説明

熱間工具鋼

【課題】
本発明は、熱間鍛造、熱間押出、鋳造、ダイカストなどの金型用の熱間工具鋼を提供する。
【解決手段】 質量%で、C:0.3〜0.45%、Si:0.25%超〜1.2%、Mn:0.2〜1.0%、Cr:3〜6%、MoまたはWのいずれか1種または2種を、Mo当量(Mo+1/2W):1.0〜3.5%、VまたはNbのいずれか1種または2種を、V当量(V+1/2Nb):0.3〜1.0%、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、該不純物としては、N:0.015%以下、Ti:0.005%以下、かつ、NとTiのバランスが、N≦R≡1.46×10-4×Ti-0.736からなることを特徴とする熱間工具鋼。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間鍛造、熱間押出、鋳造、ダイカストなどの金型用の熱間工具鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、プレス型、鍛造型、ダイカスト型などの素材として用いられる工具鋼としては、JISに制定されているSKD61、SKD6、SKTなどのほか、3Cr−3Mo系鋼、セミハイス系鋼などが使用されている。近年、数値制御による切削加工のさらなる進歩により、金型加工等の自動化、高速化が進み、工具鋼におけるより優れた靱性が求められている。
【0003】
例えば、特許第4516211号公報(特許文献1)に開示されているように、C:0.3〜0.4%、Mn:0.2〜0.8%、Cr:4〜6%、Mo:1.8〜3%、V:0.4〜0.6%、Si:≦0.25%、N:≦0.010%、O:≦10ppm、P:≦0.010%、S:≦0.0008%で焼入焼戻しにて45HRCを超える硬度が得られる熱間加工工具鋼が提案されている。
【特許文献1】特許第4516211号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述した特許文献1には、NとTiの低減が凝固時に生成するMX系晶出物(M:V,Ti、X:Cおよび/またはN)を軽減することが述べられている。しかしながら、Tiを含むV炭化物は鋼材基地組織中に固溶しにくく、鋼材製品の靱性の低下を招き、凝固時のTi含有V炭化物の晶出を完全には低減することができない。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述したような問題を解消するために発明者らは鋭意開発した結果、不純物としてのTiとNの含有量を制御することで、靱性に有害な凝固時の晶出物形成量を低減する。また、適正な固溶化熱処理を加えて鋼材製品に残存する晶出物をさらに減少させることで、優れた靱性を得ることを見出し発明に至った。
【0006】
その発明の要旨とするところは、
質量%で、C:0.3〜0.45%、Si:0.25%超〜1.2%、Mn:0.2〜1.0%、Cr:3〜6%、MoまたはWのいずれか1種または2種をMo当量(Mo+1/2W):1.0〜3.5%、VまたはNbのいずれか1種または2種をV当量(V+1/2Nb):0.3〜1.0%、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、該不純物としては、N:0.015%以下、Ti:0.005%以下、かつ、NとTiのバランスが、N≦R≡1.46×10-4×Ti-0.736からなることを特徴とする熱間工具鋼にある。
【発明の効果】
【0007】
以上述べたように、本発明鋼は、高強度材における問題であった、靱性が大きく改善されたことで、熱間鍛造、熱間押出、鋳造、ダイカストなどの金型用の熱間工具鋼として優れた工具寿命をもたらすものであり、その効果は非常に大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明鋼の成分範囲の限定理由について述べる。
C:0.3〜0.45%
Cは、十分な焼入性を確保し、炭化物を形成させることで硬度、耐摩耗性や強度を得るための元素である。しかし、0.3%未満では十分な強度、耐摩耗性が得られない。また、0.45%を超えると、凝固偏析を助長し、炭窒化物の晶出が生じ易くなり、靱性を阻害する。したがって、その範囲を0.3〜0.45%とした。
【0009】
Si:0.25%超〜1.2%
Siは、製鋼での脱酸効果、焼入性確保として必要な元素である。しかし、0.25%以下であると、その効果が十分でなく、また、1.2%を超えると靱性を低下させ、また、熱間工具鋼として重要な物性値である熱伝導率を低下させることから、その範囲を0.25%超〜1.2%とした。
【0010】
Mn:0.2〜1.0%
Mnは、焼入性を確保するための元素である。しかし、0.2%未満ではその効果が十分でなく、また、1.0%を超えると加工性を低下させることから、その範囲を0.2〜1.0%とした。
【0011】
Cr:3〜6%
Crは、焼入性を改善するための元素である。しかし、3%未満ではその効果が十分でなく、また、6%を超えると焼入焼戻し時にCr系の炭化物が過多に形成され、高温強度および軟化抵抗性を低下させることから、その範囲を3〜6%とした。
【0012】
Mo+1/2W:1.0〜3.5%
Mo、Wは、共に焼入性と二次硬化、耐摩耗性に寄与する析出炭化物を得るためと、焼入れ時に未固溶となった微細な炭化物が結晶粒の粗大化を抑制するための元素である。ただし、その効果はMoの方がWよりも2倍強く、同じ効果を得るのに、WはMoの2倍必要である。この両元素の効果は、Mo当量(Mo+1/2W)で表すことができる。しかし、Mo+1/2Wが1.0%未満ではその効果が十分でない。また、過剰に添加しても効果が飽和するばかりか、炭化物が粗大凝集することにより靱性を低下させることから、その範囲を1.0〜3.5%とした。
【0013】
V+1/2Nb:0.3〜1.0%
V、Nbは、焼戻し時に微細で硬質な炭化物、炭窒化物を析出し、強度や耐摩耗性に寄与する。また、焼入れ時には微細な炭化物、炭窒化物が結晶粒の粗大化を抑制し、靱性の低下を抑制する。ただし、その効果はVの方がNbよりも2倍強く、同じ効果を得るのに、NbはVの2倍必要である。この両元素の効果は、V当量(V+1/2Nb)で表すことができる。しかし、0.3%未満ではその効果が十分でない。また、多過ぎると、凝固時に粗大な晶出物を生成し、靱性を低下させることから、その範囲を0.3〜1.0%とした。
【0014】
N:0.015%以下、Ti:0.005%以下、かつ、NとTiのバランスが、N≦R≡1.46×10-4×Ti-0.736
N、Tiは、不純物としてのNとTiの含有量を制御することで、靱性に有害な凝固時の晶出物形成量を低減するもので、Nは0.015%を超え、また、Tiは0.005%を超える場合は、晶出物が固溶しにくく、十分な靱性を得ることができないことから、それぞれの上限を0.015%、0.005%とした。ただし、N≦R≡1.46×10-4×Ti-0.736とした理由は、上記式を満たさない条件でNおよびTiを制御した場合、凝固時に形成される晶出物は固溶され難い組成になり、固溶化熱処理後の残存量が多くなり、十分な靱性を得ることが出来ないからである。
【実施例】
【0015】
以下、本発明について実施例によって具体的に説明する。
表1に示す化学成分の鋼を真空溶解炉にて、No.1〜14は100kg、No.15〜20は50kgの溶解を行い、50kgずつの小鋼塊を製造した。No.1〜14は小鋼塊の片方は固溶化熱処理を実施し、もう一方は固溶化熱処理を行わず、No.15〜20は固溶化熱処理を実施した。いずれの小鋼塊も圧鍛を加えて、比較試験に供した。その結果を表2に示す。
【0016】
表2の内、No.1〜14は、固溶化熱処理を実施していない。一方、No.15〜34は、1250℃での固溶化熱処理を実施した鋼材であり、固溶化熱処理の時間は、工業的に日常連続操業が可能な20時間とした。また、晶出物量は、100mm径の圧鍛材の中心部より、圧延方向に平行な面にて幅10mmで長さ16mmの試験片を採取し、観察を実施した。最終バフ研磨にて鏡面研磨仕上げをした後、光学顕微鏡にて400倍で観察を行い、晶出物が多い箇所を30視野選択し、晶出物の面積率を算出して晶出物量とした。
【0017】
また、靱性は、シャルピー衝撃試験により評価した。試験片は、100mm径の圧鍛材の中心部より圧延方向と垂直方向より採取した。試験片は、焼入焼戻しにより44〜46HRCの範囲内の硬さに収まるように調質し、JIS Z 2242に従い、深さ2mmのUノッチを圧延方向に垂直となる面に加工した。さらに、高温特性は、焼入焼戻しにより44〜46HRCに調質した各鋼材を650℃にて50時間保持し、この鋼材を空冷した後に硬度を測定し、初期の調質硬さとの差(硬度低下度)にて評価した。
【0018】
【表1】

表1に示す化学成分のNo.1〜7は、本発明例であり、No.8〜20は、比較例である。
【0019】
【表2】

表2に示すNo.1〜7、15〜21は、本発明例であり、No.8〜14、22〜34は、比較例である。
【0020】
表2に示すように、比較例No.8は、Ti含有量が高く、かつ、Nは本発明の範囲内であるが、N≦Rを満たしていないことから、晶出物量を低減することができず、残存する晶出物量が多くなってしまい、靱性が劣る。比較例No.9は、Ti含有量が高いために、晶出物量を低減することができず、靱性が劣る。比較例No.10は、TiとNの含有量が共に高いために、比較例No.9と同様に、晶出物量を低減することができず、靱性が劣る。
【0021】
比較例No.11は、TiとNの含有量は共に本発明の範囲内であるが、N≦Rを満たしていないことから、残存する晶出物量が多くなってしまい、靱性が悪い。比較例No.12は、N含有量が高いために、晶出物量を低減することができず、晶出物量が非常に多くなってしまい、靱性が悪い。比較例No.13は、Ti含有量が高く、Nは本発明の範囲内であるが、N≦Rを満たしていないことから、晶出物量を低減することができず、晶出物量が非常に多くなってしまい、靱性が悪い。
【0022】
比較例No.14は、TiとNの含有量は共に本発明の範囲内であるが、N≦Rを満たしていないことから、残存する晶出物量が多くなってしまい、靱性が劣る。なお、比較例No.22〜28は、比較例No.8〜14に係る化学成分が本発明の成分含有量の範囲外である条件での、1250℃での固溶化熱処理を実施した鋼材であるが、いずれも晶出物量の面積%が大きい。すなわち、晶出物量が多くなってしまい、靱性が十分でない。また、No.22〜28の合金元素含有量は、No.8〜14と同等であることから、高温特性は評価しない。
【0023】
比較例No.29は、靱性は良いがC含有量が低いために、高温特性が劣り、十分な耐摩耗性が得られない。比較例No.30は、Si含有量が低く、かつ、VおよびVeqが多過ぎるために、焼入性を十分確保できず、また、凝固時に粗大な晶出物生成し、十分な靱性が得られない。比較例No.31は、Mn、Crの含有量が高いために、加工性および焼入焼戻し時にCr系の炭化物が過多に形成され、高温強度および軟化抵抗性が得られない。
【0024】
比較例No.32は、Si含有量が多過ぎ、かつCr含有量が少なく、Veqは低いために、晶出物量は少ないが、靱性が悪く、熱間工具鋼としての熱伝導性が悪い。比較例No.33は、C含有量が高く、Mn含有量が低く、Moeqが高いため、特にC含有量が過多のため、凝固偏析を助長し、炭窒化物の晶出が生じ易くなり、靱性を阻害し、また、Mnが低いために、焼入性を確保することができず、高温特性が得られず、さらに、Moeqが多過ぎるため、炭化物が粗大凝集し、靱性をさらに悪くする。
【0025】
比較例No.34は、Moeqが低いために、高温特性が得られない。これに対し、本発明例No.1〜7は、いずれも本発明の条件を満足していることから、その特性とする靱性および高温特性の優れた金型用の熱間工具鋼を得ることを可能とした。
【0026】
以上のように、本発明により不純物としてのTiとNの含有量を制御することで、靱性に有害な凝固時の晶出物形成量を低減し、適正な固溶化熱処理を加えて鋼材製品に残存する晶出物をさらに減少させることで、優れた靱性と優れた高温強度とを兼ね備え熱間鍛造、熱間押出、鋳造、ダイカストなどの金型用の熱間工具鋼として優れた工具寿命をもたらす熱間工具鋼を提供することを可能とした。


特許出願人 山陽特殊製鋼株式会社
代理人 弁理士 椎 名 彊

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.3〜0.45%、
Si:0.25%超〜1.2%、
Mn:0.2〜1.0%、
Cr:3〜6%、
MoまたはWのいずれか1種または2種をMo当量(Mo+1/2W):1.0〜3.5%、VまたはNbのいずれか1種または2種をV当量(V+1/2Nb):0.3〜1.0%、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、該不純物としては、
N:0.015%以下、
Ti:0.005%以下、
かつ、NとTiのバランスが、N≦R≡1.46×10-4×Ti-0.736からなることを特徴とする熱間工具鋼。

【公開番号】特開2012−201909(P2012−201909A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−65369(P2011−65369)
【出願日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【出願人】(000180070)山陽特殊製鋼株式会社 (601)