説明

生体試料成分の分析方法

【課題】手指から採取した未知量の全血試料の血漿成分のいずれの成分に対しても簡便かつ正確に定量することのできる生体試料成分の分析方法を提供する。
【解決手段】本発明は、微量の血液中の生体試料成分を分析する方法であって、前記血液を入れる等張希釈緩衝液と、該等張希釈緩衝液中に含まれる内部標準物質を分析し、希釈率を算出し、前記血液中の血漿又は血清成分中の生体成分を分析することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、未定量や未酵素活性の生体試料である血液などを所定の緩衝液で希釈し、希釈された試料混合溶液から、生体試料成分の定量及び酵素活性を分析する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、微量の血液を所定の緩衝液で希釈し、希釈された試料混合溶液から、生体試料成分の定量及び酵素活性を分析する方法としては、内部標準物質としてグリセロール-3-リン酸やグリセロールを使用する方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−322829号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記した従来の生体試料成分の分析方法では、グリセロール-3-リン酸が生体に存在する酵素であるアルカリホスファターゼにより水解されるため、酵素の阻害剤であるEDTAを添加する必要があった。また、この阻害剤の添加では完全に酵素を阻害できないため、生成物阻害剤としてリン酸を更に添加する必要があった。これら2つの物質の添加によりアスパラギン酸トランスアミナーゼやアラニントランスアミナーゼの活性が低下する。このため、これらの酵素の活性化剤であるピリドキサールリン酸を更に添加することから他の生体成分測定への影響も生じることになった。グリセロールは血球内に浸透することや生体内にも存在することから正確な血漿希釈率を算定することができない問題を抱えていた。
【0005】
また、上記した従来の生体試料成分の分析方法では、緩衝液に採取した血液量による緩衝液の希釈率を求めるために内部標準物質としてグリセロール-3-リン酸が用いられているが、生体内に含まれるアルカリホスファターゼによりリン酸が水解を受け、グリセロールに変化してしまう。従って、血液を添加した後の保存時間が長いと正確な血液希釈率が得られないため、原血漿中の生体成分の濃度や酵素活性の信頼性が低下する。また、用いる緩衝液によっては生体成分の保存安定性が低下する。
【0006】
血液を採取する器具にはファイバーロッドを用いて、毛細管現象で血液をファイバー内に満たし、これを緩衝液中に落とし、血液成分を緩衝液に均等に分散させるが、そのためには十分な混合が必要である。
【0007】
本発明は、上記した課題を解決すべくなされたものであり、手指から採取した未知量の全血試料の血漿成分のいずれの成分に対しても簡便かつ正確に定量することのできる生体試料成分の分析方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記した目的を達成するため、本発明は、微量の血液中の生体試料成分を分析する方法であって、前記血液を入れる等張希釈緩衝液と、該等張希釈緩衝液中に含まれる内部標準物質を分析し、希釈率を算出し、前記血液中の血漿又は血清成分中の生体成分を分析することを特徴とする。
【0009】
本発明の生体試料成分の分析方法において、前記緩衝液の内部標準物質は長期間安定であり、前記緩衝液を入れる容器に吸着しない成分であり、前記内部標準物質は前記血液中にほとんど含まれていない物質であり、生化学自動分析装置で容易且つ精度よく分析可能な物質であるのが好ましい。
【0010】
また、本発明の生体試料成分の分析方法において、前記緩衝液中の内部標準物質は前記血球内に浸透しない成分であり、前記血漿や前記血清の希釈率を正確に反映可能な物質であるのが好ましい。
【0011】
さらに、本発明の生体試料成分の分析方法において、前記緩衝液は血球膜に対する浸透圧が等張で、血液が混合されても前記血球の溶血が生じない試薬組成を有しているのが好ましい。
【0012】
さらにまた、本発明の生体試料成分の分析方法において、前記緩衝液は前記血液中の生体試料成分を変性させることなく、安定に維持できる組成を有しているのが好ましい。
【0013】
さらに、本発明の生体試料成分の分析方法において、前記内部標準物質はコリンを含んでいるのが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、手指から採取した未知量の全血試料の血漿成分のいずれの成分に対しても簡便かつ正確に定量することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の生体試料成分の分析方法において使用する血液の組成を示す模式図である。
【図2】本発明の生体試料成分の分析方法において血液を所定の緩衝液で希釈した状態を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は以下の特徴を有する。すなわち、本発明の1つの特徴によれば、採取した未知濃度の血球を含む生体試料の成分を定量及び酵素活性分析する方法であって、生体試料にほとんど含まれない成分であって、血球膜を通過しない内部標準物質を用意し、これを緩衝液中に添加する。血液を添加する前の緩衝液中の内部標準物質濃度を分析し、その吸光度と血液添加後の希釈された緩衝液中の内部標準物質の濃度を測定することで、その吸光度の比率から血液中の血漿希釈率を求め、原血漿中の生体成分や酵素活性を求める。この場合、前記緩衝液の浸透圧がほぼ血液浸透圧となるように調製されるのが好ましい。
【0017】
血液を緩衝液で希釈したときの、血漿成分の正確な希釈率を求めるためには、緩衝液に入れる内部標準物質は生体内に存在しないか、ごく微量に存在する成分であり、緩衝液中で安定、容器に吸着しないことが必要である。また、他の生体成分に干渉しないことが必要である。さらに生体成分を安定に保存できる緩衝液であることが求められる。
【0018】
採取した血液が緩衝液に容易に混合される筒状の採取器具を用いる。血液の採取器具はファイバーロットを含まず、毛細管現象で吸引できる筒状の形状を用いることで、緩衝液中では容易に血液成分が分散することが可能となる。また、採血器具の内腔にはヘパリンやEDTAなどの抗凝固剤をコーティングして用いる。
【0019】
緩衝液中の血球成分は逆止弁機能を持つ、血球フィルターにより希釈血漿と血球を分離する。この機能により血球の溶血による影響を回避する機能を有する。内部標準物質添加緩衝液を入れる容器はその体積を極力小さくし、緩衝液を除く空間を極力小さくすることで、緩衝液の蒸発を押さえる。また、緩衝液量を少なくすることで血液の希釈率を小さくし、生体成分の濃度希釈を小さくし、より精度の高い測定値が得られるようにする。緩衝液の浸透圧は好ましくは、血球膜に対する浸透圧が200〜340mOsm/Lの範囲にある。
【0020】
緩衝液に加える内部標準物質は、生体内に無いかごく微量であること、血球内に浸透しないこと、生体成分に干渉を与えないこと、緩衝液内で安定であること、緩衝液の容器に吸着しないこと、精度よく測定できる検出系が利用できることなどが求められる。また、血球が溶血しないような浸透圧が血液とほぼ等張圧の緩衝液であることが求められる。
【0021】
表1には緩衝液の一例として、血球膜を透過しない内部標準物質の1つであるコリン及び血球膜を透過する内部標準物質の1つであるグリセロールを含有する、緩衝液の組成が示されている。
【0022】
【表1】


ここで、HEPESはN-2-ヒドロキシエチルピペラジン-N’-2-エタンスルホン酸である。
【0023】
表2には、血球膜を通過しない内部標準物質の1つであるコリンの測定試薬が示されている。
【0024】
【表2】


ここで、TOOSはN-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3-メチルアニリンナトリウム二水和物、Bis-Trisはビス(2-ヒドロキシエチル)イミノトリス(ヒドロキシメチル)メタンである。
【0025】
以下に、コリンの測定手順を示す。
【0026】
コリン測定にあたっては、上記R1およびR2を使用する。
1.4μlの混合生体試料と60μlのR1を混合し、37℃で5分間放置する。
2.596/694nm波長で吸光度を測定する。――A1(吸光度)
3.30μlのR2を混合し、37℃で5分間放置する。
4.596/694nm波長で吸光度を測定する。――A2(吸光度)
吸光度は測定値の差として表すことができる。従って、一般に吸光度はΔA=A2-A1として得られる。
【0027】
表3には、血球膜を通過する内部標準物質の1つであるグリセロールの測定試薬が示されている。
【0028】
【表3】


ここで、HEPESはN-2-ヒドロキシエチルピペラジン-N’-2-エタンスルホン酸、GPOはグリセロール3リン酸オキシダーゼ、EDTA2Naはエチレンジアミン四酢酸二ナトリウム、ADPSはN-エチル-N-スルホプロピル-3-メトキシアニリン、GKはグリセロールキナーゼ、PODはパーオキシダーゼ、ATP2Naはアデノシン5’-三りん酸二ナトリウム三水和物である。
【0029】
以下に、グリセロールの測定手順を示す。
【0030】
グリセロール測定にあたって、上記R1およびR2を使用する。
1.5μlの混合生体試料と80μlのを混合し、37℃で5分間放置する。
2.546/884nm波長で吸光度を測定する。――A3(吸光度)
3.40μlのR2を混合し、37℃で5分間放置する。
4.546/884nm波長で吸光度を測定する。――A4(吸光度)
吸光度は測定値の差として表すことができる。従って、一般に吸光度はΔA=A4-A3として得られる。
【0031】
吸光度と濃度の関係はLambert-Beerの法則によりA=εclであることが知られている。ここで、A(吸光度)、ε(モル吸光係数)、c(溶質のモル濃度)、l(光路長)である。吸光度(A)と溶質のモル濃度(c)は比例関係にあり、既知濃度の溶質が溶けた溶液を測定し得られた検量線を用いることによって、一般に未知試料中の溶質の濃度が算出される。
【0032】
図1に示すように、血液は、液体成分である血漿又は、血清と固体成分である血球によって構成されており、更に血球は血球膜などの固体成分とその内側に液体成分を有することが知られている。
【0033】
また、図2に示すように、血液を所定の緩衝液で希釈した場合、本来、血漿又は血清に存在する血球膜を透過しない成分は、緩衝液及び血漿又は、血清中に分布することになり、希釈される。この際、緩衝液に血球膜を透過しない内部標準物質が規定量溶解している場合、本来緩衝液中に存在するこの内部標準物質は、緩衝液及び血漿又は、血清中に分布することになり、希釈される。つまり、緩衝液中の血球膜を透過しない内部標準物質の初期濃度(C0)は、血液が添加されることによって濃度(C1)へ変化する。このC0及びC1によって、血漿又は、血清の希釈倍数(r1)=C0/(C0-C1)が算出される。ここで、本来血漿又は、血清に存在する血球膜を透過しない成分の希釈倍数は、血漿又は、血清の希釈倍数と等しいので、r1=(V0+V1)/V1=C0/(C0-C1)によって算出される。
【0034】
血球膜を透過する成分は本来血漿又は、血清及び血球内液体に存在し、血液を緩衝液で希釈する場合、緩衝液及び血漿又は、血清中及び血球内液体に分布することになり、希釈される。この際、緩衝液に血球膜を透過する内部標準物質が規定量溶解している場合、本来緩衝液中に存在するこの内部標準物質は、緩衝液及び血漿又は、血清及び血球液体中に分布することになり、希釈される。つまり、緩衝液中の血球膜を透過する内部標準物質の初期濃度(C2)は、血液が添加されることによって濃度(C3)へ変化する。このC2及びC3によって、血漿又は、血清及び血球液体の希釈倍数(r2)=(V0+V1+V2)/(V1+V2)=C2/(C2-C3)が算出される。ここで、本来血漿又は、血清及び血球液体に存在する血球膜を透過する成分の希釈倍数は、血漿又は、血清及び血球液体の希釈倍数と等しいので、r2=(V0+V1+V2)/(V1+V2)=C2/(C2-C3)によって算出される。
【0035】
これらは、以下の表4に示すいずれの場合でも利用可能である。
【0036】
【表4】


さらに、生体試料を血球膜に透過しない内部標準物質が含まれる溶液で希釈する際、内部標準物質が含まれる溶液の容量(V0)が定量であれば、内部標準物質から算出される血球膜を透過しない生体試料成分の希釈倍数(r1)より、血球膜を透過しない生体試料の容量(V1)が算出できる。
【0037】
すなわち、V1=V0/(r1-1)で算出できる。
【0038】
また、生体試料を血球膜に透過する内部標準物質が含まれる溶液で希釈する際、内部標準物質が含まれる溶液の容量(V0)が定量であれば、内部標準物質から算出される血球膜を透過する生体試料成分の希釈倍数(r2)より、血球膜を透過する生体試料の容量(V1+V2)が算出できる。
【0039】
すなわち、V1+V2=V0/(r2-1)で算出できる。
【0040】
血球膜を透過しない内部標準物質と血球膜を透過する内部標準物質が含まれる溶液で生体試料を希釈する際、V0とr1から求められるV1とV0とr2から求められるV1+V2の両式より、V2=(V1+V2)-V1=V0/(r2-1)-V0/(r1-1)が算出できる。
【0041】
血球は、65%の液体と35%の固体から成ることが知られている。
V2/(V2+V3)=0.65
V3=7/13*V2=7/13*{
V0/(r2-1)-V0/(r1-1)}
従って、血球膜を透過しない内部標準物質を含む溶液、血球膜を透過する内部標準物質を含む溶液又は、血球膜を透過しない内部標準物質と血球膜を透過する内部標準物質が含まれる溶液で生体試料を希釈する際、V0、r1、r2によってV1、V2、V3が算出可能である。
【0042】
さらに、V0、r1、r2、V1、V2、V3を組み合わせることによって、血漿又は、血清の量(V1)、血漿又は、血清の希釈倍数(r1)、血漿又は、血清及び血球液体の量(V1+V2)、血漿又は、血清及び血球液体の希釈倍数(r2)、血液量(V1+V2+V3)、血液の希釈倍数{(V0+V1+V2+V3)/(V1+V2+V3)}、血球量(V2+V3)、血球の希釈倍数{(V2+V3)/(V0+V2+V3)}、血球液体の量(V2)、血球液体の希釈倍数{V2/(V0+V1+V2)}、血球固体の量(V3)、血球固体の希釈倍数{V3/(V0+V1+V2+V3)}、ヘマトクリット値{(V2+V3)/(V1+V2+V3)}、緩衝液の量(V0)、緩衝液の血漿又は、血清に対する希釈倍数{(V0+V1)/V0}、緩衝液の血漿又は、血清及び血球液体に対する希釈倍数{(V0+V1+V2)/V0}、緩衝液の血液に対する希釈倍数{(V0+V1+V2+V3)/V0}、緩衝液の血球液体に対する希釈倍数{(V0+V2)/V0}、緩衝液の血球固体に対する希釈倍数{(V0+V3)/V0}、緩衝液の血球に対する希釈倍数{(V0+V2+V3)/V0}などが算出可能である。
【実施例】
【0043】
以下、本発明の実施例について説明する。
【0044】
指示物質としてコリンに着目し、コリンの吸光度を計測することにより、血漿成分のうち血球膜を透過しない物質に対する希釈倍数を算出した例である。
【0045】
小試験管9本を用意し、表1に示す緩衝液を表5に示すように正確に分注した。ついで、試験管1〜9にプール血清(3,000rpmで遠心分離して得られた10人分の血清をプールして保管したもの)を表5に示すように正確に分注した。分注後、ミキサー(AUTMATIC LAB MIXER MODEL TH-2)で5分間撹拌した。表5は、サンプル番号と対応する量及び、その理論倍数との関係を示す表である。
【0046】
【表5】


コリンを含有する緩衝液中のコリン濃度及び表5に記載の9サンプル中のコリン濃度を上記コリン測定試薬と測定条件にて自動分析機Bio Majesty JCA-BM2250(日本電子社製)にてその吸光度を測定した。コリンを含有する緩衝液を使用した場合の吸光度ΔA0は0.5257であり、サンプル1〜9の吸光度ΔAsは表5に示すとおりであった。ΔA0及び、ΔAsから希釈倍数〔=ΔA0/(ΔA0-ΔAs)〕を算出し、理論希釈倍数と比較した。結果を表6に示す。
【0047】
【表6】


上記の表から明らかなように、希釈倍数は18倍以下の場合には精度よく希釈倍数を算出することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微量の血液中の生体試料成分を分析する方法であって、
前記血液を入れる等張希釈緩衝液と、該等張希釈緩衝液中に含まれる内部標準物質を分析し、希釈率を算出し、前記血液中の血漿又は血清成分中の生体成分を分析することを特徴とする方法。
【請求項2】
前記緩衝液の内部標準物質は長期間安定であり、前記緩衝液を入れる容器に吸着しない成分であり、前記内部標準物質は前記血液中にほとんど含まれていない物質であり、生化学自動分析装置で容易且つ精度よく分析可能な物質である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記緩衝液中の内部標準物質は前記血球内に浸透しない成分であり、前記血漿や前記血清の希釈率を正確に反映可能な物質である請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記緩衝液は血球膜に対する浸透圧が等張で、血液が混合されても前記血球の溶血が生じない試薬組成を有している請求項1〜3のいずれか1の請求項に記載の方法。
【請求項5】
前記緩衝液は前記血液中の生体試料成分を変性させることなく、安定に維持できる組成を有している請求項1〜4のいずれか1の請求項に記載の方法。
【請求項6】
前記内部標準物質はコリンを含んでいる請求項1〜5のいずれか1の請求項に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate