説明

生体触媒を用いたラクタム加水分解によるω−アミノカルボン酸の製造方法

【課題】12−アミノドデカン酸などのω-アミノカルボン酸を、ラクタムを原料として、少ない環境負荷で安価に製造する方法を提供すること。
【解決手段】水不溶性ラクタムをラクタマーゼと水相で接触させることを含む、ω−アミノカルボン酸の製造方法ならびにこの方法のための組成物およびキット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ω−アミノカルボン酸の製造方法に関する。より詳細には、水不溶性ラクタムをラクタマーゼと水相で接触させることを含む、ω−アミノカルボン酸の製造方法ならびにこの方法のための組成物およびキットに関する。
【背景技術】
【0002】
ω−アミノカルボン酸の一種である12−アミノドデカン酸は、ナイロン原料、接着剤原料、硬化剤原料などに用いられる。
【0003】
従来、12−アミノドデカン酸の製造方法としては、11−シアノウンデカン酸を還元する方法が知られていた。しかし、この方法には原料の11−シアノウンデカン酸を得るまでの多数の工程および多大な費用が必要とされた。
【0004】
そこで、安価なラウロラクタムを原料とする12−アミノドデカン酸の製造方法が検討された。このような方法としては、酸、塩基触媒を用いたラウロラクタムからの加水分解が例示される。しかしこの方法は、生成する12−アミノドデカン酸が塩を形成することから、当量以上の酸、塩基が必要であり、またその後の用途に用いるためには脱塩する必要があるので実用的ではなかった。さらに無触媒での加水分解も検討されたが、これには高温高圧の反応条件が必要であるのでエネルギー的に好ましくなく、また副生成物が生成するという問題点があった。
【0005】
一方、微生物菌体や酵素などの生体触媒によるラウロラクタムからの加水分解よる12−アミノドデカン酸の製造方法が本発明者らによって報告され(特許文献1参照)、常温、常圧の温和な条件で反応を進行させ、目的物が得られる可能性が示唆された。しかし、原料のラウロラクタムは水不溶性(水溶解度:30℃で0.0003g/ml)であり、一般的な水系媒質における酵素反応が使用できないので、生産性の向上のために反応条件等を検討する必要があった。
【0006】
非水溶性化合物を基質とする生体触媒反応の一般的方法の例としては、原料が可溶性である疎水性溶媒に原料を溶解し、生体触媒を溶解させた水系溶媒と混和させる二相系が挙げられる。しかし、ラウロラクタムはトルエンなどの疎水性溶媒への溶解度も低いので二相系においても基質濃度を上げることができず、従って生産性を向上させることができないことが予想された。また、有機溶媒を使用する化学プロセスには、有機溶媒の分離回収、廃液処理などが必要である。近年の環境問題意識の高まり、省エネルギー化の流れを考慮すれば、水系と比較して環境面、安全面、コスト面で不利な有機溶媒を使用する化学プロセスは好ましくなく、有機溶媒をまったく用いない系が望まれていた。
【0007】
水不溶性(または水難溶性)の基質から、生体触媒が溶解した水系溶媒中にて、水不溶性の生成物が得られた例はきわめて少ない。水難溶性のフマル酸カルシウム塩を水中での酵素反応で同じく水難溶性のリンゴ酸カルシウムに変換した例(非特許文献1)や、水難溶性の保護化アミノ酸を原料とした水中での酵素反応でペプチド結合を形成した例(非特許文献2)は知られているが、水不溶性基質の加水分解反応は報告されていない。
【特許文献1】特開2006−271378号公報
【非特許文献1】Kitahara, K. et al., J. Gen. Appl. Microbiol. 6(2):108-116 (1960)
【非特許文献2】Erbeldinger, M. et al., Enzyme and Microbial Technology 23:141-148 (1998)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、従来技術における上記のような課題を解決し、ナイロン原料等として有用な12−アミノドデカン酸などのω-アミノカルボン酸を、ラクタムを原料として、少ない環境負荷で安価に製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、安価に12−アミノドデカン酸を製造する方法に関して鋭意検討を行った結果、水不溶性のラクタムを有機溶媒などを用いて可溶化させることなく、生体触媒を含む水系媒質中、高濃度スラリー状態で加水分解して、同じく水不溶性のω-アミノカルボン酸を生成できることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、
[1]水不溶性ラクタムをラクタマーゼと水相で接触させることを含む、ω−アミノカルボン酸の製造方法;
[2]ω−アミノカルボン酸が水不溶性である、[1]の方法;
[3]水不溶性ラクタムがラウロラクタムであり、ω−アミノカルボン酸が12−アミノドデカン酸である、[1]または[2]の方法;
[4]非イオン系界面活性剤の存在下で水不溶性ラクタムをラクタマーゼと接触させる、[1]〜[3]のいずれかの方法;
[5]ω−アミノカルボン酸とラクタマーゼとを分離することをさらに含む、[1]〜[4]のいずれかの方法;
[6]分離したラクタマーゼを使用して水不溶性ラクタムからω−アミノカルボン酸を生成することをさらに含む、[5]の方法;
[7]ラクタマーゼを含有する、水不溶性ラクタムからのω−アミノカルボン酸の水相での生成のための組成物;
[8]ラクタマーゼおよび非イオン性界面活性剤を含む、水不溶性ラクタムからのω−アミノカルボン酸の水相での生成のためのキット;
[9]さらに水不溶性ラクタムを含む、[8]のキット、
に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、安全性、危険性に問題があり高価な有機溶媒を全く用いることなく、原料である水不溶性ラクタムを固体のまま水懸濁スラリー状態にて、水不溶性のω-アミノカルボン酸を製造することができる。加えて、生成物であるω-アミノカルボン酸が固体のまま生成するため、ろ過のような簡便な操作にて、反応系から生成物を単離でき、同時に、水に溶解した状態の生体触媒との分離も可能できる。以上により、ナイロン原料等として有用な12−アミノドデカン酸などのω-アミノカルボン酸を、ラクタムを原料として、少ない環境負荷にて、安価に製造する方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本明細書において用いる用語「水不溶性ラクタム」は、水不溶性のラクタム(すなわち環内に−CONH−なる原子団を含む環式化合物)を指す。本発明において使用する水不溶性ラクタムの炭素数は、例えば8〜16、好ましくは10〜14、より好ましくは11〜13であり、最も好ましくは12(すなわち、ラウロラクタム)である。ここで、本明細書において用いる用語「水不溶性」は、水系媒質に実質的に溶解しないことを指す。本発明者らは、ラウロラクタムが水系媒質にほとんど溶解しないにもかかわらずその大部分がラクタマーゼと接触させることによってω−アミノカルボン酸である12−アミノドデカン酸に加水分解されることを見出した。従って、「水不溶性」は、ラクタムの少なくとも大部分が水系媒質に溶解しない状態で基質として加水分解反応に供されることを意味する。具体的には、水不溶性は、30℃での水溶解度が、例えば0.01g/ml以下、好ましくは0.001g/ml以下、より好ましくは0.0003g/ml以下であることを意味する。基質として使用する水不溶性ラクタムの形状に限定はなく、例えば、ペレット状でも針状晶でもよい。ラクタマーゼとの接触の観点からは、単位重量当たりの面積が大きい形状が好ましい。
【0013】
本明細書において用いる用語「ω−アミノカルボン酸」は、上記水不溶性ラクタムの環を開裂する加水分解反応によって得られるアミノ基をもつカルボン酸を指す。1つの実施態様において、ω−アミノカルボン酸は水不溶性である。例えば、ラウロラクタムを加水分解することによって水不溶性の12−アミノドデカン酸(水溶解度:20℃で0.00019g/ml)が得られる。
【0014】
本明細書において用いる用語「水相」は、有機溶媒を含有せず、水系媒質からなる相を指す。例えば、水、生理食塩水、緩衝液などを水相での反応のために使用することができる。
【0015】
本明細書において用いる用語「ラクタマーゼ」は、ラクタムをω−アミノカルボン酸に加水分解する活性を有する酵素を指す。好ましくは、本発明で使用するラクタマーゼは、ラウロラクタムを12−アミノドデカン酸に加水分解する活性を有する。ラクタマーゼの例としては、特許文献1に記載されるクプリアビドスsp.(Cupriavidus sp.)T7(独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに平成17年2月18日に受託番号FERM P−20416のもと寄託)、アシドボラックスsp.(Acidovorax sp.)T31(独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに平成17年12月14日に受託番号FERM P−20734のもと寄託)、クプリアビドスsp.U124(独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに平成17年2月18日に受託番号FERM P−20418のもと寄託)、ロドコッカスsp.(Rhodococcus sp.)U224(独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに平成17年2月18日に受託番号FERM P−20419のもと寄託)、又はスフィンゴモナスsp.(Sphingomonas sp.)U238(独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに平成17年2月18日に受託番号FERM P−20420のもと寄託)由来のものが挙げられる。さらに、Tsuchiya, K. et al., J. Bacteriol. 171(6):3187-3191 (1989)に記載されるフラボバクテリウムsp.(Flavobacterium sp.)K172またはシュードモナスsp.(Pseudomonas sp.)NK87由来の6−アミノヘキサノアート−サイクリック−ダイマー ヒドロラーゼを使用することもできる(それぞれGenBank Accession No.M26953およびM26952)。
【0016】
ラクタマーゼは上記のような微生物の培養物から抽出、精製などによって得てもよく、あるいは上記のような微生物から得られたラクタマーゼをコードする遺伝子を適切な宿主(例えば、E.coli)に導入して得られた組換え体の培養物から得てもよい。クプリアビドスsp.T7、アシドボラックスsp.T31、クプリアビドスsp.U124、ロドコッカスsp.U224、スフィンゴモナスsp.U238、フラボバクテリウムsp.K172、シュードモナスsp.NK87由来の酵素のアミノ酸配列を配列番号1〜7に示す。例えば、ラクタマーゼをコードする遺伝子をE.coliを宿主として発現させる場合には、天然のヌクレオチド配列中に存在するE.coliによる使用頻度の低いコドン(レアコドン)をE.coliによる使用頻度の高いコドンに置換することによって、アミノ酸配列を変化させることなく効率よくラクタマーゼを発現させることができる。ラクタマーゼの精製には例えば特許文献1に記載される方法を使用することができる。ラクタマーゼの組換え発現のために使用される組換えDNA技術は当該分野において公知である。なお、ラクタマーゼのアミノ酸配列は上記のものに限定されない。例えば、これらの配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつラクタマーゼ活性を有するタンパク質を本発明に好適に使用することができる。あるいは、これらの配列と例えば90%以上、好ましくは95%、より好ましくは97%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列からなり、かつラクタマーゼ活性を有するタンパク質を本発明に好適に使用することができる。
【0017】
本発明によれば、ラクタマーゼは通常水系媒質に溶解または懸濁して不溶性ラクタムに作用させる。反応系におけるラクタマーゼの濃度は、例えば0.1mg/ml以上、好ましくは0.2mg/ml以上、より好ましくは0.5mg/ml以上、かつ例えば5mg/ml以下、好ましくは2mg/ml以下、より好ましくは1mg/ml以下である。また反応系における水不溶性ラクタムの濃度は、例えば10mg/ml以上、好ましくは20mg/ml以上、より好ましくは50mg/ml以上、かつ例えば500mg/ml以下、好ましくは300mg/ml以下である。例えば、ラウロラクタムを100mg/mlの濃度で水系媒質に入れると完全に溶解せず、スラリー状になる。このような状態でもラクタマーゼによる水不溶性ラクタムの加水分解反応は効率よく進行する。反応温度、反応時間は、使用するラクタマーゼの性質などに従って適切に決定することができる。
【0018】
本発明の方法の1つの実施態様において、非イオン系界面活性剤の存在下で水不溶性ラクタムをラクタマーゼと接触させる。本明細書において用いる用語「非イオン系界面活性剤」は、界面活性剤(水の表面張力の低下など、界面または表面の性質を変化させる性質(界面活性)を有する物質)のうち、親水基として非イオン基を含む界面活性剤を指す。非イオン系界面活性剤を使用すると、基質から生成物への転化率が向上する。これは、非イオン系界面活性剤によって酵素の基質への吸着が抑制されることに起因すると考えられる。これにより、使用する酵素量を減少させることも可能になる。酵素の基質への吸着を抑制する可能性のある他の物質(例えば、ウシ血清アルブミン)も同様に有効である可能性がある。非イオン系界面活性剤の例としてはTritonX−100、Tween−20などが挙げられる。
【0019】
水不溶性ラクタムからω−アミノカルボン酸への転化率は基質濃度、酵素濃度、反応温度、反応時間、界面活性剤の有無、反応容積などによって変動し得るが、例えば90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは99%以上とすることができる。
【0020】
1つの実施態様において、本発明の方法は、ω−アミノカルボン酸とラクタマーゼとを分離することをさらに含む。別の実施態様において、本発明の方法は、分離したラクタマーゼを使用して水不溶性ラクタムからω−アミノカルボン酸を生成することをさらに含む。基質のラクタムのみならず、生成物のω−アミノカルボン酸も水不溶性である場合は、分離は例えばろ過、遠心分離などの物理的手段によって簡便に実施することができる。上記のような非イオン系界面活性剤を使用すれば、ラクタマーゼの回収率をさらに向上させることができる。回収したラクタマーゼはそのまま次の反応に使用してもよく、あるいは硫安沈殿や限外ろ過などによって濃縮して使用してもよい。
【0021】
本発明は、上記の方法に使用される、ラクタマーゼを含有する組成物を提供する。さらに、本発明は、上記の方法に使用される、ラクタマーゼおよび非イオン系界面活性剤を含むキットを提供する。本発明のキットはさらに水不溶性ラクタムを含んでもよい。本発明の組成物、キットに含有され得るラクタマーゼ、非イオン性界面活性剤、水不溶性ラクタムは、上記したとおりである。
【0022】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0023】
実施例1:各種加水分解反応の検討
1−1.酵素の調製
アシドボラックスsp.T31(FERM P−20734)(特許文献1)由来のラクタマーゼコード配列中のE.coliによる使用頻度の低いコドン(レアコドン)をアミノ酸配列(配列番号2)が変化しないようにE.coliによる使用頻度の高いコドンに置換し、5’側にリボソーム結合部位(SD配列)を有し、さらに5’末端および3’末端にそれぞれ制限酵素HindIIIおよびXbaIの認識部位を付加したDNAを合成した。このDNAをプラスミドpUC19のマルチクローニングサイトのHindIII部位とXbaI部位の間に挿入し、このプラスミドをE.coli JM109に導入した。10Lの培養液から回収した菌体から特許文献1に記載の方法に従って超音波および除核酸処理、硫安分画ならびにイオン交換カラムクロマトグラフィーによって酵素を精製し、凍結乾燥した精製酵素0.3gを得た。
【0024】
1−2.加水分解反応
(i)二相系
30mlのスクリュー管に内部標準としてのテトラデカン(10mg)、基質としてのラウロラクタム(東京化成)39mg(0.02M)が溶解した各種有機溶媒9mlを加え、そこに1−1で得た精製酵素の溶液(0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0)中1mg/ml)1mlを加え、30℃で反応を開始させた。反応開始の1、3、6、24時間後に反応液から0.1ml分取し、メタノール0.9mlを加えて、下記条件でのガスクロマトグラフィーにてラウロラクタム残存量を定量した。結果を表1に示す。なお、表中*は完全に溶解していない場合の目安値を示す。
装置:島津 GC−1700
カラム:DB−1701(30m、0.25mmID)
カラム温度:180℃(3分間)、180℃から280℃に昇温(20℃/分)及び280℃(3分間)
Inj(注入部):270
Det.(検出部):290
スプリット比: 1:10
保持時間:7.54分(ラウロラクタム)、2.9分(テトラデカン:内部標準)
【0025】
【表1】

【0026】
(ii)逆ミセル系
界面活性剤(AOT、Span60またはTween20)の溶液(トルエン中100mM)10mlに基質としてのラウロラクタム39mgと内部標準としてのテトラデカン10mgを溶解又は分散させた。そこに精製酵素溶液(0.1Mリン酸緩衝液(pH 7)中5mg/ml)36μlを加え、充分に攪拌して均一な分散系を調製し反応を開始させた。反応は30mlスクリュー管中にて密栓して、30℃または40℃の恒温槽中200rpm旋回振とうして行った。上記(i)と同様に経時変化を測定した。結果を表2に示す。
【0027】
【表2】

【0028】
(iii)界面活性剤複合体系
精製酵素(50mMリン酸緩衝液(pH7)中1mg/ml)を界面活性剤Span60(MW430.63、Aldrich)または2C18GE(特開平6−303973号公報参照)(それぞれ、シクロヘキサン中10mM)と100mlナス型フラスコ中で混合し、ポリトロン型ホモジナイザーで攪拌乳化させた後、−80℃で凍結し、一晩凍結乾燥させて、界面活性剤複合体を得た。収量:Span60、250mg;2C18GE、330mg。
【0029】
30mlのスクリュー管に内部標準としてのテトラデカン10mg、基質39mg(0.02M)が溶解したt−ブチルメチルエーテル10mlを加え、そこに界面活性剤複合体5mgまたは10mgを加え、18μl(18mg)の水を添加し反応を開始させた。上記(i)と同様に経時変化を測定した。結果を表3に示す。
【0030】
【表3】

【0031】
(iv)PEG複合体系
エマルジョン法:精製酵素溶液(0.1M リン酸緩衝液(pH7.0)中10mg/ml)5mlにポリエチレングリコール(PEG20000、和光純薬)20mgを加え溶解させた。そこにシクロヘキサン13mlを加え、ポジトロンミキサーにて2分間攪拌しエマルジョンを形成させたものをドライアイス−エタノール浴にて凍結させた後、凍結乾燥させた。
【0032】
均一系法:精製酵素溶液(0.1M リン酸緩衝液(pH7.0)中10mg/ml)5mlにポリエチレングリコール(PEG 20000、和光純薬)20mgを加え溶解させた後、ドライアイス−エタノール浴にて凍結させた後、凍結乾燥させた。
【0033】
30mlのスクリュー管に内部標準としてのテトラデカン10mg、基質39mg(0.02M)が溶解した有機溶媒10mlを加え、そこにPEG複合体を3mg加え、18μl(18mg)の水を添加し反応を開始させた。上記(i)と同様に経時変化を測定した。結果を表4に示す。なお、表中*は完全に溶解していない場合の目安値を示す。
【0034】
【表4】

【0035】
基質が水不溶性である場合の生体触媒反応に一般的に使用される、有機溶媒を使用した上記4種類の反応のうち、ラウロラクタムの溶解度が非常に低い有機溶媒を用いた二相系反応において高い転化率が観察された。界面活性剤複合体では、ほとんど活性は見出せなかったが、PEG複合体は活性を示し、その活性は有機溶媒の疎水性が高くなるほど高かった。この傾向は二相系でも同様であり、有機溶媒と酵素反応に関する一般則と合致した。なお、ラウロラクタムは、疎水性の高い溶媒では溶解度が低く、一部が溶けたのみのスラリー状であった。
【0036】
実施例2:スラリー状態での反応
実施例1にて、ラウロラクタムの溶解度が非常に低い有機溶媒を用いた二相系反応においても、加水分解の進行が確認でき、基質がほとんど溶解していないスラリー状態にて、反応が進行していることが示された。そこで、有機溶媒を全く添加しない場合とラウロラクタムの溶解度が非常に低いイソオクタン添加系でラウロラクタム加水分解を行った。
【0037】
蓋付き試験管に、ラウロラクタム3.9mg、7.8mg、または19.5mgを量り取り、そこに精製酵素0.1mg、0.5mgまたは1.0mgを溶解した0.1Mリン酸緩衝液(pH7)1.0ml、またはイソオクタン0.9mlおよび0.1Mリン酸緩衝液(pH7)0.1mlを加え、30℃インキュベーター中、200rpm旋回振とうにより反応を行った。
【0038】
24時間後、3mlのアセトンを加えて攪拌し、反応を停止させた。次に内部標準としてのテトラデカン溶液(アセトン中5mg/ml)1.0mlを加え、ミキサーにて攪拌し、1500rpmで10分間遠心分離し、上清を分取し、実施例1と同様にガスクロマトグラフィー分析に供した。なお、基質、生成物とも溶解度が低く、反応系がスラリー状であったので、経時変化測定を行わず、24時間目のみを分析した。結果を表5に示す。
【0039】
【表5】

【0040】
本実施例の反応条件では、すべて高い転化率が示された。一般的に水に難溶性の固体は酵素反応を受けにくいと考えられていたが、予想外なことに、有機溶媒が存在する二相系のみならず、有機溶媒が存在しないスラリー状態の反応でも高い転化率が示された。
【0041】
実施例3:ラウロラクタムの形状の影響
ラウロラクタムとして針状晶(東京化成)または直径2〜3mmのペレット(宇部興産)を用いて加水分解反応を行った。蓋付き試験管(12ml)にラウロラクタム50mgを量り取り、精製酵素溶液(0.1Mリン酸緩衝液(pH7)中0.25mg/mlまたは2.5mg/ml)0.5mlを加え、30℃インキュベーター中、小型フットボール型攪拌子を加え、電磁スターラー(リモート・マルチ16型)にて攪拌(約1000rpm)することにより反応を行った。1、3、6または24時間後に8mlのメタノールを加えて攪拌し、反応を停止させた。次に内部標準としてのテトラデカン溶液(メタノール中5mg/ml)2.0mlを加え、ミキサーにて攪拌し、1500rpmで10分間遠心分離し、上清を分取して、実施例1と同様にガスクロマトグラフィー分析に供した。なおこの場合、スプリット比: 1:50、保持時間:7.9分(ラウロラクタム)、3.2分(テトラデカン:内部標準)であった。結果を表6に示す。
【0042】
【表6】

【0043】
酵素量の多い(2.5mg/ml)場合は、反応が非常に早く、針状晶を基質とした場合、3時間で転化率ほぼ100%に達した。ペレットを用いた場合の反応は若干遅かったが、時間と共に反応が進み、24時間後ではほぼ100%の転化率となった。目視においても、経時的にペレットの形状が崩れ、粉状に変化するのが確認できた。酵素量の少ない(0.25mg/ml)場合は、必ずしも反応時間と転化率との間に相関関係は見られず、特にペレットを使用した場合に大きなバラツキが認められた。この原因としては、用いるペレットの粒径の不均一性や、飛散による試験管上部への付着に加えて、基質への酵素の吸着の可能性が考えられた。
【0044】
実施例4:添加物の影響
実施例3において示唆された酵素の基質への吸着が転化率に及ぼす影響を検討するために、ELISAにおけるブロッキングなどとしてよく用いられる水溶性タンパクであるウシ血清アルブミン(BSA)またはノニオン系界面活性剤であるTritonX−100を反応系に添加し、その効果を、上記実施例において転化率のばらつき、反応の停止が認められた低酵素濃度で検討した。
【0045】
蓋付き試験管(12ml)にラウロラクタム(針状晶、東京化成)50mgを量り取り、BSA(2.5mg/ml、和光純薬)またはTritonX−100(0.01%、ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル、和光純薬)を含む精製酵素溶液(0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0)中0.25mg/ml)0.5mlを加え、30℃インキュベーター中、小型フットボール型攪拌子を加え、電磁スターラー(リモート・マルチ16型)にて攪拌(約1000rpm)することにより反応を行った。
【0046】
1、3、6、24時間後、8mlのメタノールを加えて攪拌し、反応を停止させた。次に内部標準としてのテトラデカン溶液(メタノール中5mg/ml)2.0mlを加え、ミキサーにて攪拌し、1500rpmで10分間遠心分離して上清を分取し、実施例3と同様にガスクロマトグラフィー分析に供した。結果を表7に示す。
【0047】
【表7】

【0048】
無添加区では転化率の頭打ちが認められた。それに対して、界面活性剤またはBSAを添加した場合、対照の無添加区に比べて転化率の向上が認められた。すなわち両者とも酵素の吸着抑制効果を有することが示された。特にTritonX−100添加区は経時的に転化率が高くなり、酵素量が少なくても(0.25mg/ml)24時間後に89%と非常に高い値を示した。
【0049】
実施例5:酵素回収率の検討
実施例4において、BSAや界面活性剤の添加が転化率向上に寄与し、酵素の吸着を抑制していることが示された。これにより、酵素を回収して再利用できる可能性が示唆された。反応後の上清からの酵素回収については、酵素濃度1.0mg/mlでは回収率がほぼ0%であること、TritonX−100の添加で回収率が改善されることが判明していた。本実施例では、酵素回収率に対するBSAまたはTween−20(TritonX−100と同様にノニオン系界面活性剤である)の添加効果を検討した。
【0050】
1回目の反応:蓋付き試験管(12ml)にラウロラクタム(針状晶、東京化成)50mgを量り取り、BSA(1mg/mlまたは10mg/ml、和光純薬)および/またはTween20(0.05%、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウラート、和光純薬)を含む精製酵素溶液(0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0)中1mg/mlを加え、30℃インキュベーター中、24時間小型フットボール型攪拌子を加え、電磁スターラー(リモート・マルチ16型)にて攪拌(約1000rpm)することにより反応を行った。
【0051】
2回目の反応:1回目の反応の後、反応液に0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0)0.5mlを加え、混合物をマイクロチューブに移し、3000rpmで10分間遠心分離し、上清0.5mlを分取し、2回目の反応に用いた。2回目の反応は、酵素液を上記回収液とした以外は、1回目と同様に行い、反応時間は1時間とした。反応開始の1時間後に8mlのメタノールを加えて攪拌し、反応を停止させた。次に内部標準としてのテトラデカン溶液(メタノール中5mg/ml)2.0mlを加え、ミキサーにて攪拌し、1500rpmで10分間遠心分離し、上清を分取し、実施例3と同様にガスクロマトグラフィー分析に供した。同様の操作を2回行って平均値を求めた。2回目の反応と同時に、1回目の反応液の代わりに、精製酵素溶液(1.0mg/ml)または精製酵素液を0.1Mリン酸緩衝液(pH7)にて2倍希釈したもの0.5mlを用いて同様の反応を行った。2回目の反応を行う際に1回目の反応液を2倍希釈していることを考慮し、転化物なしで2倍希釈した精製酵素溶液(最終濃度0.5mg/ml)を用いて得られた転化率に対する相対値を転化率比として算出した。結果を表8に示す。
【0052】
【表8】

【0053】
添加物を使用しない場合、1時間の反応では酵素濃度が1.0mg/mlでもまだ飽和状態に達しておらず、酵素添加量と転化率に相関関係が見られた。このことは、上記条件で得られた2回目の反応の転化率が、酵素の回収量の指標となることを示す。Tween20の添加が酵素の回収率に及ぼす効果は顕著であり、相当量の対照をわずかに上回る転化率となった。これは、回収率の向上と、活性測定時の界面活性剤の共存との相乗効果によるためと思われる。BSA添加区は、1mg/ml添加区ではほとんど効果が見られなかったが、10mg/ml濃度では、顕著な効果があった。
【0054】
実施例6:スケールアップした反応
上記の検討から、基質が高濃度(10wt%)のスラリー条件で反応が進行すること、酵素の吸着阻害や回収には界面活性剤の添加が有効であることが判明した。これらの知見に基づいて、本実施例では大スケール(50ml)で反応を行い生成物の収率、純度、回収率を検討した。同じ操作を2回行い平均値を算出した。
【0055】
ガラス製200ml反応器にラウロラクタム(針状晶、東京化成)5.00gを量り取り、精製酵素溶液(0.1wt%Tween20(ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウラート、和光純薬)を含有する0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0)中0.5mg/ml)50mlを加え、パラレル合成装置(ChemiStation PPV−CHA、EYERA)において、ブロックヒーター温度を35℃とし、マグネチックスターラーにて攪拌(500rpm)することにより24時間反応を行った。
【0056】
反応終了後、反応混合物をキリヤマ漏斗にて吸引ろ過した。ろ液は、希釈することなく、回収し、酵素活性測定、およびタンパク濃度測定に供した。ろ物は、純水(25ml×2)にて洗浄し、真空検体乾燥機にて減圧乾燥(80℃、16時間)し白色粉末状の生成物5.34gを得た。
【0057】
生成物5.0mgを精秤し、そこに内部標準としてのテトラデカン10.0mgを精秤して加え、メタノール10mlを加えてミキサーにて攪拌し、1500rpmで10分間遠心分離し、上清を分取し、以下の条件でのガスクロマトグラフィー分析に供した。標準サンプルとしては、生成物の代わりにラウロラクタム(東京化成)を用いた。その結果、転化率は99%以上であった。
装置:島津 GC−1700
カラム:DB−1701(30m、0.25mmID)
カラム温度:180℃(0分間)、180℃から280℃に昇温(20℃/分)及び280℃(0分間)
Inj(注入部):270
Det.(検出部):290
スプリット比: 1:50
保持時間:5.0分(ラウロラクタム)、2.4分(テトラデカン:内部標準)
【0058】
生成物の純度は、滴定法(検体を酢酸に溶解し、過塩素酸により中和滴定する)によって測定した。各サンプルについて2回反復して測定し、平均値から純度を算出した。その結果、純度は99.2%であった。
【0059】
上記実施例において観察された小スケールでの転化率が95%程度であったのに対して、本実施例において観察された大スケールでの転化率は99%以上とさらに向上した。これは、ラウロラクタムの加水分解反応が不均一な系での反応であり、小スケールでは器壁への未反応基質の付着が避けられなかったのに対して、大スケールでは器壁への付着をほとんど無くすことができたためと考えられる。また、小スケールの反応物から酵素含有液を回収しようとすると大部分が生成物の湿粉末に吸着した状態で回収が困難であったが、大スケールでは流動性も良く吸引ろ過にて9割程度回収できた。本実施例ではラウロラクタムのスラリー濃度を小スケールでの結果に基づいて10wt%としたが、大スケールの場合はさらに高濃度で反応できる余地があるようであった。このように、大スケールでの効率的なラウロラクタムの加水分解が可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明により、安全性、危険性に問題があり、高価な有機溶媒を全く用いることなく、原料である水不溶性ラクタムを固体のまま水懸濁スラリー状態にて、水不溶性のω-アミノカルボン酸を製造することができる。加えて生成物であるω-アミノカルボン酸が、固体のまま生成するため、ろ過のような簡便な操作にて、反応系から生成物を単離でき、同時に、水に溶解した状態の生体触媒との分離も可能できる。以上により、ナイロン原料等として有用な12−アミノドデカン酸などのω-アミノカルボン酸を、ラクタムを原料として、少ない環境負荷にて、安価に製造する方法を提供できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水不溶性ラクタムをラクタマーゼと水相で接触させることを含む、ω−アミノカルボン酸の製造方法。
【請求項2】
ω−アミノカルボン酸が水不溶性である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
水不溶性ラクタムがラウロラクタムであり、ω−アミノカルボン酸が12−アミノドデカン酸である、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
非イオン系界面活性剤の存在下で水不溶性ラクタムをラクタマーゼと接触させる、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
ω−アミノカルボン酸とラクタマーゼとを分離することをさらに含む、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
分離したラクタマーゼを使用して水不溶性ラクタムからω−アミノカルボン酸を生成することをさらに含む、請求項5記載の方法。
【請求項7】
ラクタマーゼを含有する、水不溶性ラクタムからのω−アミノカルボン酸の水相での生成のための組成物。
【請求項8】
ラクタマーゼおよび非イオン性界面活性剤を含む、水不溶性ラクタムからのω−アミノカルボン酸の水相での生成のためのキット。
【請求項9】
さらに水不溶性ラクタムを含む、請求項8記載のキット。

【公開番号】特開2010−4766(P2010−4766A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−165320(P2008−165320)
【出願日】平成20年6月25日(2008.6.25)
【出願人】(000000206)宇部興産株式会社 (2,022)
【出願人】(000236920)富山県 (197)
【Fターム(参考)】