説明

生体適合性材料の評価方法

【課題】生体に適用した生体適合性材料の残存性を容易にかつ確実に判断することができ、実験ごと、実験者ごとの判断のバラツキ少なく生体適合性材料の残存状態を評価することができる、生体適合性材料の評価方法。
【解決手段】生体適合性材料を生体組織の所定領域に適用して所定期間が経過した後、該所定領域を含む組織片を染色し、該染色後の非染色領域を前記適用した生体適合性材料の残存する領域として検出する、生体適合性材料の評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体適合性材料の評価方法およびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
外科手術において、生体組織部位への侵襲による炎症に起因して癒着を生じると隣接する構造の組織や臓器の正常な動作を妨害する。たとえば腹腔領域の術後に腸管と腹膜での癒着が原因で起こる腸閉塞は重篤な合併症である。このため、組織や臓器間のバリア効果が見込まれる被膜性生体適合性材料を利用する癒着防止材が開発されてきた。たとえば酸性多糖と塩基性多糖とのポリイオンコンプレックスの乾燥フィルム、カルボキシ含有ポリサッカロイドとポリエーテルの高分子間複合体の膜、ポリサッカロイドデキストリンを含む水性製剤、架橋性多糖誘導体の粉末またはシートなどの各種材料が開発されている(特許文献1〜4など参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−116765号公報
【特許文献2】特表2002−511897号公報
【特許文献3】特表2003−520243号公報
【特許文献4】国際公開第2004/081055号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のような癒着防止材の被膜は、完治した患部組織の正常な機能を可能にするため、最終的には消失すべきものである。このため癒着防止材は本質的に生体吸収性または生体分解性であり、患部に適用された癒着防止材の被膜は経時的に減少する。このような癒着防止材の有効性を評価する際に、適用した患部組織の治癒状態とともに観察される該組織に密着した癒着防止材の残存状態は、通常、目視で行われている。しかしながら、多くの癒着防止材自体は、通常、ほぼ無色で、かつ生体に適用するため着色剤も含ませない。このため、密着している組織と本質的に見分けにくい。また、起泡などにより視認性を有する材料もあるが、経時的減少あるいは厚みによって組織が透けて見えるため、実験者の判断に基づく残存状態(範囲)の評価は実験毎、特に実験者間によるバラツキが大きい。視認による半定量的な評価は困難である。
このため、癒着防止材あるいは他の各種医療用処置材として同様に患部に適用された生体適合性材料の残存状態を、容易に観察することができ、実験毎あるいは実験者間のバラツキ少なく確実に評価しうる方法の出現が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記のような生体適合性材料について検討するうちに、該材料が適用された組織は染色されない、すなわち生体適合性材料を適用した部位およびその周辺を含む組織片の染色により、染色されない領域として生体適合性材料の存在範囲が検出できるという知見も得た。また、組織に適用された生体適合性材料はゲル化などにより組織に密着しているが、多量の水と接触させることにより水膨潤性となり組織から容易に剥離することができることがわかった。これらから、以下の本発明が提供される。
【0006】
本発明は、生体適合性材料を適用した生体組織の所定領域を含む組織片を染色し、該染色後の非染色領域を前記適用した生体適合性材料の残存する領域として検出する、生体適合性材料の評価方法である。
非染色の組織領域は、染色された周辺組織との対比として検出することができるため、目視観察により容易にかつ確実に検出することができる。
【0007】
上記染色後、組織表面を水で洗浄し、組織上に残存する剰余の染色剤を除去することが好ましい。
また、染色後、残存する生体適合性材料を組織から取り除いて、組織を露出させ、非染色領域を検出することもできる。この場合、生体適合性材料は、通常、水と接触して膨潤するため、上記洗浄水により膨潤させ、組織から剥離・除去することができる。
【0008】
上記染色される組織片は、生体適合性材料を適用後所定期間が経過した後に生体から切り出される組織片である。本発明の好ましい態様では、この組織片に含まれる所定領域は、生体適合性材料の適用前に形成された創傷がある。具体的には、たとえば後述の実施例に示すように、動物を開腹して腹壁の所定領域に創傷を形成した後、該所定領域に生体適合性材料を適用して閉腹し、所定期間生存させた後、再開腹して所定領域を含む組織片である。
このような組織片を上記方法で評価することにより、適用した生体適合性材料の残存性と、創傷の治癒評価を同時に行うことができ、生体適合性材料の有効性を評価することができる。
したがって本発明では、生体適合性材料の設計における上記評価方法の利用も提供することができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、生体に適用した生体適合性材料の残存性を容易にかつ確実に判断することができ、実験ごと、実験者ごとの判断のバラツキ少なく生体適合性材料の残存状態を評価することができ、半定量的な評価ができる。このような評価方法は、生体適合性材料の有効性評価、生体適合性材料の設計に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】開腹したウサギ腹壁に剥離欠損創を形成した組織(枠囲み)の写真である。
【図2】図1の剥離欠損創の組織上にデキストリンゲルを噴霧した状態の写真である。
【図3】腹壁に剥離欠損創を形成したウサギの施術6時間後の剖検写真である。(A)は染色前、(B)染色後、デキストリンゲルを取り除いた後の写真である。
【図4】腹壁に剥離欠損創を形成したウサギの施術12時間後の剖検写真である。(A)は染色前、(B)染色後、デキストリンゲルを取り除いた後の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明において、試験される生体組織は、実験動物、通常非ヒト動物の生体組織であり、生体の部位は体内・外のどの部位特に限定されないが、通常、腹壁または腹腔内臓器の組織であることが多い。
【0012】
また本発明における生体適合性材料は、生体組織における残存性を評価すべき材料であればよく、特に限定されないが、好ましくは癒着防止材、止血材などとして使用される医療用処置材である。生体適合性材料は、本発明の評価方法で評価すべき材料であればよく、あらかじめシート状に形成されたフィルムであってもよく、粉末または溶液状態で組織に適用した後ゲル化させるタイプのものであってもよく、その形態は特に限定されない。その材質も、好ましくはその分解物の毒性の低減、および生体分解吸収性を有するように材料設計された医療用処置材であれば特に限定されないが、たとえばヒアルロン酸などの生体高分子、メチルセルロースおよびその誘導体、多糖類などを基材とする各種ゲル化材が知られている。有用な一例としては、活性エステル基を導入した多糖、特にデキストリンなどが挙げられる。
また、このような生体適合性材料は、透明で視認困難なものであっても、起泡などによりそれ自体に視認性をもたせたものであってもよい。視認性のものとしては、たとえば国際公開第09/133763号に記載される視認性医療用処置材などが挙げられ、該視認性医療用処置材の具体的な態様は該公報の記載を引用して本明細書に記載されているものとする。後者の場合であっても、組織上に形成した膜が薄くなると、残存範囲などの残存状態を検出することは困難になるため、本発明の評価方法は有用性が高い。
【0013】
生体組織の染色は、一般的な組織染色方法たとえばヘマトキシリンの標準方法に準じて行うことができる。特に限定されるものではないが、血液を含む生体組織と区別しやすい青色を含む色素が有利である。たとえば、カラッチのヘマトキシリン液、アルシアン青などが好ましく使用される。
【0014】
染色後の組織片は、表面を水洗浄して残存する余剰の染色剤を除去する。
生体適合性材料で被覆されていた組織は染色されない。一方、染色された組織は、水洗しても染色が残存する。このため、生体適合性材料で被覆されていた組織は非染色領域として観察され、染色領域と明確に区別することができることから、生体適合性材料の存在を容易にかつ実験者間のバラツキもなく確認することができる。非染色領域の面積を見積もることで、残存量を半定量的に評価することができる。
【0015】
また上記水洗浄により、組織上に適用されたゲル状の生体適合性材料を膨潤させることができる。したがって生体適合性材料を膨潤させて組織から取り除いて、生体適合性材料が適用されていた組織表面を観察することもできる。特に、生体適合性材料が適用された組織があらかじめ形成された創傷をもつ場合には、生体適合性材料の残存範囲とともに、創傷の治癒状態を観察することができる。
生体組織への創傷は、たとえば、ガーゼによる擦過創、メスによる層剥離などの欠損創などである。
【0016】
本発明の評価方法に基づく創傷の形成と生体適合性材料の適用をした生体に対するこのような観察を、別々の所定期間経過時に行うことにより、創傷の治癒に対する生体適合性材料の有効性を確認することができる。すなわち、本発明の評価方法を利用して、試験する生体適合性材料の材質、使用量、使用方法などの設計を行うことができる。
【0017】
以下に、本発明の実施例を示すが、この実施例は本発明をより具体的に説明するためのものであって、本発明の範囲はなんら実施例に制限されるものではない。
【実施例1】
【0018】
1.材料
<使用動物>
ウサギ、日本白色(JW)系、雌、体重2.8−3.0kg(Jla:日本医科学動物資材研究所製)
<生体適合性材料>
2剤硬化型デキストリンゲル(硬化時起泡による視認性)
主剤:NHSデキストリン
国際公開09/133763号公報の合成例1に準じて合成したNHSデキストリン(NHS導入率75%)を用いた。合成手順を概略すれば、デキストリンからカルボキシ基およびカルボキシメチル基を含有する酸型多糖カルボキシメチルデキストリンを得た後、N−ヒドロキシスクシンイミド基(NHS)を導入して活性エステル化し、デキストリン活性エステル誘導体(NHSデキストリン)を得た。
硬化剤:0.7M炭酸ナトリウム/0.3M炭酸水素ナトリウム混合液
<染色剤>
カラッチのヘマトキシリン液1000mL(使用期限3ヶ月)
組成:
ヘマトキシリン1.0g
ヨウ素酸ナトリウム0.2g
カリウムミョウバン(硫酸カリウムアルミニウム・12水)50.0g
グリセリン200mL
精製水800mL
調製方法:
精製水50mLをビーカーに入れ、ヘマトキシリンを加える。沸騰しない程度に加熱しながら撹拌し、完全に溶解した後、精製水150mLを追加し液温を下げる。
別のビーカーに、精製水600mLとカリウムミョウバンを加え撹拌し、溶解する。
上記2つの液を混合し、そこにヨウ素酸ナトリウムを加え、速やかに撹拌する。ヨウ素酸ナトリウムが溶けたら、グリセリンを入れ撹拌する。
調製後1晩以上放置してから使用する。
【0019】
2.手術方法
<創傷>
手術前ウサギ給餌を1回分省略(絶食)した。ペントバルビタール(ソムノペンチル:共立製薬(株)製)32.4mg/kgの耳介静脈内投与により麻酔を行った。
正中線上で腹壁を約15cm切開し、盲腸を腹腔内から引き出し、ガーゼで100回擦過した。腹壁は3cm×5cmの大きさで全層剥離欠損創を作製し、止血した。全層剥離欠損創を作製した腹壁の写真を図1に示す。
施術後盲腸傷害領域を腹壁傷害領域直下になるよう腹腔内に戻した。
腹壁正中線切開創を腹腔内が可視できる程度に鉗子等で開創して予め37℃で予備加熱した生理食塩水(生食)100mLを50mLシリンジ2本に分けて腹壁及び盲腸の傷害部を洗浄した。洗浄後生食を電動式可搬型吸引器(BLUE CROSS製)で吸引除去した。
【0020】
その後、2液を同時に吐出し合流させた後胴軸的に空気流にのせて噴霧するタイプ(特開2009−131590の図19〜20に記載の構造参照)の噴霧器を用いて、腹壁損傷部位に、2剤硬化型デキストリンゲル1.25mL(噴霧時混合比は、主剤:硬化剤=4:1)をまんべんなく噴霧し(図2)、腹壁を閉じた。
腹壁を強弯丸針(瑞穂医科製)とブレードシルク1−0縫合糸((株)ベアーメディック製)、皮膚を強弯角針(瑞穂医科製)とブレードシルク1−0縫合糸(同上)にてそれぞれ縫合閉鎖した。
【0021】
3.剖検および解剖方法
施術所定時間経過後、ペントバルビタール(ソムノペンチル:共立製薬(株)製)64.8mg/kgの耳介静脈内投与により麻酔を行い、苦痛を与えず安楽死させた。腹部皮膚のみ剥離後正中線に垂直に腹膜を切開し、盲腸との癒着状況を確認しながら慎重に腹膜両側を正中線に平行に切開し、最終的に下コの字形に腹膜を開いた。
【0022】
4.染色処理
欠損創を含む腹壁組織(約6cm×8cm)を摘出し、噴霧器(あ〜んシュットアトマイザー:(株)キートロン)を用いて、組織表面全体にヘマトキシリン液を噴霧した。室温で1分間放置した後、水洗し、組織上に残存しているデキストリンゲルと余剰な染色液を取り除いた。
青紫色の着色有無を目視で確認し、染色された領域をデキストリンゲルが存在しない部位とし、染色されていない領域をデキストリンゲル残存部位とした。
【0023】
上記3において、施術6時間または12時間経過後に開腹した各ウサギの組織写真を、それぞれ図3および図4に示す。各図において、(A)は染色前の摘出した組織、(B)は、その染色処理後の写真である。各図の(A)および(B)の対比から明らかなとおり、目視では認めにくいゲルの残存領域(各図(A)参照)も、染色されない部分として容易にかつ明確に認めることができた(各図(B)参照)。特に、ゲルの適用が少なく、その存在有無がとりわけ視認しにくい領域についても、非染色領域であることからゲルが存在すること(図3(B)の創傷部周縁の白色部分参照)、または染色領域であることからゲルが不存在であること(図4(B)矢印先方)が明確に判断できることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体適合性材料を生体組織の所定領域に適用して所定期間が経過した後、該所定領域を含む組織片を染色した後、染色した組織の少なくとも表面を水で洗浄し、前記洗浄水により膨潤する生体適合性材料を組織から取り除いて、非染色領域の組織を露出させ、
非染色領域を前記生体適合性材料の残存する領域として検出する、生体適合性材料の評価方法。
【請求項2】
前記組織片中の前記所定領域が、前記生体適合性材料の適用前に創傷が形成された領域である請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−214847(P2011−214847A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−80366(P2010−80366)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】