説明

燻煙発生用材料

【課題】設備や工程に大きな変更を伴うことなく、燻煙の香りを改質し、燻製食品に好ましい風味を付与するとともに、燻煙の香りの強さを高めて生産の効率を上げること。
【解決手段】リグニン分解活性を有する微生物を作用させた植物材料を含む、燻煙発生用材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燻製食品の製造に用いる燻煙発生材料およびそれを発生源とする燻煙の香りの改質方法に関する。また、本発明は、好ましい風味と力価を有する産業上有用な燻製食品を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
魚、ソーセージ、ハム、及びその他の食品の燻製は元来、その保存性を高めることが目的であったが、食品保存技術が発達した現在では、好ましい風味を付与することが主目的となっている。そのため、燻製食品の風味の大きな部分を占める、燻煙の香りの質をコントロールすることが非常に重要となっている。
【0003】
従来の燻製食品の製造方法としては、薪又は木材を破砕したチップ等を燃焼、不完全燃焼又は熱分解することにより、燻煙を発生させる方法が一般的に用いられている(例えば、非特許文献1)。
【0004】
工業的に燻煙を発生させる方法としては、燻製装置に付属するスモークジェネレーター等を使用するものの他、炭化装置のように木材を炭化させる際に発生する煙を利用するものもある(例えば、特許文献1図6)。
【0005】
また、従来より、燻煙成分について種々の研究が行われており、抗菌性、抗酸化性、及び燻製食品の風味に寄与する成分が重要であると考えられている。そのような成分としては、フラン類、カルボニル化合物、酸類など多くの成分が挙げられるが、中でも燻製食品の風味に最も関係の深い成分として、グアヤコール、4−メチルグアヤコール、バニリン、2,6−ジメトキシフェノール等のフェノール類が挙げられる。燻製食品の独特な風味は、これらの燻煙成分が食品に浸透し、食品成分と反応して複合体が生成され、さらに燻煙工程中に食品の成分変化が起こることによって形成される。しかしながら、従来の燻煙発生方法では、燻煙発生材料の種類が同じ場合は、燻煙発生材料の燃焼状態、熱分解温度によって、ほぼ燻煙の香りの質が決まるため、燻製食品の香りの微妙な質の制御は困難であった。
【0006】
植物材料は一般的にセルロース、ヘミセルロースおよびリグニンから構成されており、そのおよその比率は、木材の場合、セルロース40〜55%、ヘミセルロース25〜40%、リグニン20〜30%と言われている。植物材料を加熱することにより、これらの構成成分が熱による分解および反応を起こし、燻煙成分が生成する。それぞれの構成成分の熱分解温度は、セルロースが240〜400℃、ヘミセルロースが180〜300℃であるのに対して、リグニンは280〜550℃であり、リグニンが分解するためにはより高い温度を必要とする(例えば、非特許文献2)。これらの構成成分が分解することによって生成する主な燻煙成分としては、セルロース、ヘミセルロースから生成するフラン類、有機酸、脂肪族脂肪酸など、リグニンから生成するフェノール系化合物が知られており、グアヤコール、4−メチルグアヤコール、バニリン、2,6−ジメトキシフェノール等の燻煙の風味に重要なフェノール類の生成にはリグニンの分解が大きく影響している。
【0007】
リグニンの構造はフェニルプロパンがランダムに縮重合したものであり、一定の反復単位を有さず、様々な結合形式が存在している。リグニン中に含まれる化学結合形式としては、例えばβ−エーテル結合、フェニルクマラン結合、ジアリールプロパン結合などが挙げられ、これらの結合形式の少なくとも1つを分解することがリグニン系物質の分解には必要であると考えられる。
【0008】
これまでもバイオマスの利用の観点から、リグニンの分解方法に関する検討が進められており、酸(塩酸)やアルカリ(アンモニア、水酸化ナトリウム)を高温、高圧で作用させる方法、リグニン系物質を微生物によって温和な環境下で分解する方法等がいくつかの文献に例示されている(例えば、非特許文献3〜5など)。
【0009】
また、酵素や微生物によるリグニンの分解においては、爆砕やハンマーミル等の強力な粉砕機を用いて原料を微粉化し、酵素や微生物によるリグニンの分解を容易にする微粉化法が知られている。
【0010】
しかしながら、燻煙の香りの質を制御する観点からリグニンの分解を検討した例は無く、ましてや燻煙発生用材料に含まれる植物材料に微生物を作用させた前例は無い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2003−105341号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】「燻製食品」(太田静行 著)恒星社厚生閣、p31−34
【非特許文献2】木材工業、58(7)、305−310(2003)
【非特許文献3】「バイオマスハンドブック」(社団法人日本エネルギー学会 編)オーム社(2002)、第三部「バイオマス変換技術(生物学的変換)」p151−197
【非特許文献4】「微生物利用の大展開」(今中忠行 監修)エヌ・ティー・エス(2002)、第2章「バイオエネルギーの生産」p1100−1140
【非特許文献5】「きのこ学」(古川久彦 編集)共立出版(1992)、p280−293
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
燻製食品の香りの質は、一般に、燻煙発生用材料の燃焼、不完全燃焼又は熱分解の方法、条件、燻煙発生用材料の種類などによって決まる。例えば、鰹節のように燻煙発生用材料を燃焼させて、乾燥と燻付けとを同時に行う場合は、刺激的な燻臭となり、チーズやハム、ソーセージのように燻煙発生用材料を不完全燃焼させ、燻しながら、燻付けする場合は甘く、マイルドな燻臭となる。鰹節は燻製後、かび付けを行い、チーズやハム、ソーセージは、熟成工程を入れることで香りの改質を行っている。このように、燻煙発生条件の変更や2次加工によってある程度、燻製食品の香りの質をコントロールすることは可能であるが、そのためには設備や工程に大きな変更を伴うことなり、多大な時間と労力を要するとの課題がある。特に鰹節等のかび付けの2次加工は、数週間〜数ヶ月を要する等の課題がある。
【0014】
また、燻煙発生用材料の種類を変えることによっても、燻煙発生用材料由来の特有の香りの改質が可能であるが、食品との相性が良くない場合や、サクラやホワイトオークのように大量入手が難しいものもあり、工業的な大量生産には適していないという課題がある。
【0015】
一方、燻煙発生用材料に用いる植物材料の種類が同じ場合は、発生する燻煙の香りの質はほとんど変わらず、これを制御することは難しいという課題もある。
【0016】
また、燻製食品の香りの力価を強める方法として、多量の燻煙で燻付けする方法等が一般的に知られているが、燻煙は好ましい香りから不要な香りまで様々な香りを有している。そのため、多量の燻煙で燻付けすることによって燻煙香を食品に付け過ぎると、得られる燻製食品は、タール臭のような好ましくない香りが強くなり、表面削り等の作業が必要になるという課題がある。
【0017】
上記のような課題に対する対策として燻煙発生用材料中のリグニンの分解を促進し、バニリン等の燻煙食品の風味に関係の深い成分を多量に含む好ましい燻煙を発生させることができれば、より燻煙食品の製造における条件設定の自由度が広がり、希望の燻煙食品を容易に得ることが出来ると考えられる。しかしながら、熱によるリグニンの分解を促進するためには400℃以上の高温での分解が必要となるところ、熱分解温度が425℃以上になると3,4−ベンツピレン等の有害物質が発生し始めることが知られている。かかる有害物質を含有する燻製食品を一度に多量に、あるいは少量であっても定常的に摂取した場合、人体に与える影響が少なからず懸念されている。
【0018】
以上のように、従来の燻煙発生方法において、燻煙の香りの質を制御することは非常に困難である。また、燃焼、不完全燃焼あるいは熱分解の条件によっては、有害成分が生成し、燻製食品に付着してしまうという課題もあった。本発明の目的は、上記の問題点に鑑み、燻煙発生用材料、かかる材料を用いる燻煙の香りを改質する方法および食品に好ましい風味を付与することが可能な燻製食品の製造方法を開発し、高品質な燻製食品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、これらの課題を解決すべく鋭意研究した結果、リグニン分解活性を有する微生物を作用させた木材、竹材、草花および果実等の植物材料を含有する燻煙発生用材料を燃焼、不完全燃焼、あるいは熱分解することによって燻煙を発生させることにより、燻煙の香りを劇的に改質し得、また燻製食品に好ましい風味を付与できることを見出し、本発明を成すに至った。
即ち、本発明は以下の通りである。
【0020】
[1]リグニン分解活性を有する微生物を作用させた植物材料を含む、燻煙発生用材料。
[2]リグニン分解活性を有する微生物が、担子菌類である、上記[1]記載の燻煙発生用材料。
[3]植物材料が、木材チップである、上記[1]又は[2]記載の燻煙発生用材料。
[4]上記[1]〜[3]のいずれかに記載の燻煙発生用材料を燻煙の発生源に用いることを特徴とする燻煙の香りの改質方法。
[5]上記[1]〜[3]のいずれかに記載の燻煙発生用材料を用いて燻付けすることを特徴とする燻製食品の製造方法。
[6]燻製食品が、魚節である、上記[5]記載の燻製食品の製造方法。
[7]上記[5]又は[6]記載の方法により製造された燻製食品を含む、調味料又は食品。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、香りが改質された好ましい燻煙を発生させることができる燻煙発生用材料を提供し得る。また、本発明によれば、設備や工程に大きな変更を伴うことのない、燻煙の香りの改質方法を提供し得る。また、本発明によれば、燻製食品に好ましい風味を付与することができる燻煙食品の製造方法を提供し得る。また、本発明によれば、好ましくない香りを付与することなく燻煙の香りの強さ(力価)を高めることができるため、製造効率の高い燻煙食品の製造方法を提供し得る。また、本発明によれば、従来より低い加熱温度で所望の燻煙を発生させることができるため、燻製食品に好ましい風味を付与しつつ、燻製食品中における3,4−ベンツピレン等の有害成分量を低減化することができる燻煙食品の製造方法も提供し得る。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実験的に燻製食品を製造する装置の全体構成を示した正面断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明は、燻煙発生用材料を提供する。本発明の燻煙発生用材料は、リグニン分解活性を有する微生物を作用させた植物材料を含むことを特徴とする。
【0024】
植物材料に作用させる微生物は、リグニン分解活性を有することが重要である。かかる微生物としては、リグニン分解活性を有するものであれば特に制限されないが、例えば、担子菌類等、好ましくは、木材腐朽性担子菌類等が挙げられ、中でもリグニン分解性の高い白色腐朽菌が特に好ましい。具体的には、ウスキイロカワタケ(Phanerochaete sordida)、マクカワタケ属の一種(Phanerochaete chrysosporium)、コガネシワウロコタケ(Phlebia radiata)、スエヒロタケ(Schizophyllum commune)、オオウロコタケ(Xylobolus princeps)、キカイガラタケ(Gloeophyllum sepiarium)、シイタケ(Lentinus edodes)、ナメコ(Pholiota nameko)、エノキタケ(Flammulina velutipes)、カイガラタケ(Lenzites betulina)、ヒラタケ(Pleurotus ostreatus)、タモギタケ(Pleuroteus cornucopiae)、スギヒラタケ(Pleurocybella porrigens)、マイタケ(Grifora frondosa)、カワラタケ(Trametes versicolor)、シュタケ(Pycnoporus cinnabarinus)、ヒイロタケ(Pycnoporus coccineus)、ウスキモリノカサ(Agaricus abrutibulus)、キンイロアナタケ(Perenniporia subacida)、ナラタケ(Armillariella mellea)、アラゲカワラタケ(Coriolus hirsutus)などが挙げられる。上記担子菌類以外には、トリコデルマ属(Trichoderma)、フザリウム属(Fusarium)、フミコーラ属(Humicola)等の木材腐朽性の不完全菌も利用することができる。中でも、食品製造上の安全性の観点から、食用に供し得る微生物であることが好ましく、具体的にはシイタケ、ナメコ、マイタケ、ナラタケ、エノキタケ、ヒラタケ等が挙げられる。また燻煙発生用材料の製造工程の効率化の観点からは、リグニン高分解活性を有し、かつ生育が早い微生物を使用することが望ましい。ここで、「リグニン高分解活性を有する」微生物とは、具体的には、レマゾール ブリリアント ブルーR(RBBR)等の還元試薬の発色の低下を測定する方法(橘 燦朗ほか、紙パルプ技術協会誌 50、1806-1815(1996))に準じて、RBBR寒天培地(0.005%レマゾール ブリリアント ブルーRを含んだポテトデキストロース寒天培地)上で培養した場合に、青紫色素の脱色が観察される微生物をいう。また、「生育が早い」微生物とは、具体的には、ポテトデキストロース寒天培地(シャーレ)上で培養した場合に、そのコロニーの直径の増大率の大きい微生物をいう。より具体的には例えば、ポテトデキストロース寒天培地上で25℃で7日間培養した場合に、そのコロニーの直径が3cm以上となる微生物をいう。リグニン高分解活性を有し、かつ生育が早い微生物としては、例えば、ヒラタケ、アラゲカワラタケ、ナメコ等が挙げられる。これらの微生物は単独で、または複数の微生物を組み合わせて使用することが可能である。また、これらの微生物は、リグニン分解活性を有するものであれば、American Type Culture Collection(ATCC)や独立行政法人製品評価技術基盤機構(NBRC)等の菌株保存機関より入手できる微生物、自然界から分離した微生物又はそれらと実質的に同等の菌学的性質を有する微生物等であってよいが、菌株保存機関より入手できる微生物としては、例えば、ヒラタケであればATCC32783、ATCC42516、ATCC66380、NBRC6515、NBRC7051、NBRC8330等、アラゲカワラタケであればATCC20233、ATCC20561、ATCC66131、NBRC4917、NBRC4920、NBRC6477等、ナメコであればATCC42261、ATCC42262、ATCC60359、NBRC6141、NBRC7041、NBRC30372等が挙げられる。ここで、「実質的に同等の菌学的性質を有する」とは、少なくとも同等のリグニン分解活性を有することを意味し、その他の性質の異同は問わない。
【0025】
リグニン分解活性を有する微生物を作用させる植物材料としては、リグニンを含んでいるものであれば特に制限されず、例えば、木材(例、クヌギ、ナラ、サクラ、カキ、マングローブなどの広葉樹の幹や葉、及び、スギ、ヒノキなどの針葉樹の幹や葉など)、竹材(例、竹の幹や葉や皮など)、草花(例、稲や麦の藁、椰子殻、籾殻、砂糖黍、葉菜類やコケ類など)、果実(例、果菜類、柑橘類の果皮や果物の皮など)、種実(例、豆類などの種子および殻など)、根茎(例、樹木や竹および草花の根、芋類、根菜類など)などが挙げられ、中でも、品質的に安定し、食品工業用としてある程度の量を安定的に確保できるという観点から、木材が好ましい。
【0026】
リグニン分解活性を有する微生物を作用させる際の植物材料の形態は、特に問わないが、用途や作用させる微生物の性質に応じて丸太、薪、チップ、オガ粉、粉末、薄片、細紐状、綿状など種々の形態を選択することが出来る。中でも、微生物を作用させやすく、また熱分解の際にも効率が良いことから、チップやオガ粉のように表面積が大きいものが好ましい。植物材料に含まれる水分量は工程中、必要に応じて加水または乾燥することができ、特に制限されるものではない。また、植物材料の種類は単一である必要は無く、数種類の混合物でも良く、微生物を作用させた後にさらに成型加工することも可能である。
【0027】
リグニン分解活性を有する微生物を作用させる植物材料としては、上記のように品質や入手の安定性および微生物を安定的に再現性良く作用させることができるという観点から、木材チップが好ましい。
【0028】
リグニン分解活性を有する微生物を植物材料に作用させる方法としては、好ましくは植物材料の全面に微生物を生育せしめ得る方法であり、例えば、上記の植物材料を高圧蒸気殺菌した後、微生物を無菌的に適当量添加(植菌)し、当該菌が生育可能な条件で培養する方法等が挙げられる。かかる生育可能な条件としては、特に制限されるものではないが、例えば好気的条件下にてpH3〜8、温度15〜40℃、含水率40〜75%の範囲で温度や水分を適当に制限しつつ培養を行えばよい。微生物を作用させる植物材料には、当該微生物の増殖を促すために液体培地を添加することができる。培養時間は、例えば、担子菌類では4日〜21日程度、細菌類では24時間〜48時間程度で行なえばよい。微生物の添加(植菌)にあたっても特別の制限はないが、例えば、予めフラスコ、発酵タンク等で培養を行ない菌体増殖させた前培養物を添加して作用(本培養)させることも可能であり、そうすることにより作用時間を短縮することができる。
【0029】
本発明で用いられる植物材料に添加する液体培地または前培養のために用いる液体培地は、リグニン分解活性を有する微生物が増殖し得るものであれば特に制限はなく、通常の炭素源、窒素源、リン源、硫黄源、無機イオン、更に必要に応じ有機栄養源を含む通常の培地でよい。例えば、炭素源としては上記微生物が利用可能であればいずれも使用でき、具体的には、ジャガイモ、ニンジン、麦芽、オートミールなどの天然物の抽出物やグルコース、フラクトース、マルトース、アミロース等の糖類、ソルビトール、エタノール、グリセロール等のアルコール類、フマル酸、クエン酸、酢酸、プロピオン酸などの有機酸類及びこれらの塩類あるいはこれらの混合物などを使用することができる。
窒素源としては、例えば、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウムなどの無機塩のアンモニウム塩、フマル酸アンモニウム、クエン酸アンモニウムなどの有機酸のアンモニウム塩、硝酸ナトリウム、硝酸カリウムなどの硝酸塩、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、コーンスティープリカーなどの有機窒素化合物あるいはこれらの混合物などを使用することができる。
他に無機塩類、微量金属塩、ビタミン類等、通常の培地に用いられる栄養源を適宜混合して用いることができる。
【0030】
リグニン分解活性を有する微生物を植物材料に作用させることによって、該植物材料に含まれるリグニンが一部でも分解されていれば、その後に微生物が殺菌工程を経るなどして不活性化されたとしても、本発明の効果は維持される。
【0031】
本発明の燻煙発生用材料は、本発明の目的を損なわない範囲で、リグニン分解活性を有する微生物を作用させた植物材料以外の材料を必要に応じて含有してもよい。そのような材料としては、例えば、前述の木材、竹材、草花、果実、種実、根茎等を混合・加工したもの等が挙げられる。
【0032】
本発明の燻煙発生用材料の製造においては、本発明の目的を損なわない範囲で、自体公知の燻煙発生用材料の製造方法を際限なく用いることができる。
【0033】
また、本発明は、燻煙の香りの改質方法を提供する。本発明の燻煙の香りの改質方法は、リグニン分解活性を有する微生物を作用させた植物材料を含む燻煙発生用材料を燻煙の発生源として用いることを特徴とする。
【0034】
本発明の燻煙発生用材料を燻煙の発生源として用いることにより燻煙の香りが改質されるメカニズムについては明らかではないが、リグニン分解活性を有する微生物の作用によって植物材料中のリグニンが部分的に分解されることにより、加熱時のリグニンの部分分解がより起こりやすくなることが考えられる。また、リグニンの部分分解が起こることにより、リグニンによって保護されていたセルロースなども分解されやすくなると考えられる。
リグニンはその構造中にコニフェニルアルコール構造を含んでおり、この構造から熱分解によって生成するフェルラ酸がさらに分解されることでバニリンやグアヤコールを生成するといわれている。生成したバニリンやグアヤコールは燻製品に特徴的な風味を付与することでその質に大きな影響を及ぼしていると考えられる。
【0035】
リグニン分解活性を有する微生物を作用させた植物材料を含む燻煙発生用材料から燻煙を発生させる方法としては、特に制限されず、例えば、燻煙発生用材料へ着火する方法、高温の電熱コイル、電気ヒーター、鉄板などの固体及びその放射熱により燻煙発生用材料を加熱する方法、高温ガス、過熱水蒸気などの高温の気体により燻煙発生用材料を加熱する方法、金属と燻煙発生用材料を摩擦する方法などが挙げられるが、中でも、燻煙発生用材料を燃焼させず、かつベンツピレン等の有害物質の発生を抑える425℃以下に熱分解温度を制御しやすい、高温の固体及びその放射熱により燻煙発生用材料を加熱する方法が好ましい。従って、加熱は、通常200〜600℃、好ましくは300〜500℃、特に好ましくは300〜425℃で行われる。
【0036】
燻煙を発生させる装置としては、本発明の燻煙発生用材料を燻煙の発生源に用い得るものであれば特に制限されず、どのような装置を用いることも可能であり、例えば、薪を用いる焙乾庫、木材チップやオガ粉を用いるスモーク発生装置、熱分解トレイを内部に有するスモーク庫のような工業装置から藁焼き設備、さらには家庭用のスモーク箱や鍋を用いたスモーク付け等であってもよい。
【0037】
また、本発明は、燻製食品の製造方法を提供する。一般的な燻製食品の製造方法は、原料の前処理、塩漬け(又は塩せき)、塩抜き・洗浄、水切り・風乾、燻付け、仕上げの順序で行われる。本発明の燻製食品の製造方法は、かかる燻付けにおいて、リグニン分解活性を有する微生物を作用させた植物材料を含む燻煙発生用材料を用いることを特徴とする。本発明における燻付けは、リグニン分解活性を有する微生物を作用させた植物材料を含む燻煙発生用材料を燻煙の発生源として用いるものであれば、その他の操作については、自体公知の一般的な燻付け方法と同様に行い得る。かかる一般的な燻付け方法としては、16〜20℃の比較的低温で燻付けする冷燻法、25〜45℃の温度範囲で燻付けする温燻法、50〜90℃の温度範囲で燻付けする熱燻法および高温の燻煙で乾燥と同時に燻付けを行う焙乾法などが挙げられるが、本発明の適用範囲はこれらに限定されるものではなく、例えば燻煙中の有効成分を水に溶解し、この溶液に浸すか又はこの溶液を吹きつけた後、短時間、燻付け・乾燥する速燻法を用いることもできる。さらに、燻煙室内に高電圧の電流を流して電場を作り、燻付けを促進する電燻法(Electric smoking)も用いることができる。本発明の燻製食品の製造方法における、燻付け以外の各工程(例えば、原料の前処理、塩漬け(又は塩せき)、塩抜き・洗浄、水切り・風乾、仕上げ等)は、本発明の目的を損なわない範囲において、自体公知の方法を際限なく用いることができる。
【0038】
本発明の燻製食品の製造方法により製造し得る燻製食品の種類は、特に制限されるものでなく、例えば、魚節(例、鰹節、宗田鰹節、鮪節、鯖節、鰯節、鯵節など)等の魚肉の燻製品、干し貝柱、スモークサーモン、牡蠣、いか調味燻製品、燻製かまぼこなどの燻製魚介類、ハム、ソーセージ、ベーコンなどの畜肉燻製品、スモークチーズなどの燻製乳製品、燻製卵等が挙げられ、中でも魚節等の魚肉の燻製品および畜肉燻製品が好ましい。
【0039】
以下、図1を参照しながら、本発明の燻製食品の製造方法について更に詳細に説明する。
図1は、本発明において燻煙材料から燻煙を発生させ、実験的に燻製を製造する装置を例示したものである。なお、当該装置は本発明を実施するための1形態の例示に過ぎず、その他の実施の形態をなんら限定するものではない。
【0040】
本発明の燻煙発生用材料6を燻煙発生瓶4の中に入れマントルヒーター5による加熱で熱分解する。熱分解により生成した揮発性の燻煙成分を窒素気流により燻付け瓶7に導き、燻付け瓶7中に入れた食品(燻付けサンプル8)に接触、吸着させる。残りの燻煙はガス吸収器(ガス吸入瓶9および吸収液10)を経て排気される。
【0041】
このようにしてリグニン分解活性を有する微生物を作用させた植物材料を含む燻煙発生用材料から発生させた燻煙及び/又はその有効成分を食品に付着させること(燻付け)により、風味のより改善された燻製食品を提供し得る。
【0042】
本発明の燻製食品の製造方法は、工業スケールでの食品製造を行う場合は、さらに大型の装置を用いることができる。例えば魚節の製造においては国際公開第07/142086号パンフレットに例示されている燻煙発生装置等を用いて本発明の燻煙発生用材料から発生させた燻煙を燻付け庫に導き、内部に入れられた魚節原料に燻煙を接触させて燻付けすることにより、良好な風味を有する魚節を製造することが可能である。
【0043】
さらに本発明は、上記方法により製造された燻製食品を含むことを特徴とする調味料又は食品を提供する。かかる調味料としては、例えば、風味調味料、抽出だし、エキスなどが挙げられ、食品としては、例えば、スープ、レトルト食品、冷食などが挙げられるが、いずれも特に制限されない。かかる調味料又は食品の製造は、燻製食品を粉砕、粉末化、ペースト化などして、それをそのまま製品化しても良いし、又は、それを調味料や食品に配合しても良い。また、燻製食品そのものの使用ではなく、エキス画分を抽出して、それを使用してもよい。燻製食品からエキス画分を抽出する方法としては、一般的には、液化炭酸ガス抽出法、超臨界ガス抽出法、アルコール抽出法、熱水抽出法等が挙げられる。得られたエキス画分は液状のまま、あるいは粉末化して用いることができる。エキス画分を粉末化する方法としては、例えば、真空乾燥法、凍結乾燥法、スプレードライ法、ドラムドライヤー法、真空ドラムドライヤー法、マイクロ波乾燥法等が挙げられる。この際、必要に応じて賦形剤を添加してもよい。添加する賦形剤としては、例えば、デキストリン、乳糖、食塩、グルタミン酸ナトリウム、グラニュー糖、ゼラチン等を挙げることができる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの例によってなんら限定されるものではない。なお、以下文中で「部」及び「%」とあるのは、特記しない限り、それぞれ「重量部」及び「重量%」を意味する。
【0045】
(リグニン高分解活性菌の選抜)
下記の木材腐朽菌24株について、RBBR寒天培地(0.005%レマゾール ブリリアント ブルーRを含んだポテトデキストロース寒天培地)上で25℃で培養し、コロニー周辺で青紫色素の脱色のみられた2株(ヒラタケ(AJ8686)及びアラゲカワラタケ(AJ8234))をリグニン高分解活性菌として選抜した。なお、下記の木材腐朽菌24株はいずれも、菌株保存機関より容易に入手し得る標準菌株等と実質的に同等の菌学的性質を維持するものである。
アラゲカワラタケ (AJ8234)
エノキタケ (AJ8658)
カワラタケ (AJ8048)
クリタケ (AJ8711)
シイタケ (AJ8648)
ナメコ (AJ8679、AJ8696、AJ8645、AJ8677)
ナラタケ (AJ8719)
ヌメリツバタケ (AJ8678、AJ8673、AJ8703)
ヒラタケ (AJ8683、AJ8686、AJ8687、AJ8688)
ブナシメジ (AJ8667)
ブナハリタケ (AJ8654、AJ8695、AJ8708)
マイタケ (AJ8661)
マスタケ (AJ8702)
ヤマブシタケ (AJ8664)
【0046】
実施例1
(リグニン高分解活性菌による微生物培養チップの作成)
リグニン高分解活性菌として選抜されたヒラタケ(AJ8686)のポテトデキストロース寒天培地(ディフコ社製)上のコロニーから培養菌糸体(プレート3枚分)を掻きとって、滅菌水25mlと混合しエースホモジナイザー(日本精機製作所製)を用いて菌糸をホモジナイズさせた(4,500回転/分、5秒)。この菌糸分散液4mlを、下記組成のキノコ培地125mlを含む500ml容三角フラスコ(121℃、20分で蒸気殺菌済)へ接種し、25℃、毎分100回転で9日間、旋回振とう培養を行なった。培養液を、上記ホモジナイザーを用いてホモジナイズさせ(4,500回転/分、5秒)、シード培養液とした。
【0047】
(キノコ培地の組成)
グルコース 1%
ポリペプトン (ディフコ社製) 0.5%
Yeast Exstract (ディフコ社製) 0.3%
KH2PO4 0.3%
MgSO4・7H2O 0.1%
(pH無調整)
【0048】
次に、木材チップ(ナラ材、1〜2mmサイズ)25gに対して、希釈ポテトデキストロースブロス培地(ディフコ社製、規程濃度の20分の1に調整)23mlを500ml容三角フラスコに入れて121℃、20分で蒸気殺菌した。これに上記のシード培養液10mlを木材チップを混ぜながら添加し、25℃で静置培養を行なった。5日間培養することで菌糸が木材チップのほぼ全面に生育したことを確認し、微生物培養チップを得た。得られた微生物培養チップの水分含量は60%であった。
【0049】
実施例2
リグニン高分解活性菌としてヒラタケ(AJ8686)に代えてアラゲカワラタケ(AJ8234)を用いた以外は、実施例1と同様の操作により、実施例2の微生物培養チップを得た。
【0050】
比較例1
木材チップ(ナラ材、1〜2mmサイズ)を、その水分含量が60%になるように調湿し、比較例1の木材チップを得た。
【0051】
試験例1
実施例1および2の微生物培養チップ並びに比較例1の木材チップを、それぞれ乾燥重量として10g、図1に示した装置の煙発生器内に入れマントルヒーターにより400℃に加熱した。窒素ガスを毎分5リットルで煙発生器内に導入し、各チップの加熱により発生した燻煙を燻付け瓶に導いた。燻付け瓶中には成型スライス(厚さ3mm)した鰹なまり節10gを入れ、燻付け瓶中温度50℃前後で40分間燻付けを行った。調製した燻付け節の香りを訓練されたパネル5名によって評価した。結果を表1に示す。
【0052】
【表1】

【0053】
評価の結果、表1に示すように、実施例1および2の微生物培養チップを用いて燻付けすることで節に好ましくかつ高い力価の燻香を付与することが可能であった。
これに対し、比較例1の木材チップを燻煙の発生源に用いた場合は、節に所望の燻香を付与し得なかった。
【0054】
試験例2
燻付け瓶中に鰹なまり節を入れずにガス吸収瓶に水300mlを入れる以外は試験例1と同様に操作を行い、各チップから燻煙を発生させた。発生した燻煙を吸収したガス吸収瓶中の水溶液10mlをそれぞれ20ml容のガラス製サンプル瓶に入れ、ヘッドスペース中の揮発性成分を固相マイクロ抽出(Solid Phase Micro Extraction、SPME)法により抽出した後、ガスクロマトグラフィー/質量分析法(GC−MS分析法)で分析し、各サンプル間のバニリン量をピーク面積により比較した。結果を表2に示す。
【0055】
【表2】

【0056】
SPME法およびGC−MS分析法の分析条件は以下の通りである。
(SPME法)
・SPMEファイバー:PDMS/DVB 65μm(スペルコ社製)
・試料量:20ml容バイアル中に溶液10gを封入
・試料温度:50℃
・攪拌速度:250rpm
・抽出時間:15分
・脱着時間:120秒
(GC−MS分析法)
・装置:Agilent 6890 GCおよびAgilent 5973 MSD(いずれも、アジレントテクノロジー社製)
・カラム:TC−5(ジーエルサイエンス社製)、0.25mmID×60m df=0.25μm
・キャリヤー:ヘリウム、1.0ml/分(コンスタントフロー)
・オーブンプログラム:50℃で2分保持後、5℃/分で240℃まで昇温
・注入口温度および条件:240℃、スプリットレス
・トランスファーライン温度:240℃
・イオン源温度:230℃
・イオン化電圧:70eV
・測定モード:スキャン(スキャン範囲:45−320m/z)
【0057】
測定の結果、表2に示す通り、実施例1および2の微生物培養チップを燻煙の発生源に用いることで、発生する燻煙中のバニリン量が大幅に増加していた。
【0058】
試験例3
(調味料の調製)
試験例1で調製した燻付け節20重量部、食塩30重量部、乳糖30重量部およびグルタミン酸ナトリウム20重量部を粉砕、混合したものを加湿し、混練、押出し造粒、熱風乾燥の各工程を経て、3種類(実施例1、2および比較例1)の鰹風味調味料顆粒を得た。
得られた3種類の鰹風味調味料顆粒を、それぞれ熱水(90℃)に1%重量加えてよく攪拌し、サンプル溶液を調製した。各サンプル溶液の風味を訓練されたパネル5名によって比較した。
【0059】
その結果、実施例1および2の微生物培養チップを用いて調製した鰹風味調味料顆粒のサンプル溶液の方が、比較例1のサンプル溶液に比べ、明らかに濃厚で好ましい鰹節の風味が強かった。
【符号の説明】
【0060】
1 窒素ボンベ
2 質量流量制御器
3 気体導管
4 燻煙発生瓶
5 マントルヒーター
6 燻煙発生用材料
7 燻付け瓶
8 燻付けサンプル
9 ガス吸収瓶
10 吸収液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグニン分解活性を有する微生物を作用させた植物材料を含む、燻煙発生用材料。
【請求項2】
リグニン分解活性を有する微生物が、担子菌類である、請求項1記載の燻煙発生用材料。
【請求項3】
植物材料が、木材チップである、請求項1又は2記載の燻煙発生用材料。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の燻煙発生用材料を燻煙の発生源に用いることを特徴とする燻煙の香りの改質方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の燻煙発生用材料を用いて燻付けすることを特徴とする燻製食品の製造方法。
【請求項6】
燻製食品が、魚節である、請求項5記載の燻製食品の製造方法。
【請求項7】
請求項5又は6記載の方法により製造された燻製食品を含む、調味料又は食品。

【図1】
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【公開番号】特開2011−250743(P2011−250743A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−127225(P2010−127225)
【出願日】平成22年6月2日(2010.6.2)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)