説明

熱媒体、ヒートポンプ、および熱利用装置。

【課題】本発明は、0℃以下でも流動性を保ったままクラスレート水和物を生成することにより、低温の冷熱を供給するヒートポンプを提供することを目的としている。
【解決手段】上記課題を解決するために、本発明にかかる熱媒体の代表的な構成は、クラスレート水和物を生成可能な混合物からなる熱媒体であって、水と、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)、アルゴン(Ar)、もしくはジフロロメタン(CH)から選択される少なくとも1つの物質と、水溶性物質とを含有することを特徴とする。上記構成の熱媒体は混合した水溶性物質の量に応じて水に凝固点降下を生じるため(氷点降下)、0℃以下でも水が凍ることなく、流動性を保ったままクラスレート水和物を生成することができる。従って当該熱媒体を使用した場合には、低温の冷熱を供給するヒートポンプを提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱媒体、ヒートポンプ、および熱利用装置に関し、特にクラスレート水和物の分解熱および生成熱を利用する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ヒートポンプ(冷凍機を含む)は、蒸発、圧縮、凝縮、及び膨張の各工程からなるサイクルにより、低温の物体から吸熱し、高温の物体に対して放熱する装置である。エネルギー利用効率が比較的高いため、冷暖房機能を有する空気調和装置や冷凍装置などの熱利用装置に多く用いられている。
【0003】
近年、クラスレート水和物(ハイドレート)を熱媒体(冷凍サイクルの場合は冷媒)として利用するヒートポンプについて研究が進められている。クラスレート水和物は、生成過程(水とガスからクラスレート水和物が生成される過程)で放熱し、分解過程(クラスレート水和物から水とガスに分散される過程)で吸熱する。この動作(作用)を利用して、熱媒体として機能させようとするものである。
【0004】
クラスレート水和物の分解熱および生成熱は従来のヒートポンプに使われる冷媒の凝縮熱および蒸発熱に比べて大きい。このためゲスト物質の種類によっては、エネルギー効率の高い、高性能なヒートポンプを実現できる可能性を有している。さらに自然界に存在するガス(フロン系ガス以外)をゲスト物質として利用できれば、非フロン冷媒であってエネルギー効率の成績係数(COP:Coefficient Of Performance)が高いヒートポンプを実現することができる。
【0005】
クラスレート水和物は、水をホスト物質、水以外の物質をゲスト物質とする包接化合物である。包接化合物とは、ホスト物質が結合して生じた多面体構造の内部に空孔があり、その空孔にゲスト物質が一定の組成比で入り込み、特定の結晶構造を形成している物質である。すなわちクラスレート水和物は、水分子の包接格子の中にゲスト物質の分子が包接された結晶であって、固体あるいはシャーベット状である。クラスレート水和物は低温、高圧下で生成されることが知られているが、ゲスト物質の種類によって生成条件(主に温度に対する平衡圧)が異なっている。
【0006】
水とクラスレート水和物を生成するゲスト物質としては、メタン、エタン、プロパン、エチレン、アセチレンなどの炭化水素希ガスや、HFC(R−134a、R−407C、R−410Aなど)、HCFC(R−22、R−123、R−124、R−141b、R−142b、R−225など)などのフルオロカーボン類の他に、炭酸ガス(CO)、窒素、空気、キセノン(Xe)などが知られている。
【0007】
特許文献1には、クラスレート水和物の分解熱および生成熱を利用して、低温の物体から熱を汲み上げ、高温の物体に熱を与えるヒートポンプが記載されている。特許文献1によれば、ヒートポンプの成績係数(COP)を向上させることができ、これを用いた熱利用装置のエネルギー効率を向上させることができるとしている。
【特許文献1】特開2004−101140号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、クラスレート水和物を熱媒体として使用する場合、熱交換の可能な温度範囲、特に低温側に制限があるという問題があった。すなわち熱媒体の主成分が水であるために、水の氷点よりも温度が下がると回路内で氷結し、流動性がなくなってしまう。すなわち、摂氏0℃以下では水が凍結してしまって流動性を保てず、氷点以下の冷熱を供給するシステムの実現は難しい。
【0009】
そこで本発明は、0℃以下でも流動性を保ったままクラスレート水和物を生成することにより、低温の冷熱を供給するヒートポンプを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明にかかる熱媒体の代表的な構成は、クラスレート水和物を生成可能な混合物からなる熱媒体であって、水と、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)、アルゴン(Ar)、もしくはジフロロメタン(CH)から選択される少なくとも1つの物質と、水溶性物質とを含有することを特徴とする。上記構成の熱媒体は混合した水溶性物質の量に応じて水に凝固点降下を生じるため(氷点降下)、0℃以下でも水が凍ることなく、流動性を保ったままクラスレート水和物を生成することができる。従って当該熱媒体を使用した場合には、低温の冷熱を供給するヒートポンプを提供することができる。
【0011】
水溶性物質は、単体で構造IIのクラスレート水和物を生成する物質であることが好ましい。従って分子径に関しては、分子径0.52nm以上、好ましくは0.6nm〜0.7nmの物質であることが好ましい。0.52nm以上とすることにより、構造IIのクラスレート水和物を生成できるからである。また0.7nmより大きくなると、構造IIのクラスレート水和物のゲスト物質となりにくくなるからである。
【0012】
水溶性物質は、水溶性液体であることが好ましい。液体は気体に比べて確実に水と混じるため、効率的に凝固点降下の効果を得ることができる。水溶性液体の他には、水溶性気体であってもよい。水溶性気体の例としては、アンモニアや二酸化炭素、HFC(ハイドロフルオロカーボン)系の冷媒ガスなどを挙げることができる。
【0013】
水溶性液体は、2−プロパノール(CHCH(OH)CH)、タートブタノール(2メチル2−プロパノール:(CHCOH)、アセトン(2プロパノン:CO)から選択される少なくとも1つの物質が好ましい。また、シクロペンタノン(CO)、テトラヒドロフラン(CO)、シクロブタノン(CO)、1,3−ジオキソラン(C)も同様に選択することができる。なお、1つの物質を選択することでもよいが、複数の物質を選択した混合物であってもよい。これらの物質を用いることにより、凝固点降下を図れると共に、生成条件の一つとしての平衡圧を下げることができる。
【0014】
熱媒体には、さらにシクロペンタン又はシクロペンテンを含有することが好ましい。これにより平衡圧をさらに下げることができ、入力動力をさらに小さくすることができる。
【0015】
本発明にかかるヒートポンプの代表的な構成は、クラスレート水和物の分解過程が行われる分解器と、クラスレート水和物の生成過程が行われる生成器とを備え、熱媒体が分解器において吸熱し、生成器において放熱するヒートポンプにおいて、熱媒体として上記構成の熱媒体を用いたことを特徴とする。これにより、クラスレート水和物を熱媒体に利用しながらも0℃以下の低温の冷熱を供給可能なヒートポンプを提供することができる。
【0016】
本発明にかかる熱利用装置の代表的な構成は、上記ヒートポンプを備えることを特徴とする。これにより、クラスレート水和物を熱媒体に利用しながらも0℃以下の低温の冷熱を供給可能な空気調和装置、冷却装置(ヒートシンクなど)、暖房装置(床暖房装置など)、給湯装置、冷凍装置、脱水装置、蓄熱装置、融雪装置、乾燥装置などの熱利用装置を提供することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、0℃以下でも流動性を保ったままクラスレート水和物を生成することができ、0℃以下の低温の冷熱を供給する熱媒体、ヒートポンプ、もしくは熱利用装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明にかかる熱媒体、ヒートポンプ、および熱利用装置の実施形態について説明する。なお、以下の実施例に示す寸法、材料、その他具体的な数値などは、発明の理解を容易とするための例示に過ぎず、特に断る場合を除き、本発明を限定するものではない。
【0019】
(熱媒体)
本実施形態にかかる熱媒体は、ホスト物質である水の他に、ゲスト物質としてのクリプトン(Kr)、キセノン(Xe)、アルゴン(Ar)、もしくはジフロロメタン(CH:以下「HFC−32」という。)から選択される少なくとも1つの物質と、水溶性物質とを含有している。
【0020】
本実施形態にかかる熱媒体は、温度および圧力の変化に伴い、クラスレート水和物を形成している状態(以下「結晶状態」という。)と、各々の成分に分離した状態(以下「分解状態」という。)との異なる状態をとることができる。結晶状態では、水分子をホスト物質として、多面体構造の内部の空孔にゲスト物質が入り込んだ包接化合物を形成する。
【0021】
分子径が0.52nmより小さな分子(以下、「A成分」という。)は、包接化合物において、五角形の12面体に入ることが知られている。また分子径が0.52nm以上の大きな分子(以下、「B成分」という。)は、五角形12面と六角形4面とからなる16面体に入ることが知られている。ゲスト物質にB成分が含まれる場合、多面体構造の結晶は、五角形の12面体と、五角形12面と6角形4面とからなる16面体と、の組み合わせからなる構造IIと呼ばれる結晶構造をとる。
【0022】
Kr、Xe、Ar、HFC−32は分子径が0.52nmより小さく、A成分である。そして水溶性物質の分子径が0.52nm以上であってB成分である場合、結晶は構造IIを取り、各成分のモル比は水:A成分:B成分が136:16:8となる。従って熱媒体は、水とA成分とB成分を上記比率とすることが考えられる。ただし結晶状態においては、クラスレート水和物自体は固体であって流動性をもたないため、水を加えてスラリー状とする必要がある。そのため、水のモル混合比は、上記比率よりも多めであることが好ましい。
【0023】
分解状態では、ホスト物質である水とゲスト物質は基本的に分離する。しかし、気体であるKr、Xe、Ar、HFC−32は気相として分離するが、水溶性物質は水に溶解するため、気相または液相が分離することはない。従って、本実施形態にかかる熱媒体は、混合した水溶性物質の量に応じて水に凝固点降下を生じるため(氷点降下)、0℃以下でも水が凍ることなく、流動性を保ったままクラスレート水和物を生成することができる。従って、上記構成の熱媒体を用いてヒートポンプまたは熱利用装置を構成することにより、0℃以下の低温の冷熱を供給する熱媒体、ヒートポンプ、もしくは熱利用装置を提供することができる。
【0024】
ここで、ヒートポンプのサイクルにおいて、クラスレート水和物が分解過程(クラスレート水和物から水とガスに分散される過程)で吸熱する際に、熱媒体は最も低温となる。すなわち熱媒体は、この最低温度において結晶状態でも分解状態でも流動性を有している必要があり、いずれの状態でも同様に凍らない必要がある。このため、いずれの状態でも凝固点降下の程度が一定であることが望ましく、水と水溶性物質のモル比が一定に維持されることが好ましい。従って水溶性物質がB成分である場合、構造IIの各成分のモル比が水:A成分:B成分=136:16:8であるところ、結晶状態でも分解状態でも同じモル比で水溶性物質を溶解させておくために、水:水溶性物質(B成分)=136:8=17:1であることが好ましい。結果的には、A成分のみを上記比率よりも少なくすればよい。
【0025】
水溶性物質は、単体で構造IIのクラスレート水和物を生成する物質であればよい。従って分子径に関しては、分子径0.52nm以上、好ましくは0.6nm〜0.7nmの物質であることが好ましい。0.52nm以上とすることにより、構造IIのクラスレート水和物を生成できるからである。また0.7nmより大きくなると、クラスレート水和物のゲスト物質となりにくくなるからである。
【0026】
水溶性物質は、水溶性液体であることが好ましい。液体は気体に比べて投入した全量が確実に水と混じるため、効率的に凝固点降下の効果を得ることができる。水溶性液体の他には、水溶性気体であってもよい。水溶性気体の例としては、アンモニアや二酸化炭素、HFC(ハイドロフルオロカーボン)系の冷媒ガスなどを挙げることができる。
【0027】
水溶性液体は、アルコール類、ケトン類、アミン類、エーテル類のいずれかの群から選択することができる。これらの物質は親水性が強いため、水によく溶けて効率的に凝固点降下の効果を得ることができる。
【0028】
アルコール類の具体例としては、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、2−プロパノール、2,2−ジメチル−1−プロパノール、n−ブタノール、2−ブタノール、タートブタノール、2−メチル−1−プロパノール、2−メチル−1−ブタノール、3−メチル−1−ブタノール、3−メチル−2−ブタノール、n−ペンタノール、2−ペンタノール、3−ペンタノール、タートペンタノール等の水可溶性の低級アルコール類が挙げられる。
【0029】
ケトン類の具体例としては、アセトン、2‐ブタノン、3‐ヘキサノン、2‐オクタノン、2‐ウンデカノン等の飽和脂肪族ケトン、ゲラニルアセトン、フルオロアセトン、クロロアセトン、1,1,1‐トリクロロアセトン、3‐クロロペンタンジオン、ジシクロヘキシルケトン、シクロブタノン、シクロペンタノン、パーフルオロシクロペンタノン、シクロヘキサノン、2‐メチルシクロヘキサノン、2‐ニトロシクロヘキサノン、シクロデカノン、カンファー、ノルカンファー、3‐クロロノルボルナノン、1‐デカロン、2‐アダマンタノン、ベンジルアセトン、1,3‐ジフェニルアセトン、2‐フェニルシクロヘキサノン、2‐インダノン、β‐テトラロン、7‐メトキシ‐2‐テトラロン、アセトフェノン等が挙げられる。
【0030】
アミン類の具体例としては、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、n−プロピルアミン、n−ブチルアミン、n−アミルアミン、イソアミルアミン、長鎖脂肪族アミン,分枝脂肪族アミン、シクロアミン、脂肪族ポリアミン、エチレンジアミン四酢酸、テトラメチレンジアミン、トリエチレンテトラミン、エタノールアミン、ジメチルエタノールアミン、ジエチルエタノールアミン、トリエタノールアミン等が挙げられる。
【0031】
エーテル類の具体例としては、ジメチルエーテル、エチルメチルエーテル、ジエチルエーテル、フラン、ジベンゾフラン、テトラヒドロフラン、1,3−ジオキソラン等が挙げられる。
【0032】
中でも、2−プロパノール(CHCH(OH)CH)、タートブタノール(2メチル2−プロパノール:(CHCOH)、アセトン(2プロパノン:CO)から選択される少なくとも1つの物質が好ましい。また、シクロペンタノン(CO)、テトラヒドロフラン(CO)、シクロブタノン(CO)、1,3−ジオキソラン(C)も同様に選択することができる。なお、1つの物質を選択することでもよいが、複数の物質を選択した混合物であってもよい。これらの物質を用いることにより、凝固点降下を図れると共に、生成条件の一つとしての平衡圧を下げることができる。
【0033】
熱媒体には、さらにシクロペンタン又はシクロペンテンを含有することが好ましい。シクロペンタン又はシクロペンテンは親水性が低いため凝固点降下にはあまり寄与しないが、これらの物質を混合することによって平衡圧をさらに下げることができ、入力動力をさらに小さくすることができる。
【0034】
本発明者らは、A成分としてXe、Arを選択した場合のデータを未取得であるが、以下の理由により、XeやArを選択した場合にも、Kr又はHFC−32と同等の結果が得られることを推定した。
【0035】
すなわち、Journal of Structural Chemistry,Vol.43,No.6,p985-989,2002には、Xe、Kr、Arが、テトラヒドロフラン(THF)と構造IIのクラスレート水和物を生成する旨が記載されている。このように、クラスレート水和物生成に際して、XeとArは、Krと同様の挙動を示すものである。したがって、THFに代えて、シクロペンタンやシクロペンテンを用いた場合にも、XeとArが、Krと同様の挙動を示すことを予測することができたものである。
【0036】
(ヒートポンプ)
図1は本実施形態にかかるヒートポンプの概略構成図である。ヒートポンプ1は、分解器10と、生成器20と、分解器10から生成器20へ熱媒体を移動させる第1経路30と、生成器20から分解器10へ熱媒体を移動させる第2経路40とからなる循環流路(冷媒回路)を備えており、この循環流路内を、本発明の熱媒体が循環するようになっている。
【0037】
分解器10は、分解容器11およびこれに貫設された加熱管12とを備えている。そして、分解容器11内に導入される熱媒体と、加熱管12内を流通する低温物体との間で熱交換できるようになっている。生成器20は、生成容器21と生成容器21内に貫設された冷却管22とを備えている。そして、生成容器21内に導入される熱媒体と冷却管22内を流通する高温物体との問で熱交換できるようになっている。
【0038】
第1経路30は、熱媒体の内、液体成分(主として水とB成分)が流通する液体経路31と気体成分(主としてA成分)が流通する気体経路32とに分かれて構成されている。そして、液体経路31には液体ポンプ33が、気体経路32にはガス圧縮機34が各々介装されており、熱媒体の液体成分と気体成分とを別々に搬送すると共に、気体成分を昇圧できるようになっている。第2経路40にはスラリーポンプ41が介装されており、結晶状態の熱媒体を、減圧しつつ搬送できるようになっている。なお、必要に応じてスラリーポンプ41の後段に圧力調整弁を設けてもよい。
【0039】
加熱管12内を流通する低温物体や冷却管22内を流通する高温物体としては、室内空気、室外空気、水道水、工業用水、排水、他のヒートポンプ等に利用される熱媒体等の流体を、ヒートポンプ1の使用日的に応じて適宜選択することができる。例えば、低温物体と高温物体の一方を室内空気、他方を室外空気とすれば、ヒートポンプ1を空調装置に使用することができる。また、低温物体と高温物体の一方を室内空気、他方を水道水とすれば、給湯器や冷水器に使用することができる。
【0040】
ヒートポンプ1は、クラスレート水和物の分解熱および生成熱を利用して、クラスレート水和物の分解過程で低温物体から熱を汲み上げ、そのクラスレート水和物の生成過程で高温物体に熱を与える。かかるヒートポンプ1の作用について、室内空気を冷却する場合を例にとり、図1及び図2を参照しつつ説明する。
【0041】
図2は、本実施形態にかかる熱媒体のサイクルを説明する図である。図2において、ラインEは本発明の熱媒体の相平衡線である。相平衡線Eの右下の領域は、液体と気体とに分離した分解状態である。一方、相平衡線Eの左上の領域は、安定または準安定した結晶状態(クラスレート水和物を形成している状態)である。すなわち,図中のポイントAは分解状態(低圧側)、ポイントBは分解状態(高圧側)、ポイントCは結晶状態(高圧側)、ポイントDでは結晶状態(低圧側)を各々示している。
【0042】
図1における分解器10の出口側の熱媒体はポイントAの状態である。この分解状態(低圧側)にある熱媒体は、まず、第1経路30で昇圧される。昇圧は、具体的には第1経路30の気体経路32に設けられたガス圧縮機34によって気体成分(主としてA成分)を圧縮することにより行われる。その結果、生成器20の入口側では、熱媒体(気体成分及び液体成分)は、ポイントBの分解状態(高圧側)となる。また、断熱圧縮によって熱媒体の温度は上昇する。
【0043】
次に、この分解状態(高圧側)にある熱媒体は、生成器20で冷却される。冷却は、具体的には、生成容器21内に導入される熱媒体と冷却管22内を流通する室外空気との間で熱交換をすることにより行われる。すなわち、熱媒体から生成熱に相当する熱が室外空気に対して放出される。この放熱の結果、熱媒体の状態は、相平衡線を横切り、生成器20の出口側ではポイントCの結晶状態(高圧側)となる。
【0044】
次に、この結晶状態(高圧側)にある熱媒体は、第2経路40で減圧される。その結果、分解器10の入口側では、熱媒体は、ポイントDの結晶状態(低圧側)となる。
【0045】
次に、この結晶状態(低圧)にある熱媒体は、分解器10で加熱される。加熱は、具体的には、分解容器11内に導入される熱媒体と加熱管12内を流通する室内空気との間で熱交換をすることにより行われる。すなわち、熱媒体が、分解熱に相当する熱を室内空気から吸収する。この吸熱の結果、熱媒体の状態は、相平衡線を横切り、分解器10の出口側ではポイントAの分解状態(低圧側)となる。
【0046】
以上の工程が繰り返されることにより、ヒートポンプ1は、室内空気の熱を室外空気に対して放出する働きをする。すなわち、室内空気を冷却する空調装置に使用することができる。
【0047】
ヒートポンプ1が正常に機能するためには、ポイントBとポイントDの温度が重要である。まず、上記生成器20において冷却が行われるためには、室外空気がポイントBにおける熱媒体の温度よりも低温であることが必要である。室外空気がポイントBにおける熱媒体の温度以上であると放熱できないため、クラスレート水和物を生成できない。そのため、ガス圧縮機34による昇圧の程度は、このポイントBにおける温度が、室外空気よりも高くなるように設定される。
【0048】
低温側のポイントDの温度については、分解器10において加熱が行われるために、室内空気がポイントDにおける熱媒体の温度よりも高温であることが必要である。室内空気がポイントDにおける熱媒体の温度以下であると吸熱できないため、クラスレート水和物を分解できないからである。
【0049】
またポイントDにおける温度は、水の氷点よりも高くなることが必要である。氷点以下であると、熱媒体中の水が凍結し、熱媒体の流動性を確保することが困難となるからである。ここで、本実施形態にかかる熱媒体は、水溶性物質を含有しているために、凝固点降下が起きており、氷点が0℃よりも下がっている(氷点降下)。従って0℃以下でも流動性を保ったままクラスレート水和物を生成することができ、ポイントDの温度は0℃以下かつ氷点以上の間に設定することが可能となる。
【0050】
そのため、スラリーポンプ41による減圧の程度は、このポイントDにおける温度が室内空気よりも低くなるように、かつ降下した氷点(0℃以下)よりも高くなるように設定することができる。
【0051】
なお本実施形態において、液体経路31と気体経路32とを別々としたが、ガス圧縮機34の下流側では、液体経路31と気体経路32とが合流していてもよい。その他、ヒートポンプの成績係数(COP)を挙げるために、公知の種々の手段を採用することができる。
【0052】
(熱利用装置)
本発明のヒートポンプを備える熱利用装置としては、例えば、冷房、暖房、除湿、及び加湿の少なくとも1つの機能を有する空気調和装置に適用することができる。この他に、冷却装置(ヒートシンクなど)、暖房装置(床暖房装置など)、給湯装置、冷凍装置、脱水装置、蓄熱装置、融雪装置、乾燥装置など、熱源との間で熱の授受を行い、加熱又は冷却を行う様々な熱利用装置(プラントやシステムを含む)に適用可能である。これらの熱利用装置では、本発明のヒートポンプを用いることにより、高温側でも、比較的低い圧力下で熱交換を可能とすることができる。
【0053】
(その他の用途)
本発明の熱媒体のヒートポンプ以外の用途としては、蓄冷・蓄熱システム等における蓄冷剤や蓄熱剤、他のヒートポンプの熱媒体と熱交換をする二次媒体としての使用等が挙げられる。
【実施例】
【0054】
A成分がKr、B成分が液状ゲスト物質(2−プロパノール、アセトン、またはタートブタノール)の場合について、本発明の熱媒体の各温度におけるクラスレート水和物とその分解物との平衡圧を、Ohmuraらが用いている定容積法(Ohmura, R., Uchida, T., Takeya S., Nagao, J., Minagawa, H., Ebinuma, T_ and Narita, H., "Phase Equilibrium for Structure-H Hydrates Formed with Methane and each of Pinacolone(3,3-dimethyl-2-butanone) and Pinacolyl alcohol(3,3-dimethyl-2-butanol)", J. Chem. Eng. Data, 48, 2003, 1337-1340.)により調べた。
【0055】
まず、水20cmに、液状ゲスト物質(2−プロパノール、アセトン、またはタートブタノール)と水とのモル比が17:1になるように加え、恒温水槽に入れた試験容器に導入する。このモル比は、上記説明した如く、クラスレート水和物が生成または分解された際に、一方が不足することを避けるために定めたものである。
【0056】
恒温水槽を所定の温度に設定し、真空ポンプで試験容器内から空気を排出した後、Krガスを所定の圧力まで試験容器に導入する。圧力が安定化した後、ガスボンベと試験容器の間のバルブを閉め、実験操作中に容器内のガスの分子数が一定であるようにする。
【0057】
温度T、圧力pが安定した後、1〜2K(ケルビン)ずつ温度を低下させ、それぞれの温度で一定時間保持する。急激な圧力低下により水和物生成が確認されたら、その温度を5〜6時間保持する。その後は0.1KずつTを上昇させ、容器内圧力pが安定化するまでそれぞれの温度を5〜6時間保持し、安定化したときのp−T条件を記録する。
【0058】
水和物が容器内に存在している場合には温度の上昇に伴い水和物が分解し、ガスの放出による圧力上昇が見られる。水和物が全て分解した後には顕著な圧力上昇は見られなくなる。水和物がほぼ分解したかわずかに存在しているときのp−T条件を,水和物平衡条件として最も信頼性の高いデータとして記録する。
【0059】
以上の操作を、初期圧力条件を変化させて繰り返すことで図3に示すような広い温度範囲での平衡条件を測定した。図3は、本実施例にかかる熱媒体の相平衡線を示す図である。
【0060】
上記実験の結果、ゲスト物質がKrのみの場合には0℃で熱媒体が氷結し、流動性を失って計測不能となっている。これに対し液状ゲスト物質(2−プロパノール、アセトン、またはタートブタノール)を含有させた場合には凝固点降下が見られ、0℃(273.15K)以下でも流動性を保ったままクラスレート水和物を生成できることを確認した。
ここで、水の凝固点降下係数は1.86K・Kg/molである。上記のように水:水溶性物質は17:1で混合しているから、
凝固点降下度ΔT=1000/18.02×1/17×1.86≒6.1K
となる。従って氷点は−6.1Kまで降下することがわかる。そして実験値においても、ほぼこれに倣った温度まで、流動性を保ったままクラスレート水和物を生成できることを確認した。このように、氷点以下で流動性を保ったままクラスレート水和物を生成できることから、氷点以下の冷熱を供給するシステムを実現することができる。
【0061】
またゲスト物質がKrのみの場合に比して、生成条件の一つとしての平衡圧が緩和(低下)するという効果が得られた。なお実験によれば、2−プロパノール、タートブタノール、アセトンの順に生成条件緩和の度合いが大きかった。すなわち、本実施例の熱媒体の相平衡線は、高温側まで存在し、通常の環境温度の範囲をカバーすることができた。しかも、高温側でも比較的低い圧力でクラスレート水和物を生成し得る相平衡線であるため、入力動力を小さくすることができ、成績係数(COP)の向上に寄与することができる。
【0062】
さらに、水溶性物質ではないが、液体ゲスト物質としてシクロペンタン又はシクロペンテンを含有させてもよい。図3に示すように、水溶性物質と併用してシクロペンタン、シクロペンテンを含有させることにより、平衡圧をさらに下げることができ、入力動力をさらに小さくすることができる。
【0063】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施例について説明したが、本発明は係る例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、クラスレート水和物を用いた熱媒体、ヒートポンプ、および熱利用装置として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】実施形態にかかるヒートポンプの概略構成図である。
【図2】実施形態にかかる熱媒体のサイクルを説明する図である。
【図3】実施例にかかる熱媒体の相平衡線を示す図である。
【符号の説明】
【0066】
1 …ヒートポンプ
10 …分解器
11 …分解容器
12 …加熱管
20 …生成器
21 …生成容器
22 …冷却管
30 …第1経路
31 …液体経路
32 …気体経路
33 …液体ポンプ
34 …ガス圧縮機
40 …第2経路
41 …スラリーポンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クラスレート水和物を生成可能な混合物からなる熱媒体であって、
水と、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)、アルゴン(Ar)、もしくはジフロロメタン(CH)から選択される少なくとも1つの物質と、水溶性物質とを含有することを特徴とする熱媒体。
【請求項2】
前記水溶性物質は、単体で構造IIのクラスレート水和物を生成する物質であることを特徴とする請求項1記載の熱媒体。
【請求項3】
前記水溶性物質は、水溶性液体であることを特徴とする請求項1記載の熱媒体。
【請求項4】
前記水溶性液体は、アルコール類、ケトン類、アミン類、エーテル類のいずれかの群から選択されることを特徴とする請求項3記載の熱媒体。
【請求項5】
前記水溶性液体は、2−プロパノール(CHCH(OH)CH)、タートブタノール(2メチル2−プロパノール)((CHCOH)、アセトン(2−プロパノン)(CO)から選択される少なくとも1つの物質であることを特徴とする請求項3記載の熱媒体。
【請求項6】
さらにシクロペンタン又はシクロペンテンを含有することを特徴とする請求項1記載の熱媒体。
【請求項7】
クラスレート水和物の分解過程が行われる分解器と、
クラスレート水和物の生成過程が行われる生成器とを備え、
熱媒体が前記分解器において吸熱し、前記生成器において放熱するヒートポンプにおいて、
前記熱媒体は、請求項1乃至請求項6のいずれか1項記載の熱媒体であることを特徴とするヒートポンプ。
【請求項8】
請求項7記載のヒートポンプを備えることを特徴とする熱利用装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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