発汗測定方法、および発汗測定装置
【課題】高感度に発汗に関する情報を測定すること。
【解決手段】手のひらにテラヘルツ波を照射して反射スペクトルを測定した。測定は運動前と運動後でそれぞれ行った。図2は、その反射スペクトルを示したグラフである。運動後には、150〜250GHzの範囲に、運動前に比べて大きな反射率の低下がみられることがわかった。また、150〜250GHzの範囲および250GHz以上の周波数帯にも、運動後の急峻な反射率の低下(吸収線)が複数みられることがわかった。吸収帯および複数の鋭い吸収線は、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作することによる吸収であると考えられる。また、上記吸収帯において、運動前と運動後の反射率の変化が10〜10000倍と非常に大きく、高感度な発汗測定が可能であることがわかる。
【解決手段】手のひらにテラヘルツ波を照射して反射スペクトルを測定した。測定は運動前と運動後でそれぞれ行った。図2は、その反射スペクトルを示したグラフである。運動後には、150〜250GHzの範囲に、運動前に比べて大きな反射率の低下がみられることがわかった。また、150〜250GHzの範囲および250GHz以上の周波数帯にも、運動後の急峻な反射率の低下(吸収線)が複数みられることがわかった。吸収帯および複数の鋭い吸収線は、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作することによる吸収であると考えられる。また、上記吸収帯において、運動前と運動後の反射率の変化が10〜10000倍と非常に大きく、高感度な発汗測定が可能であることがわかる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚からの電磁波の周波数スペクトルから発汗に関する情報を測定する発汗測定方法、および発汗測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
発汗状態を測定する方法として、特許文献1、2、非特許文献1に記載の方法が知られている。
【0003】
特許文献1では、エクリン汗腺のOCT画像を撮影し、その画像を解析することにより発汗状態を測定できることが示されている。特に、汗腺内部に汗は存在しているが、皮膚表面には汗が放出されていない発汗状態についても、測定可能であることが示されている。
【0004】
特許文献2では、汗が満たされたエクリン汗腺は誘導コイルとみなすことができるので、皮膚はアンテナアレイとみなすことができ、皮膚からの30GHz〜1THzの電磁波の反射スペクトルから、汗に関する情報を測定可能であることが示されている。
【0005】
非特許文献1には、皮膚にミリ波帯の電磁波を照射して反射スペクトルを測定し、電磁波の90GHz帯における反射率の変化から発汗状態の測定が可能であることが示されている。これは、スパイラル形状のエクリン汗腺に汗が満たされることでヘリカルアンテナとして機能し、90GHz帯の電磁波に対して特徴的な吸収スペクトルを有しているためであると説明されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−51347
【特許文献2】特表2008−541826
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Yuri Feldman et al., Phy. Rev. Lett. 100, 128102 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、非特許文献1のような90GHz帯では、発汗前と発汗後での反射率は6.3dB程度の差であり、実用上より高感度な測定方法が望まれる。
【0009】
また、特許文献2では、非特許文献1に記載のようなエクリン汗腺がヘリカルアンテナとして機能することによる吸収については触れられていない。したがって、このような吸収によって発汗状態を測定することは、特許文献2からは推察できない。
【0010】
また、特許文献1の方法は非常に手間のかかる手法であり、簡便に発汗状態を測定することができない。
【0011】
そこで本発明の目的は、皮膚からの電磁波の周波数スペクトルを測定して発汗状態を測定する方法において、より高感度に発汗状態を測定することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、エクリン汗腺のヘリカルアンテナとしての動作について、より詳細な検討を行った。その結果、非特許文献1に示された90GHz帯の電磁波の吸収は、エクリン汗腺がノーマルモードのヘリカルアンテナとして動作することによるものであり、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作するのであれば、90GHz帯よりも高い周波数帯により大きな吸収がみられるのではないかと考えた。
【0013】
図13は、エクリン汗腺をヘリカルアンテナと見た場合の、軸モードおよびノーマルモードでの共鳴周波数の概算値を示した図である。Sはヘリカルアンテナの巻き間隔を波長で規格化した値、Dはヘリカルアンテナの直径を波長で規格化した値である。また、α=arctan(S/πD)であり、エクリン汗腺のOCT画像等から6〜25°と推定される。図13のように、エクリン汗腺がヘリカルアンテナとして作用した場合の軸モードでの共鳴周波数は200〜700GHz、ノーマルモードの共鳴周波数は90〜400GHzであると推定される。軸モードでは100GHz付近に共鳴周波数はなく、非特許文献1に示された90GHz帯の吸収はノーマルモードであることが数値計算上明らかとなった。そして実験により、本発明者らは0.15〜1THzの帯域に、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作することによると思われる大きな吸収を発見した。本発明は、この発見に基づくものである。
【0014】
第1の発明は、生体の皮膚からのテラヘルツ波を測定して発汗に関する情報を測定する発汗測定方法において、0.15〜1THzの帯域を含むテラヘルツ波の円偏波成分の周波数スペクトルを検出し、その周波数スペクトルから、内部に汗が満たされたエクリン汗腺がヘリカルアンテナとして作用した場合の、軸モードでのテラヘルツ波の吸収を検出し、発汗に関する情報を測定する、ことを特徴とする発汗測定方法である。
【0015】
上記において、「内部に汗が満たされた」とは、エクリン汗腺全体に汗が満たされている場合だけでなく、部分的に満たされている場合も含み、そのような場合にもエクリン汗腺はヘリカルアンテナとして作用する。
【0016】
周波数スペクトルは、皮膚から放射されるテラヘルツ波のスペクトルを測定してもよいし、皮膚にテラヘルツ波を照射し、その反射スペクトルを測定してもよい。
【0017】
テラヘルツ波の発生には、光伝導アンテナ、GaPなどの非線形光学結晶、量子カスケードレーザー、などによる方法を用いることができる。テラヘルツ波の検出には、光伝導アンテナやZnTeなどの電気光学結晶などを用いることができる。また、反射スペクトルの測定には、時間ドメイン、周波数ドメインのいずれの分光法を用いてもよい。時間ドメインでの分光法としては、テラヘルツパルス波を用いて時間波形を取得し、それをフーリエ変換して周波数スペクトルを得るテラヘルツ時間領域分光法(THz−TDS)などを用いることができる。時間波形の取得には、機械的ステージを用いてプローブ光を時間的に遅延させて走査を行う方法や、パルス周期が僅かに異なる2台のパルスレーザーを用い、一方はテラヘルツ波を生成するポンプ光、他方はプローブ光とする非同期光サンプリング法、プローブ光としてチャープパルスを用いる方法などがある。周波数ドメインでの分光法としては、波長可変なテラヘルツ光源を用いて波長を掃引しながら光強度を測定する方法などがある。周波数ドメインでの分光は、時間ドメインでの分光法に比べて周波数分解能の高い測定が可能であり、かつ衣服などによるテラヘルツ波の散乱の影響を受けにくい。
【0018】
円偏波成分の検出には、光学分野で従来より行われている偏光解析の手法を用いることができ、たとえば回転偏光子法、回転検光子法、消光法、回転補償子法などの方法である。
【0019】
また、本発明に言う発汗に関する情報とは、発汗の有無、汗腺内の汗の量、汗腺の密度、形状、大きさ、などの汗腺や汗に関するさまざまな情報であり、これらの情報のうち1つ以上を測定するものである。また、発汗については、汗腺から皮膚表面に汗が放出されている状態のみならず、汗腺内部には汗は存在しているが皮膚表面には汗が放出されていない状態についても測定が可能である。
【0020】
エクリン汗腺の軸モードでのテラヘルツ波の吸収は、スペクトル幅が70〜120GHz程度の吸収帯、スペクトル幅5〜20GHzの複数の吸収線として現れる。吸収帯のスペクトルが広い理由は、汗腺の形状が生体ゆえに歪む場合があるため、あるいは汗腺内に部分的に汗が存在するため、アンテナとしての共振周波数が一定に定まらないためと考えられる。場合によっては吸収帯が現れず複数の吸収線のみが現れる。吸収線のピーク位置の違いは、エクリン汗腺の形状、大きさ等の違いによる共振周波数の違いを反映していると考えられる。
【0021】
第2の発明は、第1の発明において、反射スペクトルは、複数の吸収線を有し、各吸収線の吸収率を比較することによって発汗に関する情報を測定することを特徴とする発汗測定方法である。
【0022】
第3の発明は、第1の発明において、反射スペクトルは、複数の吸収線を有し、最も吸収率の高い吸収線から発汗に関する情報を測定することを特徴とする発汗測定方法である。
【0023】
第4の発明は、第1の発明から第3の発明において、反射スペクトルの帯域は、100〜500GHzであることを特徴とする発汗測定方法である。
【0024】
第5の発明は、第1の発明から第4の発明において、周波数スペクトルの測定は、テラヘルツ波を照射してその反射スペクトルを測定することを特徴とする発汗測定方法である。
【0025】
第6の発明は、第5の発明において、反射スペクトルの測定は、照射するテラヘルツ波の周波数を掃引し、各周波数での光強度を測定することで行うことを特徴とする発汗測定方法である。
【0026】
第7の発明は、第1の発明から第6の発明において、衣服や履物を透過させてテラヘルツ波の円偏波成分の周波数スペクトルを検出することを特徴とする発汗測定方法である。
【0027】
第8の発明は、テラヘルツ波を、周波数掃引しながら生体の皮膚に照射する波長可変テラヘルツ光源と、皮膚からの0.15〜1THzの帯域を含むテラヘルツ波の円偏波成分の反射スペクトルを検出し、その反射スペクトルから発汗に関する情報を測定する分光測定装置と、を有することを特徴とする発汗測定装置である。
【発明の効果】
【0028】
第1の発明のように、皮膚からの0.15〜1THz帯の電磁波の円偏波成分の周波数スペクトルを測定することで、発汗に関する情報の測定をすることができる。これは、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作することにより、0.15〜1THzに吸収帯あるいは鋭い吸収線が生じるためである。また、軸モードでのヘリカルアンテナの放射、反射は円偏波であり、円偏波成分のみを検出することで高感度化、SN比の向上を図ることができるためである。軸モードでは、皮膚に対して垂直な方向に電磁波が入射する場合に吸収が最大となるので、皮膚に対して水平方向に吸収が最大となるノーマルモードでの動作による吸収に比べて、軸モードでの動作の方が反射計測においてテラヘルツ波の吸収率が大きく、高感度に発汗に関する情報を測定することができる。特に、0.15〜1THz帯には、エクリン汗腺の形状、大きさ、密度、発汗量などの違いを反映していると考えられる複数の鋭い吸収線がみられるので、各吸収線の反射係数を比較するなどにより、さらに高感度な発汗状態の測定を行うことも可能である。また、0.15〜1THz帯の電磁波を用いるため、空間分解能が高く、特定部位の発汗測定を数cm〜数m離れた距離から高精度に行うことができる。また、テラヘルツ波は衣服を透過するため、第7の発明のように、皮膚からのテラヘルツ波の周波数スペクトル測定を衣服の上や靴底から行うことができる。また、本発明により得られる発汗に関する情報からは、血圧、心拍、精神状態など、様々な生体情報を解析することができる。
【0029】
また、第2、3の発明によれば、さらに多くの発汗に関する情報を得ることができる。また、第4の発明のように、反射スペクトルの測定帯域は100〜500GHzとすることができる。
【0030】
また、第5、6の発明によれば、周波数分解能の高い反射スペクトル測定を行うことができ、発汗に関する情報を高精度に得ることができる。
【0031】
また、第8の発明の発汗測定装置によれば、発汗に関する情報を高精度、高SN比で測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】テラヘルツ時間領域分光装置の構成を示した図。
【図2】手のひらの反射スペクトルを測定した結果を示したグラフ。
【図3】手の甲の反射スペクトルを測定した結果を示したグラフ。
【図4】腕の内側の反射スペクトルを測定した結果を示したグラフ。
【図5】腕の外側の反射スペクトルを測定した結果を示したグラフ。
【図6】テラヘルツ波の時間波形を示したグラフ。
【図7】テラヘルツ波の周波数スペクトルを示したグラフ。
【図8】手のひらの測定箇所を示した写真。
【図9】手の甲の測定箇所を示した写真。
【図10】腕の内側の測定箇所を示した写真。
【図11】腕の外側の測定箇所を示した写真。
【図12】発汗測定装置の構成を示した図。
【図13】汗腺ヘリカルアンテナの共鳴周波数を示したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明の具体的な実施例について図を参照に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0034】
図1は、テラヘルツ時間領域分光装置の構成を示した図である。テラヘルツ時間領域分光装置は、ファイバーレーザー10と、ファイバーレーザー10からの光をポンプ光とプローブ光に分割するスプリッタ11と、ポンプ光からテラヘルツ波を生成する光伝導アンテナ12と、プローブ光を時間的に遅延させる遅延ステージ14と、テラヘルツ波とプローブ光を受光してテラヘルツ波の時間波形を検出する光伝導アンテナ13と、半波長板15a〜cと、軸外し放物面鏡16a、bと、集光レンズ17a、bと、を有している。
【0035】
ファイバーレーザー10は、平均強度20mW、中心周波数780nm、パルス幅100fs、繰り返し周波数48MHzのフェムト秒パルスレーザーである。
【0036】
光伝導アンテナ12、13は、低温成長GaAs基板上に、2本の平行な線路状で中央に突起部を有した電極を形成した構造であり、電極の突起部の間隔は6μmである。光伝導アンテナ12はテラヘルツ波の生成に用い、光伝導アンテナ13はテラヘルツ波の検出に用いる。光伝導アンテナ12の電極間に電圧を印加した状態で、突起部の間にファイバーレーザー10からのレーザーパルス光を照射することで、パルス状のテラヘルツ波を発生させることができる。また、光伝導アンテナ13の電極の突起部の間にテラヘルツ波が照射されている状態で、レーザーパルス光が入射されると、テラヘルツ波の強度に比例した電流が突起部間に流れる。そこで、スプリッタ11により分割されたレーザーパルス光の一方であるプローブ光を、遅延ステージ14によって時間的に走査し、テラヘルツ波とプローブ光とが重なる時間を変化させて突起部間に流れる電流値を測定することで、テラヘルツ波の時間波形を検出することができる。この電流は、プリアンプ(図示しない)で増幅した後ロックインアンプ(図示しない)を用いて測定する。
【0037】
光伝導アンテナ12により生成されたテラヘルツ波は、軸外し放物面鏡16aによって平行光線にされた後、集光レンズ17aによって集光されて測定物に照射される。測定物によって反射されたテラヘルツ波は、集光レンズ17aと同一性能の集光レンズ17b、軸外し放物面鏡16aと同一性能の軸外し放物面鏡16bを介して光伝導アンテナ13に照射される。
【0038】
テラヘルツ時間領域分光装置は、コンピュータに接続されており、検出したテラヘルツ波の時間波形をコンピュータによりフーリエ変換することで周波数スペクトルを算出することができる。図6は、測定物をミラーとした場合のテラヘルツ波の時間波形であり、図7は、時間波形をフーリエ変換して算出した周波数スペクトルである。周波数分解能は約4.5GHzであり、これは遅延ステージ14のストローク長によって決定される。
【0039】
なお、上記テラヘルツ時間領域分光装置では、ファイバーレーザー10の光を光伝導アンテナ12によって変換することでテラヘルツ波を発生させているが、他のテラヘルツ発生手段を用いてもよい。たとえば、非線形光学結晶を用いて差周波数混合などによってテラヘルツ波を発生させる手段などである。また、テラヘルツ波の検出手段として、光伝導アンテナ13を用いているが、電気光学結晶などを用いてもよい。
【0040】
図1のテラヘルツ時間領域分光装置を用いて、人の皮膚に対するテラヘルツ波の反射スペクトルを測定した。測定箇所は、手のひら、手の甲、腕の内側、腕の外側の4ヶ所であり、それぞれの箇所で、運動前、運動後に測定した。運動は20分間のジョギングである。図8〜11の写真の点線で囲んだ箇所が、それぞれ、手のひら、手の甲、腕の内側、腕の外側の測定箇所である。また、テラヘルツ波の皮膚に対する入射角度は30°とし、反射スペクトルの測定帯域は0〜500GHzである。
【0041】
図2は、手のひらの反射スペクトルを測定した結果を示したグラフである。図2のように、運動後には、150〜250GHzの範囲に、運動前に比べて大きな反射率の低下がみられることがわかった。また、250GHz以上の周波数帯にも、運動後の急峻な反射率の低下(吸収線)が複数みられることがわかった。これらの吸収帯は、非特許文献1に示された90GHz帯ではなく、運動前と運動後の反射率の変化も、90GHz帯に比べて10〜10000倍と非常に大きい。そのため、90GHz帯の吸収は、エクリン汗腺がノーマルモードのヘリカルアンテナとして動作することによる吸収であり、150〜250GHzに広がる吸収帯または250GHz以上の周波数帯にみられる複数の鋭い吸収線は、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作することによる吸収であると考えられる。また、複数の吸収線が現れるのは、エクリン汗腺の大きさ、形状の違いによる軸モードヘリカルアンテナの共振周波数の違いを反映していると考えられる。
【0042】
図3は、手の甲の反射スペクトルを測定した結果を示したグラフである。図3のように、おおよそ200〜300GHzの範囲に、運動前よりも運動後の方が大きく反射率の低下している領域が存在していることがわかった。また、300GHz以上の周波数帯にも、鋭い吸収線が複数みられることがわかった。これらの吸収は、図2の場合と同様に、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作することによる吸収であると考えられる。また、運動後の経過時間が大きくなるにつれて、徐々に反射率が上がっていることが読み取れる。このような反射率の上昇は、手のひらの場合には明確にみられなかったものであり、手のひらと甲での汗腺密度や発汗量の違いや、汗の引き具合の違いを反映していると考えられる。
【0043】
図4は、腕の内側の反射スペクトルを測定した結果を示したグラフである。図4のように、運動直後または運動後5分においては、おおよそ200〜300GHzの範囲に、運動前よりも少し反射率の低下している領域が存在していることがわかった。しかし、運動後10分以上経過した場合には、反射率の低下はほとんどみられなかった。また、運動直後においてのみ、300GHz以上の周波数帯に鋭い吸収線が複数みられた。これらの吸収は、図2の場合と同様に、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作することによる吸収であると考えられる。また、手のひらや甲に比べて反射率の低下割合が低いのは、腕の内側の汗腺密度や発汗量が、手のひらや甲に比べて小さいことに関係していると考えられる。
【0044】
図5は、腕の外側の反射スペクトルを測定した結果を示したグラフである。図5のように、運動直後においては、おおよそ200〜300GHzの範囲に、運動前よりも少し反射率の低下している領域が存在していることがわかった。しかし、運動後5分以上経過した場合には、反射率の低下はほとんどみられなかった。また、手のひらや甲、腕の内側にみられた鋭い吸収線は、腕の外側の場合にはほとんどみられなかった。
【0045】
以上のように、皮膚にテラヘルツ波を照射して反射スペクトルを測定し、0.15〜0.5THzの帯域での吸収帯、吸収線の位置、幅、吸収率などを測定することで、多くの発汗に関する情報が得られることがわかる。特に、複数の吸収線の吸収率を比較することで、より多くの発汗に関する情報を得ることができる。また、吸収帯や吸収線のうち、最も吸収率の高いものを測定に用いることで、SN比の高い測定が可能である。なお、エクリン汗腺の形状、大きさから、0.5〜1THzの帯域にも、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作することによる吸収が存在すると考えられる。したがって、0.15〜1THzの帯域を含む反射スペクトルを測定すれば、発汗に関する情報が得られると考えられる。
【0046】
特に、円偏波成分のみの反射スペクトルを測定すれば、より高感度で高SN比に測定を行うことができると考えられる。これは、軸モードでのヘリカルアンテナは放射、反射が円偏光となるためである。円偏波成分の測定には、従来より光学分野で行われている偏光解析の手法を用いることができる。たとえば、消光法、回転偏光子法、回転検光子法、回転補償子法などであり、これらの方法から測定精度、測定時間、装置コストなどを考慮して方法を選択して用いることができる。
【0047】
また、発汗に関する情報としては、発汗の有無、皮膚表面に汗が放出される発汗状態、皮膚表面に汗が放出されずにエクリン汗腺内部にのみ汗が存在する発汗状態、エクリン汗腺内部の汗の量、エクリン汗腺の形状、大きさ、密度、などが挙げられる。また、発汗に関する情報からは、血圧、心拍、精神状態などの様々な生体情報を解析することができる。
【0048】
また、測定にテラヘルツ波を用いるため、指向性、空間分解能が高く、特定部位の発汗測定を容易に行うことができ、分光イメージングを同時に行うことも可能である。たとえば、室内の天井からテラヘルツ波を放射して測定を行う場合に、室内の特定の人物のみについて発汗測定することができ、室内の温度調整などに利用することができる。また、テラヘルツ波は衣服や履物などを透過するため、衣服の上や靴底などからでも発汗測定を行うことができる。
【0049】
なお、実施例1では皮膚へのテラヘルツ波の入射角度を30°としているが、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作することを考えると、入射角度をなるべく0°に近づけることが望ましく、入射角度を0°とするのが最も望ましいと考えられる。
【0050】
また、実施例1では、時間波形を測定してフーリエ変換することにより周波数スペクトルを求めるTHz−TDSによる分光法を用いる場合を示したが、0.1〜1THzのテラヘルツ波の周波数スペクトルを測定可能な他の任意の分光法を用いることができる。たとえば、波長可変テラヘルツ光源20と、テラヘルツ波を検出する検出装置21とで発汗測定装置を構成し(図12参照)、波長可変テラヘルツ光源20によって周波数を0.15THzから1THzに掃引しながらテラヘルツ波を皮膚に照射し、検出装置21によって各周波数におけるテラヘルツ波の反射強度を測定することで周波数スペクトルを測定してもよい。
【0051】
また、実施例1では、皮膚にテラヘルツ波を照射して反射スペクトルを測定しているが、皮膚から自然放射されるテラヘルツ波の周波数スペクトルを測定するようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の発汗測定方法では、発汗に関する情報をリモートセンシングで測定することができ、冷暖房の効率化、省エネ化や、個人の体調管理などに用いることができる。
【符号の説明】
【0053】
10:ファイバーレーザー
11:スプリッタ
12、13:光伝導アンテナ
14:遅延ステージ
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚からの電磁波の周波数スペクトルから発汗に関する情報を測定する発汗測定方法、および発汗測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
発汗状態を測定する方法として、特許文献1、2、非特許文献1に記載の方法が知られている。
【0003】
特許文献1では、エクリン汗腺のOCT画像を撮影し、その画像を解析することにより発汗状態を測定できることが示されている。特に、汗腺内部に汗は存在しているが、皮膚表面には汗が放出されていない発汗状態についても、測定可能であることが示されている。
【0004】
特許文献2では、汗が満たされたエクリン汗腺は誘導コイルとみなすことができるので、皮膚はアンテナアレイとみなすことができ、皮膚からの30GHz〜1THzの電磁波の反射スペクトルから、汗に関する情報を測定可能であることが示されている。
【0005】
非特許文献1には、皮膚にミリ波帯の電磁波を照射して反射スペクトルを測定し、電磁波の90GHz帯における反射率の変化から発汗状態の測定が可能であることが示されている。これは、スパイラル形状のエクリン汗腺に汗が満たされることでヘリカルアンテナとして機能し、90GHz帯の電磁波に対して特徴的な吸収スペクトルを有しているためであると説明されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−51347
【特許文献2】特表2008−541826
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Yuri Feldman et al., Phy. Rev. Lett. 100, 128102 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、非特許文献1のような90GHz帯では、発汗前と発汗後での反射率は6.3dB程度の差であり、実用上より高感度な測定方法が望まれる。
【0009】
また、特許文献2では、非特許文献1に記載のようなエクリン汗腺がヘリカルアンテナとして機能することによる吸収については触れられていない。したがって、このような吸収によって発汗状態を測定することは、特許文献2からは推察できない。
【0010】
また、特許文献1の方法は非常に手間のかかる手法であり、簡便に発汗状態を測定することができない。
【0011】
そこで本発明の目的は、皮膚からの電磁波の周波数スペクトルを測定して発汗状態を測定する方法において、より高感度に発汗状態を測定することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、エクリン汗腺のヘリカルアンテナとしての動作について、より詳細な検討を行った。その結果、非特許文献1に示された90GHz帯の電磁波の吸収は、エクリン汗腺がノーマルモードのヘリカルアンテナとして動作することによるものであり、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作するのであれば、90GHz帯よりも高い周波数帯により大きな吸収がみられるのではないかと考えた。
【0013】
図13は、エクリン汗腺をヘリカルアンテナと見た場合の、軸モードおよびノーマルモードでの共鳴周波数の概算値を示した図である。Sはヘリカルアンテナの巻き間隔を波長で規格化した値、Dはヘリカルアンテナの直径を波長で規格化した値である。また、α=arctan(S/πD)であり、エクリン汗腺のOCT画像等から6〜25°と推定される。図13のように、エクリン汗腺がヘリカルアンテナとして作用した場合の軸モードでの共鳴周波数は200〜700GHz、ノーマルモードの共鳴周波数は90〜400GHzであると推定される。軸モードでは100GHz付近に共鳴周波数はなく、非特許文献1に示された90GHz帯の吸収はノーマルモードであることが数値計算上明らかとなった。そして実験により、本発明者らは0.15〜1THzの帯域に、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作することによると思われる大きな吸収を発見した。本発明は、この発見に基づくものである。
【0014】
第1の発明は、生体の皮膚からのテラヘルツ波を測定して発汗に関する情報を測定する発汗測定方法において、0.15〜1THzの帯域を含むテラヘルツ波の円偏波成分の周波数スペクトルを検出し、その周波数スペクトルから、内部に汗が満たされたエクリン汗腺がヘリカルアンテナとして作用した場合の、軸モードでのテラヘルツ波の吸収を検出し、発汗に関する情報を測定する、ことを特徴とする発汗測定方法である。
【0015】
上記において、「内部に汗が満たされた」とは、エクリン汗腺全体に汗が満たされている場合だけでなく、部分的に満たされている場合も含み、そのような場合にもエクリン汗腺はヘリカルアンテナとして作用する。
【0016】
周波数スペクトルは、皮膚から放射されるテラヘルツ波のスペクトルを測定してもよいし、皮膚にテラヘルツ波を照射し、その反射スペクトルを測定してもよい。
【0017】
テラヘルツ波の発生には、光伝導アンテナ、GaPなどの非線形光学結晶、量子カスケードレーザー、などによる方法を用いることができる。テラヘルツ波の検出には、光伝導アンテナやZnTeなどの電気光学結晶などを用いることができる。また、反射スペクトルの測定には、時間ドメイン、周波数ドメインのいずれの分光法を用いてもよい。時間ドメインでの分光法としては、テラヘルツパルス波を用いて時間波形を取得し、それをフーリエ変換して周波数スペクトルを得るテラヘルツ時間領域分光法(THz−TDS)などを用いることができる。時間波形の取得には、機械的ステージを用いてプローブ光を時間的に遅延させて走査を行う方法や、パルス周期が僅かに異なる2台のパルスレーザーを用い、一方はテラヘルツ波を生成するポンプ光、他方はプローブ光とする非同期光サンプリング法、プローブ光としてチャープパルスを用いる方法などがある。周波数ドメインでの分光法としては、波長可変なテラヘルツ光源を用いて波長を掃引しながら光強度を測定する方法などがある。周波数ドメインでの分光は、時間ドメインでの分光法に比べて周波数分解能の高い測定が可能であり、かつ衣服などによるテラヘルツ波の散乱の影響を受けにくい。
【0018】
円偏波成分の検出には、光学分野で従来より行われている偏光解析の手法を用いることができ、たとえば回転偏光子法、回転検光子法、消光法、回転補償子法などの方法である。
【0019】
また、本発明に言う発汗に関する情報とは、発汗の有無、汗腺内の汗の量、汗腺の密度、形状、大きさ、などの汗腺や汗に関するさまざまな情報であり、これらの情報のうち1つ以上を測定するものである。また、発汗については、汗腺から皮膚表面に汗が放出されている状態のみならず、汗腺内部には汗は存在しているが皮膚表面には汗が放出されていない状態についても測定が可能である。
【0020】
エクリン汗腺の軸モードでのテラヘルツ波の吸収は、スペクトル幅が70〜120GHz程度の吸収帯、スペクトル幅5〜20GHzの複数の吸収線として現れる。吸収帯のスペクトルが広い理由は、汗腺の形状が生体ゆえに歪む場合があるため、あるいは汗腺内に部分的に汗が存在するため、アンテナとしての共振周波数が一定に定まらないためと考えられる。場合によっては吸収帯が現れず複数の吸収線のみが現れる。吸収線のピーク位置の違いは、エクリン汗腺の形状、大きさ等の違いによる共振周波数の違いを反映していると考えられる。
【0021】
第2の発明は、第1の発明において、反射スペクトルは、複数の吸収線を有し、各吸収線の吸収率を比較することによって発汗に関する情報を測定することを特徴とする発汗測定方法である。
【0022】
第3の発明は、第1の発明において、反射スペクトルは、複数の吸収線を有し、最も吸収率の高い吸収線から発汗に関する情報を測定することを特徴とする発汗測定方法である。
【0023】
第4の発明は、第1の発明から第3の発明において、反射スペクトルの帯域は、100〜500GHzであることを特徴とする発汗測定方法である。
【0024】
第5の発明は、第1の発明から第4の発明において、周波数スペクトルの測定は、テラヘルツ波を照射してその反射スペクトルを測定することを特徴とする発汗測定方法である。
【0025】
第6の発明は、第5の発明において、反射スペクトルの測定は、照射するテラヘルツ波の周波数を掃引し、各周波数での光強度を測定することで行うことを特徴とする発汗測定方法である。
【0026】
第7の発明は、第1の発明から第6の発明において、衣服や履物を透過させてテラヘルツ波の円偏波成分の周波数スペクトルを検出することを特徴とする発汗測定方法である。
【0027】
第8の発明は、テラヘルツ波を、周波数掃引しながら生体の皮膚に照射する波長可変テラヘルツ光源と、皮膚からの0.15〜1THzの帯域を含むテラヘルツ波の円偏波成分の反射スペクトルを検出し、その反射スペクトルから発汗に関する情報を測定する分光測定装置と、を有することを特徴とする発汗測定装置である。
【発明の効果】
【0028】
第1の発明のように、皮膚からの0.15〜1THz帯の電磁波の円偏波成分の周波数スペクトルを測定することで、発汗に関する情報の測定をすることができる。これは、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作することにより、0.15〜1THzに吸収帯あるいは鋭い吸収線が生じるためである。また、軸モードでのヘリカルアンテナの放射、反射は円偏波であり、円偏波成分のみを検出することで高感度化、SN比の向上を図ることができるためである。軸モードでは、皮膚に対して垂直な方向に電磁波が入射する場合に吸収が最大となるので、皮膚に対して水平方向に吸収が最大となるノーマルモードでの動作による吸収に比べて、軸モードでの動作の方が反射計測においてテラヘルツ波の吸収率が大きく、高感度に発汗に関する情報を測定することができる。特に、0.15〜1THz帯には、エクリン汗腺の形状、大きさ、密度、発汗量などの違いを反映していると考えられる複数の鋭い吸収線がみられるので、各吸収線の反射係数を比較するなどにより、さらに高感度な発汗状態の測定を行うことも可能である。また、0.15〜1THz帯の電磁波を用いるため、空間分解能が高く、特定部位の発汗測定を数cm〜数m離れた距離から高精度に行うことができる。また、テラヘルツ波は衣服を透過するため、第7の発明のように、皮膚からのテラヘルツ波の周波数スペクトル測定を衣服の上や靴底から行うことができる。また、本発明により得られる発汗に関する情報からは、血圧、心拍、精神状態など、様々な生体情報を解析することができる。
【0029】
また、第2、3の発明によれば、さらに多くの発汗に関する情報を得ることができる。また、第4の発明のように、反射スペクトルの測定帯域は100〜500GHzとすることができる。
【0030】
また、第5、6の発明によれば、周波数分解能の高い反射スペクトル測定を行うことができ、発汗に関する情報を高精度に得ることができる。
【0031】
また、第8の発明の発汗測定装置によれば、発汗に関する情報を高精度、高SN比で測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】テラヘルツ時間領域分光装置の構成を示した図。
【図2】手のひらの反射スペクトルを測定した結果を示したグラフ。
【図3】手の甲の反射スペクトルを測定した結果を示したグラフ。
【図4】腕の内側の反射スペクトルを測定した結果を示したグラフ。
【図5】腕の外側の反射スペクトルを測定した結果を示したグラフ。
【図6】テラヘルツ波の時間波形を示したグラフ。
【図7】テラヘルツ波の周波数スペクトルを示したグラフ。
【図8】手のひらの測定箇所を示した写真。
【図9】手の甲の測定箇所を示した写真。
【図10】腕の内側の測定箇所を示した写真。
【図11】腕の外側の測定箇所を示した写真。
【図12】発汗測定装置の構成を示した図。
【図13】汗腺ヘリカルアンテナの共鳴周波数を示したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明の具体的な実施例について図を参照に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0034】
図1は、テラヘルツ時間領域分光装置の構成を示した図である。テラヘルツ時間領域分光装置は、ファイバーレーザー10と、ファイバーレーザー10からの光をポンプ光とプローブ光に分割するスプリッタ11と、ポンプ光からテラヘルツ波を生成する光伝導アンテナ12と、プローブ光を時間的に遅延させる遅延ステージ14と、テラヘルツ波とプローブ光を受光してテラヘルツ波の時間波形を検出する光伝導アンテナ13と、半波長板15a〜cと、軸外し放物面鏡16a、bと、集光レンズ17a、bと、を有している。
【0035】
ファイバーレーザー10は、平均強度20mW、中心周波数780nm、パルス幅100fs、繰り返し周波数48MHzのフェムト秒パルスレーザーである。
【0036】
光伝導アンテナ12、13は、低温成長GaAs基板上に、2本の平行な線路状で中央に突起部を有した電極を形成した構造であり、電極の突起部の間隔は6μmである。光伝導アンテナ12はテラヘルツ波の生成に用い、光伝導アンテナ13はテラヘルツ波の検出に用いる。光伝導アンテナ12の電極間に電圧を印加した状態で、突起部の間にファイバーレーザー10からのレーザーパルス光を照射することで、パルス状のテラヘルツ波を発生させることができる。また、光伝導アンテナ13の電極の突起部の間にテラヘルツ波が照射されている状態で、レーザーパルス光が入射されると、テラヘルツ波の強度に比例した電流が突起部間に流れる。そこで、スプリッタ11により分割されたレーザーパルス光の一方であるプローブ光を、遅延ステージ14によって時間的に走査し、テラヘルツ波とプローブ光とが重なる時間を変化させて突起部間に流れる電流値を測定することで、テラヘルツ波の時間波形を検出することができる。この電流は、プリアンプ(図示しない)で増幅した後ロックインアンプ(図示しない)を用いて測定する。
【0037】
光伝導アンテナ12により生成されたテラヘルツ波は、軸外し放物面鏡16aによって平行光線にされた後、集光レンズ17aによって集光されて測定物に照射される。測定物によって反射されたテラヘルツ波は、集光レンズ17aと同一性能の集光レンズ17b、軸外し放物面鏡16aと同一性能の軸外し放物面鏡16bを介して光伝導アンテナ13に照射される。
【0038】
テラヘルツ時間領域分光装置は、コンピュータに接続されており、検出したテラヘルツ波の時間波形をコンピュータによりフーリエ変換することで周波数スペクトルを算出することができる。図6は、測定物をミラーとした場合のテラヘルツ波の時間波形であり、図7は、時間波形をフーリエ変換して算出した周波数スペクトルである。周波数分解能は約4.5GHzであり、これは遅延ステージ14のストローク長によって決定される。
【0039】
なお、上記テラヘルツ時間領域分光装置では、ファイバーレーザー10の光を光伝導アンテナ12によって変換することでテラヘルツ波を発生させているが、他のテラヘルツ発生手段を用いてもよい。たとえば、非線形光学結晶を用いて差周波数混合などによってテラヘルツ波を発生させる手段などである。また、テラヘルツ波の検出手段として、光伝導アンテナ13を用いているが、電気光学結晶などを用いてもよい。
【0040】
図1のテラヘルツ時間領域分光装置を用いて、人の皮膚に対するテラヘルツ波の反射スペクトルを測定した。測定箇所は、手のひら、手の甲、腕の内側、腕の外側の4ヶ所であり、それぞれの箇所で、運動前、運動後に測定した。運動は20分間のジョギングである。図8〜11の写真の点線で囲んだ箇所が、それぞれ、手のひら、手の甲、腕の内側、腕の外側の測定箇所である。また、テラヘルツ波の皮膚に対する入射角度は30°とし、反射スペクトルの測定帯域は0〜500GHzである。
【0041】
図2は、手のひらの反射スペクトルを測定した結果を示したグラフである。図2のように、運動後には、150〜250GHzの範囲に、運動前に比べて大きな反射率の低下がみられることがわかった。また、250GHz以上の周波数帯にも、運動後の急峻な反射率の低下(吸収線)が複数みられることがわかった。これらの吸収帯は、非特許文献1に示された90GHz帯ではなく、運動前と運動後の反射率の変化も、90GHz帯に比べて10〜10000倍と非常に大きい。そのため、90GHz帯の吸収は、エクリン汗腺がノーマルモードのヘリカルアンテナとして動作することによる吸収であり、150〜250GHzに広がる吸収帯または250GHz以上の周波数帯にみられる複数の鋭い吸収線は、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作することによる吸収であると考えられる。また、複数の吸収線が現れるのは、エクリン汗腺の大きさ、形状の違いによる軸モードヘリカルアンテナの共振周波数の違いを反映していると考えられる。
【0042】
図3は、手の甲の反射スペクトルを測定した結果を示したグラフである。図3のように、おおよそ200〜300GHzの範囲に、運動前よりも運動後の方が大きく反射率の低下している領域が存在していることがわかった。また、300GHz以上の周波数帯にも、鋭い吸収線が複数みられることがわかった。これらの吸収は、図2の場合と同様に、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作することによる吸収であると考えられる。また、運動後の経過時間が大きくなるにつれて、徐々に反射率が上がっていることが読み取れる。このような反射率の上昇は、手のひらの場合には明確にみられなかったものであり、手のひらと甲での汗腺密度や発汗量の違いや、汗の引き具合の違いを反映していると考えられる。
【0043】
図4は、腕の内側の反射スペクトルを測定した結果を示したグラフである。図4のように、運動直後または運動後5分においては、おおよそ200〜300GHzの範囲に、運動前よりも少し反射率の低下している領域が存在していることがわかった。しかし、運動後10分以上経過した場合には、反射率の低下はほとんどみられなかった。また、運動直後においてのみ、300GHz以上の周波数帯に鋭い吸収線が複数みられた。これらの吸収は、図2の場合と同様に、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作することによる吸収であると考えられる。また、手のひらや甲に比べて反射率の低下割合が低いのは、腕の内側の汗腺密度や発汗量が、手のひらや甲に比べて小さいことに関係していると考えられる。
【0044】
図5は、腕の外側の反射スペクトルを測定した結果を示したグラフである。図5のように、運動直後においては、おおよそ200〜300GHzの範囲に、運動前よりも少し反射率の低下している領域が存在していることがわかった。しかし、運動後5分以上経過した場合には、反射率の低下はほとんどみられなかった。また、手のひらや甲、腕の内側にみられた鋭い吸収線は、腕の外側の場合にはほとんどみられなかった。
【0045】
以上のように、皮膚にテラヘルツ波を照射して反射スペクトルを測定し、0.15〜0.5THzの帯域での吸収帯、吸収線の位置、幅、吸収率などを測定することで、多くの発汗に関する情報が得られることがわかる。特に、複数の吸収線の吸収率を比較することで、より多くの発汗に関する情報を得ることができる。また、吸収帯や吸収線のうち、最も吸収率の高いものを測定に用いることで、SN比の高い測定が可能である。なお、エクリン汗腺の形状、大きさから、0.5〜1THzの帯域にも、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作することによる吸収が存在すると考えられる。したがって、0.15〜1THzの帯域を含む反射スペクトルを測定すれば、発汗に関する情報が得られると考えられる。
【0046】
特に、円偏波成分のみの反射スペクトルを測定すれば、より高感度で高SN比に測定を行うことができると考えられる。これは、軸モードでのヘリカルアンテナは放射、反射が円偏光となるためである。円偏波成分の測定には、従来より光学分野で行われている偏光解析の手法を用いることができる。たとえば、消光法、回転偏光子法、回転検光子法、回転補償子法などであり、これらの方法から測定精度、測定時間、装置コストなどを考慮して方法を選択して用いることができる。
【0047】
また、発汗に関する情報としては、発汗の有無、皮膚表面に汗が放出される発汗状態、皮膚表面に汗が放出されずにエクリン汗腺内部にのみ汗が存在する発汗状態、エクリン汗腺内部の汗の量、エクリン汗腺の形状、大きさ、密度、などが挙げられる。また、発汗に関する情報からは、血圧、心拍、精神状態などの様々な生体情報を解析することができる。
【0048】
また、測定にテラヘルツ波を用いるため、指向性、空間分解能が高く、特定部位の発汗測定を容易に行うことができ、分光イメージングを同時に行うことも可能である。たとえば、室内の天井からテラヘルツ波を放射して測定を行う場合に、室内の特定の人物のみについて発汗測定することができ、室内の温度調整などに利用することができる。また、テラヘルツ波は衣服や履物などを透過するため、衣服の上や靴底などからでも発汗測定を行うことができる。
【0049】
なお、実施例1では皮膚へのテラヘルツ波の入射角度を30°としているが、エクリン汗腺が軸モードヘリカルアンテナとして動作することを考えると、入射角度をなるべく0°に近づけることが望ましく、入射角度を0°とするのが最も望ましいと考えられる。
【0050】
また、実施例1では、時間波形を測定してフーリエ変換することにより周波数スペクトルを求めるTHz−TDSによる分光法を用いる場合を示したが、0.1〜1THzのテラヘルツ波の周波数スペクトルを測定可能な他の任意の分光法を用いることができる。たとえば、波長可変テラヘルツ光源20と、テラヘルツ波を検出する検出装置21とで発汗測定装置を構成し(図12参照)、波長可変テラヘルツ光源20によって周波数を0.15THzから1THzに掃引しながらテラヘルツ波を皮膚に照射し、検出装置21によって各周波数におけるテラヘルツ波の反射強度を測定することで周波数スペクトルを測定してもよい。
【0051】
また、実施例1では、皮膚にテラヘルツ波を照射して反射スペクトルを測定しているが、皮膚から自然放射されるテラヘルツ波の周波数スペクトルを測定するようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の発汗測定方法では、発汗に関する情報をリモートセンシングで測定することができ、冷暖房の効率化、省エネ化や、個人の体調管理などに用いることができる。
【符号の説明】
【0053】
10:ファイバーレーザー
11:スプリッタ
12、13:光伝導アンテナ
14:遅延ステージ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体の皮膚からのテラヘルツ波を測定して発汗に関する情報を測定する発汗測定方法において、
0.15〜1THzの帯域を含むテラヘルツ波の円偏波成分の周波数スペクトルを検出し、
その周波数スペクトルから、内部に汗が満たされたエクリン汗腺がヘリカルアンテナとして作用した場合の、軸モードでのテラヘルツ波の吸収を検出し、発汗に関する情報を測定する、ことを特徴とする発汗測定方法。
【請求項2】
前記周波数スペクトルは、複数の吸収線を有し、各吸収線の吸収率を比較することによって発汗に関する情報を測定することを特徴とする請求項1に記載の発汗測定方法。
【請求項3】
前記周波数スペクトルは、複数の吸収線を有し、最も吸収率の高い吸収線から発汗に関する情報を測定することを特徴とする請求項1に記載の発汗測定方法。
【請求項4】
測定する前記周波数スペクトルの帯域は、100〜500GHzであることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の発汗測定方法。
【請求項5】
前記周波数スペクトルの測定は、テラヘルツ波を皮膚に照射してその反射スペクトルを測定する、ことを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の発汗測定方法。
【請求項6】
前記反射スペクトルの測定は、照射するテラヘルツ波の周波数を掃引し、各周波数での反射または散乱されるテラヘルツ強度を測定することで行うことを特徴とする請求項5に記載の発汗測定方法。
【請求項7】
衣服や履物を透過させて前記テラヘルツ波の円偏波成分の前記周波数スペクトルを検出することを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の発汗測定方法。
【請求項8】
テラヘルツ波を、周波数掃引しながら生体の皮膚に照射する波長可変テラヘルツ光源と、
前記皮膚からの0.15〜1THzの帯域を含むテラヘルツ波の円偏波成分の反射スペクトルを検出し、その反射スペクトルから発汗に関する情報を測定する分光測定装置と、
を有することを特徴とする発汗測定装置。
【請求項1】
生体の皮膚からのテラヘルツ波を測定して発汗に関する情報を測定する発汗測定方法において、
0.15〜1THzの帯域を含むテラヘルツ波の円偏波成分の周波数スペクトルを検出し、
その周波数スペクトルから、内部に汗が満たされたエクリン汗腺がヘリカルアンテナとして作用した場合の、軸モードでのテラヘルツ波の吸収を検出し、発汗に関する情報を測定する、ことを特徴とする発汗測定方法。
【請求項2】
前記周波数スペクトルは、複数の吸収線を有し、各吸収線の吸収率を比較することによって発汗に関する情報を測定することを特徴とする請求項1に記載の発汗測定方法。
【請求項3】
前記周波数スペクトルは、複数の吸収線を有し、最も吸収率の高い吸収線から発汗に関する情報を測定することを特徴とする請求項1に記載の発汗測定方法。
【請求項4】
測定する前記周波数スペクトルの帯域は、100〜500GHzであることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の発汗測定方法。
【請求項5】
前記周波数スペクトルの測定は、テラヘルツ波を皮膚に照射してその反射スペクトルを測定する、ことを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の発汗測定方法。
【請求項6】
前記反射スペクトルの測定は、照射するテラヘルツ波の周波数を掃引し、各周波数での反射または散乱されるテラヘルツ強度を測定することで行うことを特徴とする請求項5に記載の発汗測定方法。
【請求項7】
衣服や履物を透過させて前記テラヘルツ波の円偏波成分の前記周波数スペクトルを検出することを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の発汗測定方法。
【請求項8】
テラヘルツ波を、周波数掃引しながら生体の皮膚に照射する波長可変テラヘルツ光源と、
前記皮膚からの0.15〜1THzの帯域を含むテラヘルツ波の円偏波成分の反射スペクトルを検出し、その反射スペクトルから発汗に関する情報を測定する分光測定装置と、
を有することを特徴とする発汗測定装置。
【図1】
【図6】
【図7】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図6】
【図7】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−152262(P2012−152262A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−11640(P2011−11640)
【出願日】平成23年1月24日(2011.1.24)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年1月24日(2011.1.24)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】
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