説明

発光体およびその製造方法

【課題】発光強度が強く発光スペクトル幅の広い発光体を提供する。
【解決手段】発光体は、シリコンと炭素と酸素とを含んでいる。この発光体が有する発光領域は、シリコンに1つの炭素と3つの酸素が結合したC−Si−O3結合を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、発光スペクトル幅の広い発光体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
白色光源では、紫外光により白色蛍光体を励起することにより白色光を得ることが行われている。このような白色光源に使用される従来の白色蛍光体は、その発光スペクトルには輝線が含まれており、白色蛍光体を用いた白色光源下での演色性は、必ずしも十分なものではなかった。
【0003】
しかしながら、近年では、酸化シリコン(SiO2)にカーボン(C)を埋め込むことにより輝線を有しない白色の発光が観察されることが知られてきた(例えば、非特許文献1参照)。そこで、発光スペクトルに輝線を含まない白色発光体を得るため、酸化シリコンにカーボンが埋め込まれた白色発光体を種々の方法で作成することが提案されている。例えば、特許文献1では、炭化水素基で表面修飾されたフュームドシリカを熱処理することにより白色発光材料を作成することが提案されている。また、特許文献2では、多孔質シリコンにカーボンクラスタを形成した後、多孔質シリコンを選択酸化することにより発光強度がより強い発光体を作成することが提案されている。
【0004】
【特許文献1】国際公開第2006/025428号パンフレット
【特許文献2】特開2008−208283号公報
【非特許文献1】S.Hayashi, M.Kataoka and K.Yamamoto, Japanese Journal of Applied Physics, Vol. 32 (1993), L273-L276
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、これらの方法で作成された白色発光体は、その作成条件によって発光強度が大きく変動する。そのため、白色発光体の発光強度の増大を図ることは、必ずしも容易ではなかった。この問題は、白色発光体を作成する場合のみならず、一般に、発光スペクトル幅の広い発光体を作成する際に共通する。
【0006】
本発明は、上述した従来の課題を解決するためになされたものであり、より発光強度が強い発光スペクトル幅の広い発光体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的の少なくとも一部を達成するために、本発明は、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。
【0008】
[適用例1]
発光体であって、シリコンと炭素と酸素とを含み、シリコンに1つの炭素と3つの酸素が結合したC−Si−O3結合を有する発光領域を備える発光体。発光スペクトル幅の広い発光は、シリコンと他の元素との結合(シリコン結合)のうちC−Si−O3結合と推定されるシリコン結合(以下、単に「C−Si−O3結合」と呼ぶ)から最も強く発生する。そのため、発光領域がC−Si−O3結合を有するようにすることにより、発光スペクトル幅の広い発光の強度をより強くすることができる。
【0009】
[適用例2]
適用例1記載の発光体であって、前記発光領域におけるシリコン結合のうちのC−Si−O3結合の割合が所定の閾値よりも高い発光体。シリコン結合のうちのC−Si−O3結合の割合が所定の閾値を越えると、発光強度は急速に増大する。そのため、C−Si−O3結合の割合を所定の閾値よりも高くすることにより、発光スペクトル幅の広い発光の強度をより強くすることができる。
【0010】
[適用例3]
適用例2記載の発光体であって、前記C−Si−O3結合の割合は、所定の測定方法において、シリコン結合を表すピークの総面積に対するC−Si−O3結合を表すピークの面積である発光体。この適用例によれば、シリコン結合のうちのC−Si−O3結合の割合をより容易に評価することが可能となる。
【0011】
[適用例4]
適用例2または3記載の発光体であって、前記所定の閾値は、40%である発光体。シリコン結合のうちのC−Si−O3結合の割合が40%を越えると、発光強度が急速に増大するので、発光スペクトル幅の広い発光の強度をより強くすることができる。
【0012】
[適用例5]
適用例1ないし4記載の発光体であって、シリコンを含む母材を備え、前記発光領域は、前記母材中に形成されている発光体。シリコンを含む母材を用いることにより、発光領域の形成がより容易となる。
【0013】
[適用例6]
適用例5記載の発光体であって、前記母材は、シリコンと酸素とを含み、前記発光領域は、前記母材中に形成されたカーボンクラスタと、前記母材との界面領域に形成されている発光体。この適用例では、母材中にカーボンクラスタを形成する炭化処理により発光領域が形成される。そのため、発光領域の形成がより容易となる。
【0014】
[適用例7]
適用例5記載の発光体であって、前記母材は、シリコンと炭素とを含み、前記発光領域は、前記母材が酸化された領域に形成されている発光体。この適用例では、シリコンと炭素と含む母材を酸化させることにより発光領域が形成される。そのため、発光領域の形成がより容易となる。
【0015】
[適用例8]
発光体であって、シリコンと炭素と酸素とを含み、所定の測定方法により得られるエネルギスペクトルにおいて、シリコンに4つの炭素が結合したSi−C4結合に対応する第1のエネルギ値とシリコンに4つの酸素が結合したSi−O4結合に対応する第2のエネルギ値との中間値と、前記第2のエネルギ値との間となるエネルギ値にピークが存在する発光体。エネルギスペクトルのピークが、Si−C4結合に対応する第1のエネルギ値とSi−O4結合に対応する第2のエネルギ値との中間値と、第2のエネルギ値との間の位置に存在する場合、発光体の発光強度が強くなる。そのため、中間値と第2のエネルギ値との間にエネルギスペクトルのピークが存在するようにすることにより、発光スペクトル幅の広い発光の強度をより強くすることができる。
【0016】
[適用例9]
請求項8記載の発光体であって、さらに、水素を含む発光体。発光強度が強い発光体がダングリングボンドを有する場合、当該ダングリングボンドは水素で終端される。このような発光体においても、発光スペクトル幅の広い発光の強度が十分高くなる。
【0017】
[適用例10]
請求項8または9記載の発光体であって、前記所定の測定方法はX線光電子分光法であり、前記エネルギ値は電子の結合エネルギである発光体。X線光電子分光法を用いることにより、電子の結合エネルギの評価がより容易となる。そのため、発光スペクトル幅の広い発光体の形成条件の決定が、より容易となる。
【0018】
[適用例11]
発光体の製造方法であって、シリコン・カーボンを形成するシリコン・カーボン形成工程と、前記シリコン・カーボンを酸化するシリコン・カーボン酸化工程とを備える発光体の製造方法。シリコン・カーボンを酸化するシリコン・カーボン酸化工程では、シリコン・カーボンの酸化の条件によりC−Si−O3結合を生成を促進することができる。そのため、より発光強度の強い発光体を作成することができる。
【0019】
[適用例12]
適用例11記載の発光体の製造方法であって、前記シリコン・カーボン形成工程は、炭化水素を含むガス雰囲気中でシリコンをスパッタリングする工程を有する発光体の製造方法。この適用例によれば、シリコン・カーボンにおける炭素組成比をより容易に制御することができる。そのため、炭素組成比をC−Si−O3結合の生成に適した値にすることがより容易となる。
【0020】
[適用例13]
適用例11記載の発光体の製造方法であって、前記シリコン・カーボン酸化工程は、水を含むガス雰囲気中で前記シリコン・カーボンを熱処理する工程を有する発光体の製造方法。水を含むガス雰囲気中でシリコン・カーボンを熱処理することにより、シリコン・カーボン中のシリコンを選択的に酸化させることができる。そのため、C−Si−O3結合を有する発光体をより容易に作成することができる。
【0021】
[適用例14]
発光体の製造方法であって、炭化水素と、水および酸素ガスの少なくとも一方とを含むガス雰囲気中でシリコンをスパッタリングすることによりシリコン・オキシ・カーバイドを形成する工程を備える発光体の製造方法。この適用例によれば、ガス雰囲気中の炭化水素、水、および酸素ガスの濃度を調整することにより、C−Si−O3結合の生成に適した組成のシリコン・オキシ・カーバイドを形成することができる。そのため、C−Si−O3結合を有する発光体をより容易に作成することができる。
【0022】
[適用例15]
適用例14記載の発光体の製造方法であって、さらに、シリコン・オキシ・カーバイドの熱処理を行う工程を備える発光体の製造方法。シリコン・オキシ・カーバイドの熱処理を行うことによりC−Si−O3結合の生成を促進することができるので、発光体の発光強度をより強くすることが可能となる。
【0023】
[適用例16]
発光体の製造方法であって、多孔質酸化シリコンを準備する工程と、前記多孔質酸化シリコンに形成された細孔内にカーボンクラスタを形成する炭化工程とを備える発光体の製造方法。この適用例によれば、単位体積あたりの表面積が広い多孔質酸化シリコンの細孔中にカーボンクラスタが形成される。これにより、カーボンクラスタと酸化シリコンとの界面の単位体積あたりの面積を広くすることができ、より多くのC−Si−O3結合を生成することができる。そのため、発光体の発光強度をより強くすることができる。
【0024】
[適用例17]
適用例16記載の発光体の製造方法であって、前記炭化工程は、炭化水素を含むガス雰囲気中で前記多孔質酸化シリコンを熱処理する工程を有する発光体の製造方法。この適用例によれば、より容易に多孔質酸化シリコンの細孔内にカーボンクラスタを形成することができる。
【0025】
[適用例18]
適用例16または17記載の発光体の製造方法であって、さらに、前記カーボンクラスタが形成された前記多孔質酸化シリコンを熱処理する熱処理工程を備える発光体の製造方法。カーボンクラスタが形成された多孔質酸化シリコンを熱処理することにより、C−Si−O3結合の生成を促進することができるので、発光体の発光強度をより強くすることが可能となる。
【0026】
[適用例19]
適用例18記載の発光体の製造方法であって、前記熱処理工程は、湿潤状態の不活性ガス雰囲気中で前記カーボンクラスタが形成された前記多孔質酸化シリコンを熱処理する工程を有する発光体の製造方法。この適用例によれば、湿潤状態の不活性ガス雰囲気中で熱処理することにより、炭素の酸化を抑制するとともに、C−Si−O3結合の生成を促進することができる。そのため、発光体の発光強度をより強くすることが可能となる。
【0027】
[適用例20]
発光体の製造方法であって、多孔質シリコンを準備する工程と、前記多孔質シリコンに形成された細孔内にカーボンクラスタを形成する炭化工程と、前記カーボンクラスタが形成された前記多孔質シリコンのシリコンを選択的に酸化する選択酸化工程とを備え、前記選択酸化工程は、前記カーボンクラスタと前記多孔質シリコンとの界面において、シリコンに1つの炭素と3つの酸素が結合したC−Si−O3結合を生成するように行われる発光体の製造方法。この適用例によれば、単位体積あたりの表面積が広い多孔質シリコンの細孔中にカーボンクラスタが形成された後、多孔質シリコンのシリコンが選択的に酸化される。これにより、カーボンクラスタと酸化シリコンとの界面の単位体積あたりの面積を広くすることができ、より多くのC−Si−O3結合を生成することができる。そのため、発光体の発光強度をより強くすることができる。
【0028】
[適用例21]
適用例20記載の発光体の製造方法であって、前記炭化工程は、炭化水素を含むガス雰囲気中で前記多孔質シリコンを熱処理する工程を有する発光体の製造方法。この適用例によれば、より容易に多孔質酸化シリコンの細孔内にカーボンクラスタを形成することができる。
【0029】
[適用例22]
適用例20または21記載の発光体の製造方法であって、前記選択酸化工程は、湿潤状態の不活性ガス雰囲気中で前記多孔質シリコンを熱処理する工程を有する発光体の製造方法。この適用例によれば、湿潤状態の不活性ガス雰囲気中で熱処理することにより、炭素の酸化を抑制するとともに、C−Si−O3結合の生成を促進することができる。そのため、発光体の発光強度をより強くすることが可能となる。
【0030】
[適用例23]
発光体の製造方法であって、多孔質シリコンを準備する工程と、前記多孔質シリコンに形成された細孔内にカーボンクラスタを形成する炭化工程と、前記カーボンクラスタが形成された前記多孔質シリコンのシリコンを選択的に酸化する選択酸化工程と前記シリコンが選択的に酸化された前記多孔質シリコンを熱処理する熱処理工程とを備え、前記熱処理工程は、前記カーボンクラスタと前記多孔質シリコンとの界面において、シリコンに1つの炭素と3つの酸素が結合したC−Si−O3結合を生成するように行われる発光体の製造方法。この適用例によれば、単位体積あたりの表面積が広い多孔質シリコンの細孔中にカーボンクラスタが形成された後、多孔質シリコンのシリコンが選択的に酸化される。これにより、C−Si−O3結合が生成可能なカーボンクラスタと酸化シリコンとの界面の単位体積あたりの面積を広くすることができる。そして、シリコンが選択的に酸化された多孔質シリコンを熱処理することにより、C−Si−O3結合の生成が促進されるので、発光体の発光強度をより強くすることが可能となる。
【0031】
なお、本発明は、種々の態様で実現することが可能である。例えば、発光体とその製造方法、その製造方法で製造された発光体、それらの発光体を用いた光源や発光デバイス、等の態様で実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
A.第1実施形態:
図1は、第1実施形態における発光体の製造工程を示す工程図である。図1(a)に示すように、第1実施形態では、まず、発光体が形成される基板100が準備される。基板100としては、例えば、p型のシリコン(Si)単結晶基板を用いることができる。但し、基板100としては後述する熱処理に耐える基板であれば、種々の基板を使用することができる。基板100としては、例えば、n型のシリコン単結晶基板や多結晶シリコン基板等の種々のシリコン基板等の半導体基板、ガラス基板等の絶縁体基板、あるいは、アルミ基板等の金属基板を用いることができる。
【0033】
次いで、準備された基板100上には、アモルファス−シリコン・カーボン(a−Si1-XX:H)のスパッタ膜110が形成される。なお、アモルファス−シリコン・カーボン(以下、単に「シリコン・カーボン」と呼ぶ)の組成に水素(H)が含まれるのは、アモルファス状態となっているために生じるシリコン・カーボン中のダングリングボンドが水素で終端される(「水素化」と呼ばれる)ためである。但し、水素化されていないシリコン・カーボンを使用することも可能である。
【0034】
図1(b)に示すように、第1実施形態において、シリコン・カーボンのスパッタ膜(シリコン・カーボン膜)110の形成は、反応性スパッタリングにより行われる。具体的には、スパッタガスとしてのアルゴン(Ar)にメタン(CH4)を加えた雰囲気中で、シリコンからなるターゲットTGTのスパッタリングを行う。図1(b)の例では、スパッタガスとしてアルゴンを使用しているため、アルゴンイオン(Ar+)がターゲットTGTに衝突し、ターゲットTGTからシリコンが放出される。ターゲットTGTから放出されたシリコンと、メタンを構成する炭素(C)と水素(H)とが基板100上に付着することにより、シリコン・カーボン膜110が形成される。この際、メタンの濃度を制御することにより、シリコン・カーボン膜110中の炭素の組成比Xが調整される。
【0035】
なお、反応性スパッタリングは、一般的なマグネトロンスパッタリング装置等を用いて行うことができる。スパッタガスとしては、アルゴンのほか、ネオン(Ne)やクリプトン(Kr)等の種々の希ガスを使用することができる。また、炭素および水素の供給源としては、メタンのほか、アセチレン(C22)、エチレン(C24)、エタン(C26)等の種々の炭化水素を用いることができる。さらに、シリコン・カーボン膜の形成は、反応性スパッタリングに限らず、化学気相成長(CVD:Chemical Vapor Deposition)等、他の方法により行うことも可能である。
【0036】
図1(b)に示す基板100上へのシリコン・カーボン膜110の形成の後、図1(c)に示すように、シリコン・カーボン膜110の熱処理が行われる。熱処理は、具体的には、シリコン・カーボン膜110が形成された基板100を、湿潤状態の不活性ガス(例えば、アルゴン)雰囲気中で加熱することにより行われる。湿潤状態の不活性ガス雰囲気中で基板100を加熱することにより、基板100上に形成されたシリコン・カーボン膜110が水(H2O)を構成する酸素(O)により酸化される。これにより、シリコン・カーボン膜110から、発光領域であるシリコン・オキシ・カーバイド(SiOC:H)の膜112が形成される。
【0037】
なお、熱処理時の基板100の温度(熱処理温度)は、シリコン・カーボン膜110の状態や、熱処理雰囲気中の水分量に応じて、300〜800℃の範囲で適宜設定することが可能である。また、熱処理の時間は、シリコン・カーボン膜110の状態や熱処理温度等に応じて、15分〜1時間の範囲で適宜設定することができる。熱処理温度および熱処理時間は、シリコン・カーボン膜110中の炭素の酸化を抑制するとともに、特定のシリコン結合が多くなるように実験的に決定される。熱処理の条件としては、例えば、熱処理温度を400〜600℃とし、熱処理時間を30〜45分程度とするのが好ましい。ここでシリコン結合とは、シリコンと他の原子(炭素、水素、酸素等)との結合をいう。なお、特定のシリコン結合は、エネルギスペクトルにおいて、1つのシリコンに対して4つの炭素が結合したSi−C4結合のピーク位置と1つのシリコンに対して4つの酸素が結合したSi−O4結合との中間点と、Si−O4結合のピーク位置との間にピークが位置する結合である。
【0038】
シリコン結合の種類は、例えば、X線光電子分光(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)により評価することができる。図2は、XPSにより得られる電子の結合エネルギと、シリコン結合の種類との関係を示す説明図である。図2に示されるように、XPSにより得られる電子の結合エネルギは、シリコンに結合する酸素が増加するに従って多くなる。そして、Si−C4結合とSi−O4結合とのピーク位置の中間点と、Si−O4結合のピーク位置との間にピークが位置する特定のシリコン結合は、1つのシリコンに対して3つの酸素と1つのシリコンとが結合したSi−Si−O3結合と、1つのシリコンに対して3つの酸素と1つの炭素とが結合したC−Si−O3結合と、1つのシリコンに対して3つの酸素と1つの水素とが結合したH−Si−O3結合とのいずれかとなる。このことから容易に判るように、特定のシリコン結合としては、1つのシリコンに対して3つの酸素が結合していればよい。
【0039】
これらのシリコン結合のうち、C−Si−O3結合以外は、シリコンと白色発光に寄与する炭素とが直接結合していないが、炭素が、シリコンに結合したシリコンあるいは酸素を介してシリコンに歪みを与えることにより白色発光が生じるものとも考えることができる。但し、酸素と白色発光に寄与する炭素とがシリコンに直接結合しているため、C−Si−O3結合が多いほどより強い発光が得られるものと考えるのがより妥当である。C−Si−O3結合と推定される特定のシリコン結合(以下、単に「C−Si−O3結合」と呼ぶ)の生成量は、例えば、X線光電子分光(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)により評価することができる。
【0040】
図1(c)の例では、熱処理を湿潤状態の不活性ガス雰囲気中で行っているが、熱処理を酸素(O2)を含む雰囲気中で行うことも可能である。但し、シリコン・カーボン膜110中の炭素の酸化をより容易に抑制できる点で、湿潤状態の不活性ガス雰囲気中で熱処理を行うのがより好ましい。
【0041】
第1実施形態では、基板100上にシリコン・カーボン膜110を形成した後、生成されたシリコン・カーボン膜110を酸化することにより、シリコン・オキシ・カーバイド膜112を形成している。しかしながら、シリコンをスパッタリングする際の雰囲気に水あるいは酸素を含ませることによって、基板100上にシリコン・オキシ・カーバイド膜112を直接形成することも可能である。シリコン・オキシ・カーバイド膜は、水素化されていても水素化されていなくても良い。この場合、熱処理を省略することも可能である。また、真空中、あるいは、不活性ガス雰囲気中で熱処理を行うことも可能である。なお、これらの場合においても、スパッタリングや熱処理における種々の条件は、C−Si−O3結合が生ずるように実験的に決定される。
【0042】
また、第1実施形態では、酸化により発光領域が形成される母材として、シリコン・カーボン膜110を使用しているが、シリコンと炭素とを含む種々の母材を使用することもできる。母材としては、例えば、粉末状や塊状のシリコン・カーボン、粉末状や塊状や膜状のシリコン・オキシ・カーバイドを使用することも可能である。
【0043】
B.第2実施形態:
図3は、第2実施形態における発光体の製造工程を示す工程図である。図3(a)に示すように、第2実施形態では、まず、出発原料となる多孔質シリコン(ポーラスシリコン)200が準備される。図3(a)に示すように、準備される多孔質シリコン200は、多孔質層210と基板220とを有している。多孔質層210には表面から連続する細孔212が多数形成されている。多孔質層210のシリコンは、微結晶化し微結晶シリコン214となっている。このような多孔質シリコン200は、例えば、p型のシリコン単結晶基板を陽極酸化処理することにより形成される。但し、多孔質シリコンとしては、孔径が2〜50nmの表面から連続する細孔を有するものであれば、他の方法により形成されたものを使用することもできる。例えば、多結晶シリコンから形成された多孔質シリコンを使用することもできる。
【0044】
次いで、準備された多孔質シリコンには、図3(b)に示すように、炭化処理が施される。炭化処理は、炭化水素と不活性ガスとの混合ガス雰囲気中で多孔質シリコン200を加熱することにより行われる。炭化水素としては、メタン、エタン、エチレン、およびアセチレン等を使用することができるが、アセチレンを使用するのがより好ましい。不活性ガスとしては、窒素(N4)、ヘリウム(He)、アルゴン等を使用することができる。
【0045】
炭化処理の際の多孔質シリコンの温度(炭化処理温度)は、400〜1000℃の範囲で適宜設定することが可能であるが、500〜900℃の範囲内で設定するのがより好ましい。炭化処理時間は、混合ガス中の不活性ガスと炭化水素との体積比、炭化処理温度等に応じて15分〜1時間の間で適宜設定される。図3(b)に示すように、炭化処理を行うことにより、多孔質シリコン200の細孔212内には、炭素のクラスタ(カーボンクラスタ)230が形成される。
【0046】
炭化処理が施された多孔質シリコン200には、図3(c)に示すように、シリコンを選択的に酸化する選択酸化処理が施される。選択酸化処理は、具体的には、炭化処理が施された多孔質シリコン200を湿潤状態の不活性ガス(例えば、アルゴン)雰囲気中で加熱することにより行うことができる。不活性ガスとしては、アルゴンのほか、窒素、ヘリウム等を使用することができる。なお、図3(c)に示す選択酸化処理では、湿潤状態の不活性ガスにより酸化処理が行われるので、選択酸化処理を「湿式酸化処理」と呼ぶこともできる。但し、湿式酸化処理とは異なる方法でシリコンを選択的に酸化できれば、他の方法を用いることもできる。
【0047】
図3(c)に示すように、選択酸化処理を施すことにより、多孔質層210の微結晶シリコン214は酸化され、多孔質性の酸化シリコン(SiO2)242を含む酸化シリコン層240が形成される。酸化シリコン242には、細孔212内に形成されたカーボンクラスタ230が酸化されずに残り、表面から連続するカーボンクラスタ230が埋め込まれる。なお、酸化シリコン層240と基板220との界面では、基板220の酸化も進行する。そのため、酸化シリコン層240と基板220との界面の酸化シリコンは、基板220の酸化により形成されたものとなる。このように、第2実施形態では、多孔質シリコン200のシリコンが選択酸化された酸化シリコン242が、発光領域の形成される母材となっている。
【0048】
酸化処理温度は、500〜1000℃の範囲で適宜設定することが可能であるが、600〜900℃の範囲内で設定するのがより好ましい。選択酸化処理の時間は、不活性ガス中の水蒸気量、酸化処理温度等に応じて5分〜6時間の間で適宜変更される。酸化処理温度および酸化処理時間は、発光領域であるカーボンクラスタ230と多孔質性の酸化シリコン242との界面において、C−Si−O3結合が生ずるように実験的に決定される。C−Si−O3結合の生成量は、例えば、透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)あるいは走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)を用いた、電子エネルギー損失分光(EELS:Electron Energy-Loss Spectroscopy)により評価することができる。カーボンクラスタ230と酸化シリコン242との界面に、より多くのC−Si−O3結合を生じさせるためには、酸化処理温度を600〜900℃の範囲内とした場合、酸化処理時間を10分〜5時間とするのが好ましく、30分〜4時間とするのがより好ましい。
【0049】
なお、第2実施形態の発光体の製造方法において、選択酸化処理の後、さらに熱処理を行うものとしてもよい。この熱処理において、C−Si−O3結合の生成を図ることも可能である。この場合、酸化処理温度および酸化処理時間は、上述の範囲外の値とすることも可能である。
【0050】
C.第3実施形態:
図4は、第3実施形態における発光体の製造工程を示す工程図である。図4(a)に示すように、第3実施形態では、まず、出発原料となる多孔質酸化シリコン300が準備される。多孔質酸化シリコン300としては、外部に接続している細孔を有していれば良く、例えば、TMPS(TMPSは、太陽化学株式会社の登録商標)等の粉末状のメソポーラスシリコンやシリカゲルを用いることが可能である。但し、出発原料となる多孔質酸化シリコンは、必ずしも粉末状である必要はなく、膜状や塊状の多孔質酸化シリコンを使用することも可能である。
【0051】
図4(a)の例では、多孔質酸化シリコン300として、粉末状のメソポーラスシリコン302を使用している。メソポーラスシリコン302は、ハニカム状の酸化シリコン壁310を有している。酸化シリコン壁310の内側には、直径が約1.7〜7nmの細孔312が形成されている。
【0052】
次いで、準備された多孔質酸化シリコン300には、図4(b)に示すように、炭化処理が施される。炭化処理の方法については、図3(b)に示す第2実施形態の炭化処理とほぼ同じである。多孔質酸化シリコン300に炭化処理を施すことにより、メソポーラスシリコン302の細孔312内には、カーボンクラスタ320が埋め込まれる。
【0053】
第3実施形態においても、炭化処理温度は、400〜1000℃の範囲で適宜設定することが可能であるが、500〜900℃の範囲内で設定するのがより好ましい。炭化処理時間は、混合ガス中の不活性ガスと炭化水素との体積比、炭化処理温度等に応じて15分〜1時間の間で適宜設定される。より好ましい炭化処理温度と炭化処理時間とは、発光領域であるカーボンクラスタ320と酸化シリコン壁310との界面において、C−Si−O3結合が生ずるように実験的に決定される。C−Si−O3結合の生成量は、第2実施形態と同様に、TEMあるいはSEMを用いた、EELS等により評価することができる。カーボンクラスタ320と酸化シリコン壁310との界面に、より多くのC−Si−O3結合が生じさせるため、炭化処理温度を600℃以上とするのがより好ましい。
【0054】
なお、第3実施形態では、多孔質酸化シリコン300に炭化処理を行って、多孔質酸化シリコン300の細孔312中にカーボンクラスタ320を埋め込んでいるが、細孔312へのカーボンクラスタ320の埋め込みを他の方法で行うことも可能である。例えば、多孔質酸化シリコン300に炭素を含む液体もしくは炭素とシリコンとを含む液体(例えば、テトラメチルシラン(Si−(CH34)やテトラメチルシランを溶解した有機溶媒)を含浸させた後、多孔質酸化シリコンを急速加熱することにより細孔312内にカーボンクラスタ320を埋め込むことができる。
【0055】
また、第3実施形態の発光体の製造方法においても、炭化処理の後、さらに熱処理を行ってC−Si−O3結合の生成を図るものとしてもよい。この場合、炭化処理温度および炭化処理時間は、上述の範囲外の値とすることも可能である。熱処理は、C−Si−O3結合の生成をより確実に生成させるため、湿潤状態の不活性ガス(例えば、アルゴン)雰囲気中で行うのがより好ましい。湿潤状態の不活性ガス雰囲気中で熱処理を行う場合、熱処理温度と熱処理時間とは第2実施形態と同様にするのが好ましい。
【0056】
第3実施形態では、発光領域が形成される母材として、多孔質酸化シリコンを使用しているが、非多孔質の酸化シリコン膜を出発原料とすることも可能である。この場合、酸化シリコン膜の表面に発光領域が形成される。母材として使用される多孔質あるいは非多孔質の酸化シリコンは、水和していても良く、水素化していても良く、あるいは、水和も水素化もしていなくても良い。
【0057】
D.変形例:
上記各実施形態では、ピークがSi−C4結合とSi−O4結合とのピーク位置の中間点と、Si−O4結合のピーク位置との間に位置し、C−Si−O3結合と推定される特定のシリコン結合の量に基づいて熱処理等の条件を決定している。この特定のシリコン結合の量は、XPSやEELS等の電子分光法を用いて得られるシリコンに結合した電子の結合エネルギスペクトルにより評価される。しかしながら、シリコンに結合した電子の結合エネルギの評価に換えて、他の条件に基づいて熱処理等の条件を決定することも可能である。例えば、炭素に結合した電子の結合エネルギスペクトルを用いて、より発光強度の強い白色発光体の生成条件を決定することも可能である。
【0058】
E.実施例:
[試料の作成]
本実施例では、比抵抗が40Ω・cmで、面方位が(100)のp型シリコン単結晶基板を2枚準備した。準備した2枚のシリコン単結晶基板のそれぞれに、シリコン・カーボン膜を形成した。シリコン・カーボン膜の形成は、基板をアルゴンとメタンの混合雰囲気中に配置し、シリコンをターゲットとするマグネトロンスパッタリングにより行った。
【0059】
マグネトロンスパッタリングを行う際の混合雰囲気中のメタンの濃度を制御することにより、炭素組成比が70%のシリコン・カーボン膜(Si0.30.7:H)が形成された試料と、炭素組成比が50%のシリコン・カーボン膜(Si0.50.5:H)が形成された試料とが得られた。炭素組成比70%のシリコン・カーボン膜の厚さは、780nmであり、炭素組成比50%のシリコン・カーボン膜の厚さは、320nmであった。
【0060】
次に、得られた2つの試料の熱処理を行った。熱処理の雰囲気は、乾燥アルゴン、湿潤アルゴン、および乾燥酸素の3種類とした。熱処理温度は450℃とし、熱処理時間は30分間とした。また、シリコン・カーボン膜を形成したままの熱処理を行っていない試料を、対照試料として準備した。このように得られた8つの試料を次の表に示す。なお、以下では、各試料を記号(A1〜A4,B1〜B4)を用いて参照する。
【表1】

【0061】
[キラーセンタ密度の評価]
非発光再結合の原因となる再結合中心(キラーセンタ)の密度の評価を行った。キラーセンタ密度の評価は、電子常磁性共鳴法(EPR:Electron Paramagnetic Resonance)によって行った。EPRでは、炭素の欠陥に由来する磁気回転比(g−因子)が2.0026(±0.0002)の不対電子(常磁性中心)の密度の評価を行った。炭素組成比70%のシリコン・カーボン膜を形成した試料(A1〜A4)についてのキラーセンタ密度の評価結果を次の表に示す。この4つの試料(A1〜A4)の評価結果から、炭素の欠陥に由来する常磁性中心は、湿潤アルゴンや酸素等の酸化性の雰囲気中において熱処理を行うことにより、形成したままのシリコン・カーボン膜よりも大きく低減した。
【表2】

【0062】
[FT−IRによる試料の状態評価]
得られた試料の状態を評価するため、フーリエ変換型赤外分光(FT−IR:Fourier Transform-Infrared Spectroscopy)により、熱処理を行った6つの試料(A2〜A4,B2〜B4)の赤外吸収スペクトルを測定した。赤外吸収スペクトルの測定は、透過法を用いて行った。透過率の基準となるバックグラウンド吸収は、シリコン・カーボン膜を形成していないシリコン単結晶基板を用いて測定した。図5は、シリコン・カーボン膜の炭素組成比が70%の4つの試料(A1〜A4)のうち、熱処理を行った試料(A2〜A4)の赤外吸収スペクトルを示している。図6は、シリコン・カーボン膜の炭素組成比が50%の4つの試料(B1〜B4)のうち、熱処理を行った試料(B2〜B4)の赤外吸収スペクトルを示している。図5および図6において、横軸は赤外線の波数を示し、縦軸は透過率を示している。
【0063】
図5および図6に示すように、乾燥アルゴン(Ar)および湿潤アルゴン(Ar+H2O)中で熱処理を行った試料(A2,A3,B2,B3)では、シリコン−炭素結合(Si−C)の伸縮振動に由来する波数781cm-1の吸収と、シリコン−酸素結合(Si−O)の横光学(TO:Transverse Optical)モード振動に由来する波数1024cm-1の吸収と、シリコン−メタン基結合(Si−CH3)に由来する波数1254cm-1の吸収とが観察された。
【0064】
また、各試料(A2,A3,B2,B3)には、波数が1290〜1930cm-1の範囲の炭素結合(CH,CH3,CH2,C=C,C=O)に由来する吸収と、波数が1940〜2360cm-1の範囲のシリコン−水素結合(Si−Hn)の伸縮振動に由来する吸収と、波数が1940〜2360cm-1の範囲のシリコン−水素結合(Si−Hn)の伸縮振動に由来する吸収と、波数が2690〜3100cm-1の範囲の炭素−水素結合(C−Hn)の伸縮振動に由来する吸収と、波数が3060〜3740cm-1の範囲の水酸基結合(Si−OH,H−OH)に由来する吸収とが観察された。
【0065】
図6に示すように、炭素組成比が50%のシリコン・カーボン膜を乾燥酸素(O2)中で熱処理した試料(B4)では、他の試料(B2,B3)と同様の吸収スペクトルが観察された。しかしながら、炭素組成比が70%のシリコン・カーボン膜を乾燥酸素(O2)中で熱処理した試料(A4)では、図5に示すように、吸収スペクトルが他の試料(A2,A3)と異なっていた。この試料(A4)では、炭素に関連する吸収が弱くなり、特にシリコン−メタン基結合(Si−CH3)に由来する吸収はほとんど観察されなかった。さらに、シリコン−酸素結合(Si−O)のTOモード振動に由来する吸収が高波数側にシフトしていた。この吸収の高波数側へのシフトは、シリコンの酸化が進んでいることを示している。これらの結果から、炭素組成比が70%のシリコン・カーボン膜を乾燥酸素中で熱処理すると、シリコンの酸化が進むとともに、炭素の酸化が進んでいることが判った。
【0066】
[XPSによる試料の状態評価]
次に、酸素、シリコン、および炭素の結合状態を評価するため、X線光電子分光(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)により、8つの試料(A1〜A4,B1〜B4)におけるシリコンの電子状態を評価した。XPSでは、X線を照射した際に放出される電子のエネルギを測定して電子の結合エネルギを求めることにより、元素の電子状態の評価を行うことができる。XPSによる電子状態の評価において、照射X線としてアルミ(Al)のKα線を用い、試料のチャージアップを抑制するために電子銃をニュートラライザ(中和器)として使用した。
【0067】
図7および図8は、XPSによるシリコンの電子状態の評価結果を示すグラフである。図7および図8において、横軸は、電子の結合エネルギを表し、縦軸は、放出される電子の数(信号強度)を表している。なお、信号強度は、任意単位(AU)としている。各グラフの太線は、測定によって得られたシリコンのSi2pピークにおけるXPSスペクトルを示している。各グラフの細線は、得られたXPSスペクトルを、Voigt分布のピークに分離するピーク分離処理を行った結果を示している。
【0068】
図7および図8に示すように、XPSスペクトルには、試料の状態に応じてシリコン−炭素結合(C−Si)に対応する結合エネルギが約101.5eVのピークと、シリコン−酸素結合(Si−O4)に対応する結合エネルギが約104.3eVのピークと、これらの結合(C−Si,Si−O4)の中間の結合エネルギの3つのピークが現れた。これらの中間の結合エネルギのピークは、シリコンと結合している炭素と酸素との数の違いによって現れる。具体的には、シリコンと結合している酸素の数が多くなるにつれて結合エネルギが高くなっていく。なお、以下では、シリコンのsp3混成軌道による4つのボンドに対して、N個(N=1,2,3)の酸素が結合し、4−N個の炭素が結合している状態を、C−Si−ONと表記する。
【0069】
図7のグラフは、炭素組成比が70%のシリコン・カーボン膜を形成した試料(A1〜A4)のXPSスペクトルを示している。図7に示すように、熱処理を行っていない試料(A1)では、C−Si結合のピークのみが観察され、シリコンが酸化されていることを示すC−Si−ON結合およびSi−O4結合のピークは観察されなかった。
【0070】
一方、乾燥アルゴン(Ar)あるいは湿潤アルゴン(Ar+H2O)中で熱処理を行った試料(A2,A3)では、C−Si結合のピークが観察されず、C−Si−O1結合およびC−Si−O3結合のピークが観察された。このことから、乾燥アルゴンあるいは湿潤アルゴン中で熱処理を行うことにより、シリコン・カーボン膜を構成するシリコンの大部分が酸化されたものと考えられる。図7に示すように、湿潤アルゴン雰囲気で熱処理を行うことにより、乾燥アルゴン雰囲気中で熱処理を行った場合よりもC−Si−O3結合のピークが高くなっている。なお、乾燥アルゴン(Ar)雰囲気中でのシリコンの酸化は、試料に吸着、あるいは、熱処理炉内に残存していた水または酸素によって生じたものと考えられる。
【0071】
乾燥酸素(O2)中で熱処理を行った試料(A4)では、乾燥アルゴンもしくは湿潤アルゴン中で熱処理を行った試料(A2,A3)で観察されたC−Si−O1結合のピークは観察されず、シリコンに炭素が結合していないSi−O4結合のピークが現れた。この結果から、乾燥酸素中で熱処理すると、シリコンの酸化が進むとともに、炭素の酸化も進んでいくことが判った。この結果は、FT−IRによる赤外吸収スペクトルの評価結果と同様である。
【0072】
図8のグラフは、炭素組成比が50%のシリコン・カーボン膜を形成した試料(B1〜B4)のXPSスペクトルを示している。炭素組成比が50%のシリコン・カーボン膜を形成した試料では、熱処理を行っていない試料(B1)および乾燥アルゴン(Ar)中で熱処理を行った試料(B2)に、C−Si−O2結合のピークが観察された。これは、シリコン・カーボン膜を形成する過程で、スパッタリング装置中に残存していた水または酸素によりシリコンが酸化したものと考えられる。図8に示すように、乾燥アルゴン中で熱処理を行うことにより、C−Si結合のピークが低下するとともに、C−Si−O3結合のピークが現れた。
【0073】
また、湿潤アルゴン(Ar+H2O)中で熱処理を行うと、C−Si−O2結合のピークが消失するとともに、C−Si−O3結合のピークが高くなった。また、C−Si結合のピークが低くなるとともに、C−Si−O1結合のピークが現れた。このことから、湿潤アルゴン中で熱処理を行うことにより、C−Si−O1結合およびC−Si−O3結合の形成が促進されることが判った。
【0074】
一方、乾燥酸素(O2)中で熱処理を行った試料(B4)では、乾燥アルゴン中で熱処理を行った試料(B2)で観察されたC−Si−O2結合のピークと、湿潤アルゴン中で熱処理を行った試料(B3)で観察されたC−Si−O3結合のピークとのいずれもが観察されず、Si−O4結合のピークが現れた。このように、シリコン・カーボン膜の炭素組成比の高低にかかわらず、乾燥酸素中で熱処理すると、シリコンの酸化が進むとともに、炭素の酸化も進んでいくことが判った。
【0075】
[フォトルミネッセンスの評価]
図9および図10は、フォトルミネッセンスの評価結果を示すグラフである。図9および図10において、横軸は、波長を表し、縦軸は、発光強度を表している。なお、発光強度は、任意単位(AU)としている。フォトルミネッセンスの評価は、試料を波長351nmのアルゴンレーザ光で励起し、試料からの発光スペクトルを測定することにより行った。アルゴンレーザ光(励起光)の強度は、2mWとした。
【0076】
図9のグラフは、炭素組成比が70%のシリコン・カーボン膜を形成した試料(A1〜A4)の発光スペクトルを示している。図9に示すように、熱処理を行っていない試料(A1)、乾燥アルゴン(Ar)中で熱処理を行った試料(A2)、および湿潤アルゴン(Ar+H2O)では、それぞれ、スペクトル幅の広い白色の発光が観察された。発光の積分強度は、熱処理を行っていない試料(A1)、乾燥アルゴン中で熱処理を行った試料(A2)、湿潤アルゴン中で熱処理を行った試料(A3)の順に大きくなった。ここで、積分強度とは、発光強度の積分値(すなわち、スペクトルの下側の領域の面積)をいう。
【0077】
一方、乾燥酸素中で熱処理を行った試料(A4)では、積分強度は、湿潤アルゴン中で熱処理を行った試料(A3)より大きくなった。しかしながら、発光スペクトルは、約470nmにピークがあり、青色の発光がスペクトル幅の広い白色の発光よりも強かった。
【0078】
図10のグラフは、炭素組成比が50%のシリコン・カーボン膜を形成した試料(B1〜B4)の発光スペクトルを示している。なお、図10では、熱処理を行っていない試料(B1)と、乾燥アルゴンあるいは乾燥酸素中で熱処理を行った試料(B2,B4)とについては、発光強度を5倍してプロットしている。図10に示すように、炭素組成比が50%のシリコン・カーボン膜を形成した試料では、熱処理の有無、および熱処理を行った雰囲気にかかわらず、いずれもスペクトル幅が広い白色の発光が観察された。しかしながら、積分強度は、湿潤アルゴン(Ar+H2O)中で熱処理を行った試料(B3)に対し、熱処理を行っていない試料(B1)、および、乾燥アルゴンあるいは乾燥酸素中で熱処理を行った試料(B2,B4)は極めて小さかった。
【0079】
以上のフォトルミネッセンスの結果から、発光強度の強い白色発光体は、シリコン・カーボン膜を形成した基板を湿潤アルゴン中で熱処理すること、すなわちシリコン・カーボン膜に湿式酸化処理を施すことにより得られた。上述のXPSによる評価結果からも判るように、シリコン・カーボン膜に湿式酸化処理を施すことにより、シリコンの結合状態のうちのC−Si−O3結合の割合が増加する。このことから、C−Si−O3結合を形成することにより、白色発光体が形成できることが判った。
【0080】
図11および図12は、XPSにより測定されたSi2pピークの面積のうち、C−Si−O3結合のピークの面積が占める割合(以下、「C−Si−O3ピーク面積比」、あるいは単に「ピーク面積比」と呼ぶ)と、白色発光の積分強度との関係を示すグラフである。図11および図12において、横軸は、C−Si−O3ピーク面積比を表し、縦軸は、フォトルミネッセンスの積分強度(発光積分強度)を表している。なお、発光積分強度は、任意単位(AU)としている。
【0081】
図11および図12に示すように、白色発光の積分強度は、C−Si−O3ピーク面積比を高くするにつれて急激に増大した。また、図11および図12において点線で示すように、C−Si−O3ピーク面積比が15%よりも高くなると、C−Si−O3ピーク面積比に対する白色発光の積分強度の傾きが増大した。さらに、C−Si−O3ピーク面積比が40%よりも高くなると、積分強度の傾きは著しく増大した。このことから、C−Si−O3ピーク面積比は、15%以上とするのが好ましく、40%以上とするのがさらに好ましいことが判った。また、C−Si−O3ピーク面積比に対する白色発光の積分強度の傾きは、C−Si−O3ピーク面積比が高くなるにつれて大きくなる。このことから、C−Si−O3ピーク面積比は、最も積分強度が高い試料(B3)におけるピーク面積比程度の60%以上とするのがより好ましいことが判った。
【0082】
[EELSによる発光体の評価]
図13は、多孔質シリコンを出発原料とした発光体のEELSによる評価結果を示すグラフである。図13は、炭素の励起端近傍における微細構造(ELNES:Electron Energy Loss Near Edge Structure)を示している。
【0083】
各試料の出発原料である多孔質シリコンとして、気孔率が高い多孔質シリコン(HP)と、気孔率の低い多孔質シリコン(LP)とを準備した。なお、気孔率の異なる多孔質シリコンは、シリコン単結晶基板に対して陽極参加処理を施す際の電流密度を制御することにより作成した。次に、炭化処理温度が850℃の条件で、多孔質シリコンに炭化処理を施した。発光体は、炭化処理を施した試料に、さらに湿潤アルゴン雰囲気で湿式酸化処理を施すことにより作成した。湿式酸化処理の処理温度は800℃とした。EELSによる評価は、このようにして得られた発光体と、湿式酸化処理を施していない対照試料との4つの試料に対して行った。以下では、これらの4つの試料を、図13の表に示す記号(C1〜C4)を用いて参照する。
【0084】
図13に示すように、発光強度が強い試料C2には、点線で示す284eVのピーク(π*ピークと呼ばれる)よりも高エネルギ側において微細構造が観察された。一方、発光強度が弱い試料C1、および、発光が観察されない対照試料C3,C4では、π*ピークに微細構造が観察されなかった。このπ*ピークは、sp2混成軌道に由来するピークであり、シリコンに炭素と酸素が結合したC−Si−O結合が存在する場合に微細構造が現れる。このことから、C−Si−O結合を形成することにより、発光強度が強い白色発光体が形成できることが判った。また、発光強度の強い発光体の生成条件の決定に、シリコンに結合した電子の結合エネルギの評価に換えて、炭素に結合した電子の結合エネルギスペクトルを用いることが可能であることが判った。
【0085】
[実施形態の効果]
上述の結果から、発光スペクトル幅の広い発光体は、C−Si−O3結合が存在することにより発光するものと推定される。そのため、上述の第1実施形態のように、シリコン・カーボン膜に湿式酸化処理を施して、C−Si−O3結合を生成することにより、発光スペクトル幅が広い発光体の発光強度をより強くすることができる。但し、上述の第2および第3実施形態のように、C−Si−O3結合を有する材料が形成可能であれば、発光スペクトル幅が広い発光体の発光強度をより強くすることができる。
【0086】
また、シリコン結合のうち、C−Si−O3結合の量が所定の閾値を越えることにより、発光スペクトル幅が広い発光体の発光強度が急激に増大する。従って、シリコン結合に対するC−Si−O3結合の割合が所定の閾値を超えるようにすることにより、発光強度をより強くすることが可能となる。このシリコン結合に対するC−Si−O3結合の割合は、XPSやEELS等の測定結果において、シリコン結合に相当するピークの面積に対するC−Si−O3結合のピークの面積の比として評価することができる。そして、C−Si−O3ピーク面積比が15%を越えるようにすることで、より発光強度を強くすることができる。また、より発光強度を強くすることが出来る点で、C−Si−O3ピーク面積比を40%以上とするのがより好ましく、60%以上とするのがさらに好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】第1実施形態における発光体の製造工程を示す工程図。
【図2】XPSにより得られた電子の結合エネルギと、シリコン結合の種類との関係を示す説明図。
【図3】第2実施形態における発光体の製造工程を示す工程図。
【図4】第3実施形態における発光体の製造工程を示す工程図。
【図5】熱処理を行った試料の赤外吸収スペクトルを示すグラフ。
【図6】熱処理を行った試料の赤外吸収スペクトルを示すグラフ。
【図7】XPSを用いて試料のシリコンの電子状態を評価した結果を示すグラフ。
【図8】XPSを用いて試料のシリコンの電子状態を評価した結果を示すグラフ。
【図9】フォトルミネッセンス強度の評価結果を示すグラフ。
【図10】フォトルミネッセンス強度の評価結果を示すグラフ。
【図11】ピーク面積比と、白色発光の積分強度との関係を示すグラフ。
【図12】ピーク面積比と、白色発光の積分強度との関係を示すグラフ。
【図13】多孔質シリコンを出発原料とした発光体のEELSによる評価結果を示すグラフ。
【符号の説明】
【0088】
100…基板
110…シリコン・カーボン膜
112…シリコン・オキシ・カーバイド膜
200…多孔質シリコン
210…多孔質層
212…細孔
214…微結晶シリコン
220…基板
230…カーボンクラスタ
240…酸化シリコン層
242…酸化シリコン
300…多孔質酸化シリコン
302…メソポーラスシリコン
310…酸化シリコン壁
312…細孔
320…カーボンクラスタ
TGT…ターゲット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発光体であって、
シリコンと炭素と酸素とを含み、シリコンに1つの炭素と3つの酸素が結合したC−Si−O3結合を有する発光領域を備える
発光体。
【請求項2】
請求項1記載の発光体であって、
前記発光領域におけるシリコン結合のうちのC−Si−O3結合の割合が所定の閾値よりも高い
発光体。
【請求項3】
請求項2記載の発光体であって、
前記C−Si−O3結合の割合は、所定の測定方法において、シリコン結合を表すピークの総面積に対するC−Si−O3結合を表すピークの面積である
発光体。
【請求項4】
請求項2または3記載の発光体であって、
前記所定の閾値は、40%である
発光体。
【請求項5】
請求項1ないし4記載の発光体であって、
シリコンを含む母材を備え、
前記発光領域は、前記母材中に形成されている
発光体。
【請求項6】
請求項5記載の発光体であって、
前記母材は、シリコンと酸素とを含み、
前記発光領域は、前記母材中に形成されたカーボンクラスタと、前記母材との界面領域に形成されている
発光体。
【請求項7】
請求項5記載の発光体であって、
前記母材は、シリコンと炭素とを含み、
前記発光領域は、前記母材が酸化された領域に形成されている
発光体。
【請求項8】
発光体であって、
シリコンと炭素と酸素とを含み、
所定の測定方法により得られるエネルギスペクトルにおいて、シリコンに4つの炭素が結合したSi−C4結合に対応する第1のエネルギ値とシリコンに4つの酸素が結合したSi−O4結合に対応する第2のエネルギ値との中間値と、前記第2のエネルギ値との間となるエネルギ値のピークが存在する
発光体。
【請求項9】
請求項8記載の発光体であって、さらに
水素を含む発光体。
【請求項10】
請求項8または9記載の発光体であって、
前記所定の測定方法はX線光電子分光法であり、前記エネルギ値は電子の結合エネルギである
発光体。
【請求項11】
発光体の製造方法であって、
シリコン・カーボンを形成するシリコン・カーボン形成工程と、
前記シリコン・カーボンを酸化するシリコン・カーボン酸化工程と
を備える発光体の製造方法。
【請求項12】
請求項11記載の発光体の製造方法であって、
前記シリコン・カーボン形成工程は、炭化水素を含む希ガス雰囲気中でシリコンをスパッタリングする工程を有する発光体の製造方法。
【請求項13】
請求項11記載の発光体の製造方法であって、
前記シリコン・カーボン酸化工程は、水を含むガス雰囲気中で前記シリコン・カーボンを熱処理する工程を有する発光体の製造方法。
【請求項14】
発光体の製造方法であって、
炭化水素と、水および酸素ガスの少なくとも一方とを含む希ガス雰囲気中でシリコンをスパッタリングすることによりシリコン・オキシ・カーバイドを形成する工程
を備える発光体の製造方法。
【請求項15】
請求項14記載の発光体の製造方法であって、さらに、
シリコン・オキシ・カーバイドの熱処理を行う工程を備える
発光体の製造方法。
【請求項16】
発光体の製造方法であって、
多孔質酸化シリコンを準備する工程と、
前記多孔質酸化シリコンに形成された細孔内にカーボンクラスタを形成する炭化工程と
を備える発光体の製造方法。
【請求項17】
請求項16記載の発光体の製造方法であって、
前記炭化工程は、炭化水素を含むガス雰囲気中で前記多孔質酸化シリコンを熱処理する工程を有する発光体の製造方法。
【請求項18】
請求項16または17記載の発光体の製造方法であって、さらに、
前記カーボンクラスタが形成された前記多孔質酸化シリコンを熱処理する熱処理工程を備える発光体の製造方法。
【請求項19】
請求項18記載の発光体の製造方法であって、
前記熱処理工程は、湿潤状態の不活性ガス雰囲気中で前記カーボンクラスタが形成された前記多孔質酸化シリコンを熱処理する工程を有する発光体の製造方法。
【請求項20】
発光体の製造方法であって、
多孔質シリコンを準備する工程と、
前記多孔質シリコンに形成された細孔内にカーボンクラスタを形成する炭化工程と、
前記カーボンクラスタが形成された前記多孔質シリコンのシリコンを選択的に酸化する選択酸化工程と
を備え、
前記選択酸化工程は、前記カーボンクラスタと前記多孔質シリコンとの界面において、シリコンに1つの炭素と3つの酸素が結合したC−Si−O3結合を生成するように行われる
発光体の製造方法。
【請求項21】
請求項20記載の発光体の製造方法であって、
前記炭化工程は、炭化水素を含むガス雰囲気中で前記多孔質シリコンを熱処理する工程を有する発光体の製造方法。
【請求項22】
請求項20または21記載の発光体の製造方法であって、
前記選択酸化工程は、湿潤状態の不活性ガス雰囲気中で前記多孔質シリコンを熱処理する工程を有する発光体の製造方法。
【請求項23】
発光体の製造方法であって、
多孔質シリコンを準備する工程と、
前記多孔質シリコンに形成された細孔内にカーボンクラスタを形成する炭化工程と、
前記カーボンクラスタが形成された前記多孔質シリコンのシリコンを選択的に酸化する選択酸化工程と、
前記シリコンが選択的に酸化された前記多孔質シリコンを熱処理する熱処理工程と
を備え、
前記熱処理工程は、前記カーボンクラスタと前記多孔質シリコンとの界面において、シリコンに1つの炭素と3つの酸素が結合したC−Si−O3結合を生成するように行われる
発光体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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