説明

生体高分子の構造変化を解析する方法

【課題】 各種環境条件下において、簡単に、水性媒体中の固相上に固定した生体高分子の構造変化を解析し、機能予測できる手段の提供。
【解決手段】 固相表面上の生体高分子の構造を解析する方法であって、(a)表裏の両面と側面を有する水晶板と、前記水晶板の表面と裏面に設けられた電極と、前記裏面に設けられた一方の電極を覆い、前記水晶板の側面にその内壁が接する片面被覆材と、他方の電極が設けられている水晶板の表面と前記内壁との間に設けられる封止材とを備えた水晶発振子の前記他方の電極に生体高分子を固定させること、(b)生体高分子を固定した水晶発振子を水性媒体に浸漬し、水晶振動子の安定した振動数を測定すること及び(c)水性媒体に浸漬してある固定化した生体高分子の構造を変化させた後、水晶振動子の振動数変化を測定することを含む方法。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、水晶発振子を用いて水性媒体中で固相上に固定した生体高分子の構造変化を解析する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】例えば、ミルクの主成分であるカゼインは、生体高分子であるタンパク質の一種であるが、これは、中性付近では溶解状態にあるが、酸性条件では加虐的に沈殿する。また、インスリンのようなタンパク質は、酸性条件下では溶解するが、中性付近では重合し難溶となる。このような物性は、塩濃度により大きく変化するが、生体内においても物性を規定する要因は多々存在していると考えられる。このような要因を探ることは、生体内での種々の分子機能の解明に重要である。
【0003】従来、生体高分子の構造解析は、円偏光二色性計測、散乱X線回折、蛍光エネルギー輸送、沈降定数などの手段によって行なわれてきた。
【0004】しかし、これらの従来方法では、溶液状態の計測は可能であるが、固定化したタンパク質等の生体高分子の解析は不可能であったり、解析すべき生体高分子をマイクログラムオーダーで完全に精製しなければならなかったり、さらには、生体高分子の機能予測が困難であった等の理由により十分とはいえなかった。
【0005】固定化したタンパク質の構造変化を解析する方法として、表面プラズマ共鳴を用いる方法が知られている(Anal. Chem., 1988, 70, 2019-2024)。
【0006】しかし、この方法では、水性媒体のpH変化に伴うタンパク質の構造変化の解析は可能であるが、変性剤や塩の添加などの条件下でのタンパク質の構造変化を解析することはできない。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】したがって、上記のような欠点を改善し、各種環境条件下において、簡単に、水性媒体中の固相上に固定した生体高分子の構造変化を解析し、機能予測できる手段が求められている。
【0008】
【課題を解決するための手段】本発明の第1の実施態様は、固相表面上の生体高分子の構造を解析する方法であって、(a)表裏の両面と側面を有する水晶板と、前記水晶板の表面と裏面に設けられた電極と、前記裏面に設けられた一方の電極を覆い、前記水晶板の側面にその内壁が接する片面被覆材と、他方の電極が設けられている水晶板の表面と前記内壁との間に設けられる封止材とを備えた水晶発振子の前記他方の電極に生体高分子を固定させること、(b)生体高分子を固定した水晶発振子を水性媒体に浸漬し、水晶振動子の安定した振動数を測定すること及び(c)水性媒体に浸漬してある固定化した生体高分子の構造を変化させた後、水晶振動子の振動数変化を測定することを含む方法である。
【0009】本発明の第2の実施態様は、固相表面上の生体高分子の会合状態の変化からその構造を解析する方法であって、(a)表裏の両面と側面を有する水晶板と、前記水晶板の表面と裏面に設けられた電極と、前記裏面に設けられた一方の電極を覆い、前記水晶板の側面にその内壁が接する片面被覆材と、他方の電極が設けられている水晶板の表面と前記内壁との間に設けられる封止材とを備えた水晶発振子の前記他方の電極に生体高分子を固定させること、(b)生体高分子を固定した水晶発振子を水性媒体に浸漬し、水晶振動子の安定した振動数を測定すること及び(c)水性媒体に浸漬してある固定化した生体高分子の構造を変化させた後、水性媒体に生体高分子と会合し得る化合物を添加し、水晶振動子の振動数変化を測定することを含む方法である。
【0010】本発明で使用する水晶発振子は、水性媒体中での使用に特に適したものであり、特開2001-153777号公報に記載された水晶発振子である。上記のように構成された水晶発振子は、他方の電極が設けられている水晶板の表面と内壁との間には封止材が設けられているため、一方の電極に溶液が進入し、電極間の短絡を防止できる。封止材は水晶板の側面に接する内壁に接着されているため、必然的の水晶板の端部に封止材が位置することになる。よって、水晶板を発振しやすくできる。
【0011】水晶発振子の封止材は、シリコン樹脂等の弾性体であるのが望ましい。封止材が弾性体であると、水晶板の端部も振動することができ、水晶板を発振しやすくできる。
【0012】また、水晶発振子は、電極のそれぞれに接続されるリ一ド端子を備え、リード端子は前記片面被覆材に覆われるように構成されるのが望ましく、このように構成された水晶発振子は、リード端子を片面被覆対側にまとめることで製造が容易になる。
【0013】本発明で使用できる生体高分子は、水晶発振子に固定できるものであれば特に限定されないが、例えばタンパク質、核酸、多糖であり、好ましくはカゼイン、アルブミン、コラーゲン、ゼラチン、アクチン、ミオシン、ケラチン、フィブリン、チューブリン等のタンパク質である。
【0014】本発明において、水晶発振子への生体高分子の固定は、従来公知の方法で行うことができる。例えば、水晶発振子へのタンパク質の固定は、以下に記載の通り、水晶発振子を洗浄方法した後、直説法又は間接法により行うことができる。
【0015】初めて水晶発振子を使用する時、及び再利用する場合は、次のように水晶発振子の洗浄を行うのが好ましい。
【0016】(1)過酸化水素水(30%溶液)100μlをガラス製の試験管に入れる。試験管は30ml容量程度のビーカー等の中に立て、転倒しないようにする。
(2)濃硫酸300μlをゆっくり滴下しながら軽く震とうしながら撹拌する。この混合液をピランハ溶液と呼ぶが、衣服に穴があくほどの非常に危険な溶液であるので、作業時には、保護眼鏡や手袋を着用する。
(3)発振子をガラス板上に電極面を上にして並ベ、中央の丸い金電極部分のみにピランハ溶液をのせ(約5μl)、5分間静置する。この溶液は、シリコン樹脂等の封止材部分に触れないように注意する。もしも、封止材部に触れた場合は、すみやかに水洗し、再度やり直す。
(4)洗浄瓶を用いて丁寧に蒸留水で洗浄した後、風乾させる。発振子の構成成分のほとんどは疎水性のものから成っているので、溌水しやすく、風力により、まもまく乾燥する。
(5)上記(3)及び(4)をくり返す。なお、金電極の洗浄は、水晶発振子を使用する直前に行うことが好ましい。水晶発振子へのタンパク質の固定は、以下の方法により行うことができる。
【0017】A.直接法(1)ピランハ溶液で洗浄した発振子に100μlのグリシン溶液(0.1Mグリシン−HCl(pH2.4))をのせ、10秒室温で放置する。
(2)金電極面を綿棒でやさしく、かつ、十分にこする(発振子は割れやすいので、注意する)。
(3)蒸留水で洗浄した後、目的のタンパク質を適当な濃度(タンパク質の種類により異なるが、10〜100μg/ml)で中央の金電極部分に5μlのせ、1時間放置する。この時、溶液が蒸発しないように注意する。
【0018】B.間接法(アビジンの固定化例)
(1)3,3−ジチオジプロピオン酸を21mg/mlとなるようにエタノールにて溶解する(0.1Mエタノール溶液)。
(2)洗浄済みの水晶発振子を机の上に並ベ、上記(1)の溶液を蒸留水で100倍に希釈したものを発振子の水晶部分全体に行き渡るように100μlのせ、30分以上浸す(大量に処理する場合は、ビーカー等を用いて発振子を立ててまとめて処理すると良い。この時、時々溶液を撹拌する)。
(3)蒸留水にて洗浄する。次のステップまで表面が乾燥しないように注意する。すなわち、机上に並べた発振子に100μl程度の蒸留水をのせておくか、水をはったビーカーにつけ置きする。後者の場合、発振子のプラグ部分が水でぬれないように注意する。プラグ部分が湿っていると良好な発振状態が得られない。
(4)1−(3−ジメチルアミノプロピル)−3−エチルカルボジイミド塩酸塩(EDC)を100mg/mlとなるように蒸留水で溶解する。
(5)N−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)を100mg/mlとなるように蒸留水で溶解する。
(6)上記(4)及び(5)で調製したEDCとNHS溶液を等量混合し、(3)で準備した発振子の液を捨てた後に、すみやかに(水晶面が乾燥する前に)発振子上にこの混合液を100μlのせ、10分間室温で放置する(溶液が蒸発しないように注意する)。
(7)蒸留水で洗浄し、水晶表面が乾燥しないようにタンパク質を固定させるまで蒸留水につけ置きしておく。この段階の発振子は、タンパク質が固定しやすい状態であるので、他のタンパク質の混在に十分注意する。
(8)アビジンを1mg/mlとなるように10mMトリス‐HCI(pH8.0)に溶解し、使い切れる単位で適当な用量に分注し、−20℃以下に冷凍保存し、保存液とする。
(9)アビジンの濃度が最終的に150μg/mlになるように10mMトリス−HCl(pH8.0)で希釈し、(7)の発振子を室温で1〜2時間処理する。この段階では、アビジンの代わりに様々なタンパク質を固定させることができる。用いるタンパク質の特性により、このステップで用いるタンパク質濃度や反応時間が異なる。通常、100μg/mlから200μg/mlの濃度が最も効率が良い。濃すぎると、タンパク質の活性が損なわれる危険性が高くなるので注意を要する。水晶発振子への生体高分子の固定量は、0.3〜300ng、好ましくは、3〜60ngである。
【0019】上記のようにしてタンパク質等の生体高分子を固定した水晶発振子は、水性媒体に浸漬した後、水晶振動子の安定した振動数を測定する。水性媒体とは、水、又は水を主要成分とする液体媒体であり、水溶液や懸濁液、乳濁液の他、体液等も含まれ得る。
【0020】さらに、本発明では、固定化した生体高分子の構造を変化させた後(第1態様)、あるいは、固定化した生体高分子の構造を変化させた後に、水性媒体に生体高分子と会合し得る化合物を添加後(第2態様)、水性媒体に浸漬した水晶振動子の振動数変化を測定する。
【0021】本発明においては、生体高分子の構造変化は、例えば、水性媒体の温度、pH、圧力若しくは塩濃度を変化させることによるものであるか、光線若しくは音波の照射、又は各種塩類、会合の補助因子や競合因子、変性剤、有機溶剤などの化学物質の添加によるものであるが、好ましくは、水性媒体のpH若しくは塩濃度を変化させることによるものであるか、尿素、グアニジン等の変性剤、有機溶剤(例えば、アルコール、ケトン、エーテル、ニトリル、アミド、炭化水素)などの添加によるものである。
【0022】生体高分子と会合し得る化合物は、生体高分子と会合する化合物はもちろんのこと、生体高分子と会合するか否か不明であるが、会合状態を試験したい化合物も含み得る。生体高分子と会合する化合物の例として、生体高分子と構造上同一又は類似の化合物が挙げられる。
【0023】水晶発振子の電極上に生体高分子が付着した場合、付着物の重量と振動数変化が比例関係にある。例えば、27MHz、AT−cutの水晶発振子では30pgの物質が電極上に付着すると約1Hz振動数が減少する。これにより、微小な質量を有する物質の質量や物質間の相互作用を定性的又は定量的に計測できる。
【0024】したがって、本発明の第1の態様では、生体高分子の構造変化の前後の水晶振動子の振動数の変化を測定することにより、水性媒体中での生体高分子の見かけ上の重量変化又は構造変化を知ることができ構造解析や機能予測が可能となる。
【0025】さらに、本発明の第2の態様では、水晶発振子の振動数変化を測定することにより、生体高分子の構造が変化してはじめて会合する化合物を検出したり、会合する化合物の量を測定することが可能となる。また、生体高分子の構造変化を阻止もしくは可逆的に元の構造にもどす化合物のスクリーニングに用いることができる。
【0026】
【発明の実施の形態】本発明における水晶発振子の溶液計測への適用例を以下に説明する。水晶発振子は水晶発振子取付アームに取りつけられ恒温ヒートブロック中の溶液に浸されている。恒温ヒートブロックは溶液の温度を一定に保つためのものである。溶液は撹拌機(スターラー)により撹拌される。発振回路は、水晶発振子の電極に交流電界を印加して水晶発振子を発振させる。発振回路の発振振動数はユニバーサルカウンタによりカウントされ、コンピュータにより解析され、試料中の物質の質量や相互作用などが表示される。
【0027】
【実施例】以下に、本発明の実施例を示すが、本発明がこれに限定されるわけではない。
実施例1 カゼイン分子の水晶振動子(センサーチップ)への固定化方法1)3,3′−ジチオジプロピオン酸を21mg/mlとなるようにエタノールにて溶解した(0.1Mエタノール溶液)。
2)洗浄済みの発振子を机の上に並べ、上記1)の溶液を蒸留水で100倍に希釈したものを発振子の水晶部分全体に行き渡るように100μlのせ、2時間放置した。
3)蒸留水にて洗浄した。
4)EDC(1-(3-ジメチルアミノプロピル)−3−エチルカルボジイミド塩酸塩)を100mg/mlとなるように蒸留水で溶解した。
5)NHS(N−ヒドロキシスクシンイミド)を100mg/mlとなるように蒸留水で溶解した。
6)上記4)及び5)で調製したEDCとNHS溶液を等量混合し、3)で準備した発振子に100μlのせ、30分間室温で放置した。
7)カゼインを1mg/mlとなるようにPBSに溶解し、使い切れる単位で適当な用量に分注し、−20℃以下に冷凍保存し、保存液とした。
8)カゼインの濃度が最終的に10μg/mlになるようにPBSで希釈し、7)の発振子を室温で1時間処理した。チップへのカゼインの固定化量は30ngであった。
【0028】実施例2 カゼイン固定化チップを用いた分子構造変化の検出例1)水晶発振装置(株式会社イニシアム製:Affinix Q)にカゼイン固定化チップをセットし、装置の測定セルに8mlのPBSを入れ、反応温度を25℃にセットし、PBS中にて振動数が安定するまで待機した。
2)センサーチップ上に固定化した分子と同じもの(カゼイン)を測定セル中に最終濃度が5ng/mlとなるように添加した(10μl用量)。
3)セルに1M塩酸水溶液を100μl添加した。振動数が減少した。
4)5分間の振動数変化量を計測し、1M水酸化ナトリウム水溶液100μl添加した。振動数は元に戻った。
5)上記2)のカゼイン濃度を増加させ(最終濃度;3.8μg/ml)、2)〜4)の操作を繰りかえした。
また、2)の測定セル中のカゼインのかわりに牛血清アルブミン(BSA)を用いて同様の解析を行った。
【0029】上記の実験により得られた結果を図1に示す。図1から、本発明により、カゼイン分子との会合量を測定することができ、同一分子(カゼイン)と異分子(BSA)の会合度合を評価し、分類することができることが分る。
【0030】
【発明の効果】本発明によれば、固定化したタンパク質等の生体高分子の構造解析ができ、また、生体高分子の構造の変化の測定に加え、該化合物の機能予測を行うことができる。
【0031】本発明は、水性媒体のpH変化以外にも塩濃度の変化や共存アミノ酸の添加等による会合状態への影響の解析へも適応できる。さらに、補助因子や競合因子の探究にも用いることができる。
【0032】本発明は、特に、新規の分子(蛋白質)の機能解析方法であり、ゲノム解析やプロテオーム解析のツールとなり得る。
【図面の簡単な説明】
【図1】セル中のタンパク質濃度と水晶発振子の振動数の変化との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 固相表面上の生体高分子の構造を解析する方法であって、(a)表裏の両面と側面を有する水晶板と、前記水晶板の表面と裏面に設けられた電極と、前記裏面に設けられた一方の電極を覆い、前記水晶板の側面にその内壁が接する片面被覆材と、他方の電極が設けられている水晶板の表面と前記内壁との間に設けられる封止材とを備えた水晶発振子の前記他方の電極に生体高分子を固定させること、(b)生体高分子を固定した水晶発振子を水性媒体に浸漬し、水晶振動子の安定した振動数を測定すること及び(c)水性媒体に浸漬してある固定化した生体高分子の構造を変化させた後、水晶振動子の振動数変化を測定することを含む方法。
【請求項2】 固相表面上の生体高分子の会合状態の変化からその構造を解析する方法であって、(a)表裏の両面と側面を有する水晶板と、前記水晶板の表面と裏面に設けられた電極と、前記裏面に設けられた一方の電極を覆い、前記水晶板の側面にその内壁が接する片面被覆材と、他方の電極が設けられている水晶板の表面と前記内壁との間に設けられる封止材とを備えた水晶発振子の前記他方の電極に生体高分子を固定させること、(b)生体高分子を固定した水晶発振子を水性媒体に浸漬し、水晶振動子の安定した振動数を測定すること及び(c)水性媒体に浸漬してある固定化した生体高分子の構造を変化させた後、水性媒体に生体高分子と会合し得る化合物を添加し、水晶振動子の振動数変化を測定することを含む方法。
【請求項3】 固定化した生体高分子の構造を、水性媒体のpH若しくは塩濃度を変えることにより変化させるか、あるいは、水性媒体へ変性剤若しくは有機溶剤を添加することにより変化させる、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】 構造変化した生体高分子と会合する化合物の検出及びその量を測定する、請求項2に記載の解析方法。
【請求項5】 生体高分子の構造変化に伴う会合度合を指標として、化合物を分類する、請求項2に記載の方法。
【請求項6】 生体高分子がタンパク質である請求項1〜5の何れか1項に記載の方法。

【図1】
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