説明

癌抗原ペプチド製剤

【課題】イン・ビボにて、特に臨床上有用なWT1由来の癌抗原ペプチドおよび当該癌抗原ペプチドの癌ワクチンとしての投与剤型を提供する。
【解決手段】Cys Met Thr Trp Asn Gln Met Asn Leu(配列番号:2)のアミノ酸配列を有するペプチド、または該ペプチドおよびCys Tyr Thr Trp Asn Gln Met Asn Leu(配列番号:3)のアミノ酸配列を有するペプチドを有効成分として含有する油中水型エマルションおよびその製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、HLA−A24拘束性癌抗原ペプチドを含有する製剤に関する。詳細には、種々の癌に対するワクチンとして使用されるエマルジョン製剤およびそれを調製するためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
生体による癌細胞やウイルス感染細胞等の排除には細胞性免疫、とりわけ細胞傷害性T細胞(以下、CTLと称する)が重要な働きをしている。CTLは、癌細胞上の癌抗原タンパク質由来の抗原ペプチド(癌抗原ペプチド)とMHC(Major Histocompatibility Complex)クラスI抗原(ヒトの場合はHLA抗原と称する)とにより形成される複合体を認識し、癌細胞を攻撃・破壊する。
【0003】
癌抗原タンパク質は、非特許文献1の表中に記載のものが代表例として挙げられる。具体的には、メラノサイト組織特異的タンパク質であるgp100(非特許文献2)、MART−1(非特許文献3)、およびチロシナーゼ(非特許文献4)などのメラノソーム抗原、ならびにメラノーマ以外の癌抗原タンパク質としてHER2/neu(非特許文献5)、CEA(非特許文献6)、およびPSA(非特許文献7)などの癌マーカーがある。癌抗原ペプチドは、癌抗原タンパク質が細胞内プロテアーゼによりプロセシングされて生成される約8から11個のアミノ酸から成るペプチドである(非特許文献8〜11; ; ; )。前記のように、この生成された癌抗原ペプチドとMHCクラスI抗原(HLA抗原)との複合体が細胞表面に提示され、CTLにより認識される。従って、CTLによる癌細胞破壊を利用する癌免疫療法剤(癌ワクチン)を開発する場合、CTLを効率良く誘導できる癌抗原ペプチドを癌抗原タンパク質から同定することが、非常に重要となる。
【0004】
MHCクラスI抗原分子には多くのサブタイプが存在し、個々のタイプに結合できる抗原ペプチドのアミノ酸配列にはMHC抗原分子のタイプに応じて規則性(結合モチーフ)が存在する。例えば、HLA−A2に対する抗原ペプチドの結合モチーフは、2番目のアミノ酸がロイシン、メチオニンまたはイソロイシン、9番目のアミノ酸がバリン、ロイシンまたはイソロイシンである。またHLA−A24に対する抗原ペプチドの結合モチーフは、2番目のアミノ酸がチロシン、フェニルアラニン、メチオニンまたはトリプトファン、9番目のアミノ酸がフェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン、トリプトファンまたはメチオニンである。また最近では、前記モチーフを含むHLA抗原への推定結合配列をデータベース上で検索することも可能である(例えばBIMASソフト(http://bimas.dcrt. nih.gov/molbio/hla_bind/))。従って、CTLを誘導できる癌抗原ペプチドを癌抗原タンパク質より同定するには、第一に、癌抗原タンパク質のアミノ酸配列より目的のHLAタイプの結合モチーフまたは推定結合配列に一致する約8から11個のアミノ酸より構成されるペプチド領域を特定する。
【0005】
しかしながら、結合モチーフや推定結合配列より同定されたペプチドが必ずCTL誘導活性を有するとは限らない。癌抗原ペプチドは癌抗原タンパク質が細胞内でプロセシングされることにより生成されるため、プロセシングにより生成されないペプチドは抗原ペプチドとはなり得ない。さらに、結合モチーフや推定結合配列を有するペプチドが実際に癌抗原ペプチドとして細胞内で生成されても、多くの癌抗原タンパク質は本来生体に存在する正常な物質であるため、CTLがこれら癌抗原に対してトレランスとなっている場合がある。以上のことから、CTL誘導活性を有する癌抗原ペプチドを同定するためには、目的のHLAタイプの結合モチーフ・推定結合配列による予測のみでは不充分であり、イン・ビボでのCTL誘導活性の評価が重要となる。
【0006】
Wilms癌の癌抑制遺伝子WT1(WT1遺伝子)は、Wilms癌、無紅彩、泌尿生殖異常、精神発達遅延などを合併するWAGR症候群の解析からWilms癌の原因遺伝子の1つとして染色体11p13から単離され(非特許文献12)、そのゲノムDNAは約50kbであり10のエキソンから成り、そしてそのcDNAは約3kbである。cDNAから推定されるアミノ酸配列は、配列番号:1に示す通りである(非特許文献13)。WT1遺伝子はヒト白血病で高発現しており、白血病細胞をWT1アンチセンスオリゴマーで処理するとその細胞増殖が抑制される(特許文献1)ことなどから、WT1遺伝子は白血病細胞の増殖に促進的に働いていることが示唆されている。さらに、WT1遺伝子は、胃癌、大腸癌、肺癌、乳癌、胚細胞癌、皮膚癌、膀胱癌、前立腺癌、子宮癌、子宮頸癌、卵巣癌等の固形癌においても高発現しており(特許文献1および2)、白血病および固形癌における新しい癌抗原タンパク質であることが判明した(非特許文献14、15)。癌免疫療法(癌ワクチン)は多くの癌患者に対して適用可能であることが好ましいことから、多くの癌種で高発現しているWT1における癌抗原ペプチドの同定、および当該癌抗原ペプチドを利用した癌ワクチンの開発は重要である。これに関し、特許文献3および4には、WT1タンパク質の部分から成る幾つかの天然型の癌抗原ペプチドが記載されているが、イン・ビボでの効果は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平9−104627号公報
【特許文献2】特開平11-35484号公報
【特許文献3】WO00/06602号公報
【特許文献4】WO00/18795号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Immunity, vol.10:281, 1999
【非特許文献2】J.Exp.Med., 179:1005, 1994
【非特許文献3】Proc.Natl.Acad.Sci. USA, 91:3515, 1994
【非特許文献4】J.Exp.Med., 178:489, 1993
【非特許文献5】J.Exp.Med., 181:2109, 1995
【非特許文献6】J.Natl.Cancer.Inst., 87:982, 1995
【非特許文献7】J.Natl.Cancer.Inst., 89:293, 1997
【非特許文献8】Cur. Opin, Immunol., 5:709, 1993
【非特許文献9】Cur. Opin, Immunol., 5:719, 1993
【非特許文献10】Cell, 82:13, 1995
【非特許文献11】Immunol. Rev., 146:167, 1995
【非特許文献12】Nature, 343:774, 1990
【非特許文献13】Cell., 60:509, 1990
【非特許文献14】J.Immunol.,164:1873-80,2000、
【非特許文献15】J.Clin.Immunol.,20,195-202,2000
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、イン・ビボ、特に臨床上有用なWT1由来の癌抗原ペプチドおよび当該癌抗原ペプチドの癌ワクチンとしての投与剤型を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、大阪大学医学部医学倫理委員会の承認を受け、患者のインフォームドコンセントを取得した上で臨床研究を実施したところ、特定の癌抗原ペプチドを特定の投与剤型と組み合わせることにより癌患者の病態の改善に有効であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、
(1) Cys Met Thr Trp Asn Gln Met Asn Leu(配列番号:2)もしくはCys Tyr Thr Trp Asn Gln Met Asn Leu(配列番号:3)のアミノ酸配列を有するペプチドまたはその両方のペプチドを有効成分として含有する油中水型エマルション;具体的には、前記ペプチド0.1〜100mgを含む単位投与剤型である本発明エマルション;好ましくは癌ワクチンとして使用される本発明エマルション;
(2) 配列番号:2もしくは配列番号:3のアミノ酸配列を有するペプチドまたはその両方、を含有する調製物と乳化剤および油状物質とを混合することを特徴とする、本発明の油中水型エマルションの製造方法;および
(3) 配列番号:2もしくは配列番号:3のアミノ酸配列を有するペプチドまたはその両方のペプチドを含む容器、および乳化剤と油状物質とを含む容器を含有する、本発明の油中水型エマルション調製用キット;好ましくは用時調製に用いられる本発明キット、に関する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】WT1野生型ペプチド(配列番号:2)投与前後の肺癌患者(女性)における腫瘍マーカー値の推移を示すグラフである。
【図2】WT1野生型ペプチド(配列番号:2)投与前後の肺癌患者(男性)における腫瘍マーカー値の推移を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(1) 有効成分
本発明の油中水型エマルションに有効成分として含まれる配列番号:2または配列番号:3のアミノ酸配列を有するペプチドは、ヒトWT1(Cell., 60:509, 1990、NCBIデータベースAccession No.XP_034418、配列番号:1)に由来する。具体的にはヒトWT1の第235位から第243位の部分ペプチドである配列番号:2のアミノ酸配列を有するペプチド(WO00/06602)、および当該第235位から第243位のうち第236位のMetをTyrに改変した配列番号:3のアミノ酸配列を有するペプチド(WO02/079253(国際公開日:2002年10月10日))である。
【0014】
本発明におけるペプチドが抗原提示細胞に提示され、イン・ビボにてHLA−A24抗原拘束性にCTLを誘導するという特性を有することが、本発明者らによる臨床試験により初めて見出された。当該特性は、癌患者にて上昇している腫瘍マーカーの血中濃度を、ペプチド投与後の所定期間に測定すること、またはHLAテトラマー法(Int. J. Cancer: 100, 565-570(2002))によりCTLの数を測定すること、により調べることができる。
【0015】
前記ペプチドは、通常のペプチド化学に用いられる方法に準じて合成することができる。合成方法としては、文献(ペプタイド・シンセシス(Peptide Synthesis),Interscience,New York,1966;ザ・プロテインズ(The Proteins),Vol 2 ,Academic Press Inc. ,New York,1976;ペプチド合成,丸善(株),1975;ペプチド合成の基礎と実験、丸善(株),1985;医薬品の開発 続 第14巻・ペプチド合成,広川書店,1991)などに記載されている方法が挙げられる。
【0016】
前記ペプチドは、配列番号:2または3のアミノ酸配列において、N末端アミノ酸のアミノ基またはC末端アミノ酸のカルボキシル基を修飾したペプチドであってもよい。
【0017】
ここでN末端アミノ酸のアミノ基の修飾基としては、例えば1〜3個の炭素数1から6のアルキル基、フェニル基、シクロアルキル基、アシル基が挙げられる。アシル基の具体例としては炭素数1から6のアルカノイル基、フェニル基で置換された炭素数1から6のアルカノイル基、炭素数5から7のシクロアルキル基で置換されたカルボニル基、炭素数1から6のアルキルスルホニル基、フェニルスルホニル基、炭素数2から6のアルコキシカルボニル基、フェニル基で置換されたアルコキシカルボニル基、炭素数5から7のシクロアルコキシで置換されたカルボニル基、フェノキシカルボニル基等が挙げられる。
【0018】
C末端アミノ酸のカルボキシル基を修飾しているペプチドとしては、例えばエステル体およびアミド体が挙げられ、エステル体の具体例としては、炭素数1から6のアルキルエステル、フェニル基で置換された炭素数0から6のアルキルエステル、炭素数5から7のシクロアルキルエステル等が挙げられ、アミド体の具体例としては、アミド、炭素数1から6のアルキル基の1つまたは2つで置換されたアミド、フェニル基で置換された炭素数0から6のアルキル基の1つまたは2つで置換されたアミド、アミド基の窒素原子を含んで5から7員環のアザシクロアルカンを形成するアミド等が挙げられる。
【0019】
(2) 油中水型エマルション
本発明において、油中水型エマルションとは、油が分散媒であり水が分散相として構成される、水が細かい滴として油中に分散されている乳剤を意味する。
【0020】
本発明エマルションの調製には通常、乳化剤と油状物質とが用いられる。乳化剤は有効成分を油中に分散させる限り特に限定されないが、具体的にはポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(ポリソルベート20)、ポリオキシエチレンソルビタンモノパルミテート(ポリソルベート40)、ポリオキシエチレンソルビタンモノステアレート(ポリソルベート60)等が挙げられる。油状物質としては、ドラケオール6VR、スクワレン、オレイン酸エチル等を用いることができる。
【0021】
Montanide ISA(登録商標)720、Montanide ISA(登録商標)51などは乳化剤および油状物質を共に適量含有しており、本発明において好適に使用できる。
【0022】
本発明油中水型エマルションを調製するには、鈴木郁生ら、「医薬品の開発」15巻、製剤の物理化学的性質、廣川書店、平成元年10月、291-306頁などを参考にして行うことができる。例えば、まず、有効成分であるペプチドを蒸留水または生理食塩水に溶解または懸濁し、有効成分を含有する調製物を調製する。次いで、得られた調製物を上記説明した乳化剤および油状物質と混合する。混合はミキサー、ホモジナイザー、超音波攪拌装置などを用いて行うことができる。混合は、医療現場においても行うことができる。
【0023】
有効成分と乳化剤および油状物質との混合割合は、油中水型エマルションが調製される範囲において当業者なら適宜設定することができる。代表的には、Montanide ISA(登録商標)51:有効成分=50:50(w:w)およびMontanide ISA(登録商標)720:有効成分=70:30(w:w)である。
【0024】
本発明の油中水型エマルションは、前記いずれかのペプチドあるいはその両方のペプチドを有効成分として含むことができる。
【0025】
本発明の油中水型エマルションは、前記ペプチド0.1〜100mg、好ましくは0.1〜20mgを含む単位投与剤型の製剤であることができる。この用量はイン・ビボにてHLA-A24抗原拘束性にCTLを誘導するに必要な量であり、1〜10mgがより好ましい。具体的な用量は、治療目的の疾患、患者の年齢、体重等により前記範囲内で適宜調整することができる。
【0026】
本発明の油中水型エマルションは癌ワクチンとして好適に使用される。当該癌ワクチンは癌の治療または予防に有効である。本発明における癌ワクチンの対象となる疾患は、WT1遺伝子の発現レベルの上昇を伴う癌、例えば白血病、骨髄異形成症候群、多発性骨髄腫、悪性リンパ腫などの血液性の癌や、胃癌、大腸癌、肺癌、乳癌、胚細胞癌、肝癌、皮膚癌、膀胱癌、前立腺癌、子宮癌、子宮頸癌、卵巣癌等の固形癌である。
【0027】
このように、本発明は別の態様として、本発明の油中水型エマルションをHLA−A24陽性かつWT1陽性の患者に投与することにより、癌を治療または予防するための方法を提供する。
【0028】
本発明エマルションの投与方法としては、皮内投与、皮下投与、筋肉内投与、静脈内投与などが挙げられ、CTLを効率よく誘導する皮内投与や皮下投与が好ましい。投与回数および投与間隔は、治療または予防目的の疾患、患者の個体差により適宜調整することができるが、通常複数回であり、数日ないし数月に1回、本発明の単位投与剤型を投与するのが好ましい。
【0029】
(3) キット
本発明は他の態様として、配列番号:2もしくは配列番号:3のアミノ酸配列を有するペプチドまたはその両方のペプチドを含む容器、および乳化剤と油状物質とを含む容器を含有する、本発明の油中水型エマルション調製用キットに関する。
【0030】
本発明キットにおける容器とはガラス製またはプラスチック製の封栓可能なバイアル等である。容器に含まれるペプチド、乳化剤および油状物質は前記の通りである。
【0031】
ペプチドは通常、凍結乾燥品として容器に含まれる。この場合、本発明キットはさらに、適当濃度のペプチド溶液または懸濁液を調製する容量の滅菌水または生理食塩水を含有する容器を含むことができる。あるいはペプチドは水溶液または懸濁液の状態で容器に含まれることもある。
【0032】
ペプチドを含む容器および乳化剤や油状物質を含む容器には通常、それぞれ1回分の投与量が格納される。例えば、ペプチドは0.1〜100mg、好ましくは1〜20mgを1容器に、また乳化剤および油状物質は、用いるペプチドを油中水型エマルションに調製するに必要とされる量を1容器に含有させる。
【0033】
本発明キットを用いれば、本発明の油中水型エマルションが医療現場にて容易に用時調製することができる。
【実施例】
【0034】
以下、製剤例および実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらによりなんら限定されるものではない。実施例で示される臨床研究は、大阪大学医学部医学倫理委員会の承認を受け、患者のインフォームドコンセントを取得した上で実施されたものである。
【実施例1】
【0035】
WT1野生型ペプチド(配列番号:2)の肺癌患者に対する効果(1)
転移があるステージIVの肺癌患者(女性)にWT1ペプチドワクチンを投与した症例について示す。WT1タンパク質の第235位から243位の部分ペプチドであり、HLA-A*2402分子に抗原提示され、ペプチド特異的なCTLを誘導することが確認されているWT1野生型ペプチド:Cys Met Thr Trp Asn Gln Met Asn Leu(配列番号:2)は、MPS社(米国)がGMPグレードで合成したものを使用した。
【0036】
WT1野生型ペプチドの溶液を同重量のMontanide ISA(登録商標)51(SEPPIC社)と混合して油中水型エマルションを作製する。800mg(約1016μl)のMontanide ISA(登録商標)51に、1mg/mlのペプチド溶液を800μl添加し、ビーカー内で21Gの針をつけた注射筒で溶液を10回出し入れして混合し、エマルションを調製した。
【0037】
このようにして得られるエマルション680μl(ペプチド0.3mg)を投与直前にそれぞれ調製し、最初の投与日をday0とするとday0、14、28、42、56、85、99の計7回、上腕に皮内注射した。この患者の腫瘍マーカーCEAの血中濃度は、ペプチド投与の9ヶ月前には約400ng/mlであったが、その後急激に増加し、ペプチド投与の2ヶ月前には約2000ng/mlになっていた。
【0038】
ペプチド投与前日からの腫瘍マーカー値の推移を図1に示す。腫瘍マーカーの値は、CEA(癌胎児性抗原)についてはダイナボット社のIMxCEAダイナパックを用いて測定し、SLX(シアリルLex-i抗原)については住金バイオサイエンス社に委託して測定した。
【0039】
図1は、ペプチド投与後はCEAの血中濃度増加が抑えられ、投与5回目以降は著しく血中濃度が低下したことを示している。また、SLXの血中濃度については、ペプチド投与4回目までは増加傾向であったが、それ以降は増加が抑えられ、血中濃度が低下して安定化の状態になったことを示している。
【0040】
投与したペプチドに対する特異的な免疫反応の指標として遅延型皮内反応(DTH)を測定したところ、投与5回目では、投与48時間後のペプチド投与部位に強い腫脹が認められ、特異的な免疫が成立していることが示唆された。
【0041】
また、ELISPOT法(J. Immunol. Meth., 110:29, 1988)により、末梢血単核球(PBMC)中に投与したペプチドに特異的に反応してIFN-γを産生するT細胞を検出したところ、ペプチド投与後のPBMCではペプチド投与前のPBMCと比較して、多量のIFN-γを産生するT細胞が多く認められ、特異的な免疫が成立していることが示唆された。
【0042】
これらの結果より、WT1野生型ペプチド(配列番号:2)の油中水型エマルションの投与により、腫瘍の進展が抑制されていることが示唆された。
【実施例2】
【0043】
WT1野生型ペプチド(配列番号:2)の肺癌患者に対する効果(2)
転移があるステージIVの肺癌患者(男性)にWT1ペプチドワクチンを投与した症例について示す。実施例1と同様にWT1野生型ペプチド(配列番号:2)とMontanide ISA(登録商標)51を混合して油中水型エマルションを投与直前にそれぞれ作製し、最初の投与日をday0とすると、day0、14、28、42、56、71の計6回、上腕に皮内投与した。
【0044】
ペプチド投与前後の腫瘍マーカー値の推移を図2に示す。腫瘍マーカーの値は、CEAとSLXについては、実施例1と同様に測定し、CYFRA(サイトケラチン19フラグメント)についてはロッシュ社のエクルーシスCYFRAを用いて測定した。
【0045】
図2は、SLXの血中濃度についてはペプチド投与前は正常値上限の38U/mlよりも高い50U/mlであったが、ペプチド投与2回目以降は、正常値の範囲にまで減少したことを示している。CYFRAの血中濃度についても、ペプチド投与前は正常値上限の2ng/mlよりも高値であったが、ペプチド投与3回目以降は、正常値上限値以下になることが示された。また、CEAの血中濃度については、正常値上限の5ng/ml以上ではあるが、ペプチド投与2回目以降はペプチド投与前よりも値が低下していることが示された。
【0046】
これらの結果より、WT1野生型ペプチド(配列番号:2)の油中水型エマルションの投与により腫瘍の進展が抑制されていることが示唆された。
【実施例3】
【0047】
WT1改変ペプチド(配列番号:3)の白血病患者に対する効果
骨髄異形成症候群(MDS)から転化した低形成性白血病(AML-M1)の癌患者(男性)にWT1ペプチドワクチンを投与した症例について示す。WT1改変ペプチド:Cys Tyr Thr Trp Asn Gln Met Asn Leu(配列番号:3)は、MPS社(米国)がGMPグレードで合成したものを使用した。実施例1と同様にMontanide ISA(登録商標)51と混合して油中水型エマルションを作製し、患者の上腕に皮内投与した。投与2日前の骨髄中の白血病芽球は50%であり、投与前日の総白血球数は1500/μlであったが、投与2日後には総白血球数が700/μlまで減少し、骨髄中の白血病芽球は27%に減少した。総白血球数が減少したため、造血因子のG-CSFを投与したところ投与7日後には2150/μlまで回復し、骨髄中の白血病芽球は11%であった。
【0048】
この結果より、WT1改変ペプチド(配列番号:3)の油中水型エマルションの投与により、骨髄中の白血病芽細胞の割合が減少し白血病の症状が改善されることが示された。
【0049】
次に、同じ患者における、WT1野生型ペプチドを提示したHLA-A*2402分子に反応する細胞傷害性T細胞(CTL)の数をHLAテトラマー法により測定した。HLA-A*2402テトラマーは、Int. J. Cancer: 100, 565-570(2002)に記載の方法でWT1野生型ペプチドを用いて作製した。フローサイトメーターのFACSによりPE標識のHLA-A*2402テトラマーとFITC標識CD8抗体との2カラーで染色し、ダブルポジティブの細胞をWT1野生型ペプチドを認識するCTL、すなわちWT1陽性の癌細胞に反応するCTLとした。ペプチド投与3日前のCTL頻度は1.1%であったが、投与の2日後には、8.8%にまで増加していた。
【0050】
この結果より、WT1ペプチドワクチンの投与によりWT1陽性の癌細胞に反応性CTLが急激に増加していることが明らかになった。さらに、このCTLが白血病芽細胞を傷害することにより骨髄中の白血病芽細胞の割合が減少した可能性が示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明により、臨床試験においてCTL誘導活性を有するWT1由来のHLA-A24拘束性ペプチドを有効成分とする油中水型エマルション、それを調製するためのキットが提供される。本発明は、多くの癌患者の病態改善に有効であると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cys Met Thr Trp Asn Gln Met Asn Leu(配列番号:2)のアミノ酸配列を有するペプチド、または該ペプチドおよびCys Tyr Thr Trp Asn Gln Met Asn Leu(配列番号:3)のアミノ酸配列を有するペプチドを有効成分として含有する油中水型エマルション。
【請求項2】
前記ペプチド0.1〜100mgを含む単位投与剤型である請求項1記載のエマルション。
【請求項3】
癌ワクチンとして使用される請求項1または2記載のエマルション。
【請求項4】
Cys Met Thr Trp Asn Gln Met Asn Leu(配列番号:2)のアミノ酸配列を有するペプチド、または該ペプチドおよびCys Tyr Thr Trp Asn Gln Met Asn Leu(配列番号:3)のアミノ酸配列を有するペプチドを含有する調製物と、乳化剤および油状物質とを混合することを特徴とする、請求項1記載の油中水型エマルションの製造方法。
【請求項5】
Cys Met Thr Trp Asn Gln Met Asn Leu(配列番号:2)のアミノ酸配列を有するペプチド、または該ペプチドおよびCys Tyr Thr Trp Asn Gln Met Asn Leu(配列番号:3)のアミノ酸配列を有するペプチドを含む容器、および乳化剤と油状物質とを含む容器を含有する、請求項1記載の油中水型エマルション調製用キット。
【請求項6】
請求項1記載の油中水型エマルションの用時調製に用いられる請求項5記載のキット。
【請求項7】
請求項1記載の油中水型エマルションを含む、HLA−A24陽性かつWT1陽性の患者において癌を治療または予防するための医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−275051(P2009−275051A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−190996(P2009−190996)
【出願日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【分割の表示】特願2004−535954(P2004−535954)の分割
【原出願日】平成15年9月12日(2003.9.12)
【出願人】(505443953)株式会社癌免疫研究所 (8)
【Fターム(参考)】