説明

燃料電池用電極および燃料電池

【課題】新規な燃料電池用電極、およびそれを用いた燃料電池を提供する。
【解決手段】本発明の燃料電池用電極は、以下の式(1)で表される構造を含有する少なくとも1種の化合物を含む。


[式中、nは1以上の整数である。元素Mは、Cu、NiおよびCoから選ばれる1つの元素である。]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用電極および燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池の性能には電極が大きな影響を与えるため、燃料電池の電極には様々な特性が求められる。特に、メタノールなどのアルコールを燃料として発電する直接形燃料電池の電極には、導電性だけでなく、アルコールと水とを反応させてプロトンと電子とを取り出すための触媒活性を有することが求められている。このような触媒活性を有する電極として、パラジウムと遷移金属元素とを含む触媒が提案されている(たとえば特許文献1)。
【0003】
現在、より好ましい特性を有する電極を得るための研究が続けられている。電極全体としては電子伝導性を有することが必要であるが、電子伝導性を有する材料は無数に存在する。そのような電子伝導性を示す材料の1つとして、遷移金属イオンと2,5−ジアミノ−1,4−ベンゼンジチオールとから合成される錯体が知られている(特許文献2および非特許文献1)。この文献には、この文献に記載の方法で合成された錯体が、電子伝導性を示すことが開示されている。
【特許文献1】特開2005−135752号公報
【特許文献2】米国特許第4861859号明細書
【非特許文献1】オー・ケー・キムら(O. K. Kim et al.)、「エレクトリカル・コンダクティビティー・オブ・ラダータイプ・ポリメリック・トランジションメタル・コンプレクシィーズ・ディライブド・フロム・2,5−ジアミノ−1,4−ベンゼンジチオオール」、(Synthetic Metals、59、p59-70、1993年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、無数に存在する導電性材料の中から、燃料電池の電極に適した材料を見出すことは、非常に困難である。そのため、長年の研究にもかかわらず、充分な成果が得られていないのが現状である。
【0005】
このような状況において、本発明は、新規な燃料電池用電極、およびそれを用いた燃料電池を提供することを目的の1つとする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために検討した結果、本発明者らは、本発明にかかわる物質が電子伝導性だけでなくプロトン伝導性をも示すことを見出し、本発明をするに至った。
【0007】
すなわち、本発明の燃料電池用電極は、以下の式(1)で表される構造を含有する少なくとも1種の化合物を含む。
【0008】
【化3】

[式中、nは1以上の整数である。元素Mは、Cu、NiおよびCoから選ばれる1つの元素である。]
【0009】
また、本発明の燃料電池は、電解質および少なくとも1つの電極を含む発電部を備える燃料電池であって、前記発電部が、上記の式(1)で表される構造を含有する少なくとも1種の化合物を含む。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、新規な燃料電池用電極、およびそれを用いた新規な燃料電池が得られる。本発明によれば、アルコール燃料を直接の原料として発電を行うことができる燃料電池を得ることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について例を挙げて説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されない。
【0012】
[燃料電池用電極]
燃料電池に用いられる本発明の電極は、以下の式(1)で表される構造を含有する少なくとも1種の化合物(以下、「化合物(1)」という場合がある)を含む。
【0013】
【化4】

[式中、nは1以上の整数である。元素Mは、Cu、NiおよびCoから選ばれる1つの元素である。]
【0014】
式(1)の構造において、n=2であり且つ元素MがCuである場合の構造を以下に示す。
【0015】
【化5】

【0016】
式(1)の構造のnに特に限定はなく、nはたとえば4〜100,000の範囲にあってもよい。本発明の電極は、nが同じ化合物(1)を含んでもよいし、nが異なる複数種の化合物(1)を含んでもよい。
【0017】
式(1)の構造において、元素Mは、Cu(銅)、Ni(ニッケル)およびCo(コバルト)のいずれかであり、たとえばCuである。化合物(1)は、元素Mが異なる複数種の式(1)の構造を含んでもよい。
【0018】
典型的な化合物(1)は、上記式(1)の構造の末端が、何らかの原子団で修飾されている化合物である。2,5−ジアミノ−1,4−ベンゼンジチオールまたはその誘導体と、元素Mとを反応させることによって化合物(1)を合成した場合、その末端は、2,5−ジアミノ−1,4−ベンゼンジチオールまたはその誘導体か、元素Mを含む原子団となる。末端が2,5−ジアミノ−1,4−ベンゼンジチオール(厳密にはその反応物)である場合の化合物(1)の末端を以下に示す。
【0019】
【化6】

【0020】
また、末端が元素Mを含む原子団である場合の化合物(1)の末端を以下に示す。
【0021】
【化7】

【0022】
本発明の効果が得られる限り上記式中のR1およびR2に特に限定はないが、たとえばR1およびR2のいずれか一方(たとえばR1)が水酸基(−OH)であり、他方(たとえばR2)が元素Mに配位結合している水(H2O)であってもよい。
【0023】
化合物(1)の2つの末端は、共に2,5−ジアミノ−1,4−ベンゼンジチオールの反応物であってもよいし、共に元素Mを含む原子団であってもよい。
【0024】
式(1)においてn=2であり、末端が共に2,5−ジアミノ−1,4−ベンゼンジチオールの反応物である場合の化合物(1)を以下に示す。
【0025】
【化8】

【0026】
別の観点では、燃料電池用電極に含まれる本発明の化合物は、以下の式で表される複数の2,5−ジアミノ−1,4−ベンゼンジチオールと、元素M(たとえば銅)とが反応して連結されることによって形成された構造を含有する錯化合物である。
【0027】
【化9】

【0028】
本発明の電極の一例は、集電体と、集電体に塗布された電解質と、その電解質に分散された化合物(1)とを含む。集電体には、導電性を有し燃料電池内での安定性が高い材料を用いることができ、たとえば、炭素材料からなる集電体(たとえばグラファイトペーパー)を用いることができる。電解質には、たとえば、燃料電池で一般的に用いられている固体電解質を用いることができ、具体的にはナフィオン(Nafion:登録商標)等の高分子電解質を用いることができる。
【0029】
本発明の電極は、たとえば、高分子電解質と化合物(1)とを含む混合物を集電体に塗布して乾燥させることによって形成できる。
【0030】
[化合物(1)の合成方法]
以下に、化合物(1)の合成方法について、2つの例を挙げて説明する。以下の2つの例では、ジアミノベンゼンジチオラート塩酸塩(詳細は実施例で述べる)と硫酸銅とを反応させることによって、化合物(1)が合成される。
【0031】
[第1の例]
第1の例では、ジアミノベンゼンジチオラート塩酸塩の水懸濁液に硫酸銅の水溶液を滴下することによって、化合物(1)を合成する。この合成は、比較的低温(たとえば70℃以下)で行うことが可能である。
【0032】
[第2の例]
第2の例では、ジアミノベンゼンジチオラート塩酸塩とNaOHと水とを混合して水溶液を調製し、この水溶液に硫酸銅の水溶液を滴下することによって、化合物(1)を合成する。この合成は、比較的低温(たとえば70℃以下)で行うことが可能である。
【0033】
なお、特許文献2または非特許文献1に記載の方法で化合物(1)を合成することも可能である。
【0034】
[燃料電池]
本発明の燃料電池は、電解質および少なくとも1つの電極を含む発電部を備える。その発電部は、少なくとも1種の上記化合物(1)を含む。本発明の燃料電池は、複数の発電部を備えてもよい。通常、複数の発電部は、セパレータやガスケットを介して積層される。
【0035】
発電部の典型的な一例は、2つの電極を含む。2つの電極のうちの1つは燃料極であり、その燃料極は化合物(1)を含む。2つの電極は、電解質膜を挟むように配置される。
【0036】
本発明の燃料電池では、電解質膜と電極とが、膜/電極接合体(MEA)を構成していてもよい。燃料極以外の部材は、一般的な燃料電池(たとえば高分子電解質型燃料電池)で用いられている部材を適用できる。
【実施例】
【0037】
以下、実施例によって本発明を詳細に説明する。なお、以下の実施例で用いられたジアミノベンゼンジチオラート塩酸塩(2,5−ジアミノ−1,4−ベンゼンジチオラート塩酸塩)は、東京化成工業株式会社より購入したものを用いた。
【0038】
[実施例1]
この実施例では、本発明の電極用材料を製造した一例について説明する。
【0039】
まず、ジアミノベンゼンジチオラート塩酸塩240mgを、水200mlに懸濁させ、懸濁液(1)を作製した。また、硫酸銅5水和物250mgを水40mlに溶解させ、硫酸銅水溶液(2)を作製した。
【0040】
次に、硫酸銅水溶液(2)を懸濁液(1)に滴下させると、滴下とともに黒色の粉末の沈殿が得られた。反応溶液は10時間攪拌した。反応・攪拌は、約25℃の雰囲気下で行った。10時間攪拌後、反応溶液を濾過し、得られた反応生成物(沈殿物)を水で洗浄した。このように、以下の反応によって、上記式(1)で表される構造を含有する化合物を得た。
【0041】
【化10】

【0042】
[実施例2]
この実施例では、本発明の電極用材料を製造した他の一例について説明する。
【0043】
まず、ジアミノベンゼンジチオラート塩酸塩120mgとNaOH80mgとを、水100mlに溶解させ、水溶液(3)を作製した。また、硫酸銅5水和物120mgを水10mlに溶解させ、硫酸銅水溶液(4)を作製した。
【0044】
次に、水溶液(3)を攪拌しながら、これに、硫酸銅水溶液(4)を滴下した。反応溶液は10時間攪拌した。反応・攪拌は、約25℃の雰囲気下で行った。10時間攪拌後、反応溶液を濾過し、得られた反応生成物(沈殿物)を水で洗浄した。このようにして、上記式(1)で表される構造を含有する化合物を得た。
【0045】
[実施例3]
この実施例では、塩化銅の水和物とジアミノベンゼンジチオラートとを等モル混合し、窒素雰囲気下でアンモニア水溶液(pH約10)に溶解して10時間還流した。還流時の温度は110℃とした。得られた反応生成物を、水とアセトンで洗い、100℃で減圧乾燥した。このようにして、上記式(1)で表される構造を含有する化合物を得た。
【0046】
[化合物の評価]
実施例1〜3の化合物について、IR吸収スペクトルを測定した。合成した化合物0.5mgと臭化カリウム140mgとを乳鉢でよく混合し、加圧成形してペレットとした。これを、測定装置(Nicolet社のNEXUS 670FT-IRスペクトロメータ)を用い、インターフェログラムをフーリエ変換することで、IRスペクトルを得た。測定結果を図1に示す。図1から明らかなように、実施例1および2の化合物のIR吸収スペクトルはほぼ同じであった。このことから、実施例1の化合物と実施例2の化合物とは、ほぼ同じ特性を示すと考えられる。一方、実施例3の化合物のIR吸収スペクトルは、他の2つのものと異なっていた。この理由は現在のところ明確ではないが、材料の結晶化度の違いに基づく均一性が違い、そのために局所構造が違うことに基づくものである可能性がある。
【0047】
実施例1および2の化合物のIR吸収スペクトルと、実施例3の化合物のIR吸収スペクトルとはいくつかの領域で異なっており、たとえば、800cm-1付近のピークや、1500cm-1付近のピークなどが異なっている。実施例1および2の化合物では、1500cm-1のピークの半値幅が20cm-1よりも大きい。一方、実施例3の化合物では、1500cm-1のピークの半値幅が20cm-1よりも小さい。
【0048】
次に、実施例1の化合物と、実施例3の化合物とについて、導電率を測定した。測定用のサンプルの作製方法を以下に説明する。まず、合成した化合物5mgを乳鉢でよくすりつぶして均一な粉末とし、加圧成形してペレットとした。次に、ペレットの両面に金ペーストを塗り、金線を取り付けた。このようにして測定用のサンプルを作製した。
【0049】
導電率の測定は、測定装置(Solatron社製のSI1260インピーダンスアナライザ及び1296誘電インターフェース)を用いて交流インピーダンス法によって行った。測定は、恒温恒湿機(エスペック株式会社製SH−221)を用いて温度及び湿度を管理しながら行った。
【0050】
導電率の測定結果を図2に示す。図2に示すように、実施例1の化合物では、相対湿度が上昇するにつれて導電率が上昇した。一方、実施例3の化合物では、相対湿度が上昇しても導電率はほぼ一定であった。また、交流インピーダンス測定のCole−Coleプロットでは、実施例3の化合物では導電率の周波数依存性がほとんど見られなかったのに対し、実施例1の化合物では、拡散インピーダンスなどが見られた。これらの結果から、実施例1の化合物では、実施例3の化合物に比べてプロトン伝導による伝導の割合が高いと考えられる。
【0051】
なお、実施例2の化合物も、実施例1の化合物と同様の特性を示した。
【0052】
[模擬セルを用いた評価]
実施例1の化合物を用いて模擬的な燃料電池を作製し、その特性を評価した。作製した模擬セルの構造を図3に示す。
【0053】
図3のセル30は、電解質膜31と、電解質膜31を挟むように配置された2つの槽32および33とを備える。槽32内には、第1の液34と電極35とが配置されている。槽33内には、第2の液36と、電極37と、管38とが配置されている。
【0054】
電解質膜31には、ナフィオン膜を用いた。第1の液34には、20質量%メタノール水溶液に、濃度が1MとなるようにH2SO4を加えた水溶液を用いた。第2の液36には、1Mの硫酸水溶液を用いた。空気極である電極37には、白金箔を用いた。管36は、第2の液36中に空気を送り込むための管である。セルの電流−電圧特性を測定する際には、管36を介して第2の液36中に、空気を送り込んだ。
【0055】
燃料極である電極35の作製方法について説明する。まず、実施例1の化合物1gに対し、ナフィオンの水分散液1g(このうちナフィオンは約0.05g)を加え、乳鉢ですりつぶした。得られた混合物100mgを、グラファイトペーパー(SGLカーボン製)に滴下し、100℃で乾燥した。このようにして電極35を作製した。
【0056】
作製したセル30について、電流−電圧特性を測定した。図4(a)に、2つの電極間に−100mV〜0mV〜−100mVの間で逆バイアスを印加したときの電流の変化を示す。また、図4(a)の測定結果を電流−電圧のグラフにした結果を図4(b)に示す。図4から明らかなように、セル30は起電力を示した。
【0057】
このとき、電極35の表面では、全体として以下の反応が生じていると考えられる。
CH3OH+H2O→CO2+6H++6e-
【0058】
また、電極37の表面では、全体として以下の反応が生じていると考えられる。
6H++6e-+3/2O2→3H2
【0059】
一方、比較例として、電極35をカーボンのみとしたセルを作製し、電流−電圧特性を測定した。2つの電極間に−100mV〜0mV〜−100mVの間で逆バイアスを印加したときの電流の変化を、図5に示す。このセルは、起電力を示さなかった。
【0060】
また、比較例として、電極35を白金箔としたセルを作製し、電流−電圧特性を測定した。2つの電極間に−100mV〜0mV〜−100mVの間で逆バイアスを印加したときの電流の変化を、図6(a)に示す。また、図6(a)の測定結果を電流−電圧のグラフにした結果を図6(b)に示す。図6から明らかなように、この比較例のセルは起電力を示したが、セル30に比べて出力が小さかった。
【0061】
図4(a)および図6(a)を比較すると、図4(a)の方が大きな電流値を示しており、触媒活性が高いことが示唆される。以上のように、これらの化合物は、高いプロトン伝導性を示す。一方、このような配位高分子化合物は、高い空孔率を示し、比表面積が著しく増大することが示唆されている。そのため、触媒反応が効率よく進行するために、実施例1の化合物は、メタノールと水との反応に対する触媒能を有すると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明は、燃料電池用電極、およびそれを用いた燃料電池に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の電極に用いられる化合物のIR吸収スペクトルの例を示すグラフである。
【図2】本発明の電極に用いられる化合物について電導度と相対湿度との関係を示すグラフである。
【図3】実施例で用いた模擬セルの構造を模式的に示す図である。
【図4】本発明の電極を用いた模擬セルの電流−電圧特性を示すグラフである。
【図5】比較例の模擬セルの電流−電圧特性を示すグラフである。
【図6】他の比較例の模擬セルの電流−電圧特性を示すグラフである。
【符号の説明】
【0064】
30 セル
31 電解質膜
32、33 槽
34 第1の液
35、37 電極
36 第2の液
38 管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式(1)で表される構造を含有する少なくとも1種の化合物を含む燃料電池用電極。
【化1】

[式中、nは1以上の整数である。元素Mは、Cu、NiおよびCoから選ばれる1つの元素である。]
【請求項2】
電解質および少なくとも1つの電極を含む発電部を備える燃料電池であって、
前記発電部が、以下の式(1)で表される構造を含有する少なくとも1種の化合物を含む燃料電池。
【化2】

[式中、nは1以上の整数である。元素Mは、Cu、NiおよびCoから選ばれる1つの元素である。]
【請求項3】
前記電極は燃料極を含み、
前記燃料極は前記化合物を含む請求項2に記載の燃料電池。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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