説明

甲虫を用いた社会性に関与する生理活性物質を創出する方法

【課題】本発明は、甲虫という個体を用いることによる、社会性に関与する生理活性物質の創出方法を提供することを課題とする。より詳しくは、甲虫の飼育条件を変えることによる、社会性に関与する関連遺伝子産物を含む生理活性物質を創出する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】個体の密度を高く保って飼育した甲虫の幼虫から蛹への変態の際に、甲虫の体内に何らかの社会性に関与する生理活性物質が存在することを見出し、飼育した甲虫の飼育媒体を分析することにより社会性に関与する関連遺伝子産物を含む生理活性物質を創出する方法を提供しうる。具体的には、光という物理的刺激を介して、甲虫の性別が決定されることから、そのような条件下で飼育した甲虫の飼育媒体を分析することによる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、学名Trypoxylus dichotomusの甲虫(以下、カブト虫)から放出される社会性に関与する生理活性物質を創出する方法に関する。より詳しくは、カブト虫の幼虫を高密度条件下で飼育する等、一定の条件下で飼育した場合に、カブト虫の幼虫がすみわけ行動を示すという知見に基づき、一定の条件下で飼育した場合に、カブト虫より放出される社会性に関与する生理活性物質を創出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来よりカブト虫は、幼虫から成虫に至る変態のそれぞれの段階での個体を商品として人工飼育によって育成され、販売されてきた。人工飼育は、広く既知のものではあるが、特定の飼育方法も存在する(特許文献1参照)。
【0003】
以下、カブト虫の一般的な人工飼育方法とその方法で育成されるカブト虫について説明する。通常、クヌギやコナラなどの広葉樹を細かく砕いて腐食した、所謂、腐葉土を平地や山地などに大量に準備する。家庭や小規模に飼育する場合には、プラスチック製の透明な飼育ケースを用いる。交尾後のカブト虫の雌は、夏季期間中に、その腐葉土中に直径約2mm程度の球形の卵を産む。卵が孵化した後、腐葉土が飼料となり、幼虫が成育する。尚、幼虫は、腐葉土中で越冬し、越冬した年の春から夏にかけての期間に、自己の大きさより1から2cm程度大きな空洞を腐葉土中に形成し、その空洞の中で蛹に変態する。そして、さらに3から4週間経過した後、蛹の皮を破って成虫が出てくる。地上へは、餌となる甘味を有する液体(自然界では、樹液であり、人工飼育では、砂糖水や蜂蜜水あるいはメロン・桃などの果実成分)を求めて這い出す。また、成体は、地上に這い出した際には、夜間に可視光領域の波長の光に対して集まる性質を有している。幼虫や蛹形成時期での可視光に対して集まる性質は、知られていない。尚、カブト虫は、卵から成虫に至るまでの成長の過程を経て飼育するために約1年間を必要とする。
【0004】
どのような生命体でも個体の密度が高まれば、相互に排除または捕食するなどの、異常が見られるが、本カブト虫の幼虫や蛹形成期では、個体間における上述の異常はない。このような個体間での異常が特定のヒトに存在するならば、そのヒトは、他者を傷つけることや自己を犠牲にするような精神疾患を伴う可能性がある。事実、ヒトの場合、ヒトどうしの空間的隔たりと鬱病との関わりを示すデータが存在する(非特許文献1参照)。
【0005】
鬱病は、脳内の辺縁系でのセロトニン(アミノ酸の一つ)が減少することによって、発症すると考えられている。セロトニン自体は、血液脳関門を通過出来ないが、その分解産物である5ヒドロキシインドール酢酸は通過できる。従って、髄液中の5ヒドロキシインドール酢酸量の減少を測定することによって、セロトニンの減少と鬱病との関連が明らかになった(非特許文献2と非特許文献3参照)。
【0006】
他の例では、性決定と社会性維持との関連として、ヒトにおける疾患である性同一性障害の存在を挙げることが出来る。外見上は、既に性別が決定しているにもかかわらず、精神的には、外見上と逆の性を有している場合がある。一生物の集団を考えた場合、特定の集団が引き起こす事例の法的解釈は別として、性同一性障害は、必ずしも周囲のヒトが形成する社会が許容しているわけではない。患者自身が不快感を有する場合には、治療が必要となることもあり得る。
【0007】
通常、雌雄が存在する生命体の中で、光のような物理的刺激によって性が決定されることは知られていない。唯一、物理的条件で雌雄を決定しうる生物の事例として、爬虫類に属するカメ(亀)の雌雄の決定では、卵の期間において、卵に接する物理適刺激として外部温度が重要である旨、約30年前から知られている(非特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平07−031331号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Suslow T, Junghanns K, Arolt V共著 Perceptual and Motor Skills誌 2001年 92巻1-3号857頁から868頁
【非特許文献2】Dent RR, Ghadirian AM, Kusalic M, Young SN共著 Neuropsychobiology誌 1986年16巻2-3号64頁から67頁
【非特許文献3】Asberg M, Eriksson B, Martensson B, Traskman-Bendz L, Wagner A共著 The Journal of Clinical Psychiatry 1986年47巻 付録23頁から35頁
【非特許文献4】Bull JJ, Vogt RC共著 Science誌 1979年 206巻4423号1186頁から1188頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、カブト虫という個体を用いることによる、社会性に関与する生理活性物質の創出方法を提供することを課題とする。より詳しくは、カブト虫の飼育条件を変えることによる、社会性に関与する生理活性物質を創出する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、個体の密度を高く保って飼育したカブト虫の幼虫から蛹への変態の際に、個々の幼虫が距離をおき、飼育空間が秩序正しく保たれていることに着目し、鋭意研究を重ねた結果、蛹に変態する前のカブト虫の幼虫が、体外に社会性に関与する何らかの生理活性物質を放出することを見出し、本発明を完成した。さらに、上記のような飼育条件下で光照射した際に、光という物理的刺激を介して、カブト虫の性別が決定されることを見出した。このような知見から、上記個体の密度を高く保って飼育したカブト虫の幼虫から蛹への変態の際に、一定の物理学的条件下で、カブト虫の体内に社会性に関与する生理活性物質が放出されることを見出し、本発明の社会性に関与する生理活性物質の創出方法を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は以下よりなる。
1.飼育面積1110cmに対して少なくとも2匹以上の個体数で飼育した甲虫における幼虫から蛹への変体の際に、各々の幼虫から放出される物質を分離することを特徴とする、社会性に関与する関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出方法。
2.前項1の密度条件が、15リットルの飼育媒体に対して、15リットルの飼育媒体に対して、少なくとも2匹以上であり、形成させた各々の蛹間の平面的な距離が、長くとも10cmの隔たりを保させる前項1に記載の関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出方法。
3.前記密度条件で飼育した甲虫における幼虫から蛹への変体の際に、一定の物理学的条件下で飼育し、その後各々の幼虫から放出される物質を分離することを特徴とする、前項1または2に記載の関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出方法。
4.物理学的条件が光照射条件である、前項3に記載の関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出方法。
5.社会性に関与する生理活性物質が、精神安定化に関連する物質である前項1〜4のいずれか1に記載の関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出方法。
6.社会性に関与する生理活性物質が、雌雄決定機構に関する物質である前項1〜4のいずれか1に記載の関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出方法。
7.飼育した甲虫の飼育媒体を得、分析することによる、前項1〜6のいずれか1に記載の関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の社会性に関与する関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出では、カブト虫の幼虫を飼育容器の底面積1110cm、高さ31cmに対して少なくとも2匹の密度条件で飼育した場合、幼虫から蛹への変体の際に、個々の幼虫が平面的な距離を長くとも10cmの間隔をおき、飼育空間が秩序正しく保たれていることから、各々の幼虫から放出された特定の物質は、社会秩序を一定に保つための社会性に関与する生理活性物質である可能性が考えられた。また、光照射条件下で幼虫を飼育した場合に、光を受容できない飼育容器内の部分からは、雌雄選別の実施段階で、100%の割合で雄のカブト虫の蛹が見出された。そこで、光照射の条件下で、光受容の有無により、各々の幼虫から放出された特定の物質を分析することにより、雌雄決定に関与する関連遺伝子産物を含む生理活性物質をスクリーニングしうることが考えられた。本発明の関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出方法の延長上には、昆虫という種を超えて、ヒトの性同一性障害に関する知見がカブト虫を利用して得られる可能性がある。つまり、本発明によって得られた生理活性物質や類似の活性を有する分子は、社会秩序を逸脱する精神疾患の治療に応用することが出来る。さらに、性同一性障害の治療に応用することが出来る。また、光という比較的単純な刺激とその受容による性決定の関連性が明らかにされることによって、ヒトを含む哺乳類での性決定の機構究明の糧にもなり得る。
【0014】
さらに、上記の知見は、社会秩序を逸脱する疾患や性同一性障害の診断が、医師の主観ではなく、生化学的パラメータによって客観的に示される可能性があることから、診断薬としての応用をも望める。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】一定の密度でカブト虫の幼虫を飼育したとき、幼虫から蛹への変体の際に、個々の幼虫が距離をおき、飼育空間が秩序正しく保たれている状態を示す図である。また、写真に向かって右方面から光を照射したときに、右側に雌が局在し、左側に雄が局在している状態を示す図である。
【図2】カブト虫の蛹の雌雄を示す図である。
【図3】カブト虫の飼育媒体を、2次元電気泳動で分析した結果を示す図である。(実施例2)
【図4】カブト虫の飼育媒体を、LC分析した結果を示す図である。(実施例2)
【図5】カブト虫の飼育媒体を、MS分析した結果を示す図である。(実施例2)
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、一定の密度でカブト虫を飼育したとき、幼虫から蛹への変体の際に、個々の幼虫が距離をおき、飼育空間が秩序正しく保たれていることから、カブト虫が社会性に関与する生理活性物質を放出していると考えられ、本発明の創出方法を見出した。個々の幼虫が距離をおき、飼育空間が秩序正しく保たれていることは、図1を参照されたい。
【0017】
本発明の社会性に関与する関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出方法は、野生に存在する遺伝的背景が雑多なカブト虫を用いた系では困難であり、前例や各種の媒体での報告・記述が存在しないため、本発明の遺伝的背景をほぼ同一にしたカブト虫を用いることが前提となる。
【0018】
遺伝的背景をほぼ同一にしたカブト虫の取得方法は、一対の雌雄からなる成体カブト虫を飼育し、産卵させ、翌年に成体を得ることによる。得られた成虫の外観が濃赤色の成体カブト虫のみを選別し、交配させ、再び成体を得るという操作を総じて3年間繰り返すことで、作出開始から3年(3年目)で遺伝的背景をほぼ同一にした純系の成体カブト虫(半クローン化カブト虫)を得ることができる。このような半クローン化カブト虫に関する既報の文献は存在しない。
【0019】
上記、得られた半クローン化カブト虫について、本発明の社会性に関与する生理活性物質の創出方法を実施するためには、飼育容器の底面積1110cm、高さ31cmに対して少なくとも2匹の密度条件で飼育したカブト虫の幼虫を用いることを要する。当該幼虫は、比較的小規模でプラスチック製かガラス製の光を透過する容器を用いて飼育することが推奨され、少なくとも幼虫が蛹に変態する前の時点で、約10匹以上15匹未満の幼虫が存在していることが望ましい。その根拠(理由)は、通常、幼虫が蛹に変態するために必要な空間を飼育媒体(例えば、腐葉土)中に確保しなければならないが、その空間が広すぎても狭すぎても良好な結果が得られないことが本発明に関わる実験から明らかになったからである。上記高密度条件は、飼育媒体15リットルに対して、少なくとも10匹以上、好ましくは10匹以上15匹未満のカブト虫の幼虫が存在している条件であっても良い。
【0020】
本発明の明細書において、「社会性に関与する生理活性物質」とは、社会性を維持するのに必要な生理活性物質を意味する。「関連する遺伝子産物」とは、社会性の維持や雌雄決定に関与するペプチドやタンパク質を意味する。ここで、「社会性」とは、特別な定義はないが、例えばヒトの場合には、人間関係を維持し、他人と意思の疎通を図ることができ、平和に社会秩序を維持できること等を意味する。広辞苑には、集団をつくって生活しようとする人間の根本性質と記されている。どのような生物でも個体の密度が高まれば、相互に排除または捕食するなどの異常が見られる場合がある。上記のような異常が特定のヒトに存在するならば、そのヒトは、他者を傷つけることや自己を犠牲にするような精神疾患を伴う可能性がある。例えば、鬱病は、社会生活におけるストレスなどにより、脳内の辺縁系でのセロトニン(アミノ酸の一つ)が減少することによって発症すると考えられている。その結果、同疾患患者は、内向的になり、他者との接触も減少する。また、性決定と社会性維持との関連を示す一例として、ヒトにおける疾患である性同一性障害の存在を挙げることが出来る。外見上は、既に性別が決定しているにもかかわらず、精神的には、外見上と逆の性を有している場合がある。一生物の集団を考えた場合、特定の集団が引き起こす事例の法的解釈は別として、性同一性障害は、必ずしもヒトが形成する社会が許容しているわけではない。このような場合にも、「社会性」に関与する生理活性物質の生体内外の量的増減が関与していることも考えられる。患者自身が不快感を有する場合には、治療が必要となることもあり得る。
【0021】
カブト虫の幼虫から蛹への変体の際に、個々の幼虫が距離をおき、飼育空間が秩序正しく保たれているので、各々の幼虫から放出される物質を分離して抽出することで、社会秩序を維持するための社会性に関与する生理活性物質を創出することができる。放出される生理活性物質は、幼虫を飼育した後の飼育媒体から検出し、分離することができる。ここで、飼育媒体とは、カブト虫の幼虫や蛹を飼育する際に必要な媒体であり、例えば腐葉土、飼育土壌、腐敗木材、おがくず、家畜糞便などが挙げられる。使用する飼育媒体は、カブト虫の蛹形成後、成虫へと変態し、蛹が存在しなくなった直後のものであり、蛹が存在していた飼育媒体を収集する。そして、その飼育媒体500ミリリットルを約1000ミリリットルの生理食塩水またはPBS等の緩衝液に懸濁させた後、その懸濁液をろ過することにより、カブト虫の幼虫より放出される生理活性物質を得ることができる。
【0022】
社会性に関与する生理活性物質は、カブト虫幼虫の飼育媒体を約1000ミリリットルの生理食塩水またはPBS等の緩衝液に懸濁させ、その懸濁液をろ過後、液相クロマトグラフィー(LC)によって分離して抽出することにより、創出することができる。また、質量分析法(MS)による分子量の測定、NMRやIRなどの測定、アミノ酸配列情報等の結果を適宜取得し、解析することで創出された生理活性物質を同定することができる。
【0023】
本発明の社会性に関与する生理活性物質の創出方法において、前記密度条件で飼育したカブト虫幼虫を、一定の物理学的条件下で飼育することで、より目的に応じた社会性に関与する生理活性物質を創出することができる。
【0024】
本発明のカブト虫の飼育では、幼虫から蛹に変態する時期に、各幼虫は、個体の密度を高い状態に保ちながら、自己の縄張り(場所)を確保している。ガラスやプラスチック製などの透明な飼育ケースを用いて飼育した場合、雌の蛹は、同ケースの周囲に位置し、雌の蛹が光を受容していることが観察できる。このことから、例えば、物理学的条件が光照射条件の場合に、雌雄の決定に係る関連遺伝子産物を含む物質を分離し、雌雄決定に係る社会性に関与する生理活性物質を創出することができる。この場合に、光照射は、一日あたり、8〜12時間、好ましくは5月下旬の日照時間に合わせた連続した時間、照度200〜800ルクス、好ましくは400ルクスを照射することが必要である。直射日光は、避けなければならないが、屋外で飼育する場合は、光源として日光を利用しても良い。このような条件を境意として、光を受容できた個体と受容できなかった個体について、カブト虫の雌雄が決定される(図1および図2参照)。
【0025】
性の決定および集団形成について分子生物学的に考察する。性を決定する遺伝子と集団形成を行う遺伝子は染色体上の近傍に位置し、相互が光という物理刺激を介して雌のカブト虫によって放出される生理活性物質によって遺伝子発現を制御され、それらが脳内の神経細胞の受容体(知覚、臭覚、視覚などの感覚を受容するタンパク質)に作用することによって自己と他者を認識し、その結果、個体として雌雄が分別されたと考えられる。
【0026】
本発明の社会性に関与する生理活性物質を創出することにより解決されるべき社会的課題は、3つ存在する。性同一性障害によるいじめなどによるトラウマ、社会性の欠如などの症状を呈する患者数が急増している。疾患は、解剖学的に見た所見としての性を受け入れることが出来ず、多岐にわたる疾患を併発する場合が多い。医師と患者間での問診などによって、病であるか否かが診断される。その結果が病と判断された場合は、患者が希望すれば、主としてホルホン療法や外科的治療が行われる。しかし、副作用も多くみられることから新たな医薬品の開発が求められている。従って、発明によって創出された生理活性物質または作用点が類似の化合物を投与することにより、新規の治療薬として応用することが本発明の延長線上の1つ目の課題である。
【0027】
また、上述のような疾患時に、血液中、尿中、髄液中あるいは、体内の特定の部位にカブト虫幼虫の社会性を維持する遺伝子産物のヒトのホモログが減少、もしくは、増加している場合、本発明を応用し、関連遺伝子産物の変動を生化学的に検査することにより明らかにされる定量的または定性的な結果から、性同一性障害であることを客観的に診断することが可能になる。つまり、診断薬として応用することが本発明の延長線上の2つ目の課題である。
【0028】
前述の方法により近親交配を行い、作製した半クローン化カブト虫の成虫は、外観が濃赤色であるのみならず、攻撃性や集光性も同一世代間で類似している。以上から、半クローン化カブト虫は、ほぼ遺伝的背景が同一なカブト虫であると考えられる。この幼虫が蛹になる際に、雌となる蛹は、透明な飼育容器の周囲に位置し、光に曝されることを本願発明者は見出した。さらに、そのカブト虫は、幼虫から蛹に変態する際に、関連遺伝子産物を含む生理活性物質を飼育媒体中に放出していることも確認した。つまり、この生理活性物質によってカブト虫の雌雄は決定されていると考えられる。この生理活性物質は、ヒトの性ホルモンではないことから、性同一性障害の治療に使用されている現存の医薬品とは異なる新薬を開発することが可能となり、1つ目の課題を解決させることが出来る。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の理解を深めるために、実施例を示して具体的に本発明を説明するが、本発明は以下に限定されるものではないことはいうまでもない。
【0030】
(実施例1)光照射条件下でのカブト虫の飼育
本発明で取得したカブト虫は、初発の段階で、一対の親となる野生のカブト虫から数十個の卵を得た後、孵化させた幼虫を飼育媒体(市販の飼育用腐葉土)中で越冬飼育して得たものである。得られた幼虫は、5月頃に蛹に変態した後、成虫となった。成虫の中から、濃赤色の外観を有する個体を選別し、近親交配を行った。同様の近親交配の操作を繰り返し、全工程後の3年目に遺伝的背景をほぼ同一にしたカブト虫を取得した。尚、上記の発明操作は、全て室内で実施した。
【0031】
本実施例では、まず、幅43cm、奥行き26cm、高さ31cmの透明なプラスチック製の飼育容器を準備した。その中に、飼育媒体を当該容器の底面から約15cmまで万遍なく入れた。成虫になるまでの変態過程のいずれの個体も、上記で準備した容器の中に15匹程度を育成させた。特に、蛹に変態する直前の幼虫の段階では、当該容器中の幼虫の数が本発明を遂行する上で重要な要素となる。蛹に変態する直前の幼虫を含む当該容器は、雌雄選別するために、光を照射する必要がある。ここで述べる光とは、日光、電力を用いた蛍光灯や白熱灯を指す。光は、常時、照射する必要は無く、太陽光の日周期を基本とし、1日当たり連続して約12時間、400ルクス(lx)で照射する必要がある。直射日光は、避けなければならないが、屋外で飼育する場合は、光源として日光を利用しても良い。
【0032】
上記操作後の雄の蛹は、容器の中央若しくは、光を避けるように容器の中に配置される。よって、容器の中央のみを掘り出すことによって、雄の蛹を効率よく回収することが可能である(図1参照)。
【0033】
また、雄の成虫のみを選別する際には、容器の周囲の飼育媒体を別の容器に移すことによって、雌のカブト虫を排除する。この操作によって、成虫の雌雄の選別が可能となる。
【0034】
雌雄選別における実施例を数値化すると、2つの容器に分けて飼育した合計30匹のカブト虫のうち、雄の蛹は19匹(光が照射される容器の外側に0匹、光が照射されない内側に19匹が集団化)であり、雌の蛹は11匹(光が照射される容器の外側に6匹、光が照射されない内側に5匹が集団化)であった。従って、カブト虫総数に対する雄の選別効率は、63.3%であるが、光が照射されない容器の内側に限定すれば、雄の選別効率は100%に達した。
【0035】
(実施例2)選別されたカブト虫からの関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出
カブト虫を飼育していない媒体(培養土)対照とし、実施例1の方法で培養した飼育媒体(飼育容器内の全培養土)について、以下の処理を行い、2次元電気泳動およびLC−MSによりカブト虫が放出したと考えられる生理活性物質について分析した。
【0036】
(1)2次元電気泳動による分離
500mlの飼育媒体をPBS約1000mlに混合し、懸濁液を調製した。同様に、カブト虫を飼育していない媒体をPBSに混合し、懸濁液を調製したものを対照とした。上記調製した各懸濁液を限外濾過し、その後得られた溶液をTCA(トリクロル酢酸)沈澱させ、得られた沈澱物を可溶化させたものをサンプルとして用いた。可溶化に用いる溶液は、尿素 (0.51g)、10%(w/v)ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)(0.02ml)、20%(v/v)トリトンX(polyoxyethylene-p -isooctylphenol)-100 (0.10ml)、ジチオスレイトール(DTT) (0.01g)、PharmalyteTM(GE ヘルスケア)(0.01ml)をMilli-Q水で1.00mlにメスアップして調製した。
【0037】
上記調製した各サンプル80μlを、サンプル塗布用ろ紙5枚に染み込ませ、アプライした。 二次元電気泳動は、 一次元目はドライストリップ(pH4−7,18cm)、 二次元目は15%アクリルアミドゲルを用いて行なった。泳動により得られたスポットは、高感度タンパク質染色試薬SYPRO(R) Ruby(プロメガ社)を用いて染色した。
【0038】
上記の結果を図3に示した。対照媒体から調製したサンプルを二次元泳動後に出現したスポットとカブト虫飼育媒体から調製したサンプルを二次元泳動後に出現したスポットを比較したところ、塩基性部分に異なるスポットを確認することができた。カブト虫が飼育媒体中に放出している因子が、ペプチドおよびポリペプチドであるならば、生理活性物質は、当該スポットに現れるものであると思慮される。
【0039】
(2)LC−MSによる分離
上記調製した各サンプルは、それぞれ直径0.22μmのフィルターでろ過し、ろ過後の各100μlをLC−MS解析装置に注入した。LC−MSは、解析時間:60分、0.1%蟻酸アセトニトリル溶液の濃度勾配:20−95%、0.1%蟻酸水溶液の濃度勾配:80−5%の条件で解析を行い、注入後9分後辺りに認められたピークの分子量を測定した(図4および図5参照)。
【0040】
上記の結果、LC分析においてカブト虫を飼育した飼育媒体から得たサンプルでは、9.32分においてピークを認めたのに対し、対照から得たサンプルではそのようなピークは認めなかった(図4)。この9.32分において認められたピークに係る物質は、カブト虫から放出された生理活性であると考えられる。
【0041】
さらに、MS分析を行った結果、カブト虫を飼育した飼育媒体から得たサンプルでは、対照から得たサンプルに比べ、448.4m/z,amuの部分でピークの大きさに顕著な違いが認められた(図5)。この448.4m/z,amuの部分において認められたピークに係る物質は、カブト虫から放出された生理活性であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
以上詳述したように、本発明の生理活性物質の創出方法により、飼育面積1110mmに対して少なくとも2匹以上の密度条件で飼育したカブト虫において、幼虫から蛹への変体の際に、個々の幼虫が距離をおき、飼育空間が秩序正しく保たれていることから、各々の幼虫から放出され、分離された特定の生理活性物質は、社会秩序を一定に保つための社会性に関与する生理活性物質可能性が考えられた。
【0043】
2007年末に集計された性同一性障害と診断された人は、約7000人である。現状に不快感を持つ人には、治療が施される。医薬品としては、男性・女性ホルモンが使用されているが、副作用も多く、副作用の少ない医薬品の開発が求められている。
【0044】
本発明の結果、カブト虫から得られた関連遺伝子産物を含む生理活性物質をさらに分析して同定し、ヒトに対して重篤な副作用や毒性を示さず、薬効を示す物質を得ることができれば、上述のような治療薬として利用が可能である。
【0045】
さらには、性同一性障害の疾患患者の体内(血液、髄液、唾液など)から、本発明で創出された生理活性物質と同様の物質の増減が観察されれば、生化学的パラメータによる客観性を有した診断薬として利用が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
飼育面積1110cmに対して少なくとも2匹以上の個体数で飼育した甲虫における幼虫から蛹への変態の際に、各々の幼虫から放出される物質を検出することを特徴とする、社会性に関与する関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出方法。
【請求項2】
請求項1の密度条件が、15リットルの飼育媒体に対して、少なくとも2匹以上であり、形成させた各々の蛹間の平面的な距離が、長くとも10cmの隔たりを保させる請求項1に記載の関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出方法。
【請求項3】
前記密度条件で飼育した甲虫における幼虫から蛹への変態の際に、一定の物理学的条件下で飼育し、その後各々の幼虫から放出される物質を検出することを特徴とする、請求項1または2に記載の関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出方法。
【請求項4】
物理学的条件が光照射条件である、請求項3に記載の関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出方法。
【請求項5】
社会性に関与する生理活性物質が、精神安定化に関連する物質である請求項1〜4のいずれか1に記載の関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出方法。
【請求項6】
社会性に関与する生理活性物質が、雌雄決定機構に関する物質である請求項1〜4のいずれか1に記載の関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出方法。
【請求項7】
飼育した甲虫の飼育媒体を得、分析することによる、請求項1〜6のいずれか1に記載の関連遺伝子産物を含む生理活性物質の創出方法。

【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−279310(P2010−279310A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−136463(P2009−136463)
【出願日】平成21年6月5日(2009.6.5)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)