説明

燃料電池

【課題】生体代謝を利用しながら、大きな電流密度を実現する。
【解決手段】生体代謝を利用しながら、大きな電流密度を実現できる燃料電池である。燃料を複数の酵素によって段階的に分解するとともに、酸化に伴って生成する電子を電極に受け渡す。燃料を分解する複数の酵素において、前段の分解を行う酵素の酵素活性が、後段の分解を行う酵素群の酵素活性以下である。また、補酵素が関与する場合、当該補酵素の酸化を行う酸化酵素の酵素活性は、燃料を段階的に分解する複数の酵素のうち、当該補酵素の還元体の生成に関与する酵素群の酵素活性の和以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生体代謝を利用した燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、基本的に燃料極と酸化剤極(空気極)と電解質とを備えるものであり、その動作原理は水の電気分解の逆動作に基づく。すなわち、燃料電池は、水素及び酸素を送り込まれることによって、水(H2 O)を生成するとともに電気を取り出す、すなわち発電を行う。より具体的に説明すると、燃料極に供給された燃料(水素)が酸化されて電子とプロトン(H+ )とに分離し、このH+ が電解質を介して空気極まで移動し、空気極に供給された酸素と反応することによってH2 Oを生成する。
【0003】
燃料電池は、燃料の持つエネルギーを直接電気エネルギーに変換する、高効率な発電装置として機能し、天然ガス、石油、石炭等の化石エネルギーがもつエネルギーを使用場所や使用時によらずに、しかも高い変換効率にて電気エネルギーとして取り出すことができる。
【0004】
従来から大規模発電用途等としての燃料電池の開発研究が活発に行われており、例えばスペースシャトルに燃料電池が搭載され、電力と同時に乗組員の水を供給できることや、クリーンな発電装置であることを証明した実績がある。
【0005】
近年、高分子固体電解質燃料電池等、室温から90℃程度の比較的低温な作動温度域を示す燃料電池が開発され、注目を集めている。このため、大規模発電用途のみならず、自動車の駆動用電源、パーソナルコンピュータやモバイル機器等のポータブル電源等の小型システムへの応用が模索されつつある。
【0006】
しかしながら、固体高分子型燃料電池は先に述べたように低温な作動温度域を示すという利点があるものの、解決すべき多くの課題が残されている。具体的には、燃料としてメタノールを用い、且つ室温付近で動作させた場合のCOによる触媒被毒、Pt等の高価な貴金属を用いた触媒が必要であること、クロスオーバーによるエネルギーロスの発生、燃料に水素を用いる場合の取り扱いが困難であること等である。
【0007】
そこで、生物内で行われている生体代謝が高効率なエネルギー変換機構であることに着目し、これを燃料電池に適用する提案がなされている。ここでいう生体代謝には、微生物や細胞内で行われる呼吸、光合成等が含まれる。生体代謝は、発電効率が極めて高く、また、室温程度の穏やかな条件で反応が進行するという特長を兼ね備えている。
【0008】
例えば呼吸は、糖類、脂肪、タンパク質等の栄養素を微生物又は細胞内に取り込み、これらの化学エネルギーを、数々の酵素反応ステップを有する解糖系及びトリカルボン酸(tricarboxylic acid: 以下TCAと称する。)回路を介して二酸化炭素(CO2 )を生成する過程でニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide :以下NAD+ と称する。)を還元して還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)のような酸化還元エネルギー、すなわち電気エネルギーに変換し、さらに電子伝達系においてこれらのNADHの電気エネルギーをプロトン勾配の電気エネルギーに直接変換するとともに酸素を還元し、水を生成する機構である。ここで得られた電気エネルギーは、ATP合成酵素を介して、ADPからATPを生成し、このATPは微生物や細胞が生育するために必要な反応に利用される。このようなエネルギー変換は、細胞質ゾル及びミトコンドリアで行われている。
【0009】
また、光合成は、光エネルギーを取り込み、電子伝達系を介してニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(nicotinamide adenine dinucleotide phosphate:以下NADP+ と称する。)を還元して還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)のような電気エネルギーに変換する過程で、水を酸化し酸素を生成する機構である。この電気エネルギーは、CO2 を取り込み炭素固定化反応に利用され、炭水化物の合成に利用される。
【0010】
これら生体代謝において重要な位置を占めるNADHの生成反応は、下記式(3)で表される。
【0011】
【化1】

【0012】
脱水素酵素(デヒドロゲナーゼ)としては、これまでに数百種類が知られており、様々な基質から生成物への変換を高選択的に触媒する重要な役割を果たしている。酵素のこのような反応選択性は、酵素がタンパク質分子であるために独特の三次元構造を有することに起因する。このため、生体内においては取り込まれた燃料に対して数十種類のデヒドロゲナーゼ等が順序よく反応し、最終的にはCO2 になるまで酸化が進行することになる。
【0013】
上述したような生体代謝を燃料電池に利用する技術としては、微生物中で発生した電気エネルギーを電子メディエータを介して微生物外に取り出し、この電子を電極に渡すことで電流を得る微生物電池が報告されている(例えば、特許文献1等を参照)。
【0014】
しかしながら、微生物及び細胞には上述したような化学エネルギーから電気エネルギーへの変換といった目的の反応以外にも不要な機能が多く存在するため、上述した方法では望まない反応に電気エネルギーが消費されて充分なエネルギー変換効率が発揮されない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2000−133297号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
そこで、微生物や細胞内から反応に関与する酵素や電子メディエータを取り出すとともに適切な環境を再現させることで所望の反応のみを行うような燃料電池の構成が提案されている。
しかしながら、このような構成の燃料電池では、酵素の反応速度が遅く、実際に得られる電流密度が極めて小さいという問題を有している。
【0017】
そこで本発明はこのような従来の問題点を解決するために提案されたものであり、生体代謝を利用しながらも、大きな電流密度を実現することが可能な燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上述の目的を達成するために、本発明に係る燃料電池は、燃料を複数の酵素による段階的な反応により分解するとともに、酸化反応に伴って生成する電子を電極に受け渡す燃料電池であって、酵素1による分解反応により分解物1が生成する際の酵素1の酵素活性をU(E1)とし、分解物1を分解する酵素群2の酵素活性の総和をU(E2)とするとき、U(E1)≦U(E2)であることを特徴とする。
【0019】
燃料を複数の酵素によって段階的に分解する複合酵素反応においては、酵素活性を損ねるような中間生成物は速やかに分解する必要がある。本発明においては、後段の分解反応を行う酵素群の酵素活性が前段の分解反応を行う酵素1の酵素活性よりも大となるように、各酵素の酵素活性を段階的に設定しているので、燃料が速やかに分解される。
【0020】
また、本発明においては、前記酵素1が酸化酵素であり、前記酵素1による分解反応が酸化反応であり、当該酸化反応により補酵素に電子の受け渡しをする燃料電池において、上記要件に加えて、さらに、前記補酵素の酸化体を生成する補酵素酸化酵素を有し、当該補酵素酸化酵素の酵素活性をU(Co)とし、前記複数の酵素のうち、当該補酵素の還元体の生成に関与する酵素群の酵素活性の総和をU(E)とするとき、U(Co)≧U(E)であることを特徴とする。
【0021】
酵素1による酸化反応により補酵素に電子の受け渡しをする燃料電池においては、補酵素の還元体の生成速度に対してこれを酸化する補酵素酸化酵素が不足すると、当該補酵素酸化酵素の酵素反応が律速となる。本発明では、補酵素の酸化を行う補酵素酸化酵素の酵素活性U(Co)を燃料の酸化(すなわち補酵素の還元体の生成)に関与する酵素群の酵素活性の総和U(E)以上としているので、前記補酵素酸化酵素の酵素反応が律速となることはなく、補酵素の還元体は速やかに酸化され、このとき生ずる電子が電子メディエータを介して電極に受け渡される。
【0022】
燃料としてメタノールを使用する場合を例にしてより具体的に説明すると、メタノールを燃料とする燃料電池は、例えば、燃料極と、空気極と、上記燃料極及び上記空気極の間に介在するプロトン伝導膜と、上記燃料極と電子の受け渡し可能とされた酵素溶液とを有し、上記酵素溶液は、アルコールデヒドロゲナーゼと、ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼと、蟻酸デヒドロゲナーゼと、ジアホラーゼと、電子メディエータとを含有する。ここで、上記アルコールデヒドロゲナーゼ、上記ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ、上記蟻酸デヒドロゲナーゼ、及び上記ジアホラーゼの酵素活性をそれぞれU(ADH)、U(FalDH)、U(FateDH)、U(DI)とする。
【0023】
先ず、アルコールデヒドロゲナーゼを酵素1とすると、酵素1の酵素活性U(E1)に相当するU(ADH)は、分解物(ホルムアルデヒド)を分解する酵素群(ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ及び蟻酸デヒドロゲナーゼ)の酵素活性の総和U(E2)=U(FalDH)+U(FateDH)に対して、U(E1)=U(ADH)≦U(E2)=U(FalDH)+U(FateDH)であることが必要である。次に、ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼを酵素1とすると、酵素1の酵素活性U(E1)に相当するU(FalDH)は、分解物(蟻酸)を分解する酵素群(蟻酸デヒドロゲナーゼ)の酵素活性の総和U(E2)=U(FateDH)に対して、U(E1)=U(FalDH)≦U(E2)=U(FateDH)であることが必要である。これらを勘案すると、上記メタノールを燃料とする燃料電池は、以下の式(1)を満足することが好ましい。
0<U(ADH)≦U(FalDH)≦U(FateDH)... 式(1)
【0024】
次に、上記燃料電池においては、補酵素酸化酵素がジアホラーゼであり、その酵素活性U(DI)がU(Co)に相当し、アルコールデヒドロゲナーゼ、ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ、及び蟻酸デヒドロゲナーゼは、いずれも補酵素の還元体の生成に関与する。したがって、以下の式(2)の関係を満足する必要がある。
U(ADH)+U(FalDH)+U(FateDH)≦U(DI)... 式(2)
【0025】
以上のように構成された燃料電池では、アルコールデヒドロゲナーゼ、ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ及び蟻酸デヒドロゲナーゼが、燃料であるメタノールからCO2 までの酸化反応を触媒する過程で合計3分子のNADHを生成する。また、ジアホラーゼは、生成したNADHから電子メディエータを介して燃料極へ2つの電子を渡す。これらの過程で発生するH+ は、酵素溶液及びプロトン伝導膜を介して空気極に到達する。空気極においては、H+ と酸素(O2 )と外部回路からの電子とから水が生成する。
【0026】
そして、メタノールを酸化する順序、すなわちアルコールデヒドロゲナーゼ、ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ及び蟻酸デヒドロゲナーゼの順序に従って各酵素の酵素活性が大となるように酵素溶液が調製されるので、メタノールの分解が滞ることなく、この結果NADHの生成速度が大となる。
【0027】
また、ジアホラーゼの酵素活性がアルコールデヒドロゲナーゼ、ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ及び蟻酸デヒドロゲナーゼの酵素活性の和よりも高くなるように酵素溶液を調製するので、ジアホラーゼが飽和することなくNADHから燃料極への電子の受け渡し速度を向上させられる。
【0028】
本発明に係る燃料電池は、さらに、補酵素から、さらに電子メディエータに電子の受け渡しをする燃料電池において、上記電子メディエータはビタミンK3であることを特徴とする。
【0029】
例えば、メタノールを燃料とする燃料電池の場合、燃料極と、空気極と、上記燃料極及び上記空気極の間に介在するプロトン伝導膜と、上記燃料極と電子を受け渡し可能とされた酵素溶液とを有し、燃料としてメタノールを用いる燃料電池であって、上記酵素溶液は、アルコールデヒドロゲナーゼと、ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼと、蟻酸デヒドロゲナーゼと、ジアホラーゼと、電子メディエータとを含有し、上記電子メディエータはビタミンK3であることを特徴とする。
ビタミンK3は平衡酸化還元電位が補酵素を酸化する補酵素酸化酵素(例えばジアホラーゼ)と比較的近いため、ジアホラーゼと電子の受け渡しの相性が良く、電子メディエータとして用いることで電子の受け渡し速度が向上する。
【発明の効果】
【0030】
以上の説明からも明らかなように、本発明に係る燃料電池は、燃料を分解する反応、及び補酵素(例えばNADH)が燃料極へ電子を渡す反応の反応が滞らないように各酵素の酵素活性の大小が調節されている。または、本発明に係る燃料電池は、電子の移動速度を速めるために、電子メディエータとして脱水素酵素(例えばDI)との相性が良いビタミンK3を選択している。したがって本発明によれば、反応速度の向上が図られ、より大きな電流密度を実現する燃料電池を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明を適用した燃料電池の反応の概要を説明するための模式図である。
【図2】図1中、燃料極側の反応を詳細に説明するための模式図である。
【図3】エタノールを燃料とした場合の複合酵素反応を示す図である。
【図4】グルコースを燃料とした場合の複合酵素反応を示す図である。
【図5】実験1におけるNADHの経時変化を示す特性図である。
【図6】実験2におけるOCVの経時変化を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明を適用した燃料電池について、図面を参照しながら詳細に説明する。
本発明の燃料電池は、生体代謝を利用したものであり、図1に示すように、燃料極と、空気極と、燃料極と空気極とを隔離するプロトン伝導膜と、後述する酵素、補酵素、電子メディエータ等が溶解されてなる酵素溶液とを基本的な構成要素とする。酵素溶液は燃料極と接触するように燃料極室内に保持されている。そして燃料極室中の酵素溶液に、燃料が連続的に供給される。
【0033】
この燃料電池では、酵素溶液中で、複合脱水素酵素として後述するような1種類以上のNAD+ 依存型デヒドロゲナーゼが複数の段階を経て燃料(例えばメタノール)をCO2 まで酸化する際に、補酵素NAD+ からNADHを生成させる。生成したNADHは、ジアホラーゼにより電子メディエータを介して燃料極へ2つの電子を受け渡す。そして、外部回路を通って空気極に電子が到達することで、電流が発生する。また、上述したような過程で発生するH+ は、プロトン伝導膜又は膜のない酵素溶液を介して空気極まで移動する。そして空気極では、到達したH+ と、外部回路から供給された2つの電子と、酸素とから水が生成される。
【0034】
本発明では、以下に述べるように、NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼ等の酵素の酵素活性を最適化すること、最適な電子メディエータを選択することのいずれか一方又はこれらを組み合わせることにより、燃料極への電子の移動速度を速め、電流密度の向上を実現している。そこで、図1に示す反応のうち酵素溶液から燃料極に電子を渡す反応について図2を用いてさらに詳細に説明する。
【0035】
酵素溶液には、NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼとして、燃料であるメタノールからホルムアルデヒド及びNADHを生成するアルコールデヒドロゲナーゼ(alcohol dehydrogenase:以下ADHと称する。)と、ホルムアルデヒドから蟻酸及びNADHを生成するホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ(formaldehyde dehydrogenase: 以下FalDHと称する。)と、蟻酸からCO2 及びNADHを生成する蟻酸デヒドロゲナーゼ(formate dehydrogenase:以下FateDHと称する。)の3種類が溶解されている。また、酵素溶液にはNADHを酸化してNAD+ とH+ とに分解するNADHデヒドロゲナーゼ、すなわちジアホラーゼ(diaphorase: 以下DIと称する。)が溶解されている。また、酵素溶液には、DIを介してNADHから2つの電子を受け取るとともに燃料極へ渡す電子メディエータが溶解されている。また、NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼが反応に必要とする補酵素NAD+ も、酵素溶液中に溶解されている。
【0036】
ここで、酵素溶液中に含まれる燃料を分解する複数の酵素の酵素活性は、次の条件を満たす必要がある。先ず、アルコールデヒドロゲナーゼを酵素1とすると、酵素1の酵素活性U(E1)に相当するU(ADH)は、分解物(ホルムアルデヒド)を分解する酵素群(ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ及び蟻酸デヒドロゲナーゼ)の酵素活性の総和U(E2)=U(FalDH)+U(FateDH)に対して、U(E1)=U(ADH)≦U(E2)=U(FalDH)+U(FateDH)であることが必要である。次に、ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼを酵素1とすると、酵素1の酵素活性U(E1)に相当するU(FalDH)は、分解物(蟻酸)を分解する酵素群(蟻酸デヒドロゲナーゼ)の酵素活性の総和U(E2)=U(FateDH)に対して、U(E1)=U(FalDH)≦U(E2)=U(FateDH)であることが必要である。これらを勘案すると、上記メタノールを燃料とする燃料電池は、以下の式(1)を満足することが好ましい。
0<U(ADH)≦U(FalDH)≦U(FateDH)... 式(1)
【0037】
上述した3種類の最適なNAD+ 依存型デヒドロゲナーゼを選択するとともにその酵素活性の比をメタノールの分解の順序にしたがって増大させることで、ホルムアルデヒドや蟻酸といった中間生成物を蓄積させることなくメタノールをCO2 まで迅速に分解し、NADHの生成速度を充分に高くすることができる。
【0038】
また、NADHから燃料極への電子の授受に関与するDIの酵素活性を、NADHの生成に関与する3種類のNAD+ 依存型デヒドロゲナーゼの酵素活性の和よりも大とする必要があり、これにより、生成したNADHから燃料極への電子の移動速度を速められる。このことは、DIの酵素活性をU(DI)としたとき、以下の式(2)で表される。
U(ADH)+U(FalDH)+U(FateDH)≦U(DI)... 式(2)
【0039】
DIの酵素活性がNAD+ 依存型デヒドロゲナーゼの酵素活性の和を下回る場合、DIの酵素反応が律速となり、電子の移動速度が遅くなるので電流密度が不足する。
【0040】
なお、ここで言うU(ユニット)とは、酵素活性を示す1つの指標であり、ある温度及びpHにおいて1分間あたり1μmolの基質が反応する度合いを示す。
【0041】
燃料電池の電圧は、それぞれの電極に用いる電子メディエータの酸化還元電位を制御することで設定される。つまり、より高い電圧を得るには、燃料極側ではよりネガティブな電位の電子メディエータを、空気極側ではよりポジティブな電位の電子メディエータを選ぶと良い。しかし、電子メディエータの、酵素に対する反応親和性、電極との電子交換速度、阻害因子(光、酸素等)に対する構造安定性等も考慮しなければならない。
【0042】
このようなトータルな観点から、燃料極に作用する電子メディエータとして、ビタミンK3(2-methyl-1,4-naphthoquinone 、Vitamin K3: 以下VK3と称する)、を選択することが現状では好ましい。VK3は平衡酸化還元電位(pH7.0の溶液中)が−210mV(vsAg/AgCl)であり、活性点としてフラビンモノヌクレオチド(flavin mononucleotide:以下FMN と称する。)を有するDIの平衡酸化還元電位(pH7.0の溶液中)である約−380mV(vsAg/AgCl)と比較して、電位が若干ポジティブである。これにより、DIと電子メディエータとの間の電子の交換速度が適度に速くなり、大きな電流密度を得られるのと同時に、空気極と組み合わせて電池を構成した場合に比較的大きな電圧を得ることができる。
【0043】
これに対して、VK3よりもさらに電位がポジティブである例えば1,4-benzoquinone(
+93mV(vsAg/AgCl)) を電子メディエータとして用いた場合、溶液中の電子メディエータ分子の拡散の影響が大きくなり、電流密度はVK3と比べて殆ど変化せず、期待される程の効果は得られない。そればかりか、電池電圧がより小さくなることになるという問題が生じる。また、VK3よりもさらに電位がネガティブであり、且つDIよりも電位が若干ポジティブである例えばanthraquinone-2-sulfonate(−549mV(vsAg/AgCl)) を電子メディエータとして用いた場合、逆に電流密度が減少するが、電池電圧は向上する。この場合、電極構造を工夫して反応場を3次元的に高密度に構築することで反応電極面積を増大させれば、電池としての電流密度をある程度まで向上させることができる。このように、VK3の他に適当な酸化還元電位を有する電子メディエータを選択することも可能である。他に、例えばキノン骨格を有する化合物、Os、Ru、Fe、Co等の金属錯体、ベンジルビオローゲン等のビオローゲン化合物、ニコチンアミド構造を有する化合物、リボフラビン構造を有する化合物、ヌクレオチド−リン酸構造を有する化合物等を燃料極に作用する電子メディエータとして利用できる。
【0044】
また、空気極に作用する電子メディエータとしては、主にABTS〔2,2'-azinobis(3-ethylbenzothiazoline-6-sulfonate) 〕)、Os、Ru、Fe、Co等の金属錯体等を用いることができる。
【0045】
そしてこの系においては、以下のようにして発電が行われる。先ず、酵素溶液に燃料であるメタノールが供給されると、酵素溶液中のADHがメタノールの酸化を触媒し、ホルムアルデヒドを生成する。このときメタノールから2H+ と2電子とを除去し、NAD+ の還元体であるNADHと、H+ とを生じる。
【0046】
次に、FalDHがホルムアルデヒドにH2 Oを付加するとともに2H+ と2電子とを除去し、蟻酸を生成する。このとき、NADHとH+ とを生じる。
【0047】
次に、FateDHが蟻酸から2H+ と2電子とを除去して、最終生成物であるCO2 を生成する。このとき、NADHとH+ とを生じる。最終生成物であるCO2 は、酵素溶液系から取り除かれれば(通常ガスとして)、酵素溶液のpHを大きく変化させることがない。このため、酵素活性の低下が抑制される。
【0048】
そして次に、上述した過程で生成したNADHをDIが酸化して、電子メディエータの酸化体に電子を渡して電子メディエータの還元体とする。なお、電子メディエータがVK3である場合には、VK3の酸化体は2電子と2H+ とを受け取り、VK3の酸化体となる。次いで電子メディエータの還元体が電子を燃料極に渡し、電子メディエータの酸化体に戻る。DIによって酸化されたNADHは、NAD+ とH+ とになり、生成したNAD+ は上述したNAD+ 依存型デヒドロゲナーゼによるメタノールの分解過程で再度利用される。この結果、1分子のNADHから燃料極へ2つの電子を渡すことになり、直流電流を取り出すことができる。
【0049】
以上のように、3種類のNAD+ 依存型デヒドロゲナーゼが1分子のメタノールをCO2 まで分解する過程で、合計3分子のNADHが作られる。この段階では、エネルギー状態の異なるH+ を有する燃料からそれぞれのH+ を引き抜く過程で、それらの化学エネルギーをNADHという同一物質に変換する。このNADHが有する化学エネルギーを利用すること、すなわちNADHが有する電子を燃料極に渡すことにより、高いエネルギー変換効率の燃料電池を実現することができる。
【0050】
NADHから燃料極への電子の移動を円滑に行うためには、DIの酵素活性に対して電子メディエータを酵素溶液中に充分に存在させることが好ましい。
【0051】
また、上記の酵素が効率よく定常的に反応するために、酵素溶液は、トリス緩衝液、リン酸緩衝液等の緩衝液によって、例えばpH7付近にpHが維持されていることが好ましい。また、酵素溶液の温度も、温度制御系によって例えば40℃付近に維持されていることが好ましい。さらに、酵素溶液のイオン強度(Ion Strength: 以下I.S.と称する。)は、あまり大きすぎても小さすぎても酵素活性に悪影響を与えるが、電気化学応答性も考慮すると、適度なイオン強度であること、例えば0.3程度であることが好ましい。ただし、上記のpH、温度及びイオン強度は、用いる酵素それぞれに最適値が存在し、上述した値に限定されるものではない。
【0052】
さらに、上述した各種の酵素、補酵素及び電子メディエータは、酵素溶液中に溶解されて用いられる他、バイオセンサ等の分野で提案されている一般的な方法でこれらのうち少なくとも一種が電極上又は電極近傍に固定化されて用いられてもかまわない。例えば、燃料極として、活性炭等の表面積の広い材料を3次元的に高密度に配列させた電極を用いることで、電子メディエータの有効な反応電極面積を拡大し、電流密度のさらなる向上を図ることができる。また、例えばグルタルアルデヒドによる架橋で酵素を電極表面に高密度に固定化させることで、酵素から電極表面近傍の電子メディエータへの電子の受け渡しがより効率的となり、電流密度を向上させることもできる。
【0053】
なお、本発明に用いられる酵素は、上述した酵素に限定されず、その他の酵素でも構わない。また、上述したADH、FalDH、FateDH及びDIは、ミューテーションによりpHや阻害物質に対して比較的安定とされていてもよい。さらに、空気極用の酵素としては、ラッカーゼ、ビリルビンオキシダーゼ等の公知の酵素を用いてもよい。
【0054】
本発明の燃料電池の燃料としては、メタノールの他、エタノール等のアルコール、グルコース等の糖類、脂肪類、タンパク質、糖代謝の中間生成物等の有機酸(グルコース−6−リン酸、フルクトース−6−リン酸、フルクトース−1,6−ビスリン酸、トリオースリン酸イソメラーゼ、1,3−ビスホスホグリセリン酸、3−ホスホグリセリン酸、2−ホスホグリセリン酸、ホスホエノールピルビン酸、ピルビン酸、アセチル−CoA、クエン酸、cis−アコニット酸、イソクエン酸、オキサロコハク酸、2−オキソグルタル酸、スクシニル−CoA、コハク酸、フマル酸、L−リンゴ酸、オキサロ酢酸等)、これらの混合物等を用いてもよい。中でもグルコース、エタノール、糖代謝の中間生成物等は、上述した酵素を単独又は適当な複数種類用いて組み合わせるとともに、特にTCA回路に関与する複数の酵素を用い、環境条件を最適化することで、上述した燃料をメタノールとした系と同様に、燃料がCO2 まで酸化される系を実現できる。特にグルコースは取り扱いが極めて容易な材料であるため好ましい燃料である。
【0055】
この場合、用いる酵素は、燃料に応じて最適な酵素を選択して使用することが好ましい。例えば燃料極に用いる酵素としては、グルコースデヒドロゲナーゼ、電子伝達系の一連の酵素、ATP合成酵素、糖代謝に関与する酵素(例えばヘキソキナーゼ、グルコースリン酸イソメラーゼ、ホスホフルクトキナーゼ、フルクトース二リン酸アルドラーゼ、トリオースリン酸イソメラーゼ、グリセルアルデヒドリン酸デヒドロゲナーゼ、ホスホグリセロムターゼ、ホスホピルビン酸ヒドラターゼ、ピルビン酸キナーゼ、L−乳酸デヒドロゲナーゼ、D−乳酸デヒドロゲナーゼ、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ、クエン酸シンターゼ、アコニターゼ、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ、2−オキソグルタル酸デヒドロゲナーゼ、スクシニル−CoAシンテターゼ、コハク酸デヒドロゲナーゼ、フマラーゼ、マロン酸デヒドロゲナーゼ等)等の公知の酵素を挙げることができる。
【0056】
図3は、燃料にエタノールを用いた場合の複合酵素反応を示すものである。エタノールの場合、第1段階では、アルコールデヒドロゲナーゼ(ADH)の作用によりエタノールが酸化されてアセトアルデヒドになり、第2段階では、アルデヒドデヒドロゲナーゼ(AlDH)の作用によりアセトアルデヒドが酸化されて酢酸になる。各段階では、NAD+ (酸化体)が還元されて、NADH(還元体)が生成する。電子メディエータを介した電子の受け渡しは、先の図2に示すメタノールの場合と同様である。ここで、ADH及びAlDHの酵素活性をそれぞれU(ADH)、U(AlDH)とすると、U(E1)に相当するU(ADH)とU(E2)に相当するU(AlDH)は、0<U(ADH)≦U(AlDH)である。また、これらU(ADH)とU(AlDH)の総和はDIの酵素活性U(DI)以下であり、U(ADH)+U(AlDH)≦U(DI)である。
【0057】
図4は、燃料にグルコースを用いた場合の複合酵素反応を示すものである。グルコースの場合、第1段階の酸化反応では、グルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)の作用により、β−D−グルコースがD−グルコノ−δ−ラクトンに分解される。D−グルコノ−δ−ラクトンは、加水分解によりD−グルコネートになり、D−グルコネートは、グルコノキナーゼの存在下、アデノシン三リン酸(ATP)をアデノシン二リン酸(ADP)とリン酸に加水分解することでリン酸化され、6−フォスフォ−D−グルコネートになる。この6−フォスフォ−D−グルコネートは、第2段階の酸化反応において、フォスフォグルコネートデヒドロゲナーゼ(PhGDH)の作用により、2−ケト−6−フォスフォ−D−グルコネートに酸化される。各酸化反応では、NAD+ (酸化体)が還元されて、NADH(還元体)が生成する。電子メディエータを介した電子の受け渡しは、先の図2に示すメタノールの場合と同様である。ここで、GDH及びPhGDHの酵素活性をそれぞれU(GDH)、U(PhGDH)とすると、U(E1)に相当するU(GDH)とU(E2)に相当するU(PhGDH)は、0<U(GDH)≦U(PhGDH)である。また、これらU(GDH)とU(PhGDH)の総和はDIの酵素活性U(DI)以下であり、U(GDH)+U(PhGDH)≦U(DI)である。
【0058】
上記、エタノールおよびグルコース一分子当たり、NADH2分子を取り出すことが可能であるが、さらに燃料のエネルギー密度を向上させる必要がある。そのためにグルコースをCO2 まで分解する方法としては、糖代謝を利用する必要がある。エタノールについては、アセトアルデヒドデヒドロゲナーゼ(AalDH)によりアセチルCo−Aとしたのち、TCA回路に渡す必要がある。
その他、グルコースを燃料とする場合には、糖代謝を応用することも可能である。糖代謝を利用した複合酵素反応は、解糖系によるグルコースの分解及びピルビン酸の生成、及びクエン酸サイクルに大別されるが、解糖系及びクエン酸サイクルは、広く知られる反応系であるので、ここではその説明は省略する。
【0059】
本発明の燃料電池において、燃料極には、グラッシーカーボン等のカーボン、Pt、Au等を使用できる。空気極としては、例えばPt等の触媒を担持したカーボンをフッ素系樹脂等で接合したもの等を利用できる。また、空気極には、さらにラッカーゼ等の酸化還元酵素を含有させてもよい。プロトン伝導膜としては、例えば、米国デュポン社製、商品名Nafion117 等のフッ素系樹脂等が好適である。
【0060】
以上説明したように、本発明の燃料電池では、各酵素の酵素活性の比を後段階となるにしたがって増大させ、例えば上述の式(1)及び式(2)のように規定することで、燃料(例えばメタノール)をCO2 まで分解するとともにNADH及びH+ を生成する反応、及び生成したNADHを分解する反応を迅速に進めることができる。また、電子メディエータとしてVK3を選択することで、NADHから燃料極への電子の移動速度を速めることができる。以上の手法を単独で、又は併用することで、生体代謝を利用した燃料電池において、これまでにない大きな電流密度を実現することが可能となる。特に2つの方法を併用することが好ましく、これによってさらなる反応速度の向上が図られ、より大きな電流密度が得られる。
【0061】
また、本発明の燃料電池は、高効率なエネルギー変換機構である生体代謝を利用して発電を行うので、室温での安定動作性に優れ、小型化及び軽量化が可能であり、燃料の取り扱いも極めて容易である等の利点も兼ね備える。
【0062】
さらに、電池反応に寄与する酵素は、目的の酵素を産生する細胞や微生物等を培養し、常法により抽出、精製すること等により得られるため、燃料電池の低コスト化を図ることも可能となる。
【0063】
なお、本発明は上述の記載に限定されることはなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において適宜変更可能である。
【実施例】
【0064】
以下、本発明を適用した具体的な実施例について、実験結果に基づいて説明する。下記の比較例及び実施例では、溶液中に酵素、補酵素、電子メディエータ、燃料等を随時添加していくが、それぞれを先ず溶液に溶解させ、添加量を数μlオーダーと非常に少なく制御し、滴下以前の物質濃度減少、および溶液温度変化が無視できるように実験を行った。
【0065】
<実験1>
先ず、NADHの生成速度を調べることで、NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼの最適な酵素活性の比について検討した。
【0066】
実施例1
3mlの0.1Mトリス塩酸緩衝液(pH7.0、I.S.=0.3)にNAD+ を5mM、メタノールを1M添加し、この溶液を撹拌するとともにアルゴンガスでパージを行った。さらにADHを25ユニット、FalDHを50ユニット、FateDHを75ユニット添加した。これらNAD+ 依存型デヒドロゲナーゼを溶液に添加した時点から、紫外可視分光光度計を用いて吸光度を経時的に測定した。光路長は1cmである。測定波長はNADHに特徴的な340nmを選び、その吸光度変化から生成したNADH濃度を決定した。なお、酵素溶液の温度は、40±1℃の範囲に収まるように制御した。
【0067】
実施例2
NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼとして、ADHを25ユニット、FalDHを100ユニット、FateDHを200ユニット添加したこと以外は、実施例1と同様にしてNADH濃度を測定した。
【0068】
比較例1
NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼとして、ADHを25ユニット添加し、FalDH及びFateDHを添加しなかったこと以外は、実施例1と同様にしてNADH濃度を測定した。
【0069】
比較例2
NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼとして、ADHを25ユニット、FalDHを50ユニット添加し、FateDHを添加しなかったこと以外は、実施例1と同様にしてNADH濃度を測定した。
【0070】
比較例3
NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼとして、ADHを25ユニット添加し、FalDH及びFateDHを添加せずに測定を開始し、測定開始後7.8時間後にFalDHを50ユニット添加し、さらに測定開始後9.0時間後にFateDHを75ユニット添加したこと以外は、実施例1と同様にしてNADH濃度を測定した。
【0071】
比較例4
NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼとして、ADHを25ユニット、FalDHを20ユニット、FateDHを15ユニット添加したこと以外は、実施例1と同様にしてNADH濃度を測定した。
【0072】
以上のように測定した実施例1、実施例2、及び比較例1〜比較例4の測定時間に対するNADH濃度の変化を、図5に示す。また、実施例1、実施例2、及び比較例1〜比較例4に用いたNAD+ 依存型デヒドロゲナーゼの添加量を下記の表1に示す。なお、表1中、比較例3の(+)は、測定の最初から酵素を添加したのではなく、測定途中に酵素を添加したことを表す。
【0073】
【表1】

【0074】
図5から、実施例1は、時間の経過に伴ってNADHが順調に増加しており、NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼを1種類又は2種類しか含まない比較例1及び比較例2に比べてNADHの生成速度が著しく高いことがわかる。
【0075】
また、ADH、FalDH、FateDHの順に増大する酵素活性の比を、実施例1に比べてさらに増大させた実施例2では、実施例1よりもさらにNADHの生成速度の向上が観察された。
【0076】
これに対して、NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼとしてADHのみが添加された比較例1では、NADHの生成は測定7時間後にほぼ頭打ちとなった。また、NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼとしてADH及びFalDHが添加された比較例2では、比較例1に比べてNADH生成速度は向上しているものの、やはりNADHの生成は頭打ちとなった。この原因は、メタノールがCO2 まで分解されずにホルムアルデヒド又は蟻酸として酵素溶液に蓄積し、これらがpHの変化等を招いて酵素活性を低下させたためと考えられる。なお、図5中には示していないが、比較例1では、測定開始後7.8時間以降もNADH濃度の顕著な増加は観察されなかった。
【0077】
また、比較例3では、FalDHの添加までは比較例1と同じく低いNADH生成速度であったが、FalDH及びFateDHの添加によって、それぞれの時点でNADHの生成速度が急激に上昇した。この理由は、測定開始後しばらくはホルムアルデヒドが蓄積していたが、FalDH及びFateDHの添加によって蟻酸、さらにCO2 へと分解が進行したためと考えられる。
【0078】
また、比較例4は、3種類のNAD+ 依存型デヒドロゲナーゼを含有するものの、ADH、FalDH、FateDHの酵素活性比を実施例1とは逆に順次減少させたものであり、NADH生成速度は頭打ちとなった。この比較例4では、ADHの酵素活性に比べてFalDH及びFateDHの酵素活性が不足しており、中間生成物であるホルムアルデヒド及び蟻酸の分解が停滞することによって、比較例1及び比較例2と同様の現象が引き起こされたと考えられる。
【0079】
以上の実験1の結果から、メタノールをCO2 に分解するに際して酵素活性を低下させるような中間生成物は速やかに分解する必要があり、このためにはNAD+ 依存型デヒドロゲナーゼとしてADH、FalDH、FateDHの3種類の酵素を、これらの酵素活性の比がこの順に増大させるよう存在させなければならないことが判明した。
【0080】
<実験2>
次に、3極セルを用いてオープンサーキット(OCV)測定を行い、NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼ及びDIの最適な酵素活性の比を検討した。3極セルは、作用極としてグラッシーカーボン(直径3mm)、対極としてPt線、参照電極としてAg/AgClを用いたものである。また3極セルは、40±1℃の範囲内に収まるように温度制御される。
【0081】
実施例3
実施例3では、実験1における実施例1の酵素溶液にVK3を添加して調製した酵素溶液に、DIを200ユニット添加したときのOCVを測定した。
【0082】
そして、以下のようにしてOCV測定を行った。具体的には、1mlのトリス塩酸緩衝液(pH7.0)(I.S.=0.3)にVK3(酸化体)を5mM、NAD+ を5mM、メタノールを1M添加し、この溶液を撹拌するとともにアルゴンガスでパージを行った。なお、ここでのVK3の濃度(5mM)は、DIの酵素活性に対して充分量である。次にADHを25ユニット、FalDHを50ユニット、FateDHを75ユニット添加し、OCV測定を行った。OCVが安定した時点でさらにDIを200ユニット添加し、この時点を測定開始時刻としてOCVを経時的に測定した。
【0083】
実施例4
DIを400ユニット添加したこと以外は、実施例3と同様にしてOCVを測定した。
【0084】
比較例5
NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼとしてADHを25ユニット添加し、FalDH及びFateDHを添加しなかったこと以外は、実施例3と同様にしてOCVを測定した。
【0085】
比較例6
NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼとして、ADHを25ユニット、FalDHを50ユニット添加し、FateDHを添加しなかったこと以外は、実施例3と同様にしてOCVを測定した。
【0086】
比較例7
NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼとして、ADHを25ユニット添加し、FalDH及びFateDHを添加せずに測定を開始し、OCV測定開始後28.1分後にFalDHを50ユニット添加し、さらに測定開始後37.3分後にFateDHを75ユニット添加したこと以外は、実施例3と同様にしてOCVを測定した。
【0087】
比較例8
DIを100ユニット添加したこと以外は、実施例3と同様にしてOCVを測定した。
【0088】
以上のように測定した実施例3、実施例4、及び比較例5〜比較例8のOCVの変化を、図6に示す。また、実施例3、実施例4、及び比較例5〜比較例8に用いたNAD+ 依存型デヒドロゲナーゼ及びDIの添加量(酵素活性)を下記の表2に示す。なお、表2中、比較例7の(+)は、測定の最初から酵素を添加したのではなく、測定途中に酵素を添加したことを表す。
【0089】
【表2】

【0090】
図6から明らかなように、いずれの例においてもOCV測定開始後から酵素反応が進行してVK3の還元体が生成し、OCVの減少が観察された。しかしながら、添加した酵素活性の大小によってOCVの減少速度が異なるという結果が得られた。例えば実施例3では、NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼによって生成するNADHに対してDIが充分量存在し、後述する比較例5〜比較例8に比べてOCVの減少速度が大であった。また、DIの酵素活性をさらに増大させた実施例4では、NADHからVK3への電子の受け渡しが加速し、OCVの減少速度が増大し、VK3の平衡酸化還元電位である−0.21V(vsAg/AgCl)付近に迅速に到達した。これらのことから、実施例3及び実施例4のDIは、生成されるNADH量に対して充分であったといえる。
【0091】
これに対して、NADHの生成速度に比べてDIの酵素活性を不足させた比較例8では、測定開始初期のOCVの減少速度は充分であったが、時間の経過とともにOCVの減少速度が低下した。この理由は、DIの酵素反応が律速となり、NADH量が増加したためと考えられる。
【0092】
また、比較例5〜比較例7では、DIの酵素活性は充分であるが、NAD+ 依存型デヒドロゲナーゼの酵素活性が不足し、NADH生成速度が律速となり、OCVの減少速度が小さくなったと考えられる。なお、図6中には示していないが、比較例5では、測定開始後28.1分以降もOCVの顕著な低下は観察されなかった。
【0093】
以上の実験2の結果から、NADHを生成するNAD+ 依存型デヒドロゲナーゼの酵素活性の和よりも、NADHを酸化するDIの酵素活性が大きくなければならないことが判明した。
【0094】
なお、上述の実験2では、作用電極、すなわち燃料極としてグラッシーカーボンを用いて動作させた例を示したが、Pt及びAuを用いた場合にも同様に動作することが確認された。
【0095】
また、上述の実験2では3極セルを用いた例を示したが、空気極としてPt触媒、プロトン伝導膜としてNafion膜を用いた燃料電池を動作させた場合にも、実験2と同様な結果が得られることを確認した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料を複数の酵素による段階的な反応により分解するとともに、酸化反応に伴って生成する電子を電極に受け渡す燃料電池であって、
酵素1による分解反応により分解物1が生成する際の酵素1の酵素活性をU(E1)とし、分解物1を分解する酵素群2の酵素活性の総和をU(E2)とするとき、U(E1)≦U(E2)である燃料電池。
【請求項2】
前記酵素1は酸化酵素である請求項1記載の燃料電池。
【請求項3】
前記酵素1による分解反応が酸化反応であり、当該酸化反応により補酵素に電子の受け渡しをする請求項1記載の燃料電池。
【請求項4】
さらに、前記補酵素の酸化体を生成する補酵素酸化酵素を有し、
当該補酵素酸化酵素の酵素活性をU(Co)とし、前記複数の酵素のうち、当該補酵素の還元体の生成に関与する酵素群の酵素活性の総和をU(E)とするとき、U(Co)≧U(E)である請求項3記載の燃料電池。
【請求項5】
前記補酵素の酸化体がNAD+ 、還元体がNADHである請求項3記載の燃料電池。
【請求項6】
前記補酵素の酸化体を生成する補酵素酸化酵素が、ジアホラーゼである請求項4記載の燃料電池。
【請求項7】
前記補酵素から、さらに電子メディエータに電子の受け渡しをする請求項3記載の燃料電池。
【請求項8】
前記電子メディエータはキノン骨格を有する化合物である請求項7記載の燃料電池。
【請求項9】
前記燃料が、アルコール、糖類、脂肪類、タンパク質、有機酸類から選ばれる少なくとも1種である請求項1記載の燃料電池。
【請求項10】
前記燃料が、メタノール、エタノール、グルコースから選ばれる少なくとも1種である請求項8記載の燃料電池。
【請求項11】
前記燃料がメタノールであり、前記燃料を段階的に分解する複数の酵素が、アルコールデヒドロゲナーゼ、ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ、及び蟻酸デヒドロゲナーゼである請求項1記載の燃料電池。
【請求項12】
前記燃料がエタノールであり、前記燃料を段階的に分解する複数の酵素が、アルコールデヒドロゲナーゼ、及びアルデヒドデヒドロゲナーゼである請求項1記載の燃料電池。
【請求項13】
前記燃料がグルコースであり、前記燃料を段階的に分解する複数の酵素が、グルコースデヒドロゲナーゼ、グルコノキナーゼ、及びフォスフォグルコネートデヒドロゲナーゼである請求項1記載の燃料電池。
【請求項14】
前記燃料がメタノールであり、前記燃料を段階的に分解する複数の酵素がアルコールデヒドロゲナーゼ、ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ、及び蟻酸デヒドロゲナーゼであり、前記補酵素の酸化を行う脱水素酵素がジアホラーゼであり、
前記アルコールデヒドロゲナーゼ、ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ、蟻酸デヒドロゲナーゼ、及びジアホラーゼの酵素活性をそれぞれU(ADH)、U(FalDH)、U(FateDH)、U(DI)としたとき、以下の式(1)及び式(2)の関係を満足する請求項3記載の燃料電池。
0<U(ADH)≦U(FalDH)≦U(FateDH) ・・・式(1)
U(ADH)+U(FalDH)+U(FateDH)≦U(DI) ・・・式(2)
【請求項15】
前記複数の酵素は電極上又は電極近傍に固定化されている請求項1記載の燃料電池。
【請求項16】
燃料電池を用いるポータブル電源において、
前記燃料電池が、
燃料を複数の酵素による段階的な反応により分解するとともに、酸化反応に伴って生成する電子を電極に受け渡す燃料電池であって、
酵素1による分解反応により分解物1が生成する際の酵素1の酵素活性をU(E1)とし、分解物1を分解する酵素群2の酵素活性の総和をU(E2)とするとき、U(E1)≦U(E2)であるものであるポータブル電源。
【請求項17】
燃料電池を用いる電子機器において、
前記燃料電池が、
燃料を複数の酵素による段階的な反応により分解するとともに、酸化反応に伴って生成する電子を電極に受け渡す燃料電池であって、
酵素1による分解反応により分解物1が生成する際の酵素1の酵素活性をU(E1)とし、分解物1を分解する酵素群2の酵素活性の総和をU(E2)とするとき、U(E1)≦U(E2)であるものである電子機器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−151130(P2012−151130A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−110163(P2012−110163)
【出願日】平成24年5月14日(2012.5.14)
【分割の表示】特願2003−279745(P2003−279745)の分割
【原出願日】平成15年7月25日(2003.7.25)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】