説明

熱電子発電素子

【課題】熱電子を放出するエミッタ(11)と熱電子を捕集するコレクタ(12)とを備える熱電子発電素子(10)において、エミッタ(11)とコレクタ(12)とを微小な間隔で保持することを容易する。
【解決手段】極細で均一な径のものを生産する技術が確立されている繊維状部材(20)をエミッタ(11)とコレクタ(12)と間に挟み込むことによって、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔を保持する。繊維状部材(20)はエミッタ(11)とコレクタ(12)とで挟み込むと、それぞれの表面に沿うように配置されるので、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔は、必ず繊維状部材(20)の太さで規定される。従って、エミッタ(11)とコレクタ(12)とは微小な間隔で保持される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱電子を放出するエミッタと熱電子を捕集するコレクタとを備える熱電子発電素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、高温の金属表面から熱電子が放出される現象を利用して、熱エネルギーを電気エネルギーに直接変換する熱電子発電素子が知られている(例えば、特許文献1参照)。熱電子発電素子は、熱電子を放出するエミッタと該熱電子を捕集するコレクタとを備えている。エミッタは高温熱源に接続され、コレクタは低温熱源に接続されている。エミッタとコレクタは、熱電子発電素子の発電効率を高めるために、例えば真空中で所定の間隔を隔てて配置されている。
【0003】
ここで、固体から真空中に電子を放出するのに必要な最低エネルギは仕事関数と呼ばれており、熱電子発電素子の起電力はエミッタの仕事関数とコレクタの仕事関数の差によって定められる。このため、エミッタの仕事関数は大きいことが望ましく、コレクタの仕事関数は小さいことが望ましい。エミッタについては、より高温の熱源を採用すれば、仕事関数の大きな材料を使用でき、そうすると出力電圧もより大きくなる。逆に、コレクタについては、材料の特性上、仕事関数の下限値があり、その値は一般に2eV程度であるが、電極間にセシウムを封入すると、セシウムがコレクタに吸着されてコレクタの仕事関数が小さくなることが知られている。この熱電子発電素子でエミッタに仕事関数がおよそ2eVの材料を用いた場合、従来は、エミッタ側の温度をおよそ1200K以上の高温に設定することが必要であった。
【0004】
一方、低温度域で熱電子発電を行うことを考えた場合、例えばエミッタ側の熱源の温度をT=500Kとすると、仕事関数と温度の関係式(リチャードソン−ダッシュマンの式)から仕事関数はおよそ0.7eV以下でなければならないが、従来は上述したようにこのような条件を満たす材料は発見されていなかった。しかし、2003年に発見された、12CaO・7Al23の結晶を母体とするエレクトライドは、常温常圧で安定して存在し、仕事関数がおよそ0.6eVを示す。そこで、この材料を用いると、500K程度の低温度域での熱電子発電が可能になると考えられる。なお、エレクトライドは、イオン結晶の中で、陰イオンの占めるべき位置を電子が占める物質である。
【特許文献1】特開平7−322659号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、熱電子発電素子による発電では、エミッタとコレクタとの間に形成される空間電荷雲により電位障壁が発生して発電効率が低下するが、エミッタとコレクタとの間隔を微小にすることでこの電位障壁が軽減されることが知られている。
【0006】
しかし、十分な発電効率が得られる程度にまで電位障壁を軽減させるには、エミッタとコレクタとの間隔を概ね10μm以下にすることが要求される。しかも、エミッタとコレクタとの間隔は均一であることが望ましい。従来は、このような微小な間隔でエミッタとコレクタとを保持することが困難であった。例えば、機械的加工による方法では、加工精度上限界の寸法であるし、実現するにしても製造コストが高くなる。
【0007】
本発明は、斯かる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、熱電子を放出するエミッタと熱電子を捕集するコレクタとを備える熱電子発電素子において、エミッタとコレクタとを微小な間隔で保持することを容易ならしめることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1の発明は、熱電子を放出するエミッタ(11)と、該エミッタ(11)が放出した熱電子を捕集するコレクタ(12)とを備え、上記エミッタ(11)側を加熱することにより発電する熱電子発電素子(10)を対象とする。そして、上記エミッタ(11)とコレクタ(12)との間には、該エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔を保持するために繊維状部材(20)が挟み込まれている。
【0009】
第1の発明では、繊維状部材(20)がエミッタ(11)とコレクタ(12)と間に挟み込まれて、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔を保持している。ところで、繊維状部材(20)は、例えばシリカを主成分とするもの(いわゆる光ファイバー)やカーボンを主成分とするもの(いわゆるカーボンファイバー)など、10μm以下の極細で均一な径のものを生産する技術が確立されている。例えば、シリカを主成分とする繊維状部材(20)は、太さが1μm程度のものを生産する技術が確立されているし、カーボンを主成分とする繊維状部材(20)に至っては、太さが0.01μm程度のものを生産する技術が確立されている。つまり、第1の発明では、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔を保持するために、極細で均一な径のものを容易に生産可能な繊維状部材(20)が用いられてる。
【0010】
第2の発明は、第1の発明において、上記繊維状部材(20)の主成分がシリカである。
【0011】
第2の発明では、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間には、シリカを主成分とする繊維状部材(20)が挟み込まれている。エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔は、極細のものを容易に生産可能なシリカを主成分とする繊維状部材(20)によって保持されている。
【0012】
第3の発明は、第1の発明において、上記繊維状部材(20)の主成分がカーボンである。
【0013】
第3の発明では、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間には、カーボンを主成分とする繊維状部材(20)が挟み込まれている。エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔は、極細のものを容易に生産可能なカーボンを主成分とする繊維状部材(20)によって保持されている。
【0014】
第4の発明は、第1乃至3の何れか1つの発明において、上記エミッタ(11)と上記コレクタ(12)との間隔が0.2μm以上10μm以下になっている。
【0015】
第4の発明では、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔が0.2μm以上10μm以下になるように、極細のものを容易に生産可能な繊維状部材(20)がエミッタ(11)とコレクタ(12)との間に挟み込まれている。従って、熱電子発電素子(10)による発電の際に、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間に形成される空間電荷雲による電位障壁が軽減され、発電効率の低下が抑制される。
【0016】
第5の発明は、請求項1から3の何れか1に記載の熱電子発電素子(10)と、上記熱電子発電素子(10)のエミッタ(11)を加熱するための加熱手段(13)とを備えている熱電子発電装置である。
【0017】
第5の発明では、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間に繊維状部材(20)が挟み込まれた熱電子発電素子(10)が熱電子発電装置(1)に適用されている。この熱電子発電装置(1)は、熱電子発電素子(10)のエミッタ(11)を加熱することで電力を得られるように構成されている。
【0018】
第6の発明は、熱電子を放出するエミッタ(11)と、該エミッタ(11)が放出した熱電子を捕集するコレクタ(12)とを備え、上記エミッタ(11)側を加熱することにより発電する熱電子発電素子(10)の製造方法を対象とする。そして、繊維状部材(20)を液体中に分散させた原料液を調整する第1工程と、上記第1工程で調整した原料液からなる液膜を上記エミッタ(11)又はコレクタ(12)の表面に形成する第2工程と、上記第2工程で形成した液膜を乾燥させて上記エミッタ(11)又はコレクタ(12)の表面に上記繊維状部材(20)を担持させる第3工程と、上記第3工程の終了後に上記エミッタ(11)とコレクタ(12)とを重ねて上記繊維状部材(20)を該エミッタ(11)とコレクタ(12)とで挟み込む第4工程とを備えている。
【0019】
第6の発明では、第1工程で原料液の調整、第2工程で液膜の形成、及び第3工程で液膜の乾燥を行うことで、繊維状部材(20)がエミッタ(11)又はコレクタ(12)の表面に担持されて比較的均一に散在した状態になる。そして、第4工程で繊維状部材(20)をエミッタ(11)とコレクタ(12)とで挟み込むと、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔が比較的均一に保持された状態になる。
【0020】
第7の発明は、熱電子を放出するエミッタ(11)と、該エミッタ(11)が放出した熱電子を捕集するコレクタ(12)とを備え、上記エミッタ(11)側を加熱することにより発電する熱電子発電素子(10)の製造方法を対象とする。そして、エアロゾルデポジション法により上記エミッタ(11)又はコレクタ(12)の表面に繊維状部材(20)を散在させる第1工程と、上記第1工程の終了後に上記エミッタ(11)とコレクタ(12)とを重ねて上記繊維状部材(20)を該エミッタ(11)とコレクタ(12)とで挟み込む第2工程とを備えている。
【0021】
第7の発明では、エアロゾルデポジション法を用いてエミッタ(11)又はコレクタ(12)の表面に繊維状部材(20)を散在させる。エアロゾルデポジション法では、繊維状部材(20)がエミッタ(11)又はコレクタ(12)の表面に比較的均一に散在させることが可能である。従って、第2工程で繊維状部材(20)をエミッタ(11)とコレクタ(12)とで挟み込むと、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔が比較的均一に保持された状態になる。
【発明の効果】
【0022】
上記第1乃至第4の各発明では、極細で均一な径のものを容易に生産可能な繊維状部材(20)が、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間に挟み込まれている。繊維状部材(20)はエミッタ(11)とコレクタ(12)とで挟み込むと、それぞれの表面に沿うように配置されるので、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔は、繊維状部材(20)の長さで規定されることなく必ず太さで規定される。一方、上述したように、繊維状部材(20)としては極細で均一な径のものを生産する技術が確立されている。従って、容易に生産可能で入手しやすい繊維状部材(20)を用いてエミッタ(11)とコレクタ(12)とを容易に微小な間隔で保持することができ、熱電子発電素子(10)の発電効率を向上させることができる。
【0023】
また、上記第6の発明では、第1工程から第3工程までの比較的簡易な作業で、繊維状部材(20)がエミッタ(11)又はコレクタ(12)の表面に比較的均一に散在し、第4工程で繊維状部材(20)をエミッタ(11)とコレクタ(12)とで挟み込むと、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔が比較的均一に保持された状態になる。この第6の発明によれば、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔が比較的均一な熱電子発電素子(10)を比較的簡易な作業で形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0025】
《発明の実施形態》
本発明の実施形態について説明する。この実施形態の熱電子発電装置(1)は、本発明に係る熱電子発電素子(10)が用いられ、自動車のエンジンの排気ガスを熱源として発電を行うように構成されている。以下では、先ず熱電子発電素子(10)の構造及び製造方法について説明し、次に熱電子発電装置(1)の構造及び発電動作について説明する。
【0026】
−熱電子発電素子の構造−
本発明に係る熱電子発電素子(10)の断面図を図1に示す。この熱電子発電素子(10)は、共に円板状に形成されて互いに対向して配置されたエミッタ(11)及びコレクタ(12)を備えている。エミッタ(11)はコレクタ(12)の上側に配置され、その間には複数の繊維状部材(20,20,…)が挟み込まれている。これら複数の繊維状部材(20,20,…)は、いわゆるスペーサとしての役割を果たしており、エミッタ(11)とコレクタ(12)とを一定の間隔で保持している。
【0027】
この実施形態では、12CaO・7Al23の結晶を母体とするエレクトライド(C12A7エレクトライド)が、エミッタ(11)及びコレクタ(12)の材料として用いられている。このC12A7エレクトライドは、常温常圧で安定して存在し、仕事関数がおよそ0.6eVの材料である。このC12A7エレクトライドをエミッタ(11)及びコレクタ(12)に使うには、エレクトライド化した12CaO・7Al23の単結晶をそのまま電極にする方法や、エレクトライド化した12CaO・7Al23の微結晶を金属中に分散させて電極にする方法などが考えられる。エミッタ(11)は、その下面が熱電子放出面となっており、500K程度に加熱されると熱電子を放出する。コレクタ(12)は、その上面が熱電子捕集面となっており、エミッタ(11)が放出した熱電子を捕集する。
【0028】
図2は、本実施形態の熱電子発電素子(10)のエミッタ(11)を取り外した状態の斜視図である。上記複数の繊維状部材(20,20,…)は、互いに重なり合うことなくコレクタ(12)の熱電子捕集面上にほぼ均一に散在している。これらの繊維状部材(20,20,…)は、シリカを主成分としており、その断面形状が円形で直径が1μmである。これらの繊維状部材(20,20,…)によってエミッタとコレクタ(12)の間隔は、1μmの間隔でほぼ均一に保持されている。
【0029】
なお、繊維状部材(20)としては、棒状の真っ直ぐな部材でもよい。またその断面形状は、正三角形、正方形、正五角形等の正多角形でもよく、特に円形に限定されるものではない。また、繊維状部材(20)は、筒状に形成されたもの(例えばカーボンチューブ)でもよい。また、繊維状部材(20)は、カーボン、アルミナ、チタニア等を主成分とするものでもよい。
【0030】
−熱電子発電素子の製造方法−
本実施形態の熱電子発電素子(10)の製造方法について説明する。この製造方法では、下記の第1工程から第4工程が順次行われる。
【0031】
第1工程では、切断等によって1mm程度の長さに加工された複数の繊維状部材(20,20,…)を液体中に入れ、超音波分散装置などを用いてその液体中に分散させる。これにより、複数の繊維状部材(20,20,…)が均一に分散した原料液が調整される。複数の繊維状部材(20,20,…)を入れる液体としては、水、エタノール、ゼラチンを加えた溶液、界面活性剤を加えた溶液などが用いられる。
【0032】
続いて、第2工程では、載置されたコレクタ(12)の上面に、上記複数の繊維状部材(20,20,…)を分散させた原料液を例えばスポイト等を用いて滴下する。そして、例えばスピンコート法によりコレクタ(12)の上面に原料液を均一に行き渡らせて、コレクタ(12)の上面に原料液からなる液膜を形成する。具体的に、スピンコート法では、コレクタ(12)を予め回転台の上に載置し、その回転台と共にコレクタ(12)を回転させることによりコレクタ(12)の上面に原料液を均一に行き渡らせる。なお、コレクタ(12)の上面を覆うように原料液を滴下しても、表面張力により均一な液膜が形成される。
【0033】
続いて、第3工程では、コレクタ(12)の上面に形成した液膜を乾燥させる。これにより、コレクタ(12)の上面には複数の繊維状部材(20,20,…)が担持されて比較的均一に散在した状態になる。なお、上記第1工程で原料液の濃度を調節して、上記第2工程でコレクタ(12)への滴下量を調節すると、コレクタ(12)の上面に散在した繊維状部材を互いに重なり合うことなく散在させることができる。
【0034】
最後に、第4工程では、繊維状部材(20,20,…)の上にエミッタ(11)を載せてエミッタ(11)とコレクタ(12)とを重ねることにより、複数の繊維状部材(20,20,…)をそのエミッタ(11)とコレクタ(12)とで挟み込む。エミッタ(11)とコレクタ(12)とは、互いに対向して配置された状態になり、エミッタ(11)の下面が熱電子放出面になり、コレクタ(12)の上面が熱電子捕集面になる。
【0035】
上記第1工程から第4工程により、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔は、複数の繊維状部材(20,20,…)によって微小な間隔に保持される。また、第1工程から第3工程により複数の繊維状部材(20,20,…)はコレクタ(12)の上面に比較的均一に散在した状態になるので、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔はほぼ均一になる。
【0036】
なお、上記原料液の濃度及びコレクタ(12)への滴下量の調節により、繊維状部材(20)の積層量を調節することもできる。例えば、繊維状部材(20)の積層量を2層になるように原料液の濃度及びコレクタ(12)への滴下量を調節すると、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔が繊維状部材(20)の直径の2倍になる。
【0037】
なお、上記製造方法では、コレクタ(12)の上面に原料液を滴下して複数の繊維状部材(20,20,…)を散在させているが、エミッタ(11)の上面に原料液を滴下して複数の繊維状部材(20,20,…)を散在させてその複数の繊維状部材(20,20,…)をエミッタ(11)とコレクタ(12)とで挟み込むようにしてもよい。
【0038】
−熱電子発電装置の構造−
図3は、実施形態に係る熱電子発電装置(1)の電気回路及び動作原理を示す説明図である。この熱電子発電装置(1)は本発明に係る熱電子発電素子(10)を備えている。エミッタ(11)とコレクタ(12)は、真空中もしくは電気的に中性で電気の通りやすいプラズマ中でその間隔が1μmでほぼ均一に保持された状態で配置され、熱的にほぼ絶縁されている。
【0039】
エミッタ(11)とコレクタ(12)には、負荷(R1)を介して発電回路(C1)が接続されている。この発電回路(C1)は、自動車のバッテリーに接続されている。また、エミッタ(11)とコレクタ(12)には、バイアス電圧を印加するための電源(V)と負荷(R2)とを有するバイアス回路(C2)が接続されている。ここで、負荷(R2)は、負荷(R1)に比べて十分に大きな抵抗値を有するものである。
【0040】
図3の動作原理図において、エミッタ(11)に熱が印加されると、エミッタ(11)から熱電子が放出され、この熱電子がコレクタ(12)に捕集される。この熱電子は発電回路(C1)内を流れ、外部から印加しているバイアス電圧(V)分の発電が行われることとなる。これは、バイアス電圧(V)を印加することにより、エミッタ(11)の仕事関数が大きくなったことに相当する。
【0041】
ここで、C12A7エレクトライドの仕事関数は0.6eVであるから、バイアス電圧を約0.1Vに設定すると、見かけの仕事関数は約0.7eVになる。したがって、式1で表されるリチャードソン−ダッシュマンの式において、電流密度を1(A/cm2)と仮定すると、熱電子発電に必要な作動温度(熱電子がエミッタ(11)から放出される温度)は500K程度になる。これは、自動車の排気ガスから得ることができる温度である。
【0042】
式1:J=AT2exp(-11605V/T)
上記式1において、Jは電流密度(A/cm2)、Aはリチャードソン−ダッシュマン係数(=120.4A/cm2K2)、Vは仕事関数(仕事関数の電圧表示)、Tは絶対温度(K)をそれぞれ表している。
【0043】
0.1Vの出力電圧は、一般の発電機や電池に比べて非常に小さいが、500K程度という低温度域での発電であるから、熱電子発電素子(10)の1つについて出力電圧が小さくなることは避けがたい問題である。そこで、本実施形態の熱電子発電装置(1)では、電圧を上げるために、複数の熱電子発電素子(10)を直列に接続するようにしている。また、単に複数の熱電子発電素子(10)を直列に接続すると、エミッタ(11)からコレクタ(12)への熱伝導が起こる原因となり、それが発電効率を下げる要因となるので、本実施形態ではエミッタ(11)からコレクタ(12)への熱伝導を妨げる構造を採用している。
【0044】
具体的には、図4に示すように、この熱電子発電装置(1)は複数の熱電子発電素子(10,10,…)を備えている。各熱電子発電素子(10)は、エミッタ(11)とコレクタ(12)の対向面を内側の面とすると、その反対側の面(外側の面)に、エミッタ(11)側の電極端子(11a)とコレクタ(12)側の電極端子(12a)とを有している。
【0045】
各エミッタ(11)には、エミッタ(11)を加熱するための加熱手段(13)に接続され、各コレクタ(12)には、コレクタ(12)を冷却するための冷却手段(14)に接続されている。加熱手段(13)は、図示しないが、自動車の排気ガスが流れる排気ガス通路を備え、排気ガスの熱をエミッタ(11)に伝達する。また、冷却手段(14)は、図示しないが、冷却水が流れる冷却水通路を備え、コレクタ(12)から放出される熱を冷却水に吸熱させる。この冷却水通路は、図示しないラジエータに接続されている。
【0046】
そして、この熱電子発電装置(1)は、各熱電子発電素子(10)を電気的に直列に接続する導線部(15)を有している。各導線部(15)には銅線が用いられており、一端がエミッタ(11)側の電極端子(11a)に、他端がコレクタ(12)側の電極端子(12a)に接続されている。各導線部(15)は、多数のフィンからなる熱交換器(16)を貫通している。この熱交換器(16)は、導線部(15)を伝わる熱を冷却用流体としての空気に吸熱させることにより、導線部(15)を冷却するものであって、導線部(15)におけるエミッタ(11)側からコレクタ(12)側への熱伝導を抑制することができる。この熱交換器(16)の近傍には、該熱交換器(16)に送風するためのファンが配置されている(図示せず)。
【0047】
−発電動作−
自動車の運転時、排気ガスが加熱手段(13)の排気ガス通路内を流れ、排気ガスの熱が各熱電子発電素子(10)のエミッタ(11)に与えられる。ここで、排気ガスによってエミッタ(11)が約500Kにまで加熱されたとすると、エミッタ(11)の仕事関数が見かけ上約0.7eVになっており、コレクタ(12)の仕事関数が0.6eVであるため、各熱電子発電素子(10)では約0.1Vの電圧が出力される。このとき、コレクタ(12)から放出される熱は、冷却手段(14)の冷却水通路内を流れる却水に吸熱され、ラジエータで外気へ放熱する。この実施形態では複数の熱電子発電素子(10,10,…)が導線部(15)で直列に接続されているので、出力電圧が所定値(バッテリー電圧)まで高められる。
【0048】
−実施形態の効果−
上記実施形態では、極細のものを容易に生産可能なシリカを主成分とする繊維状部材(20)が、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間に挟み込まれている。繊維状部材(20)は、エミッタ(11)とコレクタ(12)とで挟み込むと、それぞれの表面に沿うように配置されるので、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔は、繊維状部材(20)の長さで規定されることなく必ず太さで規定される。一方、上述したように、繊維状部材(20)としては径が細くて均一な径のものを生産する技術が確立されている。従って、容易に生産可能で入手しやすい繊維状部材(20)を用いてエミッタ(11)とコレクタ(12)とを容易に微小な間隔で保持することができ、熱電子発電素子(10)の発電効率を向上させることができる。
【0049】
また、上記実施形態では、第1工程から第3工程までの比較的簡易な作業で、複数の繊維状部材(20)がコレクタ(12)の上面に比較的均一に散在し、第4工程で複数の繊維状部材(20)をエミッタ(11)とコレクタ(12)とで挟み込むと、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔が比較的均一に保持された状態になる。この実施形態の製造方法によれば、エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔が比較的均一な熱電子発電素子(10)を比較的簡易な作業で形成することができる。
【0050】
−実施形態の変形例−
実施形態の変形例について説明する。この変形例では、熱電子発電素子(10)の製造方法が上記実施形態と異なっており、エアロゾルデポジション法を用いて複数の繊維状部材(20,20,…)をコレクタ(12)の上面に散在させる。
【0051】
具体的に、この製造方法では、第1工程でエアロゾルデポジション法によりコレクタ(12)の上面に複数の繊維状部材(20,20,…)を散在させ、第2工程でエミッタ(11)とコレクタ(12)とを重ねて複数の繊維状部材(20,20,…)をそのエミッタ(11)とコレクタ(12)とで挟み込む。エアロゾルデポジション法は、載置したコレクタ(12)の上方の気体中に複数の繊維状部材(20,20,…)を分散させてコレクタ(12)の上面に複数の繊維状部材(20,20,…)を堆積させる方法である。
【0052】
《その他の実施形態》
上記実施形態については、以下のような構成としてもよい。
【0053】
例えば、上記実施形態では、熱電子発電装置(1)を自動車の排気ガスの排熱を利用して発電するものとして説明したが、ガスバーナー、ガス給湯器またはガスストーブなどにおけるガスの燃焼熱を利用した発電装置に応用したり、燃料電池の排熱を利用した発電装置に応用することもできる。
【0054】
また、本発明は低温度域での発電に特に有効であるが、それに限らず、高温度域の発電時に出力電圧を高めるのにも適用できる。
【0055】
さらに、上記実施形態では、エミッタ(11)とコレクタ(12)にバイアス回路(C2)を接続することによりエミッタ(11)の仕事関数をコレクタ(12)の仕事関数よりも大きくする構成について説明したが、エミッタ(11)やコレクタ(12)に表面処理をして両者の仕事関数に差を付けたり、材料自体を異ならせるなど、他の構成も考えられる。
【0056】
なお、以上の実施形態は、本質的に好ましい例示であって、本発明、その適用物、あるいはその用途の範囲を制限することを意図するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0057】
以上説明したように、本発明は、熱電子を放出するエミッタと熱電子を捕集するコレクタとを備える熱電子発電素子について有用である。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】実施形態に係る熱電子発電素子の断面図である。
【図2】本実施形態の熱電子発電素子のエミッタを取り外した状態の斜視図である。
【図3】実施形態に係る熱電子発電装置の電気回路及び動作原理を示す説明図である。
【図4】本実施形態に係る熱電子発電装置の概略構成図である。
【符号の説明】
【0059】
1 熱電子発電装置
10 熱電子発電素子
11 エミッタ
12 コレクタ
13 加熱手段
20 繊維状部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱電子を放出するエミッタ(11)と、該エミッタ(11)が放出した熱電子を捕集するコレクタ(12)とを備え、上記エミッタ(11)側を加熱することにより発電する熱電子発電素子であって、
上記エミッタ(11)とコレクタ(12)との間には、該エミッタ(11)とコレクタ(12)との間隔を保持するために繊維状部材(20)が挟み込まれていることを特徴とする熱電子発電素子。
【請求項2】
請求項1において、
上記繊維状部材(20)の主成分が、シリカであることを特徴とする熱電子発電素子。
【請求項3】
請求項1において、
上記繊維状部材(20)の主成分が、カーボンであることを特徴とする熱電子発電素子。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか1つにおいて、
上記エミッタ(11)と上記コレクタ(12)との間隔が、0.2μm以上10μm以下になっていることを特徴とする熱電子発電素子。
【請求項5】
請求項1から3の何れか1に記載の熱電子発電素子(10)と、
上記熱電子発電素子(10)のエミッタ(11)を加熱するための加熱手段(13)とを備えていることを特徴とする熱電子発電装置。
【請求項6】
熱電子を放出するエミッタ(11)と、該エミッタ(11)が放出した熱電子を捕集するコレクタ(12)とを備え、上記エミッタ(11)側を加熱することにより発電する熱電子発電素子(10)の製造方法であって、
繊維状部材(20)を液体中に分散させた原料液を調整する第1工程と、
上記第1工程で調整した原料液からなる液膜を上記エミッタ(11)又はコレクタ(12)の表面に形成する第2工程と、
上記第2工程で形成した液膜を乾燥させて上記エミッタ(11)又はコレクタ(12)の表面に上記繊維状部材(20)を担持させる第3工程と、
上記第3工程の終了後に上記エミッタ(11)とコレクタ(12)とを重ねて上記繊維状部材(20)を該エミッタ(11)とコレクタ(12)とで挟み込む第4工程とを備えていることを特徴とする熱電子発電素子(10)の製造方法。
【請求項7】
熱電子を放出するエミッタ(11)と、該エミッタ(11)が放出した熱電子を捕集するコレクタ(12)とを備え、上記エミッタ(11)側を加熱することにより発電する熱電子発電素子(10)の製造方法であって、
エアロゾルデポジション法により上記エミッタ(11)又はコレクタ(12)の表面に繊維状部材(20)を散在させる第1工程と、
上記第1工程の終了後に上記エミッタ(11)とコレクタ(12)とを重ねて上記繊維状部材(20)を該エミッタ(11)とコレクタ(12)とで挟み込む第2工程とを備えていることを特徴とする熱電子発電素子(10)の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−37318(P2007−37318A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−218337(P2005−218337)
【出願日】平成17年7月28日(2005.7.28)
【出願人】(000002853)ダイキン工業株式会社 (7,604)