説明

異形断面糸用紡糸口金

【課題】シルクライクな光沢感に優れた略正三角形状の繊維横断面を有する異形断面マルチフィラメント糸を溶融紡糸でき、しかも、その吐出孔形状を従来のものより安価かつ容易に製作異形断面糸用紡糸口金を提供する。
【解決手段】問う角度で3方向へそれぞれ分岐したスリット孔の各先端を形成する3つの頂点(A,B及びC)部に曲率半径(R)を有する半円がそれぞれ加工され、前記曲率半径(R)と前記中心(O)から前記各頂点(A,B及びC)を結んだ線分の長さ(L)との寸法比率(R/L)が1/8〜1/12の範囲にあり、前記各頂点(A,B及びC)間をそれぞれ直線で結んで形成される正三角形の各辺の中点(M)とこの中点(M)と前記中心(O)を結ぶ線分MOと前記吐出孔の外形線とがそれぞれ交わる点(N)を仮想した場合に、線分OMの長さ(l)と線分ONの長さ(l)との寸法比率(l/l)が2.8/2〜3.2/2の範囲にある異形断面糸用紡糸口金とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は熱可塑性合成重合体の溶融物または溶液から異形断面繊維を得るための紡糸口金に関するものであり、特に、繊維横断面の形状が略正三角形状を呈する異形断面糸を得るための紡糸口金に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、ポリエステル、ポリアミド、ポリオレフィンなどの熱可塑性合成重合体(以下、単に「ポリマー」と言う)から異型断面糸を得る紡糸口金として、Y字形のスリット孔が穿設されたものが知られている。このY字形のポリマー吐出孔が穿設された紡糸口金から得られる異型断面糸の中でも、繊維の横断面が正三角形状を呈するものは、衣料用繊維に付加する特性の中でもシルクに似た光沢感や風合いを出すことができる。更には、正三角形状の横断面を有する繊維は、これら繊維群を隙間なく稠密充填するのに適しているという特性も併せ持っている。
【0003】
しかしながら、紡糸口金から吐出された直後のポリマーはベーラス効果によって一旦膨らむため、紡糸後の繊維横断面が略正三角形状のものを得るのは難しいが、図3に例示したように特許文献1には、このような繊維横断面を得るための紡糸口金が提案されている。ここで、前記特許文献1に提案された紡糸口金に穿設されているY字形のポリマー吐出孔について簡単に説明すると、この吐出孔は中心Oからスリット幅を漸減させながら各120°の等角度を置いて放射状に延びる3本のスリット孔部L,M,Nから構成される。
【0004】
また、各スリット孔部は中心Oよりl離れた点L,M,Nから中心Oよりl離れた点L,M,Nに至るまでスリット幅が一定のrとなり、スリット孔部の各先端において、点L,M,Nをそれぞれ中心とし直径がrの半円が設けられている。そして、隣り合うスリット孔部に挟まれた凹状の円弧はO,O及びOを中心とし半径Rの円の円周の一部を構成し、直線O,直線O及び直線Oはそれぞれ長さが等しく正三角形Oを形成する。
【0005】
このとき、略正三角形状の繊維横断面を得るために、特許文献1では、Rとr並びにrとl(ただし、l=l−l)の比率が極めて重要であって、R/rは1.5〜5.0の範囲でかつr/lが0.35〜7の範囲に入ることを要求するものである。しかしながら、前述の図3からも明らかな通り、このような複雑な形状を有する多数個の吐出孔群(通常、30個以上の吐出孔群)が一個の紡糸口金に穿設される場合には、その製作費用が高くなる。
【0006】
また、長期間に渡って使用すると、吐出孔から流出するポリマーによってエッジ部が磨耗して、その形状が変化する。そうすると、当初は略正三角形状の横断面形状を有していた異形断面繊維の形状が丸みを帯びた円形横断面を呈するようになり、プリズム効果に起因するシルクライクな光沢という高機能な特性を持った異形断面糸が得られなくなる。
【特許文献1】特開昭62−97917号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上に説明した従来技術が有する諸問題に鑑み、本発明の目的は、シルクライクな光沢感に優れた略正三角形状の繊維横断面を有する異形断面マルチフィラメント糸を溶融紡糸でき、しかも、その吐出孔形状を従来のものより安価かつ容易に製作異形断面糸用紡糸口金を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記本発明の目的は、「溶融した熱可塑性重合体を複数個の吐出孔から吐出して繊維横断面が略正三角形状を呈する異形マルチフィラメント糸を紡出するための紡糸口金であって、
前記吐出孔は中心(O)から放射状にそのスリット幅を漸減させながら互いに120°の挟角を形成してY字形に3方向へそれぞれ分岐して延びた同形状の3つのスリット孔から形成され、
更に3方向へそれぞれ分岐した前記スリット孔の各先端を形成する3つの頂点(A,B及びC)部に曲率半径(R)を有する半円がそれぞれ加工され、
前記曲率半径(R)と前記中心(O)から前記各頂点(A,B及びC)を結んだ線分の長さ(L)との寸法比率(R/L)が1/8〜1/12の範囲にあり、
前記各頂点(A,B及びC)間をそれぞれ直線で結んで形成される正三角形の各辺の中点(M)とこの中点(M)と前記中心(O)を結ぶ線分MOと前記吐出孔の外形線とがそれぞれ交わる点(N)を仮想した場合に、線分OMの長さ(l)と線分ONの長さ(l)との寸法比率(l/l)が2.8/2〜3.2/2の範囲にあることを特徴とする異形断面繊維用紡糸口金」によって達成できる。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、その繊維横断面がこれまでにない良好な略正三角形状を有する異形断面マルチフィラメント糸を得ることができ、略正三角形の断面を有するが故にプリズム効果が強く発現し、優れた光沢感を示す。しかも、得られた異形断面を有するマルチフィラメント糸はその横断面が正三角形に近いので、これらを幾層にも並べ積層させた場合に隙間なく最密充填することができる。
【0010】
その上、本発明に係る紡糸口金に穿設する吐出孔は、同形状を有して3等配(挟角がそれぞれ120°)されて3方向に分岐する3つのスリット孔の先端に曲率半径がRの半円を形成し、前述の寸法比率(R/L)を1/8〜1/12の範囲に収め、更に、前述の寸法比率(l/l)を2.8/2〜3.2/2の範囲に収めるように穿孔すればよい。したがって、従来技術のような複雑かつ精巧な加工は不要であって、それ故に製作が容易であり、かつ製作コストも安価となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に図面に基づいて、本発明に係る紡糸口金について詳述する。
図1は異形断面糸を紡糸する際に用いられる紡糸口金に穿設された吐出孔の形状を説明するための平面図(ポリマーの吐出面側から見た図)である。
【0012】
なお、図1は、Y字形を形成しながら放射状に3方向へそれぞれ分岐し、かつそれぞれの孔形が全く同じである3つのスリット孔から構成されたポリマーの吐出孔が紡糸口金のポリマー吐出面に開口した図である。このとき、Y字形に分岐した前記スリット孔は、分岐の中心から各スリット孔の中心線に対して3方向へ120°の挟角を形成した状態で、そのスリット幅を漸減させながら放射状にそれぞれ3方向に分岐して延びている。
【0013】
また、この図1において、符号A,B及びCは、点線で記載した正三角形の各頂点(3つの各スリット孔の頂点でもある)をそれぞれ示し、符号Oは前記正三角形の中心(すなわち、3つのスリット孔が分岐する分岐の中心でもある)をそれぞれ示す。更に、符号Aの近傍に記載された符号Rはスリット孔の先端である頂部に曲率加工を施す場合の曲率半径を示している。なお、この曲率半径Rも特別な理由がない限り、通常は各頂点A,B及びCに対して同じ値に設定される。
【0014】
次に、符号Mと符号Nについて説明する。先ず、符号Mは点線で記載した正三角形ABCの各辺AB,BC及びCA(図では、辺BCの場合が記載されている)の中点であり、符号Nは線分MOと吐出孔(3方向に分岐したスリット孔)の外形線と交わる点である。このとき、本発明の紡糸口金に穿設する吐出孔形状は、下記の(1)及び(2)に記載した特徴を備えていることが肝要である。
【0015】
(1)各頂点A,B及びCにおいて、曲率半径(R)と正三角形の中心Oから各頂点A,B及びCとをそれぞれ結んだ各線分の長さ(L)との寸法比率(R/L)を1/8〜1/12の範囲とする。何故ならば、R/Lが1/12より小さくなると、正三角形状断面を有する異形糸を得ようとしても紡出されるポリマーの表面張力の影響により、円形になろうとする力が大きく働くため、おにぎり形に近い形状となり、目的とする断面形状が得られないからである。また、R/Lが1/8より大きくなると、吐出孔から吐出されたポリマーがベーラス効果により膨らみ、特に各頂点A,B及びCにおいて膨らみが大きくなって、丸みを帯びた頂点を有する三角形となり、鋭い頂点を有する三角形とならない。そのため、上記比率が最適値であると考えられる。
【0016】
(2)「中点Mと中点Oとを結んだ線分の長さ(l)」と「点Nと中点Oとを結んだ線分の長さ(l)」の寸法比率(l/l)を略3/2(2.8/2〜3.2/2)とする。何故ならば、上記比率範囲から外れる場合、異形断面糸がくびれを持ったY字形状糸や円形状に近い異形断面糸ができ上がるので好ましくないからである。したがって、上記比率が最適値である。
【0017】
以下、本発明に係る紡糸口金を使用して、繊維横断面形状が略正三角形状を有する
Y字形状の吐出孔において、図1において点線で記載した正三角形の中心Oから各頂点A,B及びCを結んだ線分の長さ(L)を0.35mmとし、各頂点A,B、Cにおける半円状に施す曲率加工において、その曲率半径Rを0.030mmとした。更に、)「中点Mと中点Oとを結んだ線分の長さ(l)」と「点Nと中点Oとを結んだ線分の長さ(l)」の寸法比率(l/l)を3/2にすると共に、Y字形吐出孔の互いに隣接する頂点間に形成するくびれ加工部(凹状加工部)については、各点Nにおいて曲率半径が0.5mmとなるようにして滑らかな曲線で各頂点A,B及びCの曲率加工部(半円加工部)と接続した。
【0018】
そして、以上のようにして形成した30個のポリマー吐出孔を1枚の紡糸口金に穿設した。この紡糸口金を用いて、ポリエチレンナフタレートを200g/min(一孔当り6.67g/min)、巻取り速度1000m/minで紡糸した。この場合、得られた各フィラメントの繊維横断面を光学顕微鏡で撮影して写真に撮ったところ、図2に示したような良好な略正三角形状の異形断面糸を得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】三角形断面糸を紡糸するための本発明に係る紡糸口金に穿設された吐出孔形状の説明図である。
【図2】本発明に係る紡糸口金を使用して得られた三角形断面糸の繊維横断面を光学顕微鏡で撮影した写真である。
【図3】三角形断面糸を紡糸するための従来の紡糸口金に穿設された吐出孔形状の説明図(平面図)である。
【符号の説明】
【0020】
A,B,C 正三角形の各頂点
L 正三角形の中心と各頂点とを結んだ各線分の長さ
M 正三角形の各辺の中点
N 線分AOを延長した直線が吐出孔の外形と交わる点
R 各頂点部に施した曲率加工の曲率半径
O 正三角形ABCの中心

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融した熱可塑性重合体を複数個の吐出孔から吐出して繊維横断面が略正三角形状を呈する異形マルチフィラメント糸を紡出するための紡糸口金であって、
前記吐出孔は中心(O)から放射状にそのスリット幅を漸減させながら互いに120°の挟角を形成してY字形に3方向へそれぞれ分岐して延びた同形状の3つのスリット孔から形成され、
更に3方向へそれぞれ分岐した前記スリット孔の各先端を形成する3つの頂点(A,B及びC)部に曲率半径(R)を有する半円がそれぞれ加工され、
前記曲率半径(R)と前記中心(O)から前記各頂点(A,B及びC)を結んだ線分の長さ(L)との寸法比率(R/L)が1/8〜1/12の範囲にあり、
前記各頂点(A,B及びC)間をそれぞれ直線で結んで形成される正三角形の各辺の中点(M)とこの中点(M)と前記中心(O)を結ぶ線分MOと前記吐出孔の外形線とがそれぞれ交わる点(N)を仮想した場合に、線分OMの長さ(l)と線分ONの長さ(l)との寸法比率(l/l)が2.8/2〜3.2/2の範囲にあることを特徴とする異形断面糸用紡糸口金。
【請求項2】
Y字形の吐出孔において、Y字形中央部から各先端部までの距離が等しく、正三角形状の異形断面繊維を紡糸する事ができる、請求項1の異形断面繊維用紡糸口金。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−37675(P2010−37675A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−200688(P2008−200688)
【出願日】平成20年8月4日(2008.8.4)
【出願人】(302011711)帝人ファイバー株式会社 (1,101)
【Fターム(参考)】