説明

生存性の低い胞子を作る糸状菌の作成方法

【課題】形質転換の宿主となる糸状菌の胞子のストレス抵抗性を低減させることで、管理区域外に飛散した糸状菌胞子を死滅しやすくさせる、生存性の低い胞子を作る糸状菌の作成方法及び生存性の低い胞子を作る糸状菌を提供すること。
【解決手段】糸状菌の胞子の生存性を低減させる方法は、糸状菌の転写制御因子タンパク質をコードするatfA遺伝子のコード領域の全部若しくは一部を欠失させ又は変異させて前記糸状菌の胞子の生存性を低減させることを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胞子(分生子)の生存性を低減せしめた、特にバイオハザード対策に好適な糸状菌の作成に関するものであって、更に詳細には、本発明は遺伝子工学的手法を用いて得られる生存性を低めた分生子を作る糸状菌、及び当該形質転換糸状菌の作出方法、並びに糸状菌分生子の生存性を低める方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糸状菌はタンパク質の分泌能力が高く、様々な物質を発酵生産する際に利用される。近年これら糸状菌を宿主とした形質転換体を作成してさらなる有用菌株の作成が行われており、一般的に形質転換体の安全性は確認されないままではあるが、定められた管理区域内で厳密に管理されている。
【0003】
しかし糸状菌の分生子は空気中に飛散しやすく、これらを閉鎖環境中にとどめておくためには多大な労力が必要である。万が一環境中へ出た場合、糸状菌の形質転換体は容易に増殖可能であり、これらの形質転換糸状菌はさらなる胞子を形成することで、繁殖範囲を広げていくと考えられており、バイオハザード対策は、当業界における緊急の課題となっている。(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
【非特許文献1】「バイオテクノロジー事典」(株)シーエムシー、p.822−823(1986年10月9日)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明はバイオハザードをできる限り低減、防止する技術を開発するためになされたものであって、各方面から鋭意検討の結果、管理区域外に飛散した糸状菌胞子を死滅させればよいとの観点に立ち、そのためには形質転換の宿主となる糸状菌の胞子のストレス抵抗性を低減させる必要がある点に着目した。
【0006】
したがって、本発明が解決しようとする課題は、形質転換の宿主となる糸状菌の胞子のストレス抵抗性を低減させることで、管理区域外に飛散した糸状菌胞子を死滅しやすくさせることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決する目的でなされたものであって、転写制御因子遺伝子(ATF遺伝子群)の解析の過程において、麹菌(アスペルギルス・オリゼ)のatfA遺伝子を欠失させたところ、胞子の生存性が低下することをはじめて見出し、そして更に、このatfA遺伝子欠失株は紫外線等のストレスを与えると容易に死滅することもはじめて確認し、これらの有用新知見を基礎に更に研究の結果ついに完成されたものである。
【0008】
すなわち、本発明は、糸状菌の転写制御因子タンパク質をコードするatfA遺伝子のコード領域の全部若しくは一部を欠失させ又は変異させて前記糸状菌の胞子の生存性を低減させることを含む、糸状菌の胞子の生存性を低減させる方法を提供する。また、本発明は、atfA遺伝子のコード領域よりも上流の領域を含む領域と相同な第1の領域と、前記atfA遺伝子のコード領域よりも下流の領域を含む領域と相同な第2の領域を有し、正常なatfA遺伝子を含まないDNA断片を提供する。さらに、本発明は、前記本発明の方法により胞子の生存性が低減された糸状菌を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、生存性の低い胞子を作る糸状菌を作成することができ、作出された糸状菌は紫外線等に当たると容易に死滅するという特性を有する。したがって、糸状菌を宿主とした各種形質転換体がたとえ管理区域外に飛散したとしても、本発明に係るこれらの形質転換体は短時間に死滅するため、バイオハザードが未然に防止されるという著効が奏される。
【0010】
そのため、糸状菌を対象とする遺伝子操作技術を各種広範に適用することができ、その際、バイオハザードを過度に心配することなく、研究、製造が可能である。通常、微生物の生存の増進が効果として評価されるためであるが、本発明は、これとは逆の効果、つまり負の効果が著効として評価される点できわめて特徴的であり、本発明は、遺伝子操作技術の分野において、特異的な独特な効果を奏するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の方法は、糸状菌ゲノム中のatfA遺伝子のコード領域を欠失又は変異させる(atfA遺伝子を破壊する)ことにより行われる。atfA遺伝子の欠失は、全体を完全に欠失させてもよいし、一部を欠失させてもよく、また、atfA遺伝子とその隣接領域を包含する領域を広く欠失させてもよい。一部を欠失させる場合には、特に限定されないが、atfA遺伝子のコード領域の半分以上を欠失させることが好ましい。atfA遺伝子のコード領域を変異させることによりatfA遺伝子を破壊する場合は、該コード領域の好ましくは中央よりも上流の部位でナンセンス突然変異又はフレームシフト突然変異を導入して、それよりも下流の領域によりコードされるアミノ酸配列を欠失させ又は全く無関係なアミノ酸配列とすることが好ましい。atfA遺伝子の塩基配列はDDBJ/EMBL/GenBank国際塩基配列データベースに登録済みである(アクセッション番号AB120719)。atfA遺伝子及びその周辺領域のゲノムDNA配列は、配列表の配列番号1に示す通りであり、このうちデータベースに登録されているatfA遺伝子配列は726ntから4648ntであり、コード領域は3481ntから4631ntである。本遺伝子は、麹菌に含まれており、例えばアスペルギルス・オリゼRIB40株(Nature, 2005 Dec 22;438(7071):1092-3、独立行政法人製品評価技術基盤機構のゲノム解析部門のデータベースであるDOGAN(Database of the Genomes Analyzed at Nite)に全ゲノム配列が記載)及びその栄養要求性変異株NS4株にも含まれているので、それから切り出したり、そのゲノムDNAを鋳型とした核酸増幅法により増幅断片を調製することによっても入手することができる。
【0012】
atfA遺伝子を破壊する方法としては、例えば、正常なatfA遺伝子を含まない相同DNA断片を糸状菌細胞中に導入し、該相同DNA断片と、糸状菌のゲノムDNA間で相同組換えを行わせる方法が挙げられる。ここで、「相同DNA断片」とは、相同組換えによりゲノム中の標的領域と組換えられ得るDNA断片のことを言い、本発明で用いられる相同DNA断片は、atfA遺伝子のコード領域よりも上流の領域を含む、糸状菌のゲノムDNA中の領域と相同な第1の領域と、前記atfA遺伝子のコード領域よりも下流の領域を含む前記糸状菌のゲノムDNA中の領域と相同な第2の領域を有する。
【0013】
ここで、「相同な領域」とは、糸状菌のゲノムDNA中の対応する領域と同一の塩基配列を有するか又は該領域と、糸状菌細胞中で相同組換えが生じる程度の配列同一性を有する領域を意味する。すなわち、前記第1の領域及び第2の領域には、配列番号1に示される塩基配列中の対応する部分と同一の塩基配列を有するもののほか、該塩基配列のうち1若しくは複数の塩基が置換し及び/若しくは欠失し並びに/又は該塩基配列に1若しくは複数の塩基が挿入され及び/若しくは付加されたものであって、それらの数が相同組換えが起きる程度に少数のものも包含される。この場合、該領域中の、配列番号1記載の配列に対応する部分は、配列番号1記載の配列と90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上、最も好ましくは100%の同一性を有していることが好ましい。ここで、塩基配列の同一性とは、両者の塩基ができるだけ多く一致するように(必要ならばギャップを挿入する)両塩基配列を整列させ、不一致の塩基数を、全塩基数(両者の配列で全塩基数が異なる場合には短い方の配列の全塩基数)で除したものを百分率で表したものであり、BLASTのような周知のソフトにより容易に算出することができる。特に、上記した置換、欠失、挿入及び/又は付加する塩基数の合計が10個未満のものが好ましい。
【0014】
前記第1及び第2の領域は、短くなりすぎると相同組み換えの効率が低下することがあるため、通常30bp以上であり、好ましくは、1500bp以上である。また、前記第1及び第2の領域のサイズの上限は特に限定されないが、通常、10000bp以下、好ましくは2500bp以下である。従って、前記第1及び第2の領域のサイズは、通常、30bp以上10000bp以下であり、好ましくは1500bp以上2500bp以下である。
【0015】
前記第1の領域としては、atfA遺伝子のコード領域よりも上流の領域と相同な領域から成るものが好ましく、あるいは、配列番号1に示す塩基配列のうち、1nt〜2115ntに含まれる30bp以上の領域と相同な領域を含むもの、特に、配列番号1に示す塩基配列のうち、1nt〜2115ntに含まれる1500bp以上の領域と相同な領域を含むものが好ましい。また、前記第2の領域としては、atfA遺伝子コード領域よりも下流の領域と相同な領域から成るものが好ましく、あるいは、配列番号1に示す塩基配列のうち、1nt〜1959ntに含まれる30bp以上の領域と相同な領域を含むもの、特に、配列番号1に示す塩基配列のうち、1nt〜1959ntに含まれる1500bp以上の領域と相同な領域を含むものが好ましい。これらの領域は、本明細書において塩基配列が開示されているので、この情報を元に糸状菌の遺伝子から切り出してもよいし、糸状菌ゲノムDNAを鋳型にしてプライマーを用いてPCRを行って合成してもよく、その入手に格別の困難はない。
【0016】
なお、相同DNA断片中では、第1の領域及び第2の領域の方向性を合わせて配置する必要がある。すなわち、相同DNA断片中では、第1の領域が上流、第2の領域がその下流となるように、方向性を合わせて配置される。もっとも、相同DNA断片は環状であってもよい。環状の場合には、上流側の前記第1の領域と下流側の前記第2の領域が直接又は他の配列を挟んで間接的に隣接する。
【0017】
また、相同DNA断片は、通常、二本鎖である。なお、配列表には、規則によりセンス鎖のみを記載することになっているが、糸状菌のゲノムDNAは二本鎖である。従って、上記説明中、「配列番号1に示す塩基配列と相同な領域」のような表現において、「配列番号1に示す塩基配列」は、文脈から明らかにそうでない場合を除き、二本鎖を意味する。
【0018】
相同DNA断片中には、atfA遺伝子のコード領域が含まれていてもよいが、正常なatfA遺伝子は含まれない。相同DNA断片としては、atfA遺伝子のコード領域の全部又は過半を含まないものが好ましく、atfA遺伝子のコード領域を全く含まないものがより好ましい。ただし、相同DNA断片中にatfA遺伝子のコード領域の全体が含まれていても、そのコード領域中に後述のマーカー遺伝子などの外来遺伝子が挿入されていれば、それによってatfA遺伝子が破壊されるので、そのような断片を用いて相同組換えを行うことにより糸状菌細胞中の正常なatfAの機能を失わせることも可能であり、そのような手段によっても本発明の方法を実施することができる。
【0019】
本発明の方法で用いられる相同DNA断片は、第1の領域と第2の領域との間にマーカー遺伝子を含ませたものであってもよい。ここで、第1の領域と第2の領域との間とは、第1の領域の下流で且つ第2の領域の上流に位置するという意味である。マーカー遺伝子を含ませることにより、相同DNA断片がゲノム中に導入された糸状菌の単離を容易に行うことができるため好ましい。マーカー遺伝子としては、導入する菌株の栄養要求性に適合した栄養要求性相補遺伝子や、各種薬剤耐性遺伝子等を用いることができる。本発明の実施例においては、硫酸(硫黄源)資化欠損株である麹菌NS4株を用いているため、マーカー遺伝子として硫酸(硫黄源)資化に関するsC遺伝子(Borges-Walmsley MI, et al., Mol Gen Genet. 1995 May 20;247(4):423-429.)を用いている。sC遺伝子によりNS4株の栄養要求性が相補されるため、栄養要求性培地上で培養することにより遺伝子導入株を容易に単離することができる。sC遺伝子配列は、GenBankにアクセッション番号X82541として登録されており、配列表の配列番号10に示すとおりである。ただし、マーカー遺伝子はsC遺伝子に限定されず、前述のとおり各種の適切な栄養要求性相補遺伝子及び薬剤耐性遺伝子等を用いることができる。なお、相同DNA断片中のマーカー遺伝子の方向性は、第1の領域及び第2の領域と合わせる必要はなく、任意でよい。
【0020】
ただし、糸状菌ゲノム中の目的の位置に相同DNAが相同組換えにより挿入された場合のみならず、何らかの原因で目的外の位置に挿入された場合にも、マーカー遺伝子による栄養要求性の相補や薬剤耐性が生じてしまう恐れがある。従って、所望のatfA破壊株を得るためには、マーカーによる選抜後、適宜サザン解析やPCRにより増幅、さらには増幅産物のダイレクトシーケンシング等を行ない、目的通りの位置に相同DNA断片が挿入されていることを確認することが好ましい。
【0021】
また、相同DNA断片中には、第1の領域及び第2の領域、並びに適宜含まれ得るマーカー遺伝子以外の配列が含まれていてもよい。例えば、断片構築の過程で含まれてくる、クローニングベクター由来の配列等が含まれていてもよい。さらに、後述するとおり、相同DNA断片中には、形質転換用のプラスミドベクター配列の一部又は全部が含まれていてもよい。
【0022】
本発明で用いられる相同DNA断片を糸状菌細胞中に導入させる方法は、特に限定されないが、例えば、プラスミドベクター中に相同DNA断片が含まれるように構築し、このプラスミド(以下「atfA遺伝子破壊用プラスミド」ということがある)を糸状菌細胞中に導入する方法が挙げられる。このようなプラスミドは、あらかじめ相同DNA断片を構築し、これをプラスミドベクター中に挿入することによって作製することもできるし、また、相同DNA断片の構成要素である第1の領域及び第2の領域、並びに適宜含まれ得るマーカー遺伝子を、方向性に留意しつつ順次プラスミドベクターに挿入することによって作製することもできる。
【0023】
本願明細書及び特許請求の範囲において、「相同DNA断片がプラスミドベクター中に含まれるように構築された形態にある」とは、プラスミドベクター中で、相同DNA断片の構成要素である第1の領域及び第2の領域、並びに適宜含まれ得るマーカー遺伝子が、前記したとおりの方向性及び位置関係を保持して配置される形態にあるということを意味する。従って、プラスミドに含まれるように構築された形態にある相同DNA断片は、プラスミドベクター配列の一部又は全部を含む場合がある。図1及び2に示すプラスミドは、相同DNA断片中にベクター配列が含まれる態様の例である。なお、図2のプラスミド中のAmp(アンピシリン耐性遺伝子)は、糸状菌形質転換体の選択のためのマーカーではなく、大腸菌中でプラスミドを増幅させる際に有用なマーカーとして用いられている。
【0024】
atfA遺伝子破壊用プラスミドの作製に用いるプラスミドベクターは、特に限定されないが、糸状菌細胞内での複製能を有しないものを用いると、プラスミドを糸状菌細胞に導入した後の培養の過程で、特に工夫をしなくとも該糸状菌細胞から自然にプラスミドが脱落するので、後にサザン解析を行なう場合にプラスミド由来のシグナルを検出するおそれを回避できるため有利である。本発明の実施例においては、プラスミドベクターとして染色体組込型ベクターpUSCを用いたが、これに限定されるものではない。pUSCは、0.Yamada, B. R. Lee, K. Gomi. Transformation System for Aspergillus oryzae with Double Auxotrophic Mutations, niaD and sC Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 61(8),1367-1369,1997に記載されており、また、(独)酒類総合研究所においても頒布されているものであって、入手に困難性はない。なお、プラスミドの糸状菌細胞への導入自体は、この分野で公知のいかなる方法によっても行なうことができる。
【0025】
本発明の実施例で構築されたatfA遺伝子破壊用プラスミドpUSCΔatfAの構造を図2に示し、該プラスミドの全塩基配列を配列番号9に示す。配列番号9中、2nt〜9ntがNotI制限酵素サイト、8387nt〜10479ntが第1の領域、1983nt〜5249ntがsC配列、42nt〜1979ntが第2の領域である。すなわち、プラスミドpUSCΔatfA中に含まれる相同DNA断片(以下「ΔatfA」という)は、配列番号9中の42nt〜10479ntである。なお、配列番号9に示す配列は、第1の領域と第2の領域が相補鎖(アンチセンス鎖)で記載されており、第1の領域が第2の領域の上流であることに変わりはない(なお、配列表にはセンス鎖を記載することになっているが、第1及び第2の領域と、sC配列等のプラスミド由来配列の向きが逆であり、これらのどちらかのセンス鎖を記載すれば他方はアンチセンス鎖となり、両者のセンス鎖を同時に記載することはできないので、配列番号9では、sC配列のセンス鎖、第1及び第2の領域のアンチセンス鎖が記載されている)。第1の領域を作製するために用いた、atfA遺伝子コード領域の上流の領域は、プロモーター領域と概略対応するものであり、麹菌ゲノムからプライマー1及び2を用いてPCRにより増幅して得た。その増幅断片の塩基配列を配列番号3に示す。また、第2の領域を作製するために用いた、atfA遺伝子コード領域の下流の領域は、ターミネーター領域と概略対応するものであり、麹菌ゲノムからプライマー3及び4を用いてPCRにより増幅して得た。その増幅断片の塩基配列を配列番号4に示す。
【0026】
本発明で用いられる相同DNA断片を含んだプラスミドは、麹菌(黄麹菌:Aspergillus oryzae)、黒麹菌(Aspergillus nigerなど)、白麹菌(Aspergillus usamii、Aspergillus kawachiiなど)といったアルペルギルス(Aspergillus)属菌のみならず、ムコール(Mucor)属菌、ペニシリウム(Penicillium)属菌、リゾプス(Rhizopus)属菌といった各種糸状菌のほか、一般的に様々な生物で使用することができる。
【0027】
本発明の方法により、糸状菌の胞子の生存性が低減され、各種の環境ストレスによる生存率が有意に低下する。胞子の生存性については、耐熱性、耐酸化性又は耐紫外線性等を指標として評価することができる。具体的には、胞子に熱ストレス、酸化ストレス又は紫外線ストレス等のストレスを与え、その後の胞子の生存数を確認することにより評価することができる。具体的な試験方法は下記実施例に記載されている。
【実施例】
【0028】
以下、本発明の実施例について記載するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0029】
(実施例:麹菌(アスペルギルス・オリゼ)に存在するatfA遺伝子を欠失させることで、紫外線等のストレスに抵抗性が低い分生子を形成する麹菌の作製)
atfA遺伝子破壊株の単離と確認を次のようにして行った。
【0030】
(1)atfA遺伝子破壊用プラスミドの作成
atfA遺伝子コード領域の上流領域約2kbp(atfA ORF上流領域)と、下流領域約2kbp(atfA ORF下流領域)とを染色体組込型ベクターpUSCに導入してatfA遺伝子破壊用コンストラクトを作成した(図2)。このベクターを用いて麹菌NS4株を形質転換(図3)することでatfA遺伝子破壊株を得た。
【0031】
すなわち、下記するように、atfA ORF上流領域(配列番号3)及びatfA ORF下流領域(配列番号4)をそれぞれ作成し、ベクターpUSCにこれらの領域を導入して、atfA遺伝子破壊用プラスミドpUSC△atfA(その構築を図2に示し、全塩基配列を配列番号9に示す)を作成した。
【0032】
(導入方法)
(イ)プライマー1及びプライマー2を用いて、麹菌ゲノムDNAからatfA ORF上流領域をPCRにより増幅し、得られた断片をpCRBluntベクター(インビトロジェン)にクローニングした。さらに得られたプラスミドを制限酵素NotI及びXbaIで切断してベクター配列と上流域が結合した直鎖状断片を回収した。
(ロ)プライマー3及びプライマー4を用いて、麹菌ゲノムDNAからatfA ORF下流領域をPCRにより増幅し、得られた断片をpCRBluntベクターにクローニングした。さらに得られたプラスミドを制限酵素NotI及びXbaIで切断し、atfA ORF下流領域を含むDNA断片を回収した。
(ハ)(イ)の断片の切断部分に(ロ)のDNA断片を結合させて環状プラスミドとし、クローニングした。このプラスミドを制限酵素XbaIとKpnIで切断し、ベクター部分を除去することでatfA ORF上流領域及びatfA ORF下流領域が結合した断片を得た。
(ニ)sC遺伝子配列を含むプラスミドpUSCを制限酵素PstI及びAatIIで切断し、切断箇所に(ハ)で得られた断片を導入することでpUSC△atfAを作成した。
【0033】
プライマー1は、その塩基配列を配列番号5に示し、プライマー2は、その塩基配列を配列番号6に示し、プライマー3は、その塩基配列を配列番号7に示し、プライマー4は、その塩基配列を配列番号8に示した。
【0034】
宿主としてはNS4株を使用した。NS4株(Aspergillus oryzae NS4)は、先に示した文献により既知であるうえ、当研究所においても頒布しており、入手に困難性はない。
【0035】
このようにして作製したatfA遺伝子破壊用プラスミドpUSC△atfAによる形質転換及び形質転換株の選択は、公知の方法(Yamada O., Lee B. R. and Gomi K. Transformation System for Aspergillus oryzae with Double Auxotrophic Mutations, niaD and sC. Biosci.Biotech. Biochem. 61 (8) 1367-1369 (1997))により行った。
【0036】
(2)ゲノムサザンによる破壊株の確認
形質転換株からゲノムDNAを調製し、これを制限酵素NcoIで切断したものを用いてゲノムサザン解析を行なった。
【0037】
atfAのORFの下流領域(配列番号4に示す配列)をプローブとして用い、ゲノムサザンを行った結果(図4)、遺伝子破壊株において予想通りの11kbpのバンドが観察された。ORF部分(配列番号2に示す配列)をプローブにしたゲノムサザンにおいてはバンドが検出されなかったことから、atfA遺伝子破壊株であることが確認できた。すなわち、ゲノムDNAは制限酵素NcoIで切断後、電気泳動に供した。その結果、ORF部分をプローブに用いた場合、 NS4株では8kbpのバンドが検出されるが、破壊株ではORFが存在しないため、シグナルは検出されないことが確認され(図面左側)、atfA ORF上流領域(配列番号3に示す配列)をブローブとすると、NS4は8kbp、破壊株は11kbpのバンドが検出された(図面右側)。図5はゲノムサザンの説明図である。なお、プローブの作成は、Roch社のDIG PCR probe作成キットを用いて行った。
【0038】
(3)各種ストレス耐性の測定(図6)
耐熱性
蒸留水に懸濁した分生子を50℃で20分間インキュベートし、寒天培地に塗布して生存数を確認した。なお、分生子の生存数は、寒天培地上に形成されたコロニー数を計数することにより確認した。
【0039】
耐酸化性
50mM過酸化水素水溶液に懸濁した分生子を30℃で20分間インキュベートし、寒天培地に塗布して生存数を確認した。
【0040】
耐紫外線性 紫外線照射器により寒天培地に塗布した分生子に紫外線を照射して生存数を確認した。
【0041】
結果を図6に示す。図6に示す結果から、atfA遺伝子破壊株では各種ストレスによる生存率が野生株よりも有意に低いことから、日光のあたる野外等で死滅しやすくなっていることが証明された。また、本願発明者らはこれまでに、atfAの相同遺伝子であるatfBについて遺伝子破壊を行った結果、ストレスを与えた際に死滅しやすくなることを見出しており、特許出願を行なっているが(特願2005-54021)、atfA遺伝子破壊株の胞子はatfB遺伝子破壊株の胞子よりもさらに死滅し易くなっており、本発明の方法の胞子の生存性低減効果の高さが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】atfA遺伝子破壊用プラスミドの一例を示す。
【図2】本願実施例において作製したpUSC△atfAプラスミドを示す。
【図3】遺伝子破壊概略図である。
【図4】破壊株のゲノムサザンの結果を示す電気泳動図である。
【図5】ゲノムサザンの説明図である。
【図6】各種ストレスに対する麹菌分生子の耐性を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糸状菌の転写制御因子タンパク質をコードするatfA遺伝子のコード領域の全部若しくは一部を欠失させ又は変異させて前記糸状菌の胞子の生存性を低減させることを含む、糸状菌の胞子の生存性を低減させる方法。
【請求項2】
前記atfA遺伝子のコード領域よりも上流の領域を含む前記糸状菌のゲノムDNA中の領域と相同な第1の領域と、前記atfA遺伝子のコード領域よりも下流の領域を含む前記糸状菌のゲノムDNA中の領域と相同な第2の領域を有し、正常なatfA遺伝子を含まない相同DNA断片を糸状菌細胞に導入し、該相同DNA断片と、糸状菌のゲノム遺伝子の間で相同組換えを行なわせることにより、前記atfA遺伝子のコード領域の全部若しくは一部を欠失させ又は変異させる請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記相同DNA断片中の前記第1の領域は、前記atfA遺伝子のコード領域よりも上流の領域の相同領域から成り、前記第2の領域は前記atfA遺伝子のコード領域よりも下流の領域の相同領域から成る請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記第1及び第2の領域のサイズは、それぞれ30bp〜10000bpである請求項2又は3記載の方法。
【請求項5】
前記相同DNA断片中の前記第1の領域は、配列番号1に示す塩基配列のうち、1nt〜2115ntに含まれる30bp以上の領域と相同な領域を含み、前記第2の領域は、配列番号2に示す塩基配列のうち、1nt〜1959ntに含まれる30bp以上の領域と相同な領域を含む請求項4記載の方法。
【請求項6】
前記相同DNA断片は、atfA遺伝子のコード領域の全部又は過半を含まない請求項2ないし5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記相同DNA断片は、前記第1の領域と前記第2の領域の間にマーカー遺伝子を含む請求項2ないし7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記マーカー遺伝子は、sC遺伝子である請求項7記載の方法。
【請求項9】
前記相同DNA断片は、環状である請求項2ないし8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記相同DNA断片は、プラスミドベクター中に含まれるように構築された形態にある請求項9記載の方法。
【請求項11】
前記プラスミドベクターは、糸状菌細胞内での複製能を有さないものである請求項10記載の方法。
【請求項12】
前記胞子の生存性は、胞子の耐熱性、耐酸化性及び耐紫外線性から成る群より選ばれる少なくとも1種により評価されるものである請求項1ないし11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記糸状菌は麹菌である請求項1ないし12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
atfA遺伝子のコード領域よりも上流の領域を含む領域と相同な第1の領域と、前記atfA遺伝子のコード領域よりも下流の領域を含む領域と相同な第2の領域を有し、正常なatfA遺伝子を含まないDNA断片。
【請求項15】
請求項1ないし13のいずれか1項に記載の方法により胞子の生存性が低減された糸状菌。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−54542(P2008−54542A)
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−233065(P2006−233065)
【出願日】平成18年8月30日(2006.8.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年3月5日 社団法人 日本農芸化学会発行の「日本農芸化学会2006年度(平成18年度) 大会講演要旨集」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年3月27日 社団法人 日本農芸化学会主催の「日本農芸化学会2006年度(平成18年度)大会」において文書をもって発表
【出願人】(301025634)独立行政法人酒類総合研究所 (55)
【Fターム(参考)】