説明

熱インプリント方式によるガラスレンズの製造方法

【課題】側方開放型のモールドを用いて、加熱したガラス板材を上下方向から加圧する熱インプリント方式により、ガラスレンズに空隙が発生することなく十分な性状を有するガラスレンズを成形することが可能な方法を提供すること。
【解決手段】ガラス板材1からガラスレンズ5を製造する方法において、前記ガラス板材1が示すガラス転移点以上の温度で、前記ガラス板材1に対し、側方開放型のモールド2を押し付けることで、前記ガラス板材1をガラスレンズ5に成形する工程を含み、前記ガラス板材1の厚みを3mm以上とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱インプリント方式によりガラス板材からガラスレンズを成形する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、デジタルカメラや携帯電話などの、レンズを搭載した電子機器が数多く市販されている。レンズとしてはガラスレンズと樹脂レンズが知られている。ガラスレンズは耐熱性、化学的安定性、光学的特性に優れているものであるが、汎用の民生機器にはコストの面から、安価な樹脂レンズが多数用いられている。
【0003】
ガラスレンズは主に、体積・質量が管理された球形状や偏平球形状のプリフォームを加熱し、密閉型を用いて成形するプレス成形法により製造されている。
【0004】
一方、効率的かつ経済的な微細パターンの形成技術として、半導体基板などにあらかじめサブミクロンサイズの凹凸パターンを形成し、それを直接あるいはレジスト等を介してプレス転写する試みが1995年ごろに始められた。このプリント転写技術はインプリント法と呼ばれ、21世紀に入ってから各方面で注目を浴びている(例えば非特許文献1を参照)。
【0005】
インプリント法は、サブミクロンからナノメートルスケールの微細な凹凸パターンを基板表面に一括転写することが可能であり、ポリマー材料の表面にナノパターンを形成するための手法として広く検討がされてきているが、ガラス材に微細な凹凸パターンを形成するための手法としても期待されている(例えば特許文献1を参照)。
【0006】
インプリントプロセスを用いて、ガラス表面に微細パターンの形成を行う手法のひとつとして、軟化点以上の温度に加熱したガラスに型を押し付けることによって、微細パターンの転写を行う熱インプリント法が検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−107878号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】中尾正史、「ナノプリントおよびナノインプリント技術(総論)」、オプトロニクス、株式会社オプトロニクス社、平成年18年7月、第295号、p.136−137
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者は、従来のガラスレンズのプレス成形に対し、ガラスレンズ成形の低コスト化を目指し、側方開放型のモールドを用いて、加熱したガラス板材を上下方向から加圧する熱インプリント方式によるガラスレンズの成形を検討した。
【0010】
しかし、以上の方法でガラスレンズを成形すると、ガラスレンズの頂点と底面の中央部近傍に空隙が生じることが判明した。この空隙はモールド側方にガラスが過流出することが原因と考えられた。
【0011】
本発明は、上記現状に鑑み、加熱したガラス板材を上下方向から加圧する熱インプリント方式により、ガラスレンズに空隙が発生することなく十分な性状を有するガラスレンズを成形することが可能な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく種々検討を重ねた結果、原料であるガラス板材として厚みが3mm以上のものを使用することで、ガラスレンズに空隙が発生することなく、ガラスレンズを成形できることを見出し、本発明に至った。
【0013】
すなわち本発明は、ガラス板材からガラスレンズを製造する方法であって、
前記ガラス板材が示すガラス転移点以上の温度で、前記ガラス板材に対し、側方開放型のモールドを押し付けることで、前記ガラス板材をガラスレンズに成形する工程を含み、
前記ガラス板材の厚みが3mm以上である、ガラスレンズの製造方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によって、加熱したガラス板材を上下方向から加圧する熱インプリント方式により、空隙が発生せず、十分な性状を有するガラスレンズの成形が可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の製造方法に係る一実施形態を示す概略図
【図2】無反射構造を概念的に示すためのレンズ表面の一部拡大側面図
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図1に沿って本発明の実施形態を具体的に説明する。
まず最初にガラス板材1を準備する。本発明でいうガラスとは、ガラスレンズに使用され得るガラスであればよく、一般的には珪酸塩ガラスを意味する。具体的な種類としては、HOYA社製のBK7(登録商標)、SCHOTT社製のテンパックスが挙げられる。
【0017】
BK7は、SiO:69%,B:10%,NaO:8%,KO:8%,BaO:3%(以上、重量%)からなる組成を有し、軟化点が724℃、ガラス転移点が580℃、熱膨張率が72〜89×10−7/℃である。一方、テンパックスは、SiO:81%,B:13%,NaO:4%,KO:8%,Al:2%(以上、重量%)からなる組成を有し、軟化点が820℃、ガラス転移点が525℃、熱膨張率が3.3×10−6/℃である。
【0018】
ガラス板材とは、一定の厚みを有する板様の形状を有するガラス材である。ガラス板材の形状は特に限定されない。本発明において、ガラス板材は、図1(a)中の矢印で示される厚みが3mm以上である。この厚みが3mm未満のガラス板材を用いると、本発明による成形後のガラスレンズの中央部近傍に空隙が発生するため好ましくない。厚みを3mm以上とすることによって、モールド側方へのガラスの流出を抑制することができるため前記の空隙が発生しなくなるものと考えられる。前記厚みの上限は特に限定されず、成形されるガラスレンズの使用状況等により適宜設定が可能であるが、例えば10mm以下程度、あるいは、20mm以下程度であってよい。
【0019】
準備したガラス板材は、保持台4の上に積載される(図1(a))。保持台4は、プレス機のプレート3に対向している。プレート3は、これを上下方向に駆動する駆動装置(図示せず)に連結され、保持体4の上に積載されたガラス板材1に圧力を印加することができる。保持台4とプレート3はそれぞれ、温度が制御できるように設計され、さらにプレート3は、ガラス板材1に印加する圧力を制御できるように設計されている。プレート3の、保持台4と対向する面には、モールド2が搭載されている。
【0020】
モールド2は、所望のガラスレンズを成形するために用いられる型であり、転写される凹型をガラス板材1に対向して保持する。図1(a)のモールドは、モールドの中央部に凹部のレンズ形状2aが刻印され、その周囲に平面領域2bが形成されている。モールドは、レンズ表面に微細加工を有するものであってもよい。このような型を有すると、成形されるガラスレンズ表面に無反射構造等を施すことができる。これによると、凸状又は凹状のガラスレンズ成形と同時に、レンズ表面に無反射構造を設けることができる。無反射構造は、図2に示すように、レンズ表面にノコギリ状の微細な凹凸を設けることで形成される。隣り合う凸部頂点の距離(図2中の矢印)は、光の波長オーダー程度であり、このように微細な凹凸がレンズ表面に存在することにより、反射光が拡散され、反射や映り込みを防止することができる。
【0021】
モールドには、熱インプリント方式でガラス板材を成形する際の高温によって溶融をしないことが求められる。珪酸塩ガラスはガラス転移点が高いため、モールドとしては、融点が2000℃程度と極めて高い炭化ケイ素(SiC)セラミックスからなるものを用いることが好ましい。モールドは、単結晶の炭化ケイ素からなるものであってもよいし、反応焼結により得られた炭化ケイ素からなるものであってもよいが、製造コストの観点から、反応焼結炭化ケイ素からなるものが好ましい。
【0022】
モールドの表面は、成型後のガラスレンズからの離型性を向上させるために、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)、金、モリブデン等の金属や、窒化ホウ素等によりコーティングされることが好ましい。このような表面処理を行わないと、モールドとガラスが凝着し、離型できない。コーティング層の厚みは適宜決定できるが、無反射構造等のための微細加工がモールド表面に設けられている場合には、その微細加工の大きさよりも十分にコーティング層が薄くなるようにして設ける。例えば、コーティング層の厚みは微細加工の大きさの1/10程度以下が好ましい。具体的な厚みの数値としては数μm程度である。
【0023】
モールドの形状は、機械的な切削加工や、反応ガスを用いたドライエッチング等により作製することができる。
【0024】
図1(a)のガラス板材1とモールド2が接触していない状態で、プレート3と保持台4双方の温度を上昇させ、ガラス板材1とモールド2を、ガラス板材1のガラス転移点以上の温度になるまで加熱する。これらはすべて真空条件下で実施する。
【0025】
加熱時の温度はガラスのガラス転移点を考慮して、良好な転写性が得られるように十分高温であることが好ましいが、あまり高すぎるとエネルギーコストの観点から好ましくないので、この2つの観点を考慮して決定する。ガラスがBK7である場合には、加熱時の温度は700℃以上であることが好ましい。
【0026】
次に、プレート3を下方向に駆動することによって、ガラス板材1の表面と、モールド2の辺縁部の平面領域2bとを接触させる(図1(b))。
【0027】
さらに、プレート3によって所定の圧力をガラス板材に加圧することで、ガラス板材がモールドの形状に沿って変形し、ガラス板材1がガラスレンズ5に成形される(図1(c))。本発明では、モールドは側方開放型のものなので、加圧時に保持体4の表面とモールド2の辺縁部の平面2bが密着することはなく、モールドの直下から外部にガラスが流出することになる。
【0028】
成形された後、この位置及び加圧を保持しつつ、モールドの加熱を停止する。これにより、ガラスレンズの温度を低下させる。この際の保持時間は、10秒〜2分程度である。
【0029】
ガラスレンズの温度がガラス材のガラス転移点未満まで低下した時点で、加圧を停止し、プレート3を上方向に駆動すると、成形されたガラスレンズが離型される(図1(d))。離型する際のガラス材の温度は、ガラス転移点より50℃〜100℃程度低い温度であることが好ましい。この温度範囲では、ガラスレンズの性状に影響を与えることなく離型することが可能である。
【0030】
得られたガラスレンズ5は、中央に凸状のレンズ部5aを有し、その周囲に平行部5bを有する。平行部5bは、モールド2の辺縁部の平面領域2bと保持体4の表面の表面に挟まれて形成された領域であり、図1(d)中の矢印で示した平行部5bの厚みは、ガラス板材1の厚みよりも薄くなっている。さらに、平行部5bの周囲には、側方開放型のモールドの直下からガラスが流出して形成されたバリ5cが形成されている。図1(d)では、バリの高さが平行部5bの厚みよりも大きい状態を図示しているが、バリの高さはこれに限られるものではない。
【0031】
加熱時の温度、加圧の程度、さらに加熱及び加圧の保持時間に関する最適条件は、使用するガラス板材のガラス転移温度や、厚み、大きさ等により変動する。そのため、熱機械分析(TMA)により、各ガラス板材について応力・歪曲線を作製して、これに基づいて最適な成形条件を割り出すことが好ましい。
【0032】
以上により、凸状のガラスレンズを製造することができるが、平行部5bやバリ5cについては適宜除去処理を行うことができる。
【実施例】
【0033】
以下に実施例を掲げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0034】
(実施例)
モールドの素材としては、日本ファインセラミックス社製の反応焼結炭化ケイ素板(□30mm、厚み3mm)を使用した。
【0035】
この炭化ケイ素板の片面に、凹状のトーリック面(R130mm、R65mm、最大深さ0.5mm)を研削した。研削加工には、超精密CNC研削盤SGU52SXSN4(ナガセインテグレックス製)を使用した。
【0036】
研削されたモールドの凹状トーリック面に対し、膜厚1μmのダイヤモンドライクカーボン膜を常法によりコーティングすることで、凹状モールドを作製した。
【0037】
ガラス板材としては、HOYA社製のBK7(□30mm、厚み2mm)を使用した。
成形機として、インプリント装置Reprina−T50(オリジン電気社製)を使用し、その真空チャンバ内の上方治具には、凹状モールドを、ダイヤモンドライクカーボン膜がコーティングされた凹状トーリック面を下方に向けて設置し、下方治具には、平面状のモールド(保持台)を設置した。平面状のモールドには、ガラス板材を積載した。
【0038】
まず、真空チャンバ内の真空度が50Paに到達するまで減圧を行った後、その真空下で、上下の治具を同時に700℃まで加熱した。目標温度に到達した後、上方治具を下方向にスライドさせ、ガラス板材に約50Nの予備荷重を60秒間加えた。その後、設定荷重(1kN、2kN又は3kN)で所定時間(600秒又は1800秒)加圧してガラスレンズに成形した。
【0039】
加圧後、各治具の配置を固定したまま、加熱を停止し、550℃まで温度が低下した後、離型を行った。離型は容易に実施できた。常温まで冷却した後、成形されたガラスレンズとモールドを真空チャンバから取り出した。
【0040】
なお、冷却方法は、400℃以上の範囲では炉冷(自然冷却)を行い、400℃未満250℃以上の範囲では空冷を行い、250℃未満では水冷を行い、100℃未満では大気開放による冷却も実施した。
【0041】
上記した荷重及び時間条件において、問題なくガラスレンズが成形された。1kN、600秒の条件で得られたガラスレンズの平行部5bの厚みは1.7mmであった。また、2kN、600秒の条件では平行部5bの厚み1.4mm;3kN、600秒の条件では厚み1.1mm;1kN、1800秒の条件では厚み1.2mm;2kN、1800秒の条件では厚み0.8mmのガラスレンズが得られた。
【0042】
各ガラスレンズの成形面の粗さを、テーラーホブソン社製のタリセーフCCI6000により測定したところ、粗さ2nmRa、10nmRzであった。すなわち、ガラスレンズの成形面を、空孔のない鏡面に仕上げることができた。
【0043】
ただし、凹状トーリック面にダイヤモンドライクカーボン膜をコーティングしていない凹状モールドを使用し、同条件でレンズ成形を行ったが、モールドとガラスが凝着し、容易に離型できなかった。
【0044】
(比較例)
使用したガラス板材の厚みを2mmとした以外は、実施例と同条件でガラスレンズを成形した。ガラスレンズは形成されたが、レンズの頂点と底面の中央部近傍に微細な空隙が含まれており、レンズとして使用可能なものではなかった。
【0045】
以上より、ガラス板材の厚みを3mm以上とすることで、空隙が含まれていないガラスレンズを成形できることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の方法によると、単純なガラス板材から、多数のガラスレンズを一度に成形できる可能性があり、金属板材の順送式プレス形成のようにガラスレンズの連続生産も期待することができる。このため、密閉型を用いて成形するプレス成形法よりも、低コストでガラスレンズの成形が可能になる。
【符号の説明】
【0047】
1 ガラス
2 モールド
3 プレート
4 保持台

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス板材からガラスレンズを製造する方法であって、
前記ガラス板材が示すガラス転移点以上の温度で、前記ガラス板材に対し、側方開放型のモールドを押し付けることで、前記ガラス板材をガラスレンズに成形する工程を含み、
前記ガラス板材の厚みが3mm以上である、ガラスレンズの製造方法。
【請求項2】
前記モールドは、炭化ケイ素セラミックスからなる、請求項1に記載のガラスレンズの製造方法。
【請求項3】
前記モールドは、前記ガラス板材と接触する表面が、ダイヤモンドライクカーボン、金、モリブデン、又は、窒化ホウ素により被覆されている、請求項2に記載のガラスレンズの製造方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2011−16671(P2011−16671A)
【公開日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−160523(P2009−160523)
【出願日】平成21年7月7日(2009.7.7)
【出願人】(301022471)独立行政法人情報通信研究機構 (1,071)
【Fターム(参考)】