説明

生体インプラント

【課題】力学的特性が骨に近く、骨に対して強固にかつ短時間で結合することのできる生体インプラントを提供すること。
【解決手段】エンジニアリングプラスチックで形成された生体インプラントであって、
少なくとも一種の親水性官能基が付与されて成る親水性表面を有し、
前記親水性表面における前記親水性官能基の少なくとも一種の割合が、前記親水性官能基における中心原子についてX線光電子分光法測定で得られるピークを波形分離したときに、前記親水性官能基に相当するピークの面積比率として30%以上であることを特徴とする生体インプラント。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は生体インプラントに関し、更に、力学的特性が骨に近く、骨との強固な結合を短時間で形成することのできる生体インプラントに関する。
【背景技術】
【0002】
従来において、生体に埋入することができる素材、例えば生体インプラントの開発が行われてきた。具体的な素材として、セラミック材料、チタン等の金属材料、及びエンジニアリングプラスチック等が採用されている。特に、近来では、エンジニアリングプラスチックが、生体骨の特性に近いので、注目されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、ポリエーテルエーテルケトン等のエンジニアリングプラスチックを主材料として採用し、生体骨との結合性を得ることを目的として、表面の一部が少なくとも2μmの表面粗さを有することを特徴とする椎間インプラントを開示している。
【0004】
特許文献2には、ポリエーテルエーテルケトン等のエンジニアリングプラスチックを人工骨主材料として採用し、生体骨との結合性を得ることを目的として、生物活性微粒子セラミックを混合した整形外科用組成物を開示している。
【0005】
しかしながら、いずれの先行技術においても、エンジニアリングプラスチックの親水性が十分ではなかったので、生体との親和性に向上の余地があった。更に、先行技術においては、生体骨との結合にも長時間を要していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4331481号
【特許文献2】特表2004−521685号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
この発明が解決しようとする課題は、骨に対して強固にかつ短時間で結合することができるように、基材の表面に高い親水性を有し、更に力学的特性が骨に近い生体インプラントを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するための手段としては、
(1)エンジニアリングプラスチックで形成された生体インプラントであって、
少なくとも一種の親水性官能基が付与されて成る親水性表面を有し、
前記親水性表面における前記親水性官能基の少なくとも一種の割合が、前記親水性官能基における中心原子についてX線光電子分光法測定で得られるピークを波形分離したときに、前記親水性官能基に相当するピークの面積比率として30%以上であることを特徴とする生体インプラント、
(2)前記エンジニアリングプラスチックは、ポリエーテルエーテルケトンである(1)に記載の生体インプラント、
(3)前記親水性表面が、大気圧プラズマ処理により形成される(1)又は(2)に記載の生体インプラント、
(4)前記親水性表面に生体活性物質が担持されている(1)〜(3)のいずれか一つに記載の生体インプラント、
(5)前記生体活性物質がリン酸カルシウム化合物である(4)に記載の生体インプラント、及び、
(6)前記リン酸カルシウム化合物がヒドロキシアパタイトである(5)に記載の生体インプラントを挙げることができる。
【発明の効果】
【0009】
この発明によると、骨に対して強固にかつ短時間で結合することができるように、基材表面に高い親水性を有し、更に力学的特性が骨に近い生体インプラントを提供することができる。つまり、この発明によれば、生体インプラントの基材表面に高い親水性を付与することによって、生体内の体液と基材表面との親和性が高くなるので、骨形成に寄与する細胞及びタンパク質が基材表面に接着し易くなり、結果として骨に対して短時間で結合することができる。また、親水性官能基が体液中のカルシウムイオンを基材表面に誘引し、続いて誘引されたカルシウムイオンがリン酸イオンを誘引することで、骨形成の起点となるアパタイト核の生成を誘起することができ、骨に対して強固にかつ短時間で結合することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、この発明の一実施態様である生体インプラントを示す概略図である。
【図2】図2は、図1に示す生体インプラントとカルシウムイオンと細胞とを示す概略図である。
【図3】図3は、図1に示す生体インプラントとカルシウムイオンと細胞とリン酸イオンとを示す概略図である。
【図4】図4は、図1に示す生体インプラントと細胞とアパタイト核とを示す概略図である。
【図5】図5は、第1実施例のC1sピーク及びO1sピークの波形分離結果である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
この発明に係る生体インプラントは、エンジニアリングプラスチックで形成された生体インプラントであって、少なくとも一種の親水性官能基が付与されて成る親水性表面を有し、前記親水性表面における少なくとも一種の前記親水性官能基の割合が、前記親水性官能基における中心原子についてX線光電子分光法測定で得られるピークを波形分離したときに、前記親水性官能基に相当するピークの面積比率として30%以上である。
【0012】
生体内に埋入され得る生体インプラントは、通常、種々の金属、セラミック、樹脂化合物又はそれらの混合物を成形加工することにより形成される。生体インプラントは、生体の埋入する箇所に応じて形状を決定すれば良く、例えば塊状、棒状及び粒状等を採用することができる。
【0013】
この発明に係る生体インプラントは、エンジニアリングプラスチック、好ましくはポリエーテルエーテルケトン(以下、「PEEK」と略称することがある。)で形成されている。PEEKが高い生体適合性を有していること、PEEKの力学的特性がヒトの骨の力学的特性に近似していること、PEEKが、放射線に対する耐性、オートクレーブ等に対する耐熱性、及び種々の薬品に対する耐薬品性を有していること、並びに、生体の体液等に対してPEEKからの溶出物が少ないこと等に鑑みると、PEEKが生体インプラントの材料として最適である。PEEKで生体インプラントを形成する方法としては、例えば射出成形、押出成形、圧縮成形、トランスファー成形、ブロー成形又は注型成形等を挙げることができる。PEEKを用いて所望の形状に成形した成形体を生体インプラントとしても良く、成形体を粉砕するなどして形成された粒状体を生体インプラントとしても良い。
【0014】
なお、この発明に係る生体インプラントにおいては、PEEKと種々の繊維とを混合することにより、PEEKの機械的強度を向上させることができる。上記繊維としては、炭素繊維、ガラス繊維、セラミック繊維、金属繊維及び有機繊維等を挙げることができる。炭素繊維としては、カーボンナノチューブ等を挙げることができる。ガラス繊維としては、ホウケイ酸ガラス、高強度ガラス及び高弾性ガラス等の各繊維を挙げることができる。セラミック繊維としては、炭化ケイ素、窒化ケイ素、アルミナ、チタン酸カリウム、炭化ホウ素、酸化マグネシウム、酸化亜鉛、ホウ酸アルミニウム及びホウ素等の各繊維を挙げることができる。金属繊維としては、タングステン、モリブデン、ステンレス、スチール及びタンタル等の各繊維を挙げることができる。有機繊維としては、ポリビニルアルコール、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリエステル及びアラミド等の各繊維を挙げることができる。種々の繊維は混合して用いても良い。
【0015】
この発明に係る生体インプラントは、その表面に親水性官能基が付与されて成る親水性表面を有する。前記親水性表面は、親水性官能基が付与されない生体インプラントの表面に比べて、親水性官能基により親水性が向上している。したがって、親水性表面を有する生体インプラントは、生体の体液に対しても親和性を有し、骨形成に関与する細胞及びタンパク質とも親和性が高くなるので、生体に埋入するのに適している。親水性表面を形成する方法としては、例えば低圧プラズマ処理、UVオゾン処理及び大気圧プラズマ処理等を挙げることができる。親水性表面の形成方法の詳細については、後述する。
【0016】
前記親水性官能基としては、親水性を有する限り、アニオン性及びカチオン性のいずれの性質を有する官能基であっても良い。なお、この発明に係る生体インプラントにおいて、親水性官能基がアニオン性の官能基であると、生体内において表面が府に帯電することにより体液中のカルシウムイオンを基材表面に誘引し、続いて体液中のカルシウムイオンがリン酸イオンを誘引することで、骨形成の起点となるアパタイト核の生成を誘起することができるので、特に好ましい。親水性であってかつアニオン性の官能基としては、例えば水酸基、カルボキシル基、リン酸基及びスルホ基等を挙げることができる。
【0017】
なお、この発明に係る生体インプラントにおいては、前記親水性官能基、例えば水酸基、カルボキシル基、リン酸基、及びスルホ基がPEEKの表面に付与されていても良く、前記親水性官能基が塩の状態であっても良い。
【0018】
前記親水性官能基が付与されていることの確認、及び前記親水性官能基の種類及び量の同定をすることのできる方法としては、例えばX線光電子分光法、フーリエ変換赤外吸収分光法及び水接触角測定等を挙げることができる。特に、X線光電子分光法(以下、「XPS」と称することがある。)は様々な原子の結合状態の同定が容易であるので好ましい。
【0019】
この発明に係る生体インプラントの親水性表面をXPSにより測定することにより、親水性官能基由来のピークを検出することができる。詳述すると、親水性官能基、例えばカルボキシル基における中心原子の炭素原子についてXPS測定で得られるピークの波形分離をした上で、親水性官能基であるカルボキシル基に相当するピーク面積比率を算出することにより、前記親水性表面における親水性官能基であるカルボキシル基の割合を算出することができる。前記中心原子は、親水性官能基に含まれる原子のうち、PEEKの主鎖に直接結合する原子である。前記中心原子としては、例えば親水性官能基が水酸基である場合は酸素原子であり、カルボキシル基である場合は上述したように炭素原子であり、リン酸基である場合はリン原子であり、スルホ基である場合は硫黄原子である。このように、親水性官能基の種類に従って、各々の割合を算出することができる。
【0020】
例えば、XPS測定について、親水性官能基がカルボキシル基である場合は、図5に示すように、先ず、カルボキシル基の中心原子であるところの炭素原子についての1s軌道電子に関するピーク、すなわちC1s波形のみを抽出する。次いで、C1s波形分離をすることにより、カルボキシル基のピークを特定する。続いて、C1s波形分離で得られた、π結合ピークを除く全ピークの面積の総和を求め、この総和に対するカルボキシル基のピーク面積の割合を算出する。この算出したピーク面積の割合が、前記親水性表面における親水性官能基、例えばカルボキシル基の割合である。
【0021】
なお、親水性官能基が水酸基である場合は、中心原始が酸素原子であり、O1s波形を波形分離することにより水酸基に相当するピークの面積比率を求める。O1s波形の場合は、カルボキシル基と水酸基のピークとが同じ箇所に出現し、カルボキシル基に相当するピークと水酸基に相当するピークとを分離することが困難であるので、例えば以下に示すようにして、O1s波形における水酸基に相当するピークの面積比率を求めることができる。
【0022】
先ず、カルボキシル基に相当するピークと水酸基に相当するピークとが重複しているピークを単一のピーク(以下、ピークAと称することがある。)として捉え、O1s波形分離で得られた各ピーク面積の総和に対するピークAの面積比率(以下、面積比率aと称することがある。)と、ケトン結合に相当するピーク(以下、ピークBと称することがある。)の面積比率(以下、面積比率bと称することがある。)とを求める。
【0023】
次に、同一対象についてC1s波形の波形分離をすることによって求められるカルボキシル基に相当するピーク(以下、ピークCと称することがある。)の面積比率(以下、面積比率cと称することがある。)と、ケトン結合に相当するピーク(以下、ピークDと称することがある。)の面積比率(以下、面積比率dと称することがある。)とを求める。
【0024】
求めた前記面積比率a、b、c及びdと以下の式1とを用いることにより、O1s波形全体のピーク面積に対する水酸基に相当するピークの面積比率(以下、面積比率eと称することがある。)を求めることができる。
【0025】
【数1】

【0026】
なお、面積比率aは、カルボキシル基のピーク面積と水酸基のピーク面積との和をO1s波形における全ピーク面積の総和で除して算出される。また、面積比率bは、ケトン結合のピーク面積をO1s波形における全ピーク面積の総和で除して算出される。更に、面積比率cは、カルボキシル基のピーク面積をπ結合を除いたC1s波形における全ピーク面積の総和で除して算出される。面積比率dは、ケトン結合のピーク面積をπ結合を除いたC1s波形における全ピーク面積の総和で除して算出される。面積比率eは、O1s波形における全ピーク面積の総和中の水酸基のピーク面積の割合である。
【0027】
式1における右辺の「b×(c/d)」は、O1s波形におけるカルボキシル基に相当するピークの面積比率に相当する。この値を求めることにより、ピークAに含まれるピーク成分、すなわちカルボキシル基のピークと水酸基のピークとを分離することができ、結果として面積比率e求めることができる。
【0028】
なお、基材がPEEKの場合、エーテル結合のピークもC1s波形及びO1s波形中に含まれるので、ピークAのピーク成分を分離するには、O1s波形におけるエーテル結合に相当するピークの、O1s波形全体のピーク面積に対する面積比率(以下、面積比率fと称することがある。)と、C1s波形におけるエーテル結合に相当するピークの、C1s波形全体のピーク面積に対する面積比率(以下、面積比率gと称することがある。)とを求めて、面積比率f及びgを面積比率b及びdに代入することができる。
【0029】
また、親水性官能基がリン酸基である場合は、中心原子がリン原子であり、P2p波形に対するリン酸基のピーク面積の割合を算出すると良い。更に、親水性官能基がスルホ基である場合は、中心原子が硫黄原子であり、S2p波形に対するスルホ基のピーク面積の割合を算出すると良い。
【0030】
この発明に係る生体インプラントは、前記親水性表面における親水性官能基の少なくとも一種の割合が前記ピーク面積比率で30%以上、好ましくは30〜85%である。前記親水性表面における親水性官能基の少なくとも一種の割合が前記ピーク面積比率で30%未満であると、骨形成に関与する細胞の親水性表面に対する接着性が充分ではないので、骨との結合強度が強固になり難く、更に骨との結合に長時間を要することもある。前記親水性表面における親水性官能基の少なくとも一種の割合が、前記ピーク面積比率で30〜85%であれば、基材表面の親水化処理に長時間を要することが無いので好ましい。
【0031】
この発明に係る生体インプラントにおいては、前記親水性表面における親水性官能基の内、カルボキシル基の割合が高いほど良い。カルボキシル基には、アパタイト核の生成能があり、カルボキシル基の表面への導入量が多いと、生体内での骨形成が特に促進されることが期待できる。
【0032】
前記親水性官能基における中心原子についてXPS測定するとき、例えばC1s波形は280〜294eV、P2p波形は127〜142eV、S2p波形は160〜174eV、O1s波形は526〜536eVの範囲に所望のピーク波形を検出することができる。
【0033】
ここで、この発明に係る生体インプラントの製造方法及びこの発明に係る生体インプラントの作用について説明する。
【0034】
先ず、PEEKを例えば射出成形により成形する。更に、生体インプラントの形状として塊状、棒状及び粒状等を選択する。粒状の生体インプラントであれば、成形したPEEKを例えば直径0.35〜10mmの粒状に加工すればよい。また、塊状又は棒状の生体インプラントであれば、成形したPEEKを所望の大きさに成るように加工すればよい。
【0035】
次いで、親水性官能基をPEEKに付与する。親水性官能基を付与する方法としては、低圧酸素プラズマ処理、UVオゾン処理及び大気圧プラズマ処理が好ましく、特に優れた親水性表面を得ることのできる大気圧プラズマ処理が特に好ましい。親水性官能基についてXPS測定したときに、少なくとも一種の親水性官能基の上記ピーク面積比率が30%以上と成るように、大気圧プラズマ処理を行うと良い。大気圧プラズマ処理の処理条件については、この発明に係る生体インプラントの作用説明の後に説明する。前記大気圧プラズマで親水性官能基をPEEKの表面に特定の割合で付与することにより、親水性表面を形成することができる。これにより、この発明に係る生体インプラントを得ることができる。
【0036】
この発明に係る生体インプラントは、力学的特性が骨に近く、骨との強固な結合を短時間で形成することができる。この発明に係る生体インプラントと骨との結合が強固であることについては、図面を参照しつつ説明する。
【0037】
図1には、この発明の一実施態様である生体インプラント1が示されている。生体インプラント1は、PEEK2の表面に親水性官能基3の一例である水酸基及びカルボキシル基が付与されて成る親水性表面4(以下、単に「表面4」と称することがある。)を有する。図1に示す生体インプラント1は、図示しない体液中に設置されているので、カルボキシル基3が電離してプロトンを放出することによりカルボキシラートと成った状態であり、「−COO」として示し、水酸基を「−OH」として示した。
【0038】
図2に示すように、親水性を有する表面4においては、表面4と生体内の体液との親和性が高いので、体液中に含まれる骨形成に寄与することのできる細胞5及びタンパク質(図示せず)が、接着している。親水性を有する表面4は、親水性を有しない基材表面よりも早く上記細胞及びタンパク質等が接着することになる。細胞5及びタンパク質等が接着している、いないに関わらず、図2に示すように、体液中に溶解しているカルシウムイオンが、親水性官能基3に誘引される。
【0039】
更に、図3に示すように、生体インプラント1における親水性表面4近傍のカルシウムイオン濃度が高くなると、体液中に溶解しているリン酸イオンが誘引される。体液中のリン酸イオンがカルボキシル基近傍のカルシウムイオンに引き寄せられて、カルボキシル基及びカルシウムイオン近傍に留まることになる。
【0040】
親水性官能基3近傍にカルシウムイオン及びリン酸イオンが留まると、生体インプラント1近傍におけるカルシウムイオン及びリン酸イオンの濃度が上昇する。更に、表面4近傍においてアパタイトの形成可能濃度以上、つまりカルシウムイオン及びリン酸イオンの過飽和度以上に達すると、図4に示すように、アパタイト核6が表面4に生成する。アパタイト核6には、更にカルシウムイオン及びリン酸イオン、またその他の化合物も誘引されることにより、アパタイト核6を核としてヒドロキシアパタイトが形成される。一方、表面4の上に接着した細胞5は、徐々に増殖することとなる。
【0041】
親水性官能基3と、アパタイト核6に含まれるカルシウムイオン及びリン酸イオンとは、化学結合によって結合している。これにより、生体インプラント1とヒドロキシアパタイトとは、強固に結合することとなる。すなわち、PEEK2の表面4が形成されると、骨形成に寄与する細胞の接着性が増加し、更には化学的にはアパタイト核6が生成するので、この発明に係る生体インプラントは骨との強固な結合を短時間に形成することができる。
【0042】
更にいうと、この発明に係る生体インプラントは、親水性表面における親水性官能基の少なくとも一種の割合が前記ピーク面積比率で30%以上の高密度であることによって、高い親水性により生体インプラント1の表面4に細胞5及びタンパク質の接着を早めることができる。また、体液中の多量のカルシウムイオン及びリン酸イオンを化学結合によって親水性表面4近傍に留めておくことができるので、アパタイト核6が生成し、ヒドロキシアパタイトに成長するまでを短時間で達成することができる。
【0043】
以下に、前記大気圧プラズマ処理について、説明する。
【0044】
PEEKに対して大気圧プラズマ処理をすると、PEEKに親水性官能基が付与されて親水性表面が形成される。大気圧プラズマ処理は、密度の高いプラズマを大気圧下で材料の表面に直接衝突させることにより、材料の表面に種々の官能基を付与し、材料の表面を活性化させることのできる処理である。大気圧プラズマ処理において、プラズマ発生部を材料表面上で走査させても良いし、プラズマ発生部を固定し、材料ステージを移動して処理するようにしても良い。材料表面上にプラズマを照射する時間は、照射するプラズマの密度、発生させるラジカルの濃度、及びプラズマの照射幅等と処理する材料表面の面積との関係に応じて適宜に設定すれば良い。なお、材料表面にプラズマを長時間照射することで材料表面の活性化が進行するので、材料表面への親水性官能基の導入量をプラズマの照射時間で調整することも可能である。
【0045】
前記親水性表面における親水性官能基の少なくとも一種の割合が前記ピーク面積比率で30%以上の高密度となる大気圧プラズマ処理の処理条件としては、例えばプラズマ電子密度が1011〜1016個/cmであり、ガスの種類がアルゴンと酸素との混合ガスであり、酸素濃度が0.5〜5%であり、ガス流量が1〜20L/分であり、照射距離が0.5〜30mmであり、材料表面上へのプラズマ照射時間が30秒/cm〜30分/cmである条件を挙げることができる。
【0046】
この発明に係る生体インプラントの更なる好ましい態様としては、親水性官能基を有する表面に生体活性物質が担持されている態様を挙げることができる。前記生体活性物質としては、生体内における骨との化学的結合能を有する物質である限り特に制限はされないが、例えばリン酸カルシウム化合物、バイオガラス、結晶化ガラス(ガラスセラミックスとも称する。)、炭酸カルシウム等が挙げられる。リン酸カルシウム化合物としては、例えば、リン酸水素カルシウム、リン酸水素カルシウム水和物、リン酸二水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム水和物、α型リン酸三カルシウム、β型リン酸三カルシウム、ドロマイト、リン酸四カルシウム、リン酸八カルシウム、ヒドロキシアパタイト、フッ素アパタイト、炭酸アパタイト及び塩素アパタイト等が挙げられる。バイオガラスとしては、例えば、SiO−CaO−NaO−P系ガラス、SiO−CaO−NaO−P−KO−MgO系ガラス、及び、SiO−CaO−Al−P系ガラス等が挙げられる。結晶化ガラスとしては、例えば、SiO−CaO−MgO−P系ガラス(アパタイトウォラストナイト結晶化ガラスとも称する。)、及び、CaO−Al−P系ガラス等が挙げられる。これらのリン酸カルシウム系材料、バイオガラス及び結晶化ガラスは、例えば、「化学便覧 応用化学編 第6版」(日本化学会、平成15年1月30日発行、丸善株式会社)、「バイオセラミックスの開発と臨床」(青木秀希ら編著、1987年4月10日発行、クインテッセンス出版株式会社)等に詳述されている。なお、上述した生体活性物質のうち、リン酸カルシウム化合物が好ましく、ヒドロキシアパタイトが特に好ましい。
【0047】
親水性表面に生体活性物質、例えばヒドロキシアパタイトを担持する方法としては、例えばカルシウムイオンを含む溶液とリン酸イオンを含む溶液とに、この発明に係る生体インプラントを交互に一定時間ずつ浸漬する方法を挙げることができる。カルシウムイオンを含む溶液とリン酸イオンを含む溶液とに、生体インプラントを浸漬する順序は、特に限定されない。浸漬時間は、それぞれ1分〜5時間が好ましく、3分〜3時間が特に好ましい。1分〜5時間の範囲内であれば良く、この浸漬時間であると、親水性表面に充分量のカルシウムイオン及びリン酸イオンが担持される。
【0048】
前記カルシウムイオンを含む溶液としては、例えば10mMのカルシウムイオンを含む溶液を挙げることができる。前記カルシウムイオンを含む溶液は、少なくともカルシウムイオンを含んでいれば良く、ナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、炭酸イオン、ケイ酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、塩素イオン、水素イオンなどを含んでいても良いが、リン酸イオンは実質的に含まないほうが好ましい。具体的に、カルシウムイオンを含む溶液としては、通常、水溶性が高く、人体に悪影響を与えない化合物の水溶液を挙げることができ、例えば、塩化カルシウム、水酸化カルシウム、硝酸カルシウム、蟻酸カルシウム、酢酸カルシウム、プロピオン酸カルシウム、酪酸カルシウム又は乳酸カルシウムの各水溶液、及びこれらの混合溶液等が挙げられ、塩化カルシウムの水溶液が好ましい。
【0049】
前記リン酸イオンを含む溶液としては、例えば10mMのリン酸イオンを含む溶液を挙げることができる。前記リン酸イオンを含む溶液は、少なくともリン酸イオンを含んでいれば良く、ナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、炭酸イオン、ケイ酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、塩素イオン、水素イオンなどを含んでいても良いが、カルシウムイオンは実質的に含まないほうが好ましい。具体的に、リン酸イオンを含む溶液としては、通常、水溶性が高く、人体に悪影響を与えない化合物の水溶液を挙げることができ、例えば、リン酸、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二カリウム又はリン酸二水素カリウムの各水溶液、及びこれらの混合溶液等が挙げられ、リン酸水素二カリウムの水溶液が好ましい。
【0050】
なお、カルシウムイオンを含む溶液とリン酸イオンを含む溶液とに基材を浸漬した後で、例えば大気圧プラズマ処理等で基材表面に親水性官能基を導入することが好ましい。この順番での処理を行うと、導入される親水性官能基の末端部分に多量のヒドロキシアパタイトが吸着することによって基材表面の親水性が低下するという状態を生じ難くすることができると共に、充分な親水性官能基を確保することができる。
【0051】
生体活性物質の担持は、上記の方法に限られず、例えば基材を、予め多量の生体活性物質を含む溶液に浸漬し、これを乾燥させた後、例えば大気圧プラズマ処理によって基材表面に親水性官能基を導入しても良い。
【0052】
上記のように、この発明に係る生体インプラントの表面に親水性官能基と生体活性物質とを共存させた場合、親水性官能基自身のアパタイト核形成能の寄与に加えて、生体活性物質が生体インプラントの表面近傍のカルシウムイオンの上昇に寄与し、結果として親水性官能基及び生体活性物質におけるアパタイト核形成能が高まるので、骨との強固な結合がより一層早く進行することになる。
【実施例1】
【0053】
(試料の作製)
棒状のPEEK(φ10×1000mm、VICTREX社製)からφ10×2mmの大きさの成形体を複数個切り出し、表面を♯1000のサンドペーパーで研磨して試料とした。実施例として、プラズマ電子密度が1011〜1016個/cmであり、ガスの種類がアルゴンと酸素との混合ガスであり、酸素濃度が1%であり、ガス流量が5L/分であり、照射距離が1mmであり、材料表面上へのプラズマ照射時間が1分/cmである条件で大気圧プラズマ処理をPEEK表面に対して行った。
【0054】
(XPS測定)
XPS測定装置として、アルバックファイ社製の走査型X線光電子分光分析装置(装置名:Quantera SXM)を用い、X線ビーム径は100μmφ、信号取り込み角は45.0°、パスエネルギーは280.0eVという測定条件で測定を行った。XPS測定で得られるC1sピークについて例えば図5に示すように波形分離したときに、PEEKに形成された親水性表面におけるカルボキシル基の割合は、表1に示すように、C1sのピーク面積比率で7.9%であった。O1sピークについて例えば図5に示すように波形分離したときに、PEEKに形成された親水性表面における水酸基の割合は、表1に示すように、O1sのピーク面積比率で45.3%であった。また、大気圧プラズマ処理直後の材料表面の水接触角は、表1に示すように、12.3°であった。なお、以下に示す実施例2及び比較例1〜4についても、実施例1と同様に、試料の測定結果を表1に示す。
【実施例2】
【0055】
実施例2では、大気圧プラズマ処理の処理条件において、材料表面上へのプラズマ照射時間を30秒/cmとしたこと以外は、実施例1と同様に処理を行った。実施例1と同様にXPS測定を実施例2についても行った結果、PEEKに形成された親水性表面におけるカルボキシル基の割合は、C1sのピーク面積比率で3.9%であった。また、PEEKに形成された親水性表面における水酸基の割合は、O1sのピーク面積比率で31.4%であった。大気圧プラズマ処理直後の材料表面の水接触角は35.4°であった。
【比較例1】
【0056】
比較例1では、大気圧プラズマ処理の処理条件において、材料表面上へのプラズマ照射時間を10秒/cmとしたこと以外は、実施例1と同様に処理を行った。実施例1と同様にXPS測定を比較例1についても行った結果、PEEKに形成された親水性表面におけるカルボキシル基の割合は、C1sのピーク面積比率で1.9%であった。また、PEEKに形成された親水性表面における水酸基の割合は、O1sのピーク面積比率で29.4%であった。大気圧プラズマ処理直後の材料表面の水接触角は41.0°であった。
【比較例2】
【0057】
比較例2では、基材としては実施例1と同様の材料を用いると共に、大気圧プラズマ処理の代わりに低圧酸素プラズマ処理装置(プラズマドライクリーナー、型式:PX−1000、SAMCO社製)を用い、出力500Wで処理時間10分の条件に設定して、低圧酸素プラズマ処理を行った。この低圧酸素プラズマ処理により付与された親水性官能基は、大気圧プラズマ処理した試料と同様に、水酸基及びカルボキシル基であった。実施例1と同様にXPS測定を比較例2についても行った結果、PEEKに形成された親水性表面におけるカルボキシル基の割合は、C1sのピーク面積比率で14.9%であった。また、PEEKに形成された親水性表面における水酸基の割合は、O1sのピーク面積比率で19.9%であった。低圧酸素プラズマ処理直後の材料表面の水接触角は14.1°であった。
【比較例3】
【0058】
比較例3では、基材としては実施例1と同様の材料を用いると共に、大気圧プラズマ処理の代わりにUVオゾン処理装置(卓上型光表面処理装置、型式:PL16−110、セン特殊光源株式会社製)を用い、254nmの照度が30mW/cmと成るように調整された光源と試料との距離を維持しつつ処理時間10分の条件に設定して、UVオゾン処理を行った。このUVオゾン処理により付与された親水性官能基は、大気圧プラズマ処理した試料及び低圧酸素プラズマ処理した試料と同様に、水酸基及びカルボキシル基であった。実施例1と同様にXPS測定を比較例3についても行った結果、PEEKに形成された親水性表面におけるカルボキシル基の割合は、C1sのピーク面積比率で18.9%であった。また、PEEKに形成された親水性表面における水酸基の割合は、O1sのピーク面積比率で3.1%であった。UVオゾン処理直後の材料表面の水接触角は18.3°であった。
【比較例4】
【0059】
比較例4では、大気圧プラズマ処理をしなかったこと以外は、実施例1と同様にして試料を作製した。実施例1と同様にXPS測定を比較例4についても行った結果、PEEKの表面におけるカルボキシル基の割合は、C1sのピーク面積比率で0%であった。また、PEEKの表面における水酸基の割合は、O1sのピーク面積比率で0%であった。この測定結果は、基材中に親水性官能基を含まないPEEKの理論値通りの結果であった。また、材料表面の水接触角は90.6°であった。
【0060】
【表1】

【0061】
(細胞接着性評価)
【0062】
実施例及び比較例の試料の表面における骨形成に関与する細胞の接着性を、マウス骨芽細胞様細胞(MC3T3−E1)を用いて評価することとした。具体的には、90%コンフルエントな状態になるようにMC3T3−E1を、10%の牛胎児血清及び抗生物質を含むα−MEM培地を用いて培養し、これを24穴の細胞培養用プレートに配置した各試料に細胞数4×10個/ウェルとなるように播種した。これを、37℃の5%COインキュベータ内で4時間培養後、試料を新たな24穴の細胞培養用プレートに移し、培養時と同量の培地を添加後、さらに、24時間培養し、Cell Counting Kit−8(株式会社同仁化学研究所製)を用いて、試料表面に接着している細胞数を計数した。結果は、表2に示す。
【0063】
細胞数を計数した結果、試料として未処理のPEEKを用いた比較例4の試料表面に接着している細胞数を100%としたときに、実施例1の試料表面に接着している細胞数は118%、実施例2の試料表面に接着している細胞数は111%、比較例1の試料表面に接着している細胞数は104%、比較例2の試料表面に接着している細胞数は105%、比較例3の試料表面に接着している細胞数は104%であった。
【0064】
【表2】

【0065】
以上の結果から、親水性表面における親水性官能基の少なくとも一種の割合が、その中心原子についてX線光電子分光法測定で得られるピークを波形分離したときに、親水性官能基に相当するピークの面積比率が30%以上であるこの発明に係る生体インプラントの実施例は、比較例よりも、細胞の初期接着性の面で優位である。更に、生体インプラントとして生体内に埋入したときに、試料表面へ細胞が速やかに接着することで比較例よりも骨形成が早く進行し、骨との強固な結合を短時間で形成することが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0066】
この発明に係る生体インプラントは、例えば骨補填材、人工関節部材、骨接合材、人工椎体、椎体間スペーサ、椎体ケージ及び人工歯根等に利用することができる。
【符号の説明】
【0067】
1 生体インプラント
2 ポリエーテルエーテルケトン
3 親水性官能基
4 親水性表面
5 細胞
6 アパタイト核

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジニアリングプラスチックで形成された生体インプラントであって、
少なくとも一種の親水性官能基が付与されて成る親水性表面を有し、
前記親水性表面における前記親水性官能基の少なくとも一種の割合が、前記親水性官能基における中心原子についてX線光電子分光法測定で得られるピークを波形分離したときに、前記親水性官能基に相当するピークの面積比率として30%以上であることを特徴とする生体インプラント。
【請求項2】
前記エンジニアリングプラスチックは、ポリエーテルエーテルケトンである請求項1に記載の生体インプラント。
【請求項3】
前記親水性表面が、大気圧プラズマ処理により形成される請求項1又は2に記載の生体インプラント。
【請求項4】
前記親水性表面に生体活性物質が担持されている請求項1〜3のいずれか一項に記載の生体インプラント。
【請求項5】
前記生体活性物質がリン酸カルシウム化合物である請求項4に記載の生体インプラント。
【請求項6】
前記リン酸カルシウム化合物がヒドロキシアパタイトである請求項5に記載の生体インプラント。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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