説明

生分解性ポリマー製高多孔質固体材料並びにその製造及び細胞播種方法

【課題】細胞培養に好適に使用できるポリラクチド等の生分解性ポリマー製高多孔質足場及びこのような足場内に細胞を一様に播種する方法を提供する。
【解決手段】このような足場は以下のように製造できる。
(i)生分解性ポリマーを定義された濃度でジオキサン中に溶解する。
(ii)この溶液を収容した容器をコールドフィンガーによって10℃未満の定義された温度まで熱的駆動される金属板上に搭載し、溶液が完全な相分離を起こすまで板上に保持する。
(iii)得られた固体をアルコール水溶液に浸漬してジオキサンを浸出させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、形態的に新規な、生分解性のポリマーで作られ高度に多孔質の固体材料であって、その微細孔ネットワークは平行で稠密な樹枝状の空洞が秩序だって繰り返されるところに特徴を有する固体材料に関する。本発明の高多孔質固体材料は、好ましくは三次元(3D)足場(scaffold)として細胞培養に使用される。
本発明は以下の事項にも関する。(i)上記高多孔質固体材料の製造方法、(ii)3D足場内に細胞を均一に播種する方法、(iii)厚手組織再構成のための積層面として使用する二次元(2D)足場を3D構造物から出発して得る方法。
【背景技術】
【0002】
再生医療は、臓器提供者が不足しているため、臓器移植のみによってしか治療できない疾病から人を救済するための主要な現代的治療方法となってきている。骨や軟骨のような硬組織及び角膜や皮膚のような平らな軟組織の再生に関しては有望な結果が得られているが、組織工学(TE、tissue engineering)の主要な未解決の問題のひとつは、健康な厚手の組織を再生することが困難なことである。この限界を克服するため、多くのTE戦略が文献で提案されてきた。それらの中で、見込みのある方法は、生分解性の三次元構造(3D足場)を使用することに基づく。理想的な3D足場は、特定の組織の再生を誘発することができる情報を組み込まなければならない。また、それと同時に、細胞の長期間の保持に関わる栄養分灌流(perfusion)、血管新生、成長因子の輸送、及びその他全てのプロセスを保証しなければならない。
【0003】
3D足場を使用した軟組織修復については、ポリ乳酸(PLA、poly-lactide acid)は、最も広範に研究された生体材料のひとつであって、ラクチドベースの足場は今日全世界の生体材料産業の主要部分を代表している。PLAの分解反応速度論は良く知られており、また分子量または化学組成を変更することで調整可能である。
【0004】
PLAは疎水性であるため細胞の付着を助けることができるが、それと同時にこの性質は細胞が3D足場に入り込んでいく上で大きな障害となる。PLAの疎水性と粗さを改質する多様な後処理が提案されてきた(非特許文献1)。これらの方法は2D足場への細胞の付着を増大させるには有効であるが、部分的に侵食を引き起こして形態上の重要な特徴を失ってしまう等、3D足場構造を激しく変化させるという欠点がある。細胞培養用培地は水分を含むので、疎水性のPLA足場に自発的に浸透することができない。更には、細胞の移動は、足場が多孔質であることによって引き起こされる毛細管力によっても妨げられる。曲がりくねっていない、相互接続された、細胞移動を許すサイズの微細孔を持った高多孔質足場を作製すれば、このような問題への解決を与えることができる。
【0005】
健康な厚い組織を体内で(in vivo)3D足場上に成長させる上の主要な制限要因であるこれら足場の構造は、また栄養分灌流(nutrient perfusion)にも有効でありえる。中心領域への栄養分灌流がないと、コロニーの形成が不十分になり、また細胞の付着が足場表層上に局限される。従って、3D足場の主要な問題は、血管のようなもっと組織化された構造のホストになりえないとともに、栄養分の拡散を促進して細胞が足場の奥深く入り込むことができる適切な微細孔構成が欠如していることである。微細孔構造は処理方法に手を加えることによって設計できる。気体発泡法(gas foaming)、微粒子洗脱法(particulate leaching)、繊維結合法(fiber bonding)、電界紡糸法(electrospinning)、ソフトリソグラフィー法(soft-lithography)、及び相分離法(phase separation)を含む、多数のPLA用処理技術が報告されてきた。熱誘起相分離法(TIPS、thermally induced phase separation)によって作製されたラクチドベースの足場は、その多様な規模の多孔性により、細胞とマトリクスとの相互作用を理想的にはいかなる規模のレベルでも支援できることから、宿主細胞系に適していることが示されている(非特許文献1)。
【0006】
TIPSは基本的に3段階のプロセスであり、均質なポリマー/溶媒溶液が、熱傾斜を印加することによって富ポリマー相(polymer-rich phase)と富溶媒相(solvent-rich phase)とに相分離させられる。多孔性は、ポリマーに対しては溶媒でないものとして機能する第3の薬剤にさらして溶媒相を浸出させることによって最終的に得られる。TIPSによってポリマーの構造を作製するために多数の三成分系が研究されてきた。具体的には、PLAベースの系については、ジオキサンは融点が比較的高く(11.8℃)また除去が簡単なために、これをポリマー溶媒として使用することが選択肢となり得ることがわかった。更に、そのポリマー溶液中の濃度及び急冷条件に従ってジオキサンが各種の形状に結晶化できることが示された(非特許文献1)。凝固の際の溶媒成形を制御する能力は非常に重要である。それは、結晶の形状と配列が多孔質物の鋳型として機能するからである。異方性熱傾斜をポリマー溶液に与えることによって、ジオキサンの結晶化を特定の方向に仕向けて、系全体を巨視的なレベルで秩序付けることができる(非特許文献2)。いくつかの研究グループが、単方向TIPSをジオキサンへのPLAとL-乳酸/グリコール酸共重合体(PLGA、poly-(L-lactic-co-glycolic acid))の混合溶液に適用することによって、稠密に充填された平行なマイクロチャネルのアレイを獲得することができた(非特許文献3〜5)。しかしながら、この構成は隣接するチャネル間における細胞から細胞への緊密なシグナル伝達(signalling)の障害となり得、また内壁の微小空洞を通した栄養分の供給/拡散が不十分な場合には、細胞の短命化さえ引き起こすことがある。更に、細胞の伸びるあるいは移動する方向が単方向に制限されているため、細胞の構成をもっと複雑な構造にするのを妨げたり毛細血管が成長するのを阻止することもある。
3D足場に常に影響を与える別の問題は、細胞播種が非効率的なため、細胞が足場に全体的に入り込むのが困難であることにある。この問題はもっと効率的な播種技法を使用するか、あるいは2Dの播種された足場の積層体を使用して3D組織を形成することによって回避することができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、ポリ乳酸のような生分解性ポリマーで作られ、細胞培養に好適に使用することができる高多孔質足場を提供することである。
本発明の他の課題は、上述の高多孔質足場を製造する方法を提供することである。
本発明の他の課題は、上述の3D高多孔質足場内に一様に細胞を播種する方法を提供することである。
本発明の他の課題は、厚手組織再構成のための構成要素として使用する平面状多孔質2D足場を上述の高多孔質足場から出発して得る、トップダウン式の処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
これらの考察に従って、我々は、方向性熱誘起相分離法(dTIPS、directional thermally induced phase separation)を使用して再現可能な態様で特定の形態の足場作製のための手順を打ち立てた。挙げられた一連の条件によれば、血管への適合性とともに拡散現象をもっとよく支援し、従って血管新生促進を容易にする多孔質構成を構築する。
すなわち、本発明は生分解性ポリマーでできた高多孔質固体材料(つまり足場)を提供し、その微細孔ネットワークは平行で稠密な樹枝状の空洞が秩序だって繰り返されるところに特徴を有する。
【0009】
本発明はまた生分解性ポリマーでできた高多孔質固体材料(すなわち足場)の製造方法を提供し、その微細孔ネットワークは平行で稠密な樹枝状の空洞が秩序だって繰り返されるところに特徴を有する。本方法は以下のステップを含む。
(i)生分解性ポリマーを所定濃度でジオキサンに溶解する(「生分解性ポリマー溶解ステップ」)。
(ii)上記の溶液を含む容器を冷却ユニット(コールドフィンガー)によって−10℃未満の所定温度にするように熱的に駆動された金属板上に取り付け、次に上記溶液が完全な相分離を起こすまで上記容器を上記板の上に保持する。言い換えれば、ジオキサンがポリマーから分離して溶液に印加された冷却の方向に沿って平行な稠密に充填された樹枝状形に秩序だって、すなわち規則的に凍結する。それと同時に、溶解されていた生分解性ポリマーは排除されてジオキサンの樹枝状結晶の周囲で凝固する(「方向性熱誘起相分離ステップ」)。及び
(iii)このようにして得られた固形物をアルコール水溶液に浸漬してジオキサンを浸出させる(「ジオキサン除去ステップ」)。
【0010】
本発明はまた、3D足場の即時でかつ深い細胞定着ができるようにする新規な真空支援細胞播種方法を提供する。本方法は本発明の構造物に合わせて開発され、この多孔質足場が屈曲度が低いことと物質移送量が大きいことを利用している。本方法は以下のステップを含む。
(i)足場をシリンジ中に置き、多孔質空洞中に捉えられている空気を細胞が含まれていない細胞培地で置換する目的で、予備的に真空処理を受けさせる。実際、捉えられている空気は足場体積全体の奥深くへの一様な細胞浸潤を妨げることがある。
(ii)細胞培地で満たされた足場を別のシリンジ中に置き、細胞が含まれない細胞培地を新鮮な細胞が入った媒体で置き換える目的で、真空処理を受けさせる。
(iii)細胞が入った媒体を含む足場を培養ウエル中に置き、新鮮な媒体で覆って培養器中に保持する。
【0011】
これに加えて、本発明はまた、精密に配向された微細孔形状を有する生分解性ポリマーの2D平面状多孔質足場を、本発明の3DdTIPS足場から出発して得るトップダウン式の方法を提供する。本方法では3D足場に特定の作用物質を取り込ませ、低温保持装置(cryostat)によってスマートカット、すなわち巧妙に切断する必要がある。薄い切片を作成したら、これらに細胞を培養し、積層して3D組織を作り上げる(ボトムアップ法)。2D多孔質足場を3DのdTIPS足場から得る方法は以下のステップを含む。
(i)足場をシリンジ中に置き、多孔質空洞中に捉えられている空気を適切な生体適合性及び生体吸収性のある埋込み物質(bio-compatible, bio-resorbable embedding agent)で置換する目的で、真空処理を受けさせる。この埋込み物質は細胞の付着力及び/または増殖性を向上させ、及び/または細胞分化を引き起こし、及び/または細胞培養に有益な効果を引き起こすために使用されるものの内から選択される。
(ii)埋込み物質で満たされた足場を低温にさらして、埋込み物質を凝固させる。
(iii)埋込みが行われた足場を低温保持装置に搭載してチャネルの向きに平行な方向に沿ってスライスすることで、向きを精密に制御した切片を作製する。その上、これによってできた2D足場は、細胞の付着力及び/または増殖を向上させ、及び/または細胞分化を引き起こし、及び/または細胞培養に有益な効果を引き起こす埋込み物質によって既にコーティングされている。
【発明の効果】
【0012】
本発明の高多孔質生分解性固体材料(つまり足場)は、平行で稠密に充填された樹枝状の空洞の秩序だった繰り返しによって特徴付けられる、血管パターンに類似した新規な形態(微細孔/チャネルネットワーク)を有する。この材料は血管網及び血管形成を目指す用途に役立つ人工足場として期待される。これらの足場のために特に開発された独自な播種方法により、この構造物での細胞コロニー形成(cell colonization)が即座に且つ効率的にできるようになる。これは別の形態で組織化された多孔性を有する足場では達成不能である。本発明により作成された足場は血管ネットワーク及び血管形成を目的とする用途に役立つものと期待される。
本発明の製造方法及び生物学的方法によれば、上述の高多孔質生分解性足場を簡単に作製し、また体外での培養を成功裏に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】左側は作製用装置の概略断面図、右側は「コールドフィンガー」の全体図である。
【図2】6.4%PLLAを含む1,4ジオキサン溶液に対して−40℃で実行された方向性TIPSにより実施例1で得られた足場のSEM像である。(左上隅から始めて左から右へ)(a)は断面図、(b)は、dTIPSによって得られ、直径4.5cm、厚さ0.6mmであり、マクロスケールで見える円形の微細孔構成を示しているPLLA足場の上面図、(c)と(d)は夫々表面上の薄層の突出によってできた表面形状の拡大上面図と拡大背面図である。
【図3】モールド(型、mold)の底から凍結させることによって得られた1,4−ジオキサンの単一の樹枝状固体の概略断面図である。
【図4】(a)足場の概略の分解図、(b)dTIPSによって得られた、表面で終端する単一のPLLA樹枝状ユニットのSEM像、(c)ユニットの多層セグメントの概略図であって、成長方向(z)、列内方向(y)及び列間方向(x)が、20度〜45度の層屈曲(lamellar bending)をともなった状態で示されている。
【図5】提案した、真空支援深部細胞播種方法の概略図であり、(a)、(b)及び(c)は夫々足場配置・ロック相、吸入相及び排出相を表す。
【図6】dTIPSによって作成された足場の断面図であり、(a)は細胞播種前、(b)は実施例2において細胞播種の18時間後である。これらの像は、ヘマトキシリン/エオシン細胞染色後に光学顕微鏡下で各種の倍率で得られたものである。
【図7】圧力勾配を印加した際の細胞浸潤機構の概略図であり、(a)は上表面のじょうご状注入口(側枝チャネルから主チャネルへの流れ)、(b)は裏面の逆じょうご状注入口(主チャネルから側枝チャネルへの流れ)を示す。
【図8】低温保持装置による3D dTIPS足場の巧妙な切断から得られた2D構成であり、(a)は高倍率、(b)は低倍率である。本構成は図4(a)中で定義された単一の樹枝状面に対応する。これらの像はそれぞれ光学顕微鏡下で得られたものである。(c)は3DIVの期間の系幹細胞(MSC)培養後の単一のPLLA 2Dストリップの蛍光画像である。(d)は2層足場上に成長したコンフルエントなMSC原組織(confluent MSC proto-tissue)である。本構成は、15DIV(days in vitro)の期間事前に培養された2つの2DdTIPS足場の重ね合わせにより、ボトムアップ製造によって作成された。
【図9】健全な厚手の組織の製造のための提案されたボトムアップ手法の概略図。用語「コア足場」は血管が新生された2D dTIPS足場を示すために使用している。
【発明を実施するための形態】
【0014】
先ず、本発明の高多孔質固体材料(つまり足場)の製造方法を説明する。ここで、「高多孔質」固体材料とは、以下で(実施例中で)説明される空孔率測定によって定められる全空孔率(total porosity)が80%〜99%(より好ましくは88%〜96%)である固体材料を意味する。
上述したように、本製造方法は以下のステップ(i)〜(iii)を含む。
(i)生分解性ポリマーを溶解するステップ、
(ii)方向性熱誘起相分離のステップ、及び
(iii)ジオキサンを除去するステップ。
【0015】
作製用装置については、冷却ユニット、油浴、熱駆動金属板、及び溶液容器を使用する。図1(左側)はこの作製用装置の概略断面図を示し、図1(右側)は冷却ユニットである「コールドフィンガー(cold finger)」の全体図を示す。
ここにおいて、溶液の容器として、好ましくはポリテトラフルオロエチレンモールドを使用するのが好ましい。それはポリテトラフルオロエチレンがここにおけるプロセスに関わる溶媒に対して不活性でありまたここで扱う温度範囲内で熱伝導率が低い(2.700×10−3W/cmK)ためである。この低熱伝導率により、熱流は(アルミニウム冷却板に直接接触している)モールドの底部に概ね局在化され、またモールドの側壁においては最小化される。このようにして、ジオキサンの凝固は溶液内で垂直方向に(すなわち、底から上面へ)起こり、また横方向の成分は無視できるように仕向けられる。
溶液を収容する容器は原則として任意の形を取るように作製することができる。その形状は立方体状、円筒状などから選択することができる。しかしながら、円筒タイプの形状は稜線や隅部(例えば立方体形状のモールド)がないために好適である。稜線や隅部のある場合には境界効果が起こって結晶の成長と形状に影響を与え、秩序だった構成を変更しかねない。更に、円筒状の容器は作製しやすい。容器のサイズは、目的に応じて広い範囲のうちから選択することができる。この作業での典型的なサイズは(容器の断面積で表せば)約20cmから約50cm(直径で約5cmから約8cmに相当)の範囲であった。溶液の全体積に対する容器壁における境界効果が顕著になりえるため、これより小さいサイズの容器は好ましくない。他方、より大きな容器を使用すると同じ足場厚を得るためにより多くのポリマーを使用する必要があり、実験費用が高くなる。更に、熱流が関わる面積が増大するにつれて、溶液全体にわたる熱的条件が不均一になる可能性もまた増大する。
【0016】
足場を作製するための原料であるポリマー材料としては、生分解性で熱可塑性の脂肪族ポリエステル及びその共重合体を使用することができる。これらの脂肪族ポリエステルポリマーとしてはたとえばポリラクチド(PLA、polylactide)の自然に現れる光学異性体であるポリLラクチド(PLLA、poly(L-lactice))、及び2つのPLA異性体D−ラクチド(D-lactide)とL−ラクチド(L-lactide)の合成ポリマーブレンド(synthetic blend)であるポリ(D,L−ラクチド)(PDLA、poly(D,L-lactide))がある。
脂肪族ポリエステル共重合体としては、ラクチドとグリコリドとのモル比が50:50から90:10まで変化し得る(たとえばPLGA65:35)ポリ(DL−ラクチドコグリコリド)(PLGA、poly(D,L-lactide-co-glycolide))、ラクチドのモル比が60%から80%まで変化し得るポリ(L−ラクチド−コグリコリド−コカプロラクトン)(PLGC、poly(L-lactide-co-glycolide-co-caprolactone))及びラクチドのモル比が30%から90%まで変化し得るポリ(DLラクチド−コカプロラクトン)(poly(DL-lactide-co-caprolactone))がある。
これらのうちで、もっとも好適にはPLLAを使用することができる。軟組織と硬組織の補修については、PLLAは常に最も広く利用されてきた生体材料のひとつであり続けてきた(非特許文献6〜9)。細胞系への親和性が高く、また化学的・機械的な安定性が高いことにより、PLLAは現在FDAが承認したいくつかの生物医学及び食品サービス用途に使用されている(非特許文献9)。生体内、自然環境中及び堆肥中でのPLLAの生分解速度はよく知られており、またその分子量あるいは化学組成を変更することで調整可能である。最後に、高分子量PLLAは通常の温度では菌類、かび(mold)あるいは他の微生物の影響をめったに受けない。
PLGA及びPLGCと比較してPLLAの方がかなり固く、分解及び吸収過程がより遅く、またより強い炎症性反応を伴う。しかし、足場は生物学的環境においても細胞の付着力を高めるために高度に疎水性でありまた機械的に自己支持性を持つ必要があるので、下の実施例では一般にPLGAやPLGCではなくPLLAを選んだ。この選択はPLLAがPLGAやPLGCよりも大幅に低価格であることからも正当化される。
ジオキサン(つまり溶媒)としては、1,4−ジオキサン、1,3−ジオキサン、あるいは1,2−ジオキサンを使用することができる。その中でも、好適には1,4−ジオキサン(融点11.8℃)を使用することができる。それは、1,4−ジオキサンがその凝固温度より低い温度で好ましい結晶形を取り、またその後、PLLA(つまり生分解性ポリマー)が失われたりあるいは構築されたPLLA構造を何ら改変することなくアルコール水溶液によって簡単に除去できるからである。
【0017】
PLLAを生分解性ポリマーとして使用し、また1,4−ジオキサンを溶媒として使用するとき、PLLAの濃度を2wt%から15wt%の範囲で選択することができる。しかしながら、細胞培養体に適用可能な所望の高多孔質固体材料(つまり足場)を得るためには、4wt%から7wt%の範囲内のPLLA濃度が好ましい。
【0018】
ステップ(ii)(方向性熱誘起相分離のステップ)において、「定義された低温の温度」としては、好ましくは−20℃と−80℃の間の一定の温度を使用することができる。この温度条件を選ぶことで、底から上面への方向性熱誘起がもたらされる。その結果、溶解していたジオキサンが、方向性熱誘起相分離によって、平行で稠密に充填された樹枝状形状の繰り返し秩序で凍結し、その後、溶解していた生分解性ポリマーが凝固する。
【0019】
ステップ(ii)の後、得られた固体をアルコール/水溶液に浸漬してジオキサンを浸出させる(つまり除去する)。アルコールとしては、エタノールあるいはメタノールが使用でき、その濃度は好ましくは50wt%から90wt%の範囲である。このようにして、所望の高多孔質固体材料(つまり足場)を得ることができる。
【0020】
得られた材料(つまり足場)の主微細孔(つまり主チャネル/孔)の方向は、一般には底面から上面へ垂直である。
ここで、樹枝状空洞の主微細孔の直径は好ましくは70±10μmであり、その側枝の直径は好ましくは45±5μmである。隣接する主微細孔間の距離は好ましくは80±20μmである。
【0021】
側枝は一般に主微細孔軸に対して45°から70°の角度で主微細孔から離れていく。
【0022】
[形態的に新規な高多孔質固定材料が得られる理由]
熱勾配が図1に示すように垂直方向のみに現れるようにすることにより、ジオキサン結晶の稠密に充填された垂直アレイが形成される(図3は、モールドの底から凍結させることにより得られたジオキサンの単一の樹枝状固体の概略表現を示す)。サンプル(生分解性ポリマーを溶解したジオキサン溶液)がたとえば−40℃で熱平衡に達した後、ジオキサン結晶をたとえば−18℃のEtOH/HO浴中で溶解し、ポリマーマトリクス中にその跡を残す。この処理は信頼性が高くまた再現性がある。その結果得られる多孔質の物質は、長い距離に渡って秩序だった階層構造を持つという特徴を有する。
【0023】
低温保持装置による2D dTIPS支持体の製造については、生体適合性、生分解性がある埋込み物質として超純水ベースあるいはPBSベースの溶液を使用した。この溶液に以下の成分のうちのひとつまたは複数のものを溶解した:ヘパラン硫酸(heparan sulfate)、ケラタン硫酸(keratan sulfate)、コンドロイチン硫酸(chondroitin sulfate)のようなプロテオグリカン(proteoglycan)及びヒアルロン酸(hyaluronic acid)のような非プロテオグリカン(non-proteoglycan)を含むグリコサミノグリカン(GAG、glycosaminoglycan);サッカロース(sucrose)等のような二糖類;フィブロネクチン(fibronectin)、コラーゲン、エラスチン(elastin)、ラミニン(laminin)のようなたんぱく質からなる細胞外基質、その他、牛由来、豚由来あるいは魚由来のゼラチン;最後にポリL−リジン(poly-l-lysine)溶液が使用できる。上述の各成分の濃度は個々の成分の水への溶解度に依存して0.1%から40%の範囲にある。
【実施例】
【0024】
[実施例1]
(1)足場合成
市販のPLLA(Mw=100,000〜150,000、アメリカ合衆国Aldrich社製)を6.4wt%の固定された濃度で1,4−ジオキサン(アメリカ合衆国Aldrich社製)に溶解した。この溶液10mlを円形のポリテトラフルオロエチレンモールド(内径45mm、内側の深さ30mm)に流し込み、この溶液の入ったモールドを図1に示すコールドフィンガー、つまり熱的に駆動され−40℃に設定される(この温度は足場中に出来上がるチャネルサイズが細胞を収容するのに十分な大きさであるものとする)Al板に取り付け、かくして熱勾配を所定方向で底から溶液の自由表面の上面へ垂直方向に10時間(−40℃で熱平衡に達するのに十分な時間)印加した。凝固後、サンプルをエタノールの80wt%水溶液100ml中に浸漬して溶媒つまり1,4−ジオキサンを浸出させた。ジオキサンの除去プロセスに影響する唯一のパラメータは80wt%エタノール浴の温度であるが、除去の温度がたとえば室温のように高すぎると、ジオキサンの溶解とともに局所的なポリマーの再溶解が起ってすでに形成されている足場構造が失われてしまうことがある。足場の形状を維持しながら一方ではプロセスが過度に遅くなるのを回避するため、除去温度は先ず2日間−18度に設定し、次いで徐々に室温にもっていった。最後に、足場を室温で5時間真空乾燥することによりエタノール溶液を除去した。作製したそのままの構造物を、多形穴あけポンチで直径14mmの円形サンプルに切り抜き、使用するまでデシケータに保管した。
【0025】
(2)評価
図2は得られた足場の形態のSEM像を示す。図2(a)の断面図から考察を開始するに、直径が約20μmの直線状で平行なチャネルのアレイ(図2(a)の差込み図)が足場の厚さ全体に渡って伸びているのを見て取ることができる。各チャネルには同程度の直径のチューブ状の側枝が見えるが、これらの側枝はチャネルの長手方向に渡ってチャネル全体からチャネル軸に対して約45°から70°で伸びる。その結果、観測される断面は、図示するように、典型的な多数の魚骨状微細孔構成を呈する。図2における孔は上面(図2(b)及び図2(c))及び裏面(図2(d))表面のチャネル末端に対応する。見てわかるように、図4(c)の中央付近に示されている寸法d及びDが付されている空所であるチャネルセクションは、三つの柱を持つ(three-poled)、魚のエイのような形をしたセクションで特徴付けられる。微細孔は同心状の列の形に構成されており、これにより、典型的な表面繊維状テクスチャー(図2(b))が与えられる。すなわち、図4(a)に概略を示すように積み重ねられまた図2(b)中の足場表面上に右上から左下の方向に伸びる線として出現する樹枝状の面(平面状繊維)によって、足場表面上にこの繊維状テクスチャーが作られる。この意味で、各面が表面上の「繊維」に対応している。この特異な構成はひとえにモールド内壁によって与えられる円対称性の結果であり、これが溶媒の異方性核生成のきっかけを与える原因である。
【0026】
全体の構造は、密に接触した平行で平面的な繊維の積み重なったものであって、そのおのおのは相互に侵入する樹枝状ユニットのアレイであると考えられる(図4(a))。単一の微細孔ユニットは、図4(b)のSEM像で証明され、図4(c)の簡略化されたモデルにより図式的に示されているように、いくつかのポリマー製薄板状の層の重ね合わせ(図4(c)では3層)であり、その総計は足場の厚さに依存する。
微細孔ユニットの各セクションは、魚のエイ状に区分された中央チャネルから広がる3枚の主薄層で構成されている。これらの薄層のうちの2枚はエイの翼部から列方向(y方向)に伸びて、最初に隣接する微細孔ユニットに向かうが、一方、3枚目の薄層(一般には短い方の薄層)はエイの尾から放射方向(x方向)に広がる。図4(c)に言及すれば、パラメータdとDはそれぞれチャネルセクションの小柱(エイの尾)の直径とチャネルの断面の最大寸法(エイの両翼の形をした開口部分の寸法)として定義される。図2(a)に見える斜めの側部チャネルは2枚の垂直方向zに隣接した層間の隙間に対応する。この間隙は約20μmであり、従ってdと同程度であるが、はっきりした層屈曲がある場合には15〜18ミクロンに減少し得る。しかしながら、樹枝状ユニットの側枝に沿って細胞を収容するために利用できる実効スペースは約50μmであり、側方層の図4(c)に示すx方向の長さに対応する。
【0027】
dTIPSサンプルの断面を観察することにより、μmスケールにおいて足場断裂はエイの尾の首部に対応して起こり、それにより尾の部分のチャネルを切断面にはっきりと晒す傾向があることがわかる。尾の部分のチャネルの直径はdに対応し、また簡単に測定できる。尾の部分のチャネルは非方向性のサンプルでも観測できる。それは断裂の前線は秩序正しく並べられたドメインを通って順次進行するからである。この理由により、直径dは微小孔サイズの冷却温度への依存性を確立する制御パラメータであると考えられた。その値はSEM写真の目視解析によって測定した値のサンプル毎の平均によって決定した。しかしながら、常にdの約3倍大きい主チャネル開口Dは細胞収容の評価について考慮しなければならない有効なパラメータであることを注意しておく必要がある。
【0028】
表1はdTIPS足場について観測された空孔率及び平均微小孔サイズを、比較の目的でTIPS足場についての値とともに示す。dTIPSにより作製されたものは同一の相分離温度において等方性熱処理によってできたものと同じ微小孔サイズを持つことがわかり、微小孔サイズが厳密に熱条件に依存することが確認された。足場の厚さは、使用された溶液の体積によって、600μmから1mmを超える範囲に及ぶ。
【0029】
【表1】

【0030】
方向性TIPSにより−40℃で作製された足場の場合に観察された全空孔率及び相互接続空孔率(夫々93%及び91%)の両者は同一の温度で行われた等方性TIPSについてのこれらの値よりも大きく、他方では−80℃で作製されたTIPSサンプルについて測定されたこれらの値とでは、大きな温度差にもかかわらず同等であることがわかる。この知見、更にはdTIPSサンプルが示した高度の微小孔相互接続性は、その秩序だった構成に関連するはずであり、また考察しているこれらの体系について溶媒成形の背後にある異なる機構を考慮することにより、説明することができる。非方向性の等方性TIPSの場合は、PLLA溶液は非協調的なジオキサン結晶形成を被る。これにより、短距離の秩序化/充填が起こり、この秩序化/充填は排除されたポリマーが集積する非晶質の遷移領域で相互接続されたランダムな向きの領域で終わる。これにより、非相互接続的溶媒相(non-co-continuous solvent phase)がもたらされて、結局、ジオキサンの溶解後には閉鎖孔が残る。他方、dTIPSにおける単一軸熱勾配により与えられる整列効果は、結晶化密度を最大化し、従って空隙量を最大化する作用を持つ。更に、凝固の進行につれて、色々な晶子(crystallite)からの分岐は最終的に互いに貫通しあって、ジオキサンの除去後に高度に相互接続された何も入っていない空間が残る。
【0031】
[実施例2]
(1)dTIPS 3D足場での細胞深部播種及び細胞培養
別様に明示しない限り、全ての生物学的検証試験はdTIPSにより−40℃で作製されたPLLA足場について実行した。細胞播種前に、足場の体積中で一様な細胞培養ができるように、多孔質の空洞中に捉えられた空気を細胞の入っていない培地で置換することを意図して、足場を予備的な真空処理にかける。直径が14mmの丸い足場をEtOH洗浄し、真空乾燥し、更に各面当り5分間の紫外線殺菌を行った。次に、各サンプルを円柱状のサンプルと同じ直径を有する10mLのプラスチックシリンジに入れ、図5(a)に示すように、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)シリンダーで底部に固定した。次に、シリンジを培地が入っているペトリ皿(図示せず)に部分的に浸漬し、図5(b)と図5(c)に示すように、吸入とそれに続く空気排出を繰り返すことで、ここから培地を強制的に足場多孔質に通す。この処置の終了時点では、足場が培地中に沈むのが観察された。培地で満たされた足場をプラスチック皿に移し変え、新鮮な培地で被い、培養器中で24時間38℃で平衡状態にしておいた。初回と類似した第2の吸入/排出サイクルにより、培地を8.0×10個/mLの濃度で細胞が入った新しい血清で置換した。これにより、図5(a)と図5(c)に示すように、細胞を足場中深く分散させた。播種された構造物をそっとシリンジから取り外して24ウエル培養皿へ移送し、培養器中で37℃、5%COで、付着スクリーニングの目的で18時間、あるいは増殖評価のために培地を1週間に2回交換しながら14日間まで保持した。
【0032】
(2)検証
図6は細胞培養前(図6(a))及び18時間の骨髄由来細胞(MSC)培養後(図6(b))の約1mm厚の事前処理した足場の断面図である。これらの像はヘマトキシリン/エオジン細胞染色後に得られたものである。断面は足場をその直径に沿ってそっと裂くことによって得られた。次いで、鋭い刃を使って露出している表面の厚さを500〜800μmまで減らして、光がこの構造を透過し細胞が定着した裂け目表面を観察できるようにした。図6(a)に示すように、真空駆動による浸水処理(vacuum-forced flooding treatment)は足場微細孔構造を変更も破壊もしなかった。それどころか、この処理により媒体がすでに充満した足場を得ることができるようになった。これは支持体内部に細胞を円滑に収容するのを促進するという利点がある。これらの条件の下で、細胞はこの多孔質足場内のアクセス可能なあらゆる地点に速やかに到達できることが期待される。それは、細胞が足場厚さ全体にわたって同一の媒体を通って移動できるからであって、侵入中に未処理のPLLA疎水性表面への優先的付着を起こすのではないからである。
【0033】
上述のように、細胞播種は真空下で行った。この細胞播種の結果を図6(b)に示す。細胞は樹枝状経路に沿って移動してサンプル(約1mm厚)の内部に顕著にコロニーを形成した。これらの知見により以下のことが確認できた。(i)真空ベース播種方法の有効性、(ii)足場と細胞のいずれにも損傷がないこと、及び(iii)1mmまでもの足場厚さ全体への細胞拡散ができるようにするための相互接続された微細孔の有効性。細胞は軸微細孔から直接、あるいは横方向の枝を滑っていくことで、足場の内部へアクセスできる。
【0034】
(3)ここで開発された真空支援深部播種方法のメカニズム
以前述べたように、ここで提案した播種方法は本発明のdTIPS足場のために特に作ったものである。実際、本方法は曲がりくねっておらずまた多孔質全体を通した高度の質量輸送で特徴付けられる本足場に特有の形状を利用している。しかしながら、図7に概略的に示すように、微細孔の魚骨構造の向きが与えられたとき、底面から行うかそれとも上面から行うかで、浸潤プロセスは大いに異なって行われ得る。細胞が上面側から足場内に押し込まれると、表面終端薄層は多重じょうご状構造のように動作し、その作用は
図7(a)及び図7(b)に示すように、細胞の流れを主に垂直のチャネルに運ぶことである。図7(b)に示すように、細胞を底面側から浸潤させると、逆じょうご構成により、背骨チャネルから側枝への細胞移動が促進され、本構造内でのいっそう一様な細胞分布がもたらされる。それゆえ、均等細胞分布を改善するため、上述の浸水処理ステップの間と細胞播種ステップの間の両方において、上述の背面をシリンジ入口に隣接させて足場を配置した。
【0035】
[実施例3]
(1)2D dTIPS足場のスマートカット作成
すでに述べたように、本発明はまた、これまで得ることができなかった、向きを持った樹枝状多孔性を有する、平面状の薄い(20〜70μm)足場をdTIPSによって製造する方法を与える。この方法は3D dTIPS足場から出発するトップダウン式の手法である。薄い2D足場は以下のようにして得られた。3D dTIPS足場をプラスチックのシリンジ中に置き、PTFEリングを使って固定した。30%サッカロース/PBS溶液を準備して15mLのプラスチックチューブ中に入れ、埋込み溶液として使用した。あるいは、2%の牛由来ゼラチン入りHOを0.1%PBS中に溶解したものを埋め込み物質として使用した。あるいは、実施例2の(2)検証の最初の段落に記載されている物質及び濃度を使用して、他の埋め込み溶液を作成することもできる。6mLの埋め込み物質をシリンジ中に吸入して足場を通して流れるようにした。埋込み溶液を排出し、6mLを新たにまた吸入した。シリンジ出口を封止し、シリンジピストンを往復させることで足場+埋込み物質に強い真空処理を与えた。足場体積の90%よりも多くの部分が溶液中に沈んだ段階でこのプロセスを完了した。この埋込み足場を適切な向きで金属製のひしゃく上に載せて、ヘキサンとドライアイスが入っているデュワー瓶中に浸した。凍結したサンプルをOCT(最適切断温度(optimal cutting temperature))化合物で被い、凝固したままにした。OCT中の埋込み足場を凍結浴から取り出して、−20〜−30℃の範囲の温度で低温保持器チャックに搭載した。低温保持器チャック上での足場の向きの選択には特別な注意を払わなければならない。この足場は、魚骨状断面の向きを切断面に平行にするようにマウントされる。この場合、60μm厚の薄いポリマースライスを作成することができ、各スライスは図4(a)に示す単一の樹枝状面に対応している。切断された薄いセクションをカバーガラスを使用して集め、使用するまで−80℃で保存した。
【0036】
(2)2D足場の細胞播種及び細胞培養
2D足場を載せたガラスカバーを各面当り5分間紫外線で消毒してプラスチック皿に移動した。8.0×10個/mLの濃度で細胞が入った血清40μLを液滴が足場外に広がらないように1枚の足場上に滴下した。プラスチック皿を培養器に30分間入れて細胞が付着するようにし、その後、足場を新鮮な培地で覆い、37℃で5%のCOの下で培養した。2D足場上にコンフルエントな原組織(confluent proto-tissue)が検出された後、培養された足場を鉗子を使ってそっと持ち上げて1枚ずつ積み上げ、細胞層とバイオポリマーが交互に重なったものでできた3Dの厚い組織を構成する。播種された構造物を細胞染色して免疫蛍光顕微鏡(immuno-fluorescence microscopy)により解析した。検査時点は、付着スクリーニング目的で24時間、あるいは培地を1週間に2回交換しながら増殖評価に14日までであった。
【0037】
(3)検証
図8(a)及び図8(b)は、サッカロース溶液で覆われた、細胞播種前の薄いdTIPS 2D足場を、それぞれ高倍率及び低倍率の光学顕微鏡写真で示す。特有の秩序ある樹枝状構造が材料処理の間保持されていて、スマートカットによるスライスの有効性及び再現性を示しているのを見て取ることができる。図8(c)は6DIV(インビトロ日数、days in vitro)後のMSCによる2D足場への定着を示す。この像は蛍光モードで撮ったものであり、被覆された足場上への大規模で明確な細胞付着と成長を明らかにしている。この証拠は作成された材料が有毒でないことだけでなく、細胞培養を持続可能な態様で効率的に支援できることを証明している。最後に、図8(d)は二層のdTIPS足場、つまり前もってMSCを使って15DIV培養した2枚の60μm厚セクションの重畳物上のコンフルエントな原組織の構成を示す。この像はDAPIを使った核染色を行って蛍光モードで得られたものである。
【0038】
上記実施例に使用した装置と方法は以下の通りである。
(a) 冷却装置
冷却ユニットとして、コールドフィンガー(cold finger)(Julabo FT109、イタリア)を使用した。「コールドフィンガー」構成の断面図及び全体図は図1に示した。
【0039】
(b) 空孔率測定
最初に各サンプルの重量Wを化学天秤を使用して測定し、ポリマーの実効体積(実際にポリマーによって占められている体積)Vを得た。
【0040】
V = Ws/ρo (1)
ここにおいて、ρoは購入したポリマーの測定された密度であり、ここでは1.27gcm-3であった。先ず足場を水に浸漬した。PLLAの疎水性と足場の(100μm以下の微細孔サイズによりもたらされた)毛細管力によって、水がその構造に浸透するのは不可能である。サンプルを液体に浸漬したとき、これが受ける押し上げる力、すなわち浮力はサンプル全体の体積Vtot、すなわちサンプル中でポリマーが占める体積と空気全体(すなわち足場内部の全空孔)が占める体積に比例する。すなわち
【0041】
UTtot=Vtot・ρ’
=UT’+ W (2)
ここにおいて、UTtotは足場が浸漬されている液体(ここでは水)から受ける浮力、ρ’はこの液体、すなわち水の密度1.0gcm−3、UT’は測定される正味の浮力である。
全空孔率εtot−aは以下のように定義される。
εtot−a=[(Vtot−V)/Vtot]・100 (3)
(1)式を使ってポリマーの実効体積Vがわかり、また測定された正味の浮力UT’の値から(2)式を使用して足場全体の体積がわかるので、(3)式を使用して全空孔率εtot−aを計算することができる。

【0042】
相互接続空孔率εIC、すなわち存在する空孔を通って足場外部から到達可能な全ての空孔が足場全体に占める割合は以下のようにして求めることができる。
サンプルをエタノール中に2時間浸すことでエタノールを完全に浸透させることにより、エタノール浴中でこの足場の重量を測定する。期待される重量Wと実際に測定された重量Wとの差を取る。ここで、期待される重量Wとは、足場中の全ての空孔に完全にエタノールが浸透したものと仮定した場合に期待される重量である。期待される重量Wと実際に測定される重量Wは夫々以下のように表される。
=(ポリマーの重量)+(全空孔中のエタノールの重量)−(足場全体にかかる浮力)
=[(ポリマーの重量)−(ポリマーの実効体積にかかる浮力)]+[(全空孔中のエタノールの重量)−(全空孔にかかる浮力)]
=(W−V・ρ’)+0
=(ポリマーの重量)+(相互接続空孔中のエタノールの重量)−(足場全体にかかる浮力)
=[(ポリマーの重量)−(ポリマーの実効体積にかかる浮力)]+[(相互接続空孔中のエタノールの重量)−(相互接続空孔にかかる浮力)]+[0−(閉鎖空孔にかかる浮力)]
=(W−V・ρ’)+0−VCL・ρ’
ここでρ’はエタノールの密度、すなわち0.8gcm−3、VCLは全閉鎖空孔の体積である。
従って両者の差は以下のようになる。
−W=(W−V・ρ’)−[(W−V・ρ’)−VCL・ρ’]
=VCLρ’
すなわち、これが全ての閉鎖空孔にかかる浮力である。これにより、閉鎖空孔率は以下のように求められる。
εCL=VCL/Vtot
=(W−W)/(ρ’・Vtot
=[(Ws−V・ρ’)−W]/(ρ’・Vtot
上式のパラメータは全て既知であるので、閉鎖空孔率εCLを求めることができる。これにより、相互接続空孔率εICを以下のように求めることができる。
【0043】
(c)走査電子顕微鏡(SEM)
足場の形態は主に光学顕微鏡と走査電子顕微鏡(SEM)による観察によって判定した。非生物学的に処理された足場を導電性のカーボン接着テープによってアルミニウムスタブ上に搭載して、2分間金スパッタリング(EMITECH K500X、英国Ashford)した後、8k〜10kVの加速電圧で動作させた電界放出走査電子顕微鏡(FE-SEM, LEO SUPRA1250、ドイツ国Oberkochen)中で観察した。細胞播種後、PLLA足場に細胞固定及び脱水を施してからSEM検査を行った。簡単に言えば、足場を自製の0.1M、pH7.2のリン酸緩衝液(PB)中に2.5%のグルタルアルデヒド(GA)を添加したもので2時間覆うことによって細胞を固定し、次にこれをPB中で数回洗浄した。その後、後固定処理(post fixation treatment)を、オスミウムテトラオキサイド(OsO)1%を添加したPB中で室温で一晩行った。本構造物を更にPB中で洗浄し、次にPB・EtOH溶液中に保持してEtOH濃度を30%から100%へ上昇させていった。空気中で乾燥させれば、サンプルは最終的に金属化の準備ができる。
【0044】
(d)機械的特性解析
引っ張り試験により足場の機械的性質を調べた。主円形サンプルから0.5cm×2cmの短冊片(strip)であって、dTIPSサンプルの場合には2cm側がサンプル半径に沿っているかあるいは垂直な方向を向いたものを切り出した。これらの短冊片をスピードレートを2mm/分に設定したThumler Z3(ドイツ)引っ張り試験機に搭載した。各々の試験毎に、引っ張り強度は、厚さ測定とSEM観察を結びつけることによって得られたところの、測定対象のサンプルの平均断面積で正規化した。
【産業上の利用可能性】
【0045】
以上詳細に説明したように、本発明は生分解性ポリマー製の高多孔質固体材料並びにその製造及び細胞播種方法を提供する。本材料は微細孔ネットワークのユニークな構造を有しているため、本発明は卓越した細胞培養材料、またそのような材料中への細胞播種方法を提供することにより、例えば医学やバイオテクノロジーに大いに貢献することが期待される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0046】
【非特許文献1】Yang et al.: Biomaterials 2006, vol.27, 4923.
【非特許文献2】Ch. Schugens et al.: Polymer 1996, vol.37,1027.
【非特許文献3】X. Hu et al.: Biomaterials 2008, vol.29, 3128.
【非特許文献4】P. X. Ma et al.: J. Biomed. Mater. Res. 2001, vol.56, 469.
【非特許文献5】G. Wei et al.: Biomaterials 2004, vol.25, 4749.
【非特許文献6】D. K. Gilding et al.: Polymer 1979, vol.20, 1459-84.
【非特許文献7】J. Kohn, R. Langer. Bioresorbable and Bioerodible Materials. In: B. D. Ratner, A. S. Hoffman, F. J. Schoen, J. E. Lemons (eds). Biomaterials science: an introduction to materials in medicine, New York, Academic Press (1996), 64-72.
【非特許文献8】W. P. Werschler: Dermatol. Ther. 2007, Suppl 1, 16-9.
【非特許文献9】Orthopedic Biomaterials, The World Market, 2nd Edition, Kalorama Information (2007).

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生分解性ポリマーからなる高多孔質固体材料であって、前記材料の微細孔ネットワークは平行で稠密な樹枝状空洞の秩序ある繰り返しを含む高多孔質固体材料。
【請求項2】
前記生分解性ポリマーはポリLラクチドである、請求項1に記載の材料。
【請求項3】
前記並行で稠密な樹枝状空洞の主微細孔の整列方向は、前記材料の1つの面から垂直に前記1つの面に対抗する面に伸びる、請求項1に記載の材料。
【請求項4】
前記樹枝状空洞の前記主微細孔の直径は70±10μmであり、前記樹枝状空洞の側枝の直径は45±5μmであり、前記主微細孔の隣接するもの同士の距離は80±20μmである、請求項3に記載の材料。
【請求項5】
前記側枝は前記主微細孔の軸に対して45°から70°の角度で前記主微細孔から離れる、請求項4に記載の材料。
【請求項6】
生分解性ポリマーでできた3D高多孔質固体材料を製造する方法であって、以下のステップ(i)から(iii)を設け、前記材料の微細孔ネットワークは平行で稠密な樹枝状空洞の秩序ある繰り返しを有する方法。
(i)生分解性ポリマーを定義された濃度でジオキサン中に溶解する。
(ii)前記生分解性ポリマーが溶解した前記ジオキサン溶液を収容した容器を、冷却ユニットによって10℃より低い定義された温度に熱的に駆動する金属板の上に搭載し、前記溶液が完全に層分離を起こすまで前記容器を前記金属板上に保持する。
(iii)前記層分離から得られた固体をアルコール水溶液に浸漬してジオキサンを浸出させる。
【請求項7】
前記容器はポリテトラフルオロエチレンモールドである、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記容器の形状は円筒状である、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
前記生分解性ポリマーはポリLラクチドである、請求項6に記載の方法。
【請求項10】
ステップ(i)におけるポリLラクチドの濃度は2wt%から15wt%の間である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記定義された温度は−20から−80℃の間の一定の温度である、請求項6に記載の方法。
【請求項12】
前記容器の底部は熱勾配が前記底部から垂直に前記溶液に対して付与されるように冷却される、請求項6に記載の方法。
【請求項13】
以下の(a)から(f)のステップを設け、細胞を請求項1による材料で作られた足場中に播種する真空支援方法。
(a)前記足場を第1のシリンジ中に置く。
(b)前記足場に真空処理を適用して、前記空洞中に捉えられた空気を細胞不含有培地で置換する。
(c)前記細胞不含有培地で満たされた前記足場を第2のシリンジ中に置く。
(d)前記第2のシリンジ中に置かれた前記足場に真空処理を適用して、前記細胞不含有培地を新鮮な細胞含有媒体で置換する。
(e)前記細胞含有媒体を含む前記足場を新鮮な培地で覆った状態で培養ウエル中に置く。
(f)前記培養ウエルに入った前記足場を培養器中に保持する。
【請求項14】
前記第1のシリンジと前記第2のシリンジの少なくとも一方はプラスチック製である、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記足場は前記第1のシリンジと前記第2のシリンジの少なくとも一方の中でPTFEリングによって固定される、請求項13に記載の方法。
【請求項16】
以下のステップ(a)から(e)により、請求項1に記載の材料で作られた3D足場から、生分解性ポリマーで作られ平行で稠密な樹枝状空洞の秩序のある繰り返しによって構成された微細孔ネットワークを有する2D高多孔質固体材料を製造する方法であって、前記微細孔ネットワークは前記3D足場を予め定められた面に沿って切断したとき前記樹枝状空洞が魚骨状構造として断面上に出現するように編成されている。
(a)真空処理を使用して前記3D足場に特定の物質を埋め込む。
(b)前記埋め込みが行われた足場を凍結させる。
(c)前記凍結した足場を低温保持装置のチャックに適切な向きで取り付ける。
(d)低温保持装置マイクロトームを用いて選択された足場セクションに沿って巧妙に切断する。
(e)前記3D足場を前記予め定められた面に平行にスライスする。
【請求項17】
前記物質は超純水に溶解したサッカロースである、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記サッカロースのHO中の濃度は1%から40%の範囲である、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記物質は超純水中に溶解した牛由来のゼラチンである、請求項16に記載の方法。
【請求項20】
前記牛由来のゼラチンのHO中の濃度は1%から40%の範囲である、請求項19に記載の方法。
【請求項21】
前記物質はPBS中に溶解した牛由来のゼラチンである、請求項16に記載の方法。
【請求項22】
前記牛由来ゼラチン溶液はPBS中の0.1から30%の濃度で使用される、請求項21に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−160797(P2011−160797A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2011−2204(P2011−2204)
【出願日】平成23年1月7日(2011.1.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年11月3日 インターネットアドレス「http://www3.interscience.wiley.com/search/allsearch?mode=viewselected&product=journal&ID=122672772&view_selected.x=102&view_selected.y=10」に発表
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】