光子を作製する方法が開示されている。この偏光子を作製する方法は以下のようにして行なわれる。
【0004】
まず、図4の模式的断面図に示すように、DLC膜からなる炭素膜11の表面上に屈折率分布のパターンを転写したマスク12を設置する。次いで、図5の模式的断面図に示すように、このマスク12の斜め上方からたとえばヘリウムイオンまたはアルゴンイオンなどのイオンビーム13を照射する。すると、図6の模式的断面図に示すように、炭素膜11のうちイオンビーム13の照射部分14においては炭素膜が改質して屈折率が高くなる。一方、イオンビーム13の非照射部分15においては炭素膜が改質せず屈折率は変化しない。このように炭素膜11中に屈折率の分布を形成することによって偏光子を作製することが可能となる(特許文献1の段落[0070]〜[0079]参照)。
【0005】
また、特許文献2には、DLC膜からなる炭素膜の一部に粒子線またはエネルギ線を照射し、炭素膜の一部を改質することによって光導波路を作製する方法が開示されている。この光導波路を作製する方法は以下のようにして行なわれる。まず、図7の模式的断面図に示すように、石英ガラスの基板16上にDLC膜からなる炭素膜11を形成する。そして、図8の模式的断面図に示すように、この炭素膜11の所定領域に粒子線としてたとえばイオンビーム13を照射することによって照射部分14を改質し、照射部分14の屈折率を他の部分よりも高くする。このように炭素膜11中に高い屈折率を有する部分を形成することによって光導波路を作製することが可能となる(特許文献2の段落[0021]〜[0025]参照)。
【特許文献1】特開2003−248193号公報
【特許文献2】特開2004−20783号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、炭素膜に照射された粒子線やエネルギ線は、炭素膜の表面から膜厚方向に進むにつれて減衰していくため、炭素膜の改質量が膜厚方向に向けて減少してしまう。それゆえ、改質炭素膜を用いた偏光子や光導波路などの製品においては、その膜厚方向に物性のばらつきが生じることがあった。
【0007】
本発明の目的は、膜厚方向における物性の均一性を向上させることができる炭素膜の改質方法とその方法により得られた改質炭素膜とを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、1000eVを超えるエネルギを有するフォトンが全体の80%を超えるシンクロトロン放射光を炭素膜に照射することを特徴とする炭素膜の改質方法である。
【0009】
ここで、本発明の炭素膜の改質方法において、上記のシンクロトロン放射光はフィルタの透過光であり得る。
【0010】
また、本発明の炭素膜の改質方法においては、上記のフィルタはベリリウム、アルミニウムまたはポリイミドのいずれかからなっていてもよい。
【0011】
また、本発明は、上記の炭素膜の改質方法によって得られた改質炭素膜である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、膜厚方向における物性の均一性を向上させることができる炭素膜の改質方法とその方法により得られた改質炭素膜とを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、本願の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表わすものとする。
【0014】
(炭素膜)
本発明に用いられる炭素膜は、炭素または炭素と水素とを主成分とする膜のことをいう。本発明に用いられる炭素膜は特に限定されないが、たとえばダイヤモンド膜、DLC膜および非晶質炭素膜などが挙げられる。ここで、ダイヤモンド膜は結晶質であって、X線回折においてダイヤモンド構造を反映した回折線が見られる炭素膜のことをいう。なお、ダイヤモンド膜は微量の水素を含んでいてもよい。また、DLC膜は非晶質であって、ヌープ硬度が1000以上である炭素膜のことをいう。また、非晶質炭素膜は非晶質であって、ヌープ硬度が30以上1000未満である炭素膜のことをいう。
【0015】
このような炭素膜は、たとえば石英、シリコンまたはガラスなどからなる基板上に、プラズマCVD法などの各種CVD法、イオン化蒸着法またはスパッタリング法などの方法によって形成することができる。
【0016】
(シンクロトロン放射光)
本発明においては、1000eVを超えるエネルギを有するフォトンが全体の80%を超えるシンクロトロン放射光(以下、「高エネルギSR光」と略すこともある)が上記の炭素膜に照射される。これは、このような高エネルギSR光を上記の炭素膜に照射することによって、膜厚方向に物性がより均一な改質炭素膜が得られることを本発明者が見い出したことによるものである。これにより、たとえば10μm〜100μm程度の膜厚における改質炭素膜の膜厚方向における物性の均一化が可能となる。なお、1000eVを超えるエネルギを有するフォトンが全体の90%を超えれば炭素膜の膜厚方向の物性の均一性がより促進され、100%になればなお均一性が向上する。
【0017】
このような高エネルギSR光は、たとえば図1の模式図に示す方法によって得ることができる。たとえば1000eV以下の低エネルギを有するフォトンと1000eVを超える高エネルギを有するフォトンとが混在したSR白色光1がフィルタ2に照射される。なお、SR白色光1は従来から用いられている放射光の一種であり、たとえば大きなエネルギを有する電子などの荷電粒子を磁場で曲げたときに軌道の接線方向に放射される放射光であり得る。
【0018】
ここで、減衰の大きい1000eV以下の低エネルギを有するフォトンの多くはフィルタ2で遮断されるが、減衰の小さい1000eVを超える高エネルギを有するフォトンはフィルタ2でわずかしか遮断されずに多くが透過する。これにより、フィルタ2を透過した高エネルギSR光3を基板4上に形成された炭素膜5に照射することができる。なお、フィルタ2の材質や厚みについては、フィルタ2を透過したフォトンのうち80%を超えるフォトンが1000eVを超えるエネルギを有するように適宜調整することができる。このようなフィルタ2としては、たとえばBe(ベリリウム)、Al(アルミニウム)またはポリイミドなどの原子番号の小さい元素から構成されるたとえば1μm〜500μmの厚みのフィルム状のものを用いることができる。Be、Alまたはポリイミドは、低エネルギを有するフォトンの吸収が大きく、高エネルギを有するフォトンの吸収は比較的小さい。たとえば、約20μm以上の厚みのBeからなるフィルタ、約7μm以上の厚みのAlからなるフィルタ、または約6μm以上の厚みのAlからなるフィルタにおいては、1000eV以下のエネルギを有するフォトンの透過率をフィルタ透過前の約10%以下にまで低減することができる。一般に、フィルタの膜厚を厚くすれば、1000eV以下のエネルギを有するフォトンの割合は減少し、炭素膜の膜厚方向の物性の均一性は改善されるが、フィルタの膜厚を過度に厚くすると1000eVを超えるエネルギを有するフォトンもある程度減少して炭素膜の改質に必要な時間が長くなる場合があるので、炭素膜の膜厚方向の物性の均一性および改質時間などを考慮して、適宜最適な材質、厚さのフィルタが選択されることが好ましい。
【0019】
図2に、SR白色光とこのSR白色光をBeからなる25μmの厚みのフィルタに透過させた後の高エネルギSR光のそれぞれについて、フォトンのエネルギとフォトンの量との関係の一例を示す。なお、図2において、横軸はフォトンのエネルギを示し、縦軸は横軸に示されているそれぞれのエネルギを有するフォトンの相対量を示している。ここで、SR白色光は、実線6で囲まれた領域で表わされるように1000eV以下の低いエネルギを有するフォトンを多量に有しているが、フィルタ透過後の高エネルギSR光は破線7で囲まれた領域で表わされるように1000eV以下の低いエネルギを有するフォトンはほとんどフィルタで遮断されていることがわかる。
【0020】
炭素膜に照射される高エネルギSR光が、1000eVを超えるエネルギを有しているフォトンを全体の80%よりも多く有しているかどうかについては、適切な格子定数を有する結晶を用いたモノクロメータで高エネルギSR光を分光した後に光電子増倍管などで1000eVを超えるエネルギを有するフォトンの量を相対的に算出することによって確認することができる。
【0021】
なお、高エネルギSR光の照射は1回のみ行なわれてもよく、数回にわたって行なわれてもよい。また、上記のフィルタを交換することなどにより異なるエネルギ分布を有するSR光を照射することもできる。この場合には、炭素膜の膜厚方向に改質量の分布を細かく調節することができる。
【0022】
(改質炭素膜)
本発明において、改質炭素膜とは、上記の炭素膜に上記の高エネルギSR光が照射された後の膜のことをいう。
【0023】
図3に、炭素膜にSR白色光を照射した場合と高エネルギSR光とを照射した場合のそれぞれについての改質炭素膜の膜厚方向における屈折率の変化の一例を示す。なお、図3において、横軸は改質炭素膜の膜厚方向における深さを示し、縦軸は横軸に示されているそれぞれの深さの箇所における屈折率を示している。
【0024】
図3において、SR白色光および高エネルギSR光の照射前の炭素膜の屈折率は炭素膜のどの部分においても膜厚方向にほぼ一定である(図3の実線8参照)。
【0025】
ここで、SR白色光は低いエネルギを有するフォトンを多く含んでおり、低いエネルギを有するフォトンは炭素膜の表面近傍の照射部分を改質しやすい傾向にある。したがって、SR白色光を照射した場合には、図3の破線9に示すように、炭素膜の表面近傍の照射部分において改質効果が大きくなるためその部分の屈折率が大きくなるが、改質炭素膜の表面近傍から膜厚方向に深くなるにつれて改質効果が小さくなるため屈折率があまり大きくならない。
【0026】
一方、高エネルギSR光を照射した場合には、大きなエネルギを有するフォトンはその照射部分の膜厚方向により深い位置まで到達する傾向にあるため、図3の破線10に示すように、炭素膜の表面近傍の照射部分とその照射部分の膜厚方向に深い箇所とにおける改質効果の差があまり大きくなく、改質炭素膜の膜厚方向における屈折率のばらつきが少なくなる。なお、上記においては、高エネルギSR光の照射による炭素膜の改質効果として屈折率の変化を例にして説明したが、高エネルギSR光が照射されたことによるその他の物性の変化についても改質炭素膜の膜厚方向のばらつきが少なくなることは言うまでもない。
【0027】
本発明における改質炭素膜はその膜厚方向における物性のばらつきが少なくなる傾向にあるので、たとえば電子部品、Ge(ゲルマニウム)などの赤外線窓材のAR(Anti-Reflection)コート、光導波路、回折光学素子または記録媒体などの用途に好適に用いられる。
【実施例】
【0028】
(実施例1)
SR白色光を厚さ25μmのBeからなるフィルタを透過させることによって90%以上のフォトンが1000eVよりも大きく2000eV以下のエネルギを有する高エネルギSR光を得た。そして、この高エネルギSR光を屈折率1.55、厚さ4μmの水素を含有する非晶質炭素膜に30分照射した。
【0029】
そして、この高エネルギSR光の照射後の改質炭素膜について分光エリプソにより屈折率の測定を行なった。その結果、改質炭素膜の最表面における屈折率は1.76であり、最表面からの深さ4μmの箇所における屈折率は1.70であった。
【0030】
(比較例1)
約50eV〜2000eVのエネルギを有するフォトンから構成され、1000eVを超えるエネルギを有するフォトンが全体の80%以下であるSR白色光をBeからなるフィルタを透過させずに1時間照射したこと以外は実施例1と同様にして、SR白色光の照射後の改質炭素膜の屈折率の測定を行なった。その結果、改質炭素膜の最表面における屈折率は1.88であり、最表面からの深さ4μmの箇所における屈折率は1.58であった。
【0031】
上記の結果から、高エネルギSR光を照射して得られた実施例1の改質炭素膜は、SR白色光を照射して得られた比較例1の改質炭素膜よりも膜厚方向における屈折率のばらつきが少なくなっていることが確認された。
【0032】
(実施例2)
SR白色光を厚さ100μmのBeからなるフィルタを透過させて得られた85%以上のフォトンが1500eV以上3000eV以下のエネルギを有する高エネルギSR光を、水素含有量が32原子%のDLC膜および水素含有量が280ppmのダイヤモンド膜にそれぞれ50分間ずつ照射してそれぞれの膜から水素を脱離させた。
【0033】
そして、高エネルギSR光の照射後の改質DLC膜および改質ダイヤモンド膜についてそれぞれ反跳原子検出法(Elastic Recoil Detection Analysis; ERDA)により水素含有量を測定した。その結果を表1および表2に示す。
【0034】
なお、表1および表2において、最表面における水素含有量は、高エネルギSR光の照射後の改質DLC膜および改質ダイヤモンド膜のそれぞれの最表面の水素含有量を測定したものである。また、表1および表2において、深さ1.5μmおよび深さ5μmの箇所における水素含有量は、アルゴンイオンを用いて改質DLC膜および改質ダイヤモンド膜のそれぞれについて最表面からそれぞれ深さ1.5μmおよび5μmのエッチングを行なって露出した表面の水素含有量を測定したものである。
【0035】
(比較例2)
約50eV〜3000eVのエネルギを有するフォトンから構成され、1000eVを超えるエネルギを有するフォトンが全体の80%以下であるSR白色光を、Beからなるフィルタを透過させずに、水素含有量が32原子%のDLC膜および水素含有量が280ppmのダイヤモンド膜にそれぞれ20分間ずつ照射したこと以外は実施例2と同様にして、SR白色光の照射後の改質炭素膜の水素含有量を測定した。その結果を表1および表2に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
【表2】

【0038】
表1および表2に示すように、高エネルギSR光を照射して得られた実施例2の改質DLC膜および改質ダイヤモンド膜はそれぞれ、SR白色光を照射して得られた比較例2の改質DLC膜および改質ダイヤモンド膜よりも膜厚方向における水素含有量のばらつきが少なく、水素の脱離がより均一に行なわれていることが確認された。
【0039】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明によれば、1000eVを超えるエネルギを有しているフォトンが全体の80%を超える高エネルギSR光をダイヤモンド膜、DLC膜または非晶質炭素膜などの炭素膜に照射することによって、高エネルギSR光の照射により得られた改質炭素膜の膜厚方向における物性の均一性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明において高エネルギSR光を照射する場合の好ましい一例を示した模式図である。
【図2】SR白色光と高エネルギSR光についてのフォトンのエネルギとフォトンの量との関係の一例を示した図である。
【図3】SR白色光と高エネルギSR光を照射した場合の改質炭素膜の膜厚方向における屈折率の変化の一例を示した図である。
【図4】従来において、屈折率分布のパターンが転写されたマスクを設置した後の炭素膜の一例の模式的な断面図である。
【図5】従来において、マスクの斜め上方からイオンビームを照射しているときの炭素膜の一例の模式的な断面図である。
【図6】従来において、イオンビームの照射後の炭素膜の一例の模式的な断面図である。
【図7】従来において、基板上に形成された炭素膜の一例の模式的な断面図である。
【図8】従来において、イオンビームの照射後の炭素膜の一例の模式的な断面図である。
【符号の説明】
【0042】
1 SR白色光、2 フィルタ、3 高エネルギSR光、4,16 基板、5,11 炭素膜、7,9,10 破線、6,8 実線、12 マスク、13 イオンビーム、14 照射部分、15 非照射部分。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素膜にシンクロトロン放射光を照射することによって炭素膜を改質する方法であって、前記シンクロトロン放射光を構成するフォトンのうち80%を超えるフォトンが1000eVを超えるエネルギを有していることを特徴とする、炭素膜の改質方法。
【請求項2】
前記シンクロトロン放射光はフィルタの透過光であることを特徴とする、請求項1に記載の炭素膜の改質方法。
【請求項3】
前記フィルタはベリリウム、アルミニウムまたはポリイミドのいずれかからなることを特徴とする、請求項2に記載の炭素膜の改質方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の炭素膜の改質方法によって得られた、改質炭素膜。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate