説明

物質生産方法、細胞増殖促進剤及び発現増強剤、並びにエリスロアスコルビン酸製造方法

【課題】簡便に細胞の物質生産効率を上げることのできる物質生産方法、並びにエリスロアスコルビン酸の新規用途並びに、エリスロアスコルビン酸の効率よく製造する製造方法を提供する。
【解決手段】物質生産細胞を用いて目的物質を生産する物質生産方法であって、細胞活性化剤としてのエリスロアスコルビン酸の存在下で、前記物質生産細胞による目的物質の生産を行う生産工程と、前記生産工程で生産された目的物質を回収する回収工程と、を含む物質生産方法;増殖促進有効量のエリスロアスコルビン酸を含有する細胞増殖促進剤、及び発現増強有効量のエリスロアスコルビン酸を含有する発現増強剤;ユビキチンの存在下で、アスコルビン酸分解細菌にアスコルビン酸又はそのデヒドロアスコルビン酸を接触させてエリスロアスコルビン酸を生成することと、前記接触後の反応系からエリスロアスコルビン酸を回収すること、を含むエリスロアスコルビン酸の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質生産方法、細胞増殖促進剤及び発現増強剤、並びにエリスロアスコルビン酸製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本来は体内で生合成されるインスリン、成長ホルモン、抗体などの生理活性物質を、遺伝子組換え技術を用いて大腸菌、酵母、または動物細胞に生産させる技術が実用化され、この技術を用いて生産された生理活性物質が医薬品として用いられている。
これに関連して、培養細胞における組換えタンパク質の生産性を向上させる技術の開発が、細胞株の選択、遺伝仕組換えに用いるベクターの設計、細胞増殖を促進させる化合物の探索、培地組成の検討といった面から進められている。
【0003】
例えば、組換えタンパク質を発現する哺乳動物宿主細胞に分子シャペロンを導入する方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。この方法によれば、分泌型組換えタンパク質産物の生産量を増大させることができるとされている。
また、目的のタンパク質をコードするDNAの内在性のシグナルペプチド配列をヒト成長ホルモンのシグナルペプチド配列に置換する方法が知られている(例えば、特許文献2参照)。この方法によれば、哺乳動物細胞において発現される組換えタンパク質の均質性および/または分泌が改良されるとされている。
細胞増殖を促進させる化合物としては、例として、直鎖ポリリン酸やフルクタンを培地に添加すると細胞増殖が促進されるとされている(例えば、特許文献3及び4参照)。
【0004】
エリスロアスコルビン酸は、グルコースを原料とした化学合成やアスコルビン酸の酸化分解によって得られる化合物である(例えば、非特許文献1及び2参照)。エリスロアスコルビン酸については、酵母における抗酸化作用や、スズメガの幼虫(tobacco hornworm)におけるビタミンC(L−アスコルビン酸)様の作用が報告されている(例えば、非特許文献3及び4参照)。さらに、最近になって微生物を用いたアスコルビン酸からの変換反応によって、エリスロアスコルビン酸を生産することが可能となった(特許文献)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2007−524381号公報
【特許文献2】特表2004−516830号公報
【特許文献3】特開2000−069961号公報
【特許文献4】特開2008−228587号公報
【特許文献5】特開2007−135445号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Carbohydr.Res.,220,117−125(1991)
【非特許文献2】Arch.Biochem.Biophys.,355,9−14(1998)
【非特許文献3】Mol.Microbiol.,30,895−903(1998)
【非特許文献4】J.Agric.Food Chem.,41,1391−1396(1993)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の方法においては、哺乳動物細胞株を、シャペロンタンパク質をコードするDNAを含む発現ベクターを導入して形質転換する操作が必要であり、作業効率及びコスト面の課題が残る。
また、特許文献2に記載の方法は、ヒト成長ホルモンのシグナルペプチドをコードするDNAと目的のタンパク質をコードするDNAとが融合された発現ベクターを、新たに哺乳動物細胞に導入する方法であり、既に目的のタンパク質を発現するように形質転換した哺乳動物細胞をそのまま使用するわけではなく、やはり作業効率及びコスト面に課題がある。
さらに、細胞増殖を促進させるとされる化合物は、細胞種によって効果が異なることがあるため、使用可能な候補化合物を数多く開発することは重要である。
【0008】
一方、エリスロアスコルビン酸については、培養細胞の増殖やタンパク質発現に対する作用に関して知見が得られていなかった。
【0009】
エリスロアスコルビン酸の製造については、特許文献5に記載の方法では、微生物の培養液にアスコルビン酸を添加して変換反応を行うため、培養液および変換に用いる微生物の生産物が、生成するエリスロアスコルビン酸に混在する。このため、変換後の精製操作が煩雑であり、製造コストの点で解決すべき問題が残されていた。
【0010】
本発明は上記に鑑みなされたものであり、簡便に細胞の物質生産効率を上げることのできる物質生産方法、並びにエリスロアスコルビン酸の新規用途を提供することを目的とする。
【0011】
また本発明は上記に鑑みなされたものであり、エリスロアスコルビン酸の簡便な製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の物質生産方法は、物質生産細胞を用いて目的物質を生産する物質生産方法であって、細胞活性化剤としてのエリスロアスコルビン酸の存在下で、前記物質生産細胞による目的物質の生産を行う生産工程と、前記生産工程で生産された目的物質を回収する回収工程と、を含む物質生産方法である。
【0013】
前記エリスロアスコルビン酸の濃度は、0.1〜1000μg/mlであることが好ましい。また、前記物質生産細胞は、動物細胞であることが好ましい。さらに、前記物質生産細胞は、前記目的物質を発現するための組換えタンパク質発現機構を備えていることが好ましい。
【0014】
本発明の細胞増殖促進剤は、増殖促進有効量のエリスロアスコルビン酸を含有する細胞増殖促進剤である。
本発明の発現増強剤は、発現増強有効量のエリスロアスコルビン酸を含有する発現増強剤である。
【0015】
本発明のエリスロアスコルビン酸の製造方法は、ユビキチンの存在下で、アスコルビン酸分解細菌にアスコルビン酸又はデヒドロアスコルビン酸を接触させてエリスロアスコルビン酸を生成することと、前記接触後の反応系からエリスロアスコルビン酸を回収すること、を含むものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、簡便に細胞の物質生産効率を上げることのできる物質生産方法、並びにエリスロアスコルビン酸の新規用途を提供することができる。
【0017】
また本発明によれば、簡便にエリスロアスコルビン酸を生産する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】ウシ赤血球由来の精製ユビキチンを用いた、L−アスコルビン酸からのエリスロアスコルビン酸生成を示すTLCの結果である。
【図2】実施例1に係るエリスロアスコルビン酸生成を確認したHPLCのクロマトグラムである。
【図3】ウシ赤血球由来の精製ユビキチンを用いた、デヒドロアスコルビン酸からのエリスロアスコルビン酸生成を示すTLCの結果である。
【図4】組み換えヒト型ユビキチンを用いた、アスコルビン酸あるいはデヒドロアスコルビン酸からのエリスロアスコルビン酸生成を示すTLCの結果である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の物質生産方法並びに細胞増殖促進剤及び発現増強剤について詳細に説明する。
(物質生産方法)
本発明の物質生産方法は、物質生産細胞を用いて目的物質を生産する物質生産方法であって、細胞活性化剤としてのエリスロアスコルビン酸の存在下で、前記物質生産細胞による目的物質の生産を行う生産工程と、前記生産工程で生産された目的物質を回収する回収工程と、を含むものである。
本発明の物質生産方法は、前記物質生産細胞を用いた目的物質の生産をエリスロアスコルビン酸の存在下で行うことにより、簡便に効率よく目的物質を生産することができる。
【0020】
前記生産工程は、細胞活性化剤としてのエリスロアスコルビン酸の存在下で、物質生産細胞による目的物質の生産を行うものである。
【0021】
本発明に係る物質生産細胞とは、目的物質を生産する細胞をいう。細胞種には特に制限はなく、例えば、細菌、酵母、菌類、藻類、植物細胞、動物細胞などのいずれでもよい。高次の折り畳み構造および/または翻訳後修飾を有するタンパク質の生産に供することができる点で、動物細胞であることが好ましく、例えば、昆虫細胞、哺乳動物細胞が挙げられる。
【0022】
昆虫細胞の例としては、ヨトウガ、カイコ、等の細胞株を挙げることができ、具体的には、Sf9細胞、Sf21細胞、等である。
哺乳動物細胞の例としては、ヒト、サル、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、イヌ等の各種組織に由来する細胞株を挙げることができ、具体的には、CHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣由来細胞)、NSO細胞(マウス骨髄腫由来細胞)、BHK細胞(ハムスター腎由来細胞)、HEK293細胞(ヒト胎児腎由来細胞)、COS細胞(アフリカミドリザル腎由来細胞)、等である。
【0023】
前記物質生産細胞は、前記目的物質を発現するための組換えタンパク質発現機構を備えていることが好ましい。組換えタンパク質発現機構とは、目的のタンパク質を選択的に発現させるための機構で、本発明においては周知の組換えタンパク質発現機構を用いることができる。組換えタンパク質発現機構を備えることで、目的のタンパク質を大量に発現させることができる。組換えタンパク質発現機構を備える物質生産細胞は、例えば、目的のタンパク質をコードするDNAを有する発現ベクターを細胞に導入することにより得ることができる。
【0024】
前記物質生産細胞が生産する目的物質は、細胞が作る化合物であれば特に限定はない。有機物でも無機物でもよく、細胞中に保持される物でも細胞外に分泌される物でもよく、合成による物、分解による物の別を問わない。例えば、核酸、アミノ酸、糖、糖タンパク質、脂肪酸、ビタミン、ペプチド、抗体、ホルモン、などが挙げられる。
【0025】
前記エリスロアスコルビン酸は、前記生産工程において、物質生産細胞に対する細胞活性化剤として作用し得るものである。
細胞活性化剤とは、細胞を活性化する機能を有する薬剤を意味する。活性化とは、細胞増殖であっても発現増強であってもよく、両者が明確に区別されていなくてもよい。前記物質生産細胞はエリスロアスコルビン酸と接触することにより、細胞増殖および/または発現増強がなされ、目的物質の生産量が増大し得る。
【0026】
上記の細胞増殖とは、一般的に当業界で用いられる意味で用いられ、例えば、細胞が分裂を繰り返し細胞集団の細胞数が増加したことをいい、一部の細胞が分裂する一方で一部の細胞が死滅していてもよい。細胞増殖は、この目的で一般に用いられている方法で評価すればよく、細胞数の計測、指標化合物量の測定などであってもよい。
上記の発現増強とは、目的物質を生産する細胞中、または該細胞からの分泌物のいずれかにおいて、目的物質量の増加が認められればよい。発現増強は、例えば、該細胞を培養した後の液体培地に含まれる目的物質の濃度に基づき評価することができる。
また、目的物質の発現増強とは、細胞単位の発現量が増加したことにより、細胞集団の発現量が増加したことのほか、細胞増殖が促進され細胞数が増えたことにより、細胞集団の発現量が増加したことをもいい、両者が明確に区別されていなくてもよい。
【0027】
本発明に係るエリスロアスコルビン酸は、市販品でもよく、アスコルビン酸分解能を有する真菌による生成物でもよい。真菌の生成物であるエリスロアスコルビン酸を使用する場合、このエリスロアスコルビン酸は例えば、アスコルビン酸分解真菌にアスコルビン酸を接触させてエリスロアスコルビン酸を生成すること(生成工程)と、アスコルビン酸から生成されたエリスロアスコルビン酸を回収すること(回収工程)とを含む製造方法により得られたものとすることができる。
【0028】
エリスロアスコルビン酸の製造に用いられる真菌は、アスコルビン酸分解能を有する菌であればよく、無性世代及び有性世代のいずれであってもよい。中でもペニシリウム(Penicillium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ケトミウム(Chaetomium)属、ペシロミセス(Paecilomyces)属、ユーペニシリウム(Eupenicillium)属、フザリウム(Fusarium)属、モナスカス(Monascus)属、及びドレクスレラ(Drechslera)属から成る群より選択された真菌、特にペニシリウム属が好ましい。このようなペニシリウム属としては、ペニシリウムNo.196F(独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター 受託番号 FERM P−20598、2005年7月21日付で受領)が生成能の観点から特に好ましい。
【0029】
上記真菌の培養に用いられる培地は、真菌が生育することが知られている培地であればいずれでもよく、特に制限されない。例えば、ポテトデキストロース寒天培地(培地組成:馬鈴薯(200g)抽出液1000ml、グルコース20g、寒天20g)などの培地において25℃の好気条件下、静置培養で維持、増殖することができる。また液体培地及び固体培地のいずれであってもよいが、菌体を回収する際には菌体の回収の観点、アスコルビン酸と接触させる際には生成物の回収の観点から、液体培地であることが好ましい。
【0030】
真菌の液体培養に用いられる培地は、真菌が生育することが知られている培地であればいずれであってもよく、一例としては、グルコース2質量%、デンプン2質量%、乾燥ブイヨン0.5質量%、酵母抽出物0.2質量%、大豆ミール0.5質量%、消泡剤0.01質量%による培地を挙げることができるが、菌の種類及び状態に応じて適宜変更可能である。
【0031】
培養条件は、真菌の種類や前培養における菌の生育状態・数によって異なるが、一般に、湿重量で0.01〜0.1g/mlになるまで培養することが好ましい。但し、さらに増やすことも可能である。
【0032】
本製造方法における生成工程は、真菌を培養中の培地にアスコルビン酸を添加することによって行うことができる。例えば特開2007−135445号公報に記載のエリスロアスコルビン酸の製造方法が挙げられる。
【0033】
菌体を含む液に添加するアスコルビン酸は、真菌と接触して代謝することができる形態であれば、粉体及び液体のいずれであってもよい。アスコルビン酸溶液を得るための溶媒としては、いずれのものであってもよく、水、メタノール、エタノール等を挙げることができる。
アスコルビン酸の添加量は、真菌の種類及び生育状態によって異なるが、一般に、0.1〜200mg/ml、より好ましくは0.1〜100mg/ml、更に好ましくは3〜30mg/mlの量で添加すればよい。0.1mg/mlよりも少ないとエリスロアスコルビン酸が得られない場合があり、一方、200mg/mlを超えると変換が不完全になる場合があるため、それぞれ好ましくない。
【0034】
アスコルビン酸の添加後は、室温(25℃)に静置しても、振盪してもよい。振盪する場合には、真菌の培養で通常適用される速度で行えばよく、例えば高崎科学社製、TB−25S(振幅70mm)のロータリーシェーカーであれば、500ml容のフラスコ中100mlの液とした場合に30〜240rpm、好ましくは160〜200rpmとすることができる。振盪の際の温度は、種々の温度における真菌の生育条件に応じて適宜設定することができるが、一般に4〜50℃、好ましくは15〜37℃、より好ましくは20〜30℃、最も好ましくは室温(25℃)である。4℃よりも低いとエリスロアスコルビン酸への変換が起こらない場合があり好ましくなく、一方50℃よりも高いと変換のための酵素活性が低下する場合があり、好ましくない。
【0035】
上記の静置または振盪は、すべてのアスコルビン酸がエリスロアスコルビン酸に変換されるまで継続することができ、真菌の種類及び生育状態によって異なるが、一般に10〜80時間、好ましくは24〜48時間であればよい。この間に、真菌がアスコルビン酸と接触してアスコルビン酸を代謝してエリスロアスコルビン酸に変換・生成し、菌体外へ放出する。なお、上記継続時間は、アスコルビン酸からエリスロアスコルビン酸への変換状態によって適宜変更することができる。このような変換状態の確認は、例えば薄層クロマトグラフィーなどの既知の手段を用いて容易に行うことができる。
【0036】
本製造方法における回収工程では、上記生成工程で得られたエリスロアスコルビン酸を回収する。
菌体外へ放出されたエリスロアスコルビン酸を回収する方法としては、液体中の化合物を回収または精製できることが知られている手段であればいずれであってもよく、液体クロマトグラフィー(イオン交換クロマトグラフィー)、溶媒抽出、結晶化等を挙げることができる。生成物の回収・精製は、回収効率の観点から2段階以上の多段階で行うことが好ましい。
各回収手段を使用する前には、エリスロアスコルビン酸が放出された溶液から菌体を除去することが好ましい。菌体の除去には、濾過等を用いればよい。
得られたエリスロアスコルビン酸は、公知の化学分析、機器分析によって確認することができる。
【0037】
上記製造方法において、回収工程におけるエリスロアスコルビン酸を効率よく回収する観点から、前記生成工程を、洗浄液を用いて洗浄されたアスコルビン酸分解真菌にアスコルビン酸を接触させて生成用緩衝液中でエリスロアスコルビン酸を生成する工程とすることが好ましい。このように洗浄された菌体を生成用緩衝液中で用いてエリスロアスコルビン酸を生成するので、夾雑物が少ない系からエリスロアスコルビン酸を回収することができる。この結果、エリスロアスコルビン酸の精製工程を簡略化することができる。
【0038】
菌体を洗浄する洗浄液としては、一般に菌体を洗浄するために用いられるものであればよく、生理食塩水、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、等を挙げることができる。これらの中でも、等張圧であり、さらに構成成分が少ないという観点から、生理食塩水が好ましい。
洗浄は菌体に付着している培養液成分を除去することができれば特に制限はない。
【0039】
なお、洗浄菌体は、本生成工程に用いられる前に、エリスロアスコルビン酸の製造に用いられる前に所定の菌数にするため又は生成可能な活性状態にするために前培養に供されたものであることが好ましい。このような前培養後の洗浄菌体を用いることによって、エリスロアスコルビン酸の生成効率を高めることができる。前培養の条件は、通常の培養条件であればよく、前述した培養条件をそのまま適用し得る。
【0040】
生成用緩衝液は、洗浄菌体によるエリスロアスコルビン酸生成を維持できる程度に洗浄菌体を維持できるものであればよく、生理食塩水、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、等を挙げることができ、上記洗浄液と同一であっても異なっていてもよい。また生成用緩衝液のpHは、通常3.0〜10.0であり、アスコルビン酸の非特異的分解抑制という観点から4.5〜8.0が好ましい。
【0041】
生成用緩衝液への菌体の懸濁濃度は、真菌の種類又は生育状態によって異なるが、通常、湿重量で0.01〜1.0g/mlである。但し、さらに増やすことも可能である。
生成用緩衝液での生成反応は、用いられる洗浄菌体の数量、種類等によって異なるが、通常18時間〜72時間としてもよく、エリスロアスコルビン酸生成量とアスコルビン酸残存量の比率という観点から36時間〜48時間とすることが好ましい。
【0042】
本発明の物質生産方法おける前記生産工程においては、物質生産細胞による物質生産時の反応系にエリスロアスコルビン酸が存在していればよい。エリスロアスコルビン酸と物質生産細胞との反応系における接触は、目的物質の種類、細胞の種類、培養温度などの培養条件に応じて任意の方法で行えばよい。例えば、物質生産細胞を培養中の培地に、エリスロアスコルビン酸を添加してもよく、エリスロアスコルビン酸を溶解した培養液に物質生産細胞を投入してもよい。また、反応系にエリスロアスコルビン酸を連続的に添加してもよく、定期的に添加してもよい。
【0043】
前記エリスロアスコルビン酸は、物質生産に有効な量で反応系に存在していれば使用濃度に特に制限はなく、細胞種によって異なるが0.1〜1000μg/mlで使用することができる。0.1μg/ml以上であれば、充分に物質生産細胞を活性化して物質生産を行うことができ、1000μg/ml以下であれば、細胞の活性を損なわずに添加量に応じた効率よい物質生産が期待できる。物質生産細胞によって充分量の物質が生産される観点から、1〜500μg/mlの使用濃度であることが好ましく、10〜500μg/mlの使用濃度であることがより好ましく、30〜300μg/mlが特に好ましい。
本発明において使用濃度とは、細胞の置かれた環境におけるエリスロアスコルビン酸濃度であって人為的に調整することが可能な最終濃度をいう。例えば、物質生産細胞を培養中の培地にエリスロアスコルビン酸を添加して使用する場合、添加直後の培地におけるエリスロアスコルビン酸濃度をいう。
【0044】
本発明の物質生産方法における前記回収工程では、前記生産工程で生産された目的物質を回収する。回収する方法としては、細胞中または細胞外(例えば、培地中)の化合物を抽出し精製できることが知られている手段であればいずれであってもよい。細胞の溶解または破砕は公知の方法で行うことができ、溶液中の目的物質の精製方法としては、液体クロマトグラフィー(イオン交換クロマトグラフィー)、溶媒抽出、結晶化等を挙げることができる。目的物質の精製は、回収効率の観点から2段階以上の多段階で行うことが好ましい。また、本発明の物質生産方法における前記回収工程は、細胞そのものの回収であってもよい。
得られた目的物質は、目的物質の種類に応じた公知の化学分析、機器分析によって確認することができる。
【0045】
(細胞増殖促進剤及び発現増強剤)
上記のようにエリスロアスコルビン酸は細胞に対する活性化剤として作用し、細胞の増殖及び発現増強を促進させ得る。
従って、本発明の細胞増殖促進剤は、増殖促進有効量のエリスロアスコルビン酸を含有するものである。また、本発明の発現増強剤は、発現増強有効量のエリスロアスコルビン酸を含有するものである。
【0046】
本発明の細胞増殖促進剤の使用対象となる細胞としては、エリスロアスコルビン酸と接触したときに増殖促進作用が認められる細胞であれば特に制限はなく、前記物質生産方法に用いる物質生産細胞に限定されない。例えば、細胞そのものを目的とする用途にも適用して、細胞の増殖を促進し、目的細胞を大量に得るために用いてもよい。このような目的細胞としては、細胞シートを構成する表皮細胞及び上皮細胞、血液細胞などを挙げることができる。
また、本発明の発現増強剤の使用対象となる細胞としては、目的物質を生産する細胞であって、エリスロアスコルビン酸と接触したときに発現増強作用が認められる細胞であれば特に制限はなく、前記物質生産方法に用いる物質生産細胞に限定されない。
細胞種には特に制限はなく、前記物質生産方法におけるものと同様の細胞を対象とすることができ、好ましい態様も同様である。
【0047】
本発明の細胞増殖促進剤及び発現増強剤は、使用時に細胞と接触させればよい。その使用態様に特に制限はなく、細胞の種類、培養温度などの培養条件に応じて任意に選択できる。
【0048】
本発明の細胞増殖促進剤及び発現増強剤は、それぞれ増殖促進有効量及び発現増強有効量であればよい。本発明における増殖促進有効量とは、使用時に、対象となる目的細胞の増殖が促進し得る量を意味する。一方、発現増強有効量とは、使用時に、対象となる目的細胞における物質生産のための遺伝子発現系の機能が増強され得る量を意味し、特に、遺伝子組換え細胞において導入遺伝子に基づく目的物質の生産量が増加し得る量を意味する。
本発明における増殖促進有効量及び発現増強有効量は、細胞種によって異なるが、細胞の活性を損なわずに充分な効果を得る観点から、0.1〜1000μg/mlの使用濃度とすることができ、1〜500μg/mlとすることが好ましく、更には10〜500μg/mlとすることが好ましく、30〜300μg/mlが特に好ましい。ここで使用濃度とは前述のとおりである。
【0049】
本発明の細胞増殖促進剤及び発現増強剤は、エリスロアスコルビン酸単独で構成してもよく、また、公知の製剤用添加剤を含んで構成していてもよい。公知の製剤用添加剤としては、増量剤、賦形剤、乳化剤、湿潤剤等を挙げることができ、細胞増殖促進剤及び発現増強剤の使用形態に応じて、適宜選択することができる。
また、本発明の細胞増殖促進剤及び発現増強剤の形態は特に限定されず、当業者が任意に選択することができる。例えば、乳剤、液剤、水溶液、水和剤、粉剤、粒剤、微粒剤、等の形態とすることができる。
このような各種の使用形態とした場合には、最終濃度が上述した使用濃度に調整可能であれば、使用濃度そのものでエリスロアスコルビン酸を含有するものであっても、濃縮形態で含有するものであってもよい。
【0050】
(エリスロアスコルビン酸の製造方法)
次に、本発明のエリスロアスコルビン酸製造方法ついて詳細に説明する。
なお、物質生産、前記のエリスロアスコルビン酸の製造方法等に関して前述した記載は適宜、以下に述べるエリスロアスコルビン酸の製造方法についても適用可能である。
【0051】
本発明のエリスロアスコルビン酸製造方法は、ユビキチンの存在下で、アスコルビン酸分解真菌にアスコルビン酸又はデヒドロアスコルビン酸を接触させてエリスロアスコルビン酸を生成すること(以下、生成工程)と、前記接触後の反応系からエリスロアスコルビン酸を回収すること(以下、回収工程)、を含むものである。
【0052】
本発明のエリスロアスコルビン酸の製造方法では、アスコルビン酸分解真菌がアスコルビン酸等からエリスロアスコルビン酸を変換する際に、変換反応活性化剤としてユビキチンを存在させるので、より効率よくアスコルビン酸等からエリスロアスコルビン酸の製造することができる。
【0053】
本発明に係るユビキチンとは、真核生物の細胞内に含まれるユビキチンであって、ヒト、ウシ、酵母などの生物においては、76アミノ酸で構成されていることが知られているタンパク質である。真核生物の種には特に制限はなく、例えば、真菌、酵母、藻類、植物、動物などのいずれでもよい。ユビキチンは進化の過程で高度に保存されたタンパク質であり、種間のアミノ酸配列の差は極めて小さいが、真菌、酵母あるいは動物由来のユビキチンであることが好ましい。
【0054】
真菌あるいは酵母由来のユビキチンの例としては、Penicillium属、Saccharomyces属が挙げられ、動物由来のユビキチンの例としては、ウシを挙げることができる。なお、これらは天然由来のユビキチンでも、組換え体として大腸菌などを宿主として生産されたユビキチンでもよい。
【0055】
このようなユビキチンとしては、天然型ユビキチン(配列番号1及び配列番号2)又は6番目のリシン(以下、「K6」)が保存されたユビキチン変異体であることが好ましい。配列番号1は、例えばヒト及びウシの配列と一致しており、配列番号2は例えば酵母の配列と一致している。なお本発明における「K6が保存されたユビキチン変異体」とは、天然型ユビキチンの6番目のリシンが保存され且つ変換反応活性化剤としての機能を有する変異体であればいずれでもよく、例えば、6番目以外のリジンを他のアミノ酸に置換した変異体が該当する。
【0056】
生成反応の基質となるアスコルビン酸またはデヒドロアスコルビン酸は、通常市販されているアスコルビン酸またはデヒドロアスコルビン酸であれば、何ら問題なく使用することができる。また、L−アスコルビン酸、D−アスコルビン酸、のいずれも使用できる。さらに、デヒドロアスコルビン酸は臭素などの酸化剤でアスコルビン酸を酸化することによっても調製できる。
【0057】
前記生成工程に用いるユビキチンは、高度に精製されたものであっても、細胞抽出物のような夾雑物を含むものでも、あるいは、ユビキチンを生成可能な細胞であれば、生成細胞そのものとしても利用できる。
【0058】
これらのユビキチンを上述したアスコルビン酸分解真菌と接触させるために、本製造方法は、前記アスコルビン酸分解細菌の培養系に、ユビキチン又はユビキチン生産細胞を添加することを含むものであってもよい。ここでユビキチン生産細胞とは、ユビキチン生産能を有するものであれば特に制限はなく、生来より生産する細胞以外にも、ユビキチン産生系を有する組換え体が導入された導入細胞であってもよい。なお、藻類などの単細胞生物であれば、微生物そのものを添加することも、ユビキチン産生細胞の添加に包含される。
また、これらのユビキチンは、溶液(組成物)であっても、固体であってもよく、固体の場合、ポリマーなどの担体に固定化されたものであってもよい。担体に固定化されたものの場合、担体そのものを反応系に配置することも、「添加」の一形態として包含される。
【0059】
接触させるアスコルビン酸またはデヒドロアスコルビン酸は、前述のユビキチン、ユビキチンを含有する組成物、あるいはユビキチンを含む細胞と接触して代謝することができる形態であれば、粉体及び液体のいずれであってもよい。アスコルビン酸またはデヒドロアスコルビン酸の溶液を得るための溶媒としては、いずれのものであってもよく、水、緩衝液、メタノール、エタノール等の有機溶媒を挙げることができる。
【0060】
アスコルビン酸またはデヒドロアスコルビン酸の添加量は、精製物や組成物或いは生成細胞など、ユビキチンの添加形態によって異なるが、一般に、0.01〜200mg/ml、より好ましくは0.1〜100mg/ml、更に好ましくは0.3〜30mg/mlの量で添加すればよい。0.01mg/mlよりも少ないとエリスロアスコルビン酸が得られない場合があり、一方、200mg/mlを超えると変換が不完全になる場合があるため、それぞれ好ましくない。
【0061】
生成工程に用いる溶媒は、通常の培養液であってもよいが、前述したように精製工程の簡略化及び効率の観点から、生成用緩衝液であることが好ましい。生成用緩衝液は前述したように、エリスロアスコルビン酸生成を維持できるものであればよく、生理食塩水、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、等を挙げることができる。また生成工程に用いる緩衝液のpHは、通常3.0〜12.0であり、エリスロアスコルビン酸の生成効率とアスコルビン酸の非特異的分解抑制という観点から4.0〜10.0が好ましい。
【0062】
生成工程に用いる緩衝液へのユビキチンの添加量は、ユビキチンの形態によって異なるが、通常、精製ユビキチン相当の含量として、0.001μg/ml〜1000μg/mlである。但し、さらに増減することも可能である。
【0063】
アスコルビン酸またはデヒドロアスコルビン酸の添加後は、静置しても、振盪してもよい。振盪する場合には、真菌の培養で通常適用される速度で行えばよく、例えば高崎科学社製、TB−25S(振幅70mm)のロータリーシェーカーであれば、500ml容のフラスコ中100mlの液とした場合に30〜240rpm、好ましくは160〜200rpmとすることができる。振盪の際の温度は、種々の温度における反応の進行状況に応じて適宜設定することができるが、ユビキチンあるいはユビキチンを含有する組成物を用いる反応では、一般に4〜100℃を、ユビキチンを含む細胞を用いる反応では、4〜50℃を用いることができる。4℃よりも低いとエリスロアスコルビン酸への変換が起こらない場合があり好ましくなく、ユビキチンを含む細胞を用いる反応では、50℃よりも高いと変換活性が低下する場合があり、好ましくない。
【0064】
上記の静置または振盪は、すべてのアスコルビン酸またはデヒドロアスコルビン酸がエリスロアスコルビン酸に変換されるまで継続することができ、変換反応の状態によって異なるが、一般に1分から24時間、好ましくは3分から12時間であればよい。この間に、ユビキチンがアスコルビン酸またはデヒドロアスコルビン酸と接触して、エリスロアスコルビン酸に変換・生成する。なお、上記継続時間は、アスコルビン酸またはデヒドロアスコルビン酸からエリスロアスコルビン酸への変換状態によって適宜変更することができる。このような変換状態の確認は、例えば薄層クロマトグラフィーなどの既知の手段を用いて容易に行うことができる。
【0065】
本製造方法における回収工程では、上記生成工程で得られたエリスロアスコルビン酸を回収する。生産されたエリスロアスコルビン酸を回収する方法としては、液体中の化合物を回収または精製できることが知られている手段であればいずれであってもよく、液体クロマトグラフィー(イオン交換クロマトグラフィー)、溶媒抽出、結晶化等を挙げることができる。生成物の回収・精製は、回収効率の観点から2段階以上の多段階で行うことが好ましい。
得られたエリスロアスコルビン酸は、公知の化学分析、機器分析によって確認することができる。
【実施例】
【0066】
以下に本発明の実施例について説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0067】
[実施例1]
<真菌を用いたエリスロアスコルビン酸の生成>
ペニシリウム属の真菌であるペニシリウムNo.196F(FERM P−20598)を、シード培地(グルコース20g/L、デンプン20g/L、乾燥ブイヨン(または、ペプトン)5g/L、酵母抽出物2g/L、大豆ミール5g/L、消泡剤CB442(日本油脂製)0.1g/L)100mlを含むバッフル付きの500−ml Ehrenmeyerフラスコに接種し、25℃で4日間振盪培養した。
【0068】
次いで、この培養液の一部(5ml)を、生育培地(デンプン30g/L、酵母抽出物3g/L、NaNO 10g/L、KCl 0.5g/L、KHPO 30g/L、MgSO・7HO 0.5g/L、FeSO・7HO 0.05g/L、CaCl・2HO 0.05g/L、消泡剤CB442 0.1g/L、pH5.5)100mlを含むバッフル付きの500−ml Ehrenmeyerフラスコに接種し、25℃で1日振盪培養した。
【0069】
この培養液を濾過して菌体を集め、生理食塩水で2回洗浄して得られた洗浄菌体の全量を、0.22Mリン酸カリウム緩衝液(pH5.5)100mlに懸濁し、10mg/mlとなるようビタミンC(L−アスコルビン酸)を添加した。続いて、バッフル付きの500−ml Ehrenmeyerフラスコで、25℃で36〜48時間振盪した。
【0070】
上記の処理により得たフラスコ10本分の培養液を濾過して、合計1.1Lの濾液を得た。これに、5.5Lのメタノールを加え、4℃で一晩放置した。これを濾過して得た濾液を濃縮し凍結乾燥して、15.75gの乾固物を得た。
この乾固物をクロロホルム:メタノール:酢酸(3:1:1)525mlに懸濁後、遠心により上清を回収し、これを濃縮して13.8gの残渣を得た。
【0071】
上記残渣を水に溶解後、Asahipak NH2 P−130 28F(28.0×300mm)を用いた分取HPLCにより精製を行った。展開溶媒として40%(v/v)アセトニトリルを含む0.05%(v/v)ギ酸水を用い、20ml/minで溶出し、保持時間75〜85分の溶出物を回収した。合計8回の分取により、490mgの精製物を得た。精製物がL−エリスロアスコルビン酸であることは、H−NMR及び13C−NMR、質量分析、紫外吸収、赤外吸収、および比旋光度で確認した。
【0072】
<エリスロアスコルビン酸の細胞増殖促進作用の評価>
上記で得たエリスロアスコルビン酸の細胞増殖促進作用を以下の方法で調べた。
【0073】
組換えヒト型BLアンジオスタチン(rhBLAS)を生産するrhBLAS生産株を、以下の方法で作製した。BLアンジオスタチンは、プラスミノーゲンの特異的切断により生じる公知のタンパク質である。
HepG2 Total RNA 2を鋳型に逆転写反応を行い、PCRにより目的とするBLアンジオスタチンに相当したプラスミノーゲン部分配列のDNA断片を得た。
このDNA断片の末端を平滑処理後、pCAGGS 1.dhfr.neoベクターのSal Iサイトにクローニングし、プラスミド構築物を得た。この構築物から常法によりトランスフェクション用プラスミドDNAを大量調製した。
上記プラスミドDNAを、CHO/dhfr−細胞にトランスフェクション試薬TransIT−CHOを用いて導入し、常法によりrhBLAS生産株を樹立した。
【0074】
上記rhBLAS生産株から得たrhBLAS生産細胞を、10%ウシ胎仔血清添加ダルベッコMEM(DMEM)培地に懸濁し、1×10個/mlの懸濁液を調製した。この懸濁液を24穴プレートに500μl/well播種した。
【0075】
播種した細胞を、5%炭酸ガス下、37℃で72時間静置培養した。その後、各ウェルからDMEM培地をアスピレーターで除去し、DMEM培地(無血清)を500μl/well添加した。
次いで、DMEM培地で希釈したエリスロアスコルビン酸またはビタミンCを、各ウェルに添加し、各ウェルの培養液の量が計550μlで、エリスロアスコルビン酸またはビタミンCの濃度が終濃度で、0μg/ml、0.01μg/ml、0.1μg/ml、1μg/ml、10μg/ml、100μg/mlとなるようにした。
続いて、5%炭酸ガス下、37℃で72時間静置培養した。
【0076】
培養後、各ウェルの上清をアスピレーターで除去した。各ウェルを500μlのPBSで3回洗浄した後、0.1N NaOHを250μl/well添加し、rhBLAS生産細胞を溶解させた。
【0077】
細胞を溶解させて得た溶液30μlに、bradford試薬150μlを添加し、bradford法により、595nmで吸光度を測定した。検量線をもとにタンパク質濃度を算出した。結果を下記表1に示す。なお、表1は、エリスロアスコルビン酸またはビタミンCの濃度が0μg/mlの各ウェルの上清のタンパク質濃度を100として相対値で示す。
【0078】
【表1】

【0079】
表1に示すように、エリスロアスコルビン酸(EAA)を添加したときのrhBLAS生産細胞の細胞増加率は、ビタミンC(AsA)を添加したときよりも高く、EAAの添加量に比例して、細胞増殖は促進された。
【0080】
[実施例2]
<エリスロアスコルビン酸の組換えタンパク質発現増強作用の評価>
エリスロアスコルビン酸の組換えタンパク質発現増強作用を調べるため、rhBLAS生産細胞が生産したrhBLASの定量を、以下の拮抗ELISAによって行った。
【0081】
公知の方法(BioTechniques40:590−594,2006)に従って調製されたヒト天然型BLアンジオスタチンを2μg/mlとなるようにPBSに希釈し、これを96穴エライザプレートに50μl/well入れ、4℃で一晩固定化した。固定化後、各ウェルを100μlのPBSで3回洗浄し、50mg/mlのBSAを含有するPBS(以下、「BSA含有PBS」という。)を50μl/well添加し、室温で1時間静置することによってブロッキングした。
【0082】
rhBLAS生産細胞の懸濁濃度を2×10個/mlとして各ウェルに播種した以外は実施例1と同様にして培養を行い、各ウェルから細胞上清を生産量測定用上清として採取した。得られた上清を終濃度10%、抗プラスミノーゲン抗体(和光純薬工業(株)製)終濃度1.5μg/mlとなるように、BSA含有PBSで希釈し、室温で1時間置くことによってインキュベーションした。
【0083】
ブロッキング後のプレートの各ウェルを100μlのPBSで3回洗浄し、サンプル溶液またはスタンダード溶液を50μl/well添加し、室温で1時間インキュベーションした。
インキュベーション後、100μlのPBSで1回洗浄し、3μg/mlとなるようにBSA含有PBSで希釈した2次抗体(HRP−抗ウサギIgG、和光純薬工業(株)製)を50μl/well添加し、室温で1時間静置することによってインキュベーションした。
【0084】
インキュベーション後、各ウェルを200μlのPBSで3回洗浄し、0.4mg/mlとなるようにPBSに希釈したo−Phenylenediamine(シグマ アルドリッチ(株)製、1/2500の過酸化水素水を直前に添加)を100μl/well添加し、室温で30分静置することによって反応させた。続いて、3Nの硫酸を添加し反応を停止させた。
490nmの波長で吸光値を測定し、スタンダード曲線からrhBLAS濃度(μg/ml)を算出した。結果を下記表2に示す。表2中の数値はrhBLASの生産量を示す(μg/ml)。
【0085】
【表2】

【0086】
表2に示すように、rhBLAS生産細胞によるrhBLASの生産量は、エリスロアスコルビン酸(EAA)を100μg/ml添加したとき、無添加の約2.4倍に増加した。
【0087】
これらのことから、エリスロアスコルビン酸は、細胞増殖促進作用および発現増強作用を示すことが明らかである。したがって、エリスロアスコルビン酸は、細胞増殖促進剤および発現増強剤としての効果が期待でき、細胞を用いた物質生産に用いることができる。
【0088】
上記のことから、本発明によれば、簡便に細胞の物質生産効率を上げることができる。また、本発明によれば、細胞増殖促進剤及び発現増強剤というエリスロアスコルビン酸の新規用途を提供することができる。
【0089】
[実施例3]
<ユビキチンによる、アスコルビン酸の、エリスロアスコルビン酸への変換反応>
ウシ赤血球由来の高度に精製されたユビキチン(配列番号1)(SIGMA,St.Louis,MO,USA (カタログ番号U6253))(5μg/ml)あるいは緩衝液とL−アスコルビン酸(和光純薬)(17mM)を、緩衝液(10mM potassium phosphate,pH7.4,100mM KCl,20mM NaCl,及び10mM EDTA)中、37℃で、図1に示す時間インキュベートした。その後、反応液の15μlを1μlのブチルヒドロキシトルエン(576mM in DMSO)と混合し、その一部(3μl)をシリカゲルプレート(Merck Silica gel60 F254,Merck KGaA,Darmstadt,Germany)にスポットした。試料をスポットしたシリカゲルプレートを、クロロホルム−メタノール−酢酸(6:3:1)で展開し、硝酸銀あるいは紫外線でスポットを検出した。
【0090】
その結果、図1に示すように、ユビキチンはアスコルビン酸からのエリスロアスコルビン酸生産をもたらした。この変換は反応5分後から検出できた。反応12時間後にはアスコルビン酸は消失したが、エリスロアスコルビン酸も消失し、その代りにUV吸収のない物質(*印)が生成した。一方、ユビキチン非存在下ではアスコルビン酸はほとんど変化しなかった。図中のOri、SF、AsA、eAsA、DHAsAは、それぞれ、原点、溶媒先端、標準アスコルビン酸、標準エリスロアスコルビン酸、標準デヒドロアスコルビン酸の位置を示す(図3および図4においても同じ)。
【0091】
[実施例4]
<ユビキチンの作用でアスコルビン酸から生成したエリスロアスコルビン酸の確認>
図1と同じ条件で、ユビキチンとアスコルビン酸を6時間反応させた反応液の一部をAsahipak NH2 P−50 4Dを用いてHPLC分析した。移動相:40%アセトニトリルを含む0.05%ギ酸水、流速:1ml/min、検出:UV(255nm)、温度:室温。
【0092】
HPLC分析の結果、図2に示すように、生成する物質は完全に標準L−エリスロアスコルビン酸と一致した。
【0093】
[実施例5]
<ユビキチンによる、デヒドロアスコルビン酸の、エリスロアスコルビン酸への変換反応>
図3の左側に結果を示す実験においては、ウシ赤血球由来の高度に精製されたユビキチン(配列番号1)(SIGMA,St.Louis,MO,USA (カタログ番号U6253))(5μg/ml)あるいは緩衝液とL−アスコルビン酸(和光純薬)(17mM)、デヒドロアスコルビン酸(17mM)(C.H.Jung,W.W.Wells,Spontaneous conversion of L−dehydroascorbic acid to L−ascorbic acid and L−erythroascorbic acid.Arch.Biochem.Biophys.355(1998)9−14.の方法により調製)、あるいは2,3−ジケト−L−グロン酸(16mM)(Y.Kagawa.Enzymatic studies on ascorbic acid catabolism in animals.I.Catabolism of 2,3−diketo−L−gulonic acid,J.Biochem.51(1962)134−144.の方法により調製)を、緩衝液(10mM potassium phosphate,pH7.4,100mM KCl,20mM NaCl,and 10mM EDTA)中、37℃で、0分、あるいは10分間インキュベートした。その後、反応液の15μlを1μlのブチルヒドロキシトルエン(576mM in DMSO)と混合し、その一部(3μl)をシリカゲルプレート(Merck Silica gel 60 F254,Merck KGaA,Darmstadt,Germany)にスポットした。試料をスポットしたシリカゲルプレートを、クロロホルム−メタノール−酢酸(6:3:1)で展開し、硝酸銀でスポットを検出した。図1の注釈に加えて、DKGは標準2,3−ジケト−L−グロン酸の展開位置を示す。
【0094】
図3の左側に結果を示す実験においては、ウシ赤血球由来の高度に精製されたユビキチン(配列番号1)(SIGMA,St.Louis,MO,USA(カタログ番号U6253))(5μg/ml)とデヒドロアスコルビン酸(17mM)(C.H.Jung,W.W.Wells,Spontaneous conversion of L−dehydroascorbic acid to L−ascorbic acid and L−erythroascorbic acid.Arch.Biochem.Biophys.355(1998)9−14.の方法により調製)を、緩衝液(10mM potassium phosphate,pH7.4,100mM KCl,20mM NaCl,and 10mM EDTA)中、37℃で、10分間インキュベートした。その際、ブチルヒドロキシトルエン(BHT)(36mM)を含む反応液、あるいは、窒素ガスで置換した反応液も用いた。その後、反応液の15μlを1μlのブチルヒドロキシトルエン(576mM in DMSO)と混合し、その一部(3μl)をシリカゲルプレート(Merck Silica gel 60 F254,Merck KGaA,Darmstadt,Germany)にスポットした。試料をスポットしたシリカゲルプレートを、クロロホルム−メタノール−酢酸(6:3:1)で展開し、硝酸銀でスポットを検出した。ただし、窒素置換した反応液をスポットしたTLCは、クロロホルム−メタノール−酢酸(5:4:1)で展開した。
【0095】
図3左に示すように、ユビキチンによるエリスロアスコルビン酸の生成は、アスコルビン酸あるいはデヒドロアスコルビン酸からは行われるが、2,3−ジケト−L−グロン酸からは起こらなかった。
【0096】
図3右に示すように、ユビキチンによるデヒドロアスコルビン酸からのエリスロアスコルビン酸生成は、抗酸化剤であるブチルヒドロキシトルエン(図中のBHT)あるいは、反応液の窒素ガス置換(図中のN)により完全に阻害された。
【0097】
[実施例6]
<組み換えユビキチン変異体による、アスコルビン酸およびデヒドロアスコルビン酸の、エリスロアスコルビン酸への変換反応>
ウシ赤血球由来の高度に精製されたユビキチン(配列番号1)(SIGMA,St.Louis,MO,USA (カタログ番号U6253))(5μg/ml)あるいは緩衝液、あるいは、組換えヒト型ユビキチン(K6R、あるいはK6 only[K11R/K27R/K29R/K33R/K48R/K63R]、ともにBoston Biochem,Cambridge,MA,USAから購入。それぞれ、カタログ番号UM−K6RあるいはUM−K6O)と、L−アスコルビン酸(和光純薬)(17mM)、あるいはデヒドロアスコルビン酸(17mM)(C.H.Jung,W.W.Wells,Spontaneous conversion of L−dehydroascorbic acid to L−ascorbic acid and L−erythroascorbic acid.Arch.Biochem.Biophys.355(1998)9−14.の方法により調製)を、緩衝液(10mM potassium phosphate,pH7.4,100mM KCl,20mM NaCl,and 10mM EDTA)中、37℃で、0分あるいは10分インキュベートした。その後、反応液の15μlを1μlのブチルヒドロキシトルエン(576mM in DMSO)と混合し、その一部(3μl)をシリカゲルプレート(Merck Silicagel 60 F254,Merck KGaA,Darmstadt,Germany)にスポットした。試料をスポットしたシリカゲルプレートを、クロロホルム−メタノール−酢酸(6:3:1)で展開し、硝酸銀でスポットを検出した。
【0098】
図4に示すように、K6Rユビキチン変異体は、アスコルビン酸、あるいはデヒドロアスコルビン酸からのエリスロアスコルビン酸を生成する能力を持たなかったが、K6 only変異体は、野生型ユビキチンと同等の活性をもっていた。これらの結果から、ユビキチンのN末端から6番目のアミノ酸であるリシンが、アスコルビン酸あるいはデヒドロアスコルビン酸からのエリスロアスコルビン酸変換活性に重要であることが示された。
【0099】
これらのことから、ユビキチンは、その分子内のN末端から6番目のリシン残基を含む構造上の特徴に基づき、アスコルビン酸あるいはデヒドロアスコルビン酸をエリスロアスコルビン酸に変換する活性を発揮することが明らかである。したがって、ユビキチンの利用は、エリスロアスコルビン酸の効率的な製造方法において極めて有効である
【0100】
上記のことから、ユビキチンンを利用することによってエリスロアスコルビン酸を効果的に製造することができる。
このように本発明によれば、エリスロアスコルビン酸の新規な製造方法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物質生産細胞を用いて目的物質を生産する物質生産方法であって、
細胞活性化剤としてのエリスロアスコルビン酸の存在下で、前記物質生産細胞による目的物質の生産を行う生産工程と、
前記生産工程で生産された目的物質を回収する回収工程と、
を含む物質生産方法。
【請求項2】
前記エリスロアスコルビン酸の濃度が0.1μg/ml〜1000μg/mlである請求項1に記載の物質生産方法。
【請求項3】
前記物質生産細胞が動物細胞である請求項1又は請求項2記載の物質生産方法。
【請求項4】
前記物質生産細胞が、前記目的物質を発現するための組換えタンパク質発現機構を備えている請求項1〜請求項3のいずれか1項記載の物質生産方法。
【請求項5】
増殖促進有効量のエリスロアスコルビン酸を含有する細胞増殖促進剤。
【請求項6】
発現増強有効量のエリスロアスコルビン酸を含有する発現増強剤。
【請求項7】
ユビキチンの存在下で、アスコルビン酸分解細菌にアスコルビン酸又はデヒドロアスコルビン酸を接触させてエリスロアスコルビン酸を生成することと、
前記接触後の反応系からエリスロアスコルビン酸を回収すること、
を含むエリスロアスコルビン酸の製造方法。
【請求項8】
前記ユビキチンが動物由来のユビキチンである請求項7に記載のエリスロアスコルビン酸の製造方法。
【請求項9】
前記ユビキチンがウシ由来のユビキチンである請求項7に記載のエリスロアスコルビン酸の製造方法。
【請求項10】
前記アスコルビン酸分解細菌の培養系に、ユビキチン又はユビキチン生産細胞を添加することを含む請求項7〜請求項9のいずれか1項記載のエリスロアスコルビン酸製造方法。
【請求項11】
前記ユビキチンが、天然型ユビキチン又はK6を含むユビキチン変異体である請求項7〜請求項10のいずれか1項記載のエリスロアスコルビン酸製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−259414(P2010−259414A)
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−120349(P2009−120349)
【出願日】平成21年4月21日(2009.4.21)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】