癌治療のための腫瘍溶解アデノウイルス
本発明は、ヒアルロニダーゼ酵素をコードする配列を、ゲノム内に挿入されて含む腫瘍溶解アデノウイルスに関するものである。このアデノウイルスは、腫瘍塊内で比較的効率的に拡散するので、腫瘍溶解効果が高い。静脈内注射により本発明による腫瘍溶解アデノウイルスを投与することで、腫瘍体積が後退する。従って、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスは、癌または前癌状態の治療に有効である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医学分野、特に腫瘍学分野、具体的には、ウイルス療法に関連するものである。
【背景技術】
【0002】
現在の癌治療は、主に化学療法、放射線療法および手術に基づくものである。初期段階の癌の治癒率は高いにもかかわらず、多くの進行段階の癌は不治である。これは、進行段階の癌を外科的に摘出することができないことや、放射線療法の線量又は化学療法の投与量は正常細胞におけるそれらの毒性により制限されることに起因する。このような状況を軽減するために、腫瘍治療の効力および選択性を強化しようとする生物工学的な戦略が開発されてきた。そのような戦略の中でも、遺伝子治療およびウイルス療法は、癌に対して治療的意図(intention)を有するウイルスを使用するものである。遺伝子治療では、ウイルスを組み替えて複製しないようにして、治療的遺伝物質の運搬体すなわちベクターとして機能させる。対照的に、ウイルス療法では、腫瘍細胞において選択的に複製および繁殖するウイルスを使用する。ウイルス療法において、腫瘍細胞は、治療的遺伝子の効果によってというよりは、むしろその内部におけるウイルスの複製に起因する細胞変性効果によって死滅する。腫瘍細胞における選択的な複製は、腫瘍親和性(oncotropism)と称され、腫瘍の溶解は腫瘍崩壊と称される。厳密には、腫瘍内で選択的に複製するウイルスは腫瘍溶解性と称されるが、広義には、選択性が無いとしても、腫瘍細胞を溶解させることができる、複製能を有するあらゆるウイルスについて、腫瘍溶解性という用語を当てはめることができる。この明細書において、腫瘍溶解性という用語は両方の意味で用いる。
【0003】
癌のウイルス治療は、遺伝子治療より前から行われてきた。ウイルスを用いた腫瘍治療の最初の報告は、20世紀初頭まで遡る。1912年に、De Paceは、子宮頸癌内に狂犬病ウイルスを接種した後に腫瘍退縮が生じることを得た。それ以降、腫瘍を治療するために多くの種類のウイルスが腫瘍に注入されてきた。自律性のパルボウイルス、水疱性口内炎ウイルス及びレオウイルスなど、元から腫瘍親和性を示すウイルスがある。他のウイルスは、遺伝子操作することで、腫瘍における選択的複製能を獲得し得る。例えば、単純ヘルペスウイルス(HSV)は、腫瘍細胞などの増殖が活発に進行している細胞に不要な酵素活性であるリボヌクレオチド還元酵素遺伝子を欠失したことによって腫瘍親和性を得た。しかしながら、病原性が低く、且つ腫瘍細胞を感染させる力価が高いことから、癌のウイルス療法(virotehrapy)及び遺伝子療法においては、アデノウイルスが最も一般的に用いられているウイルスとなっている。
【0004】
アデノウイルスには、51種のヒト血清型が同定されており、AからFの異なる6群に分類されている。
【0005】
ヒトアデノウイルス5型(Ad5)はC群に属し、36キロベースの直鎖状DNAを含む正二十面体のタンパク質カプシドで形成される。Ad5感染は、成人では、多くの場合無症候性であり、小児では、感冒及び結膜炎を引き起こす。概して言えば、Ad5は、上皮細胞に感染し、自然感染では、これは、気管支上皮細胞である。Ad5は、カプシドの12個の頂点からアンテナのように伸張するウイルスタンパク質である線維が、コクサッキーアデノウイルス受容体(CAR)として知られる細胞間接着に関与する細胞タンパク質と相互作用することによって、細胞に侵入する。ウイルスDNAが核内部に達すると、初期遺伝子(E1からE4)の転写が順番に開始する。最初に発現するウイルス遺伝子は、初期領域1Aの遺伝子(E1A)である。E1Aは、細胞タンパク質Rbに結合して、E2Fを放出し、E2、E3、及びE4などの他のウイルス遺伝子、及び細胞周期を活性化させる細胞遺伝子の転写を活性化させる。他方で、E1Bは、転写因子p53に結合して、細胞周期を活性化させるとともに、感染細胞のアポトーシスを阻害する。E2は、ウイルスを複製するタンパク質をコードする。E3は、抗ウイルス免疫反応を抑制するタンパク質をコードする。E4は、ウイルスRNAを輸送するタンパク質をコードする。初期遺伝子の発現によって、ウイルスDNAの複製がもたらされ、DNAが複製されると、主要後期プロモーターが活性化される。活性化された主要後期プロモーターが、メッセンジャーRNAの転写を促進し、ディファレンシャルスプライシングによって、カプシドを形成する構造タンパク質をコードする全てのRNAが生じる。
【0006】
腫瘍溶解アデノウイルスの設計に関して考慮するべき2つの重要な観点は、選択性及び効力である。腫瘍細胞に対する選択性を獲得するために、3つの戦略が用いられてきた。それらは、正常細胞の複製に必要であり、腫瘍細胞では不要であるウイルス機能の除去と、腫瘍選択プロモーターを用いた複製を開始させるウイルス遺伝子の制御と、宿主細胞の感染を示唆するウイルスカプシドタンパク質の変性である。このような遺伝子修飾によって、相当なレベルの選択性が得られており、腫瘍細胞における複製効率は正常細胞と比べて1万倍高い。腫瘍溶解性の効力に関しても、それを高めるためのいくつかの遺伝子修飾が同様に記載されている。このような修飾には、a)例えば、E1B19Kを除去するか、E3−11.6K(ADP)を過剰発現させるか、または、原形質膜のE3/19Kタンパク質を局在化させることにより、ウイルス放出を増加させること、およびb)腫瘍溶解アデノウイルスのゲノムに含まれる治療的な遺伝子を挿入して、「武装した腫瘍溶解アデノウイルス」を生成すること、が含まれる。この場合、治療的遺伝子は、特に、バイスタンダー効果(感染していない隣接した細胞を死滅させる効果)を有するプロドラッグの活性化、腫瘍に対する免疫システムの活性化、血管形成の阻害、または細胞外マトリクスの除去によって、感染していない腫瘍細胞を死滅させるように作用しなければならない。これらの場合、治療的な遺伝子の発現の方法および時期は、治療方法の最終結果において重要である。
【0007】
過去10年の間、様々な腫瘍溶解アデノウイルスは、特に、頭、首、結腸直腸、膵臓、肝細胞に癌腫のある患者に投与されてきた。臨床試験におけるこれらのアデノウイルスの安全プロフィールは、非常に有望なものであった。インフルエンザのようなのような症状およびトランスアミナーゼレベルの増加のような検出された副作用は、高用量のウイルスを全身投与した後でさえ忍容性が良好であった(D. Koその他、「転写制御腫瘍溶解アデノウイルスの開発(Development of transcriptionally regulated oncolytic adenoviruses)」、Oncogene 2005、第24巻、p. 7763-74、およびT. Reidその他、「癌患者におけるアデノウイルス血管内剤:臨床試験からの教訓(adenoviral Intravascular agents in cancer patients: lessons from clinical trials)」Cancer Gene Therapy 2002、第9巻、p. 979-86参照)。組み換えアデノウイルスの投与によって腫瘍成長は一部抑制されたが、腫瘍を完全に根絶することはできず、さらに、短期間の後に腫瘍は急速に再び成長した。このような結果は、注入されたアデノウイルスが腫瘍のごく小領域で分散して僅かな抗腫瘍反応をもたらす一方で、未感染の細胞は急速に成長し続けたことにより引き起こされたと考えられる。最近の研究において、ヒト異種移植腫瘍の腫瘍溶解アデノウイルスの複製は全身投与の100日後まで持続するが、この複製によって腫瘍は完全に根絶されないことが明らかにされた(H. Sauthoffその他、「野生型アデノウイルスの腫瘍内拡散は異種移植腫瘍の局所注射後に限定される:長時間経過後までウイルスは持続し全身に拡散する(Intratumoural spread of wild-type adenovirus is limited to after local injection of human xenograft tumours: virus persists and spreads systemically at late time points)」、Human Gene Therapy 2003年、第14巻、p. 425-33参照)。このような低い抗腫瘍有効性は、腫瘍内の結合組織および細胞外マトリックス(ECM)が、腫瘍内におけるアデノウイルスの拡散を妨げることに一部起因する。
【0008】
このような、腫瘍溶解アデノウイルスを腫瘍塊内で効率的に拡散させるという問題は、他の抗腫瘍薬、例えば、ドキソルビシン、タキソール、ビンクリスチンまたはメトトレキサーのような抗腫瘍薬に関連して言及されてきた。多くの研究は、化学療法薬に対する腫瘍細胞の耐性におけるECMの役割を示している(BP Tooleその他、「ヒアルロナン:がん細胞の薬剤耐性および悪性の構成レギュレーター(Hyaluronan: a constitutive regulator of chemoresistance and malignancy in cancer cells)」、Seminars in Cancer Biology 2008、第18巻、p. 244-50参照)。腫瘍および間質細胞は、コラーゲン基質、プロテオグリカンおよび、腫瘍内での高分子の輸送を困難にするその他の分子を生成および構築する。ヒアルロン酸(HA)は、治療薬に対する腫瘍細胞の耐性に関係するECMの主な構成要素のうちの1つである。HAは様々な種類の悪性組織において過剰発現されるので、多くの場合、HAのレベルが腫瘍進行・予後の指標とされる。CD44およびRHAMMのような受容体とHAの相互作用によって、腫瘍の生存や浸潤が増加する。また、HAは、細胞粘着力および細胞遊走を引き起こすことで腫瘍転移を促進し、さらに、免疫系からの腫瘍の保護を促進することができる。
【0009】
一方では、ヒアルロン酸と腫瘍細胞との間の相互作用の抑制は、多くの薬に対する耐性を元に戻す。様々な研究において、ヒアルロニダーゼ(HAを分解する酵素)が、黒色腫、カポジ肉腫、頭部および首の腫瘍、および結腸癌の肝転移を患う患者における種々の化学治療法の活性を増加させることが示された。ヒアルロニダーゼの作用の機構はまだ知られていないが、一般に、細胞の生存に関連するシグナル経路に対する抑制効果というよりは、むしろ細胞接着バリアの抑制、間隙圧の抑制、および腫瘍内への抗腫瘍約の浸透の改善等に起因するものとされている。
【0010】
近年、腫瘍内投与による腫瘍溶解アデノウイルスとヒアルロニダーゼの同時投与が腫瘍の進行を抑制するということが言及されてきた(S. Ganeshその他、「ヒアルロニダーゼおよび腫瘍溶解アデノウイルスの腫瘍内同時投与によって腫瘍転移モデルにおけるウイルス力価が向上する(Intratumoural coadministration of hyaluronidase enzyme and oncolytic adenoviruses enhances virus potency in mestastasic tumour models)」、lin Cancer Res 2008、第14巻、p. 3933-41参照)。この研究において、腫瘍溶解アデノウイルスは4回の腫瘍内投与で投与され、ヒアルロニダーゼは全治療期間にわたり、一日おきに腫瘍内投与で投与された。多くの腫瘍は腫瘍内投与により到達することができないため、このような投薬計画は、ほとんどの患者に適用されない。散在する疾患(転移)を患う患者は、Ganeshおよび共同研究者によって提案された治療による利益を得ることができなかった。
【0011】
今日までの取り組みにもかかわらず、癌の治療に効果的である新たな治療方法を見出すことが、未だに必要とされている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】D. Koその他、「Development of transcriptionally regulated oncolytic adenoviruses」、Oncogene 2005、第24巻、p. 7763-74
【非特許文献2】T. Reidその他、「adenoviral Intravascular agents in cancer patients: lessons from clinical trials」Cancer Gene Therapy 2002、第9巻、p. 979-86
【非特許文献3】H. Sauthoffその他、「Intratumoural spread of wild-type adenovirus is limited to after local injection of human xenograft tumours: virus persists and spreads systemically at late time points」、Human Gene Therapy 2003年、第14巻、p. 425-33
【非特許文献4】BP Tooleその他、「Hyaluronan: a constitutive regulator of chemoresistance and malignancy in cancer cells」、Seminars in Cancer Biology 2008、第18巻、p. 244-50
【非特許文献5】S. Ganeshその他、「Intratumoural coadministration of hyaluronidase enzyme and oncolytic adenoviruses enhances virus potency in mestastasic tumour models」、lin Cancer Res 2008、第14巻、p. 3933-41
【発明の概要】
【0013】
発明者らは、ゲノム内にヒアルロニダーゼ遺伝子を含み、複製するアデノウイルスが腫瘍塊内でより効率的に分散することを発見した。腫瘍溶解アデノウイルスによるヒアルロニダーゼの発現により、腫瘍の細胞外マトリックスの一部であるヒアルロン酸が分解される。ヒアルロン酸の分解は、腫瘍内の間質圧を低下させ、アデノウイルスの拡散に対する腫瘍の耐性を小さくし、これによって、腫瘍塊内におけるウイルスの細胞間拡散も改善する。このような良好な拡散は、腫瘍溶解効果の向上につながる。発明者は、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスを静脈内(endovenous)注入することで、腫瘍体積を減少させることができることを見出した。従って、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスは癌の治療に役立つ。加えて、ヒアルロニダーゼ遺伝子の発現は、腫瘍溶解アデノウイルスのウイルス複製にも細胞毒性にも影響しない。
【0014】
上述したように、腫瘍溶解アデノウイルスおよび可溶ヒアルロニダーゼの腫瘍内同時投与により、腫瘍溶解アデノウイルスの抗腫瘍効果を増加させることには言及されてきた。しかし、本発明以前は、ヒアルロニダーゼ遺伝子は、癌の治療のためのいかなる腫瘍溶解アデノウイルスにも導入されていなかった。
【0015】
実施例に記載するように、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスの腫瘍内in vivo投与によって、ヒアルロニダーゼの挿入のないアデノウイルス対照と比較して、抗腫瘍効果が改善された(図7参照)。注目すべきは、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスを静脈内(endovenous)注射した場合に(図8および図9参照)、Ganeshその他の文献の図2に示される結果と比較して、本発明によるアデノウイルスによって非常に大きい腫瘍成長抑制が観察されたことである。このことは、本発明による治療が効果的なことを示す。アデノウイルス対照(ICOVIR15)を注射した腫瘍と比較すると、本発明による腫瘍溶解アデノウイルス(ICOVIR17)を注射したマウスの腫瘍では、非常に広い壊死領域、小さい生存細胞領域、および、大きく且つ膨大な数のウイルス複製中心が観察された。
【0016】
さらに、本発明によるアデノウイルスは、投与量が比較的少ない。例えば、上述のGaneshその他の文献によれば、1×1010個のウイルス粒子を4回腫瘍内注入して投与するが、本発明によれば、2×109個のウイルス粒子を1回静脈内(endovenous)投与する。これは、用量を1/20に減少させるとともに、投与が1回であるという利益を生ずる。Ganeshその他による方法では、全実験期間にわたって1日おきにヒアルロニダーゼを腫瘍内投与する。加えて、治療の始めにアデノウイルスも腫瘍内投与する。大部分の腫瘍は腫瘍内投与で到達することができないため、このようなウイルスおよびヒアルロニダーゼの内部投与は臨床応用することが難しい。ヒアルロニダーゼおよびアデノウイルスの両方の成分が生体内に散在する腫瘍細胞に一緒に到達する可能性が低いため、可溶性ヒアルロニダーゼおよびアデノウイルスの全身経路による同時投与は行われなかった。
【0017】
本発明は、ウイルス複製が起こる部位および時期に、ヒアルロニダーゼの発現を可能にするものである。ヒアルロニダーゼの発現は、腫瘍塊でのウイルスの分散を向上し、抗腫瘍作用を増強する。生物に対する毒性がなく、治療の有効性が高いように調整した用量を投与することは可能である。
【0018】
本発明において、腫瘍溶解アデノウイルスは目標腫瘍細胞に到達する。内部に入ると、ウイルスは複製を行い、カプシドタンパク質を発現すると同時に、アデノウイルスゲノムにコードされたヒアルロニダーゼを発現する。このヒアルロニダーゼは改変されており、細胞を包囲する細胞外培地に放出される。細胞外培地において、ヒアルロニダーゼは、マトリクスを破壊して、複製されたアデノウイルスの隣接腫瘍細胞への感染を補助する。
【0019】
したがって、本発明の1つの観点は、ヒアルロニダーゼ酵素をコードする、ゲノム内に挿入された配列を含む腫瘍溶解アデノウイルスに関するものである。
【0020】
本願明細書で使用する用語「腫瘍溶解アデノウイルス」は、腫瘍細胞内で複製することが可能である、または、複製能を有するアデノウイルスを意味する。本願明細書において、腫瘍溶解アデノウイルスと増殖型アデノウイルスは、同義である。これらは、標的細胞内で複製することができない非増殖型アデノウイルスとは異なる。非増殖型アデノウイルスは、無傷細胞内で治療遺伝子を発現することを目的とし、細胞溶解を目的としないため、遺伝子治療において標的細胞への遺伝子のキャリアとして使用されている。むしろ、腫瘍溶解アデノウイルスの治療的作用は、特に、除去対象の腫瘍細胞における複製能と、標的細胞溶解能とに基づくものである。
【0021】
本発明の他の観点は、製薬上許容できる担体または賦形剤と共に、治療有効量の腫瘍溶解アデノウイルスを含む、医薬組成物に関するものである。
【0022】
本発明の他の観点は、薬剤としての用途のための、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスに関するものである。
【0023】
本発明の他の観点は、ヒトを含む哺乳類における、癌または前癌状態を治療するための、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスに関するものである。
【0024】
本発明の他の観点は、ヒトを含む哺乳類における、癌または前癌状態を治療する薬剤の製造のための、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスの応用に関するものである。治療は、腫瘍内におけるこれらの腫瘍溶解アデノウイルスの複製に基づくものである。あるいは、本発明の本観点は、癌または前癌状態の、ヒトを含む哺乳類の治療方法として捉えることができる。本治療方法は、有効量の腫瘍溶解アデノウイルスを上記哺乳類に対して投与することを含む。
【0025】
本発明の他の観点は、アデノウイルスゲノムと組み換えを行って、本発明の腫瘍溶解アデノウイルスを構築することができる、シャトルベクターに関するものである。このベクターは、アデノウイルスの末端の逆位の反復配列(「末端逆位配列」(ITR))を有している。末端逆位配列とは、ヒアルロニダーゼ酵素をコードする配列、酵素をコードする配列、およびポリアデニル化配列の発現を促進する配列である。
【0026】
特定の実施例では、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスは、ヒトアデノウイルス、すなわち、ヒトに感染するアデノウイルスである。特に、ヒトアデノウイルスは、ヒトアデノウイルス血清型1〜51およびこれらの誘導体からなるグループから選択される。「誘導体」とは、2種又はそれ以上の異なる血清型のアデノウイルスの組み換えアデノウイルスハイブリッドである。例えば、血清型5のアデノウイルスを、血清型3のアデノウイルスのファイバーと組み合わせたハイブリッドがある。本発明の特定の実施形態では、ヒト腫瘍溶解アデノウイルスは、血清型5由来である。
【0027】
ヒアルロニダーゼは、ヒアルロン酸を分解する酵素族である。ヒト遺伝子は、異なる特性および部位を有するヒアルロニダーゼをコードする6つの遺伝子を含む。イソ型のHyal1およびHyal2は、大部分の組織に存在する。ヒト血漿では、大部分がHyal1型である。Hyal3は、骨髄および精巣に存在するが、その機能はあまり特徴づけられていない。ヒアルロニダーゼPH20は、精巣において多く発現し、精子による卵母細胞の受精プロセスに関与する。ヒアルロニダーゼPH20は、精子の原形質膜および先体膜内部に固定されており、卵丘の細胞外マトリクス(ヒアルロン酸に富む)を貫通して卵母細胞の透明帯に到達する能力を精子に与える。先体反応中、精子の膜に固定されたヒアルロニダーゼの一部は酵素処理され、先体膜から放出される可溶型タンパク質を生じる。加えて、ヒアルロニダーゼは、ヘビ、クモ、サソリおよびスズメバチの毒の拡散因子として同定されている。
【0028】
特定の実施形態では、酵素ヒアルロニダーゼは、哺乳類睾丸ヒアルロニダーゼであり、更に具体的には、ヒト睾丸ヒアルロニダーゼである。ヒト睾丸ヒアルロニダーゼ(GenBank 遺伝子ID:6677)は、SPAM1すなわちsperm adhesion molecule 1として、さらに、PH−20として既知である。膜タンパク質PH20は、中性pHで活性を有する哺乳類ヒアルロニダーゼ系の唯一の酵素である。膜タンパク質PH20をコードする遺伝子は、2種類の転写変異体を生じる。変異体1は、比較的長く、タンパク質のイソ型をコードする(GenBankアクセス番号NP_003108.2)。変異体2は、3’コード領域で選択的スプライシング信号を用いるので、変異体1と比較してC末端が短い(GenBankアクセス番号NP_694859.1)。
【0029】
本発明の特定の実施形態では、酵素配列において、カルボキシ末端膜結合ドメインに対応する配列が削除されており、可溶性酵素を生じる(図2参照))。カルボキシ末端ドメインの削除により、細胞外培地でのヒアルロニダーゼの分泌が生じる。このようにして、中性pHで酵素活性を有する分泌ヒアルロニダーゼを発現する腫瘍溶解アデノウイルスを得た。特定の実施形態では、アデノウイルスゲノムに挿入する配列は、配列番号:1をコードする配列である。他の実施形態では、挿入する配列は配列番号:2の配列である。
【0030】
他の実施形態では、アデノウイルス繊維のヌクレオチド配列後に、酵素配列を腫瘍溶解アデノウイルスに挿入する。
【0031】
他の特定の実施形態では、酵素の発現を、動物細胞内で活性を有するプロモーターによって制御する。特に、プロモーターは、サイトメガロウイルスプロモーター、アデノウイルス主要後期プロモーター、SV40プロモーター、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼプロモーター、RSVプロモーター、EF1αプロモーター、βアクチンプロモーター、ヒトIL−2プロモーター、ヒトIL−4プロモーター、IFNプロモーター、E2Fプロモーター、およびヒトGM−CSFプロモーターからなる群から選択される。酵素の発現を制御するプロモーターは、通常のアデノウイルス自体であり得る。この場合、そのようなプロモーターは、アデノウイルス主要後期プロモーター(図1(A)のMLP(major late promoter)参照)である。また、プロモーターを、酵素をコードする配列の次に挿入することもできる。好ましい実施形態では、プロモーターは、アデノウイルス主要後期プロモーターである。
【0032】
本発明による増殖型アデノウイルスは、腫瘍細胞内で選択的に複製する複製能を与えるゲノム配列に改変を加えることができる。特定の実施形態では、組織特異的プロモーターまたは腫瘍特異的プロモーターを挿入することで、そのような改変を加えることができる。このプロモーターは、E1a、E1b、E2およびE4からなるグループのうちの一種類以上の遺伝子の発現を制御する。
【0033】
具体的には、プロモーターは、E2Fプロモーター、テロメラーゼhTERTプロモーター、チロシナーゼプロモーター、前立腺特異抗原(PSA)プロモーター、アルファフェトプロテインプロモーター、COX−2プロモーター、さらには、低酸素誘導因子(HIF−1)、Ets転写因子、癌細胞傷害因子(tcf)、E2F転写因子、又はSp1転写因子のための結合部位のような、いくつかの転写因子結合部位によって構成される人工プロモーターからなるグループから選択される。プロモーターは、E1aの発現を制御することが好ましい。
【0034】
腫瘍内における選択的複製能を獲得するための他の改変は、網膜芽細胞腫(RB)経路をブロックするE1A機能を除去することである。E4およびE4orf6/7のようなpRBと直接相互作用する他のウイルス遺伝子も、腫瘍細胞内における選択的複製能を獲得するために除去される候補である。実施例に示したように、腫瘍溶解アデノウイルスICOVIR17は、ヒアルロニダーゼ遺伝子を含有し、E1aとpRBとの相互作用に影響するΔ24が削除され、E1aの発現を制御するためにE1aの内因性プロモーターに4つのE2F1結合部位および1つのSp1結合部位が挿入され、そして、ウイルスの感染力を増強するためにアデノウイルスファイバーへRGDペプチドが挿入されてなる、ことを特徴とする。ICOVIR17は、本発明の好ましい実施形態である。
【0035】
腫瘍内における選択的複製能を獲得するための、記載した他の改変は、ウイルス関連(VA)RNA(VA−RNA)をコードするアデノウイルス遺伝子の除去である。これらのRNAはインターフェロンの抗ウイルス活性をブロックするので、これらのRNAが削除されると、アデノウイルスの感受性が上がって、インターフェロンによって阻害される。腫瘍細胞はインターフェロン経路が切断されていることを特徴とするので、アデノウイルスは腫瘍内で通常レベルで複製する。このように、他の特定の実施形態で、アデノウイルスのE1a、E1b、E4およびVA−RNAのグループのうちの一つ以上の遺伝子の突然変異によって、腫瘍内における選択的複製能が得られる。突然変異がE1aで生じることが好ましい。
【0036】
腫瘍内における選択的複製能を獲得するための上述の2つの戦略は、互いに排他的ではない。
【0037】
本発明の他の一実施形態において、アデノウイルスは、感染力を増強し、又は腫瘍細胞内に存在する受容体にカプシドを導くように、カプシドが改変されている。好ましい実施形態において、アデノウイルスカプシドタンパク質は、感染力を増強する配位子や、腫瘍細胞内の受容体にウイルスを導く配位子を含むように遺伝子組み換えされる。一端でウイルスに結合し、他端で受容体に結合する二官能配位子を用いて腫瘍にアデノウイルスを到達させることができる。他方、血液中のアデノウイルスの持続性を向上させて、散在する腫瘍結節への到達率を向上させるために、カプシドをポリエチレングリコールのようなポリマーで被覆することができる。好ましい実施形態では、腫瘍溶解アデノウイルスのカプシドを改変して、感染力を増強するか、又はアデノウイルスファイバーのKKTKヘパラン硫酸結合ドメインをRGDKドメインで置換することによって標的細胞へとアデノウイルスをより良好に導くようにする。実施例では、これらの特徴を有するアデノウイルス(ICOVIR17RGDK)の構築について詳述する。
【0038】
他の特定の実施形態では、アデノウイルスは、ヒアルロニダーゼをコードする配列のタンパク質への翻訳を最適化する配列を含む。
【0039】
他の特定の実施形態では、アデノウイルスは、ヒアルロニダーゼをコードする配列の発現を促進する配列を含む。具体的には、このような配列は、RNAのプロセッシングを可能にするスプライシング配列、IRES配列(「内部リボソーム導入部位」)およびピコルナウイルスの2A配列からなるグループから選択される。
【0040】
他の特定の実施形態では、腫瘍溶解アデノウイルスは、腫瘍細胞に対する腫瘍溶解アデノウイルスの細胞毒性を増強するために癌の遺伝子治療において一般的に用いられる他の遺伝子をゲノム内に挿入して含む。それらの一部は、チミジンキナーゼ遺伝子、シトシンデアミナーゼ遺伝子、プロアポトーシス遺伝子、免疫刺激遺伝子、癌抑制因子、またはプロドラッグ活性化遺伝子である。
【0041】
上述のようなアデノウイルスゲノムの改変は、相互に排他的なものではない。アデノウイルスゲノムを操作するいくつかの方法がある。遺伝子組み替えアデノウイルスを構築する方法は、遺伝子治療分野およびアデノウイルスを用いたウイルス療法において確立されている。さらに一般的に用いられる方法は、先ず改変対象のアデノウイルス領域を含むプラスミド内で所望の遺伝子組み換えを行い、そして、バクテリア内で残りのウイルスゲノムを含むプラスミドとの相同組み換えを実施することに基づく方法である。
【0042】
本発明の目的であるヒアルロニダーゼ遺伝子を含むアデノウイルスを、HEK−293細胞系統およびA549細胞系統のような、遺伝子治療およびウイルス治療の分野で通常用いられる細胞系統内で増殖および増幅する。このとき、アデノウイルスの複製を許容する細胞系統を感染させることで増殖することが好ましい。このような特徴を有する系統の一例として、肺腺癌細胞系統A549がある。増殖は、以下のようにして実施する。A549細胞を、細胞培養プラスチックプレートにまき、細胞ごとに100個のウイルス粒子を用いて感染させる。2日後に、ウイルス産生を反映する細胞変性効果として、細胞が集合し、更に丸まっている状態が観察される。管で細胞を回収する。5分間、1000gの遠心分離の後、細胞ペレットを3回冷解凍して細胞を破壊する。結果として生じる細胞抽出物を5分間、1000gで遠心分離して、ウイルスを含む上澄みを塩化セシウム勾配上に装填して、1時間、35000gで遠心分離する。勾配から得たウイルスバンドを新しい塩化セシウム勾配に装填して、16時間、35000gで再び遠心分離する。ウイルスバンドを採取して、PBS−10%グリセロールに対して透析する。透析したウイルスを等分し、−80度に維持する。そして、標準的な手順に従ってウイルス粒子数およびプラーク形成単位数を定量する。5%までのグリセロールを含有するリン酸塩緩衝生理食塩水(PBS)は、アデノウイルスを保存するための標準的製剤である。それでもなお、ウイルスの安定性を向上する新たな製剤が言及されてきた。癌治療用途のためのヒアルロニダーゼ遺伝子を含むアデノウイルスの精製方法は、癌のウイルス治療および遺伝子治療で使用される他のアデノウイルスおよびアデノウイルスベクターについて記載された方法と同様である。
【0043】
本発明による腫瘍溶解アデノウイルスは、哺乳類、好ましくはヒトに投与することができる。腫瘍溶解アデノウイルスの投与目的は治療である。例えば、メラノーマ、膵臓癌、大腸癌、および肺癌の治療であるが、これらに限定されない。また、前癌状態の腫瘍に対して腫瘍溶解アデノウイルスを投与することも考えられる。
【0044】
腫瘍溶解アデノウイルスは、製薬的に許容可能な形態で投与される。当業者は、標準的方法を使用して適当用量を確実に投与することができる。適当用量とは、治療対象の患者の腫瘍を縮小させることができる腫瘍溶解アデノウイルスの有効量である。ウイルスは、腫瘍内、腫瘍が位置する空腔内、腫瘍の脈管構造内、腫瘍周辺に直接投与するか、または患者に対する全身静脈内(endovenous)注射によって、投与することができる。全身投与を実施することが好ましい。
【0045】
本発明に記載する癌の治療のためのウイルス使用の手順は、アデノウイルスによるウイルス治療分野およびアデノウイルスによる遺伝子治療分野に用いられる手順と同様である。遺伝子治療分野における、非腫瘍溶解アデノウイルスおよび腫瘍溶解アデノウイルスの使用実績は多数ある。培養、動物モデル、および患者を含む臨床試験における、腫瘍細胞の治療について述べた多くの刊行物がある。in vitroの培養物内の細胞の治療のために、上述したいずれかの方途で精製したアデノウイルスを培養培地に加えて、腫瘍細胞を感染させた。動物モデルまたは患者の腫瘍を治療するために、アデノウイルスを、腫瘍内または腫瘍が位置する体腔内に注入して局所部位的に投与することも、あるいは、血流内に注入して全身投与することも可能である。
【0046】
本発明による腫瘍溶解アデノウイルスは、単独で、または製薬上許容できる担体または賦形剤との配合物として投与することができる。当業者は、特定の投与方法に従って配合物を適合させることができる。組成物は、唯一の腫瘍対抗物質として腫瘍溶解アデノウイルスを含み、あるいは、化学療法薬剤または治療遺伝子が挿入されたベクターのような他の治療物質と組み合わせて構成することができる。また、腫瘍溶解アデノウイルス治療を放射線治療と組み合わせることもできる。
【0047】
特記しない限り、本願明細書に記載した全ての専門用語および化学用語は、当業者に理解される意味と同様の意味で用いる。本願明細書に記載した方法及び材料およびその均等物を本発明の実施において用いることができる。本願明細書全体および請求項を通じて使用した、「含む」という語およびその変形は、他の技術的特徴、添加物、成分、またはステップを除外することを意図したものではない。本発明の追加の目的、利点、および特徴は、本願明細書を検討し、あるいは本願発明を実施することによって当業者には明らかとなるであろう。以下の特定の実施形態および図面は、本発明の実施形態を例示するものに過ぎず、本発明に対して何らの制限を課すことを目的とするものではない。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1A】ヒアルロニダーゼ遺伝子PH20を含み、発現することを特徴とする腫瘍溶解アデノウイルスの構造を示す図である。アデノウイルスAdwtRGD−PH20は、アデノウイルスファイバー遺伝子の後に挿入されたタンパク質PH20の遺伝子を含む。タンパク質PH20遺伝子の発現は、アデノウイルスの主要後期プロモータ(MLP)により、アデノウイルスのスプライシングアクセプターIIIa(SA)を挿入することで調整される。この遺伝子のタンパク質翻訳は、翻訳開始配列の前にコザック配列(k)を導入することで最適化される。アデノウイルスICOVIR15およびICOVIR17は、腫瘍選択性増殖型アデノウイルスである。それらは、E1aの内因性プロモーター内に、4つのE2F結合部位および1つのSp1結合部位を含むことを特徴とする。また、両方のウイルスは、ペプチドRGD−4Cが挿入されたウイルスファイバー変形バージョン、およびポリペプチド鎖の121〜129のアミノ酸が削除されたE1Aタンパク質の変異体バージョン(Δ24変異)として示す。加えて、ICOVIR17は、AdwtRGD−PH20アデノウイルスのように、挿入されたヒアルロニダーゼPH20遺伝子を含む。なお、図1Aは、実施例3に関するものである。
【図1B】アデノウイルスAdΔ24RGDに挿入される、419〜422番目のヌクレオチド配列の置換配列を示す。この挿入は、E2F−1因子に4つの結合部位を挿入し、Sp1因子に1つの結合部位を挿入するために実行される。「nt385−419」および「nt422−461」として下線を付した配列は、AdΔ24RGDの野生型に対応する。なお、図1Bは、実施例3に関するものである。
【図1C】ICOVIR15およびAdwtRGDのゲノムに対して、ICOVIR17およびAdwtRGD−PH20のゲノムに挿入される全カセットを示す(配列番号:4)。スプライシングアクセプターIIIa、コザック、およびポリアデニル化(polyA)配列を図示する。タンパク質PH20コード配列は、コザックからポリアデニル化配列まで及ぶ。なお、図1Cは、実施例3に関するものである。
【図2A】PH20タンパク質のアミノ酸配列(配列番号:1)を示す。タンパク質PH20は、精子の細胞質膜および先体膜に存在する膜タンパク質である。図2Aおいて、アミノ酸配列は、膜内でのタンパク質のアンカーに関与する疎水性配列を示す(下線の配列)。本発明において、ウイルスによって発現されるPH20タンパク質は、疎水性尾部が削除されている。カット位置を円内に示す。この削除により、タンパク質PH20は、細胞外培地に分泌される。
【図2B】Kyte−Doolittleアルゴリズムによる疎水性プロットを示す(B)。図2Bは、Kyte−DoolittleによるPH20タンパク質の100個の末端アミノ酸の疎水性プロットである。矢印は、削除された疎水性配列の開始位置を示す。
【図3】ヒアルロニダーゼPH20の遺伝子を含む腫瘍溶解アデノウイルスが、ヒアルロニダーゼ活性を示す可溶性タンパク質を発現することを示す図である。ゲルは、ヒアルロニダーゼPH20を発現するウイルスの上澄みと共に培養したヒアルロン酸試料が消化されて、様々なサイズのオリゴ糖類が生成されたことを示す。対照用のアデノウイルス(AdwtRGDおよびICOVIR15)の上澄みと共に培養した試料は、未消化のヒアルロン酸を呈する。なお、図3は実施例4に対応する。
【図4】ヒアルロニダーゼPH20遺伝子の挿入および発現が、腫瘍選択的に複製するアデノウイルスの複製に干渉しないことを示す図である。細胞系統A549(A)およびSKMel28(B)由来の細胞に対して腫瘍溶解アデノウイルスICOVIR15およびICOVIR17(PH20遺伝子を含む点でICOVIR15と異なる)を感染させ、細胞抽出物に含まれるウイルス量を様々な時点(Y軸、感染後経過時間)で測定した(X軸、全ウイルス量(TU/ml))。グラフは、ウイルス産生のキネティクスは両方のウイルスで同一であることを示し、さらに、アデノウイルスICOVIR17におけるヒアルロニダーゼPH20遺伝子の挿入および発現により、ウイルス複製が影響を受けないことを示す。なお、図4は、実施例5に対応する。
【図5】ヒアルロニダーゼPH20遺伝子を含み、発現する腫瘍溶解アデノウイルスのin vitroでの腫瘍溶解効力を示す図である。ヒアルロニダーゼPH20(ICOVIR17)を発現するアデノウイルスの腫瘍溶解活性と、ヒアルロニダーゼPH20遺伝子(ICOVIR15)を有さない同一の腫瘍溶解ウイルスの活性とを、in vitroで、多量のヒアルロン酸を発現する2種類の腫瘍細胞系統であるSKMel28(A)およびPC3(B)について比較した。ウイルスが誘導する細胞変性効果(CPE)は、感染した細胞単層におけるタンパク質レベルとして測定した(BCA法で測定した)。細胞は、10000細胞/ウェルで96ウェルプレートにまいた。翌日、ウイルスを段階希釈して細胞を感染させた。感染した細胞を5日間培養し、PBSで洗浄し、ウェルに残ったタンパク質量を測定した。その結果、両方のウイルスの細胞毒性曲線が類似し、in vitroにおいて、ヒアルロニダーゼPH20の発現によりアデノウイルスの腫瘍溶解活性が改善されないことが示された。TU/細胞に対する細胞生存率をプロットした。なお、図5は実施例5に対応する。
【図6】ヒアルロニダーゼPH20を発現する腫瘍溶解アデノウイルスのin vivoでの抗腫瘍活性を示す図である。ヒトメラノーマ細胞(SKMel28)を無胸腺Balb/cマウスの横腹に接種した。腫瘍の平均サイズが150mm3に達したら、マウスにPBS又は1×108TU(transducing units)のAdwtRGD−PH20を注入した(グループあたり腫瘍10個)。グラフは、0日から投与後の経過日数の関数として、各グループにおける平均腫瘍成長率(%)を示す(A)。この結果により、ヒアルロニダーゼPH20遺伝子を発現している腫瘍溶解アデノウイルスが、対照グループ(PBS)よりも、p<0.00001で統計学的に有意に高い抗腫瘍活性を有することが明らかになった。PBSを注入したグループで全く減少しなかった(減少0%)ことに対して、AdwtRGD−PH20を注入した腫瘍の100%で、注入後27日で体積が10%〜50%減少した。PBSまたはAdwtRGD−PH20を注入した腫瘍のヒアルロン酸量を、免疫組織化学法による実験の最後に分析した(B)。画像は、AdwtRGD−PH20を注入された腫瘍は対照の腫瘍と比較してヒアルロン酸の含量が低かったことを示している。なお、図6は、実施例6.1に対応する。
【図7】腫瘍溶解アデノウイルスの腫瘍内投与後に、ヒアルロニダーゼPH20の発現によって、腫瘍溶解アデノウイルスの抗腫瘍作用が向上することを示す図である。ヒトメラノーマ細胞(SKMel28)を、無胸腺Balb/cマウスの後脇腹に接種した。腫瘍の平均サイズが130mm3に達したら、マウスにPBS又は1×108TU(transducing units)のICOVIR15又は ICOVIR17を一回の投与で注入した(グループあたり腫瘍10個)。グラフは、0日から投与後の経過日数の関数として、各グループにおける平均腫瘍成長(%)を示す(A)。ヒアルロニダーゼPH20 を発現する腫瘍溶解アデノウイルス(ICOVIR17)が、ヒアルロニダーゼを発現しない対照のアデノウイルス(ICOVIR15)よりも、良好な抗腫瘍作用を示した。42日間処置を行った後に、マウスを殺し、腫瘍を摘出して重量を測定した(B)。表に腫瘍体積の概要、腫瘍成長率および実験終了後の腫瘍重量を示す。ICOVIR17を注入した腫瘍は、ICOVIR15を注入した腫瘍や(*p<0.05)、PBSを注入した腫瘍(#p<0.05)に比較して腫瘍重量が有意に軽かった。ウイルスが造作なく細胞単層を経て拡散することができる、in vitroで得られた結果とは異なり、in vivoでの結果は、細胞外マトリックスがウイルスの拡散を妨害する腫瘍内部では、ヒアルロニダーゼPH20の発現により腫瘍溶解アデノウイルスの抗腫瘍作用が増強されることを示した。なお、図7は実施例6.2に対応する。
【図8】腫瘍溶解アデノウイルスの全身投与の後に、ヒアルロニダーゼPH20の発現により、腫瘍溶解アデノウイルスの抗腫瘍作用が向上すること示す図である。ヒトメラノーマ細胞(SKMel28)を、無胸腺Balb/cマウスの後脇腹に接種した。腫瘍の平均サイズが100mm3に達したら、マウスにPBS又は5×1010個のICOVIR15又は ICOVIR17(PH20を有するICOVIR15)の物理的粒子を静脈内(endovenously)注入した(グループあたり腫瘍8〜10個)。グラフは、0日から投与後の経過日数の関数として、各グループにおける平均腫瘍成長率(%)を示す(A)。この結果により、ICOVIR17 により誘導された腫瘍成長抑制効果が、対照グループ(ICOVIR15)で生じた抑制よりも有意に(*p<0.00001)高かったので、ヒアルロニダーゼPH20遺伝子を発現することで、アデノウイルスの腫瘍溶解効力が増加することが明らかになった。画像は、実験の最後(48日目)に摘出された腫瘍内のアデノウイルスICOVIR15およびICOVIR17の分布を示す(B)。腫瘍溶解アデノウイルスICOVIR17を注入したマウスの腫瘍では、アデノウイルス対照を注入した腫瘍と比較して、非常に広範な壊死領域(大矢印)、縮小した生存細胞領域(v)、および、大きく且つ膨大な数のウイルス複製中心(細矢印で示す緑色蛍光領域)が観察された。なお、図8は実施例6.3に対応する。
【図9】酵素ヒアルロニダーゼPH20を発現しているアデノウイルスの抗腫瘍全身活性(antitumour systemic activity)の向上は、1種類の腫瘍に限定されないことを示す図である。グラフは、0日から投与後の経過日数の関数として、各グループにおける膵臓腫瘍NP−18の平均成長(%)を示す(A)。「#」は、14〜30日で、PBSで治療した腫瘍と比較して、有意(p≦0.02)であったことを示す。「&」は、14〜30日で、PBSで治療した腫瘍と比較して、有意(p≦0.05)であったことを示す。「*」は、12〜30日で、ICOVIR-15で治療した腫瘍と比較して、有意(p≦0.02)であったことを示す。画像は、30日後における、腫瘍NP−18内のアデノウイルスICOVIR15およびICOVIR17の分布を示す(B)。「*」は、p≦0.01で、ICOVIR15で治療した腫瘍との比較を示す。「% a.p.」は、陽性領域の割合(%)を意味する。なお、図9は、実施例6.4に対応する。
【図10】腫瘍溶解アデノウイルスICOVIR17およびICOVIR17RGDKの構造を示す図である(A)。ICOVIR17RGDKの改変版ファイバーの、アミノ酸配列である(B)。下線を付した配列は、ヒトアデノウイルス5型ファイバーの野生型形式とは異なるアミノ酸91RGDK94に相当する。なお、図10は実施例8に対応する。
【図11】2種類の腫瘍細胞系統における2種類のアデノウイルス(ICOVIR17およびICOVIR17RGDK)の腫瘍溶解活性を示す図である。肺腺癌A549における腫瘍溶解活性(A)と、膵臓腫瘍NP−18における腫瘍溶解活性(B)である。TU/細胞に対する細胞生存率(%)を示す。なお、図11は、実施例9に対応する。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0049】
[実施例1:腫瘍溶解アデノウイルスの構築]
ヒアルロニダーゼPH20遺伝子を含む2つの腫瘍溶解アデノウイルスである、アデノウイルスAdwtRGD−PH20およびICOVIR17を構築した。
【0050】
ヒアルロニダーゼPH20のcDNAを、テンプレートとしてA549細胞系統ゲノムを使用して、様々なエクソンをPCR増幅して得た。そして、これらのエクソンを、MfeI制限部位を含む特定の隣接プライマーで結合した。生じたフラグメントをMfeIによって消化して、シャトルプラスミドであるpNKファイバーRGD(RGDによって改変したアデノウイルスファイバーの配列を含む)におけるライゲーションによりクローニングして、プラスミドpNKファイバーPH20を生成した。プラスミドpNKファイバーPH20にてクローニングしたPH20に対応するcDNAは、配列番号:2である。配列番号:2は、開始コドン(ATG)から、ポジション1467までが、タンパク質PH20(イソ型、GenBankアクセス番号NP_694859.1)をコーディングするヌクレオチドである。このようなGenBank配列の1468〜1527領域のヌクレオチド配列は、タンパク質を膜にアンカーするためのタンパク質の疎水性尾部をコードする。このシーケンスは削除され、配列番号:2には現れない。ヌクレオチド1468に続いて、翻訳終了コドンTAAを追加した。
【0051】
[実施例2:アデノウイルスAdwtRGD−PH20の構築]
プラスミドpVK50cau(ファイバーのSwa I制限部位を有するAd5の完全配列を含む)のアデノウイルスファイバーの遺伝子を、酵母での相同組換えを使用して、NotI/KpnIによって消化したプラスミドpNKファイバーPH20から得たヒアルロニダーゼPH20遺伝子が後続するファイバー遺伝子で置換して、アデノウイルスAdwtRGD−PH20を生成した。
【0052】
主要後期プロモーターの制御下でヒアルロニダーゼPH20遺伝子を発現し、さらに、アデノウイルスファイバー内にトリペプチドRGDを含むことを特徴とするアデノウイルスAdwtRGD−PH20を、プラスミドpAdwtRGD−PH20のPacIによる消化と、HEK293細胞のトランスフェクションとによって生成した。上述のアデノウイルスAdwtRGDは、アデノウイルスファイバー内にトリペプチドRGDを含むことを特徴とする(M. Majemその他、「筋ジストロフィー遺伝子座インスレーターによって分離したE2F-1プロモーターの存在下でのE1Aの制御による、腫瘍溶解アデノウイルスAd−Δ24RGDの毒性の低減(Control of E1A under an E2F-1 promoter insulated with the myotonic dystropHy locus insulator reduces the toxicity of oncolytic adenovirus Ad−Δ24RGD)」、Cancer Gene Therapy 2006、第13巻、p. 696-705参照)。AdwtRGDは、RGDによって改変したファイバーを有するAd5の完全なゲノムを含むプラスミドpVK503をPacI消化して構築し(I. Dmitrievその他、「コクサッキーウイルスおよびアデノウイルスの細胞侵入メカニズムを介した、遺伝子操作ファイバーを有するアデノウイルス受容独立ベクターにおける向性の拡張(An adenovirus receiving-independent vector with genetically modified fibres demonstrates expanded tropism via utilization of a coxsackievirus and adenovirus cell entry mechanism)」、J. Virol.、1998、第72巻、p. 9706-13参照)、293細胞のトランスフェクションを実施した。
【0053】
[実施例3:アデノウイルスICOVIR17の構築]
アデノウイルスプラスミドpICOVIR17を用いてアデノウイルスを生成した。アデノウイルスプラスミドpICOVIR17を得るために、プラスミドpICOVIR15由来のアデノウイルスファイバー遺伝子を、酵母での相同組換えを使用して、SpeI/PacIによって消化したプラスミドpAdwtRGD−PH20由来のヒアルロニダーゼPH20遺伝子が後続するファイバー遺伝子と置換した。
【0054】
アデノウイルスAdΔ24RGDに由来するアデノウイルスICOVIR15は、配列をコードするE1aタンパク質中におけるΔ24の削除を特徴とする。この削除は、E1aとpRBとの相互作用に影響を及ぼす。AdΔ24RGDは、アデノウイルスファイバー内にペプチドRGDが挿入されており、ウイルスの伝染力が増強されている。これら2種類の改変は、K. Suzuki その他による「感染力が向上した条件複製アデノウイルスにおける腫瘍溶解効力の増強(Conditionally replicative adenovirus with enhanced infectivity shows improved oncolytic potency)」に記載されている(Clin Cancer Res 2001、第7巻、p. 120-6)。AdΔ24RGDから、4つのE2F結合部位および1つのSp1結合部位がE1aの内因性プロモーター内に挿入され、E1aの発現を制御する。このような方法でICOVIR15を得た。挿入は、ゲノムの配列419−422を、4つのE2F−1結合部位および1つのSp1結合部位を有するシーケンスと置換することによって実施した。その結果、最終的な配列は配列番号:3及び図1(B)に示したものとなった。このステップを実行するために、pEndK/SpeプラスミドのE1Aプロモーターにおける変異誘導によって、固有のBsiW I制限部位を生成した(J.E. Caretteその他、「低分子ヘアピン型RNAを発現する条件複製アデノウイルスによる癌細胞内の標的遺伝子の発現阻害(Conditionally replicating adenoviruses expressing short hairpin RNAs silence the expression of a target gene in cancer cells)」、Cancer Res 2004、第64巻、p. 2663-7参照)。BsiWI-切断プラスミドを、相互にハイブリダイズしたSp1F(5' - GTACGTCGACCACAAACCCCGCCCAGCGTCTTGTCATTGGCGTCGACGCT-3' 配列番号:5)プライマー、および Sp1R(5' -GTACAGCGTCGACGCCAATGACAAGACGCTGGGCGGGGTTTGTGGT CGAC-3' 配列番号:6)プライマーとライゲーションすることで、BsiW I部位内のプラスミドpEndK/SpeにSp1結合部位を導入した。E2F結合部位を、相互にハイブリダイズしたE2FF2(5' GTACGTCGGCGGCTCGTGGCTCTTTCGCGGCAAAAAGGATTTGGCGCGTAAAAGTGGTTCGAA-3'、配列番号:7)結合プライマー、およびE2FR2(5' - GTACTTCGAACCACTTTTACGCGCCAAATCCTTTTTGCCGCGAAAGAGCCACGAGCCGCCGAC-3' 、配列番号:8)結合プライマーを用いて導入し、プラスミドpEndK415Sp1E2F2を得た。次に、酵母におけるプラスミド複製に必須の要素(動原体、自律複製領域ARS、および選択マーカーURA3)を含む配列CAUを、酵母内での相同組み換えで導入して、プラスミドpEndK415Sp1E2F2CAUを得た。最後に、酵母内で、KpnIで消化したプラスミドpEndK415Sp1E2F2CAUおよびアデノウイルスAdΔ24RGDのアデノウイルスゲノムの間で相同組み換えを実施して、pICOVIR15cauを得た。ICOVIR15は、HEK293細胞に対してPacIで消化したpICOVIR15cauをトランスフェクションして得た。
【0055】
ICOVIR15と同様に、アデノウイルスファイバー遺伝子の後にヒアルロニダーゼ遺伝子を挿入して改変したICOVIR17ウイルスは、プラスミドpICOVIR17のPacIによる消化およびHEK293細胞に対するトランスフェクションにより得た。AdwtRGD-PH20ゲノムおよびICOVIR17ゲノムの正確な構造は、Hind IIIによる制限によって画定した。加えて、特定のプライマーによってPH20遺伝子の領域の配列を決定した。ICOVIR15ゲノムおよびAdwtRGDゲノムに対して、ICOVIR17ゲノムおよびAdwtRGD−PH20ゲノムに挿入した完全なカセットを、図1(C)および配列番号:4に示す。配列をコードするPH20タンパク質は、コザック配列およびポリアデニル化配列の間に収まっている。
【0056】
[実施例4:ヒアルロニダーゼPH20遺伝子を含むアデノウイルスによるヒアルロニダーゼ活性を有する可溶タンパク質の発現]
ヒアルロニダーゼPH20遺伝子を含むアデノウイルスがヒアルロニダーゼ活性を有する可溶タンパク質を発現することを証明するために、感染率80%を上回らせることができる多様な感染方法(20MOI)を用いて、A549細胞系統の培養物に対して、AdwtRGDウイルス、AdwtRGD−PH20ウイルス、ICOVIR15ウイルスまたはICOVIR17ウイルスを感染させた。感染後24時間で、感染培養基を新しい培養基と交換した。その後、さらに24時間後に、交換した培養基(または上澄み)を採取し、Amicon Extremeカラム (米国バレンシア州ミリポア)内で製造元の取扱説明書に従ってろ過して濃縮した。濃縮した上澄みは、0.1MのNaClおよび0.05%のBSAを含むリン酸緩衝液(pH=6)ヒアルロン酸溶液(1.5mg/ml)を用いて、37度で1晩培養した。消化されたヒアルロン酸は、15%のポリアクリルアミドゲルを用いた電気泳動によって分析した(M. Ikegami-Kawaiその他、「ポリアクリルアミドゲル電気泳動によるヒアルロン酸オリゴ糖類の微量分析およびヒアルロニダーゼ活性アッセイへの応用(Microanalysis of hyaluronan oligosaccharides by polyacrylamide gel electrophoresis and its application to assay of hyaluronidase activity)」、Analytical biochemistry2002、第311巻、p. 157-65参照)。ヒアルロン酸の消化によるオリゴ糖生成物は、30分間でアルシアンブルー溶液中のゲルマトリクス内に固定された。最終的に、オリゴ糖類を硝酸銀で染色した。結果を図3に示す。この結果、ヒアルロニダーゼPH20遺伝子(AdwtRGD-PH20およびICOVIR17)を含むアデノウイルスで感染させた細胞の上澄みは、ヒアルロン酸(高分子量の多糖類)を、5〜50以上の二糖単位の繰り返しで構成されるオリゴ糖類に消化することができるタンパク質を含むことが証明された。
【0057】
[実施例5:腫瘍溶解アデノウイルスは、ウイルス複製およびin vitro細胞毒性に影響を及ぼさない]
A549腫瘍細胞系統およびSKMel−28腫瘍細胞系統に腫瘍溶解アデノウイルスICOVIR15またはICOVIR17を感染させて、ヒアルロニダーゼPH20遺伝子の挿入がウイルス複製に対して影響を及ぼさなかったことを検証した。感染後4時間で感染培地を新たな培地に交換した。感染後異なる時間で全細胞抽出物を採取し、3回の冷解凍を実施してウイルスを放出させた。HEK293に感染させて、抗ヘキソン染色(上述のM. Majem文献参照)して、細胞抽出物内のウイルス量を測定した。図4に結果を示す。ウイルスがアデノウイルス対照と同様の複製を実施したので、ヒアルロニダーゼPH20遺伝子の挿入によってアデノウイルスICOVIR17の複製に影響が出ないことが明らかになった。
【0058】
PC3腫瘍細胞系統およびSKMel−28腫瘍細胞系統由来の細胞を、ウイルスICOVIR15またはICOVIR17の段階希釈で感染させて、in vitroでの腫瘍溶解アデノウイルスの細胞毒性上のヒアルロニダーゼPH20の発現の効果を検証した。感染の5日および6日後に、それぞれ、分光光度計によって、細胞生存の指標としてタンパク質量を測定した。図5に結果を示す。2つの腫瘍系統におけるICOVIR17の溶解活性は、ICOVIR15の活性と同様であった。このことは、ヒアルロニダーゼPH20の発現は、in vitroでの腫瘍溶解効果を全く生じさせないことを示す。
【0059】
[実施例6:ヒアルロニダーゼPH20遺伝子を含む増殖型アデノウイルスを用いた腫瘍の効率的な治療]
[6.1]
SKMel-28腫瘍を移植したBalb/c系統の無胸腺マウスを使用して、in vivo実験を実施した。合計5×106のSKMel−28細胞系統の腫瘍細胞を、各マウスの横腹に皮下注射した。21日後に、腫瘍を有するマウス(腫瘍体積150mm3)を、異なる実験グループ(1グループはn=10)に分配した。対照グループの腫瘍に対しては、食塩緩衝液(20μl)を1度腫瘍内注入した。AdwtRGD−PH20で処理したグループのマウスに対しては、腫瘍あたり、1×108TU(transducing units)のウイルスを腫瘍内注入した(2×109ウイルス粒子(vp)当量)。腫瘍を2〜3日ごとにcaliperで測定し、また下式に従って腫瘍体積を算出した。
V (mm3)=A(mm)×B2 (mm2) × p/6
ここで、Aは長い方(長軸)方向の長さであり、Bは横断方向の長さである。図6は、処理開始(0日)に対する腫瘍成長率を示す図である。結果を平均値±標準誤差(SE)で示す。結果の差異における統計的有意性は、非マッチ(non-matched)のデータに対するノンパラメトリックのマン・ホイットニー検定を使用して算出した。分散分析を用いて成長曲線を比較した。p<0.05である場合に、有意な結果とみなした。アデノウイルスAdwtRGD−PH20による腫瘍の治療により、治療した腫瘍の100%で腫瘍後退を得た。腫瘍成長率は、注入後1日から、対照グループと比較してかなり小さかった。実験終了後に腫瘍を分析すると、AdwtRGD−PH20を注射した腫瘍の細胞外マトリクスに存在するヒアルロン酸量が減少していた。
【0060】
[6.2]
他の実験において、ICOVIR15またはICOVIR17を腫瘍内注入して治療を施した。ヒトメラノーマ細胞系統SKMel−28の腫瘍を無胸腺マウスBalb/C nu/nuに移植した。系列を確立した後、PBS又は1×108TU(transducing units)のICOVIR15又は ICOVIR17ウイルスを腫瘍内注入した(2×109ウイルス粒子(vp)当量)。図7に結果を示す。ICOVIR17による処理によって、対照グループ(PBS)とは有意に(p<0.05)異なる腫瘍成長抑制につながる腫瘍溶解活性が見られた。実験終了後、腫瘍を摘出して重さを量った。図7の表に、腫瘍体積の平均値、腫瘍成長率、および実験終了後の腫瘍重量を示す。ICOVIR17を注射した腫瘍の重量は、ICOVIR15を注入した腫瘍や(* p<0.05)、PBSを注入した腫瘍(# p<0.05)に比較して腫瘍重量値が有意に低かった。
【0061】
[6.3]
他の実験において、ICOVIR15またはICOVIR17の全身注入により治療を実施した。ヒトメラノーマ細胞系統SKMel−28の腫瘍を無胸腺Balb/C nu/nuマウスに移植し、系統を確立した後、ICOVIR15或いはICOVIR17ウイルスの5×1010個の物理的粒子、またはPBSを尾部静脈注射することで処置した。図8に結果を示す。ICOVIR17を用いた処置により、対照グループ、PBS(#p<0.0001)およびICOVIR15(*p<0.00001)とは有意に異なる腫瘍の発達抑制につながる腫瘍溶解活性がみられた。実験終了後、腫瘍を摘出してOCT内で凍結した。OCT内で凍結した腫瘍の様々な切片をα-ヘキソン抗体(アデノウイルスカプシドタンパク質)で処理して、4’,6−ジアミノ−2−フェニルインドールで対比染色した。ICOVIR17の抗腫瘍活性は腫瘍内部レベルでアデノウイルスの複製と相関する。ICOVIR17の抗腫瘍活性注射後48日に採取した腫瘍で評価した。ICOVIR17で治療した腫瘍では、ICOVIR15を注入した腫瘍よりも、広範な壊死領域、比較的良好なウイルス分布、および比較的縮小した生存細胞領域がみられた。
【0062】
[6.4]
他の実験では、ICOVIR15又はICOVIR17をヒト膵臓腺癌細胞系統NP-18由来の腫瘍を移植したBalb/C 無胸腺nu/nuマウスに全身投与して治療を実施した。腫瘍が形成された(腫瘍が平均体積60mm3に達した)後に、マウスに対して、PBS又は5×1010個のICOVIR15またはICOVIR17ウイルスの物理的粒子を尾部静脈注射によって投与した(グループあたり腫瘍10個)。図9に結果を示す。ここで、ヒアルロニダーゼPH20酵素を発現するアデノウイルスの抗腫瘍活性の向上は1種類の腫瘍に限定されないということが示された。
【0063】
図9(A)は、PBSグループおよびウイルス対照グループ(ICOVIR15)と比較して、ヒアルロニダーゼPH20の発現がアデノウイルスの腫瘍溶解効力の向上につながることが示された。「#」は、14〜30日で、PBSで治療した腫瘍と比較して、有意(p≦0.02)であったことを示す。 「&」は、14〜30日で、PBSで治療した腫瘍と比較して、有意(p≦0.05)であったことを示す。 「*」は、12〜30日で、ICOVIR−15で治療した腫瘍と比較して、有意(p≦0.02)であったことを示す。30日で、腫瘍を摘出して、OCT内で凍結して、α−ヘキソン抗体で処理して、DAPIで対比染色した。
【0064】
ICOVIR−17の腫瘍内複製レベルを定量化するために、各腫瘍の5つの生存領域を抗ヘキソン染色で分析した(グループで7/10固体)。そして、陽性領域の割合をコンピュータによる画像分析(ソフトウェアImageJ)で測定した。図9(B)は、分析結果を示す図である。ICOVIR17で治療したNP-18腫瘍は、ICOVIR15で治療した腫瘍と比較して、アデノウイルス染色領域が有意に大きかった(*、有意水準p≦0.01)。
【0065】
[実施例7:ヒアルロニダーゼ遺伝子を発現する腫瘍溶解アデノウイルスの毒物プロフィール]
ヒアルロニダーゼ遺伝子の挿入によって、静脈内(endovenous)投与後に腫瘍溶解アデノウイルスが誘導する毒性パターンが実質的に変更されないことを検証するために、ヒトアデノウイルス複製に寛容な動物モデルであるシリアンハムスター(Mesocricetus auratus)を用いた。ハムスターは、ヒトアデノウイルスの複製に寛容な動物モデルを構成する。免疫能を有する、メスの5週齢の動物を使用した(5〜6匹/グループ)。0日目にPBS300μlを橈側皮静脈に静脈注射して4×1011vpのICOVIR15またはICOVIR17を1回投与した。対照グループに対して、同量のPBSを注射した。投与後5日でハムスターを殺し、心臓穿刺によって各個体から全血液および血清を得て、肝臓毒性のパラメータ(ASTおよびALT酵素)を測定し、また、フローサイトメトリー(血液像)によって様々な血球細胞数を計数した。同時に、ハムスターの肝臓を採取して、ヘマトキシリン/エオシン染色のために4%のパラホルムアルデヒドで固定した。
【0066】
肝臓毒性解析の結果から、このモデルでは、両方のウイルスが、ASTおよびALTトランスアミナーゼレベルの上昇を伴い、ある程度肝臓炎症を誘導することが明らかになった。しかしながら、ICOVIR15またはICOVIR17で治療したハムスターの間に差異は見られなかった。血液レベルでは、両方のウイルスが、対照のハムスターと比較して、好中球、好塩基球、および単球を増加させ、また、血小板を減少させたが、ICOVIR15とICOVIR17との間で差は無かった。
【0067】
[実施例8:ウイルスICOVIR17RGDKの構築]
このアデノウイルスを生成するために、アデノウイルスプラスミドpICOVIR17RGDKを使用した。このプラスミドでは、野生型のアデノウイルス5型のファイバー遺伝子が、そのヘパラン硫酸結合領域において改変されたバージョンと置換されている(ポリペプチド配列のアミノ酸91RGDK94が91KKTK94と置換されている)。pICOVIR17RGDKプラスミドは、NdeIで部分消化したpICOVIR17生成物、およびアデノウイルス線維の変更バージョン含む、EcoRIで消化したpBSattKKTプラスミドの間の、酵母における相同組み換えによって構築した(N. Bayoその他、「アデノウイルス5型のファイバーシャフトヘパラン硫酸プロテオグリカン結合ドメインをRGDと置換することによる、腫瘍感染力及び標的性の向上(Replacement of adenovirus type 5 fibre shaft heparan sulphate proteoglycan-binding domain with RGD for improved tumour infectivity and targeting)」、Human Gene Therapy 2009年、第20巻、p. 1214-21)。
【0068】
図10は、ICOVIR17RGDK内における改変91RGDK94の位置と、アデノウイルス内のファイバータンパク質の完全配列を示す図である。アデノウイルスICOVIR17は、タンパク質のノブ領域のHI−ループ(進化的に保存されず、アデノウイルスカプシド内で非常に露出している)内に、RGD−4Cペプチド(Cys-Asp-Cys-Arg-Gly-Asp-Cys-Phe-Cys:CDCRGDCFC, 配列番号:10)が挿入されたバージョンのアデノウイルスファイバー遺伝子を含む。ICOVIR17RGDKは、ファイバー遺伝子内以外において、ICOVIR17と完全に相同である。ICOVIR17RGDKファイバーは、タンパク質のシャフト領域内において、アミノ酸91KKTK94が、高親和性インテグリン結合ペプチド91RGDK94と置換している点において、野生型のヒトアデノウイルス5型とは異なる(配列番号:9)。
【0069】
[実施例9:カプシド改変ICOVIR17RGDKを有するアデノウイルスの腫瘍溶解効力]
図11に示すように、ICOVIR17RGDK内のカプシド改変は、ヒアルロニダーゼPH20遺伝子を含み、発現する腫瘍溶解アデノウイルスのin vitroでの細胞毒性を変更しない。ヒアルロニダーゼPH20(ICOVIR17およびICOVR17RGDK)を発現する2種類のアデノウイルスの腫瘍溶解活性について、肺腺癌由来のA549(図11(A))および膵臓腺癌由来のNP−18(図11(B))の2種類の腫瘍細胞系統で比較した。ウイルスによって誘導された細胞変性効果は、感染した細胞単分子層内のタンパク質量の減少として測定される(BCA法)。2種類の腫瘍細胞系統の細胞を、10000細胞/ウェルで96−ウェルプレートにまいた。翌日、ウイルスの段階希釈で細胞を感染させた。感染した細胞を6日間培養し、PBSで洗浄し、ウェル内に残留したタンパク質量を測定した。その結果、カプシド改変がアデノウイルスの腫瘍溶解活性を有意に変更しないことがin vitroで示された。
【0070】
[実施例10:ヒアルロニダーゼ遺伝子を発現する腫瘍溶解アデノウイルスの様々な毒物プロフィール]
ヒアルロニダーゼを発現する腫瘍溶解アデノウイルス背景におけるRGDK改変の影響を評価するために、腫瘍のない免疫能のあるBalb/Cマウスを用いた。6週齢のオス固体を用いた(7匹/グループ)。0日目にPBS150μlを尾静脈に静脈注射して、5×1010vpのICOVIR17またはICOVIR17RGDKを1回投与した。投与後7日(2匹/グループ)および12日(5匹/グループ)で、マウスを殺し、心臓穿刺によって各個体から全血液および血清を得て、肝臓毒性のパラメータ(ASTおよびALT酵素)を測定し、また、フローサイトメトリー(血液像)によって様々な血球細胞数を計数した。この分析の結果、両方のウイルスが7日目における酵素のレベルを増加させることを示した。しかし、このレベルは12日目でで通常の値に戻った。ICOVIR17グループおよびICOVIR17RGDKグループの間で有意差は見られなかった。但し、ICOVIR17グループと比較して、ICOVIR17RGDKを注射したマウスのグループにおいて、肝毒性傾向が低下した(ASTおよびALTレベルが僅かに低下した)。投与後12日のマウスの血液プロフィールでは、白血球数、血小板数において有意な差は見られなかったが、リンパ球数は、PBS およびICOVIR17RGDKで処理したグループよりも、ICOVIR17で処理したマウスの方が少なかった。
【技術分野】
【0001】
本発明は、医学分野、特に腫瘍学分野、具体的には、ウイルス療法に関連するものである。
【背景技術】
【0002】
現在の癌治療は、主に化学療法、放射線療法および手術に基づくものである。初期段階の癌の治癒率は高いにもかかわらず、多くの進行段階の癌は不治である。これは、進行段階の癌を外科的に摘出することができないことや、放射線療法の線量又は化学療法の投与量は正常細胞におけるそれらの毒性により制限されることに起因する。このような状況を軽減するために、腫瘍治療の効力および選択性を強化しようとする生物工学的な戦略が開発されてきた。そのような戦略の中でも、遺伝子治療およびウイルス療法は、癌に対して治療的意図(intention)を有するウイルスを使用するものである。遺伝子治療では、ウイルスを組み替えて複製しないようにして、治療的遺伝物質の運搬体すなわちベクターとして機能させる。対照的に、ウイルス療法では、腫瘍細胞において選択的に複製および繁殖するウイルスを使用する。ウイルス療法において、腫瘍細胞は、治療的遺伝子の効果によってというよりは、むしろその内部におけるウイルスの複製に起因する細胞変性効果によって死滅する。腫瘍細胞における選択的な複製は、腫瘍親和性(oncotropism)と称され、腫瘍の溶解は腫瘍崩壊と称される。厳密には、腫瘍内で選択的に複製するウイルスは腫瘍溶解性と称されるが、広義には、選択性が無いとしても、腫瘍細胞を溶解させることができる、複製能を有するあらゆるウイルスについて、腫瘍溶解性という用語を当てはめることができる。この明細書において、腫瘍溶解性という用語は両方の意味で用いる。
【0003】
癌のウイルス治療は、遺伝子治療より前から行われてきた。ウイルスを用いた腫瘍治療の最初の報告は、20世紀初頭まで遡る。1912年に、De Paceは、子宮頸癌内に狂犬病ウイルスを接種した後に腫瘍退縮が生じることを得た。それ以降、腫瘍を治療するために多くの種類のウイルスが腫瘍に注入されてきた。自律性のパルボウイルス、水疱性口内炎ウイルス及びレオウイルスなど、元から腫瘍親和性を示すウイルスがある。他のウイルスは、遺伝子操作することで、腫瘍における選択的複製能を獲得し得る。例えば、単純ヘルペスウイルス(HSV)は、腫瘍細胞などの増殖が活発に進行している細胞に不要な酵素活性であるリボヌクレオチド還元酵素遺伝子を欠失したことによって腫瘍親和性を得た。しかしながら、病原性が低く、且つ腫瘍細胞を感染させる力価が高いことから、癌のウイルス療法(virotehrapy)及び遺伝子療法においては、アデノウイルスが最も一般的に用いられているウイルスとなっている。
【0004】
アデノウイルスには、51種のヒト血清型が同定されており、AからFの異なる6群に分類されている。
【0005】
ヒトアデノウイルス5型(Ad5)はC群に属し、36キロベースの直鎖状DNAを含む正二十面体のタンパク質カプシドで形成される。Ad5感染は、成人では、多くの場合無症候性であり、小児では、感冒及び結膜炎を引き起こす。概して言えば、Ad5は、上皮細胞に感染し、自然感染では、これは、気管支上皮細胞である。Ad5は、カプシドの12個の頂点からアンテナのように伸張するウイルスタンパク質である線維が、コクサッキーアデノウイルス受容体(CAR)として知られる細胞間接着に関与する細胞タンパク質と相互作用することによって、細胞に侵入する。ウイルスDNAが核内部に達すると、初期遺伝子(E1からE4)の転写が順番に開始する。最初に発現するウイルス遺伝子は、初期領域1Aの遺伝子(E1A)である。E1Aは、細胞タンパク質Rbに結合して、E2Fを放出し、E2、E3、及びE4などの他のウイルス遺伝子、及び細胞周期を活性化させる細胞遺伝子の転写を活性化させる。他方で、E1Bは、転写因子p53に結合して、細胞周期を活性化させるとともに、感染細胞のアポトーシスを阻害する。E2は、ウイルスを複製するタンパク質をコードする。E3は、抗ウイルス免疫反応を抑制するタンパク質をコードする。E4は、ウイルスRNAを輸送するタンパク質をコードする。初期遺伝子の発現によって、ウイルスDNAの複製がもたらされ、DNAが複製されると、主要後期プロモーターが活性化される。活性化された主要後期プロモーターが、メッセンジャーRNAの転写を促進し、ディファレンシャルスプライシングによって、カプシドを形成する構造タンパク質をコードする全てのRNAが生じる。
【0006】
腫瘍溶解アデノウイルスの設計に関して考慮するべき2つの重要な観点は、選択性及び効力である。腫瘍細胞に対する選択性を獲得するために、3つの戦略が用いられてきた。それらは、正常細胞の複製に必要であり、腫瘍細胞では不要であるウイルス機能の除去と、腫瘍選択プロモーターを用いた複製を開始させるウイルス遺伝子の制御と、宿主細胞の感染を示唆するウイルスカプシドタンパク質の変性である。このような遺伝子修飾によって、相当なレベルの選択性が得られており、腫瘍細胞における複製効率は正常細胞と比べて1万倍高い。腫瘍溶解性の効力に関しても、それを高めるためのいくつかの遺伝子修飾が同様に記載されている。このような修飾には、a)例えば、E1B19Kを除去するか、E3−11.6K(ADP)を過剰発現させるか、または、原形質膜のE3/19Kタンパク質を局在化させることにより、ウイルス放出を増加させること、およびb)腫瘍溶解アデノウイルスのゲノムに含まれる治療的な遺伝子を挿入して、「武装した腫瘍溶解アデノウイルス」を生成すること、が含まれる。この場合、治療的遺伝子は、特に、バイスタンダー効果(感染していない隣接した細胞を死滅させる効果)を有するプロドラッグの活性化、腫瘍に対する免疫システムの活性化、血管形成の阻害、または細胞外マトリクスの除去によって、感染していない腫瘍細胞を死滅させるように作用しなければならない。これらの場合、治療的な遺伝子の発現の方法および時期は、治療方法の最終結果において重要である。
【0007】
過去10年の間、様々な腫瘍溶解アデノウイルスは、特に、頭、首、結腸直腸、膵臓、肝細胞に癌腫のある患者に投与されてきた。臨床試験におけるこれらのアデノウイルスの安全プロフィールは、非常に有望なものであった。インフルエンザのようなのような症状およびトランスアミナーゼレベルの増加のような検出された副作用は、高用量のウイルスを全身投与した後でさえ忍容性が良好であった(D. Koその他、「転写制御腫瘍溶解アデノウイルスの開発(Development of transcriptionally regulated oncolytic adenoviruses)」、Oncogene 2005、第24巻、p. 7763-74、およびT. Reidその他、「癌患者におけるアデノウイルス血管内剤:臨床試験からの教訓(adenoviral Intravascular agents in cancer patients: lessons from clinical trials)」Cancer Gene Therapy 2002、第9巻、p. 979-86参照)。組み換えアデノウイルスの投与によって腫瘍成長は一部抑制されたが、腫瘍を完全に根絶することはできず、さらに、短期間の後に腫瘍は急速に再び成長した。このような結果は、注入されたアデノウイルスが腫瘍のごく小領域で分散して僅かな抗腫瘍反応をもたらす一方で、未感染の細胞は急速に成長し続けたことにより引き起こされたと考えられる。最近の研究において、ヒト異種移植腫瘍の腫瘍溶解アデノウイルスの複製は全身投与の100日後まで持続するが、この複製によって腫瘍は完全に根絶されないことが明らかにされた(H. Sauthoffその他、「野生型アデノウイルスの腫瘍内拡散は異種移植腫瘍の局所注射後に限定される:長時間経過後までウイルスは持続し全身に拡散する(Intratumoural spread of wild-type adenovirus is limited to after local injection of human xenograft tumours: virus persists and spreads systemically at late time points)」、Human Gene Therapy 2003年、第14巻、p. 425-33参照)。このような低い抗腫瘍有効性は、腫瘍内の結合組織および細胞外マトリックス(ECM)が、腫瘍内におけるアデノウイルスの拡散を妨げることに一部起因する。
【0008】
このような、腫瘍溶解アデノウイルスを腫瘍塊内で効率的に拡散させるという問題は、他の抗腫瘍薬、例えば、ドキソルビシン、タキソール、ビンクリスチンまたはメトトレキサーのような抗腫瘍薬に関連して言及されてきた。多くの研究は、化学療法薬に対する腫瘍細胞の耐性におけるECMの役割を示している(BP Tooleその他、「ヒアルロナン:がん細胞の薬剤耐性および悪性の構成レギュレーター(Hyaluronan: a constitutive regulator of chemoresistance and malignancy in cancer cells)」、Seminars in Cancer Biology 2008、第18巻、p. 244-50参照)。腫瘍および間質細胞は、コラーゲン基質、プロテオグリカンおよび、腫瘍内での高分子の輸送を困難にするその他の分子を生成および構築する。ヒアルロン酸(HA)は、治療薬に対する腫瘍細胞の耐性に関係するECMの主な構成要素のうちの1つである。HAは様々な種類の悪性組織において過剰発現されるので、多くの場合、HAのレベルが腫瘍進行・予後の指標とされる。CD44およびRHAMMのような受容体とHAの相互作用によって、腫瘍の生存や浸潤が増加する。また、HAは、細胞粘着力および細胞遊走を引き起こすことで腫瘍転移を促進し、さらに、免疫系からの腫瘍の保護を促進することができる。
【0009】
一方では、ヒアルロン酸と腫瘍細胞との間の相互作用の抑制は、多くの薬に対する耐性を元に戻す。様々な研究において、ヒアルロニダーゼ(HAを分解する酵素)が、黒色腫、カポジ肉腫、頭部および首の腫瘍、および結腸癌の肝転移を患う患者における種々の化学治療法の活性を増加させることが示された。ヒアルロニダーゼの作用の機構はまだ知られていないが、一般に、細胞の生存に関連するシグナル経路に対する抑制効果というよりは、むしろ細胞接着バリアの抑制、間隙圧の抑制、および腫瘍内への抗腫瘍約の浸透の改善等に起因するものとされている。
【0010】
近年、腫瘍内投与による腫瘍溶解アデノウイルスとヒアルロニダーゼの同時投与が腫瘍の進行を抑制するということが言及されてきた(S. Ganeshその他、「ヒアルロニダーゼおよび腫瘍溶解アデノウイルスの腫瘍内同時投与によって腫瘍転移モデルにおけるウイルス力価が向上する(Intratumoural coadministration of hyaluronidase enzyme and oncolytic adenoviruses enhances virus potency in mestastasic tumour models)」、lin Cancer Res 2008、第14巻、p. 3933-41参照)。この研究において、腫瘍溶解アデノウイルスは4回の腫瘍内投与で投与され、ヒアルロニダーゼは全治療期間にわたり、一日おきに腫瘍内投与で投与された。多くの腫瘍は腫瘍内投与により到達することができないため、このような投薬計画は、ほとんどの患者に適用されない。散在する疾患(転移)を患う患者は、Ganeshおよび共同研究者によって提案された治療による利益を得ることができなかった。
【0011】
今日までの取り組みにもかかわらず、癌の治療に効果的である新たな治療方法を見出すことが、未だに必要とされている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】D. Koその他、「Development of transcriptionally regulated oncolytic adenoviruses」、Oncogene 2005、第24巻、p. 7763-74
【非特許文献2】T. Reidその他、「adenoviral Intravascular agents in cancer patients: lessons from clinical trials」Cancer Gene Therapy 2002、第9巻、p. 979-86
【非特許文献3】H. Sauthoffその他、「Intratumoural spread of wild-type adenovirus is limited to after local injection of human xenograft tumours: virus persists and spreads systemically at late time points」、Human Gene Therapy 2003年、第14巻、p. 425-33
【非特許文献4】BP Tooleその他、「Hyaluronan: a constitutive regulator of chemoresistance and malignancy in cancer cells」、Seminars in Cancer Biology 2008、第18巻、p. 244-50
【非特許文献5】S. Ganeshその他、「Intratumoural coadministration of hyaluronidase enzyme and oncolytic adenoviruses enhances virus potency in mestastasic tumour models」、lin Cancer Res 2008、第14巻、p. 3933-41
【発明の概要】
【0013】
発明者らは、ゲノム内にヒアルロニダーゼ遺伝子を含み、複製するアデノウイルスが腫瘍塊内でより効率的に分散することを発見した。腫瘍溶解アデノウイルスによるヒアルロニダーゼの発現により、腫瘍の細胞外マトリックスの一部であるヒアルロン酸が分解される。ヒアルロン酸の分解は、腫瘍内の間質圧を低下させ、アデノウイルスの拡散に対する腫瘍の耐性を小さくし、これによって、腫瘍塊内におけるウイルスの細胞間拡散も改善する。このような良好な拡散は、腫瘍溶解効果の向上につながる。発明者は、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスを静脈内(endovenous)注入することで、腫瘍体積を減少させることができることを見出した。従って、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスは癌の治療に役立つ。加えて、ヒアルロニダーゼ遺伝子の発現は、腫瘍溶解アデノウイルスのウイルス複製にも細胞毒性にも影響しない。
【0014】
上述したように、腫瘍溶解アデノウイルスおよび可溶ヒアルロニダーゼの腫瘍内同時投与により、腫瘍溶解アデノウイルスの抗腫瘍効果を増加させることには言及されてきた。しかし、本発明以前は、ヒアルロニダーゼ遺伝子は、癌の治療のためのいかなる腫瘍溶解アデノウイルスにも導入されていなかった。
【0015】
実施例に記載するように、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスの腫瘍内in vivo投与によって、ヒアルロニダーゼの挿入のないアデノウイルス対照と比較して、抗腫瘍効果が改善された(図7参照)。注目すべきは、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスを静脈内(endovenous)注射した場合に(図8および図9参照)、Ganeshその他の文献の図2に示される結果と比較して、本発明によるアデノウイルスによって非常に大きい腫瘍成長抑制が観察されたことである。このことは、本発明による治療が効果的なことを示す。アデノウイルス対照(ICOVIR15)を注射した腫瘍と比較すると、本発明による腫瘍溶解アデノウイルス(ICOVIR17)を注射したマウスの腫瘍では、非常に広い壊死領域、小さい生存細胞領域、および、大きく且つ膨大な数のウイルス複製中心が観察された。
【0016】
さらに、本発明によるアデノウイルスは、投与量が比較的少ない。例えば、上述のGaneshその他の文献によれば、1×1010個のウイルス粒子を4回腫瘍内注入して投与するが、本発明によれば、2×109個のウイルス粒子を1回静脈内(endovenous)投与する。これは、用量を1/20に減少させるとともに、投与が1回であるという利益を生ずる。Ganeshその他による方法では、全実験期間にわたって1日おきにヒアルロニダーゼを腫瘍内投与する。加えて、治療の始めにアデノウイルスも腫瘍内投与する。大部分の腫瘍は腫瘍内投与で到達することができないため、このようなウイルスおよびヒアルロニダーゼの内部投与は臨床応用することが難しい。ヒアルロニダーゼおよびアデノウイルスの両方の成分が生体内に散在する腫瘍細胞に一緒に到達する可能性が低いため、可溶性ヒアルロニダーゼおよびアデノウイルスの全身経路による同時投与は行われなかった。
【0017】
本発明は、ウイルス複製が起こる部位および時期に、ヒアルロニダーゼの発現を可能にするものである。ヒアルロニダーゼの発現は、腫瘍塊でのウイルスの分散を向上し、抗腫瘍作用を増強する。生物に対する毒性がなく、治療の有効性が高いように調整した用量を投与することは可能である。
【0018】
本発明において、腫瘍溶解アデノウイルスは目標腫瘍細胞に到達する。内部に入ると、ウイルスは複製を行い、カプシドタンパク質を発現すると同時に、アデノウイルスゲノムにコードされたヒアルロニダーゼを発現する。このヒアルロニダーゼは改変されており、細胞を包囲する細胞外培地に放出される。細胞外培地において、ヒアルロニダーゼは、マトリクスを破壊して、複製されたアデノウイルスの隣接腫瘍細胞への感染を補助する。
【0019】
したがって、本発明の1つの観点は、ヒアルロニダーゼ酵素をコードする、ゲノム内に挿入された配列を含む腫瘍溶解アデノウイルスに関するものである。
【0020】
本願明細書で使用する用語「腫瘍溶解アデノウイルス」は、腫瘍細胞内で複製することが可能である、または、複製能を有するアデノウイルスを意味する。本願明細書において、腫瘍溶解アデノウイルスと増殖型アデノウイルスは、同義である。これらは、標的細胞内で複製することができない非増殖型アデノウイルスとは異なる。非増殖型アデノウイルスは、無傷細胞内で治療遺伝子を発現することを目的とし、細胞溶解を目的としないため、遺伝子治療において標的細胞への遺伝子のキャリアとして使用されている。むしろ、腫瘍溶解アデノウイルスの治療的作用は、特に、除去対象の腫瘍細胞における複製能と、標的細胞溶解能とに基づくものである。
【0021】
本発明の他の観点は、製薬上許容できる担体または賦形剤と共に、治療有効量の腫瘍溶解アデノウイルスを含む、医薬組成物に関するものである。
【0022】
本発明の他の観点は、薬剤としての用途のための、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスに関するものである。
【0023】
本発明の他の観点は、ヒトを含む哺乳類における、癌または前癌状態を治療するための、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスに関するものである。
【0024】
本発明の他の観点は、ヒトを含む哺乳類における、癌または前癌状態を治療する薬剤の製造のための、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスの応用に関するものである。治療は、腫瘍内におけるこれらの腫瘍溶解アデノウイルスの複製に基づくものである。あるいは、本発明の本観点は、癌または前癌状態の、ヒトを含む哺乳類の治療方法として捉えることができる。本治療方法は、有効量の腫瘍溶解アデノウイルスを上記哺乳類に対して投与することを含む。
【0025】
本発明の他の観点は、アデノウイルスゲノムと組み換えを行って、本発明の腫瘍溶解アデノウイルスを構築することができる、シャトルベクターに関するものである。このベクターは、アデノウイルスの末端の逆位の反復配列(「末端逆位配列」(ITR))を有している。末端逆位配列とは、ヒアルロニダーゼ酵素をコードする配列、酵素をコードする配列、およびポリアデニル化配列の発現を促進する配列である。
【0026】
特定の実施例では、本発明による腫瘍溶解アデノウイルスは、ヒトアデノウイルス、すなわち、ヒトに感染するアデノウイルスである。特に、ヒトアデノウイルスは、ヒトアデノウイルス血清型1〜51およびこれらの誘導体からなるグループから選択される。「誘導体」とは、2種又はそれ以上の異なる血清型のアデノウイルスの組み換えアデノウイルスハイブリッドである。例えば、血清型5のアデノウイルスを、血清型3のアデノウイルスのファイバーと組み合わせたハイブリッドがある。本発明の特定の実施形態では、ヒト腫瘍溶解アデノウイルスは、血清型5由来である。
【0027】
ヒアルロニダーゼは、ヒアルロン酸を分解する酵素族である。ヒト遺伝子は、異なる特性および部位を有するヒアルロニダーゼをコードする6つの遺伝子を含む。イソ型のHyal1およびHyal2は、大部分の組織に存在する。ヒト血漿では、大部分がHyal1型である。Hyal3は、骨髄および精巣に存在するが、その機能はあまり特徴づけられていない。ヒアルロニダーゼPH20は、精巣において多く発現し、精子による卵母細胞の受精プロセスに関与する。ヒアルロニダーゼPH20は、精子の原形質膜および先体膜内部に固定されており、卵丘の細胞外マトリクス(ヒアルロン酸に富む)を貫通して卵母細胞の透明帯に到達する能力を精子に与える。先体反応中、精子の膜に固定されたヒアルロニダーゼの一部は酵素処理され、先体膜から放出される可溶型タンパク質を生じる。加えて、ヒアルロニダーゼは、ヘビ、クモ、サソリおよびスズメバチの毒の拡散因子として同定されている。
【0028】
特定の実施形態では、酵素ヒアルロニダーゼは、哺乳類睾丸ヒアルロニダーゼであり、更に具体的には、ヒト睾丸ヒアルロニダーゼである。ヒト睾丸ヒアルロニダーゼ(GenBank 遺伝子ID:6677)は、SPAM1すなわちsperm adhesion molecule 1として、さらに、PH−20として既知である。膜タンパク質PH20は、中性pHで活性を有する哺乳類ヒアルロニダーゼ系の唯一の酵素である。膜タンパク質PH20をコードする遺伝子は、2種類の転写変異体を生じる。変異体1は、比較的長く、タンパク質のイソ型をコードする(GenBankアクセス番号NP_003108.2)。変異体2は、3’コード領域で選択的スプライシング信号を用いるので、変異体1と比較してC末端が短い(GenBankアクセス番号NP_694859.1)。
【0029】
本発明の特定の実施形態では、酵素配列において、カルボキシ末端膜結合ドメインに対応する配列が削除されており、可溶性酵素を生じる(図2参照))。カルボキシ末端ドメインの削除により、細胞外培地でのヒアルロニダーゼの分泌が生じる。このようにして、中性pHで酵素活性を有する分泌ヒアルロニダーゼを発現する腫瘍溶解アデノウイルスを得た。特定の実施形態では、アデノウイルスゲノムに挿入する配列は、配列番号:1をコードする配列である。他の実施形態では、挿入する配列は配列番号:2の配列である。
【0030】
他の実施形態では、アデノウイルス繊維のヌクレオチド配列後に、酵素配列を腫瘍溶解アデノウイルスに挿入する。
【0031】
他の特定の実施形態では、酵素の発現を、動物細胞内で活性を有するプロモーターによって制御する。特に、プロモーターは、サイトメガロウイルスプロモーター、アデノウイルス主要後期プロモーター、SV40プロモーター、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼプロモーター、RSVプロモーター、EF1αプロモーター、βアクチンプロモーター、ヒトIL−2プロモーター、ヒトIL−4プロモーター、IFNプロモーター、E2Fプロモーター、およびヒトGM−CSFプロモーターからなる群から選択される。酵素の発現を制御するプロモーターは、通常のアデノウイルス自体であり得る。この場合、そのようなプロモーターは、アデノウイルス主要後期プロモーター(図1(A)のMLP(major late promoter)参照)である。また、プロモーターを、酵素をコードする配列の次に挿入することもできる。好ましい実施形態では、プロモーターは、アデノウイルス主要後期プロモーターである。
【0032】
本発明による増殖型アデノウイルスは、腫瘍細胞内で選択的に複製する複製能を与えるゲノム配列に改変を加えることができる。特定の実施形態では、組織特異的プロモーターまたは腫瘍特異的プロモーターを挿入することで、そのような改変を加えることができる。このプロモーターは、E1a、E1b、E2およびE4からなるグループのうちの一種類以上の遺伝子の発現を制御する。
【0033】
具体的には、プロモーターは、E2Fプロモーター、テロメラーゼhTERTプロモーター、チロシナーゼプロモーター、前立腺特異抗原(PSA)プロモーター、アルファフェトプロテインプロモーター、COX−2プロモーター、さらには、低酸素誘導因子(HIF−1)、Ets転写因子、癌細胞傷害因子(tcf)、E2F転写因子、又はSp1転写因子のための結合部位のような、いくつかの転写因子結合部位によって構成される人工プロモーターからなるグループから選択される。プロモーターは、E1aの発現を制御することが好ましい。
【0034】
腫瘍内における選択的複製能を獲得するための他の改変は、網膜芽細胞腫(RB)経路をブロックするE1A機能を除去することである。E4およびE4orf6/7のようなpRBと直接相互作用する他のウイルス遺伝子も、腫瘍細胞内における選択的複製能を獲得するために除去される候補である。実施例に示したように、腫瘍溶解アデノウイルスICOVIR17は、ヒアルロニダーゼ遺伝子を含有し、E1aとpRBとの相互作用に影響するΔ24が削除され、E1aの発現を制御するためにE1aの内因性プロモーターに4つのE2F1結合部位および1つのSp1結合部位が挿入され、そして、ウイルスの感染力を増強するためにアデノウイルスファイバーへRGDペプチドが挿入されてなる、ことを特徴とする。ICOVIR17は、本発明の好ましい実施形態である。
【0035】
腫瘍内における選択的複製能を獲得するための、記載した他の改変は、ウイルス関連(VA)RNA(VA−RNA)をコードするアデノウイルス遺伝子の除去である。これらのRNAはインターフェロンの抗ウイルス活性をブロックするので、これらのRNAが削除されると、アデノウイルスの感受性が上がって、インターフェロンによって阻害される。腫瘍細胞はインターフェロン経路が切断されていることを特徴とするので、アデノウイルスは腫瘍内で通常レベルで複製する。このように、他の特定の実施形態で、アデノウイルスのE1a、E1b、E4およびVA−RNAのグループのうちの一つ以上の遺伝子の突然変異によって、腫瘍内における選択的複製能が得られる。突然変異がE1aで生じることが好ましい。
【0036】
腫瘍内における選択的複製能を獲得するための上述の2つの戦略は、互いに排他的ではない。
【0037】
本発明の他の一実施形態において、アデノウイルスは、感染力を増強し、又は腫瘍細胞内に存在する受容体にカプシドを導くように、カプシドが改変されている。好ましい実施形態において、アデノウイルスカプシドタンパク質は、感染力を増強する配位子や、腫瘍細胞内の受容体にウイルスを導く配位子を含むように遺伝子組み換えされる。一端でウイルスに結合し、他端で受容体に結合する二官能配位子を用いて腫瘍にアデノウイルスを到達させることができる。他方、血液中のアデノウイルスの持続性を向上させて、散在する腫瘍結節への到達率を向上させるために、カプシドをポリエチレングリコールのようなポリマーで被覆することができる。好ましい実施形態では、腫瘍溶解アデノウイルスのカプシドを改変して、感染力を増強するか、又はアデノウイルスファイバーのKKTKヘパラン硫酸結合ドメインをRGDKドメインで置換することによって標的細胞へとアデノウイルスをより良好に導くようにする。実施例では、これらの特徴を有するアデノウイルス(ICOVIR17RGDK)の構築について詳述する。
【0038】
他の特定の実施形態では、アデノウイルスは、ヒアルロニダーゼをコードする配列のタンパク質への翻訳を最適化する配列を含む。
【0039】
他の特定の実施形態では、アデノウイルスは、ヒアルロニダーゼをコードする配列の発現を促進する配列を含む。具体的には、このような配列は、RNAのプロセッシングを可能にするスプライシング配列、IRES配列(「内部リボソーム導入部位」)およびピコルナウイルスの2A配列からなるグループから選択される。
【0040】
他の特定の実施形態では、腫瘍溶解アデノウイルスは、腫瘍細胞に対する腫瘍溶解アデノウイルスの細胞毒性を増強するために癌の遺伝子治療において一般的に用いられる他の遺伝子をゲノム内に挿入して含む。それらの一部は、チミジンキナーゼ遺伝子、シトシンデアミナーゼ遺伝子、プロアポトーシス遺伝子、免疫刺激遺伝子、癌抑制因子、またはプロドラッグ活性化遺伝子である。
【0041】
上述のようなアデノウイルスゲノムの改変は、相互に排他的なものではない。アデノウイルスゲノムを操作するいくつかの方法がある。遺伝子組み替えアデノウイルスを構築する方法は、遺伝子治療分野およびアデノウイルスを用いたウイルス療法において確立されている。さらに一般的に用いられる方法は、先ず改変対象のアデノウイルス領域を含むプラスミド内で所望の遺伝子組み換えを行い、そして、バクテリア内で残りのウイルスゲノムを含むプラスミドとの相同組み換えを実施することに基づく方法である。
【0042】
本発明の目的であるヒアルロニダーゼ遺伝子を含むアデノウイルスを、HEK−293細胞系統およびA549細胞系統のような、遺伝子治療およびウイルス治療の分野で通常用いられる細胞系統内で増殖および増幅する。このとき、アデノウイルスの複製を許容する細胞系統を感染させることで増殖することが好ましい。このような特徴を有する系統の一例として、肺腺癌細胞系統A549がある。増殖は、以下のようにして実施する。A549細胞を、細胞培養プラスチックプレートにまき、細胞ごとに100個のウイルス粒子を用いて感染させる。2日後に、ウイルス産生を反映する細胞変性効果として、細胞が集合し、更に丸まっている状態が観察される。管で細胞を回収する。5分間、1000gの遠心分離の後、細胞ペレットを3回冷解凍して細胞を破壊する。結果として生じる細胞抽出物を5分間、1000gで遠心分離して、ウイルスを含む上澄みを塩化セシウム勾配上に装填して、1時間、35000gで遠心分離する。勾配から得たウイルスバンドを新しい塩化セシウム勾配に装填して、16時間、35000gで再び遠心分離する。ウイルスバンドを採取して、PBS−10%グリセロールに対して透析する。透析したウイルスを等分し、−80度に維持する。そして、標準的な手順に従ってウイルス粒子数およびプラーク形成単位数を定量する。5%までのグリセロールを含有するリン酸塩緩衝生理食塩水(PBS)は、アデノウイルスを保存するための標準的製剤である。それでもなお、ウイルスの安定性を向上する新たな製剤が言及されてきた。癌治療用途のためのヒアルロニダーゼ遺伝子を含むアデノウイルスの精製方法は、癌のウイルス治療および遺伝子治療で使用される他のアデノウイルスおよびアデノウイルスベクターについて記載された方法と同様である。
【0043】
本発明による腫瘍溶解アデノウイルスは、哺乳類、好ましくはヒトに投与することができる。腫瘍溶解アデノウイルスの投与目的は治療である。例えば、メラノーマ、膵臓癌、大腸癌、および肺癌の治療であるが、これらに限定されない。また、前癌状態の腫瘍に対して腫瘍溶解アデノウイルスを投与することも考えられる。
【0044】
腫瘍溶解アデノウイルスは、製薬的に許容可能な形態で投与される。当業者は、標準的方法を使用して適当用量を確実に投与することができる。適当用量とは、治療対象の患者の腫瘍を縮小させることができる腫瘍溶解アデノウイルスの有効量である。ウイルスは、腫瘍内、腫瘍が位置する空腔内、腫瘍の脈管構造内、腫瘍周辺に直接投与するか、または患者に対する全身静脈内(endovenous)注射によって、投与することができる。全身投与を実施することが好ましい。
【0045】
本発明に記載する癌の治療のためのウイルス使用の手順は、アデノウイルスによるウイルス治療分野およびアデノウイルスによる遺伝子治療分野に用いられる手順と同様である。遺伝子治療分野における、非腫瘍溶解アデノウイルスおよび腫瘍溶解アデノウイルスの使用実績は多数ある。培養、動物モデル、および患者を含む臨床試験における、腫瘍細胞の治療について述べた多くの刊行物がある。in vitroの培養物内の細胞の治療のために、上述したいずれかの方途で精製したアデノウイルスを培養培地に加えて、腫瘍細胞を感染させた。動物モデルまたは患者の腫瘍を治療するために、アデノウイルスを、腫瘍内または腫瘍が位置する体腔内に注入して局所部位的に投与することも、あるいは、血流内に注入して全身投与することも可能である。
【0046】
本発明による腫瘍溶解アデノウイルスは、単独で、または製薬上許容できる担体または賦形剤との配合物として投与することができる。当業者は、特定の投与方法に従って配合物を適合させることができる。組成物は、唯一の腫瘍対抗物質として腫瘍溶解アデノウイルスを含み、あるいは、化学療法薬剤または治療遺伝子が挿入されたベクターのような他の治療物質と組み合わせて構成することができる。また、腫瘍溶解アデノウイルス治療を放射線治療と組み合わせることもできる。
【0047】
特記しない限り、本願明細書に記載した全ての専門用語および化学用語は、当業者に理解される意味と同様の意味で用いる。本願明細書に記載した方法及び材料およびその均等物を本発明の実施において用いることができる。本願明細書全体および請求項を通じて使用した、「含む」という語およびその変形は、他の技術的特徴、添加物、成分、またはステップを除外することを意図したものではない。本発明の追加の目的、利点、および特徴は、本願明細書を検討し、あるいは本願発明を実施することによって当業者には明らかとなるであろう。以下の特定の実施形態および図面は、本発明の実施形態を例示するものに過ぎず、本発明に対して何らの制限を課すことを目的とするものではない。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1A】ヒアルロニダーゼ遺伝子PH20を含み、発現することを特徴とする腫瘍溶解アデノウイルスの構造を示す図である。アデノウイルスAdwtRGD−PH20は、アデノウイルスファイバー遺伝子の後に挿入されたタンパク質PH20の遺伝子を含む。タンパク質PH20遺伝子の発現は、アデノウイルスの主要後期プロモータ(MLP)により、アデノウイルスのスプライシングアクセプターIIIa(SA)を挿入することで調整される。この遺伝子のタンパク質翻訳は、翻訳開始配列の前にコザック配列(k)を導入することで最適化される。アデノウイルスICOVIR15およびICOVIR17は、腫瘍選択性増殖型アデノウイルスである。それらは、E1aの内因性プロモーター内に、4つのE2F結合部位および1つのSp1結合部位を含むことを特徴とする。また、両方のウイルスは、ペプチドRGD−4Cが挿入されたウイルスファイバー変形バージョン、およびポリペプチド鎖の121〜129のアミノ酸が削除されたE1Aタンパク質の変異体バージョン(Δ24変異)として示す。加えて、ICOVIR17は、AdwtRGD−PH20アデノウイルスのように、挿入されたヒアルロニダーゼPH20遺伝子を含む。なお、図1Aは、実施例3に関するものである。
【図1B】アデノウイルスAdΔ24RGDに挿入される、419〜422番目のヌクレオチド配列の置換配列を示す。この挿入は、E2F−1因子に4つの結合部位を挿入し、Sp1因子に1つの結合部位を挿入するために実行される。「nt385−419」および「nt422−461」として下線を付した配列は、AdΔ24RGDの野生型に対応する。なお、図1Bは、実施例3に関するものである。
【図1C】ICOVIR15およびAdwtRGDのゲノムに対して、ICOVIR17およびAdwtRGD−PH20のゲノムに挿入される全カセットを示す(配列番号:4)。スプライシングアクセプターIIIa、コザック、およびポリアデニル化(polyA)配列を図示する。タンパク質PH20コード配列は、コザックからポリアデニル化配列まで及ぶ。なお、図1Cは、実施例3に関するものである。
【図2A】PH20タンパク質のアミノ酸配列(配列番号:1)を示す。タンパク質PH20は、精子の細胞質膜および先体膜に存在する膜タンパク質である。図2Aおいて、アミノ酸配列は、膜内でのタンパク質のアンカーに関与する疎水性配列を示す(下線の配列)。本発明において、ウイルスによって発現されるPH20タンパク質は、疎水性尾部が削除されている。カット位置を円内に示す。この削除により、タンパク質PH20は、細胞外培地に分泌される。
【図2B】Kyte−Doolittleアルゴリズムによる疎水性プロットを示す(B)。図2Bは、Kyte−DoolittleによるPH20タンパク質の100個の末端アミノ酸の疎水性プロットである。矢印は、削除された疎水性配列の開始位置を示す。
【図3】ヒアルロニダーゼPH20の遺伝子を含む腫瘍溶解アデノウイルスが、ヒアルロニダーゼ活性を示す可溶性タンパク質を発現することを示す図である。ゲルは、ヒアルロニダーゼPH20を発現するウイルスの上澄みと共に培養したヒアルロン酸試料が消化されて、様々なサイズのオリゴ糖類が生成されたことを示す。対照用のアデノウイルス(AdwtRGDおよびICOVIR15)の上澄みと共に培養した試料は、未消化のヒアルロン酸を呈する。なお、図3は実施例4に対応する。
【図4】ヒアルロニダーゼPH20遺伝子の挿入および発現が、腫瘍選択的に複製するアデノウイルスの複製に干渉しないことを示す図である。細胞系統A549(A)およびSKMel28(B)由来の細胞に対して腫瘍溶解アデノウイルスICOVIR15およびICOVIR17(PH20遺伝子を含む点でICOVIR15と異なる)を感染させ、細胞抽出物に含まれるウイルス量を様々な時点(Y軸、感染後経過時間)で測定した(X軸、全ウイルス量(TU/ml))。グラフは、ウイルス産生のキネティクスは両方のウイルスで同一であることを示し、さらに、アデノウイルスICOVIR17におけるヒアルロニダーゼPH20遺伝子の挿入および発現により、ウイルス複製が影響を受けないことを示す。なお、図4は、実施例5に対応する。
【図5】ヒアルロニダーゼPH20遺伝子を含み、発現する腫瘍溶解アデノウイルスのin vitroでの腫瘍溶解効力を示す図である。ヒアルロニダーゼPH20(ICOVIR17)を発現するアデノウイルスの腫瘍溶解活性と、ヒアルロニダーゼPH20遺伝子(ICOVIR15)を有さない同一の腫瘍溶解ウイルスの活性とを、in vitroで、多量のヒアルロン酸を発現する2種類の腫瘍細胞系統であるSKMel28(A)およびPC3(B)について比較した。ウイルスが誘導する細胞変性効果(CPE)は、感染した細胞単層におけるタンパク質レベルとして測定した(BCA法で測定した)。細胞は、10000細胞/ウェルで96ウェルプレートにまいた。翌日、ウイルスを段階希釈して細胞を感染させた。感染した細胞を5日間培養し、PBSで洗浄し、ウェルに残ったタンパク質量を測定した。その結果、両方のウイルスの細胞毒性曲線が類似し、in vitroにおいて、ヒアルロニダーゼPH20の発現によりアデノウイルスの腫瘍溶解活性が改善されないことが示された。TU/細胞に対する細胞生存率をプロットした。なお、図5は実施例5に対応する。
【図6】ヒアルロニダーゼPH20を発現する腫瘍溶解アデノウイルスのin vivoでの抗腫瘍活性を示す図である。ヒトメラノーマ細胞(SKMel28)を無胸腺Balb/cマウスの横腹に接種した。腫瘍の平均サイズが150mm3に達したら、マウスにPBS又は1×108TU(transducing units)のAdwtRGD−PH20を注入した(グループあたり腫瘍10個)。グラフは、0日から投与後の経過日数の関数として、各グループにおける平均腫瘍成長率(%)を示す(A)。この結果により、ヒアルロニダーゼPH20遺伝子を発現している腫瘍溶解アデノウイルスが、対照グループ(PBS)よりも、p<0.00001で統計学的に有意に高い抗腫瘍活性を有することが明らかになった。PBSを注入したグループで全く減少しなかった(減少0%)ことに対して、AdwtRGD−PH20を注入した腫瘍の100%で、注入後27日で体積が10%〜50%減少した。PBSまたはAdwtRGD−PH20を注入した腫瘍のヒアルロン酸量を、免疫組織化学法による実験の最後に分析した(B)。画像は、AdwtRGD−PH20を注入された腫瘍は対照の腫瘍と比較してヒアルロン酸の含量が低かったことを示している。なお、図6は、実施例6.1に対応する。
【図7】腫瘍溶解アデノウイルスの腫瘍内投与後に、ヒアルロニダーゼPH20の発現によって、腫瘍溶解アデノウイルスの抗腫瘍作用が向上することを示す図である。ヒトメラノーマ細胞(SKMel28)を、無胸腺Balb/cマウスの後脇腹に接種した。腫瘍の平均サイズが130mm3に達したら、マウスにPBS又は1×108TU(transducing units)のICOVIR15又は ICOVIR17を一回の投与で注入した(グループあたり腫瘍10個)。グラフは、0日から投与後の経過日数の関数として、各グループにおける平均腫瘍成長(%)を示す(A)。ヒアルロニダーゼPH20 を発現する腫瘍溶解アデノウイルス(ICOVIR17)が、ヒアルロニダーゼを発現しない対照のアデノウイルス(ICOVIR15)よりも、良好な抗腫瘍作用を示した。42日間処置を行った後に、マウスを殺し、腫瘍を摘出して重量を測定した(B)。表に腫瘍体積の概要、腫瘍成長率および実験終了後の腫瘍重量を示す。ICOVIR17を注入した腫瘍は、ICOVIR15を注入した腫瘍や(*p<0.05)、PBSを注入した腫瘍(#p<0.05)に比較して腫瘍重量が有意に軽かった。ウイルスが造作なく細胞単層を経て拡散することができる、in vitroで得られた結果とは異なり、in vivoでの結果は、細胞外マトリックスがウイルスの拡散を妨害する腫瘍内部では、ヒアルロニダーゼPH20の発現により腫瘍溶解アデノウイルスの抗腫瘍作用が増強されることを示した。なお、図7は実施例6.2に対応する。
【図8】腫瘍溶解アデノウイルスの全身投与の後に、ヒアルロニダーゼPH20の発現により、腫瘍溶解アデノウイルスの抗腫瘍作用が向上すること示す図である。ヒトメラノーマ細胞(SKMel28)を、無胸腺Balb/cマウスの後脇腹に接種した。腫瘍の平均サイズが100mm3に達したら、マウスにPBS又は5×1010個のICOVIR15又は ICOVIR17(PH20を有するICOVIR15)の物理的粒子を静脈内(endovenously)注入した(グループあたり腫瘍8〜10個)。グラフは、0日から投与後の経過日数の関数として、各グループにおける平均腫瘍成長率(%)を示す(A)。この結果により、ICOVIR17 により誘導された腫瘍成長抑制効果が、対照グループ(ICOVIR15)で生じた抑制よりも有意に(*p<0.00001)高かったので、ヒアルロニダーゼPH20遺伝子を発現することで、アデノウイルスの腫瘍溶解効力が増加することが明らかになった。画像は、実験の最後(48日目)に摘出された腫瘍内のアデノウイルスICOVIR15およびICOVIR17の分布を示す(B)。腫瘍溶解アデノウイルスICOVIR17を注入したマウスの腫瘍では、アデノウイルス対照を注入した腫瘍と比較して、非常に広範な壊死領域(大矢印)、縮小した生存細胞領域(v)、および、大きく且つ膨大な数のウイルス複製中心(細矢印で示す緑色蛍光領域)が観察された。なお、図8は実施例6.3に対応する。
【図9】酵素ヒアルロニダーゼPH20を発現しているアデノウイルスの抗腫瘍全身活性(antitumour systemic activity)の向上は、1種類の腫瘍に限定されないことを示す図である。グラフは、0日から投与後の経過日数の関数として、各グループにおける膵臓腫瘍NP−18の平均成長(%)を示す(A)。「#」は、14〜30日で、PBSで治療した腫瘍と比較して、有意(p≦0.02)であったことを示す。「&」は、14〜30日で、PBSで治療した腫瘍と比較して、有意(p≦0.05)であったことを示す。「*」は、12〜30日で、ICOVIR-15で治療した腫瘍と比較して、有意(p≦0.02)であったことを示す。画像は、30日後における、腫瘍NP−18内のアデノウイルスICOVIR15およびICOVIR17の分布を示す(B)。「*」は、p≦0.01で、ICOVIR15で治療した腫瘍との比較を示す。「% a.p.」は、陽性領域の割合(%)を意味する。なお、図9は、実施例6.4に対応する。
【図10】腫瘍溶解アデノウイルスICOVIR17およびICOVIR17RGDKの構造を示す図である(A)。ICOVIR17RGDKの改変版ファイバーの、アミノ酸配列である(B)。下線を付した配列は、ヒトアデノウイルス5型ファイバーの野生型形式とは異なるアミノ酸91RGDK94に相当する。なお、図10は実施例8に対応する。
【図11】2種類の腫瘍細胞系統における2種類のアデノウイルス(ICOVIR17およびICOVIR17RGDK)の腫瘍溶解活性を示す図である。肺腺癌A549における腫瘍溶解活性(A)と、膵臓腫瘍NP−18における腫瘍溶解活性(B)である。TU/細胞に対する細胞生存率(%)を示す。なお、図11は、実施例9に対応する。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0049】
[実施例1:腫瘍溶解アデノウイルスの構築]
ヒアルロニダーゼPH20遺伝子を含む2つの腫瘍溶解アデノウイルスである、アデノウイルスAdwtRGD−PH20およびICOVIR17を構築した。
【0050】
ヒアルロニダーゼPH20のcDNAを、テンプレートとしてA549細胞系統ゲノムを使用して、様々なエクソンをPCR増幅して得た。そして、これらのエクソンを、MfeI制限部位を含む特定の隣接プライマーで結合した。生じたフラグメントをMfeIによって消化して、シャトルプラスミドであるpNKファイバーRGD(RGDによって改変したアデノウイルスファイバーの配列を含む)におけるライゲーションによりクローニングして、プラスミドpNKファイバーPH20を生成した。プラスミドpNKファイバーPH20にてクローニングしたPH20に対応するcDNAは、配列番号:2である。配列番号:2は、開始コドン(ATG)から、ポジション1467までが、タンパク質PH20(イソ型、GenBankアクセス番号NP_694859.1)をコーディングするヌクレオチドである。このようなGenBank配列の1468〜1527領域のヌクレオチド配列は、タンパク質を膜にアンカーするためのタンパク質の疎水性尾部をコードする。このシーケンスは削除され、配列番号:2には現れない。ヌクレオチド1468に続いて、翻訳終了コドンTAAを追加した。
【0051】
[実施例2:アデノウイルスAdwtRGD−PH20の構築]
プラスミドpVK50cau(ファイバーのSwa I制限部位を有するAd5の完全配列を含む)のアデノウイルスファイバーの遺伝子を、酵母での相同組換えを使用して、NotI/KpnIによって消化したプラスミドpNKファイバーPH20から得たヒアルロニダーゼPH20遺伝子が後続するファイバー遺伝子で置換して、アデノウイルスAdwtRGD−PH20を生成した。
【0052】
主要後期プロモーターの制御下でヒアルロニダーゼPH20遺伝子を発現し、さらに、アデノウイルスファイバー内にトリペプチドRGDを含むことを特徴とするアデノウイルスAdwtRGD−PH20を、プラスミドpAdwtRGD−PH20のPacIによる消化と、HEK293細胞のトランスフェクションとによって生成した。上述のアデノウイルスAdwtRGDは、アデノウイルスファイバー内にトリペプチドRGDを含むことを特徴とする(M. Majemその他、「筋ジストロフィー遺伝子座インスレーターによって分離したE2F-1プロモーターの存在下でのE1Aの制御による、腫瘍溶解アデノウイルスAd−Δ24RGDの毒性の低減(Control of E1A under an E2F-1 promoter insulated with the myotonic dystropHy locus insulator reduces the toxicity of oncolytic adenovirus Ad−Δ24RGD)」、Cancer Gene Therapy 2006、第13巻、p. 696-705参照)。AdwtRGDは、RGDによって改変したファイバーを有するAd5の完全なゲノムを含むプラスミドpVK503をPacI消化して構築し(I. Dmitrievその他、「コクサッキーウイルスおよびアデノウイルスの細胞侵入メカニズムを介した、遺伝子操作ファイバーを有するアデノウイルス受容独立ベクターにおける向性の拡張(An adenovirus receiving-independent vector with genetically modified fibres demonstrates expanded tropism via utilization of a coxsackievirus and adenovirus cell entry mechanism)」、J. Virol.、1998、第72巻、p. 9706-13参照)、293細胞のトランスフェクションを実施した。
【0053】
[実施例3:アデノウイルスICOVIR17の構築]
アデノウイルスプラスミドpICOVIR17を用いてアデノウイルスを生成した。アデノウイルスプラスミドpICOVIR17を得るために、プラスミドpICOVIR15由来のアデノウイルスファイバー遺伝子を、酵母での相同組換えを使用して、SpeI/PacIによって消化したプラスミドpAdwtRGD−PH20由来のヒアルロニダーゼPH20遺伝子が後続するファイバー遺伝子と置換した。
【0054】
アデノウイルスAdΔ24RGDに由来するアデノウイルスICOVIR15は、配列をコードするE1aタンパク質中におけるΔ24の削除を特徴とする。この削除は、E1aとpRBとの相互作用に影響を及ぼす。AdΔ24RGDは、アデノウイルスファイバー内にペプチドRGDが挿入されており、ウイルスの伝染力が増強されている。これら2種類の改変は、K. Suzuki その他による「感染力が向上した条件複製アデノウイルスにおける腫瘍溶解効力の増強(Conditionally replicative adenovirus with enhanced infectivity shows improved oncolytic potency)」に記載されている(Clin Cancer Res 2001、第7巻、p. 120-6)。AdΔ24RGDから、4つのE2F結合部位および1つのSp1結合部位がE1aの内因性プロモーター内に挿入され、E1aの発現を制御する。このような方法でICOVIR15を得た。挿入は、ゲノムの配列419−422を、4つのE2F−1結合部位および1つのSp1結合部位を有するシーケンスと置換することによって実施した。その結果、最終的な配列は配列番号:3及び図1(B)に示したものとなった。このステップを実行するために、pEndK/SpeプラスミドのE1Aプロモーターにおける変異誘導によって、固有のBsiW I制限部位を生成した(J.E. Caretteその他、「低分子ヘアピン型RNAを発現する条件複製アデノウイルスによる癌細胞内の標的遺伝子の発現阻害(Conditionally replicating adenoviruses expressing short hairpin RNAs silence the expression of a target gene in cancer cells)」、Cancer Res 2004、第64巻、p. 2663-7参照)。BsiWI-切断プラスミドを、相互にハイブリダイズしたSp1F(5' - GTACGTCGACCACAAACCCCGCCCAGCGTCTTGTCATTGGCGTCGACGCT-3' 配列番号:5)プライマー、および Sp1R(5' -GTACAGCGTCGACGCCAATGACAAGACGCTGGGCGGGGTTTGTGGT CGAC-3' 配列番号:6)プライマーとライゲーションすることで、BsiW I部位内のプラスミドpEndK/SpeにSp1結合部位を導入した。E2F結合部位を、相互にハイブリダイズしたE2FF2(5' GTACGTCGGCGGCTCGTGGCTCTTTCGCGGCAAAAAGGATTTGGCGCGTAAAAGTGGTTCGAA-3'、配列番号:7)結合プライマー、およびE2FR2(5' - GTACTTCGAACCACTTTTACGCGCCAAATCCTTTTTGCCGCGAAAGAGCCACGAGCCGCCGAC-3' 、配列番号:8)結合プライマーを用いて導入し、プラスミドpEndK415Sp1E2F2を得た。次に、酵母におけるプラスミド複製に必須の要素(動原体、自律複製領域ARS、および選択マーカーURA3)を含む配列CAUを、酵母内での相同組み換えで導入して、プラスミドpEndK415Sp1E2F2CAUを得た。最後に、酵母内で、KpnIで消化したプラスミドpEndK415Sp1E2F2CAUおよびアデノウイルスAdΔ24RGDのアデノウイルスゲノムの間で相同組み換えを実施して、pICOVIR15cauを得た。ICOVIR15は、HEK293細胞に対してPacIで消化したpICOVIR15cauをトランスフェクションして得た。
【0055】
ICOVIR15と同様に、アデノウイルスファイバー遺伝子の後にヒアルロニダーゼ遺伝子を挿入して改変したICOVIR17ウイルスは、プラスミドpICOVIR17のPacIによる消化およびHEK293細胞に対するトランスフェクションにより得た。AdwtRGD-PH20ゲノムおよびICOVIR17ゲノムの正確な構造は、Hind IIIによる制限によって画定した。加えて、特定のプライマーによってPH20遺伝子の領域の配列を決定した。ICOVIR15ゲノムおよびAdwtRGDゲノムに対して、ICOVIR17ゲノムおよびAdwtRGD−PH20ゲノムに挿入した完全なカセットを、図1(C)および配列番号:4に示す。配列をコードするPH20タンパク質は、コザック配列およびポリアデニル化配列の間に収まっている。
【0056】
[実施例4:ヒアルロニダーゼPH20遺伝子を含むアデノウイルスによるヒアルロニダーゼ活性を有する可溶タンパク質の発現]
ヒアルロニダーゼPH20遺伝子を含むアデノウイルスがヒアルロニダーゼ活性を有する可溶タンパク質を発現することを証明するために、感染率80%を上回らせることができる多様な感染方法(20MOI)を用いて、A549細胞系統の培養物に対して、AdwtRGDウイルス、AdwtRGD−PH20ウイルス、ICOVIR15ウイルスまたはICOVIR17ウイルスを感染させた。感染後24時間で、感染培養基を新しい培養基と交換した。その後、さらに24時間後に、交換した培養基(または上澄み)を採取し、Amicon Extremeカラム (米国バレンシア州ミリポア)内で製造元の取扱説明書に従ってろ過して濃縮した。濃縮した上澄みは、0.1MのNaClおよび0.05%のBSAを含むリン酸緩衝液(pH=6)ヒアルロン酸溶液(1.5mg/ml)を用いて、37度で1晩培養した。消化されたヒアルロン酸は、15%のポリアクリルアミドゲルを用いた電気泳動によって分析した(M. Ikegami-Kawaiその他、「ポリアクリルアミドゲル電気泳動によるヒアルロン酸オリゴ糖類の微量分析およびヒアルロニダーゼ活性アッセイへの応用(Microanalysis of hyaluronan oligosaccharides by polyacrylamide gel electrophoresis and its application to assay of hyaluronidase activity)」、Analytical biochemistry2002、第311巻、p. 157-65参照)。ヒアルロン酸の消化によるオリゴ糖生成物は、30分間でアルシアンブルー溶液中のゲルマトリクス内に固定された。最終的に、オリゴ糖類を硝酸銀で染色した。結果を図3に示す。この結果、ヒアルロニダーゼPH20遺伝子(AdwtRGD-PH20およびICOVIR17)を含むアデノウイルスで感染させた細胞の上澄みは、ヒアルロン酸(高分子量の多糖類)を、5〜50以上の二糖単位の繰り返しで構成されるオリゴ糖類に消化することができるタンパク質を含むことが証明された。
【0057】
[実施例5:腫瘍溶解アデノウイルスは、ウイルス複製およびin vitro細胞毒性に影響を及ぼさない]
A549腫瘍細胞系統およびSKMel−28腫瘍細胞系統に腫瘍溶解アデノウイルスICOVIR15またはICOVIR17を感染させて、ヒアルロニダーゼPH20遺伝子の挿入がウイルス複製に対して影響を及ぼさなかったことを検証した。感染後4時間で感染培地を新たな培地に交換した。感染後異なる時間で全細胞抽出物を採取し、3回の冷解凍を実施してウイルスを放出させた。HEK293に感染させて、抗ヘキソン染色(上述のM. Majem文献参照)して、細胞抽出物内のウイルス量を測定した。図4に結果を示す。ウイルスがアデノウイルス対照と同様の複製を実施したので、ヒアルロニダーゼPH20遺伝子の挿入によってアデノウイルスICOVIR17の複製に影響が出ないことが明らかになった。
【0058】
PC3腫瘍細胞系統およびSKMel−28腫瘍細胞系統由来の細胞を、ウイルスICOVIR15またはICOVIR17の段階希釈で感染させて、in vitroでの腫瘍溶解アデノウイルスの細胞毒性上のヒアルロニダーゼPH20の発現の効果を検証した。感染の5日および6日後に、それぞれ、分光光度計によって、細胞生存の指標としてタンパク質量を測定した。図5に結果を示す。2つの腫瘍系統におけるICOVIR17の溶解活性は、ICOVIR15の活性と同様であった。このことは、ヒアルロニダーゼPH20の発現は、in vitroでの腫瘍溶解効果を全く生じさせないことを示す。
【0059】
[実施例6:ヒアルロニダーゼPH20遺伝子を含む増殖型アデノウイルスを用いた腫瘍の効率的な治療]
[6.1]
SKMel-28腫瘍を移植したBalb/c系統の無胸腺マウスを使用して、in vivo実験を実施した。合計5×106のSKMel−28細胞系統の腫瘍細胞を、各マウスの横腹に皮下注射した。21日後に、腫瘍を有するマウス(腫瘍体積150mm3)を、異なる実験グループ(1グループはn=10)に分配した。対照グループの腫瘍に対しては、食塩緩衝液(20μl)を1度腫瘍内注入した。AdwtRGD−PH20で処理したグループのマウスに対しては、腫瘍あたり、1×108TU(transducing units)のウイルスを腫瘍内注入した(2×109ウイルス粒子(vp)当量)。腫瘍を2〜3日ごとにcaliperで測定し、また下式に従って腫瘍体積を算出した。
V (mm3)=A(mm)×B2 (mm2) × p/6
ここで、Aは長い方(長軸)方向の長さであり、Bは横断方向の長さである。図6は、処理開始(0日)に対する腫瘍成長率を示す図である。結果を平均値±標準誤差(SE)で示す。結果の差異における統計的有意性は、非マッチ(non-matched)のデータに対するノンパラメトリックのマン・ホイットニー検定を使用して算出した。分散分析を用いて成長曲線を比較した。p<0.05である場合に、有意な結果とみなした。アデノウイルスAdwtRGD−PH20による腫瘍の治療により、治療した腫瘍の100%で腫瘍後退を得た。腫瘍成長率は、注入後1日から、対照グループと比較してかなり小さかった。実験終了後に腫瘍を分析すると、AdwtRGD−PH20を注射した腫瘍の細胞外マトリクスに存在するヒアルロン酸量が減少していた。
【0060】
[6.2]
他の実験において、ICOVIR15またはICOVIR17を腫瘍内注入して治療を施した。ヒトメラノーマ細胞系統SKMel−28の腫瘍を無胸腺マウスBalb/C nu/nuに移植した。系列を確立した後、PBS又は1×108TU(transducing units)のICOVIR15又は ICOVIR17ウイルスを腫瘍内注入した(2×109ウイルス粒子(vp)当量)。図7に結果を示す。ICOVIR17による処理によって、対照グループ(PBS)とは有意に(p<0.05)異なる腫瘍成長抑制につながる腫瘍溶解活性が見られた。実験終了後、腫瘍を摘出して重さを量った。図7の表に、腫瘍体積の平均値、腫瘍成長率、および実験終了後の腫瘍重量を示す。ICOVIR17を注射した腫瘍の重量は、ICOVIR15を注入した腫瘍や(* p<0.05)、PBSを注入した腫瘍(# p<0.05)に比較して腫瘍重量値が有意に低かった。
【0061】
[6.3]
他の実験において、ICOVIR15またはICOVIR17の全身注入により治療を実施した。ヒトメラノーマ細胞系統SKMel−28の腫瘍を無胸腺Balb/C nu/nuマウスに移植し、系統を確立した後、ICOVIR15或いはICOVIR17ウイルスの5×1010個の物理的粒子、またはPBSを尾部静脈注射することで処置した。図8に結果を示す。ICOVIR17を用いた処置により、対照グループ、PBS(#p<0.0001)およびICOVIR15(*p<0.00001)とは有意に異なる腫瘍の発達抑制につながる腫瘍溶解活性がみられた。実験終了後、腫瘍を摘出してOCT内で凍結した。OCT内で凍結した腫瘍の様々な切片をα-ヘキソン抗体(アデノウイルスカプシドタンパク質)で処理して、4’,6−ジアミノ−2−フェニルインドールで対比染色した。ICOVIR17の抗腫瘍活性は腫瘍内部レベルでアデノウイルスの複製と相関する。ICOVIR17の抗腫瘍活性注射後48日に採取した腫瘍で評価した。ICOVIR17で治療した腫瘍では、ICOVIR15を注入した腫瘍よりも、広範な壊死領域、比較的良好なウイルス分布、および比較的縮小した生存細胞領域がみられた。
【0062】
[6.4]
他の実験では、ICOVIR15又はICOVIR17をヒト膵臓腺癌細胞系統NP-18由来の腫瘍を移植したBalb/C 無胸腺nu/nuマウスに全身投与して治療を実施した。腫瘍が形成された(腫瘍が平均体積60mm3に達した)後に、マウスに対して、PBS又は5×1010個のICOVIR15またはICOVIR17ウイルスの物理的粒子を尾部静脈注射によって投与した(グループあたり腫瘍10個)。図9に結果を示す。ここで、ヒアルロニダーゼPH20酵素を発現するアデノウイルスの抗腫瘍活性の向上は1種類の腫瘍に限定されないということが示された。
【0063】
図9(A)は、PBSグループおよびウイルス対照グループ(ICOVIR15)と比較して、ヒアルロニダーゼPH20の発現がアデノウイルスの腫瘍溶解効力の向上につながることが示された。「#」は、14〜30日で、PBSで治療した腫瘍と比較して、有意(p≦0.02)であったことを示す。 「&」は、14〜30日で、PBSで治療した腫瘍と比較して、有意(p≦0.05)であったことを示す。 「*」は、12〜30日で、ICOVIR−15で治療した腫瘍と比較して、有意(p≦0.02)であったことを示す。30日で、腫瘍を摘出して、OCT内で凍結して、α−ヘキソン抗体で処理して、DAPIで対比染色した。
【0064】
ICOVIR−17の腫瘍内複製レベルを定量化するために、各腫瘍の5つの生存領域を抗ヘキソン染色で分析した(グループで7/10固体)。そして、陽性領域の割合をコンピュータによる画像分析(ソフトウェアImageJ)で測定した。図9(B)は、分析結果を示す図である。ICOVIR17で治療したNP-18腫瘍は、ICOVIR15で治療した腫瘍と比較して、アデノウイルス染色領域が有意に大きかった(*、有意水準p≦0.01)。
【0065】
[実施例7:ヒアルロニダーゼ遺伝子を発現する腫瘍溶解アデノウイルスの毒物プロフィール]
ヒアルロニダーゼ遺伝子の挿入によって、静脈内(endovenous)投与後に腫瘍溶解アデノウイルスが誘導する毒性パターンが実質的に変更されないことを検証するために、ヒトアデノウイルス複製に寛容な動物モデルであるシリアンハムスター(Mesocricetus auratus)を用いた。ハムスターは、ヒトアデノウイルスの複製に寛容な動物モデルを構成する。免疫能を有する、メスの5週齢の動物を使用した(5〜6匹/グループ)。0日目にPBS300μlを橈側皮静脈に静脈注射して4×1011vpのICOVIR15またはICOVIR17を1回投与した。対照グループに対して、同量のPBSを注射した。投与後5日でハムスターを殺し、心臓穿刺によって各個体から全血液および血清を得て、肝臓毒性のパラメータ(ASTおよびALT酵素)を測定し、また、フローサイトメトリー(血液像)によって様々な血球細胞数を計数した。同時に、ハムスターの肝臓を採取して、ヘマトキシリン/エオシン染色のために4%のパラホルムアルデヒドで固定した。
【0066】
肝臓毒性解析の結果から、このモデルでは、両方のウイルスが、ASTおよびALTトランスアミナーゼレベルの上昇を伴い、ある程度肝臓炎症を誘導することが明らかになった。しかしながら、ICOVIR15またはICOVIR17で治療したハムスターの間に差異は見られなかった。血液レベルでは、両方のウイルスが、対照のハムスターと比較して、好中球、好塩基球、および単球を増加させ、また、血小板を減少させたが、ICOVIR15とICOVIR17との間で差は無かった。
【0067】
[実施例8:ウイルスICOVIR17RGDKの構築]
このアデノウイルスを生成するために、アデノウイルスプラスミドpICOVIR17RGDKを使用した。このプラスミドでは、野生型のアデノウイルス5型のファイバー遺伝子が、そのヘパラン硫酸結合領域において改変されたバージョンと置換されている(ポリペプチド配列のアミノ酸91RGDK94が91KKTK94と置換されている)。pICOVIR17RGDKプラスミドは、NdeIで部分消化したpICOVIR17生成物、およびアデノウイルス線維の変更バージョン含む、EcoRIで消化したpBSattKKTプラスミドの間の、酵母における相同組み換えによって構築した(N. Bayoその他、「アデノウイルス5型のファイバーシャフトヘパラン硫酸プロテオグリカン結合ドメインをRGDと置換することによる、腫瘍感染力及び標的性の向上(Replacement of adenovirus type 5 fibre shaft heparan sulphate proteoglycan-binding domain with RGD for improved tumour infectivity and targeting)」、Human Gene Therapy 2009年、第20巻、p. 1214-21)。
【0068】
図10は、ICOVIR17RGDK内における改変91RGDK94の位置と、アデノウイルス内のファイバータンパク質の完全配列を示す図である。アデノウイルスICOVIR17は、タンパク質のノブ領域のHI−ループ(進化的に保存されず、アデノウイルスカプシド内で非常に露出している)内に、RGD−4Cペプチド(Cys-Asp-Cys-Arg-Gly-Asp-Cys-Phe-Cys:CDCRGDCFC, 配列番号:10)が挿入されたバージョンのアデノウイルスファイバー遺伝子を含む。ICOVIR17RGDKは、ファイバー遺伝子内以外において、ICOVIR17と完全に相同である。ICOVIR17RGDKファイバーは、タンパク質のシャフト領域内において、アミノ酸91KKTK94が、高親和性インテグリン結合ペプチド91RGDK94と置換している点において、野生型のヒトアデノウイルス5型とは異なる(配列番号:9)。
【0069】
[実施例9:カプシド改変ICOVIR17RGDKを有するアデノウイルスの腫瘍溶解効力]
図11に示すように、ICOVIR17RGDK内のカプシド改変は、ヒアルロニダーゼPH20遺伝子を含み、発現する腫瘍溶解アデノウイルスのin vitroでの細胞毒性を変更しない。ヒアルロニダーゼPH20(ICOVIR17およびICOVR17RGDK)を発現する2種類のアデノウイルスの腫瘍溶解活性について、肺腺癌由来のA549(図11(A))および膵臓腺癌由来のNP−18(図11(B))の2種類の腫瘍細胞系統で比較した。ウイルスによって誘導された細胞変性効果は、感染した細胞単分子層内のタンパク質量の減少として測定される(BCA法)。2種類の腫瘍細胞系統の細胞を、10000細胞/ウェルで96−ウェルプレートにまいた。翌日、ウイルスの段階希釈で細胞を感染させた。感染した細胞を6日間培養し、PBSで洗浄し、ウェル内に残留したタンパク質量を測定した。その結果、カプシド改変がアデノウイルスの腫瘍溶解活性を有意に変更しないことがin vitroで示された。
【0070】
[実施例10:ヒアルロニダーゼ遺伝子を発現する腫瘍溶解アデノウイルスの様々な毒物プロフィール]
ヒアルロニダーゼを発現する腫瘍溶解アデノウイルス背景におけるRGDK改変の影響を評価するために、腫瘍のない免疫能のあるBalb/Cマウスを用いた。6週齢のオス固体を用いた(7匹/グループ)。0日目にPBS150μlを尾静脈に静脈注射して、5×1010vpのICOVIR17またはICOVIR17RGDKを1回投与した。投与後7日(2匹/グループ)および12日(5匹/グループ)で、マウスを殺し、心臓穿刺によって各個体から全血液および血清を得て、肝臓毒性のパラメータ(ASTおよびALT酵素)を測定し、また、フローサイトメトリー(血液像)によって様々な血球細胞数を計数した。この分析の結果、両方のウイルスが7日目における酵素のレベルを増加させることを示した。しかし、このレベルは12日目でで通常の値に戻った。ICOVIR17グループおよびICOVIR17RGDKグループの間で有意差は見られなかった。但し、ICOVIR17グループと比較して、ICOVIR17RGDKを注射したマウスのグループにおいて、肝毒性傾向が低下した(ASTおよびALTレベルが僅かに低下した)。投与後12日のマウスの血液プロフィールでは、白血球数、血小板数において有意な差は見られなかったが、リンパ球数は、PBS およびICOVIR17RGDKで処理したグループよりも、ICOVIR17で処理したマウスの方が少なかった。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒアルロニダーゼ酵素をコードする配列を、ゲノム内に挿入されて含む腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項2】
前記アデノウイルスはヒトアデノウイルスである、 請求項1に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項3】
前記ヒトアデノウイルスは、ヒトアデノウイルス血清型1〜51およびこれらの誘導体からなる群から選択される、 請求項2に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項4】
前記ヒトアデノウイルスは、血清型5由来である、請求項3に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項5】
前記ヒアルロニダーゼ酵素は哺乳類睾丸ヒアルロニダーゼである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項6】
前記ヒアルロニダーゼ酵素は、ヒト睾丸ヒアルロニダーゼである、請求項5に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項7】
前記酵素配列は、膜結合性領域配列が除去されて可溶酵素を生じる、請求項1〜6のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項8】
前記酵素配列は、前記腫瘍溶解アデノウイルスに対してアデノウイルスファイバーのヌクレオチド配列後に挿入されている、請求項1〜7のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項9】
前記酵素の発現は、動物細胞内で活性のプロモーターによって制御される、請求項1〜8のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項10】
前記プロモーターは、サイトメガロウイルスプロモーター、アデノウイルス主要後期プロモーター、SV40プロモーター、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼプロモーター、RSVプロモーター、EF1αプロモーター、βアクチンプロモーター、ヒトIL−2プロモーター、ヒトIL−4プロモーター、IFNプロモーター、E2FプロモーターおよびヒトGM−CSFプロモーターからなるグループから選択される、請求項9に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項11】
前記アデノウイルスは、組織特異的プロモーターまたは腫瘍特異的プロモーターを含み、前記プロモーターは、E1a、E1b、E2およびE4からなるグループの一種以上の遺伝子の発現を制御する、請求項1〜10のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項12】
前記プロモーターは、E2Fプロモーター、テロメラーゼhTERTプロモーター、チロシナーゼプロモーター、前立腺特異抗原プロモーター、アルファフェトプロテインプロモーターおよびCOX−2プロモーターからなるグループから選択される、請求項11に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項13】
前記アデノウイルスは、E1a、E1b、E4およびVA−RNAからなるグループから選択される1種以上の遺伝子における突然変異を有する、請求項1〜12のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項14】
前記アデノウイルスは、感染力を増強し、または腫瘍細胞内に存在する受容体を標的とするように、カプシド内に改変を有する、請求項1〜13のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項15】
前記カプシドの改変は、前記アデノウイルスファイバー内に存在するKKTKヘパラン硫酸結合ドメインをRGDKドメインで置換する改変である、請求項14に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項16】
前記アデノウイルスは、前記ヒアルロニダーゼをコードする前記配列のタンパク質への翻訳を最適化する配列を含む、請求項1〜15のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項17】
前記アデノウイルスは、前記ヒアルロニダーゼをコードする配列の発現を促進する配列を含む、請求項1〜16のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項18】
前記発現を促進する配列は、RNAのプロセッシングを可能にするスプライシングアクセプター配列、IRES配列、およびピコルナウイルス2A配列からなるグループから選択される、請求項17に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項19】
前記アデノウイルスは、ゲノム内に1以上の遺伝子が挿入されてなる、請求項1〜18のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項20】
製薬上許容できる担体または賦形剤と共に、治療有効量の請求項1〜19のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルスを含む、医薬組成物。
【請求項21】
ヒトを含む哺乳類における、癌または前癌状態を治療する薬剤の製造のための、請求項1〜19のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルスの利用方法。
【請求項1】
ヒアルロニダーゼ酵素をコードする配列を、ゲノム内に挿入されて含む腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項2】
前記アデノウイルスはヒトアデノウイルスである、 請求項1に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項3】
前記ヒトアデノウイルスは、ヒトアデノウイルス血清型1〜51およびこれらの誘導体からなる群から選択される、 請求項2に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項4】
前記ヒトアデノウイルスは、血清型5由来である、請求項3に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項5】
前記ヒアルロニダーゼ酵素は哺乳類睾丸ヒアルロニダーゼである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項6】
前記ヒアルロニダーゼ酵素は、ヒト睾丸ヒアルロニダーゼである、請求項5に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項7】
前記酵素配列は、膜結合性領域配列が除去されて可溶酵素を生じる、請求項1〜6のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項8】
前記酵素配列は、前記腫瘍溶解アデノウイルスに対してアデノウイルスファイバーのヌクレオチド配列後に挿入されている、請求項1〜7のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項9】
前記酵素の発現は、動物細胞内で活性のプロモーターによって制御される、請求項1〜8のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項10】
前記プロモーターは、サイトメガロウイルスプロモーター、アデノウイルス主要後期プロモーター、SV40プロモーター、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼプロモーター、RSVプロモーター、EF1αプロモーター、βアクチンプロモーター、ヒトIL−2プロモーター、ヒトIL−4プロモーター、IFNプロモーター、E2FプロモーターおよびヒトGM−CSFプロモーターからなるグループから選択される、請求項9に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項11】
前記アデノウイルスは、組織特異的プロモーターまたは腫瘍特異的プロモーターを含み、前記プロモーターは、E1a、E1b、E2およびE4からなるグループの一種以上の遺伝子の発現を制御する、請求項1〜10のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項12】
前記プロモーターは、E2Fプロモーター、テロメラーゼhTERTプロモーター、チロシナーゼプロモーター、前立腺特異抗原プロモーター、アルファフェトプロテインプロモーターおよびCOX−2プロモーターからなるグループから選択される、請求項11に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項13】
前記アデノウイルスは、E1a、E1b、E4およびVA−RNAからなるグループから選択される1種以上の遺伝子における突然変異を有する、請求項1〜12のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項14】
前記アデノウイルスは、感染力を増強し、または腫瘍細胞内に存在する受容体を標的とするように、カプシド内に改変を有する、請求項1〜13のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項15】
前記カプシドの改変は、前記アデノウイルスファイバー内に存在するKKTKヘパラン硫酸結合ドメインをRGDKドメインで置換する改変である、請求項14に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項16】
前記アデノウイルスは、前記ヒアルロニダーゼをコードする前記配列のタンパク質への翻訳を最適化する配列を含む、請求項1〜15のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項17】
前記アデノウイルスは、前記ヒアルロニダーゼをコードする配列の発現を促進する配列を含む、請求項1〜16のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項18】
前記発現を促進する配列は、RNAのプロセッシングを可能にするスプライシングアクセプター配列、IRES配列、およびピコルナウイルス2A配列からなるグループから選択される、請求項17に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項19】
前記アデノウイルスは、ゲノム内に1以上の遺伝子が挿入されてなる、請求項1〜18のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルス。
【請求項20】
製薬上許容できる担体または賦形剤と共に、治療有効量の請求項1〜19のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルスを含む、医薬組成物。
【請求項21】
ヒトを含む哺乳類における、癌または前癌状態を治療する薬剤の製造のための、請求項1〜19のいずれか一項に記載の腫瘍溶解アデノウイルスの利用方法。
【図1A】
【図1B】
【図1C】
【図2A】
【図2B】
【図3A)】
【図3B)】
【図4A)】
【図4B)】
【図5】
【図6A)】
【図6B)】
【図7】
【図8A)】
【図8B)】
【図9A)】
【図9B)】
【図10】
【図11】
【図1B】
【図1C】
【図2A】
【図2B】
【図3A)】
【図3B)】
【図4A)】
【図4B)】
【図5】
【図6A)】
【図6B)】
【図7】
【図8A)】
【図8B)】
【図9A)】
【図9B)】
【図10】
【図11】
【公表番号】特表2012−525833(P2012−525833A)
【公表日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−509064(P2012−509064)
【出願日】平成22年5月5日(2010.5.5)
【国際出願番号】PCT/ES2010/000196
【国際公開番号】WO2010/128182
【国際公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【出願人】(511268982)
【氏名又は名称原語表記】FUNDACIO PRIVADA INSTITUT D’INVESTIGACIO BIOMEDICA DE BELLVITGE
【出願人】(511268993)
【氏名又は名称原語表記】INSTITUT CATALA D’ONCOLOGIA
【Fターム(参考)】
【公表日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年5月5日(2010.5.5)
【国際出願番号】PCT/ES2010/000196
【国際公開番号】WO2010/128182
【国際公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【出願人】(511268982)
【氏名又は名称原語表記】FUNDACIO PRIVADA INSTITUT D’INVESTIGACIO BIOMEDICA DE BELLVITGE
【出願人】(511268993)
【氏名又は名称原語表記】INSTITUT CATALA D’ONCOLOGIA
【Fターム(参考)】
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