説明

焼結工具残留応力分布の測定方法および測定システム

【課題】 燒結工具の損傷は損傷を適切に評価する方法を提供すること。
【解決手段】被測定試料に直流磁界を加えた後、交流磁界の強度を逐次弱めながら反復して交流磁界を加える消磁操作を実施し、その後前記焼結工具表面の磁界分布を測定して、前記磁界分布を残留応力分布に変換することにより前記燒結工具の残留応力分布を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
強磁性体をバインダーとする燒結工具が切削加工に使用されることにより蓄積される残留応力の大きさを、残留磁気分布を計測することにより評価する方法。更には、該残留磁気分布の使用時間に対する経時変化により燒結工具の寿命評価を行う診断技術に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料の切削加工においては、WC−Coを始めとする超硬材料やTiN−TiC−Niを始めとするサーメットなどの強磁性体をバインダーに持つ燒結工具が多く用いられているが、一般にこれらの材料は、大きな硬度を持つものの、靭性は高くないため、切削工具と被削材との間に局所的で大きな加工応力が加わると、刃物先端の温度は大きく上昇し、機械的、熱的な反応によって、すくい面磨耗や逃げ面磨耗、欠損、溶着、熱亀裂といった損傷が生じる。
【0003】
工具におけるこれらの劣化は、被削材の加工精度を低下させるばかりではなく、生産ラインの停止等の原因ともなるため、工場における生産効率を上げ、生産コストを低減させるためにも、工具の劣化検出は重要になる。一般に燒結材料の劣化は、工具各部の局所的な残留応力が蓄積されて、損傷に至ることが知られており、工具の劣化検出には、局所的な残留応力の評価が重要となる。
【0004】
一般に切削過程における刃物および被削材に掛る応力の評価法として、刃物を保持するシャンクに掛る3分力を評価することが多い。
この3分力はあくまで工具全体に掛る力の総和であり、実際に工具の各領域に掛る局所的な応力状態を評価することとは異なる。加工の際の局所的な応力は被削材との加工応力や摩擦や磨耗、熱応力と密接に関わるため、切削過程を理解するうえで重要となるが、これまでの手法では切削時に接触面を直接観察できないことから明確な評価ができないでいた。
【0005】
一方、切削時の工具の応力状態の解析には、有限要素法を用いた数値解析があり、多くの研究がなされてきた。
【0006】
しかし、加工硬化や熱的影響による材料パラメータの変化には未知な部分が多く、加工の際に形状や接触状態等の境界条件も経時的に大きく変化するため、計算条件が困難であり、さらに実験的なデータとの比較が難しいために結果の信頼性に課題が残る。
他方、切削後の残留応力の評価法として、X線応力解析法が知られている。
【0007】
しかしX線は金属を透過しにくいため、工具数μmの最表面の応力しか測定することができず、一般に数百μmに及ぶ加工残留応力を評価することは難しい。またX線を絞るレンズ等の光学部品が存在しないことから、一般には低い分解能でしか測定できない。また装置が大掛かりで高価になるため、旋盤やマシニングセンタに取り付けることは難しく、実際の刃面に掛かる局所的な応力分布を実験的に明らかにした例はあまり見受けられない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5−149810号公報
【特許文献2】特開2008−298429号公報
【特許文献3】特開2001−336992号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上のように、燒結工具の損傷は加工精度だけに関わらず生産性にも密接に関係するため、残留応力状態を解明することは耐摩耗性、耐衝撃性に優れた新たな燒結工具材の開発や生産コストの削減、精密で安全な加工技術の構築において大変重要である。しかし従来の手法では局所的な残留応力測定を簡便に行える技術が少ないために、工具の損傷を適切に評価することなく、寿命前に交換することが一般的であり、そのために他の物理量で評価できる簡便な手法が望まれていた。これが本発明で解決しようとする課題である。
【0010】
本発明は、上記実情を背景としてなされたものであり、強磁性体をバインダーに持つ燒結工具における局所的な残留応力の分布及び蓄積量の評価法、および強磁性体をバインダーに持つ燒結工具の劣化や寿命の評価法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願請求項1及び請求項2に係わる発明は、強磁性体をバインダーに持つ燒結工具と被削材との間に局所的で大きな加工応力が加わるため、そこで工具内に塑性変形及び残留応力が発生するため、それら領域では転位密度が上昇し、それにより強磁性材料の局所的な保磁力が増加することを利用するものである。その際、工具全体を着磁し、、その後、多段階的に次第に強い交流磁場で消磁処理を行うことにより、保磁力を弱い領域のみを消磁させ、保磁力の強い領域のみ磁化が残留することから、残留磁化分布測定により保磁力分布を測定し、これにより、加工による転位密度の上昇により生じた残留応力分布の推測することを特徴としている。
【0012】
本発明における保磁力分布測定による残留応力分布評価法によれば、強磁性体をバインダーに持つ燒結工具を切削加工に用いた後では、切削加工位置付近を中心に、切削加工を行うにつれ徐々に保磁力分布が変化し、工具欠損直前と思われる付近では残留応力蓄積により保磁力が急増し、欠損後では残留応力の解放により保磁力が激減した。つまり、保磁力量のピーク位置を評価することにより強磁性体をバインダーに持つ燒結工具の寿命評価することができる。
【0013】
請求項3に記載の発明は、燒結工具の残留応力分布を求める燒結工具の残留応力分布測定システムである。
具体的には、測定試料を載置する非磁性素材からなる試料台、試料及び試料台を包囲する磁気遮蔽管、測定試料の表面の磁界強度分布をセンシングする磁気プローブ、磁気プローブの出力値を磁束密度に変換する磁束密度測定部、XYZステージ、コントローラから構成される。また、本システムではまず測定試料に直流磁界を加える。次いで交流磁界の強度を逐次弱めながら反復して交流磁界を加えて消磁処理する。その後磁気プローブを用いて焼結工具表面の磁界分布を測定し、その磁界分布を残留応力分布に変換して燒結工具の残留応力分布を求める。
【発明の効果】
【0014】
一般の工場における切削加工では、一定の規格、及び使用実績に基づき経験的に決めた使用時間に達した工具は破棄し、新品に交換するのが実情である。従って、個々の切削工具ごとに見ると、真の寿命に達する前に廃棄される場合が多く、また逆にスペックを下回る一部の欠陥工具については、使用中に破損し製造ラインを混乱させ、しかも製品不良を発生させているのが実情である。しかし、本発明手法を用いることにより、燒結工具を個別的にそれぞれ寿命予測でき、全ての工具について本来寿命まで使い切ることができ、コスト削減、安定した製造ラインの構築、製品の品質確保などが可能となる。
【0015】
また、残留磁化測定は工具表面を小型の磁気センサー用い、走査させることにより高速で評価でき、さらに着磁や消磁装置は小型の電磁石で実施することが可能であるので、工場等におけるマシニングセンタのような複合切削加工機に組み込むことにより、短時間での工具内の残留応力蓄積量及び寿命評価を可能にする。
【0016】
また、従来切削加工に用いられている切削加工工具の多くは、強磁性体材料をバインダーとする焼結工具であるので、残留応力をバインダーの保磁力分布から評価することができ、一般の加工に応用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施における工具の残留応力及び寿命評価を行う焼結工具残留応力分布測定システム。
【図2】切削条件及び着磁、多段階消磁条件の実施例。
【図3】加工された試料の寸法及び測定領域を示した図である。
【図4】切削加工前工具の着磁処理後に26mTによる消磁を行った残留磁化分布の結果。
【図5】70m切削加工後の残留磁化分布の結果を示した図である。
【図6】117m切削加工後の残留磁化分布の結果を示した図である。
【図7】各切削長さにおけるすくい面の残留磁化量をプロットした結果を示した図である。
【図8】各切削長さにおける逃げ面の残留磁化量をプロットした結果を示した図である。
【図9】X線応力測定による各切削長さにおけるすくい面の残留応力測定位置を示した図である。
【図10】X線応力測定による各切削長さにおけるすくい面のX線測定領域1の残留応力をプロットした結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本願発明の実施の形態について説明する。
まず、本発明における実施において、強磁性体をバインダーに持つ焼結工具を着磁するために、有芯もしくは空芯コイルからなる電磁石を用いる。前者は保磁力の大きな合金バインダーを持つ試料を着磁する際に用い、後者は保磁力の小さな純金属バインダーを着磁する際に用いる。
【0019】
次に、多段階に徐々に強度を増した交番磁場中で、試料の消磁を行う。消磁装置は、1軸の空芯ソレノイドコイル内部で、試料を2軸で様々な方向から磁場を掛けるものであり、交番磁場と同じように均一な消磁を与えることができる。この際、ソレノイドには、直流電源から所定の電流を流すことができ、この電流量を増やすことにより、これにより発生する外部磁場強度以下の保磁力を持つ領域を消磁することができる。本手法では、消磁させる外部磁場を弱いものから強いものに次第に変化させながら、その度に次で示す残留磁化分布の測定を行うが、適切な消磁が分かれば、1回施すことによっても、保磁力分布の評価が可能となる。なお、これらの消磁装置は、X,Y,Z各方向を向いた3つのヘルムホルツコイルや、場合によっては1軸のソレノイドを用いることによっても、実現可能である。
【0020】
次に、図1は本発明による工具の残留応力及び寿命評価を行う際に使用する残留応力分布測定システムの構成図である。
【0021】
図1に示す残留応力分布測定システムは、自動XY−Zステージ4と、3次元磁場測定用のガウスメータ6からなる。また、測定の際は周囲の磁気を遮蔽するため、内部の磁界が10nT以下まで防磁されているパーマロイ3重管からなる磁気遮蔽管1により、測定試料2を覆っている。測定試料2は、磁気シールド内中央部の非磁性台上に、試料測定面を水平にして設置する。試料測定面上でXY方向に0.1mm間隔で磁気プローブ3を走査させることにより、各試料位置における漏れ磁束密度ベクトルを測定し、これにより残留磁化分布の測定をおこなう。磁気プローブ3の先端には、測定領域70μmの3つのホール素子が、測定面をXYZそれぞれの方向を法線方向とするように設置されており、測定時のホール素子と測定試料表面との間隔は、1mmと一定距離に保持される。コントローラ5は自動XYZステージの制御などシステム全体の制御を行う。
【0022】
センサーは、加工応力が負荷された領域を中心に測定を行う。測定時間が十分に得られる場合、表面を2次元的に走査することにより、残留磁化分布をより精度良く測定することが出来る。また試料面に傾きや凹凸がある場合には、センサー面に対して平行になるように補正するか、Z軸を動かして高さを調整するなどの工夫が必要である。また高速に測定を行う際は、残留応力が局所的に大きく残る領域を中心に数ヵ所測定するだけでよい。
【実施例1】
【0023】
本発明である保磁力分布及び量の測定による残留応力及び塑性変形領域の評価法についての実施例を以下に示す。試料にはTaC、TiCが混入されていないWC−Co系合金(材種:G4)を規定の工具形状に成型した超硬工具を用いた。
【0024】
切削加工は残留応力の蓄積及び塑性変形の評価がしやすいよう、切込み量、送り量、切削速度を一定とし、切削長さを徐々に増やすことにより内部の残留応力分布の測定を実施した。図2に切削条件を示す。この際、切削油は使用せず乾切削で行った。
【0025】
切削前後での残留応力分布を比較するため切削加工前の工具に対しても保磁力分布測定を行った。測定は切削の影響を顕著に受けていると推察される領域のみを測定した。工具の寸法と残留磁化分布の測定範囲を図3に示す。
【0026】
一方、切削加工を行った後、切削加工により発生した自発磁化を消磁する必要がある。今回、外部磁界を交番させながら、強度を減少させていくことにより、試料の残留磁束を消す交流消磁法を用いた。試料の自発磁化を完全に消磁するため、回転有芯交流消磁(電磁石、約700mT)の後に回転空芯交流消磁(ソレノイドコイル、約66mT)を用いて交流消磁を行った。
【0027】
その後、すくい面、逃げ面のそれぞれに対して垂直方向に着磁(電磁石、約100mT)を行い、その後回転空芯交流消磁器を用いて多段階消磁(ソレノイドコイル、5mT、10mT、18mT、26mT)を行った。また、着磁の際、形状磁気異方性の影響を排除するために試料工具と同じCo質量比を持つ型中で着磁を行った。しかし、着磁の際の形状磁気異方性の影響は、消磁により消し去ることができることから、加工装置に取り付ける際は、必ずしもこの工夫を必要とはしない。
【0028】
図4にこうして得られた切削加工前工具の着磁処理後に26mTによる消磁を行った残留磁化分布の結果を示す。図に示すようにすくい面、逃げ面共に保磁力が増加している領域があり、これらの領域のX線応力測定を行った結果圧縮応力の発生が確認され、この領域で残留応力が元々蓄積していることが確認された。
【0029】
図5に70m切削加工後の残留磁化分布の結果を示す。すくい面、逃げ面ともに残留磁化領域に大きな変化は確認されなかった。一方、残留磁化量に着目すると、すくい面は増加傾向、逃げ面では減少傾向を示した。つまり、すくい面に関しては保磁力の向上、つまり残留応力の蓄積が確認されたが、逃げ面では残留応力は解放され減少することが確認された。
【0030】
図6に117m切削加工後の残留磁化分布の結果を示す。切削後、工具の切削位置付近に欠損が確認された。すくい面では残留磁化量の減少、つまり保磁力の減少が確認され、内部の残留応力が解放されていることが推察された。これら残留応力の解放は、欠損によるものと考えられる。
【0031】
一方、逃げ面では残留磁化量つまり保磁力の増加が確認され、内部の残留応力の蓄積が示唆され、すくい面の結果と違う結果が得られた。
【0032】
これらの結果から、すくい面では工具の切削位置において残留応力及び欠損の影響を顕著に反映するのに対して、逃げ面ではそれらの影響を全く受けず、加工応力による残留応力が、コンスタントに蓄積していることがわかる。
【0033】
図7に各切削長さにおけるすくい面の残留磁化量をプロットした図を示す。切削前の残留磁化分布では切削位置付近に、作成時から存在する残留応力による強い保磁力が存在していたが、23m切削後及び47m切削後では、保磁力分布に切削前との大きな変化は確認されなかった。一方、70m切削後では切削位置付近に強い保磁力の増加が確認された。逃げ面での考察を踏まえると、これは試料の作成時に存在した残留応力が、切削による加工応力や切削熱が加わったことにより緩和し、同時に塑性変形が発生したため、加工位置で保磁力の増加が起こったものと推測される。
【0034】
他方、93m及び117m切削後では、全体的な保磁力が減少し、特に工具の切削先端付近の残留磁化が大きく減少し、切削位置から少し離れた領域に保磁力の増加が確認された。図4、5からもわかるように、93m切削後では工具切削位置付近での大きな欠損が確認された。つまり、93m切削後では工具欠損により試料内部に蓄積した残留応力が解放されたために、保磁力が減少したものと推察される。
【0035】
一方、図9にすくい面のX線応力測定の位置を,図10に示すすくい面のX線応力測定から得た残留応力の変化を示す。X線応力測定から得たすくい面の残留応力値の変化は、最大残留磁化量の変化と良い一致性を示していた。このことから、本手法による強磁性体をバインダーに持つ燒結工具の残留応力および劣化の評価は、定量的にも従来のX線応力測定と同様な性能を持つことが示された。
【符号の説明】
【0036】
1 磁気遮蔽管
2 試料
3 磁気プローブ
4 自動XYZステージ
5 コントローラ
6 ガウスメータ
7 すくい面測定領域
8 逃げ面測定領域
9 X線測定領域1
10 X線測定領域2
11 X線測定領域3


【特許請求の範囲】
【請求項1】
強磁性体材料をバインダーとする燒結工具に直流磁界を加えた後、交流磁界の強度を逐次弱めながら反復して交流磁界を加える消磁操作を実施し、その後前記焼結工具表面の磁界分布を測定して、前記磁界分布を残留応力分布に変換することにより前記燒結工具の残留応力分布を求めることを特徴とする焼結工具残留応力分布測定方法。
【請求項2】
前記焼結工具の使用に伴う前記焼結工具表面の磁界分布の変化パターンに基づき、前記焼結工具の寿命を予測することを特徴とする焼結工具の寿命評価方法。
【請求項3】
前記燒結工具の残留応力分布を求める燒結工具の残留応力分布測定システムであって、
強磁性体をバインダーとする燒結工具を被測定試料とし、
前記被測定試料を載置可能な非磁性素材の試料台と、
前記被測定試料と前記試料台を磁気遮蔽して包囲する磁気遮蔽管と、
前記被測定試料の表面に近接して、前記被測定試料の表面の3次元方向の磁界強度分布を測定する磁気プローブと、
前記磁気プローブ出力を入力として磁束密度を表示する磁束密度測定部と、
前記磁気プローブの空間位置決めを行うXYZステージと、
コントローラと、から構成され、
前記被測定試料に直流磁界を加えた後、交流磁界の強度を逐次弱めながら反復して交流磁界を加える消磁操作を実施し、その後前記焼結工具表面の磁界分布を測定して、前記磁界分布を残留応力分布に変換することにより前記燒結工具の残留応力分布を求めることを特徴とする焼結工具残留応力分布測定システム。














【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2011−185738(P2011−185738A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−51258(P2010−51258)
【出願日】平成22年3月9日(2010.3.9)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、「希少金属代替材料開発プロジェクト/超硬工具向けタングステン使用量低減技術開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【Fターム(参考)】