説明

物質固定化法

【課題】感度アップの為の物質固定化方法、特に低分子被固定化物の高感度固定化方法を提供する。
【解決手段】本発明は、分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーからなる非特異的吸着防止材を基体上に塗布し、次いで1分子中に少なくとも光反応性基とアミノ基と室温反応性の官能基を有する固定化剤、及び被固定化物質をスポットすることから、少なくともなる物質固定化方法を提供する。従来の1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤による光固定化法はランダム固定であり、特に低分子被固定化物に対して感度が問題であったが、本発明の物質固定化方法は光配向固定化法であり、高感度で優れた特性を有し、特に低分子被固定化物に対して有効である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質、ペプチド、核酸、等の所望の物質を固定化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、抗体又は抗原をプレート上に固定化した、免疫測定のためのイムノプレートや、核酸をチップ上に固定化したDNAチップ等が広く用いられている。従来、基体上にタンパク質や核酸を固定化する方法の1つとして、物理吸着が広く用いられている。すなわち、例えばポリスチレンのような疎水性の基体と、基体上に固定化すべきタンパク質や核酸の水溶液とを接触させて放置することにより、物理吸着によってタンパク質や核酸が基体上に固定化される。
【0003】
しかしながら、物理吸着を用いる方法では、基体と固定化物質との結合が弱く、物質を固定化した基板の安定性が不十分であるという問題がある。また、目的のタンパク質や核酸で被覆されなかった領域への非特異的吸着を防止するために、ウシ血清アルブミン(BSA)、カゼイン、スキムミルク等のタンパク質(タンパク質を固定化する場合)や、サケ精子DNA等のDNA(DNAを固定化する場合)でブロッキングすることが行われているが、ブロッキングによる非特異的吸着の防止効果も必ずしも満足できるものではない。
【0004】
また、基板上の官能基と、固定化すべきタンパク質や核酸の官能基とを共有結合させることにより基板上にタンパク質や核酸を固定化することも行われている。しかしながら、この方法でも、物理吸着の場合と同様、基板全面に官能基が存在するために、ブロッキングにより非特異的吸着が防止されているが、その防止効果は必ずしも満足できるものではない。
【0005】
一方、光反応性基を利用して物質を基板に固定化することも知られている(特許文献1〜3及び非特許文献1)。しかしながら、この方法では、非特異的吸着を防止するための配慮は特にされてはいない。
【0006】
その後、基板上に種々の固定化すべき物質を共有結合により固定化することができ、かつ、非特異的吸着の防止効果に優れた、物質固定化剤、それを用いた物質固定化方法及びそれを用いた物質固定化基体の発明も行われたが、更なる感度アップは永遠の課題である。特に、低分子のペプチド固定における感度アップは重要な課題である。
【特許文献1】特開平11−337551号公報
【特許文献2】特開2001−337089号公報
【特許文献3】再表2005/111618号公報
【非特許文献1】Y. Ito and M. Nogawa, "Preparation of a protein micro-array using a photo-reactive polymer for a cell adhesion assay," Biomaterials, 24、3021-3026 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明の目的は、感度アップの為の物質固定化方法、特に低分子被固定化物の高感度固定化方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーからなる非特異的吸着防止材を基体上に塗布し、次いで1分子中に少なくとも光反応性基とアミノ基と室温反応性の官能基を有する固定化剤、及び被固定化物質をスポットすることにより、感度アップが図れることを見出し本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーからなる非特異的吸着防止材を基体上に塗布し、次いで1分子中に少なくとも光反応性基とアミノ基と室温反応性の官能基を有する固定化剤、及び被固定化物質をスポットすることから、少なくともなる物質固定化方法を提供する。従来の1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤による光固定化法はランダム固定であり、特に低分子被固定化物に対して感度が問題であったが、本発明の物質固定化方法は光配向固定化法であり、高感度で優れた特性を有し、特に低分子被固定化物に対して有効である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、固定化すべき物質を共有結合により固定化することができ、安定な固定化基板を得ることができる。また、本発明の方法を用いて物質を固定化すると、非特異的吸着が効果的に防止される。さらに、配向固定のため高感度で、S/N比の優れた物質固定化基板が得られることになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための最良の形態を、実施例に基づいて詳細に説明する。
【実施例1】
【0012】
基体としては特に限定されず、マイクロプレート等で広く用いられているポリスチレンをはじめ、アクリル樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネートやポリプロピレン等の有機物から成るものを例示することができる。ガラス板等も用いることができ、金表面をチオール処理したSPRやQCM用の基体についても好ましく用いられる。また、基体の形態は何ら限定されるものではなく、マイクロアレイ用基板のような板状のものや、ビーズ状、繊維状のもの等を用いることができる。さらに、板に設けられた穴や溝、例えば、マイクロプレートのウェル等も用いることができる。本発明は、これらのうち、特にマイクロアレイ、SPR及びQCM用に適している。
【0013】
非特異的吸着防止材として使用可能な水溶性ポリマーとしては、ホスホリルコリン含有ポリマーなどの両極性ポリマー及びノニオン性ポリマーがある。ノニオン性ポリマーとしては、ポリエチレングリコール(PEG)やポリプロピレングリコールのようなポリアルキレングリコール;ビニルアルコール、メチルビニルエーテル、ビニルピロリドン、ビニルオキサゾリドン、ビニルメチルオキサゾリドン、2-ビニルピリジン、4-ビニルピリジン、N-ビニルサクシンイミド、N-ビニルホルムアミド、N-ビニル-N-メチルホルムアミド、N-ビニルアセトアミド、N-ビニル-N-メチルアセトアミド、2-ヒドロキシエチルメタクリレート、ポリエチレングリコールメタクリレート、ポリエチレングリコールアクリレート、アクリルアミド、メタクリルアミド、N,N-ジメチルアクリルアミド、N-iso-プロピルアクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド、メチロールアクリルアミド、アクリロイルモルホリン、アクリロイルピロリジン、アクリロイルピペリジン、スチレン、クロロメチルスチレン、ブロモメチルスチレン、酢酸ビニル、メチルメタクリレート、ブチルアクリレート、メチルシアノアクリレート、エチルシアノアクリレート、n-プロピルシアノアクリレート、iso-プロピルシアノアクリレート、n-ブチルシアノアクリレート、iso-ブチルシアノアクリレート、tert-ブチルシアノアクリレート、グリシジルメタクリレート、エチルビニルエーテル、n-プロピルビニルエーテル、iso-プロピルビニルエーテル、n-ブチルビニルエーテル、iso-ブチルビニルエーテル、tert-ブチルビニルエーテルなどのモノマー単位を単独か混合物を構成成分とするノニオン性のビニル系高分子;ゼラチン、カゼイン、コラーゲン、アラビアガム、キサンタンガム、トラガントガム、グアーガム、プルラン、ペクチン、アルギン酸ナトリウム、ヒアルロン酸、キトサン、キチン誘導体、カラギーナン、澱粉類(カルボキシメチルデンプン、アルデヒドデンプン)、デキストリン、サイクロデキストリン等の天然高分子、メチルセルロース、ビスコース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースのような水溶性セルロース誘導体等の天然高分子を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。また、これらのポリマーをベースにした光架橋型水溶性ポリマーの市販品、例えばポリビニルアルコールをベースにした東洋合成工業社製「AWP」などを使用することも可能である。これらのうち、特に好ましいものは、ポリエチレングリコール系ポリマーであり、更にはポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのビニル重合体である。
【0014】
本発明の物質固定化剤に使用される水溶性ポリマーは、分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーである。ここで、「分子全体として電気的に中性」とは、中性付近のpH(pH6〜8)の水溶液中で電離してイオンになる基を有さないか、又は有していても陽イオンになるものと陰イオンになるものを有していて、その電荷の合計が実質的に0になることを意味する。ここで「実質的に」とは、電荷の合計が0になるか、又は0にはならないとしても本発明の効果に悪影響を与えない程度に小さいことを意味する。
【0015】
本発明に用いられる水溶性ポリマーの水に対する溶解度(水100gに溶解するグラム数)は、好ましくは5以上である。
【0016】
「ノニオン性」とは、中性付近のpH(pH6〜8)の水溶液中で電離してイオンになる基を実質的に有さないことを意味する。ここで「実質的に」とは、このような基を全く含まないか、又は含んでいるとしても本発明の効果に悪影響を与えない程度に微量(例えば、このような基の数が炭素数の1%以下)であることを意味する。
【0017】
ノニオン性水溶性ポリマーの分子量(平均分子量、以下同じ)は、特に限定されず、通常、1000〜5000万程度であるが、ノニオン性水溶性ポリマーの分子量が大きくなり過ぎると、水溶性に限界が生じてくる。また、分子量が小さいと効率よく固定化が行えなくなるので、1万〜5000万程度が好ましい。水溶性ポリマーの使用時の濃度は、特に限定されない。
【0018】
非特異的吸着防止材として使用する際は、上記水溶性ポリマーに光反応基を導入しても良いが、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤を、分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーに添加して使用することが簡便で望ましい。
【0019】
1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤の添加量としては、特に制限はないが、好ましくは水溶性ポリマーに対して0.1〜50重量%とするのが好ましく、より好ましくは1〜30重量%、更に好ましくは1〜20重量%である。
【0020】
光架橋剤が有する光反応性基の好ましい例として、アジド基(-N3)を挙げることができるがこれに限定されるものではない。光架橋剤としては、アジド基を2個有するジアジド化合物が好ましく、特に水溶性ジアジド化合物が好ましい。本発明に用いられる光架橋剤の好ましい例として、下記一般式[I]、[II]で表されるジアジド化合物を挙げることができる。
【化1】

【0021】
一般式[I]中、Rは単結合又は任意の基を示す。-R-は、2個のフェニルアジド基を連結するだけの構造であるから、ジアジド化合物が必要な水溶性(後述)を有することになるものであれば特に限定されない。好ましい-R-の例として、単結合(すなわち、2個のフェニルアジド基が直接連結される)、炭素数1〜6のアルキレン基(1個又は2個の炭素間不飽和結合を含んでいてもよく、1個又は2個の炭素原子が酸素と二重結合してカルボニル基を構成していてもよい)(特に好ましくはメチレン基)、-O-、-SO2-、-S-S-、-S-、-R2・・・Y・・・R3-(ただし、・・・は単結合又は二重結合を示し、Yは炭素数3〜8のシクロアルキレン基、R2及びR3は互いに独立に炭素数1〜6のアルキレン基(1個又は2個の炭素間不飽和結合を含んでいてもよく、該アルキレン基の基端の炭素原子とYとの結合が二重結合であってもよく)、1個又は2個の炭素原子が酸素と二重結合してカルボニル基を構成していてもよい)を示し、シクロアルキレン基は、1個又は2個以上の任意の置換基で置換されていてもよく(置換されている場合、好ましくはシクロアルキレン基を構成する炭素原子のうち、1個若しくは2個が酸素と二重結合してカルボニル基を構成し、及び/若しくは1個若しくは2個の炭素数1〜6のアルキル基で置換されている)を挙げることができ、また、一般式[I]中のそれぞれのベンゼン環は、1個又は2個以上の任意の置換基(好ましくはハロゲン、炭素数1〜4のアルコキシル基、スルホン酸若しくはその塩等の親水性基)で置換されていてもよい。好ましい-R-の具体例として次のものを例示することができる。-CH2-、-O-、-SO2-、-S-S-、-S-、-CH=CH-、-CH=CH-CO-、-CH=CH-CO-CH=CH-、-CH=CH-。
【化2】

【化3】

上記式中のnが1〜1000、好ましくは1〜500である。分子量が大きくなりすぎると光架橋効率が悪くなる。
【0022】
好ましいジアジド化合物の具体例として、下記のものを例示することができる。
【化4】

【化5】

【化6】

【化7】

【化8】

【0023】
本発明に用いられる光架橋剤の内、特に好ましいのは水溶性のものである。光架橋剤についての「水溶性」とは、0.5mM以上、好ましくは2mM以上の濃度の水溶液を与えることができることを意味する。光架橋剤の使用時の濃度は、特に限定されない。
【0024】
尚、本発明に係る非特異的吸着防止材は、その使用に際し、水、燐酸緩衝生理食塩水(PBS)等の緩衝溶液等、適宜の溶媒を含んで使用される。基体への塗布を容易にするためである。このとき水溶性ポリマーの濃度は、特に限定されるものではないが、溶液(懸濁液)全体に対し0.005重量%〜20重量%とするのが好ましく、0.04重量%〜10重量%とするのがより好ましい。この場合の光架橋剤の濃度は上記のように、水溶性ポリマーに対して0.1〜50重量%とするのが好ましく、より好ましくは1〜30重量%、更に好ましくは1〜20重量%である。
【0025】
また、本発明に係る物質固定化剤は、ポリオキシモノラウレート(Tween20(登録商標))等の界面活性剤を含んでもよい。特に、緩衝溶液及び界面活性剤の両方を含むことにより、相乗効果として、バックグラウンド値を小さくする効果が得られ、これは特に血清などを使用して検出する際に有用である。この界面活性剤の添加量としては、溶液(懸濁液)全体に対し0.1〜20%が好ましい範囲である。更に、有機溶媒を含んでいてもよい。この有機溶媒としては、水と任意の割合で混じり合う低級アルコール(好ましくはエタノール)などを用いることができる。
【0026】
被固定化物質とともに使用される1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤としては次のものが好ましい。すなわち、光反応性基としてはアジド基、ジアジリン基が好ましく、室温反応性基としては、エポキシ基、サクシンイミドエステルのような活性エステルが好ましい。具体的には、N-[4-[3-(トリフルオロメチル)-3H-ジアジリン-3-yl]フェニル]オキシラン、N-[4-[3-(トリフルオロメチル)-3H-ジアジリン-3-yl]ベンゾキシル]サクシンイミド、5-アジド-2-ニトロベンゾイックアシッドN-ヒドロキシサクシンイミドエステルなどが好ましく用いられる。
【0027】
被固定化物質と混合して用いられる場合、1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤の添加量としては特に制限はないが、被固定化物質に対して0.001重量%〜100重量%が好もしく、特に0.01重量%〜10重量%が好ましい。1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤の使用時の濃度は、特に制限されない。
【0028】
本発明にかかる1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤は、溶媒を含んで適用される。溶媒としては、水、水と任意の割合で混じり合う低級アルコール、ジメチルホルムアミド(DMF)及びこれらの混合物を用いることができる。
【0029】
本発明の非特異的吸着防止材に含まれる光架橋剤、水溶性ポリマー、及び1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤は、それ自体公知であり、公知の製造方法により製造可能であり、また、市販されているものもある。
【0030】
本発明により固定化される物質は、特に限定されないが、アミノ基を有するタンパク質、ペプチド、核酸などを例示することができる。
【0031】
本発明の光反応性基として用いられるアジド基或いはジアジリン基は、光を照射することにより窒素分子が離脱すると共に窒素ラジカル或いは炭素ラジカルが生じ、この窒素ラジカル或いは炭素ラジカルは、アミノ基やカルボキシル基等の官能基のみならず、有機化合物を構成する炭素原子とも結合することが可能であるので、ほとんどの有機物と架橋することが可能である。すなわち、非特異的吸着防止材に含まれる光架橋剤は、基体及び非特異的吸着防止材の水溶性ポリマーを効果的に架橋し、本発明にかかる固定化剤は効果的に非特異的吸着防止材と架橋する。
【0032】
一方、1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤中のエポキシ基或いは活性エステルは、被固定化物質のアミノ基と選択的に反応し、基体上に被固定化物質の配向固定化を可能にする。
【0033】
本発明により、基板上に所望の物質を固定化することは、次のようにして行うことができる。先ず、基体上に非特異的吸着防止材をコーティングし、その上に固定化すべき物質と1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤の混合物をスポッティングし、次いで室温反応後、基体の全面に光照射してもよいし、非特異的吸着防止材上に1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤をまずスポットし、光照射後、固定化すべき物質をその上にスポットし、その後室温反応をしてもよい。
【0034】
非特異的吸着防止材の膜厚に特に制限はないが、通常0.01〜10μm、好ましくは0.05〜1μmである。被固定化物質の濃度についても特に制限はないが、通常0.01〜10%、好ましくは0.05〜1%である。
【0035】
照射する光は、用いる光反応性基がラジカルを生じさせることができる光であり、光反応性基としてアジド基或いはジアジリン基を用いる場合には、300〜400nmの紫外線が好ましい。照射する光線の線量は、特に限定されないが、通常、1cm2当たり1mW〜100mW程度である。
【0036】
非特異的吸着防止材に光を照射することにより、光反応性基がラジカルを生じ、基体と水溶性ポリマーが共有結合する。その上に、固定化すべき物質と1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤の混合物をスポットし、室温反応する事で1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤と、固定化すべき物質が共有結合し、次いで光を照射することにより、1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤の光反応性基がラジカルを生じ、水溶性ポリマーと共有結合する。その結果、基板上に固定化すべき物質が配向固定されることになる。また、1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤を、まず非特異的吸着防止材上にスポットし光照射後、固定化すべき物質をその上にスポットして室温反応させてもよい。特に、この2段スポット法は、固定化すべき物質の溶液に緩衝溶液などを含む場合に有効である。通常の1段スポット法では、緩衝溶液などを含む場合は感度が低くなるが、この2段スポット法では感度低下がない。なお、本発明の方法では、固定化すべき物質は、1分子中に光反応性基とアミノ基と室温反応性の基を有する固定化剤の室温反応性基と結合するため、配向固定されることになる。そのため、固定化すべき物質を、従来の光反応性基によるラジカルで固定化する特定の部位と結合しないランダム固定化方法と比較して、高感度化が可能になる。
【0037】
本発明の方法は、抗体若しくは抗原を固定化した免疫測定用プレートの作製、DNAやRNAを基板上に固定化した核酸チップ、ペプチドや蛋白質を固定化したマイクロアレイ等の作製に好適に用いることができるが、これらに限定されるものではない。
【0038】
以下、本発明を実験例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実験例に限定されるものではない。
<実験例1及び比較例1>
1.水溶性ポリマーの調製
ポリエチレングリコールモノメタクリレート(ポリエチレングリコール部分子量350)26.3gを200mlの酢酸エチルに溶解し、AIBNを開始剤として61.6mg加え、還流下で6時間反応させた。反応液はエバポレーターにて溶媒を取り除いた後、水で溶解し、限外ろ過を行い未反応のモノマーを取り除いた。ゲル濾過クロマトグラフィー(GPC)にてポリマー生成を確認した。
【0039】
2.非特異的吸着防止材の形成及び固定化
4,4'-ジアジドスチルベン-2,2'-ジスルホン酸ナトリウム(市販品)を光架橋剤として用いた。光架橋剤の濃度が0.0125%、上記水溶性ポリマーの濃度が0.25%となるように混合した。得られた水溶液を、アクリル樹脂基板上に、10×10mm2の面積に10μL注入し、乾燥した(膜厚約0.2μm)後、UV照射(ブラックライトで7分間)した。次いで、ペプチド(アミノ酸配列H-CIKHIATNAVLFFGRCVSP-NH2)0.1%及び固定化剤N-[4-[3-(トリフルオロメチル)-3H-ジアジリン-3-yl]フェニル]オキシラン(市販品)0.01%になるように混合したDMF−水(1:1)溶液を20nLスポットした。37℃で2時間反応後、UV照射(ブラックライトで7分間)によりペプチドを固定化した。
【0040】
一方、比較例として、ペプチド(アミノ酸配列H-CIKHIATNAVLFFGRCVSP-NH2)0.1%及び光架橋剤4,4'-ジアジドスチルベン-2,2'-ジスルホン酸ナトリウム0.01%になるように混合した水溶液を20nLスポットした。乾燥後、UV照射(ブラックライトで7分間)によりペプチドを固定化した。
【0041】
3.測定
PBS(0.1% Tween20(登録商標))で洗浄後、アレルギー犬の血清と室温で20分間反応させた。PBS(0.1% Tween20(登録商標))で洗浄後、セイヨウワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識二次抗体(市販品)と室温で20分間反応させた。PBS(0.1% Tween20(登録商標))で洗浄後、化学発光試薬を添加し、発光強度を測定した。
【0042】
4.結果
測定した発光強度を下記表1に示す。また、表1の下段には比較例1の結果を示す。
【表1】

【0043】
<実験例2及び3>
1.水溶性ポリマーの調製
実験例1と同様に処理した。
【0044】
2.非特異的吸着防止材の形成及び固定化
<実験例2>
4,4'-ジアジドスチルベン-2,2'-ジスルホン酸ナトリウム(市販品)を光架橋剤として用いた。光架橋剤の濃度が0.15%、上記水溶性ポリマーの濃度が3%となるように混合した。得られた水溶液を、ハイインパクトポリスチレン樹脂基板上に、スピンコートし、乾燥した(膜厚約0.1μm) 後、UV照射(ブラックライトで7分間)した。次いで、固定化剤5-アジド-2-ニトロベンゾイックアシッドN-ヒドロキシサクシンイミドエステル(市販品)0.001%のDMF−水(1:1)溶液を0.2μLスポットし、乾燥した後、UV照射(ブラックライトで7分間)した。その後、ペプチド(アミノ酸配列H-CIKHIATNAVLFFGRCVSP-NH2)0.1%水溶液を0.2μLスポットし、37℃で2時間反応させペプチドを固定化した。
<実験例3>
実験例2の0.1%ペプチドの水溶液をPBS溶液とする以外は、すべて同様に実施した。
【0045】
3.測定
PBS(0.1% Tween20(登録商標))で洗浄後、抗OVA(オホ゛アルフ゛ミン)抗体(市販品)と室温で20分間反応させた。PBS(0.1% Tween20(登録商標))で洗浄後、セイヨウワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識二次抗体(市販品)と室温で20分間反応させた。PBS(0.1% Tween20(登録商標))で洗浄後、化学発光試薬を添加し、発光強度を測定した。
【0046】
4.結果
測定した結果を下記表2に示す。
【表2】

【0047】
なお、本発明は、上述した実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明によれば、固定化すべき物質を共有結合により固定化することができ、安定な固定化基板を得ることができる。また、本発明の方法を用いて物質を固定化すると、非特異的吸着が効果的に防止される。さらに、配向固定のため高感度で、S/N比の優れた物質固定化基板が得られることになる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーからなる非特異的吸着防止材を基体上に塗布し、次いで1分子中に少なくとも光反応性基とアミノ基と室温反応性の官能基を有する固定化剤、及び被固定化物質をスポットすることから、少なくともなる物質固定化方法。
【請求項2】
分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーからなる非特異的吸着防止材を基体上に塗布し、次いで1分子中に少なくとも光反応性基とアミノ基と室温反応性の官能基を有する固定化剤、及び被固定化物質の混合物をスポットすることから、少なくともなる請求項1記載の物質固定化方法。
【請求項3】
分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーからなる非特異的吸着防止材を基体上に塗布し、次いで1分子中に少なくとも光反応性基とアミノ基と室温反応性の官能基を有する固定化剤をスポットし、その後被固定化物質をその上にスポットすることから、少なくともなる請求項1記載の物質固定化方法。
【請求項4】
非特異的吸着防止材が、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤と、分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーからなる事を特徴とする請求項1ないし3記載の物質固定化方法。
【請求項5】
光反応性基がアジド基或いはジアジリン基である請求項1ないし4記載の物質固定化方法。
【請求項6】
アミノ基と室温反応性の官能基がエポキシ基或いはサクシンイミドエステルである請求項1ないし5のいずれか1項に記載の物質固定化方法。
【請求項7】
水溶性ポリマーが、ノニオン性ポリマーである請求項1ないし6のいずれか1項に記載の物質固定化方法。
【請求項8】
ノニオン性ポリマーが、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレートのビニル重合体である請求項7記載の物質固定化方法。
【請求項9】
被固定化物質が、アミノ基を有するペプチド、核酸、蛋白質から成る群から選ばれる請求項1ないし8のいずれか1項に記載の物質固定化方法。

【公開番号】特開2010−101661(P2010−101661A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−271460(P2008−271460)
【出願日】平成20年10月21日(2008.10.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、文部科学省、独立行政法人科学技術振興機構・独創的シーズ展開事業・革新的ベンチャー活用開発・委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(506166837)ヒラソルバイオ株式会社 (6)