説明

球状遷移金属錯体及び球状遷移金属錯体内部の官能基の制御方法

【課題】内部に複数の官能基が導入された中空のナノスケール構造体において、内部にある官能基の数を制御することのできる球状遷移金属錯体を提供する
【解決手段】複数の二座有機配位子(L)及び遷移金属(M)の自己組織化により中空の球状格子構造体を形成すると共に、前記二座有機配位子に連結された官能基が内部に配向された球状遷移金属錯体において、外部からの光を刺激にして前記二座有機配位子との連結を切断して遊離し、格子開口部を介して外に放出される官能基を導入する。この構成とすることにより、外部から光を照射して官能基の数を制御することができ、さらに当該球状遷移金属錯体自身の特性を大きく変えることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の二座有機配位子(L)と遷移金属(M)により中空の球状格子構造体を形成し、外部からの光を刺激にして、前記球状格子構造体の内部に配向される官能基の数を制御することのできる球状遷移金属錯体及び球状遷移金属錯体内部の官能基の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体系では、水素結合のような弱い結合力に誘起され、DNA二重らせんやタンパク質の高次構造など、あらゆる生体構造が自発的に組織化する仕組みがある。近年、このような仕組みを人工的な系で利用する研究が注目され、フェリチンなどの球状タンパク質や球状ウイルスCCMVなど、自然界のナノスケール構造体の内面を利用した研究が行われている。これらのナノスケール構造体は、人工的な刺激によって分解されても、再び自己組織化によって元の構造に復元するという特性を有している。この特性を利用し、球状格子構造体を形成するための複数のサブユニットに官能基修飾を行い、これらサブユニットを自己組織化させることによって、内面に官能基が精密に配向された中空の球状格子構造体を製造する研究が行われている。
【0003】
本発明者らは、上記のしくみにいち早く着目し、明確な方向性を有する配位結合を駆動力とすることによって、精密な分子集合体を自発的かつ定量的に製造することのできる「自己組織性精密分子システム」の研究開発に取り組んできた。その結果、直径3〜10nmの巨大な球状格子構造体を自己組織化によって製造することを実現し、特許文献1、非特許文献1及び2で報告している。係るナノスケール構造体は、既存の化学合成では極めて作り難い構造である。
【0004】
上記のような球状格子構造体は、孤立空間の化学を展開し、不安定分子の安定化や特異的な物質変換を達成することによって、さまざまな応用が期待できる新規な分子性材料である。しかしながら、外部からの光を刺激にして、球状格子構造体の内部に配向される官能基の数を制御することは、未だ実現されていないのが実情である。ナノスケールで官能基の数を制御することは、当該球状格子構造体の有する機能を制御可能にするだけでなく、球状格子構造体自体の特性(例えば光の屈折率など)を制御可能にすることができ、これにより各種応用分野へ適用可能性をさらに向上させることが期待できる。
【0005】
ここで、本発明者らは、熱を刺激にして重合化する活性を備えた官能基を、前記球状格子構造体の内面に複数配向することによって、球状格子構造体の機能化を図る研究を進め、特許文献2に報告している。この場合、重合前後において球状格子構造体自身の特性が変化するものの、その変化の程度は小さい。
【0006】
【特許文献1】特開2007−15947号公報
【特許文献2】特願2006−349235の明細書
【非特許文献1】M. Fujita, et al. Nature 1995, 378, 469. Moulton, B. et al. Chem. Commun. 2001, 863. Eddaoudi, M. J. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 4368.
【非特許文献2】Tominaga, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2004, 43, 5621. Tominaga, M. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 11950. Sato, S. Science 2006, 313, 1273. Murase, T. et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2007, DOI: 10.1002/anie.200603561.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題には、上述した問題が一例として挙げられる。そこで、本発明の目的としては、例えば直径3〜10nmの巨大な中空のナノスケール構造体を形成する球状遷移金属錯体において、外部からの光を刺激にして、前記球状格子構造体の内部に配向される官能基の数を制御することのできる球状遷移金属錯体、及び球状遷移金属錯体内部の官能基の制御方法を提供することが一例として挙げられる。さらに、本発明の他の目的としては、外部からの光を刺激にして、球状格子構造体自体の特性(例えば光の屈折率など)を大きく変えることが一例として挙げられる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の球状遷移金属錯体は、請求項1に記載のように、複数の二座有機配位子(L)及び遷移金属(M)の自己組織化により中空の球状格子構造体を形成すると共に、前記二座有機配位子に連結した官能基が前記球上格子構造体の内部に配向された球状遷移金属錯体であって、外部からの光によって前記二座有機配位子との連結を切断して遊離状態となる光切断活性を有する複数の官能基を、前記球状格子構造体の内部に配向させたことを特徴とする。
【0009】
本発明の球状遷移金属錯体内部の官能基の制御方法は、請求項9に記載のように、複数の二座有機配位子(L)及び遷移金属(M)の自己組織化により中空の球殻構造体を形成すると共に、前記二座有機配位子に連結した官能基が前記球殻構造体の内部に複数配向された球状遷移金属錯体において、内部に配向された官能基の数を制御する方法であって、外部から供給する光によって前記官能基を前記二座有機配位子から切断させて遊離状態にして、前記球殻構造体の内部に配向された官能基の数を制御することを特徴とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、光を刺激にした光切断活性を有する官能基をその湾曲構造の内側に導入した有機配位子(L:ligand)を精密に設計し、遷移金属(M:transition metal)を用いて一挙に自己組織化によって球状格子構造体を形成する。すなわち、外部からの光を刺激にして球状格子構造体の内部にある官能基の数を制御することのできる球状遷移金属錯体(C:complex)を実現し、上述の課題を解決する。しかも、本発明者らが自己組織化の駆動力として利用する配位結合は、適度な結合力があり方向性が明確に規定されているため、精密に構造が制御された分子集合体を自発的かつ定量的に構築することができる。従って、精密な分子設計により、目的に応じた様々な内部環境の制御を実現することが可能である。また、金属の種類や酸化数に応じて配位数や結合角を制御することができるので、多様な配位結合性の構造体を構築することが可能である。その一例として、本発明の好ましい実施形態を、添付図面を参照しながら以下に詳細に説明する。
【0011】
本実施形態の球状遷移金属錯体は、湾曲構造の内側に少なくとも1以上の官能基を有する二座有機配位子(L)(以下、単に「二座有機配位子(L)」という)と、遷移金属(M)とから、自己組織的に形成されてなる、M2a組成(aは、6〜60の整数である)の分子化合物である。この分子化合物は、中空の球状格子構造を有しており(以下、「球状格子構造体」と称す)、前記置換基が球状格子構造体の内部に配向されている。中空の殼の大きさは特に制限されないが、例えば直径が3〜15nmである。さらに、前記官能基は、外部からの光を刺激にした光切断活性を有する。なお、遷移金属(M)同士、二座有機配位子(L)同士は、それぞれ同一であるのが好ましいが、相異なっていてもよい。
【0012】
さらに、本実施形態の球状遷移金属錯体は、配位結合を駆動力にした自己組織化によって一挙に構築させるものであるから、自己組織化の進行が容易な、M12,M1224,M2448,M3060,またはM60120の組成であるのことが好ましい。その中でも、M12,M1224であることが好ましく、特に、M1224であることが好ましい。
【0013】
二座有機配位子(L)と共に球状格子構造体を形成する遷移金属(M)は、特に制限されないが、Ti,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Ru,Rh,Pd,Cd,Os,Ir及びPtからなる群から遷ばれる一種の金属原子またはその化合物であることが好ましい。その中でも、平面4配位の錯体を容易に形成し得る、Ru,Rh,Pd,Os,Ir,Pt等の白金族が好ましく、Ru,Pd,Ptがより好ましく、Pdが特に好ましい。遷移金属原子の価数は、通常0〜4価、好ましくは2価である。また配位数は、通常4〜6、好ましくは4である。
【0014】
遷移金属(M)の化合物としては、例えば、前記遷移金属の、ハロゲン化物、硝酸塩、塩酸塩、硫酸塩、酢酸塩、メタンスルホン酸塩、トリフルオロメタンスルホン酸塩、p−トルエンスルホン酸塩などである。これらの中でも、遷移金属の、硝酸塩、トリフルオロメタンスルホン酸塩を用いれば、効率よく、目的とする球状遷移金属錯体を得ることができる。
【0015】
二座有機配位子(L)は、例えばフランやベンゼンなどの剛直な平面性分子に、2つのピリジル基を結合することによって、2つの配位部分が120度の方向を持つ折れ曲がった構造である。この湾曲構造の内側に少なくとも1以上の官能基を有し、かつ、この官能基が中空の殼内部に配向するように遷移金属(M)と自己組織的に球状選移金属錯体を形成できるものであれば特に制限されないが、下記に示す化学式で表される化合物であるのが好ましい。
【化5】


上記の化学式で表される化合物は、ピリジル基の隣にブリッジ部としてアセチレン基を有し、平面性を保ちつつ、両端のピリジル基の間に広い空間をもった構造を有する。式中、R1、R2はそれぞれ独立して、ハロゲン原子、置換されていても良いアルキル基、置換されていても良いアルコキシル基、シアノ基、またはニトロ基を表す。m1、m2はそれぞれ独立して、0〜4の整数を表す。m1、m2が2以上のとき、R1同士、R2同士はそれぞれ同一であっても、相異なっていてもよい。
【0016】
上記化学式[化5]中のAは、例えば、下記の化学式(a−1)〜(a−4)で表される化合物を表す。
【化6】

【0017】
上記化学式[化6]中のR3は、外部からの光を刺激にして二座有機配位子との連結を切断して遊離する活性(光切断活性)を有する官能基である。官能基R3としては、各種のベンジルアルコール誘導体やベンゾインエステル誘導体などの光切断活性を有する分子を導入することができる。ベンジルアルコール誘導体のうち、加水分解を伴わずに二座有機配位子との連結を切断するものの一例として、下記の化学式で表されるo-ニトロベンジルアルコール誘導体を導入することができる。なお、式中Xの部分で二座有機配位子と連結されている(Xは置換されていてもよい)。
【化7】

【0018】
一方、ベンジルアルコール誘導体のうち、加水分解を伴って二座有機配位子との連結を切断するものの一例として、下記の化学式で表されるo-ニトロベンジルアルコール誘導体を導入することができる。なお、式中COの部分で二座有機配位子と連結されている(COは置換されていてもよい)。また、式中Rは、水素、メチル基(CH)、ニトロ基(NO)、臭素(Br)、メトキシ基(OCH)、フィニル基(Ph)であるが、これに限定されることはなく、各種官能基であってよい。
【化8】

【0019】
上記の化学式[化8]に示す反応は、250nm程度の波長の光で進行するが、より長波長で反応が進行する分子として、下記の化学式で表されるようなp共役系構造(p共役系分子に-CH2O-Rで一般化される分子構造が置換している構造)を持つ分子を導入することができる。なお、式中ORの部分で二座有機配位子と連結されている(ORは置換されていてもよい)。
【化9】

【0020】
また、官能基R3として、下記の化学式で表されるようなベンゾインエステル誘導体を導入することができ、化学式中のXの部分を殻構造に接続することで、切断反応を行うことができる。この反応には水などの他の分子を必要としない。なお、式中Xの部分で二座有機配位子と連結されている(Xは置換されていてもよい)。また、式中Rは、水素、メチル基(CH)、ニトロ基(NO)、臭素(Br)、メトキシ基(OCH)、フィニル基(Ph)であるが、これに限定されることはなく、各種官能基であってよい。
【化10】

【0021】
ここで、一例として、上記化学式[化9]の(b)示すピレン分子を導入した二座有機配位子(L)を、下記の化学式に示す。さらに、下記化学式[化11]に示す二座有機配位子(L)と、遷移金属(M)としてPdを用いて自己組織化されたM1224組成を有する球状遷移金属錯体の分子モデルを、図1に示す。
【化11】

【0022】
なお、官能基R3は、リンカー(鎖)と称する連結基を介して二座有機配位子と連結させることができる。そして、このリンカーの長さを変えることによって、球状格子構造体の内部における官能基部分の配置位置を調節することができる。このようなリンカーとしては、例えば、化学式:-(O-CH2)-,-(CH2)-,-O-で表される連結基を用いることができ、これらの一種または組み合わせによって0〜20個、好ましくは1〜10個の連結基をつなぎあわせることができる。
【0023】
さらに、本実施形態においては、球状格子構造体の内部に配向させる全ての官能基が、同種の化合物である必要はなく、各二座有機配位子(L)別に種類の異なる化合物を導入して球状格子構造体の内部に配向させることができる。加えて、球状格子構造体の内部に配向させる全ての官能基が、光切断活性を有する化合物である必要はなく、他の活性を有する官能基を導入することによって、さらなる機能化を図ることもできる。
【0024】
さらには、球状格子構造体を形成する二座有機配位子(L)のそれぞれに導入される官能基は1つに限られず、例えば前記リンカーの部分を2又は3に分岐させることによって、2又は3個の官能基を導入することもできる。このとき、1つの二座有機配位子(L)に導入する官能基は、同種のものであってもよく、互いに異なる種類のものであってもよい。
【0025】
上述したように、本実施形態の球状遷移金属錯体は、外部からの光を刺激にした光切断活性を有する官能基が内面に精密に配置された構造を有している。例えば、上記化学式[化9]の(b)や[化11]で示したピレン分子を官能基R3に用いた場合、図2(a)に模式的に示すように、球状格子構造体の内部にピレン分子が密集して詰まった状態となっており、互いに重なりあってπ−スタック構造を形成している。このため、当該球状格子構造体は、二座配位子の状態と略同じUV−Vis吸収スペクトルを示す(図2(b)参照)。
【0026】
ここに、外部からの光、例えば紫外光(UV)が照射されると、下記の化学式にて模式的に示すように、官能基の側鎖であるエステル結合の部分が加水分解し、二座有機配位子との連結を切断する。連結が切断された官能基の部分は1-ピレンメタノールとなって遊離し、さらに格子構造体内外における平衡の作用により、遊離した官能基が格子開口部を介して外に放出される。このとき、光を照射する時間や強度を調整することにより、すべての官能基を同時に遊離させることもでき、あるいは段階的に遊離させることもできる。このようにして、官能基が遊離して外に放出されることにより、官能基の数が変化し、当該球状格子構造体の有する機能を変えることができる。しかも、当該球状格子構造体の内部に複数の官能基が密集した状態から、空になった状態への不可逆変化が進行することにより、当該球状格子構造体自身の特性(光の屈折率、紫外-可視光の吸収特性など)が変化する。
【化12】

【0027】
前述の加水分解反応が進行するためには水分子が必要となるが、官能基の数に対応するだけの水分子が球状格子構造体の内部に存在していればよい。従って、当該球状格子構造体は、水溶液中でなくとも、例えば固体状態であっても周囲の雰囲気中に存在する水分子と反応して上記の反応を進行させることが可能である。なお、上記化学式[化7]や[化10]に一例を示したような、加水分解を伴わない切断活性を有する分子を用いれば、水などの他の分子を反応に必要としない光切断反応を達成することができる。
【0028】
以上のように、本実施形態によれば、光を刺激にして遊離する光切断活性を有する官能基を二座有機配位子に導入し、遷移金属錯体を用いて一挙に自己組織化させることによって、球状格子構造体の内面に前記官能基が精密に配向された球状遷移金属錯体を実現することができる。この官能基が、外部からの光を刺激にして前記二座有機配位子との連結を切断して遊離し、外部に放出されることにより、当該球状遷移金属錯体の有する機能を制御することが可能になる。加えて、当該球状格子構造体の内部に複数の官能基が密集した状態から、空になった状態への不可逆変化が進行することにより、当該球状遷移金属錯体自身の特性(例えば光の屈折率など)を大きく変えることが可能となる。
【0029】
すなわち、本実施形態は、例えば、Jiang, J. J. et al. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 8290に報告されているような、光によってピレン部位を切断するコポリマーによるミセルと比較して、その特性をナノスケールで制御することが可能になるという点で極めて有効な発明である。
【0030】
(製造方法)
以下、上述の球状遷移金属錯体を製造する方法の一例を説明する。まず、二座有機配位子(L)は、公知の合成法を適用することにより製造することができる。例えば、前記化学式[化5]で表される化合物のうち、R1とR2が同種の化合物(I−2)は、以下に示すように、文献公知の方法(K.Sonogashira,Y.Tohda,N.Hagihara,Tetrahedron Lett.,1975,4467;J.F.Nguefack,V.Bolitt,D.Sinou,Tetrahedron Lett.,1996,31,5527)に従い、製造することができる。
【化13】


式中、A、R1およびm1は前記と同じ意味を表す。(A−1)は、式:X−A−Xで表される化合物を表す。Xは塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子などのハロゲン原子を表す。
【0031】
すなわち、式(I−2)で表される化合物は、適当な溶媒中、塩基、Pd(PhCN)Cl/P(t−Bu)、Pd(PPh等のパラジウム触媒、およびヨウ化第1銅などの銅塩の存在下に、式(II)で示される4−エチニルピリジン類(又はその塩)と、式(III)で表される化合物(A−1)とを反応させることにより得ることができる。
【0032】
なお、上記反応は、2つの4−エチニルピリジン類(またはその塩)を一挙に反応させて、同じピリジニルエチニル基を2つ有する化合物を製造する例である。相異なる置換ピリジルエチニル基を有する化合物は、対応する4−エチニルピリジン類(またはその塩)を、同様な反応条件で、段階的に反応させることにより得ることができる。
【0033】
ここで用いる塩基としては、ジメチルアミン、ジエチルアミン、ジイソプロピルアミン、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミンなどのアミン類が挙げられる。
【0034】
用いる溶媒としては、1,4−ジオキサン、ジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン(THF)、1,3−ジメトキシエタン等のエーテル類;ジメチルホルムアミド等のアミド類;ジメチルスルホキシド等のスルホキシド類;アセトニトリル等のニトリル類;等が挙げられる。反応温度は、通常、0℃から溶媒の沸点までの温度範囲、好ましくは10℃〜70℃であり、反応時間は、反応規模等にもよるが、通常、数分から数十時間である。
【0035】
4−エチニルピリジン(又はその塩)は、公知の方法で製造することができるが、市販品をそのまま用いることもできる。
【0036】
また、式(III)で表される化合物は、公知の方法で製造することができる。例えば、前記式(I−2)で表される化合物の製造に用いる化合物(A−1)は、例えば、下記の方法により合成することができる。
【0037】
【化14】

(式中、R3及びXは前記と同じ意味を表し、Dは上述の連結基に相当する。Lは脱離基を表す)すなわち、式(IV)で表される化合物と式(V)で表される化合物とを、塩基存在下で反応させることにより、式(III−1)で表される化合物を得ることができる。
【0038】
用いる塩基としては、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、水酸化ナトリウム、水素化ナトリウム等の無機塩基類;トリエチルアミン、ピリジン、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]−7−ウンデセン(DBU)等のアミン類;カリウムt−ブトキシド、ナトリウムメトキシド等の金属アルコキシド類;等が挙げられる。
【0039】
この反応は、溶媒中で行うのが好ましい。用いる溶媒としては、反応に不活性な溶媒であれば、特に限定されない。例えば、ジエチルエーテル、THF、1,4−ジオキサン等のエーテル類;ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類;ジクロロメタン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素類;アセトニトリル等のニトリル類;ジメチルホルムアミド(DMF)等のアミド類;ジメチルスルホキシド(DMSO)等のスルホキシド類;ピリジン等の芳香族アミン類;等が挙げられる。
【0040】
この反応は、−15℃から用いる溶媒の沸点までの温度範囲で円滑に進行する。反応時間は反応規模等にもよるが、数分から50時間である。
【0041】
上述の方法によって二座有機配位子(L)が製造されると、遷移金属(M)1モルに対し、前記二座有機配位子(L)を1〜5モル、好ましくは2〜3モルの割合で反応させる。遷移金属(M)と二座有機配位子(L)との使用割合は、目的とする球状遷移金属錯体の組成などに応じて適宜設定することができる。例えば、前述した、式:M1224の組成をもつ遷移金属錯体を得たい場合には、遷移金属化合物(M)1モルに対し、二座有機配位子(L)を2〜3モルの割合で反応させればよい。
【0042】
遷移金属(M)と二座有機配位子(L)との反応は、適当な溶媒中で行うことができる。用いる溶媒としては、アセトニトリルなどのニトリル類;ジメチルスルホキシド(DMSO)などのスルホキシド類; N,N−ジメチルホルムアミドなどのアミド類;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、1,2−ジメトキシエタン、1,4−ジオキサンなどの エーテル類;ジクロロメタン、クロロホルムなどのハロゲン化炭化水素類;ペンタン、ヘキサンなどの脂肪族炭化水素類;ベンゼン、トルエンなどの芳香族炭化水素類;メタノール、エタノール、イソプロピルアルコールなどのアルコール類;アセトン、メチルエチル ケトンなどのケトン類;エチルセロソルブなどのセロソルブ類;水等が挙げられる。これ らの溶媒は一種単独で、あるいは二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0043】
遷移金屑化合物(M)と二座有機配位子(L)との反応は、0℃から用いる溶媒の沸点 までの温度範囲で円滑に進行する。反応時間は、数分から数日間である。反応終了後は、ろ過、イオン交換樹脂等によるカラム精製、蒸留、再結晶等の通常の後処理を行い、目的とする球状遷移金属錯体を単離することができる。
【0044】
なお、得られる球状遷移金属錯体の対イオンは、通常、用いる遷移金属化合物(M)の陰イオンであるが、結晶性を向上させたり、重合性球状遷移金属錯体の安定性を向上させる目的で対イオンを交換してもよい。かかる対イオンとしては、PF、C1O、SbF、AsF、BF、SiF2−等が挙げられる。
【0045】
得られた球状遷移金属錯体の構造は、H−NMR、13C−NMR、IRスペクトル、マススペクトル、可視光線吸収スペクトル、UV吸収スペクトル、反射スペクトル、X線結晶構造解析、元素分析等の公知の分析手段により確認することができる。
【0046】
本発明の球状遷移金属錯体は、外部からの光を刺激にした光切断活性を有する複数の官能基を二座有機配位子に導入し、遷移金属(M)と共に一挙に自己組織化させることによって、球状格子構造体の内面に前記官能基が精密に配向された分子構造を有する。係る分子構造とすることにより、外部からの光を刺激にして前記官能基が二座有機配位子との連結を切断して遊離し、球状格子構造体の格子開口部から放出されるので、球状格子構造体の内部の配向される官能基の数を変えることができる。このように、ナノスケールでその内部にある官能基の数を制御することが可能であるという点で、本発明の球状遷移金属錯体は、極めて有効な発明である。
【0047】
さらに、本発明の球状遷移金属錯体によれば、外部からの光を刺激にして遊離した官能基が格子開口部を介して外に放出されることにより、その球状格子構造体の内部に複数の官能基が密集した状態から、官能基が放出されて空になった状態に不可逆変化することができる。これにより、例えば熱重合性の官能基を導入した場合に比べて、球状格子構造体自体の特性(例えば光の屈折率など)を大きく変えることが可能になる。
【実施例】
【0048】
続いて、上記化学式[化11]で表される二座有機配位子(L)を製造し、さらに自己組織化により球状遷移金属錯体を製造した実施例について説明する。二座有機配位子(L)の製造ルートは以下の通りである。
【化15】

【0049】
・化合物(4)の合成.
化合物(3)である1-ピレンメタノール1.19g(5.13mmol)とトリエチルアミン0.95ml(6.8mmol)を溶解した乾燥ジクロロメタン溶液(30ml)に対して、アルゴン雰囲気下、クロロアセチル塩化物0.55ml(7.0mmol)を滴下した。その反応混合物を、室温で21時間撹拌した。そして、反応物を水で急冷し、水及び食塩水で順に洗浄し、無水硫酸で乾燥させた後、濾過し、減圧濃縮した。得られた濃縮物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(クロロホルム/ヘキサン=1:2から1:1への勾配溶離)により精製して、白色粉末状の化合物(4)を1.52g(4.92mmol)得た(収率96%)
【0050】
・化合物(5)の合成
得られた化合物(4)である1-ピレンメチルクロロ酢酸塩(4)621mg(2.01mmol)と2,6-ジブロモフェノール560mg(2.22mmol)をDMF(18ml)に溶解させた。さらに炭酸カリウム659mg(4.77mmol)を加え、反応混合物を100℃で18時間撹拌した。続いて溶媒を蒸発させ、残留物をクロロホルムに再溶解させた。クロロホルム懸濁液を水及び食塩水で順に洗浄し、無水硫酸で乾燥させた後、濾過し、減圧濃縮した。得られた濃縮物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(クロロホルム/ヘキサン=1:2)により精製して、白色粉末状の化合物(5)を994mg(1.80mmol)得た(収率90%)。
【0051】
・二座有機配位子(1)の合成
化合物(5)595mg(1.13mmol)と、4−エチニルピリジン塩酸塩430mg(3.08mmol)と、Pd(PhCN)Cl26.3mg(0.0686mmol)と、ヨウ化第1銅(CuI)8.8mg(0.0462mmol)とを含む脱気したジオキサン8ml溶液に、トリt−ブチルホスフィン0.40mL(0.13mmol;10%ヘキサン溶液)とジイソプロピルアミン1.2mL(8.6mmol)を加えた。この混合物を、アルゴン雰囲気下、50℃で、26時間撹拌した。さらに、その反応混合物をクロロホルム(5ml)で希釈し、濾過し、減圧濃縮した後、濃縮物をクロロホルムに再溶解させた。クロロホルム層を、10%エチレンジアミン水溶液及び食塩水で順に洗浄し、無水硫酸で乾燥させた後、濾過し、減圧濃縮した。得られた濃縮物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(クロロホルムからクロロホルム/メタノール=100:1への勾配溶離)により精製して、薄い黄土色をした粉末状の二座有機配位子(1)を529mg(0.931mmol)得た(収率82%)。
【0052】
・球状遷移金属錯体(2)の合成
二座有機配位子(1)7.96mg(14.0μmol)を、70℃で4時間、遷移金属化合物であるPd(CFSOを含むDMSO溶液0.80mLで処理することにより、球状遷移金属錯体(2)が自己組織化により形成された。球状遷移金属錯体(2)は、H NMRによって定量した。この溶液に、1:1酢酸エチル/ジエチルエーテルを添加することによって、薄茶色の固体が沈殿した。これにより、10.0mg(0.540μmol)の球状遷移金属錯体(2)を得た(収率93%)。
【0053】
得られた球状遷移金属錯体(2)の物性値は以下の通りであった。
1H NMR (500 MHz, DMSO-d) σ: 9.31 (br s, 96H), 8.00-7.97 (br m, 48H), 7.84-7.80 (br m, 48H), 7.75 (br s, 96H), 7.75-7.64 (br m, 120H), 7.58 (br d, J = 7.0 Hz, 48H), 7.23 (br s, 24H), 5.57 (br s, 48H), 4.94 (br s, 48H).
【0054】
13C NMR (125 MHz, DMSO-d) σ: 167.9 (C), 160.8 (C), 151.0 (CH), 136.1 (CH), 134.1 (C), 130.8 (C), 130.2 (C), 129.7 (C), 128.6 (C), 128.3 (CH), 127.8 (C), 127.5 (CH), 127.4 (C), 126.7 (2CH), 126.0 (CH), 125.3 (CH), 125.2 (CH), 124.5 (CH), 124.0 (CH), 123.4 (C), 123.3 (C), 122.4 (CH), 114.1 (C), 93.5 (C), 90.1 (C), 70.1 (CH2), 64.6 (CH2).
【0055】
拡散係数:D= 4.2×10-11 m2・s-1.
【0056】
IR (KBr, cm-1): 3093, 3042, 2896, 2213, 1962, 1756, 1610, 1499, 1429, 1366, 1340, 1275, 1185, 1006, 845, 759, 714, 618, 561, 514.
【0057】
定量分析は、球状遷移金属錯体(2)のDMSO溶液にCF3SO3Naを加えることによって、CF3SO3-塩にしてから行った。
【0058】
CSI-MS (CF3SO3- salt, CH3CN): m/z 2493.7 [M-7(CF3SO3-)]7+, 2163.4 [M-8(CF3SO3-)]8+, 1906.7 [M-9(CF3SO3-)]9+, 1701.1 [M-10(CF3SO3-)]10+, 1532.7 [M-11(CF3SO3-)]11+, 1392.8 [M-12(CF3SO3-)]12+, 1274.0 [M-13(CF3SO3-)]13+, 1172.4 [M-14(CF3SO3-)]14+, 1084.2 [M-15(CF3SO3-)]15+, 1007.1 [M-16(CF3SO3-)]16+. Anal. Calcd for C624H480N72O144Pd12・35DMSO: C, 54.47; H, 4.54; N, 6.59. Found: C, 54.76; H, 4.32; N, 6.26.
【0059】
(試験例1)
本例は、上記の工程によって得られた球状遷移金属錯体(2)に対して、紫外光(365nm)を照射した試験例であり、球状遷移金属錯体(2)を含むDMSO/HO=10:1の溶液に対して紫外光(365nm)を照射し、その蛍光スペクトルを時間毎に測定した。その結果を図3に示す。図3の結果からも明らかなように、紫外光を照射することによって、溶液の蛍光強度が増加していることが分かる。その波長が約375nmであることから、増加した蛍光強度がピレン分子のモノマー蛍光であることは明らかである。すなわち、紫外光を照射することによって球状遷移金属錯体の内部にあった置換基が遊離して放出され、溶液中に拡散したことに他ならない。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明の実施形態によるM1224組成の球状遷移金属錯体の分子モデルを示す図である。
【図2】官能基にピレン分子を用いた場合の球状遷移金属錯体の分子モデルを示す図である。
【図3】本発明の効果を確認するために行った試験の結果を示す特性図であり、球状遷移金属錯体に紫外光を照射する前後のH−NMRスペクトルを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の二座有機配位子(L)及び遷移金属(M)の自己組織化により中空の球状格子構造体を形成すると共に、前記二座有機配位子に連結した官能基が前記球状格子構造体の内部に配向された球状遷移金属錯体であって、
外部からの光によって前記二座有機配位子との連結を切断して遊離状態となる光切断活性を有する複数の官能基を、前記球状格子構造体の内部に配向させたことを特徴とする球状遷移金属錯体。
【請求項2】
前記球状格子構造体の内部に前記複数の官能基が密集した状態から、前記外部からの光によって遊離した官能基が球状格子構造体の外部に放出されて空になった状態に不可逆変化することを特徴とする、請求項1に記載の球状遷移金属錯体。
【請求項3】
前記官能基は、ベンジルアルコール誘導体及び/又はベンゾインエステル誘導体であることを特徴とする請求項1または2に記載の球状遷移金属錯体。
【請求項4】
前記官能基は、π共役系構造(p共役系分子に-CH2O-Rで一般化される分子構造が置換している構造)を有するベンジルアルコール誘導体であることを特徴とする請求項3に記載の球状遷移金属錯体。
【請求項5】
前記官能基は、下記の化学式で表されるo-ニトロベンジルアルコール誘導体であることを特徴とする請求項3に記載の球状遷移金属錯体。
【化1】

なお、式中Xの部分で二座有機配位子と連結されている(Xは置換されていてもよい)。

【請求項6】
前記官能基は、下記の化学式で表されるベンジルアルコール誘導体であることを特徴とする請求項3に記載の球状遷移金属錯体。
【化2】

なお、式中COの部分で二座有機配位子と連結されている(COは置換されていてもよい)。

【請求項7】
前記官能基は、下記の化学式で表されるπ共役系構造を有するベンジルアルコール誘導体の1種であることを特徴とする請求項3に記載の球状遷移金属錯体。
【化3】

なお、式中ORの部分で二座有機配位子と連結されている(ORは置換されていてもよい)。

【請求項8】
前記官能基は、下記の化学式で表されるベンゾインエステル誘導体であることを特徴とする請求項3に記載の球状遷移金属錯体。
【化4】

なお、式中Xの部分で二座有機配位子と連結されている(Xは置換されていてもよい)。

【請求項9】
複数の二座有機配位子(L)及び遷移金属(M)の自己組織化により中空の球殻構造体を形成すると共に、前記二座有機配位子に連結した官能基が前記球殻構造体の内部に複数配向された球状遷移金属錯体において、内部に配向された官能基の数を制御する方法であって、
外部から供給する光によって前記官能基を前記二座有機配位子から切断させて遊離状態にして、前記球殻構造体の内部に配向された官能基の数を制御することを特徴とする球状遷移金属錯体内部の官能基の制御方法。
【請求項10】
前記球状格子構造体の内部に前記複数の官能基が密集した状態から、前記外部からの光によって遊離した官能基が球状格子構造体の外部に放出されて空になった状態に不可逆変化させることを特徴とする請求項9に記載の球状遷移金属錯体内部の官能基の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−214295(P2008−214295A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−56449(P2007−56449)
【出願日】平成19年3月6日(2007.3.6)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「自己組織化分子システムの創出と生体機能の化学翻訳」に関する委託研究、産業再生法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(000005016)パイオニア株式会社 (3,620)
【Fターム(参考)】