説明

燃料電池用電解質膜の製造方法、燃料電池

【課題】電解質膜の乾燥に伴った収縮による、電解質膜の劣化の抑制。
【解決手段】加工前電解質膜50を、膨潤処理溶液に浸漬し、膨潤させる(ステップS12)。膨潤させた加工前電解質膜50を、所定の収縮量だけ弛ませた状態で固定する(ステップS14)。電解質膜は、燃料電池の運転状態が、高負荷から低負荷へ変化したときなど、使用環境に応じてセル内の電解質膜の湿度が低下する。よって、電解質膜の湿度に基づいて、当該湿度のときの電解質膜の寸法変化率に対応した変形量だけ、収縮させた状態で、電解質膜の外周端を固定し、乾燥させる(ステップS16)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用の電解質膜の製造方法に関し、特に、乾燥時における電解質膜の収縮抑制技術に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池には、湿潤状態で良好なプロトン伝導性を発揮する固体高分子型の電解質膜を備えるものがある。燃料電池の動作条件に応じたセルの湿潤状態の変化に伴い、電解質膜の形態が変化することが知られている。電解質膜の形態変化は、電解質膜の損傷や、電解質膜と触媒層から構成される膜電極接合体の損傷を招くため、湿潤状態の変化に伴う電解質膜の形態変化を抑制する技術が提案されている。
【0003】
例えば、水を主成分とする湿潤雰囲気下で電解質膜を膨潤させ、回転する局面を有する支持体に膨潤させた電解質膜を拘束固定した状態で乾燥するという加工処理を施す技術がある。この技術によれば、含水量増加時における電解質膜の膜厚の偏りやしわ発生を抑制できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−26727号公報
【特許文献2】特開2005−166329号公報
【特許文献3】特開2009−176465号公報
【特許文献4】特開2007−165077号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の技術では、電解質膜を所望の面積となるように膨潤処理を施した状態で平面方向の端部を拘束固定し乾燥させているので、電解質膜には残留応力が作用している。そのため、燃料電池発電時において、電解質膜の含水量が増大した場合における電解質膜のしわ発生や膜厚むら発生を抑制することはできるが、膨潤時に電解質膜の残留応力が緩和されるため、電解質膜の含水量が低下した場合、乾燥に伴い電解質膜に作用する引張応力が増大し、電解質膜の裂けや薄肉化など電解質膜の損傷を引き起こすおそれがある。
【0006】
本発明は上述の課題に鑑みてなされたものであり、電解質膜の乾燥に起因する引張応力による、電解質膜の劣化の抑制を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。
【0008】
[適用例1]
燃料電池に用いられる電解質膜の製造方法であって、前記電解質膜を湿潤雰囲気において膨潤させる膨潤工程と、前記膨潤工程後に、前記電解質膜の端部を固定して乾燥させる乾燥工程と、を備え、前記膨潤工程前の前記電解質膜が、前記燃料電池の発電時の湿度における寸法変化率に対応して収縮変形する量を所定の収縮量とし、前記乾燥工程は、前記膨潤している前記電解質膜を、前記膨潤工程前における前記電解質膜の寸法である初期寸法よりも、前記所定の収縮量を収縮させて固定し、乾燥させる、製造方法。
【0009】
適用例1の電解質膜の製造方法によれば、膨潤工程前の電解質膜の湿度が、燃料電池の発電時の湿度における寸法変化率に対応した収縮量を、膨潤工程前の電解質膜の初期寸法より収縮させて固定し、乾燥させる。本明細書において、寸法変化率とは、電解質膜が湿度(含水状態)に応じて膨張・収縮する際の平面方向の面積変化率を表しており、燃料電池の発電時の湿度とは、燃料電池発電時に、燃料電池に搭載されている電解質膜の湿度である。また、所定の収縮量とは、膨潤処理前の電解質膜について、湿潤状態から乾燥状態へと変化する際に予め測定されている寸法変化率に対応する面積収縮量である。従って、燃料電池の発電時において、電解質膜が湿潤状態から乾燥状態へと変化した場合に、乾燥に起因して電解質膜に引張応力が作用することを抑制できる。よって、電解質膜の収縮歪みによる形態変化を抑制できる。
【0010】
[適用例2]
燃料電池に用いられる第1の電解質膜の製造方法であって、湿潤状態に応じて平面方向の寸法変化率が変化する第2の電解質膜を、湿潤雰囲気において膨潤させる膨潤工程と、前記膨潤工程後に、前記第2の電解質膜を乾燥させて前記第1の電解質膜を作製する乾燥工程と、を備え、前記乾燥工程は、前記膨潤している前記第2の電解質膜を、前記燃料電池の発電時における前記第2の電解質膜の湿度に応じた前記寸法変化率に対応する収縮量を、前記膨潤工程前の前記第2の電解質膜の寸法より収縮させ、前記収縮させた状態で前記第2の電解質膜の端部を固定し、乾燥させる、製造方法。
【0011】
適用例2の電解質膜の製造方法によれば、膨潤している第2の電解質膜を、燃料電池の発電時における第2の電解質膜の湿度に応じた寸法変化率に対応する収縮量、予め収縮させた状態で固定して乾燥させている。従って、燃料電池の発電時において、第1の電解質膜が湿潤状態から乾燥状態へと変化した場合に、乾燥に起因して第1の電解質膜に引張応力が作用することを抑制できる。よって、形態変化の小さい第1の電解質膜を提供することができ、第1の電解質膜と電極触媒層からなる膜電極接合体の機械的な形態変化の抑制、ひいては、膜電極接合体を備える燃料電池の耐久性を向上できる。
【0012】
[適用例3]
適用例2の電解質膜の製造方法であって、前記第2の電解質膜の収縮量とは、前記第2の電解質膜の湿度が、前記燃料電池の動作状態に基づいて規定される下限値のときの前記寸法変化率に対応した収縮量である、製造方法。
【0013】
適用例3の電解質膜の製造方法によれば、第2の電解質膜は、第2の電解質膜の湿度が、燃料電池の動作状態に基づいて規定される第2の電解質膜の湿度の下限値のときの寸法変化率に対応した収縮量だけ、乾燥により予め収縮変形される。従って、燃料電池の動作条件のもとで、第1の電解質膜が湿潤状態から乾燥状態へと変化した場合、第1の電解質膜が予め収縮された収縮量以上、収縮変形することを抑制できる。よって、第1の電解質膜の損傷を抑制でき、耐久性の高い第1の電解質膜を提供できる。
【0014】
[適用例4]
適用例2または適用例3の電解質膜の製造方法であって、前記第2の電解質膜の収縮量は、前記第1の電解質膜の端部を固定しない状態で乾燥させた場合における、前記第1の電解質膜の平面方向の寸法変化率に対応する前記第1の電解質膜の収縮量よりも小さい収縮量である、製造方法。
【0015】
第2の電解質膜の端部を固定しない状態で乾燥させた場合、作製された電解質膜は、平面方向への収縮量が大きくなり、電解質膜の膜厚が厚くなり、プロトン伝導性の低下という問題が生じるおそれがある。また、電解質膜の歪み(うねり)が生じた場合、触媒層との接合性が低下するおそれがある。このため、第2の電解質膜を加工して第1の電解質膜を作製する場合、第1の電解質膜に引張応力が作用し難い範囲で、できる限り第1の電解質膜の膜厚を薄くすることが好ましい。適用例4の電解質膜の製造方法によれば、第2の電解質膜の端部を固定しない状態で乾燥させた場合における、第2の電解質膜の平面方向の寸法変化率に対応する第2の電解質膜の収縮量よりも小さい収縮量だけ、乾燥させて予め収縮変形させる。よって、第1の電解質膜が湿潤状態から乾燥状態へと変化した場合に、乾燥に起因して第1の電解質膜に引張応力が作用することを抑制しつつ、第1の電解質膜の歪みを抑制し、プロトン伝導性を確保できる。
【0016】
[適用例5]
適用例2ないし適用例4いずれかの製造方法によって製造された電解質膜を用いたセルが複数積層されて構成される燃料電池スタックであって、前記セルの湿潤状態は、前記燃料電池スタックにおける前記セルの配置位置によって異なり、前記セルは、前記セルの配置位置に応じて前記収縮量が異なる前記第1の電解質膜を備える、燃料電池スタック。
【0017】
燃料電池スタックを構成する各セルは、積層位置や締結荷重など種々の組み付け条件によって、発電時の湿潤状態が異なる。従って、適用例5の燃料電池スタックによれば、セルの配置位置に応じて、異なる収縮量で予め収縮変形された第1の電解質膜をセルに組み付けることができる。よって、全てのセルに対して収縮処理が施された第1の電解質膜を設置する場合に比してコストを抑制できる。
【0018】
本発明において、上述した種々の態様は、適宜、組み合わせたり、一部を省略したりして適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】実施例におけるセル110の概略構成を例示する説明図。
【図2】含水状態の変化に伴う電解質膜の寸法変化について説明する模式図。
【図3】実施例における電解質膜の湿度と寸法変化率との相関関係について説明する説明図。
【図4】実施例における電解質膜の製造方法を説明するフローチャート。
【図5】電解質膜の乾燥時における収縮歪みと引張応力が作用する湿度との相関関係を表す湿度―歪みグラフ700。
【図6】実施例における電解質膜を収縮させた状態で固定するための方法について説明する説明図。
【図7】電解質膜の湿度と寸法変化との関係についての比較例を示す寸法変化グラフ800。
【図8】実施例における燃料電池の概略構成。
【図9】実施例における燃料電池スタックを構成するセルごとの電解質膜の選定方法について説明するフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0020】
A.実施例:
A1.セル構成:
図1は、実施例におけるセル110の概略構成を例示する説明図である。図1(a)は、セル110の断面模式図であり、図1(b)は、電解質膜がセパレータにより固定されている状態を説明する説明図である。セル110は、膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly:MEA)120と、膜電極接合体120を両端から狭持するセパレータ118を備える。以降、膜電極接合体120をMEA120と表す。MEA120は電解質膜112と、電解質膜112の一方の側に配置されたアノード側触媒層(アノード側触媒電極層)114と、電解質膜112の他方の側に配置されたカソード側触媒層(カソード側触媒電極層)116と、を含んでいる。以下の説明では、アノード側触媒層114およびカソード側触媒層116を、まとめて「触媒電極層」または「触媒層」とも呼ぶ。
【0021】
電解質膜112は、固体高分子材料としてのフッ素系スルホン酸ポリマーにより形成された固体高分子型の電解質膜(例えばナフィオン(登録商標)膜:NRE212)であり、湿潤状態において良好なプロトン伝導性を有する。なお、電解質膜112としては、ナフィオンに限定されず、例えば、アシプレックス(登録商標)やフレミオン(登録商標)等の他のフッ素系スルホン酸膜が用いられるとしてもよい。また、電解質膜112として、フッ素系ホスホン酸膜、フッ素系カルボン酸膜、フッ素炭化水素系グラフト膜、炭化水素系グラフト膜、芳香族膜等が用いられるとしてもよいし、PTFE、ポリイミド等の補強材を含む機械的特性を強化した複合高分子膜が用いられるとしてもよい。電解質膜112は、含水状態の変化に伴う膨潤、収縮によって、寸法が変化する特性を有する。本明細書では、電解質膜112の寸法とは、電解質膜112の平面方向の寸法、換言すれば、電解質膜112の面積を表しており、寸法変化とは、面積の変化を示す。電解質膜112は、特許請求の範囲における「第1の電解質膜」にあたる。
【0022】
図2は、含水状態の変化に伴う電解質膜112の寸法変化について説明する模式図である。図2(a)は、電解質膜112に対する加工前の電解質膜50(以降、本明細書では、膨潤処理前の電解質膜50を、加工前電解質膜50と呼ぶ)の初期状態を示し、図2(b)は、加湿され膨潤した湿潤状態の加工前電解質膜50aを示し、図2(c)は、膨潤状態から乾燥した後の乾燥状態の加工前電解質膜50bを示す。図2(a)の初期状態における寸法は、特許請求の範囲における「膨潤工程前における電解質膜の寸法である初期寸法」、「膨潤工程前の第2の電解質膜の寸法」に当たる。加工前電解質膜50は、特許請求の範囲における「第2の電解質膜」、「膨潤処理前の電解質膜」にあたる。図2(b)〜図2(c)において破線で示す加工前電解質膜50、50aは、図2(a)〜図2(b)のそれぞれに示す加工前電解質膜50、50aの面積を示す。加工前電解質膜50は、図2(a)に示す初期状態から加湿されると、図2(b)に矢印で示すように面積が増大し、加工前電解質膜50aとなる。膨潤して面積寸法が増大した加工前電解質膜50aの状態から乾燥すると、図2(c)に矢印で示すように収縮し、図2(a)の加工前電解質膜50よりも、面積が収縮して加工前電解質膜50bとなる。加工前電解質膜50の含水量(湿度)と寸法変化との相関関係については、後に詳述する。
【0023】
加工前電解質膜50は、電解質を含む溶媒を撥水性シート上に塗布し、乾燥することにより作製されたシートである。加工前電解質膜の初期状態とは、作製された後に、膨潤処理や乾燥処理が施されていない状態を表す。
【0024】
図1に戻り説明を続ける。触媒層114、116は、電極反応を促進する触媒を提供する層であり、触媒を担持する導電性担体と電解質としてのアイオノマーとを含む材料により形成されている。なお、導電性担体としては、例えば、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバーなどの炭素材料のほか、炭化ケイ素などに代表される炭素化合物等を用いることができる。また、触媒としては、例えば、白金や白金合金、パラジウム、ロジウム、金、銀、オスミウム、イリジウム等を使用することができる。また、白金合金としては、例えば、白金と、アルミニウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、ガリウム、ジルコニウム、モリブデン、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、バナジウム、タングステン、レニウム、オスミウム、イリジウム、チタンおよび鉛のうちの少なくとも一種との合金を用いることができる。また、アイオノマーとしては、例えば、パーフルオロスルホン酸樹脂材料(例えばナフィオン)や、スルホン化ポリエーテルケトン、スルホン化ポリエーテルスルホン、スルホン化ポリエーテルエーテルスルホン、スルホン化ポリスルホン、スルホン化ポリスルフィド、スルホン化ポリフェニレン等のスルホン化プラスチック系電解質、スルホアルキル化ポリエーテルエーテルケトン、スルホアルキル化ポリエーテルスルホン、スルホアルキル化ポリエーテルエーテルスルホン、スルホアルキル化ポリスルホン、スルホアルキル化ポリスルフィド、スルホアルキル化ポリフェニレンなどのスルホアルキル化プラスチック系電解質等を用いることができる。
【0025】
セパレータ118は、ガスを透過しない緻密質であると共に導電性を有する材料、例えば圧縮成型された緻密質カーボン、金属、導電性樹脂により形成されている。セパレータ118のアノード側触媒層114と接する側の面には燃料ガス流路が形成されており、カソード側触媒層116と接する側の面には酸化剤ガス流路が形成されている。
【0026】
図1(b)は、電解質膜112がセパレータ118により固定されている状態を概略的に示す。図1(b)において、斜線で示す部分は、一対のセパレータ118と、電解質膜112との、外縁の接触部分を示す。図1(a)では、説明の便宜上、電解質膜112は、セパレータ118の面積と同程度の面積であるように記載されているが、実際は、図1(b)に示すように、電解質膜112はセパレータ118よりも若干小さい面積を有しており、一対のセパレータ118は、電解質膜112の外縁を挟み込むように配置されている。このように電解質膜112とセパレータ118が配置されることにより、電解質膜112は、セパレータ118により固定され、平面方向に寸法拘束される。
【0027】
セル110は、また、アノード側触媒層114の電解質膜112と接する側とは反対側に配置されたアノード側拡散層と、カソード側触媒層116の電解質膜112と接する側とは反対側に配置されたカソード側拡散層と、を含んでいてもよい。カソード側拡散層およびアノード側拡散層は、電極反応に用いられる反応ガス(酸化剤ガスおよび燃料ガス)をMEA120の面方向に沿って拡散させる層であり、例えば、カーボンクロスやカーボンペーパーにより形成され、PTFE樹脂により撥水処理が施されていてもよい。
【0028】
A2.電解質膜の寸法変化率:
図3は、実施例における加工前電解質膜50の湿度と寸法変化率との相関関係を説明する説明図である。図3(a)は、湿度に対する加工前電解質膜50の寸法変化率を表す寸法変化グラフ600である。図3(b)は、加工前電解質膜50の平面方向の膨張・収縮に伴う寸法変化と寸法変化率について、模式的に示す。図3(b)において、加工前電解質膜50は、図2(a)に示す初期状態を示しており、加工前電解質膜50aは、図2(b)に示す膨潤状態を示しており、加工前電解質膜50bは、図2(c)に示す乾燥状態を示す。
【0029】
寸法変化グラフ600は、所定温度(実施例では80℃)で、加工前電解質膜50に対して加湿処理と乾燥処理を繰り返し施し、湿潤状態から乾燥状態へ、または、乾燥状態から湿潤状態への状態遷移が繰り返された際の加工前電解質膜50の寸法変化率(面積変化率)を測定した結果を表す。寸法変化グラフ600において、縦軸は加工前電解質膜50の寸法変化率(単位は%)を表し、横軸は加工前電解質膜50の湿度(単位は%RH)を表す。寸法変化曲線610は、初期の状態遷移時における加工前電解質膜50の寸法変化傾向を示し、寸法変化曲線620は、2回目以降の状態遷移時における加工前電解質膜50の寸法変化傾向を示す。寸法変化率とは、実施例では、加工前電解質膜50のある状態の面積を基準(寸法変化率が0%)として、加工前電解質膜50の面積が膨張および収縮した場合における、基準の面積に対する面積変化の割合を示している。面積が膨張(拡大)すると寸法変化率は0%より上昇し、面積が収縮(縮小)すると寸法変化率は0%より低下する。なお、実施例では、式1を用いて、加工前電解質膜50に作用する引張応力を算出した。なお、式1において、Eはヤング率、βは湿度に対する線膨張係数、Δεは、平面方向の寸法変化のマイナス分に相当する。当該マイナス分を低減させることにより、電解質膜に作用する引張応力を減少させることができる。
【0030】
【数1】

【0031】
寸法変化グラフ600において、加工前電解質膜50の寸法変化が0%の状態とは、図2(a)に示す初期状態に当たる。なお、加工前電解質膜50は、湿度が0%の状態で所定の形状・寸法となるように製造されるため、加工前電解質膜50には、製造過程において加工前電解質膜50に作用した応力の残留応力が存在している。残留応力により、加工前電解質膜50の分子鎖は、不均衡な状態で固定されている。寸法変化率を測定する実験において、1回目の加湿時に、加工前電解質膜50を液水に浸して加工前電解質膜50の含水量が飽和するまで加湿しているので、この時点で加工前電解質膜50の分子鎖はゆるみ、残留応力は緩和される。従って、残留応力の緩和後、加湿されている状態から乾燥される場合の加工前電解質膜50の寸法変化傾向は、寸法変化曲線620により表される。ただし、加工前電解質膜50が燃料電池に搭載されている場合には、燃料電池の発電による生成水の吸収と、乾燥とを繰り返しながら徐々に残留応力が緩和されるので、この場合には、初期の複数回の状態変遷時における寸法変化は、寸法変化曲線610によって表される。寸法変化曲線610により表される寸法変化傾向によれば、初期の状態変遷時には、寸法変化率が0%未満となることはないため、加工前電解質膜50に対して引張応力は作用しない。
【0032】
寸法変化曲線610に示すように、加工前電解質膜50は、初期状態から加湿されると、湿度が上昇して、図2(b)の加工前電解質膜50aに示すように平面方向に面積が増大し、寸法変化率が0%から上昇する。加工前電解質膜50aは、湿度120%RHのときに含水量が飽和状態となり、このときの加工前電解質膜50aの寸法変化率は、図3(b)に示すように+15.8%である。すなわち、加工前電解質膜50の面積は、初期状態から、15.8%、膨張・拡大している。
【0033】
加工前電解質膜50aは、膨潤状態から乾燥されると、寸法変化曲線620に示すように、収縮して面積が収縮し、加工前電解質膜50aの寸法変化率は徐々に低下する。加工前電解質膜50aは、含水量が飽和状態となった際に分子鎖が緩んでいるため、乾燥されると、図2(c)の加工前電解質膜50bに示すように、図2(a)に示す初期状態より更に収縮し、寸法変化率が0%未満(負の状態)となる。過度に乾燥され、湿度が0%となると、加工前電解質膜50が加工前電解質膜50bへと変化する際の寸法変化率は、図3(b)に示すように、−3.6%となる。すなわち、加工前電解質膜50bの面積は、初期状態(図2(a))から、3.6%、収縮している。
【0034】
燃料電池のセルに加工前の電解質膜が搭載される場合、電解質膜は、寸法変化率が0%の状態で、セパレータによって端部が固定されているので、寸法変化率が0%未満となって収縮しようとすると、電解質膜には、引張応力(乾燥応力)が作用する。この引張応力により、電解質膜に形態変化(裂け、薄肉化等)が生じる。すなわち、過度に乾燥されると、電解質膜には、乾燥による収縮に起因して引張応力が作用する。電解質膜の許容限度を超える引張応力が電解質膜に対して働くと、電解質膜には、裂けや薄肉化が生じ、電解質膜の劣化を招くおそれがある。
【0035】
実施例の電解質膜112は、図3(b)に示すように、加工前電解質膜50に対して、初期状態の寸法から所定の収縮量を収縮させた状態で乾燥させる収縮処理を施して作製される。所定の収縮量とは、膨潤処理前の加工前電解質膜50が、燃料電池に搭載されている場合に、燃料電池発電時に膨潤処理前の加工前電解質膜50が曝されうる湿度における寸法変化率に対応する収縮変形の量であり、実施例では、寸法変化率が−1.6%のときの収縮量である。こうすることにより、湿潤状態の変化に伴う電解質膜112の損傷が抑制される。電解質膜112は以下に述べる製造方法により製造される。
【0036】
A3.電解質膜の製造工程:
図4は、実施例における電解質膜の製造方法を説明するフローチャートである。まず、電解質膜112となる加工前電解質膜50を準備する(ステップS10)。加工前電解質膜50は、図2(a)における初期状態の電解質膜に当たる。
【0037】
加工前電解質膜50は、プロトン伝導性および絶縁性を有するものであればよい。加工前電解質膜50は、フッ素系樹脂材料(例えば、パーフルオロスルホン酸系ポリマー)と、水、アルコールなどの溶媒とを混合して作製された溶液を、撥水性シート(例えば、テフロン(登録商標)シート)上に塗布し、乾燥させることにより作製される。加工前電解質膜50は、膜厚が10μm〜50μmとなるように作製されることが好ましい。なお、加工前電解質膜50は、ナフィオンNRE211などの市販されている電解質膜を用いてもよい。
【0038】
ステップS10において準備された加工前電解質膜50を、膨潤処理溶液に浸漬し、膨潤させる(ステップS12)。以降、本明細書では、ステップS12における処理を、「膨潤処理」と呼ぶ。
【0039】
実施例における膨潤処理溶液は、例えば、水;ジメチルスルホキシド;Nメチル−2ピロリドン;メタノール、エタノール、プロパノール、エチレングリコール、プロピレングリコール等のアルコール類;ジメチルアセトアミド、N−ジメチルホルムアミドのアミド類;およびこれらの混合物を利用してもよい。特に、水、ジメチルスルホキシドが好ましい。水を利用すれば、膨潤処理溶液が電解質膜に残留したとしても、燃料電池を構成する他の部品や燃料電池の動作自体に影響をあたえることがない、という利点がある。また、ジメチルスルホキシドはフッ素樹脂材料により作製された加工前電解質膜50に対して高浸透率を有しているので、ジメチルスルホキシドを利用すれば、加工前電解質膜50における配向している分子鎖が緩みやすくなり、加工前電解質膜50を確実に膨潤させることができる。また、膨潤処理溶液は、70℃以上の熱水であることが好ましい。こうすれば、加工前電解質膜50を容易に膨潤させることができる。
【0040】
また、膨潤処理において、加工前電解質膜50を十分に膨潤させるため、加工前電解質膜50を膨潤処理溶液に、少なくとも、10分程度浸漬させることが好ましい。加工前電解質膜50は、膨潤工程により、図2(b)に示す膨潤状態となる。
【0041】
膨潤させた加工前電解質膜50を、所定の寸法弛ませた状態で固定する(ステップS14)。加工前電解質膜に対する収縮処理の収縮量(変形量)は、セルに組み付けられた電解質膜が曝されうる湿度と、電解質膜に対して作用する引張応力の大きさに基づいて調整することが好ましい。収縮量の調整について、図5を参照して説明する。
【0042】
図5は、電解質膜の乾燥時における収縮歪みと引張応力が作用する湿度との相関関係を表す湿度―歪みグラフ700である。湿度―歪みグラフ700において、縦軸は、電解質膜に引っ張り応力が働く湿度[単位%RH]を表し、横軸は、電解質膜の乾燥処理時における収縮歪み(寸法変形率)[単位%]を表す。
【0043】
本実施例の加工前電解質膜50(ナフィオンNRE211)は、引張応力が作用する湿度曲線702からわかるように、湿度が43%RH未満となると、湿度の低下に伴って収縮歪みが増大する。ここで、加工前電解質膜50は、燃料電池の運転状態が、例えば、高負荷から低負荷へ変化した際、乾燥が進行することが知られており、その際、本実施例の加工前電解質膜50は、例えば、湿度が20%RH程度まで低下することが実験的に知られている。よって、実施例では、加工前電解質膜50に対する収縮処理において、加工前電解質膜50を膨潤させた後、初期状態(寸法変化率=0%)の面積に比して1.6%弛ませた状態で加工前電解質膜50の外周端を固定する。
【0044】
図6は、実施例における電解質膜を弛ませた状態で固定するための方法について説明する説明図である。実施例では、加工前電解質膜50の寸法固定に固定具200を利用する。図6(a)は、固定具200の上面図であり、図6(b)は、図6(a)のA−A断面で切断した断面図である。図6(a)および図6(b)に示すように、固定具200は、表面が撥水加工された台座210と加工前電解質膜50の寸法を調整するステンレス製の枠状治具220と、枠状治具220および加工前電解質膜50を台座210に固定する押圧治具230、ボルト240などの締め付け部材を備える。台座210は、プレート212上に薄いテフロンシート214が配置されている。台座210は、テフロンシートや表面がテフロン加工されたプレートによって構成されていてもよく、加工前電解質膜50との接触部分が撥水性材料によって構成されていればよい。なお、加工前電解質膜50と接する枠状治具220の側面222、および、押圧治具230の下面232もテフロン加工されていることが好ましい。例えば、側面222や下面232に、薄膜状のテフロンシートが貼付されていてもよい。ボルト240は、枠状治具220の四隅だけでなく、枠状治具220の各辺上に、所定の間隔をあけて複数設置されていることが好ましい。こうすれば、加工前電解質膜50の周囲全体に均等に力を作用させることができる。
【0045】
実施例では、枠状治具220は、枠の内寸が、電解質膜の湿度が20%RHのときの加工前電解質膜50の寸法変化率に対応した収縮量(収縮する方向に1.6%)に対応する面積分だけ小さくなるように形成されている。こうすれば、膨潤状態の加工前電解質膜50を、枠状治具220内に収容することで、加工前電解質膜50を所望の寸法に収縮させることができる。
【0046】
固定具200によって固定された加工前電解質膜50を乾燥させる(ステップS16)。加工前電解質膜50の乾燥には、乾燥機を用いる方法、ヒータを用いる方法など種々の乾燥方法を適用可能である。実施例では、乾燥機を用いて加工前電解質膜50を乾燥させる。加工前電解質膜50が固定された固定具200を、乾燥機内に設置し、50〜70℃の範囲内の温度で、40分〜1時間の時間範囲内で加工前電解質膜50に乾燥処理を施す。なお、乾燥温度、乾燥時間などは、加工前電解質膜50の製造過程や膨潤処理溶液の種類に応じて適宜適切な値を選択して適用することが好ましい。以降、本明細書では、ステップS14およびS16における処理を、まとめて、「乾燥処理」と呼び、膨潤処理と乾燥処理の一連の処理を「収縮処理」と呼ぶ。
【0047】
なお、ステップS14において、膨潤した状態の加工前電解質膜50を枠状治具220内に収容して固定することにより、加工前電解質膜50が弛み、しわが生じるが、ステップS16において加工前電解質膜50が乾燥される過程で弛みは低減または解消される。
【0048】
以上説明したように、電解質膜が製造される。以下に、このように製造された電解質膜と、収縮処理が施されていない電解質膜との湿度変化に伴う寸法変化の比較について説明する。
【0049】
A4.比較結果:
図7は、電解質膜の湿度と寸法変化との関係についての比較例を示す寸法変化グラフ800である。寸法変化グラフ800は、収縮処理を施した電解質膜と収縮処理を施していない電解質膜との、湿度と寸法変化との相関関係についての比較例を表す。寸法変化グラフ800の縦軸、横軸は、寸法変化グラフ600と同様である。寸法変化曲線802は、加工前電解質膜50に対して膨潤処理を施した後、端部を固定せずに乾燥処理を施して作製された電解質膜の寸法変化率を表す。寸法変化曲線804は、図4において説明した収縮処理を施すことにより作製された電解質膜112の寸法変化率を表す。寸法変化曲線806は、加工前電解質膜50に収縮処理(膨潤処理、乾燥処理)を施していない電解質膜(すなわち、加工前電解質膜50そのもの)の寸法変化率を表しており、寸法変化グラフ600の寸法変化曲線620と同一である。なお、寸法変化グラフ800では、寸法変化曲線802の収縮処理における乾燥処理後の寸法を、寸法変化率=0%として表している。
【0050】
寸法変化曲線802に示すように、加工前電解質膜50に対して膨潤処理を施した後、端部拘束なしで乾燥処理を施して作製された電解質膜は、残留応力が除去されており、電解質膜に対して、膨潤処理および乾燥処理を施すと、膨潤処理によって増大した面積は、乾燥処理により初期状態(寸法変化率=0%)に戻る。すなわち、電解質膜に対して引張応力が作用しない。
【0051】
しかし、加工前電解質膜50の端部を固定しない状態で乾燥させて電解質膜を作製した場合、平面方向への収縮量が大きくなり、電解質膜の膜厚が厚くなったり、電解質膜の歪み(うねり)が生じたりし、プロトン伝導性の低下という問題が生じるおそれがある。このため、加工前電解質膜50に対して収縮処理を施して電解質膜を作製する場合、電解質膜に引張応力が作用し難い範囲で、できる限り電解質膜の膜厚を薄くすることが好ましい。
【0052】
また、寸法変化曲線806に示すように、加工前電解質膜50に対して何ら収縮処理を施していない場合、実施例の電解質膜(ナフィオンNRE211)では、湿度が43%RH未満となると、電解質膜の寸法変化率が0%未満となり、電解質膜に対して引張応力が作用する。この結果、引張応力に起因した電解質膜の損傷が生じ、燃料電池の発電性能が低下するというおそれがある。
【0053】
よって、実施例のように、予め、電解質膜が燃料電池発電時に曝されうる湿度の下限値のときの寸法変化率に対応する収縮量だけ収縮変形させて、電解質膜112を作製することにより、寸法変化曲線806に示すように、燃料電池の動作条件のもとで、電解質膜が曝されると想定される湿度の下限値(20%RH)のときにも、電解質膜112に対して引張応力が作用することを抑制できる。なお、電解質膜が燃料電池発電時に曝されうる湿度の下限値とは、特許請求の範囲における「燃料電池の動作状態に基づいて規定される下限値」にあたる。
【0054】
なお、実施例では、加工前電解質膜50としてナフィオンNRE211を利用しているので、収縮処理における収縮量を既述の通り1.6%としているが、収縮量は、電解質膜の種類、電解質膜が曝される湿度と電解質膜に作用する引張応力とに基づいて、適宜決定されることが好ましい。
【0055】
以上説明した製造方法にて作製された電解質膜を有するセルを備える燃料電池スタックについて、以下に説明する。
【0056】
A5.燃料電池概略構成:
図8は、実施例における燃料電池の概略構成である。実施例の燃料電池スタック100は、固体高分子形の燃料電池であり、複数のセル110(図1において説明)、ターミナル124,エンドプレート125、抵抗測定部130を備える。燃料電池スタック100は、積層された複数のセル110を、積層方向の両端から挟持するように、ターミナル124,エンドプレート125が配置されている。
【0057】
抵抗測定部130は、ターミナル124に接続されており、燃料電池スタック100の抵抗を測定する。抵抗測定部130は、両ターミナル124間を流れる交流電流を検出することにより、燃料電池スタック100の交流インピーダンスを測定する。
【0058】
実施例では、各セル110に対して、燃料電池スタック100の積層方向に締結荷重が作用しているため、各セル110内に配置されている電解質膜112には、摩擦による拘束力が働いており、論理的には、平面方向に収縮することはない。しかしながら、セル面内の面圧分布やセルを構成する部材の厚みの分布により、締結荷重による拘束力が十分に働かない部分が存在する。このような部分では、電解質膜112は、含水状態に応じた寸法変化が生じやすい状態となり、既述のように、電解質膜112の耐久性が低下するおそれがある。そのため、実施例では、加工前電解質膜50に対して収縮処理を施して作製された電解質膜112を乾燥しやすいと考えられるセルに組み付けることで、セルの耐久性向上を図る。
【0059】
A6.セルに搭載する電解質膜の選定処理:
図9は、実施例における燃料電池スタックを構成するセルごとの電解質膜の選定方法について説明するフローチャートである。燃料電池スタックが搭載される車両の運転条件下において燃料電池スタックの発電を行い、燃料電池スタック100を構成する複数のセルのそれぞれについて、セル抵抗を測定する(ステップS20)。
【0060】
燃料電池スタックにおいて、燃料電池スタックの負荷状態が高負荷から低負荷へ変化した場合に、搭載されている電解質膜が乾燥し易い状態となることが知られている。よって、実施例では、燃料電池スタックの負荷状態を、高負荷から低負荷へ変化させた後の、各セルの面内抵抗を測定し、測定結果に基づき、乾燥しやすいセルを特定する。セル抵抗は、各セルの面内の複数個所において測定された局所的な抵抗値である。抵抗値が所定値以上となる部分を有するセルは、乾燥しやすいセルと判断される。
【0061】
各セルにおける局所的な抵抗値は、従来から利用されている種々の方法を利用可能である。例えば、ターミナル124を、絶縁体により複数の領域に分割し、分割された領域のそれぞれに、抵抗測定部130を接続する。抵抗測定部130は、各領域を流れる局所的な電流値を測定し、セル電圧を局所的な電流値で除算することにより、各セルの局所的な面内抵抗値を算出する。各領域は、乾燥しやすい位置など種々の条件に基づいて分割されることが好ましく、例えば、酸化ガス入り口近傍部分、燃料ガス入り口近傍部分、燃料ガス出口近傍付近の3カ所としてもよい。
【0062】
ステップ20において乾燥しやすいと判断されたセルについて、測定したセルの抵抗値に基づき、当該セルに備えられている電解質膜の湿度を算出する(ステップS22)。なお、このとき算出される湿度は予測値であり、湿度は、分割された領域ごとに算出される。
【0063】
乾燥しやすいと判断された各セルについて、算出された湿度と、電解質膜の寸法変化率に基づき、当該セルに備えられている電解質膜に対して引張応力が作用するか否かを判断する(ステップS24)。具体的には、当該セルに備えられている電解質膜が、算出された湿度に対応する電解質膜の寸法変化率が負となる部位を少なくとも一つ有する場合には、電解質膜に対して引張応力が作用すると判断する。
【0064】
引張応力が作用する部分を含む電解質膜が備えられているセルについて、当該セルに備えられている電解質膜を、燃料電池スタックの発電において想定される湿度の下限値に対応する収縮量だけ予め収縮処理が施された電解質膜112に交換する(ステップS26)。実施例では、電解質膜としてNRE211を利用しているので、図4において説明したように、加工前の電解質膜の初期状態の寸法に対して、1.6%収縮された状態で乾燥された電解質膜112に交換する。以上の通り選定されたセルに電解質膜を組み付け、セルを複数積層して燃料電池スタックが製造される。
【0065】
実施例の電解質膜の製造方法によれば、湿潤状態に応じて変化する加工前電解質膜の平面方向の寸法変化率が負のときの加工前電解質膜の収縮量を、予め収縮変形させた状態で固定して乾燥させている。従って、燃料電池の発電時において、燃料電池に備えられている電解質膜が湿潤状態から乾燥状態へと変化した場合に、乾燥に起因して電解質膜に引張応力が作用することを抑制できる。よって、形態変化(裂けや薄肉化等)の生じ難い電解質膜を提供することができ、電解質膜と電極触媒層からなる膜電極接合体の機械的な形態変化の抑制、ひいては、膜電極接合体を備える燃料電池の耐久性を向上できる。
【0066】
また、実施例の電解質膜の製造方法によれば、加工前電解質膜は、加工前電解質膜の湿度が、燃料電池の動作状態に基づいて規定される加工前電解質膜の湿度の下限値ときの寸法変化率に対応した収縮量だけ、予め変形された状態で乾燥される。従って、燃料電池の動作条件のもとで、電解質膜が湿潤状態から乾燥状態へと変化した場合、電解質膜が予め変形された収縮量以上変形することを抑制できる。よって、電解質膜の損傷を抑制でき、耐久性の高い電解質膜を提供できる。
【0067】
また、本発明による電解質膜の製造方法によれば、膨潤、収縮処理の寸法に応じて、電解質膜の収縮歪みを調整できる。そのため、実施例の電解質膜の製造方法によれば、加工前電解質膜の端部を固定しない状態で乾燥させた場合における、加工前電解質膜の平面方向の寸法変化率に対応する加工前電解質膜の収縮量よりも小さい収縮量だけ、予め収縮変形させる。従って、電解質膜が湿潤状態から乾燥状態へと変化した場合に、乾燥に起因して電解質膜に引張応力が作用することを抑制しつつ、電解質膜の歪みを抑制し、プロトン伝導性を確保できる。
【0068】
また、燃料電池の動作条件のもとで、電解質膜が曝されうる湿度の下限値における収縮量だけ予め収縮変形させて電解質膜を製造することができ、乾燥に起因して電解質膜に引張応力が作用することを抑制できる。
【0069】
また、実施例の燃料電池スタックによれば、セルの配置位置に応じて、異なる収縮量で予め収縮変形された電解質膜をセルに組み付けることができる。よって、全てのセルに対して収縮処理が施された電解質膜を設置する場合に比してコストを抑制できる。
【0070】
B.変形例:
B1.変形例1:
燃料電池スタック100を構成するセル110に用いられている加工前電解質膜の湿度の下限値や寸法変化率は、燃料電池スタックの発電条件(燃料電池スタックが搭載される車両の運転条件)や、加工前電解質膜の種類、作製方法など種々の条件によって変化する。従って、種々の条件に応じて、加工前電解質膜の収縮処理における収縮量を適宜変更することが好ましい。実施例では、−1.6%の収縮量で収縮処理が施された電解質膜を利用しているが、収縮させる変形量は、電解質膜が所定の湿潤状態であるときの、電解質膜の平面方向の寸法変化率に対応する電解質膜の変形量分だけ、収縮変形させることが好ましい。所定の湿潤状態とは、電解質膜の湿度が、燃料電池の運転状態に基づいて規定される湿度の下限値のときの状態であり、燃料電池の運転状態に基づいて規定される湿度の下限値とは、燃料電池の運転状態に応じて負荷が変化した後の電解質膜の湿度である。こうすることにより、材料や製造工程によって異なる電解質膜の湿度下限値に応じた収縮処理を施した電解質膜をセルに組み付けることができる。
【0071】
B2.変形例2:
実施例では、乾燥しやすいと判断されたセルの全てについて、−1.6%の収縮量で収縮処理が施された電解質膜を適用しているが、セルごとに湿度の下限値を特定し、それぞれのセルについて、湿度の下限値に対応した収縮量で収縮処理が施された電解質膜を組み付けてもよい。こうすれば、各セルについて、最適な収縮量で収縮処理が施された電解質膜を備えることができ、燃料電池の発電性能の向上を図ることができる。
【0072】
以上、本発明の種々の実施例について説明したが、本発明はこれらの実施例に限定されず、その趣旨を逸脱しない範囲で種々の構成をとることができる。
【符号の説明】
【0073】
10…燃料電池
50、50a、50b…加工前電解質膜
100…燃料電池スタック
110…セル
112…電解質膜
114…アノード側触媒層
116…カソード側触媒層
118…セパレータ
120…膜電極接合体
124…ターミナル
125…エンドプレート
130…抵抗測定部
200…固定具
210…台座
212…プレート
214…テフロンシート
220…枠状治具
230…押圧治具
240…ボルト
600…寸法変化グラフ
610…寸法変化曲線
620…寸法変化曲線
700…引張応力が作用する湿度−電解質膜の乾燥時における収縮歪みグラフ
702…引張応力が作用する湿度曲線
800…寸法変化グラフ
802…寸法変化曲線
804…寸法変化曲線
806…寸法変化曲線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池に用いられる電解質膜の製造方法であって、
前記電解質膜を湿潤雰囲気において膨潤させる膨潤工程と、
前記膨潤工程後に、前記電解質膜の端部を固定して乾燥させる乾燥工程と、を備え、
前記膨潤工程前の前記電解質膜が、前記燃料電池の発電時の湿度における寸法変化率に対応して収縮変形する量を所定の収縮量とし、
前記乾燥工程は、前記膨潤している前記電解質膜を、前記膨潤工程前における前記電解質膜の寸法である初期寸法よりも、前記所定の収縮量を収縮させて固定し、乾燥させる、
製造方法。
【請求項2】
燃料電池に用いられる第1の電解質膜の製造方法であって、
湿潤状態に応じて平面方向の寸法変化率が変化する第2の電解質膜を、湿潤雰囲気において膨潤させる膨潤工程と、
前記膨潤工程後に、前記第2の電解質膜を乾燥させて前記第1の電解質膜を作製する乾燥工程と、を備え、
前記乾燥工程は、
前記膨潤している前記第2の電解質膜を、前記燃料電池の発電時における前記第2の電解質膜の湿度に応じた前記寸法変化率に対応する収縮量を、前記膨潤工程前の前記第2の電解質膜の寸法より収縮させ、
前記収縮させた状態で前記第2の電解質膜の端部を固定し、乾燥させる、
製造方法。
【請求項3】
請求項2記載の第1の電解質膜の製造方法であって、
前記第2の電解質膜の収縮量とは、前記第2の電解質膜の湿度が、前記燃料電池の動作状態に基づいて規定される下限値ときの前記寸法変化率に対応した収縮量である、
製造方法。
【請求項4】
請求項2または請求項3記載の第1の電解質膜の製造方法であって、
前記第2の電解質膜の収縮量は、前記第1の電解質膜の端部を固定しない状態で乾燥させた場合における、前記第1の電解質膜の平面方向の寸法変化率に対応する前記第1の電解質膜の収縮量よりも小さい収縮量である、
製造方法。
【請求項5】
請求項2ないし請求項4いずれかに記載の製造方法によって製造された第1の電解質膜を用いたセルが複数積層されて構成される燃料電池スタックであって、
前記セルの湿潤状態は、前記燃料電池スタックにおける前記セルの配置位置によって異なり、
前記セルは、前記セルの配置位置に応じて前記収縮量が異なる前記第1の電解質膜を備える、
燃料電池スタック。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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